いよいよエピローグです。あーだこーだ言わずに、読んで頂くのが一番いいでしょう。
では、どうぞ。
全てが終わり、世界から蔑まれていた彼女たちは自分たちの道を歩き始めた。そして、その中にはシュバルツの姿も。
「……」
温かな日の光の下で喜ぶアンジュたちの姿を見て、優しく微笑む。そしてシュバルツもまた歩き出した。
「…あれ?」
最初にそれに気づいたのはナオミだった。
「どうしたんだい、ナオミ?」
いきなり声を上げたナオミにゾーラが尋ねる。が、ナオミは答えることもなくしきりに辺りを見回していた。そして、
「ねえ、シュバルツは?」
返答の代わりに口にしたのがこの一言だった。
『え?』
その、思いがけない一言に全員が固まってしまう。そして、先ほどまでのナオミと同じように辺りを見回していた。しかし、結果はナオミと同じだった。すなわち、何処にもその姿を見止めることができなかったのである。
「もう! 何処行ったのよ、あいつ!」
アンジュが怒り半分、拗ね半分といった様子で口を尖らせる。他の面々もムッとしたり不安そうな表情になったり心配そうな様子になったりと多種多様な感情を露わにしていた。と、
「クンクン…クンクン…」
ヴィヴィアンが鼻をヒクヒクと鳴らす。そして、
「あっち」
ヴィヴィアンがとある方向を指さした。
「本当か? ヴィヴィアン」
ヒルダが尋ねる。
「うん。あっちからシュバルツの匂いがする」
「そう」
ヴィヴィアンの返答に、サリアが頷いて返した。
「もう、何やってるのよ、あいつは!」
悪態をつきながらもアンジュがヴィヴィアンの指示した方角へと足を進めたのを皮切りに、全員がそちらに向かって歩き出したのだった。その頃、当のシュバルツはというと…
「ふぅ…」
アルゼナルの面々が進みだした道とは違う方向へと歩き、とある場所であるものに背を預けながら地面に腰を下ろしていた。それは何処にでもある、何の変哲もないとある一本の木だった。
(いいものだな、自然というものはやはり)
背中に自然を感じながらそれに背を預け、シュバルツは地面に腰を下ろしていたのである。そして、ゆっくりと空を見上げる。そこにはいつも変わらない、抜けるような青さの空が延々と広がっていた。
「……」
何を考えるでもなくシュバルツはその空の青さを眺めている。と、遠くからこちらに向かってくる集団の気配を感じた。時間が経つにつれ無数の地面を踏みしめる音と、楽しそうにお喋りをしている話し声もシュバルツの耳に届いてくる。
「そう…か…」
私がいないことに気付いたのか。そう思いながら、シュバルツはゆっくりとその場から立ち上がると両手をコートのポケットに入れた。程なく、アルゼナル御一行がその場に到着する。
「見っけ!」
まず最初にヴィヴィアンがシュバルツを指さして嬉しそうに笑った。
「良く…わかったな」
シュバルツが少々驚きながら口に出すと、
「ヴィヴィちゃん、鼻が利きますから」
エルシャが種を明かした。
「成る程な」
エルシャの説明に納得して、シュバルツが頷いた。
「それより、何でこんなところにいるのよ!」
アンジュがムッとした表情でそう問い詰めた。まあ、当然のことだろう。そして続けざま、
「ほら、行きましょう?」
シュバルツに近づくと、そう言ってその手を取ろうと手を伸ばす。が、
「痛ッ!」
アンジュは顔を顰めてその手を引っ込めた。そして、呆然とした表情でシュバルツを見つめる。が、それは他の面々も同じだった。何故ならば、シュバルツはアンジュが伸ばしてきたその手を乱暴に払い除けたからである。
「ちょっと…」
アンジュが再びシュバルツへと手を伸ばす。が、結果は同じだった。先ほどのように乱暴に払い除けられこそしなかったものの、シュバルツは少し下がってアンジュが伸ばした手を拒絶したのである。
その行為に、アンジュ以下全員の表情が不安げなものへと変わった。
「どうしたのよ…ねえ…」
呆然としながらアンジュがシュバルツを見上げる。
(来なければよかったものを…)
不安げな様子で自分を見るアルゼナルの面々にシュバルツはそう思っていた。何故なら、
