機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

最終決戦四話目です。ゴールデンウィーク最終日のお供にでもどうぞ。

いよいよエンブリヲの元に乗り込むアルゼナルの戦士たち。彼女たちが最後の戦いに赴くまでの部分になります。

予定的には後二話程で本編終了し、エンディングになる予定です。ここまで随分長い道のりでしたが、最後までもう少しだけお付き合いください。

では、どうぞ。


NO.62 決着は自分たちの手で

「よし、エンジン修理完了!」

「全システム、再起動します」

 

メイからの報告を受け、パメラがアウローラのシステムを再起動させる。流石にメイの仕事は確実で、アウローラは力強さを取り戻した。自律飛行が再び可能になったため、アウローラを支えていたドラゴンたちが次々に離れていく。

そんな中、アウローラに悲報がもたらされた。

 

「アレクトラ!」

 

デッキに駆け付けたマギーがサリアに肩を貸されているジルの姿を見て言葉を失った。

 

「早く担架を!」

 

サリアの指示に従ってマギーが身を翻して走り出す。が、

 

「無駄だよ…」

 

ジルのその一言に足を止めてしまった。

 

「それより…タバコを、くれ…」

 

そう言って薄く笑ったジルの顔色は、もう真っ青になっていた。そのままジルは格納庫の隅で横たわり、その周りを隊員たちが取り囲む。

 

「エンブリヲ…奴のラグナメイルを破壊しようとしたが、逃げられちまった」

 

何とか言葉を振り絞るジルの傍らでマギーがタバコを咥え、それに火を点ける。

 

(……)

 

隊員たちと同様、一足先にアウローラに戻ってきていたシュバルツはそのジルの様子を心苦しい表情で見ていた。

 

「奴は、私には手の届かないところに…」

 

そこまで説明したところでマギーがジルに、今火の点けたタバコを咥えさせる。

 

「ごめんなさい、アレクトラ。私、なんてバカなことを…」

 

傍らに跪いたサリアが懺悔の言葉をジルにかける。だが、ジルはそんなサリアを責めるようなことはしなかった。寧ろ、今まで見せたことのないような優しい表情でサリアに微笑む。

 

「ホント…あんたは私にそっくりだよ。まるで、妹みたいに…」

「えっ!?」

 

その言葉に、サリアがハッとして顔を上げる。

 

「真面目で…泣き虫で…思い込みが激しいところから、男の趣味までね。…だから、巻き込みたくなかった」

 

そしてジルがサリアの頬に手を伸ばす。

 

「ゴメンね…辛く、当たって」

「アレクトラ…」

 

サリアがその手を己の手で包む。

 

「良かった…最後に…あんたと…」

 

そこでジルの身体が力を失い、咥えていたタバコが重力に引かれてゆっくりと滑り落ちた。

 

「アレクトラ…?」

 

呼びかける。だがその目は、もう二度と開かれることはなかった。

 

「アレクトラーっ!!!」

 

感情の堰が切れたサリアが泣きじゃくりながらジルに縋りつく。その光景に誰も何も言えず、沈痛な表情を向けることしかできなかった。

 

(これは…私のミスだ…)

 

他の面々と同じように沈痛な表情を浮かべながら、シュバルツは己を責めていた。エンブリヲとのケリをつけさせるためにジルのところに向かうのは止めたのだが、その結果がこれである。

いや、もっと言えばあの時エンブリヲを仕留めそこなったことがそもそもの原因といえた。どちらかを遂行していればジルがこの結末を迎えることは回避できたかもしれない。そう思うと、シュバルツは悔やんでも悔やみきれなかった。

だが、そんな感傷に浸ることも状況は許してはくれなかった。不意に、アウローラを振動が襲ったのだ。

 

「何だ!?」

 

状況がわからないタスクが思わず声を上げる。それに答えるわけではないが、ブリッジではリィザが状況を報告していた。

 

「収斂率98.5!」

 

いよいよカウントダウンが近づいてきたのである。その影響でブリッジにも振動が響き渡り、クルーが必死になって周囲にしがみついていた。

 

「チッ、諦めるんじゃないよ、お前たち!」

 

ゾーラが鼓舞するかのように発破をかける。と、不思議なことが起こった。不意に振動が止まったのだ。それを表すかのように、時空収斂率は99.02%の値で停止したのである。

 

「振動が…止まった!?」

 

タスクが声を上げる。と、

 

『時間と空間の狭間』

 

不意に、何処からか聞いたことのない声が聞こえてきたのだ。声は、更に言葉を続ける。

 

