機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

最終決戦三話目です。ゴールデンウィークなので、少し頑張ってみました。それともう一つ、この回は読者の皆様も早めに読みたいだろうなと(勝手に)思いましたので。

前々話、前話のタイトルで殆どの方が気付かれたでしょうが、今回のタイトルはこちら。そして、皆さんお待ちかねぇ! の、展開になる(だろう)回です。

調律者様がどういう役回りをさせられるのかは、是非本文を読んで頂ければと思います。ご満足いただけるかもしれないし、物足りないと思われるかもしれませんが、そこはご感想にでも一文頂ければと思います。

では重ねてになりますが、皆さんお待ちかねぇ! の、展開になる(だろう)回、どうぞ。


NO.61 明鏡止水

「形勢逆転だな、エンブリヲ!」

 

ドラゴンに支えられながら暁ノ御柱へと向かってくるアウローラを目の当たりにして、タスクはモニター越しにエンブリヲを睨み付けた。だが、

 

「そう見えるか?」

 

エンブリヲは些かも動揺する気配はなく、タスクの相手をしている。そしてタスクをいなすと、不意にアウローラに向かって自機の左の手の平を開いて向けた。

 

「エンブリヲ、何を!?」

 

エンブリヲの狙いが読めないタスクは戸惑いを隠せない。と、次の瞬間、

 

『クリス!』

 

ヒルダとロザリーが自分の目の前から突然クリスが消えたことに驚き、

 

『ええっ!?』

 

ナーガとカナメも同じく、今まで目の前で戦っていたターニャとイルマがいなくなったことに驚きを隠せなかった。そして同様に、

 

『!』

 

ジルと対峙していたサリアも、ジルごと瞬間移動させられる。彼女たちが飛ばされたその場所は、ドラゴンたちの編隊の真っ只中だった。

 

「!?」

「エンブリヲ様!?」

「これは!?」

 

事態の急変についていけないクリス、ターニャ、イルマの三人。そんな三人に、エンブリヲは遂に本性を露わにした。

 

「君たちは、私のために時間を稼いでくれたまえ」

 

にこやかに微笑みながら彼女たちを切り捨てたのである。ドラゴンたちの中に放り込まれたダイヤモンドローズ騎士団に、当然の如くドラゴンたちが相次いで襲い掛かる。

 

「仲間を囮に使ったのか!」

 

エンブリヲの所業にタスクが怒りを隠しきれない様子だった。が、エンブリヲは気に留める様子も見せずに抜け抜けと、

 

「私は、花嫁を迎えに行かねばならない。後は頼んだよ、皆」

 

そんな戯れ言を吐き捨て、ダイヤモンドローズ騎士団を見捨ててメインシャフトへ急行した。だが、

 

 

 

―――そうはさせん―――

 

 

 

突然、どこからともなく声が聞こえたかと思うと、地中から無数の“何か”が勢いよく吹き上がってきた。そして、エンブリヲを彼の自機であるヒステリカごと吹き飛ばしたのである。

 

「何っ!?」

 

予想外の事態に驚きながらも、エンブリヲは何とか体勢を立て直した。が、そんなエンブリヲに更なる追撃をかけるべく、その“何か”は次々にエンブリヲに襲い掛かった。

 

「何だこれは!?」

 

追撃を何とかかわすエンブリヲ。流石に凌ぎきってはいるものの、予想外の事態にメインシャフトに向かうことは難しくなっていた。

それとほぼ同時刻、ドラゴンたちの真っ只中に放り込まれたダイヤモンドローズ騎士団にも異変が起こっていた。

 

「コントロールが…効かない!」

 

時空融合の影響か、それとも用済みになった道具だからエンブリヲが何か細工したのかは知らないが、ターニャの機体は上空を漂うだけの状態になっていた。その彼女に、当然のようにドラゴンが襲い掛かる。

 

「ヒッ!」

 

顔を引き攣らせながら必死に操縦しようとするものの相変わらずコントロールが効かず、ターニャはドラゴンに殺されようとしていた。そして、後数瞬で死ぬかというときに、不意に地中から吹き上がってきた“何か”に捕らえられたのである。そしてその“何か”は、ターニャを捕らえるとそのまま再び地下に潜っていったのであった。