「私は、ここまでだ」
その決定的な一言を告げなければいけなかったからである。
「え…」
それは誰の絶句だったか定かではない。だが、全員の意見といっても過言ではなかった。何故ならシュバルツが今言った言葉の意味が全くわからなかったからである。
「な、何言ってるのさ」
ゾーラが笑いながら近づいてくる。まるで、今シュバルツが言ったことを正面から否定するかのように。
「さ、さあ、早く行こ「無理だ」」
現実を認識させるための念を押すかのようなその一言に、ゾーラも固まってしまう。そして、
「私は、お前たちとは共に行けない」
更に決定的な一言をアルゼナルの面々に告げたのだった。
『……』
時が止まったかのように固まってしまった時間がどれほど過ぎただろうか。
「…して」
それに終止符を打ったのはエルシャだった。
「どうして! どうしてなんですか! 理由を言ってください、ミスター!」
「そ、そうだぜ! そんなこと急に言われて、納得できるかよ!」
エルシャと、そしてヒルダの切羽詰まった表情での懇願は、そのまま他の面々にも当てはまるものだった。誰しも、不安に瞳を揺らせながら何故なのかを知りたがっている。アンジュたちほどあからさまではないにしても、それはジルやマギーといった年長者にも当てはまることだった。
「…最初のときのことだ」
どれぐらい時間が経ってからだろうか、シュバルツが吐き出すように口を開いた。
「私がここに来て一番最初、ジルから尋問を受けていたのは知っているな、お前たち」
「え? う、うん。あのときの様子は、皆映像で見たから」
メイが答え、それに同調するかのようにアンジュとタスク、そしてサラたち以外の全員が頷いた。アンジュとタスクはそのときアルゼナルにはまだいなかったし、サラたちは真なる地球にいたのだからわからないのは当然のことである。
「結構。ではその中で、私は確かに死んだはずだったといったニュアンスのことを言ったのは覚えているか?」
「そう言えば…」
「そんな感じのこと、言ってたね」
ロザリーとクリスが記憶の糸を辿って必死にそのときのことを思い出している。
「私はあのとき、何故生きているのかわからないと言った。だが、今になってその答えがわかった。私はな…」
そこで一度言葉を切ってアルゼナルの面々を睥睨すると、全員がシュバルツに注目していた。もっとも、大半の隊員が何を言いたいのかわからないといった表情をしているのだが。
「やはり、終わっていたらしい」
「え?」
「は?」
その一言に、その場にいるシュバルツ以外の全員がポカーンとした表情でシュバルツを見つめていた。まあ、意味がわからないから仕方ないだろうが。
「…何を言ってるのよ」
やがて、呆れたように口を開いたのはサリアだった。そしてその想いは、他の面々にも通ずるものがあった。
「訳の分からないこと言わないで。じゃあ、私たちの目の前にいる貴方は何なの?」
「そうです。幽霊や幻だとでも言うのですか?」
サラが追随する。他の面々も約半分は同じような表情をしており、もう半分は、頭大丈夫なのかという表情をしている。
だがシュバルツはそんな中、別に気を悪くした様子も見せずに話を続けた。
「ここにいる私は只の残りカスだ。消えたはずの生命の灯火が、少しだけ残っているだけのことにすぎん。恐らくはここでやるべきこと…お前たちを支え、導き、解放する。そのために、消えたはずの生命の灯火が燻ってくれたのだ。そして、全ては終わった」
シュバルツの言葉に、アルゼナルの面々の表情が徐々に蒼ざめていく。もう随分長く付き合っているだけにわかってしまったのだ。シュバルツが下らない冗談を言うような人間ではないことに。
そして、それが導く事実は…
「私の役目は追わった。役目を終えれば、本来あるべきところへ還るのみ。故に「じょ、冗談じゃないわよ!」」
そこでもう沢山とばかりに真っ向からシュバルツに噛みついてきたのはアンジュだった。
「アンジュ…」
シュバルツが複雑な表情でアンジュを見据える。
