機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

最終決戦六話目です。この作品の本編の最終話ですね。

この後はエピローグを残すのみとなります。長かったですが、ようやく本編を終わらせることができました。これも偏に皆様の応援のおかげです。

では、本編最終話、どうぞ。


NO.64 勝利者たちの挽歌

優しく温かく穏やかな光に包まれ、勝者は自分たちの世界へと戻ってきた。

 

「アンジュ!」

 

大地の上で、エンブリヲと決着をつけたタスクがその中の一人、アンジュを出迎えるために立ち上がって歩き出す。

 

「タスク!」

 

地上に着陸すると、アンジュもすぐさまヴィルキスから降りてタスクへと駆け寄る。そして、お互いの身体を強く抱きしめあった。

 

「アンジュ…」

「タスク…」

 

万感の思いを込め、二人は抱きしめ合いながらお互いの名前を呼ぶ。そんな二人の耳に飛行音が届く。

見上げると、アウローラがゆっくりと降下してきていた。そして程なく、近くの海域に着水した。二人のいる場所はアルゼナルによく似ているが、しかし二人の知っているアルゼナルではない場所であった。

 

「ここでクイズです」

 

アウローラから降りてきたヴィヴィアンが、周囲を見渡しながらお得意のクイズを出す。

 

「何処でしょうか、ここは?」

「とっても見覚えあるような…」

 

キョロキョロ辺りを見渡していたエマがそう口にする。実際、アルゼナルに酷似した場所なのだから仕方ない。と、

 

「ようこそ、我々の星、真なる地球へ」

 

上空から声が聞こえ、見上げるとそこには広い空をアウラが悠然と羽ばたいていた。その威容に他の人員も圧倒される中、

 

「ねえねえ、何でアルゼナル、デカくなってんの?」

 

ヴィヴィアンがいつものように臆することなくアウラに尋ねた。

 

「時空が解放され、全てがあるべき場所に戻ったのです。時空融合は停止し、世界は解放されました。戻ってきたのです、世界が、貴方たちの手に」

 

アウラのその説明を受け、彼女たちはある場所へと向かう。その、彼女たちの向かう先にはアンジュとタスクがいた。

 

「終わったのね、リベルタスが…」

 

厳しい表情でアンジュが呟く。その視線の先には、屍を晒しているエンブリヲの姿があった。神…調律者と自称していても千年の時間を生きてきたことはやはり歪みがあったのか、その姿は生きていたときの若々しいものではなく、干からびたミイラのような無様な姿だった。

 

「ああ…」

 

返事を返すタスクも厳しい表情のままである。宿願を果たして嬉しくないわけはないのだろうが、エンブリヲの惨めな姿に何か思うところがあるのかもしれない。と、

 

「これから、どうされるのですか?」

 

不意に、あらぬ方向から声をかけられた。

 

「え…?」

 

驚いてアンジュとタスクが振り返ると、そこにはゆっくりと二人へと進み寄ってくるサラの姿があった。

 

「貴方たちが戦う必要も、私たちが殺し合う理由も、もうないのです」

 

それを聞いたアンジュは少し伏し目がちになる。が、すぐに、

 

「国を創るわ、ここに」

 

空を見上げてそう答えた。

 

「私たちだけの国。ノーマも人間もドラゴンも関係ない。皆が自分の意思で生きる、厳しくて当たり前の国」

「何処までもお供します、アンジュリーゼ様」

 

いつの間にかモモカもその場に来ていた。モモカだけではない、ヒルダたちやマギーたちも同じようにこの場に集まってくる。

 

「あ、あの、アンジュリーゼ様。あちらの地球はどうなるのでしょうか…?」

 

おずおずとモモカが切り出した。アンジュにとって、自分が生まれ育ったもう一つの地球はいい思い出のない場所だから慮っているのだろうか。が、アンジュは、

 

「知ったこっちゃないわ」

 

本心はどう思っているかわからないが、そう答えた。

 

「エンブリヲは死んだ。これからはもう、誰も導いてくれない。自分たちの力で生きていかなければ、野垂れ死ぬだけよ」

 

それを体現するかのように、廃墟となった偽りの地球では人が生きるために必死になっていた。その中には、少しだけまともな面構えになったシルヴィアの姿もあった。

 

「そう…ですね」

 

少しだけ寂しそうに、モモカが答える。

 

「さ、私たちも行きましょ」

 

この話はこれでおしまいとばかりにアンジュが周囲を見渡すと、そこに集まってくれた皆にそう告げる。そして髪をかき上げた。

 

「自分の道を、自分の足で」

『イエス、マム!』

 

皆が答える。こうして、彼女たちの戦いは終わりを告げたのだった。そこに、彼女たちを迎える影がまた一つ。

 

「大したものだな」

 

エンブリヲを倒しに行っていた人員が、恐らく一番聞きたい声だった。自然、全員の耳目が声のした方に向けられる。

 

「しっかりとケリをつけ、未来を勝ち取ってきたのだからな」

「シュバルツ!」

 

その姿に皆の表情が綻び、アンジュをはじめ全員がシュバルツの元へと駆け寄った。

 

「勝ったわよ、私たち」

「ああ」

 

シュバルツがグッと拳を突き出すと、それに応じるようにアンジュもまた拳を突き出し、そしてお互いが軽くそれぞれの拳を小突いた。その光景を、周りが笑みを浮かべながら見ている。

 

「それと…ありがとう」

「ん?」

 

何のことだとばかりにシュバルツが眉を顰めた。

 

「助けてくれたでしょう? 私を。あの変態の手から」

「ああ」

 

そのことかとシュバルツが続ける。

 

「気にするな。大したことではない」

「フフッ」

 

シュバルツの返答を聞いたアンジュが楽しそうに微笑んだ。

 