『非ゲージ領域の果て、虚数の海。エンブリヲはそこにいます』

「だ、誰だ!」

 

聞き覚えのない声、そして何処から聞こえるかもわからないことに不安になったのか、ヒルダが虚空を睨み付けた。と、

 

「!」

 

サラが何かに気付いた。そして、

 

「アウラ!?」

 

上空を見上げてその名を呼んだのだった。その正しさを証明するように、格納庫の中からは見ることなどできないが、アウローラの上空をアウラが並行して飛んでいたのだった。

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

アウローラでそういった事態がが起こっているのと同時刻、アンジュはとある場所で目を覚ました。上半身を起こして周囲を見渡す。

そこは、見たこともないとある部屋の一室だった。そして自分はベッドの上にいて、その身にはエンブリヲに拉致られた時に着ていたものと同じドレスを身に纏っていた。

 

「……」

 

自分の状態を確認したのち、目の前にこの部屋のドアがあることにアンジュが気付いた。アンジュは急いで靴を履くと、そのドアを乱暴に開けて廊下へと踊り出す。そして左右に首を振り、外の光が見える方向に向かって走ったのだった。

 

「!」

 

やがて外の光景が目に入って来たアンジュが言葉を失う。何故ならそこは墓地だったからだ。が、アンジュが言葉を失ったのはそこが墓地だからではなかった。

良く知っているからだ、目の前に広がるその墓地の光景を。

 

「まさか、ここ…」

 

誰に聞かせるでもなく呆然と呟く。が、

 

「そう。アルゼナルだよ」

 

その呟きに答える者がいた。エンブリヲである。上空から、アンジュの許に向かってヒステリカの肩に乗ってゆっくりと降りてきていた。

 

「オリジナルの…ね」

 

そしてエンブリヲはそう続ける。確かに目の前に広がる墓地の光景はアルゼナルそっくりだったが、その先に見える光景が違っていた。海ではなく、星空が広がっていたからだ。それも水平線がなく、本当に星空だけが広がっていた。

 

「!」

 

エンブリヲの登場に思わずアンジュは顔を顰める。が、エンブリヲはそんなアンジュを気にも留めずに言葉を続ける。

 

「二つの地球と二つの人類。マナの世界と調律者。全てはこの場所から始まったんだよ。そして、間もなく全てが終わる」

 

そう宣言したエンブリヲの後ろには地球があった。但し普通の状態ではなく、二つの地球が融合して一つになろうとしている状態の。まさに今エンブリヲが言った通り、全てが終わろうとしているのだろう。

 

「おいで、アンジュ」

 

エンブリヲはその手を差し出した。

 

「特等席から新世界の誕生を観賞しよう」

「冗談じゃないわ!」

 

吐き捨てるように拒絶すると、アンジュは身を翻して元来た道を帰る。

 

「逃げようとしても無駄だよ。ここは君の知っているアルゼナルではない」

 

ヒステリカと共に地に降り立ったエンブリヲがアンジュの背中にそう声をかけた。勿論、アンジュはもう随分と遠くに去って行ってしまったため、その声は届かないが。

 

「少し、昔話をしようか」

 

だがエンブリヲは構わず、話を続ける。

 

「この島は世界最高の素粒子研究所でね。私はここで多くの物を発見し生み出した。統一理論、超対称性粒子、そして多元宇宙…」

「別世界への進出は、新たな大航海時代の幕開けとなる」

「有人次元観測機ラグナメイル。この機体で、別世界の扉を開く計画だった」

「だが突如発生した局所的インフレーションにより、システムが暴走。この島は時空の狭間に取り残された」

 

アンジュの逃げた先には当然のようにエンブリヲがいた。椅子に座り、優雅にお茶を飲むエンブリヲの姿に、アンジュは表情を引き攣らせる。

 

「だが、それこそが全ての始まりだった」

 

エンブリヲは引き続き、アンジュに構わずに話を続けた。

 

「ここは、時が止まった世界だったからね」

「えっ!?」

 

その一言には、さしものアンジュも思わず驚き動きを止めてしまった。

 

「無限の時間を持つ私だけの庭だ。宇宙で最も安全な場所。私はここからラグナメイルを操り、世界への干渉を始めた」

「戦争を終わらせ、新たな地球を用意し、人間を造り直したんだ。人類を導く調律者としてね」

「残念ながらマナによる高度情報化社会は失敗したが、君だけは違った」

 

そこでエンブリヲが徐に立ち上がった。アンジュは厳しい表情になってエンブリヲを睨む。

 