「残りカス!? 終わる!? あるべきところへ還るですって!? 何ふざけたこと言ってんの!」
「そ、そうだぜ!」
ヒルダも追随する。
「ヒルダ…」
「そんなこと、信じられるわけないだろ!? ここで…ここまでで終わりだなんて! 何か証拠でもあるのかよ!」
「証拠…か」
そこでチラッと、シュバルツは己の右腕に目をやった。先ほど、アンジュを払い除けたのとは逆の腕である。そして、
「良かろう、ならば見せてやる」
彼女たちを奈落へと突き落とす一言を口に出したのだった。
「え…」
絶句するアンジュたち。そんな彼女たちに、
「見るがいい」
そう言って、シュバルツはポケットに突っ込んでいた己の右手を彼女たちの前に晒す。と、
「ヒッ!」
誰かが小さく悲鳴を上げた。だが、それ以外の面々もおしなべてシュバルツの右手を見て呆然としていた。何故ならばシュバルツの右手は普通の人のそれとは違い、水分がなくなった土のような状態になっており、真ん中から亀裂が走っていたからである。そして、その亀裂からは当然血など噴き出してきていることはなかった。まるでカラカラに乾いた、土でできた彫像のような状態であった。
「あ…あ…あ…」
呆然とした表情で、ヘナヘナとゾーラが尻餅を着いた。だがそれは他の面々も同じだったようで、そこにいる何人かはゾーラと同じように尻餅を着いていた。
(今思い出してみれば、兆候はあった)
この世界に来て何度か、身体の様子がおかしいことがあった。ただの過労か、体調不良の一種だと思っていたが、あれは己の身体の終わりを告げるサインだったのだ。
そして自分はそれを隠し通せずに、最後の最後で彼女たちを悲しませることになってしまう。目の前の彼女たちの姿に心苦しく思いながらも、シュバルツはその先を続ける。
「この手は今はまだ動かすことができるが、もう感覚はない。今はまだ右腕のみだが、遠からず全身がこうなることだろう」
「や…やだ…」
シュバルツの独白に、フラフラとアンジュがシュバルツに近づく。
「アンジュ?」
「そんなの…そんなのやだ!」
そして、その身体に抱き着いた。と、後に続くかのように、我先にと他のアルゼナルの面々も次々にシュバルツに抱き着いた。
「やだ! 行っちゃやだ!」
アンジュが駄々っ子のように繰り返し、
「そんなの、そんなのないだろ!?」
ヒルダが泣き叫び、
「あんたが…あんたがいなくなったら、あたしはどうすればいいのさ!?」
ゾーラが詰め寄り、
「何で!? 何でなのよ!」
サリアが身を震わせ、
「嘘だよね、シュバルツ? いなくなんかならないよね?」
ヴィヴィアンは呆然としながら尋ね、
「ミスター! あの子たちに…あの子たちに何て言えばいいんですか!」
エルシャは髪を振り乱しながら迫り、
「そんなの、そんなの絶対許さないんだから!」
ナオミが悪態をつきながらも濡れた目で見上げる。他の面々、ロザリーやクリス、パメラたちやココたちやマリカたちは受け入れられない現実に呆然としているか、言葉もなく泣いているかのどちらかだった。
(こうなることがわかっていたから、黙って姿を消したのだがな)
そう思わないでもなかった。だが、本気で姿を消すならばシュバルツならいくらでもやりようはあったはず。それなのにこんな中途半端な真似をしたのは、自分では踏ん切りがついていたつもりでも、深層心理の奥底では彼女たちと別れたくないと思っているということの証左に違いなかった。
(女々しいな、我ながら。そして、未練だな…)
そうは思ったものの、それを表情に出すことはしなかった。そんな真似をすれば、お互いに余計この後が辛くなるからだ。
「そうは言われてもな…」
話を変えるためにシュバルツは首を巡らせ、サラに視線を向ける。サラはアンジュたちのように抱き着いてこそ来なかったものの、自分で自分の身体をギュッと抱きしめていた。まるで必死になって身体の震えを抑えるかのように。
「どうだ?」
そして、話の矛先をサラに向けた。当然、アンジュたちの視線はすべてサラに集中することになる。