「どうした?」

「だって、予想通りのことを言ったんだもん。あんたなら、そう言うと思ってたわ」

「む」

 

そう指摘され、シュバルツは思わず言葉を詰まらせた。

 

「謙虚なのもいいけど、もう少し誇ってもいいんじゃないの?」

「敵わんな…」

 

苦笑するシュバルツに、アンジュを始めとする面々が更に穏やかな表情になる。と、

 

「さて、ならば意趣返しというわけではないが、こちらはお前たちの予想外のものでも見せるか」

「え?」

 

アンジュが首を傾げる。他の面々も同じような表情を並べるが、それは向こうに行っていた連中だけだった。ではこちらに残っていた面々はと言うと、意地悪そうな、楽しそうな表情になってニヤニヤ笑っていた。そこに、

 

「おかえり」

 

彼方から、不意にまた声が聞こえた。その声色に、アンジュを除く、向こうに行っていた全員が固まってしまう。

 

「あれ、ジル」

 

一人、何も事情を知らないアンジュがその人物の名前を呼んだ。と同時に、アンジュが乱暴に押しのけられた。

 

「! ちょっと!」

 

いきなりの仕打ちにムッとしながら自分を押しのけた相手…サリアたちを睨んだアンジュだったが、彼女たちは微動だにしない。そのまま、驚愕の表情でジルを見ていた。

 

「? どうしたのよ、ねえ」

 

アンジュが尋ねるものの、誰も答える者はいない。いい加減、怒りが低い沸点に到達しようとしたところで、

 

「あ、アレクトラ!」

 

一番最初に動いたのはやはりサリアだった。真っ先にジルへと駆け寄る。

 

「ジル!」

『司令!』

 

そしてその後を、タスク、ゾーラ、ヒルダ、ナオミが続く。

 

「??? 何なの?」

 

一人、事情の呑み込めないアンジュは如何にも不思議そうな表情でそんなサリアたちを見ていた。と、

 

「どうして!? どうして生きてるの!?」

 

思わず叫んだサリアのその一言に、え…と、アンジュが言葉を詰まらせた。そして、

 

「ねえ、どういうこと?」

 

と、傍らにいたヴィヴィアンに尋ねる。

 

「んー? 司令ね、一回死んだんだよ」

「え!?」

 

その返答に、流石のアンジュも言葉を詰まらせた。

 

「でも、だって…」

 

そのまま、アンジュはゆっくりと指をさす。その先には、ジルが今まで見せたことのないような穏やかな表情でサリアたちに応えている姿があった。

 

「あ、それはね」

 

引き続き、ヴィヴィアンが説明しようとする。と、

 

「助けられたのさ」

 

不意に口を挟んできたのはその本人であるジルだった。

 

「助けられたって…」

「もちろん」

 

そう言ってサリアから視線を外すと、ジルはある方向に首を向ける。その先を目で追ったアンジュたちの視線の先には、やはりと言うか当然と言うかシュバルツの姿だった。

 

「何をやったんだい?」

 

代表してゾーラが尋ねると、

 

「奥の手だ。ゾーラ、お前にも関係のある…な」

「え?」

 

まさかそんなことを言われるとは思わなかったゾーラが驚き、アンジュたちの視線がゾーラに集まる中、シュバルツが事の経緯を話し始めたのだった。

 

 

 

 

 

(行ったか…)

 

タスクたちを見送った後、シュバルツは一度ジルに視線を向けるとすぐさま身を翻した。そして、そのまま歩き出す。程なく、シュバルツは自分の愛機、ガンダムシュピーゲルの前に立った。と、

 

「ふううううううっ…」

 

目を閉じ、大きく息を吐きながら懐に手を伸ばす。そして、いつも使っている苦無を数本取り出した。

そのまま、シュバルツは心を落ち着けていく。そして、あるものを探り始めた。それは、エンブリヲの気配だった。

 

(例えこことは時間と空間の違う場所、あるいはその狭間であったとしても、その存在が消え失せたわけではない。ならば、その気配は必ず何処かにある)

 

心身を落ち着かせて引き続きシュバルツはエンブリヲの気配を探す。無我の境地…明鏡止水の状態に己を近づけ、例え僅かな気配でも決して見落とさないように慎重にエンブリヲの気配を擦っていく。と、

 

(! 見つけたぞ!)

 

程なくエンブリヲの気配をシュバルツが捕えた。と同時に、そのビジョンが脳内に流れ込んでくる。その光景は、アンジュを全裸に剥いたエンブリヲが、彼女が必死になって閉じている股を強引に開かせようとしているところだった。

 

(あの男は…最後の最後まで…)

 

こんなオチかと思わないでもなかったが、生命の…ではないもののアンジュの危機であることには変わらない。もう一度大きく息を吐くと、シュバルツはそのエンブリヲの気配に向けて苦無を放った。そして、その直後にアンジュの四肢を拘束している植物に向かっても同じように苦無を放つ。

放たれた苦無は時間と空間と次元を超え、寸分の狂いもなく目標点へと向かったのだった。そして、シュバルツが閉じていた眼を開く。

 

(あいつらに任せるとは言ったが、何も手を出さんとは一言も言ってはいないのでな)

 

最後の助力を終えると、シュバルツはふぅと一呼吸着いた。そして目を開くと、次に自分の正面を見上げる。そこには、これまで幾度となく自分と共に戦場を渡り歩いてきた己が半身、ガンダムシュピーゲル…いや、アルティメット・シュピーゲルの姿があった。

 

「……」

 

少しの間、感慨深い表情でその雄姿を見ていたシュバルツだったが、やがてコックピットを開けて中に入った。そしてシュピーゲルを起動させると、何やらシステムをいじくり始める。

 

「…よし」

 

そして少し後、そう言って頷いたシュバルツの手の平の上に、あるものが乗っていた。それは、小さな金属片のようなものだった。と、

 

(よいのですか?)