 

「ターニャ!」

 

その僚友の姿にイルマも動揺を隠しきれない。だが彼女も直後、同じように地中から吹き上がってきた“何か”に捕らえられ、同じように地中に引きずり込まれたのであった。

もっともその直後に、イルマがいた場所をドラゴンが襲ったため、辿る結果は同じだったかもしれないが。

 

「イルマ!」

 

ターニャとイルマのその姿にサリアも動揺を隠せない。そのサリアを、一体のドラゴンが亡き者にしようと襲い掛かる。

 

「サリアーっ!」

 

そんなサリアを、ジルが身を挺して救った。

 

「これがエンブリヲの本性だ!」

 

そして、ここぞとばかりにジルがサリアに説得を試みた。

 

「目を覚ませ、サリア。私のように、全てを失う前に」

「……」

 

ジルの説得に、サリアの瞳が不安げに揺れていた。

 

「しかし、これは一体…」

 

サリアが少なからず落ち着いたことを感じ取ると、ジルは先ほどから急に多発的に地中から現れたその“何か”に目を向けた。それは、他の機体にとっても同様だった。

 

「何だよありゃあ! 触手か!?」

 

急に戦場に現れた不確定要素にヒルダが苛立ちと戸惑いを隠しきれない。

 

「…って言うか、形状といい、色といい、芋虫みたいじゃねえ?」

 

想像したからだろうか、ロザリーが嫌悪感で表情を引き攣らせた。

 

「でもさあ、良く見たらあれの先端についてるの。あれってシュバルツのガンダムの顔みたいだよ?」

『えっ!?』

 

ヴィヴィアンの何気ない感想に、メイルライダーやアウローラブリッジの面々がモニターを再度注視する。そのロザリーの言うように芋虫みたいな色と形状の、ヒルダの言うように触手のようなものの先端部分は、確かにヴィヴィアンの言うようにガンダムの顔だった。

彼女たちは知らない。知るわけがない。地中から突如表れた無数のそれがとある世界で“ガンダムヘッド”と呼ばれていたものだと。そして、その機能を備えていた存在のことなど。

 

『ブリッジ。並びにドラゴンの勢力と各パラメイルへ』

 

そんな時だった、シュバルツから通信が聞こえてきたのは。

 

「通信開け!」

「イエス、マム!」

 

オリビエがゾーラの指示に即座に反応し、すぐに通信を開く。と同時に、モニターに映像を映した。

 

『!』

 

そこに映ったシュバルツが従えている機体の姿に、一同が絶句して目を剥く。

 

「ね、ねえ、あれって…」

「う、うん…」

「間違いない…よね」

 

パメラ、オリビエ、ヒカルがお互いに顔を見合わせながら冷や汗を掻いていた。しかしそれは何も彼女たちに限ったことではない。その威容を見た全ての者が大なり小なりその存在に圧倒されていた。

 

「あれは…」

 

ゾーラの口がカラカラに渇き、傍らのジャスミンに振り返った。ジャスミンも少し顔色を蒼ざめながら頷く。

 

「お、おい、あれって…」

「あ、ああ…」

「おおー! あれは!」

「な、何!? あれ!?」

「ミスター…」

 

パラメイル部隊のパイロットたちも次々にその姿に戸惑ったり震えたり驚いたりはしゃいだりしている。抱く感想はそれぞれだが、それも仕方ないことだろう。

何故ならはシュピーゲルはその本来の姿…デビルガンダムへと変形していたからだ。形としては一番最初、地球のギアナ高地に堕ちてきたあの形態だった。そしてシュバルツは、その右肩に乗っていた。奇しくも、デビルガンダムに取り込まれたあの時のキョウジのように。

だが、一点だけ未来世紀のあの時とは違うこと。それは、この機体がデビルガンダムではなくその元の機体であるアルティメットガンダムであるということだった。だからこそ、ガンダムヘッドたちはアウローラやドラゴンを襲わなかった。そして、デビル…いや、アルティメットガンダムの肩にいるシュバルツも、あの時のキョウジとは違ってアルティメットガンダムを自分の、文字通り手足として動かしていたのである。

 

「ふっ!」

 