「私にふさわしい、強く賢い女。イレギュラーから生まれた天使。私と共に、人類の新たな千年を創ろう」

 

だがアンジュは、

 

「お断りよ!」

 

当然受け入れるわけもなくエンブリヲに殴りかかろうとする。しかし、それより前にエンブリヲの手が動き、アンジュの頬を叩いた。頬を叩かれたアンジュは吹き飛び、背中から地面に倒れる。

 

「くうっ!」

 

アンジュが思わず悲鳴を上げた。

 

「これからは二人っきりなんだよ、永遠に、ここで」

「だ、誰が!」

 

怖気の走るエンブリヲのセリフにアンジュは立ち上がり、再びその場を走り去った。

 

 

 

 

 

「時空の…狭間ぁ!?」

 

アルゼナルではアウラの言葉にヒルダが食って掛かった。

 

『そう。あらゆる宇宙から孤立した、特異点からも辿り着けない場所』

「んなとこ、どうやって行きゃいいんだよ!」

 

ヒルダの疑問はもっともである。と、

 

『ヴィルキス』

 

アウラがその一言で答えた。

 

『時空跳躍システムが解放されたあの機体ならば…あっ!』

 

アウラが突如悲鳴を上げる。その直後、アウローラが振動で揺れた。アウローラをを護るように包みながら飛んでいるアウラが攻撃を受けたのだ。先ほどの悲鳴は、それによるものだった。

 

『時間がありません。私が時空融合を抑えている間に早く!』

「だけど、ヴィルキスを使えるのはアンジュだけだ!」

 

このタスクの言葉ももっともなものであった。ただ使うだけならばいつぞやのサリアのように誰にでもできるだろうが、その真の力を発揮させることができるのは歌と指輪と王族であることを兼ね備えたアンジュだけである。だが、

 

『いいえ』

 

アウラが即座にその言葉を否定したのだった。

 

『人類の未来を照らす光。ラグナメイルはそのために造られし物。強き意志、人の想いに応えてくれるはずです。必ず』

「強き…意志」

 

タスクが反芻するように呟いた。と同時に、

 

「強き意志…か」

 

シュバルツも呟いた。自然、シュバルツの発言ということで格納庫の皆の視線を集めることになってしまう。

 

「…茶々を入れるつもりはないが、随分と抽象的なことだな」

『…確かに、それは否定しません』

 

シュバルツの疑問にアウラが反論することもなく同意する。

 

『ですが異界の戦士よ。貴方が一番その強さをわかっているのではないですか? 文字通り身をもって』

「!」

 

続けてのアウラのその言葉に、シュバルツが驚きを隠せなかった。が、事情のわからないアウローラの面々は不思議そうな表情でシュバルツを見ている。

 

(何故それを)

 

シュバルツが心の中で尋ねた。言葉に出してアウローラの面々には聞かれたくなかったからだ。

 

(誰が貴方をこの世界に呼んだと思いますか?)

 

アウラが尋ねてきた。無論、シュバルツがそれを知るわけはないが、この話の流れから、答えは容易に想像することができた。

 

(お前…なのか?)

(ええ)

 

いともあっさりとアウラが答えた。

 

(私はミスルギの地下でマナを作り出す装置にされていましたが、全ての意識がなかったわけではありません。たまに取り戻す僅かな意識の中、エンブリヲによる多元宇宙への干渉の際に、あの男が干渉した宇宙のことを時々感じ取ることができました。その中にあったのです、貴方の存在が)

(……)

 

アウラの告白に、シュバルツは黙って耳を傾けた。

 

(戦士としての高い実力は言うに及ばず、過酷な運命を辿らされても決して折れなかったその心。若き者を導き包むその包容力。是非我々の、そしてこの世界のために力を貸していただきたい人物だと思い、薄れゆく意識の中で貴方をこの世界に呼んだのです)

(……)

(貴方の機体であるガンダムシュピーゲル。現時点でその素体となっているのはアルティメットガンダムですね)

(ああ)

(何故、狂ってしまったデビルガンダムではなく、本来のアルティメットガンダムが素体になったと思いますか?)

(わからん。元々アルティメットガンダムがデビルガンダムと化したのは地球に堕ちてきた落下の時の衝撃でプログラムが狂ったためだからな。同じように、時間と空間を飛び越えたことで狂ったプログラムが元に戻ったのだと勝手に推測していたのだが…)

 

そこでシュバルツは一息入れた。そして、

 

(お前が、一枚かんでいたというのか?)