「お前たちの世界の技術力でどうにかなるか?」
「それ…は…」
サラが顔を背けると、更に自身の身体をギュッと抱きしめて震えていた。その仕草、その表情が、言葉よりも雄弁に答えを物語っていた。だがそれでも、
「何で黙ってるのよ、サラ子!」
それを認められない者はいる。
「アンジュ…」
「何とかできるんでしょ!? ねえ、できるんでしょ!? そう言ってよ!」
「……」
「だから何で」
黙ってるのよ! そう続けようとしたアンジュの肩に、手が置かれた。
「もういい、アンジュ」
そう言ってアンジュを止めたのは、当然ながらシュバルツ本人だった。
「だって…だって…!」
俯いて肩を震わせているアンジュの姿に少しだけ胸の痛みを感じながら、シュバルツはそのまま顔を上げる。
「お前はどうかな?」
その言葉に追随するようにアルゼナルの面々が見上げたその先には、アウラが悠然と羽ばたいていた。
「原初のドラゴン。大いなる始祖。お前ならば何らかの手立てはあるか?」
「そ、そうだぜ!」
今度はヒルダだった。
「こいつらには無理でも、あんたなら、どうにかできるだろ!? なあ!」
だが、返ってきたのは
「……」
ここでも沈黙だった。
「そう…か」
シュバルツはその沈黙の意味を正しく理解する。
『申し訳ありません…』
「いや、いい」
既に覚悟のできているシュバルツは今更取り乱すようなことはしない。だが、アルゼナルの面々はそれでは収まらない。
「…嘘だよ」
ここで最初に声を上げたのは意外にもヴィヴィアンだった。
「ドラゴンが皆で取り返そうとしてた特別なドラゴンなのに、それぐらいできないわけないじゃんか!」
このヴィヴィアンの発言は完全に思い込みから出たものである。原初の、特別なドラゴンといえどできることとできないことは当然存在する。そしてこのことはできないことだった。
だが、感情的になっている人間には理屈というのはなかなか通用しないものである。それはここでも同じだった。
「ねえ、ホントは何とかできるんでしょ?」
ナオミが続く。そして、
「お願いします、ミスターをどうか助けてください!」
「私たちにできることなら何でもするから! だから」
「頼む! 頼むよ…!」
エルシャ、サリア、ゾーラもそれに追随した。彼女たちだけでなく、ロザリーやクリス、パメラたちやマリカたちも必死になって懇願する。だが、
『ごめんなさい…』
アウラから返ってきたのは彼女たちの想い、行為を踏みにじるものだった。そしてこういう場合、こうなると次は懇願が悪意に代わることがままある。こんなに頼んでるのに、何でダメなんだというやつである。
(まずい)
それを、彼女たちの表情や周囲の空気から察知したシュバルツが、取り返しのつかない状況になる前に機先を制した。
「では、もう一つ聞きたい」
誰かが口を開く寸前、シュバルツが口を開く。そのため、誰も何も言えなくなってしまった。
『何でしょう?』
アウラが答えた。
「私をこの世界に呼んだのはお前だったな?」
『はい』
「ならば、私がこういう身体であったこと。あるいは、遅かれ早かれこうなる運命であったことは知っていたのか? もしくは予想できたのか?」
『……』
しかし、シュバルツのその質問に今度はアウラは答えなかった。
「沈黙は肯定と受け取るぞ」
返答のないアウラにシュバルツがそう念押ししたが、それでもアウラは答えなかった。
「わかった。もういい」
そして程なく、シュバルツはそう口に出す。と、
「本当なのですか、アウラ?」
空を見上げて呆然と呟いたのはサラだった。
「サラ」
「我らの…いえ、この世界の恩人を貴方は…」
「止めろ!」
それを止めたのはやはりシュバルツだった。今までの穏やかな口調から一転、厳しい怒号がサラにその先を言わせなかった。
「!」
本人のサラだけではなく、そこにいる全員をビクッと竦み上がらせるほど厳しい怒号だった。
「シュバルツ…」
呆然とした表情はそのままに、サラがシュバルツへとその顔を向ける。何故止めるのか、その目がそう物語っていた。