アルティメットガンダムの肩の上でシュバルツが手を左右、上下に振る。すると、それに従うかのようにガンダムヘッドが次々と地中から湧き上がり、ドラゴンやパラメイル、或いはアウローラを護るようにピレスロイドを次々と屠っていった。

衆寡敵せず切り刻まれて爆発炎上するガンダムヘッドもあるが、その度に新たなガンダムヘッドが次々と生まれて生えてくる。三大理論の自己再生、自己増殖、自己進化の機能を遺憾なく発揮していた。そして、本体に襲い掛かろうとするピレスロイドには両肩の拡散粒子砲がその威力を遺憾なく発揮し、慈悲なく次々と墜とされていくのであった。

 

『……』

 

その、圧倒的な存在感と力に、呆然として思わず誰も何も言えなくなってしまう。と、シュバルツから通信が入ってきた。

 

『ゾーラ』

 

シュバルツに名前を呼ばれ、ハッとしたゾーラが慌てて通信を開く。

 

「あ、な、何だい?」

 

尋ねる。すると、

 

『頼みがある。一度だけでいい、指揮権をもらいたい』

「えっ?」

 

ゾーラが戸惑った。何を言ってくるのかと思っていたが、まさかこんなことを要求してくるとは思わなかったからだ。だがシュバルツは、

 

『頼む』

 

そう、重ねて頼んだ。

 

「ん、わかったよ」

 

少し逡巡したが、ゾーラはすぐにそう返した。

 

「あんたのことだ、あたしらがヤバくなるような真似はしないだろう?」

『ああ』

「その言葉と、そしてこれまでのあんたの行いを信じるよ。で、何をどうしろってのさ?」

『すまん。では命じる。アウローラ、パラメイル、並びにドラゴンの部隊は各自あの円盤に対処しつつ安全な場所まで退いてくれ』

「何だって!?」

 

シュバルツの命令にゾーラが驚きと戸惑いを隠せなかった。が、それは他の面々も同じだった。決着がついていないのに退けとは、いったいどういうつもりなのか…。

そんな彼女たちの想いを感じ取ったからだろうか、シュバルツが言葉を続ける。

 

『時空融合の影響で被害が大きくなり始めている。これ以上長引けば、被害はますます拡大する。もうこれ以上、無用な犠牲を出したくはないのだ』

「でも、姫様が!」

「そうです!」

 

主人の身を案じてナーガとカナメが食い下がった。

 

『心配はいらん、そちらは私が引き受ける。そして…あの男もな』

 

シュバルツがアルティメットガンダムの肩の上から睨み付ける。その先には、ガンダムヘッドの執拗な追撃をかわしつつ、時にはガンダムヘッドに攻撃を仕掛けているエンブリヲの姿があった。

 

『忍びは影に徹するが本分。また、先ほども言ったようにこの世界の未来を掴むのはお前たちがすべきことだ。故に、積極的に介入する気はなかったのだがな…』

 

そこで、シュバルツの視線が鋭さを増した。

 

『気が変わった。篭絡して利用するだけ利用して、いざとなれば使い捨てるようなゲスを、みすみす思い通りにさせるつもりはない。だが、これも先ほど言ったように、時空融合の影響が看過できない状況になり始めている。故に、退いてくれ』

「…あんたは」

 

これまでのシュバルツの説明を聞いたゾーラが真剣な面持ちになって口を開いた。

 

『ん?』

「…あんたは、大丈夫なんだろうね?」

『と、言うと?』

「時空融合の影響を受けるのはあんただって同じだろう? あたしらが退くのはいいさ。けど、あんたは間に合わずに時空融合に呑まれたなんて結果、あたしは…いや、他の誰も認めないよ」

 

そのゾーラの言葉に、アウローラだけでなくパラメイル部隊の視線もすべてシュバルツへと注がれた。ゾーラが言った通り、そんな結果は誰も望んじゃいないのだ。

 

『わかった』

 

だからこそ、シュバルツはその彼女たちの眼差しを受け止め、力強くハッキリと頷いた。

 

『必ず戻る。ならばよかろう?』

「…その言葉、信じるからね」

『ああ』

「全機、撤退!」

『イエス、マム!』

 