 

そう尋ねたのだった。これも話の流れから、容易に推察できることであった。

 

(はい)

 

案の定、アウラはあっさりとそれを認めたのだった。

 

(貴方をこの世界に呼びよせるとき、マナを貴方の機体に融合させたのです。とは言え、基本意識を取り戻せない私にはほんの少しだけのマナしか融合させることはできませんでした。ですが、ここで貴方の父親が唱え、そして貴方の母親と貴方自身も助手として完成に力を貸した三大理論がその機能を発揮してくれたのです。マナの力を増殖し、再生し、進化させたことで自身をオーバーホールさせ、デビルガンダムであったあの機体をアルティメットガンダムとして復活させることに成功したのです)

(成る程…な)

 

アウラによって知らされた衝撃の事実だった。だがシュバルツはその事実に対して驚くほど冷静だった。いっそ、冷めているという表現が当てはまるかのように。

 

(気分を害されましたか?)

 

シュバルツのその様子に、アウラが申し訳なさそうに尋ねてきた。が、

 

(いや…)

 

シュバルツは心の内で首を左右に振った。

 

(理由や経緯がどうであれ、私がこの世界に来たことで捨てられた真なる地球の者たちと古の民、そして虐げられていたノーマの解放に微力ながら力になれたのだろう?)

(それは間違いなく。微力どころか、貴方の存在は大きな力となりました)

(ならば、よい。マナ人種たちにとっては迷惑以外のなにものでもないだろうがな)

(ふふふ…)

 

明け透けなシュバルツの言葉に、アウラも思わず微笑んだ。と、

 

「シュバルツ?」

 

不思議な顔でシュバルツに話しかけてきたのはヴィヴィアンだった。突然黙りこくってしまったからどうしたのかと思ったのだろう。そしてそれは他の面々も同じようだった。皆、大なり小なり怪訝な表情でシュバルツを見ていた。

 

「む…」

 

それに気づいたシュバルツが思わず息を飲む。アウラとの心の中での会話に気を取られ、今置かれている状況を忘れてしまっていたのだ。

 

(私もまだまだだな…)

 

己のことに囚われて周りを見失っていたことに思わずそんなことを思い、

 

「すまん」

 

と、皆に謝罪した。

 

「いいんだけど…どうかした?」

 

ヴィヴィアンが重ねて尋ねる。

 

「いや、少し思うところがあってな。だが、もういい」

 

シュバルツは言葉を濁した。やはりこれはアウローラの面々に伝えるようなことではないと判断したからだ。

 

「話の腰を折って悪かったな。続けてくれ」

「あー…」

 

ヒルダが毒気を抜かれた感じになって頭を掻く。だが、いつまでもそうしていても仕方ないと思ったのだろう。仕切り直しと言うわけでもないのだろうが、軽く咳ばらいをすると、

 

「タスク、あんたがやりな」

 

と、タスクに一番重要な役目を任せた。

 

「えっ!?」

「アンジュとは、あんたが一番強く繋がってるんだ」

 

ヒルダに指名されて一瞬戸惑ったタスクだが、すぐに表情を引き締め直すと深く頷いた。その頃アンジュは、エンブリヲとの楽しくもない追いかけっこから未だ必死に逃げているところだった。

 

「ヴィルキス! ヴィルキス!」

 

アンジュが必死になって愛機を呼ぶ。だが、愛機がそれに答える気配は微塵もない。

 

「無駄だよ」

 

エンブリヲがゆっくりと近づきながらそう呟いた。

 

「指輪は置いてきた」

「っ! このおっ!」

 

進退窮まったアンジュがエンブリヲにハイキックを繰り出す。が、エンブリヲは難なくそれを受け止めた。と同時に、どういう理屈かはわからないが、アンジュが身に纏っていたドレスが一瞬で切り裂かれてまたもやアンジュは全裸をエンブリヲに晒すことになってしまった。

 

「はっ!?」

 

その裸体を隠してその場にアンジュはしゃがみ込む。そんなアンジュにエンブリヲは近づくと、

 

「美しい…」

 

と、素直に褒めた。とは言え、だからと言ってアンジュが嬉しがるわけもなく、忌々しそうな表情でエンブリヲを見上げた。

 

「だが…」

 

手の届く距離まで近づいたエンブリヲが、少し感情的になってアンジュの頬を叩く。

 

「ぐっ!」

「だが君は、穢されてしまった!」

 

そして、返す刀で再びアンジュの逆の頬を叩いた。

 

「ぐっ!」

「あの忌まわしいサルに!」

 