 

先ほどと同じく、脳内に響いてくる声がする。

 

(アウラか)

 

この場でこんな芸当ができるのは誰なのか。それは言うまでもないことだった。

 

(私がマナを融合させたことによって貴方の機体に起きた異変と、それによって加わった新たな特性。それを使って貴方が今から何をしようとしているのか…私にはわかっているつもりです)

(……)

 

シュバルツは何も言わず、沈黙をもってアウラに答えた。

 

(確かに、貴方が考え通りになるかもしれません。ですが、貴方の望むような結果になるとは限りません。それでもやるのですか?)

(無論だ)

 

アウラの問いかけに対するシュバルツの答えは簡単にして明確だった。

 

(それによって、貴方の機体がその機能を失っても…ですか?)

 

念を押すように、覚悟を推し量るようにアウラが尋ねた。

 

(技術はまた作ればいい)

 

それに対するシュバルツの答えはまたもや簡潔にして明瞭だった。

 

(だが生命は取り返しがつかん。普通ならな。しかし、取り返しがつくかもしれないのであれば、試す価値はあるだろう)

(成功するとは限らず、成功しても望むような結果になるとも限りません。それでも…ですか?)

(ああ)

(何故、そこまで?)

 

その問いに、一瞬だけシュバルツは間を置いた。そして、

 

(父ならば…似たような状況に遭遇した場合、同じ選択をしただろうからだ)

 

淀みなくそう答えたのだった。

 

(そう…ですか)

 

アウラがそこまでで口を噤んだ。これ以上は押し問答というか堂々巡りになってしまうと、直感的に感じてしまったからだろう。と、

 

(ありがとう)

 

不意に、シュバルツがアウラに礼を述べた。

 

(え?)

 

何のことかわからず、アウラがシュバルツに尋ね返す。

 

(お前がDG細胞にマナを融合させてくれたおかげで、この機能を得ることができた。そしてこの機能のおかげで、諦めなければならなかったことを諦めずに済むかもしれん。故に、感謝する)

(……)

 

アウラは何も言えなかった。シュバルツをこの世界に引っ張り込んだ本人であり、簡単に言えば自分やドラゴンたちを解放するために利用していたと言っても過言ではない。なのに、その対象である人物は恨み言を言うでもなく、純粋に感謝してくれている。その感謝を受けることができるのだろうかと思うと、アウラはこれ以上何も言えず、そしてシュバルツがこれからやろうとしていることにもそれ以上口を挟めなくなってしまったのだ。

当のシュバルツはというと、アウラからの語り掛けがなくなったためにシュピーゲルのコックピットから出てくる。そして、その手に先ほどの金属片を乗せたまま、ゆっくりと目的地へ向かって進み始めたのだった。

 

 

 

「司令…」

「アレクトラ…」

 

格納庫の片隅では、息を引き取ったジルを囲んでメイやマギー、ヴィヴィアンを始めとする隊員たちが未だ悲しみに包まれていた。そこへ、

 

「すまんが、少しどいてくれるか」

 

シュバルツが現れると、彼女たちにそう話し掛けたのだった。

 

「シュバルツぅ…」

「ミスター…」

 

ヴィヴィアンとエルシャが顔を上げる。そしてゆっくりと道を開けてくれたのだが、その目に光るものがあったのをシュバルツは見逃さなかった。

 

(…司令として行った諸々のことはあまり褒められたようなものではないと思うが、それでも彼女たちがが悲しんでいるということは、慕われていたのは間違いないな)

 

改めてそう認識し、だからこそ試す価値はある。シュバルツは今一度そう思った。そのままジルの傍らまで進むと、シュバルツは腰を下ろして片膝を着く。

 

「どうしたの、シュバルツ?」

 

メイが、ヴィヴィアンたちと同じように悲しみに暮れながらシュバルツに尋ねた。

 

「少し、試したいことがあってな」

「それって…それのことかい?」

 

涙こそ見せないものの、この場の誰よりも沈痛な面持ちになっているマギーがシュバルツの手の平の金属片を見つけて聞いてきた。

 

「ああ」

 

シュバルツが頷いて答える。

 

「何? それ?」

 

メイが重ねて尋ねてきた。

 

「全てが終わろうとする今になってはお前たちには無用の長物だろうが、お前たちが咽喉から手が出るほど欲しがっていた私の機体の秘密だ」

「え!?」

 

その返答にメイが驚いたが、それは周りの隊員たちも同じだった。どう見てもシュバルツの手の平の上に乗っているそれは、ただの金属片の一つにしか見えないからだ。そしてそれと同時に、

 

「それを…どうするの?」

 

そっちの方がもっと気がかりだった。アンジュを助けるために次元の狭間に飛んだタスクたちならともかく、ここにいる面々は恐らくだがもう戦うことはないだろう。それなのに、そんなものを今更どうしようというのだろうか。すると、

 

「こうするのさ」

 

そう言って、シュバルツはジルの身体。エンブリヲから受けた傷を塞ぐようにその金属片を置いた。が、

 

「? 何も起こんねえぞ?」

「だよね…」

 

ロザリーとクリスが怪訝な表情になる。そう、別に何も変化が起きないからだ。と、

 

「どうした」

 

シュバルツがその金属片を凝視しながら、まるでそれに語り掛けるかのように口を開きだした。どうしたものかと思った他の面々だが、何の意味もなくシュバルツがこんなことをするような人物ではないのは皆よくわかっているので、成り行きを見守ることにする。

 

「仮にも究極の名を冠しているのだ。一度ぐらい奇跡を起こしてみせろ」

 

何も変化の起こらないその状況を叱責するかのようにシュバルツが発破をかけた。と、それがスイッチになったかのようにその金属片が光り、次の瞬間、アルゼナルの面々にとっては信じられないことが起こり始めた。その金属片が、ジルの身体と融合するかのようにその傷口を塞いだのである。