ゾーラが下した、シュバルツの意を汲む命令にパラメイル隊がアウローラの周辺を固め始める。ヴィヴァンたち元からの護衛組に、ヒルダたちも加わろうとしていた。そして、

 

『お前も行け、サリア』

 

ジルが通信を開いてサリアにそう呼び掛けた。

 

「アレクトラ…」

『エンブリヲの本性はもうわかっただろう? これ以上あの男のために働くこともあるまい』

「でも、今更…」

 

サリアが逡巡する。散々敵対しておいて、今更どの面を下げて戻れるというのだろう。それを考えればサリアが逡巡するのも当然だった。

 

『今ならまだ間に合うさ。私は…ケリをつけなくちゃいけないから、まだ戻れないけどね』

 

そしてジルは、ラグナメイルをアサルトモードからフライトモードへと変形させる。

 

「アレクトラ!」

「私の帰りを待っててくれよ、サリア!」

 

それだけ言い残すと、先回りをするためだろうかジルはメインシャフトへと向かった。当然のようにガンダムヘッドはジルに襲い掛からず、ジルはすんなりとメインシャフトへと侵入したのだった。

急展開を見せるミスルギ上空の戦場。そんな中、一人恐慌状態に陥っている者がいた。

 

「うわあああああっ!」

 

クリスである。エンブリヲに裏切られて捨てられたことで自暴自棄になり、目についたドラゴンを片っ端から撃ち落としているのだ。

 

「っ!」

 

その様子はシュバルツも当然見て取ることができた。

 

「クリスめ、エンブリヲに裏切られて自暴自棄になったか。ヒルダ、ロザリー」

 

そのまま、シュバルツはヒルダとロザリーに向けて通信を開く。

 

『何だ?』

「先ほど撤退するように皆に命を下したが、お前たちには仕事をしてもらいたい。クリスを任せる」

『わかったぜ!』

 

意外にも、ロザリーがすんなりと応じた。

 

『ロザリー!?』

 

ヒルダが驚いた表情になって通信先のロザリーを見る。

 

「ヒルダ、あいつはあたしらが落とし前をつけなきゃいけないんだよ。そうだろ?」

『…ああ、そうだな』

 

ロザリーの態度に驚いたヒルダだったが、すぐにいつもの不敵な笑みを浮かべた。

 

『それじゃ行くか。駄々っ子を回収しに』

「そうこなくっちゃ!」

 

そこで二機は機首を返すと、クリスへと突っ込んでいった。続けざま、シュバルツは今度はタスクに通信を入れる。

 

「タスク」

『はい!』

 

すぐさまタスクが通信に応答した。

 

「お前にも一つ仕事を任せたい。頼まれてくれるか?」

『わかりました。で、何を?』

「ああ。ヒルダたちの支援を頼む」

 

シュバルツがそう指示を出した。

 

「クリスのいるあの空域には、まだ無数にあの円盤どもがある。あんな機械にヒルダたち三人の生命を刈り取らせるわけにはいかん。あの円盤どもの露払いを頼みたい。やってくれるか?」

『わかりました』

 

タスクが力強くシュバルツの命令に頷いた。

 

「すまんな。こちらはクリスを護るのだが、今のクリスにとっては目に映るものは皆敵だ。奴の攻撃をかわしつつ、奴やヒルダたちに向かう円盤どもを排除する。難しい仕事になるが、できるか?」

『やりますよ!』

 

再び、タスクが力強く頷いた。

 

『アンジュの帰りを待たなくちゃいけませんからね!』

「そうか。…では、頼む」

『了解!』

 

そこで通信を切ると、タスクはヒルダとロザリーの後を追っていった。

 

「アウローラ、パラメイルに対してはこれでいい。後はドラゴンだが…」

『心配はいらぬ』

 

シュバルツの呟きが聞こえたかのように通信が開き、大巫女が姿を見せた。

 

「大巫女か」

『久しぶりよの、シュバルツ』

「ああ」

 

シュバルツが頷いて答える。

 

「先だってはすまなかったな」

『何のことか?』

「子供たちを預かってもらったことだ」

『ああ…』

 

何のことをシュバルツが言っているのかわかった大巫女が得心いったように頷いた。

 