そして腰を下ろすと、エンブリヲはアンジュの頬を掴んで顔を無理やり上げさせる。

 

「浄化しなければね。私の愛で!」

 

そのままエンブリヲがアンジュを乱暴に放って横たわらせる。すると、突然無数に草が伸びてきてアンジュの身体を拘束し、エンブリヲの前にその身体を開かせた。

 

「頼む、ヴィルキス」

 

アンジュの貞操が危機を迎えている時、アウローラの格納庫ではタスクがアンジュの指輪を握り締めてヴィルキスに己の意志を伝えていた。

 

「俺に力を貸してくれ」

 

そして起動させようとする。が、ヴィルキスに光は灯らない。

 

「ヴィルキス!」

 

タスクが思いの丈をぶつけている間にも、エンブリヲの魔の手がアンジュに伸びようとしていた。

 

「この…暴力ゲス男!」

 

この拘束された状況下でも、アンジュは決して折れなかった。が、

 

「偉そうなことを言って、結局はやりたいだけなんでしょう!?」

 

直後、またアンジュの頬に平手が飛んだ。

 

「ぐっ!」

 

先ほどまでと同じように短く悲鳴を上げる。

 

「愛する夫にそんな口の利き方をしてはいけないよ?」

 

そして何処までも、調律者様であるエンブリヲは自分本位だった。最早、人の話を聞かないとかいうレベルの問題ではない。

 

「見たまえ」

 

そして、アンジュの目の前にウインドウを開いた。

 

「!」

 

アンジュが目を見開く。そこには、アウローラを護っているアウラの姿が映っていた。

 

「クライマックスだ」

 

エンブリヲのその言葉通り、アウラの周囲を覆っているフィールドが侵食され、突破されようとしていた。

 

「時空融合…来ます」

 

絶望的な表情になり、リィザが報告した。同時刻、格納庫では、

 

「どうして!」

 

タスクの悲痛な叫びが響いていた。

 

「どうして動いてくれないんだ! ヴィルキス!」

 

タスクが苛立ちのままコンソールを叩きつける。

 

「お前もずっとアンジュを護ってきたんだろう!? なのに、あんな奴に奪われていいのかよ!」

 

その、タスクの言うところのあんな奴は自らの力を使って植物をアンジュの下半身に這わせ、そして力づくで開脚させた。そして開き終わらせると、開かせた両脚の間に己の身体を移動させる。と、

 

「歌え…歌え…」

 

アンジュが歌を紡ぎ出した。言わずと知れた、永遠語りである。

 

「フッ」

 

一瞬だけ怪訝な表情をしたエンブリヲだが、すぐにその表情を戻し、そしてアンジュに覆いかぶさっていく。

 

「目を覚ませヴィルキス! 俺に力を…貸してくれーっ!」

(タスク…!)

 

意図したわけではないが、タスクとアンジュがほぼ同時に涙を流した。そして、その涙がタスクの手の中にあるアンジュの指輪に落ちた瞬間、指輪が光った。まるで、その意思を受け取ったかのように。

 

「! 聞こえた…」

 

タスクが呟く。

 

「えっ!?」

「何?」

「今…アンジュの声が!」

 

と、今まで何も映し出していなかったコンソールに三つの羽の生えた人型のような文様が浮かんだ。そして、ヴィルキスがそのカラーリングを変えたのだった。まるで、タスクの意志に呼応するかのように。

 

「すげぇ!」

 

こういったことには一々反応するヴィヴィアンが喜色満面で喜ぶ。

 

「私たちも共に!」

 

ヴィルキスがタスクとアンジュの想いに応えて覚醒したことを察したサラがそう声をかけ、自らの龍神器へと走る。

 

「よし!」

 

ヒルダも応じ、サリアも走り出す。

 

「タスクさん!」

 

ヘルメットを装着しているタスクの許に、彼女たちと入れ替わるようにしてモモカが走り寄ってきた。

 

「アンジュリーゼ様をお願いします!」

 

タスクが力強く頷いた。

 

「ヒルダ!」

 

ヒルダの許には、ロザリーとクリスが駆け寄る。

 

「私のラグナメイルで行って」

「わかった」

 

クリスが差し出した指輪をヒルダがありがたく受け取り、彼女が先ほどまで搭乗していたテオドーラへと向かった。

 

「絶対死ぬんじゃねえぞ!」

「待ってるからね! ヒルダ!」

 

二人の心強い言葉を背に受け、ヒルダはテオドーラに乗り込んだ。

 

「サリアちゃん」

 