 

「!」

「あんた、一体何を!」

 

メイが目を剥き、マギーがシュバルツに詰め寄ろうとしたが、

 

「黙って見ていろ!」

 

シュバルツにそう一喝され、それ以上何も出来なくなってしまう。と、見る見るうちにジルの身体に変化が起こり始めた。心臓に電気ショックを施したかのようにビクンと全身を一度大きく上下させる。そして、

 

「あれ、司令?」

 

最初にそれに気付いたのはヴィヴィアンだった。次いで、エルシャもそれに気付く。

 

「気のせいかしら…血色が戻ってきたような」

「何だって!?」

 

マギーが慌ててジルの顔を覗き込んだ。確かにその表情は、生命を亡くした人間独特の張りを失ったものではなく、生命ある瑞々しいものに戻ってきたからだ。だが、ジルの身に起きた変化はこれで終わりではない。

 

「お、おい!」

 

次に驚愕の声を上げたのはロザリーだった。

 

「どうしたの、ロザリー?」

 

クリスが尋ねる。

 

「う、腕! 司令の右腕!」

「腕…!?」

 

皆がジルの右腕に視線を向けると、そこにはまた信じられない光景が広がっていた。何と、義手であるはずのジルの右腕が光っており、その根元の部分から少しずつ変化しているからだ。そう、血も通わぬ冷たい鉄の義手から、本来の柔らかで温かく、血の通った生身の腕に。

 

「え!?」

「なっ!?」

「ど、どういうこと!?」

 

皆がパニックになる中、一人シュバルツはホッと胸を撫で下ろしていた。

 

(よかった。予想通りに働いてくれたようだな)

 

自信はあったものの、やはり結果が出るまでは不安なのは変わらなかった。向こうの世界で調査した結果、ほぼこうなることはわかっていたとしても、やはり不安なものは不安なのである。

 

(しかし、まさか義手までも変化させるとはな…)

 

唯一、これに関してだけは予想の範疇外だったのだが、それもマナを取り込んだことによる副作用かと納得していた。と、

 

「シュバルツ」

 

不意に、メイに名前を呼ばれた。それと同時に、ちょっとしたパニック状態だった周囲も瞬時に落ち着きを取り戻す。そう、これもシュバルツが起こしたことなのだ。ならば、本人に説明を求めるのが一番話が早い。それを皆気付いたからだろう。

 

「説明、してくれるね?」

「ああ」

 

勿論とばかりにシュバルツが頷く。メイをはじめ、アルゼナルの面々がシュバルツの説明に耳を傾けた。

 

「先ほどジルの身体の上に置いたあれは、UG細胞というものだ」

「UG細胞…UG!?」

 

何かに気が付いたメイが大きな声を上げた。

 

「? どうした?」

「あっ…と」

 

そこでメイは言い淀む。UGという単語についてあることが思い浮かんだのだが、それを話すのは憚られたからだ。とは言え、

 

(いっか、もう…)

 

そうとも判断していた。このことに関して打ち明ければ、シュバルツは恐らくいい顔をしないだろう。だが、ここで帰りを待つだけの身になった以上、今更隠し事をしても何の意味も持たないと思ったからだ。

 

「あの…さ。実はその単語には見覚えがあって」

「ほぉ?」

 

続きを話すようにシュバルツがメイに目で促す。背中に冷や汗を掻きながらも、メイは正直に話し始めた。今までのことを考えれば、シュバルツには正直に向き合うのが一番いいとわかっているからだ。

 

「その…気分を悪くしたら謝るけど、随分前にシュバルツのあの機体が最初にさっきの姿になったときのことがあったでしょう?」

「ああ」

 

シュバルツが頷く。と同時に、他の面々もその時のことを思い出していた。重力を操る亀のような初物とやり合った時のことだ。

 

「そのとき、暫くの間シュバルツ拘束されたじゃない? で、その拘束されてる間にジルの命令でシュバルツの機体を調査しようとしたことがあってさ」

「! メイ!」

 

マギーが横から口を挟む。シュバルツのことだから薄々感づいているかもしれないが、それでもわざわざ言うようなことをしなくてもいいと思ったからだ。変な話、ここで正直に打ち明けてしまうことで関係が拗れてしまうかも知れない。それを危惧する故の行動だった。だが、

 

「もういいって、マギー」

 

メイはそう言ってマギーを制した。

 

「シュバルツのことだから、大方わかってるだろうしね。それでも何も言わずに今まで力を貸してくれたんだもん。いい加減、誤魔化しはやめようよ」

「それは…そうかもしれないけど…」

 

マギーがシュバルツを窺うかのようにチラッとその顔に視線を向けた。この辺り、正直に話そうとするメイと、どうにか誤魔化そうとするマギーの違いが出るのはしかたないことかもしれないが。

 

「続けてくれ」

 

それよりも、その先の展開の興味のあったシュバルツがそう言ってメイを促した。

 

「うん。で、シュバルツのあの機体を調査しようとこっちの機械に繋げたんだけど、それを実行に移したら逆にシステムが乗っ取られそうになってさ。その時に、モニター一杯に無数の“UG”っていう文字が浮かんだんだ。そのことを思い出して」

「成る程な」

 

大体予想通りの返答にシュバルツは頷いた。と、

 

「その…」

 

メイが、今度は歯切れ悪い口調でシュバルツを覗き込んでくる。

 

「ん?」

「お、怒って…る?」

 

そして、おずおずと尋ねてきた。大分前のことであり、更には結果的に失敗したのだが、それでも機体には手を出すなという忠告を無視してシュピーゲルを調査しようとしたのだ。シュバルツが気分を害しても仕方のないことだとメイは思っていた。

 

「…まあ、思うところがないわけではないが」

「だよね…」

 