「今となっては仕方のないこと。それに、私はどちらかと言えば感謝している」
「え?」
信じられないといった表情でサラ、ならびにアルゼナルの面々がシュバルツを見た。
「言っただろう? 本来ならば私は自分の世界で終わっていたはずだった。それが仮初といえども生を与えられ、お前たちの支えになることができた。それで十分だ」
「シュバルツ…っ!」
ゾーラが掴んでいる手の力を強くして、俯きながら肩を震わせている。他の面々も、シュバルツにしがみついている者は同じように、そうでない者は俯いて拳をギュッと握りしめながら肩を震わせていた。と、
「いいのか?」
不意に、またそんな言葉が聞こえてきた。その声の発信元はジルだった。当然、今度は皆の注目がジルに集まることになる。
「何のことだ?」
シュバルツが尋ねた。今の一言では何を言っているのかわからないから、これも当然である。
「お前がいなくなるのなら、あの機体は我々がもらうぞ。そして、徹底的に調べ上げてその秘密を突き止めてみせる」
「! アレクトラ!」
タスクが横から手を伸ばしてジルの胸倉を掴んだ。死の淵…と言うよりも、死そのものから助けてもらっておきながら、その言い草は決してタスクにも、他の隊員たちにも看過できるものではなかった。その証拠に、ジルを見る全員の眼差しが一瞬で鋭くなる。彼女たちの視線は、“この恩知らず!”と、言葉よりも雄弁にジルを責めていた。が、
(!)
あることに気付いたタスクがそれ以上何もできなくなってしまう。それは、ジルの手だった。血色が引くほど強く握られ、そして小刻みに震えている。タスクは改めてジルの顔に視線を向けると、その瞳の奥に不安や恐怖が揺らめいているのに気づいた。
(そうか…)
そして悟る。これは、ジルなりの発破なのだと。自分の機体をいいように扱われたくなければ、生き延びて私を止めてみせろと。そういう、素直じゃない上にわかりにくいエールなのだ。長い付き合いであるタスクだからこそわかることだった。
そしてだからこそ、タスクはそれ以上何もできなくなってしまったのである。が、
「好きにするがいい」
シュバルツから返ってきたのは、ジルが期待していたものとは正反対の返答だった。
「何だと?」
柳眉を歪めてジルがシュバルツを鋭く睨む。だがその顔色は血の気が引き、手の震えも少し大きくなっていた。
「お前を救うために、あれはその最大の特徴である三大理論を失った。今のあの機体は、お前たちのパラメイルと同じ只の機動兵器に過ぎん。故に、ほしいと言うのならお前たちにくれてやる。調査するなり解体するなり、好きにするのだな」
「ッ!」
その返答に、ジルは唇を噛んで俯いてしまう。まさかそんな返答が返ってくるとは思わなかったのだ。だが、このことによってシュバルツを繋ぎ止める方法はほぼ皆無になってしまったと言ってよかった。そして、
「ぐっ」
シュバルツが短く呻いた。
「どうし…っ!」
すぐさまそれに気づいたアンジュがシュバルツに振り返り、そのまま息を飲んだ。見てしまったのだ、地面に落ちてバラバラに崩れ去ったシュバルツの右腕を。
「ヒッ!」
「あ…あ…」
直後にそれに気づいたゾーラやヒルダたちも、それ以上何も言えなくなってしまう。彼女たちには、その右腕とシュバルツを交互に見ることしかできなかった。
「いよいよ…だな」
ほぼ諦観の中、少しだけ寂しそうにシュバルツが微笑む。そうしている間にも、顔が少しずつ土のような石のような状態になり、亀裂が走り始めていた。そのシュバルツの姿に胸を締め付けられたアルゼナルの面々が、これまで以上にシュバルツに強く抱きつく。
「ヤダ! ヤダ! 行かないで!」
「お前がいなきゃ、お前がいなきゃ、何の意味があるんだよ!」
「待ってよ! 私たち、これからどうすればいいのよ!」
「あたしらの心を散々奪っておいて、こんな終わり方認められるかよ!」
「離れないでください! 私たちにはまだミスターの力が必要なんです!」
「恨むよ! 絶対許さないから!」
誰が誰ともわからず、懇願は続く。そんな彼女たちは、皆一様に泣いていた。その姿に、シュバルツの心が痛む。