自機であるクレオパトラに乗り込んだサリアの許へは、エルシャとヴィヴィアンが駆け寄った。

 

「必ず帰ってきて」

 

二人の眼差しに、サリアは静かに、

 

「うん」

 

と、頷いたのだった。と、そこへ。

 

「間に合ったようだね」

 

新たな登場人物が現れた。

 

「た、隊長!」

「ゾーラ隊長! それに…」

「ナオミ!」

 

サリアたちが振り返った先には、ゾーラとナオミの姿があった。先ほどまで出撃していたナオミはともかく、ゾーラもパイロットスーツに身を包んでいる。

 

「そ、その格好は?」

 

思わずサリアが尋ねた。

 

「見りゃわかるだろ? あたしらも行くのさ」

「そういうこと。幸い、ラグナメイルは後二機あるからね」

 

そう言ったナオミの視線の先には、イルマとターニャが乗っていたエイレーネとビクトリアがあった。本来の搭乗者である二人とも、未だに気を失って医務室で眠っている。そしてゾーラとナオミの手には、彼女たちから拝借してきたのだろう、それぞれの指輪が光っていた。

 

「ここで出来ることはもうないんだろう? あんたらの帰りを待っててもいいんだが、それじゃあ退屈でね。ブリッジの方は司令権限でジャスミンに預けてきた」

「それにあの神様は私たちやドラゴンたちの運命を散々弄んでくれたからね、それに対するお礼もしないと♪」

 

ナオミはニコニコ笑っているが、内心では大分腹に据えかねているのがよく分かった。何分、彼女は他の隊員たちと違って少なからずドラゴンたちと寝食を共にしたので、余計に腹立たしいのだろう。

 

「と、いうわけで」

「私たちも参戦させてもらうよ」

 

そのままゾーラはビクトリアへ、ナオミはエイレーネに向かってそれぞれ機体に跨った。こうして、アウラの言うところの時空の狭間へと向かう準備はほぼ整った。だが、それに合力しない者が一人。

 

「シュバルツ!」

 

最初にそれに気付いたのはヒルダだった。全員が視線を向けると、シュバルツは未だシュピーゲルに搭乗しておらず、それどころか腕を組んでジッとラグナメイルに搭乗している面々を見ていた。まるで、彼らを見送るかのように。

 

「何してるんだよ! あんたも早く!」

 

当然のようにヒルダが急かす。が、

 

「いや…」

 

シュバルツは首を横に振った。

 

「私はここに残る」

『えっ!?』

 

それは、出る者たちだけでなく、残る者たちにとっても想定外の言葉だった。てっきり…というか、絶対にシュバルツもエンブリヲの許に向かうと誰もが思っていたからだ。

だが、皆の予想に反しシュバルツはここに残ることを選択したのだった。

 

「何でさ!?」

 

思わずゾーラが問い詰める。だが、それは他の皆も同じ気持ちだった。シュバルツの実力の高さは全員存分に知っている。その戦力がいるのといないのでは大違いだからだ。だが、

 

「これが本当に最後だからだ」

 

ゾーラに返したその返答を理解できる者はいなかった。

 

「どういう…こと?」

 

ゾーラを継ぐようにサリアが尋ねる。

 

「何度か言ったと思うが、私はこの世界では所詮余所者に過ぎん。この世界の未来はこの世界の者が掴み取るのが道理というものだ。先ほどは、あまりにあの神がゲスだったもので思わず介入してしまったが、幸か不幸か取り逃がした」

(いや…)

 

そこでシュバルツはチラッとある場所に視線を向けた。そこには、事切れたジルの姿があった。

 

(この結末が幸なわけはないな。そうだろう?)

 

誰にも聞かれることがないよう、内心でジルに問いかける。言葉に出してない上に、ジルは亡くなってしまったので返答が返ってくるわけはないのだが。

そしてシュバルツはそんな自身の内心を悟られぬように言葉を続ける。

 

「次が本当に最後ならば、私が手を出すのは筋違いというものだろう。お前たちの世界の未来なのだ、お前たち自身の手で掴み取ってこい」

『……』

 

皆が黙って真剣にシュバルツの言葉に耳を傾けていた。出撃する面々は最初こそシュバルツの不参加に驚いていたが、その理由を聞かされて表情が引き締まる。

 

「それに…」

 

理由を説明し終えたはずのシュバルツが再び口を開いた。

 

「それに…何?」

 

ナオミが尋ねる。

 

「…私には、ここでやるべきことがある」

「やるべきこと?」

 

ナオミがそのまま首を傾げた。が、それは他の面々にとっても心境としては同じ。

 