シュバルツの返答にメイと、事情を知っていたマギーがバツの悪そうな顔をした。

 

「だが、あのセキュリティは随分意地悪く組んだからな。対処に相当苦労しただろう?」

「そりゃもう…」

 

今度はゲンナリとした表情になってメイが答えた。その時のことを思い出しているのだろう。

 

「あんな目には二度と遭いたくないよ。うちの子たちも何人も泣きながら必死になってたもん」

「ならばいい」

 

それに対してシュバルツは言葉通り、それ以上は追及しなかった。

 

「人の忠告を無視すればどうなるか、その身をもって知ったのならそれで十分。それに、それだけあの機体を探られたくなかったというのもあるしな。まあ、これ以上の恨み言があるのなら、命じた張本人に向けるのだな」

「張本人っていえば、あんた、さっきあれでコイツに何をしたのさ」

 

ジルの様子をつぶさに観察しながら、今度はマギーが尋ねてきた。

 

「そうだな。少し話が逸れたか。本題に戻そう」

 

その一言に、アルゼナルの面々が再びシュバルツの言葉に耳を傾けた。

 

「先ほどジルにあてがったUG細胞。あれには、三つの特性が備わっている」

「三つの特性?」

 

エルシャが首を傾げた。

 

「うむ。私の父が提唱し、私も助手として微力ながら完成に力を貸した機能だ。すなわち、自己再生、自己増殖、そして自己進化」

 

シュバルツの説明に、アルゼナルの面々は真剣な面持ちで聞き入っていた。

 

「どのような機能かは聞けば大体想像がつくだろう。ナノマシンの一種として、自らを増殖し、再生し、そして進化させる機能だ。元々は環境改善のための機能にすぎないのだが…まあ、その辺の詳しい話は良かろう」

 

この辺りのことを詳しく言うのは流石に憚られた。未来世紀での出来事など、彼女たちには関係のないことだからだ。知らなくてもいいことならば教える必要はない。

 

「そして、私の機体はこのUG細胞で構成されていた。故に」

 

そこで、シュバルツは一度ヴィヴィアンへと振り返る。

 

「ヴィヴィアン、先ほどの戦いで私が言ったことを覚えているか? 私の機体には基本補給も修理も必要ないと言ったことを」

『えっ!?』

 

ヴィヴィアン以外の隊員たちが驚きに包まれる中、

 

「うん!」

 

ヴィヴィアンは笑顔で答えた。

 

「それは何故なのか。その答えが今説明したUG細胞だ。再生し、増殖し、進化する機能を兼ね備えた物質で構成している機体のため、消費したのとほぼ同時に補給され、被弾しても損傷個所を即座に修復する。その機能があればこそ、基本補給も修理も必要ないのだ」

「うわ…」

「すっげ…」

 

クリスとロザリーが思わず絶句したが、それは他の面々にとっても同じだった。自分たちの技術の軽く上をいっているのだ。驚かないわけがなかった。

 

「そして、その機能を先ほどの一片の金属片に集約し、ジルへと移植した。これがどういうことをもたらすか。肉体と同化、融合したUG細胞が先ほどの特性…三大理論と言っているが、それを発揮させる。と、生命活動を失ったジルの細胞を再生し、再生した細胞を増殖させ、そして…」

 

シュバルツがジルの右腕に視線を向ける。その時にはもう、ジルの右腕は義手ではなく、彼女本来のものといっても何もおかしなところのない生身の腕へと変化していた。シュバルツはその腕をゆっくりと取る。

 

「このように、進化させる」

「…凄いや」

 

メイが思わず呟いていた。

 

「私たちの技術じゃ考えられないよ、そんなオーバーテクノロジー。道理で私たちが手も足も出ないはずだし、調べさせたくもないわけだよね」

「まあ、それでも流石にここまでは出来過ぎというところが正直な感想だがな」

 

シュバルツが正直に心境を吐露すると苦笑した。

 

「だが、出来過ぎであろうと何であろうと、予想以上の好結果ならば文句はない。そして」

 

シュバルツがその取った腕をゆっくりと置いた。偶然、感じてしまったのだ。その腕に脈拍が戻ってきたのを。

 

「お目覚めだ」

 

そう告げるとシュバルツは立ち上がり、少しジルから離れた。直後、

 

「ん…」

 

ジルが吐息を漏らす。そして、

 

「……」

 

ゆっくりと目を開けたのだった。

 

「わ、私…は…」

『ジル!』

『司令!』

 

息を吹き返したジルの姿に、メイやマギーを始めとするアルゼナルの面々が喜びを爆発させる。未だ記憶が混乱しているのか戸惑った表情で周囲を見ているジルの姿を、シュバルツは腕を組んで満足そうに見ていたのだった。

 

 

 

 

 

「とまあ、こういうことだ」

『……』

 

シュバルツの説明に、向こうにいたアンジュを始めとする面々は驚きを禁じ得ない。とんでもない機体なのは十分知っていたが、それでも死者まで蘇生できるような無茶苦茶なレベルだとは思わなかったからだ。と、

 

「そうか…」

 

一番最初にその状態から復活した、タスクがあることに思い至って口を開いた。

 

「タスク?」

 

アンジュが首を傾げながらタスクを覗き込む。タスクは顔を上げてシュバルツを真っ直ぐ見据えると、

 

「貴方がここでやらなければいけないことって、このこと…ジルを生き返らせることだったんですね」

「ああ」

 

タスクの問いに、シュバルツが頷いて答えた。

 

「ねえ、それじゃあもう一つ聞きたいんだけど」

 

今度はサリアが口を開く。

 

「何だ?」

「さっき、隊長に関係のあるって言ってたけど、あれはどういう意味?」

「そう言えば…」

 

サリアの言葉に、ヒルダが横からゾーラを覗き込んだ。ゾーラは黙ったまま、ジッとシュバルツに視線を向けている。と、

 