(私とて、受け入れてはいるが納得はしてはいないさ、こんな終わり方。だが)
それを言ってどうなるというのがシュバルツの率直な感想だった。
(泣いて喚いてのた打ち回ればどうにかなるのだったら喜んでそうするのだがな、それでどうにかなるようなことでもあるまい)
ならば諦めるしかないだろう。それがシュバルツの導いた結論だった。そして今一度、自分に縋っているアルゼナルの面々に視線を向ける。
さめざめと泣き、恐怖に震えているその姿は、本当にシュバルツを失いたくないのが手に取るようにわかった。
(ああ…)
彼女たちのその姿だけで、シュバルツは救われたような気がした。無論、この後のことを考えると心が痛むのは当然なのだが、それでも別れを悲しんでくれている彼女たちの姿に、シュバルツはこの世界にやってきてここまで自分が行ってきたことが決して間違いではないことを再び認識することができた。
(それだけでも、価値はあった。例え仮初の生でもな。…実際のところは、ただの操り人形だったかもしれんがな)
だがそれでも、彼女たちを救えたのは紛れもない事実なのだ。ならば、それで良しとしなくてはならない。
(すでに死んでいる私とは違い、こいつらにはこれからがある。前を向いて進むには私のことが枷になるかもしれんが、それは自分たちで乗り越えてもらうしかない)
我ながら無責任で度し難いことを考えているなと、己の身勝手さに嫌気がさしながらもシュバルツはそう自身を納得させた。どの道、もう残された時間は後ほんの少しなのだ。
「ありがとう、お前たちに逢えて良かった」
自分のために泣いてくれているアルゼナルの面々にシュバルツが礼を言う。
「だが」
そこで、シュバルツの姿が消えた。いつものように瞬時にその場から移動したのだ。何処へ行ったのかと声を張り上げようとしたアンジュたちだったが、
「もう二度と逢うことはあるまい」
すぐ側から聞こえてきたその声に、瞬時に全員が顔を向ける。彼女たちから少し離れた場所に、顔の殆どが土のような石のような状態になり、ところどころに深い亀裂の入ったシュバルツの姿があった。
「! 待って!」
その姿を逃がすまいと、アンジュたちが一斉に駆け寄る。が、
「さらばだ」
その手がシュバルツに届くほんの少し前に、最後に微笑んでそう告げると、シュバルツは真上にジャンプした。そして、身体を回転させて竜巻を起こす。シュピーゲルで何度となく起こした、シュトゥルム・ウント・ドランクだった。
「っ!」
その風圧に思わずアンジュたちは顔を背ける。だがそれも永遠には続かない。徐々に威力が弱まり、そしてそれが収まったとき、そこにはシュバルツの姿はもうなかった。
代わりに、主を失ったシュバルツの衣服が風に舞い、そして、乾いた音を立てて愛用していた刀が地面に落ちたのだった。
『……』
その現実に誰も何も言えずに固まってしまう。いや、先ほどまでのやり取りの中で何が起こったのかは誰もがわかっている。だが、それを認めたくないのだ。認めてしまったら最後、それが現実のものになってしまうからだ。そんな中、シュバルツがいつも身に着けていたコートが風に舞い、ゾーラの許へとヒラヒラと舞い降りてきた。思わず、ゾーラはそれを手に取ってしまう。その瞬間、
「っ!」
決壊したかのようにゾーラの瞳から涙があふれだした。そのままへたり込むと、それに顔を埋めながら大泣きしだしたのだった。そして、それが合図になったかのように他の面々も同じようにへたり込んで悲しみに身を震わせ、慟哭の声を上げ続けたのだった。
何時までも…何時までも…
彼女たちの戦いは終わりを告げた。だが、その輪の中にいるべき人物はもういない。
鏡に映る影として、異世界で虐げられていた彼女たちを支え、導き、幾度となく救ってきた彼は、仮初の生に終止符を打ってその使命を果たした。
使命を終えた忍びは、多くの女性たちの心を奪ったままあるべきところへ還ったのだった。
最後に、彼女たちの心に決して消えない深い悲しみと傷跡を残して…