「それは何なのです?」

 

今度はサラが皆を代表して尋ねた。

 

「今はまだ明かせん。私の望む結末になる保証もないし、変に気を持たせるのも良くないのでな」

「? 今一、要領を得ないんですけど…」

 

タスクの疑問は他の皆も感じていることだった。シュバルツが何を言っているのか、何を言いたいのか掴めないのだ。

 

「どういうことなのかはお前たちが戻ってきたときにわかる。とにかく、私はお前たちが導く未来をここで待たせてもらうことにする」

「わかりました」

 

タスクが頷いた。確かに戦力としてシュバルツの不参加は非常に痛いのだが、今は一刻を争うのだ。ここでこれ以上問答をするのは避けたかった。

それに、実力行使にでも訴えようものなら、返り討ちに遭うのは目に見えている。流石に本当にそんな真似はしないだろうが、やすやすと逃げられるのは簡単に予想がついた。そのため、タスクはシュバルツに同意したのだ。

そして、それは他の面々にとっても同じなのか、誰もそれ以上何かを言うことはなかった。

 

「じゃあ…行ってきます!」

「ああ」

「跳べ! ヴィルキス!」

 

タスクの命令に従い、ラグナメイルがプラズマのようなフィールドに包まれた。

 

「皆様、御武運を!」

「ご多幸をお祈り申し上げます!」

「頑張ってー!」

 

ヴィヴィアンのその応援を最後に背にし、ヴィルキスを始めとする5機のラグナメイルとサラの焔龍號は次元の狭間へと跳躍したのだった。

 

 

 

(行ったか…)

 

タスクたち、アンジュを救うため、そしてエンブリヲとの決着をつけるための面々を見送ると、シュバルツは組んでいた腕を解いた。そして、とある方向に顔を向ける。

その視線の先にいるのは、先ほど非業の死を遂げたジルの姿だった。

 

「……」

 

少しだけ彼女に視線を向けた後、シュバルツは身を翻す。そして、とある場所へ向かったのだった。

 

 

 

「うわ…」

 

一方、アンジュを救うため、そしてエンブリヲとの決着をつけるために時空の狭間に跳んだ面々は、今まで遭遇したことのない空間を飛行していた。その光景に、思わずヒルダが言葉を漏らす。

 

「これが…時空の狭間」

「ハン、あの男と同じだね。趣味の悪い世界だよ」

「ダメですよゾーラ隊長。本当のこと言っちゃ」

 

うんざりした様子のゾーラをナオミが窘めるが、否定しないあたりナオミも中々の毒の吐きっぷりである。と、

 

風に飛ばんエル・ラグナ、定めと契り交わして…

 

サラが永遠語りを詠い始めた。それを手掛かりにこの無限に続く虚数空間からアンジュを探そうというのだろう。

他の、タスクを始めとするラグナメイル組は周囲を警戒しながら進む。自分たちの目指す場所を見落とさないように。そして、

 

「!」

 

その歌声が確かにアンジュの耳に届いたのだった。そしてそれに答えるかのようにアンジュが永遠語りを歌いだす。

 

「ほぉ…」

 

その歌が耳障りだからか、その目が光を失っていないのが気に食わないのか、エンブリヲは苦々しい表情でアンジュを見下ろしながら呟く。アンジュの永遠語りは止まることなく、そして、

 

「!」

「これって…」

「聞こえるね。確かに」

「はい」

「アンジュ…アンジュだ! サラマンディーネさん!」

 

タスクの呼びかけにサラが頷く。そして、その歌が聞こえる方に各機機首を向けた。その先にあったのは虚数空間の海に浮かぶアルゼナルの姿だった。その頃エンブリヲは、薄ら笑いを浮かべながらアンジュを彼の言うところの愛で浄化しようとその股を強引に開いていく。が、突然、

 

「ぐおおおおっ!」

 

悲鳴を上げてその手を放したのだった。

 

「え?」

 

何が起こったのかと視線を向けるアンジュ。と、エンブリヲの右肩に深々と何かが刺さっていた。そこから多量の血が流れ、エンブリヲは痛みにのた打ち回っている。

 

「! あれは、シュバルツの!」

 

その物体には確かに見覚えがあった。というのも、シュバルツが銃火器の代わりに飛び道具にしていた苦無だったからだ。そして、その苦無が直後にまた数本飛んできて、アンジュの四肢を拘束していた植物を切断する。

 

「!」

 

拘束を逃れたアンジュはすぐさま立ち上がると、身体を隠しながらエンブリヲから距離を取った。

 