「構わないか?」

 

シュバルツがゾーラに尋ねてきた。

 

「ああ」

 

ゾーラは短く答えるとシュバルツと同じように頷いた。ゾーラの了承を取ったことで、シュバルツは再び口を開く。

 

「平たく言えば臨床試験の実験台になってもらったのだ。今回のような時のためにな」

「? どうやって…ですか?」

 

サラが尋ねた。彼女の知る限り、ゾーラは死ぬ…まではいかないにしても、その一歩手前の瀕死の重傷ですら負ったところは見たことないからだ。それはアンジュたちも同じなので、サラ同様に首を捻っていた。

 

「あるだろう? ゾーラには生身の肉体以外の部分が」

「あ、それって…」

 

サラとタスク以外のアンジュ、ヒルダ、サリア、ナオミの視線がゾーラの右目に集中した。

 

「そういうことさ」

 

四人の注目を受けたゾーラは、最近の癖になっている右目の周辺を擦る仕草を見せたのだった。

 

 

 

 

 

『ゾーラ』

 

ドラゴンの世界から復帰し、アウローラに合流して早々、シュバルツがゾーラを彼女の私室へと尋ねた。

 

『おや、シュバルツ』

 

その来訪者を見てゾーラは嬉しそうに微笑む。

 

『何か用かい?』

 

そして用件を尋ねた。

 

『うむ。実はお前に協力してもらいたいことがあってな』

『あたしに…協力してもらいたいこと?』

『ああ』

 

シュバルツが頷いてその言葉を肯定する。

 

『ふーん。…ま、立ち話も何だしね。詳しい事情も聞かないといけないみたいだし、入んなよ』

『わかった』

 

ゾーラに先導され、シュバルツは彼女の私室へと足を踏み入れる。

 

(あの時以来か…)

 

そして思い出していた。以前にこの部屋を訪れた時のことを。思わずベッドが目に入り、それと同時にあの時のゾーラの肢体と熱を帯びた表情が蘇った。

 

(いかんな…)

 

内心で頭を振ってそれを追い払う。そんなことのためにゾーラの許を訪れたわけではないのだ。

 

『何か飲むかい?』

 

そんなシュバルツの様子に気付いている素振りもなく、ゾーラが尋ねてきた。

 

『いや…』

 

断ろうとしたところで、シュバルツはゾーラの表情が目に入った。その顔は、付き合ってくれることを期待しているものだった。

 

(む…)

 

それがわかったため、シュバルツは口を噤んだ。本人がまだどう思っているかはわからないが、シュバルツはあの時ゾーラの誘いを断ったのである。それの罪滅ぼしに、彼女に付き合うのも悪くはないかと思ったのだった。

 

(それに、酒を飲みながらできない話でもないしな)

 

そう判断すると、では何かもらおうかとシュバルツは返したのだった。

 

『お、今日は話せるじゃないか』

 

シュバルツの返答にゾーラが楽しそうに微笑んだ。

 

『そう言うわけでもないのだがな』

 

椅子に腰を下ろしながらシュバルツが答えると、程なくその目の前にワイングラスが置かれた。そしてそこに、ワインが注がれていく。ゾーラは自分のワイングラスにも同じようにワインを注ぐと、シュバルツの向かいに座った。そして、グラスを軽く持ち上げる。

 

『乾杯』

『乾杯』

 

二人はグラスを静かに合わせると、その中身を仰ぎ始めた。

 

『ふぅ…』

 

久しぶりのアルコールにシュバルツが大きく息を吐く。と、

 

『で?』

 

グラスから口を離したゾーラが覗き込むようにしてシュバルツに視線を向けた。

 

『ああ』

 

その視線を受け、シュバルツが本題に入る。

 

『実はお前に、あることの実験台になってもらいたい』

『実験台?』

 

その一言に、ゾーラが眉をピクリと動かした。

 

『ああ』

『余り気分のいいことじゃないね』

『もっともだな。だが、当然お前にもメリットのある話だ。勿論、成功すればの話だが』

『ふーん。けど、成功確率がコンマ以下なんていうふざけたものじゃないだろうね?』

『それは保証する。それどころか、かなり高い確率で成功すると私は思っている。だが、何分実際に試したことはないのでな。どうしても実地の結果が欲しいのだ』

『成る程ね。…いやだと言ったら?』

 

ゾーラが上目遣いで覗き込みながらシュバルツに尋ねた。

 

『その時は仕方がない。あの時の約束を果たしてもらう』

『約束?』

 

ゾーラがその一言に訝しげな表情になった。

 

『ああ』

『何のことだよ?』

『忘れたか? まだアルゼナルが健在だった頃だ。私とお前とエレノアとベティでビリヤードで勝負したことがあっただろう。その時の景品だ』

『あ…』

 

指摘され、ゾーラは思い出した。確かに勝者の言うことを何でも聞くという条件でシュバルツとビリヤードをしたことがあった。そして、その時の約束を果たしていないことも。その様子から、ゾーラが思い出したことをわかったシュバルツが言葉を続ける。

 

『あの時は、特に聞いてもらいたいこともなかったからそのままにしたが、今ここで使わせてもらおう。まさか、約束を違えるような真似はせんよな?』

『まいったね…』

 

ゾーラが額に手を当ててクツクツと喉の奥で笑った。

 

『今まですっかりと忘れていたよ。そう言えば、そんなこともあったか…』

『そういうことだ。で、返答は?』

『そりゃあ…決まってるさ』

 

ゾーラは再びワイングラスを手に取るとそれに口を付けた。

 

『勝負に負けたからって賭けを反故にするようなみっともない真似、できるわけないだろう?』

 

そして中身を飲み干すと、ゾーラは空になったワイングラスをテーブルの上にダンと置いた。

 

『いいよ、やってやるさ。ここでケツ捲ったら、女が廃るってもんさ』

『すまんな』

 

シュバルツが謝罪した。勝者の正当な権利とはいえ、あまりシュバルツが好きなやりかたではないからだ。

 

『で、何をすればいいのさ?』

 

新たに注いだワインをあおりながらゾーラが尋ねる。

 

『うむ。お前のその右目なのだが、義眼だそうだな』

『ああ』

 

少し複雑な表情になってゾーラが答えた。作り物の右目だからと言ってシュバルツがそれを理由に距離を置くような人物ではないのはわかっている。だがそれでも、惚れた男にあまり知っていてもらいたくはない情報だった。

 

『その右目、少し貸してもらいたい』

『これを?』

 

ゾーラが己の右目を指さした。

 

『ああ。無論、取り外しができるようなものであればの話だが』

『こんな物、どうするつもりか知らないけど…』

 

ゾーラが徐に自分の義眼を外してシュバルツに手渡した。

 

『すまんな』

『いいけど、どうすんのさ、そんな物』

 

先ほどと同じような内容のことを改めてゾーラはシュバルツに尋ねる。と、

 

『こうするのさ』

 

そう言って、シュバルツは懐から一欠片の小さな金属片を取り出すと、それを義眼の上においた。

 

『???』

 

予想外のシュバルツの行動に思わずゾーラが首を捻る。と、次の瞬間にはその金属片がなくなっていた。綺麗サッパリ、まるで最初からそんな物などなかったかのように。

 

『な!』

 

驚きながらゾーラは己の義眼からシュバルツに視線を移す。シュバルツはその義眼をゾーラに差し出した。

 

『着けてみてくれ』

 

自分が何をしたのか当然わかっているシュバルツはゾーラのように取り乱すこともなく、そう、ゾーラに促した。

 

『あ、ああ…』

 

少し呆然としながらも、ゾーラはシュバルツから自分の義眼を受け取る。そして、いつものようにそれを右目に戻した。と、

 

『っ!』

 

戻した途端、右目に異変を感じたのである。

 

『な、何だ…これは…?』

 

右目に感じる違和感に、思わずゾーラが俯きつつ右目を抑えながら口走っていた。

 

『しゅ、シュバルツ、あ、あんた、何を…』

 

ゆっくり顔を上げながら、この状況を作り出した張本人であるシュバルツに尋ねた。

 

『どんな感じだ?』

 

シュバルツはゾーラの疑問に答えることもなく尋ねてきた。

 

『ど、どんなって…』

『何でもいい。今お前が感じている感想を聞かせてくれ』

『わ、わかったよ。何か、根が張っているみたいだ』

 

ゾーラが正直な感想を告げる。その言葉通り、義眼から根が生えてきてそれがゾーラの肉体を侵食、同化しているような奇妙な感覚を感じていたのだ。それはとても言葉にできるようなものではなかった。

 

『成る程な。体調は?』

『その辺は何もおかしなところはない。ただ、右目が相変わらず根を伸ばしているような感覚で、ハッキリ言って気持ち悪い。できるんなら今すぐ取り外したいぐらいさ』

 

続けてゾーラが正直な感想を述べて思わず右目に手を伸ばす。が、

 

『いや、恐らくもうそれはできん』

 

シュバルツがにべもなくそう答えた。

 

『ど、どうしてだい?』

 

相変わらず感じる違和感に気持ち悪さを感じながら、何とかゾーラがシュバルツに尋ねた。

 

『すぐにわかる。それより、どうだ?』

『ど、どうって…あれ?』

 

ゾーラが思わず首を傾げた。何故ならば、先ほどまで感じていた違和感、気持ち悪さがどんどんなくなっていっているからだ。それと同時に、右目に新たな異変を感じるようになっていた。

 

(何だ? 視界が…)

 

その新たな異変にゾーラが気付く。これまでの、義眼を通して見る世界とは違う世界が右目から飛び込んできたのだ。

 

『! これって!』

 

ゾーラはまさかと思いながら恐る恐る己の右目に指を触れる。と、その指が眼球の柔らかさ、温かさ、湿り具合を感じたのだった。まるで本物の肉眼のように。いや…

 

『!』

 

ゾーラが慌ててシュバルツに振り返る。と、

 

『成功したようだな』

 

ゾーラの反応でそれがわかったシュバルツが嬉しそうに微笑むと椅子から立ち上がった。そして、用は済んだとばかりに歩き出す。

 

『ま、待って!』

 

慌ててゾーラがそのシュバルツの足を引き留めた。

 

『何だ?』

 

シュバルツが足を止めると、振り返ってゾーラに尋ねる。

 

『シュバルツ、あんた、あたしに一体何を…』

 

もっともな疑問をゾーラがシュバルツに尋ねた。

 

『言っただろう、実験だ』

『何の…だよ』

『もしもの時の、だ』

 

そこでシュバルツはゾーラに向き直ると、今回の実験の詳細を説明し始めた。DG…いや、UG細胞に備わった三大理論。そしてそれを応用した、今の実験のこと。

当然、それについて話すということはゾーラにシュピーゲルの秘密を少なからず話すことになるのだが、シュバルツはそのことにはもう余り抵抗がなかった。ゾーラの人となりを信用してというのもあったが、最後の戦いが近い今の状況ではこの技術を戦いに転用するような暇はないだろうというのが一つ。そしてもう一つは、ゾーラの失った肉体を元に戻してあげたいという思いもあったからである。

無論、そんなことを口に出して恩着せがましい真似をするようなシュバルツではないので黙っていたが。だがそれでも、ゾーラには十分なようだった。

 

『そう…かい…』

 

シュバルツの説明を一通り聞き終えたゾーラが腹の底から吐き出すように呟いた。

 