「おの…れっ!」

 

エンブリヲはというと、右肩を抑えながら痛みと憎しみに顔を歪めている。

 

「何処までも…何処までも何処までも何処までも! 私の邪魔をするか、あの男!」

 

シュバルツに対する呪詛の言葉を吐いた直後、虚数空間の空にプラズマが走った。そしてその部分に穴のようなものが開くと、タスクを始めとする5機のラグナメイルとサラの焔龍號がその場に姿を現したのだった。

 

「アンジューっ!」

 

ヘルメットを外したタスクがアンジュを見つけて叫ぶ。

 

「タスク!」

 

アンジュはそのまま走ると、タスクに飛びついた。無論、先ほどから全裸の状態なのでタスクは(今回に至っては彼のせいではないのだが)、アンジュの股間の部分に顔を埋めることになったのだが。

 

「! ゴメン!」

 

相も変わらず股間に顔を埋めることになってしまい、タスクはアンジュに謝った。が、アンジュは怒ることはなかった。それどころか、涙を流していたのだ。

 

「怖かったよね」

 

慮るようにタスクが言うと、アンジュが軽く頷いた。

 

「ありがとう、来てくれて」

「皆が力を貸してくれた。これも、返すって約束したしね」

 

そう言ってタスクが差し出したのは、お守りとしてアンジュがタスクに渡した己の下着だった。

 

「バカ」

 

頬を赤く染め、優しく微笑みながらアンジュが答える。そのまま、ヴィルキスは近くの地面に着陸した。と、

 

「貴様…」

 

エンブリヲが忌々し気な口調でタスクを睨み付けた。

 

「どうやって入ってきた」

 

いつの間にかその手には剣が握られており、その剣を抜いて切っ先をタスクに向ける。とは言え、右肩は負傷しているので左腕でになるのだが。

 

「あれは?」

 

そのエンブリヲの状況に、タスクも気づいた。

 

「シュバルツよ。それと、私を助けてくれたのも」

「そうか…」

 

どうやってと思わないでもないタスクだったが、その言葉を飲み込む。今まで何度も常識や物理法則から外れたその力を見てきたのだ。それを考えれば別に不思議でもないと思えてしまったのだった。と、

 

「ねえ、シュバルツは?」

 

アンジュが周囲を見渡しながらタスクに尋ねる。さっきのこともあり、助けに来てくれた機体の中に、シュバルツの姿がないとは思わなかったのだろう。

 

「留守番だよ。最後はお前たち自身の手で未来を掴み取ってこいってね」

「そう…」

 

アンジュが頷いた。この場にシュバルツがいないのは残念だったが、それでもタスクの伝言は確かに彼女の胸に響いたのだろう。いつものように勇ましい表情になる。

 

「アンジュはヴィルキスを。スーツはパケットの中だ」

 

タスクは操縦席から立ち上がると、アンジュの手を取ってその指に彼女の指輪をはめる。

 

「うん」

 

アンジュが穏やかな表情になってコクンと頷いた。と、

 

「アンジュから…離れろ!」

 

エンブリヲが激昂しながら突っ込んでくる。余程、自分以外の男と共にいるシーンを見せつけられるのが腹に据えかねるようだ。タスクもそれを迎え撃つようにヴィルキスから飛び降りると、抜いたナイフを構えた。そんな中、

 

「タスク殿、これを!」

 

サラが焔龍號のコックピットから自分の愛刀をタスクに投げて渡した。

 

「ありがとう、サラマンディーネさん

 

タスクはそれを受け取ると一言礼を言い、鞘から抜いてエンブリヲの剣戟を受け止めたのだった。

 

「貴方が連れてきてくれたのね、皆を」

 

一方、タスクと交代でヴィルキスに跨ったアンジュがその操縦桿に手を置く。すると、そのアンジュの想いに応えるようにヴィルキスのコンソールが輝き始め、先ほどのタスクの時とは違って一つの羽の生えた人型のような文様が浮かび、再びそのカラーリングを変えた。そしてそれと同時に、一糸まとわぬ姿だったアンジュもパイロットスーツに身を包むことになった。

 

「さあ…行くわよ! ヴィルキス!」

 

穏やかな表情から再び勇ましい表情になると、アンジュはヴィルキスを発進させる。そして、フライトモードからアサルトモードへと変形させた。その雄々しい姿が、虚数空間の海に降臨する。

 

 

 

 

 

役者は揃い、舞台は整った。これより真の最後の戦いが始まる。この世界の未来を決める戦いが。


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