『お前の協力のおかげで、人体に対する悪影響はないことがわかった。もちろん、今後も経過を観察せねばならんが、それでも恐らく悪影響はないと思っていいだろう』

『どうしてだい?』

『言っただろう? DG細胞は三大理論の進行がとても速くてな。もしDG細胞のままだったら、恐らくもうお前は乗っ取られて理性を失った操り人形になっているはずだ。だが、今になってもその兆候は見られない。お前自身も、相変わらず変調は感じてはいないのだろう?』

『ああ。この表現が正しいかどうかわからないけど、右目が元に戻った以外はね』

『ならば、悪影響はないと思っても差し支えはない。そして、三大理論の機能が失われていないこともまた確認できた。それだけわかれば十分』

 

そして最後に、シュバルツは表情を少し引き締めた。

 

『このことは、他言無用で頼む』

『いいけど…どうしてだい?』

『これも恐らくだが、多用はできんのでな』

『ふーん』

 

ゾーラが何気なく口にしてそう答えた。

 

『わかったよ。あんたがそう言うんなら』

『重ねてすまんな』

『いいって。寧ろこっちとしては礼を言いたいぐらいさ。失った右目が戻ってきたんだからね』

『そうか』

 

嬉しそうに微笑むゾーラにシュバルツも軽く微笑んだ。

 

『ではな』

 

そして、そのまま部屋を出て行ったのだった。

 

 

 

 

 

「…とまあ、こういうことだ」

「そうだったんだ…」

 

シュバルツの説明に、サリアを始めとした全員が頷いた。向こうに行っていた連中は当然ながら、こっちに残っていた面々もその説明を聞いて初めて得心のいったような顔をしている。と、

 

「良かったのか?」

 

そこに口を挟んできたのは、当然と言うべきかジルだった。全員の視線がジルへと集中する。

 

「何のことだ?」

 

質問の意図がわからず、シュバルツがジルに尋ね返した。

 

「私なんかを生き返らせるために、そんな技術を使っちまって。私がお前をどうしようとしていたかは十分わかっていたはずだろう?」

「確かにな」

 

シュバルツが頷く。ジルが自分をどうしようとしていたかを考えれば、そう聞いてくるのも無理はなかった。が、

 

「だが、生命は取り返しがつかん、普通はな。だがもし取り返しがつくのであれば、躊躇う理由はないだろう。それに…」

「それに?」

「お前が余りにも哀れだったのでな」

「……」

 

シュバルツの言葉を、ジルは黙って聞いた。

 

「ノーマということでここに送られ、その運命を切り開くためにエンブリヲに挑むも奴に弄ばれ、己の身体を失い、復讐の鬼として仇に迫るも返り討ちに遭ってその生涯を閉じる。…それでは余りにも…な」

「そう…か」

 

それを聞き、ジルがフッと笑った。

 

「哀れみか? 同情か?」

「その両方だ。そんなもの気に入らんというのなら止めはせん。この場で再び生命を断て」

「! ちょっと、シュバルツ!」

 

サリアの表情が蒼ざめた。他の面々もギョッとしたような表情をしている。だが、当のジルは、

 

「そんな真似しないさ」

 

微笑んだままシュバルツにそう返した。そして、サリアの肩にポンと手を置く。

 

「アレクトラ?」

 

何事かと、サリアがジルを見上げた。

 

「私には、こいつらを戦いに引きずり込んだ責任がある。もう十分醜態を晒したが、それでも責任を取らないで逃げるようなみっともない真似、できるわけがないさ」

「! アレクトラ…」

 

サリアがぱあっと表情を明るくさせた。

 

「すまなかったね、サリア。それと、他の皆も」

「ううん、いいの!」

 

サリアが嬉しそうにジルに抱き着く。その直後、ジルの周囲に隊員たちが顔を輝かせながら集まった。

 

(これでいい)

 

腕を組み、眩しそうにその光景を見ながらシュバルツは内心で頷いていた。そして、空を見上げる。

シュバルツがジルを蘇生するためにUG細胞をジルの身体に移植したが、それは随分前にシュピーゲルを調べた時に判明した新しい機能だった。機能の移植と集約…シュバルツ自身、この機能はこの世界に転移したときのショックによって備わったものだと思っていたが、先ほどのアウラとのやり取りによって、マナが融合したおかげで備わったものだということがわかった。しかし、その追加された機能はいいことだけをもたらすわけではない。

それによって負うデメリット…すなわちそれは、他者に三大理論を移すことにより、シュピーゲル自身から三大理論の機能が失われるということだ。アルゼナルの面々は知る由もないが、もうガンダムシュピーゲルは三大理論を兼ね備えた特殊な機体ではなく、彼女たちの乗るラグナメイル…いや、パラメイルと同じ只の機体になってしまった。ジルにUG細胞を移植する前にアウラが危惧していたのはこのことなのである。その特性を失ってもいいのか…と。

だがシュバルツは迷うことはなかった。技術よりも人を救うことを選んだのだ。

 

(私は間違っていない。そうだよね、父さん、母さん)

 

青く澄み渡る空に、不意に両親の姿が浮かんだような気がして、シュバルツは二人に尋ねた。無論、何も言ってくれることはなかったが、それでも優しく微笑んでくれたように思えた。それだけで十分だった。

 

「……」

 

見上げていた顔を降ろすと、視線の先にはキラキラと輝くアルゼナルの面々がいた。その姿こそ、自分の行った行為の答えであることに間違いはなかった。

 

(技術はまた作ればいい。今すぐにはできなくとも、いずれ、必ず)

 

だが今は、楽しそうに嬉しそうに喜んでいる彼女たちの姿で十分お釣りがくる。シュバルツはそう思っていた。

 

彼女たちとシュバルツの戦いは終わりを告げた。これからは、その先を。その未来を照らすかのように、日の光が優しく温かく皆を包むのだった。


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