『あれしき、大したことではない。お前には大きな借りがあるからの』

「そうか」

『うむ。故に、今回もお前の命令に従おうぞ。既にあの円盤に対処しつつ撤退するように指示は出した』

「重ねてすまんな」

『よい。だがその代わり』

「何だ?」

『エンブリヲ。奴は必ず倒してくれ』

「念を押されるまでもない」

『頼もしいな』

 

力強く頷いたシュバルツに、大巫女が軽く微笑んだ。

 

『ならば、頼む。こちらの世界でも、お前の様子は見させてもらうぞ』

「好きにするがいい」

 

そこで大巫女からの通信が途絶えた。

 

「さて…」

 

状況が動き出したところで、シュバルツは右手を水平に横に払った。すると、その指示に従うかのようにアウローラの進行方向に二体のガンダムヘッドが地中から噴き出してきた。

 

「ほぇ?」

「? 何だろ?」

「加勢してくれる…っていうのとは少し違うみたいだけど…」

 

ヴィヴィアン、ナオミ、エルシャが首を傾げた。と、シュバルツから彼女たちとアウローラへ通信が入る。

 

『手土産だ。受け取れ』

 

シュバルツがそう言った直後ガンダムヘッドの口が開いた。その中には、ターニャとイルマの機体の姿があった。

 

「ターニャ! イルマ!」

 

それを見た瞬間、ヴィヴィアンがぱあっと表情を明るく輝かせた。

 

『二人とも気絶している。早く運んでやってくれ』

「わかったよ!」

 

ナオミが慌ててターニャを回収する。イルマの方はマリカたちルーキー三人が回収した。

 

「エルシャ、退くよ」

 

一人手の空いているヴィヴィアンはと言うとエルシャに通信を入れ、彼女に肩を貸す形でアウローラへと向かった。

 

「ごめんなさいね、ヴィヴィちゃん…」

 

申し訳なさそうにエルシャが謝った。救援に駆け付けておきながら助けられているのだから、何とも格好のつかない話である。

とは言え、皆を逃がすために囮になった結果の損傷なのだから、仕方のないところではあるが。

 

「気にしない、気にしない♪」

 

それがわかっているから、ヴィヴィアンも何も言わずにエルシャをエスコートしているのだろう。程なく、そこにターニャとイルマを回収したナオミたちが加わり、一団は取り敢えず戦闘ができない状態のエルシャたちを安全な場所に戻すべくアウローラへと戻ったのだった。

 

「よし」

 

状況を確認したシュバルツが頷いた。アウローラ・ドラゴン連合はピレスロイドを迎撃しつつ退却し、恐慌状態のクリスにはヒルダとロザリー、そしてタスクが当たっている。アウラの救出にはアンジュとサラが現在も奮闘している。皆、それぞれ自分の成すべきことを果たしている。

 

「ならば私がすべきことは」

 

シュバルツが見据えたその先には、何処までも執拗に、且つ倒しても倒しても襲ってくるガンダムヘッドにてこずっているエンブリヲの姿があった。その姿を確認した後、シュバルツはジャンプを繰り返してコックピットへ戻る。そして、その中に入ったのだった。

 

 

 

「ええい! 次から次へと!」

 

エンブリヲがこれ以上なく顔を歪め、悪態をつきながらガンダムヘッドの襲撃をかわす。無論、ただ逃げるだけではなく隙を見て相当数撃墜しているのだが、倒した先から新しく現れるため、きりがなかった。おかげでメインシャフトへは近づくことすらできていない。更に、いつの間にかメインシャフトを囲むように十重二十重にガンダムヘッドが乱立している。ますますもって近づくのは至難の業になっていた。

 

「チイッ!」

 

思わず吐き捨てる。こうなれば多少無理をしてでも強行突破に切り替えるかとエンブリヲが考え始めた矢先、不意にガンダムヘッドの動きが止まった。

 

「んん?」

 

いきなり動きの止まったガンダムヘッドに訝しげな表情になるエンブリヲ。だが、更にエンブリヲを困惑させることが起こった。ガンダムヘッドたちが全て地中に戻っていくのだ。

 

「これは…どういうことだ?」

 

訝しげな表情のまま事態の急展開に眉を顰める。と、次の瞬間、エンブリヲは強大な力の波動を感じた。

 

「!」

 

慌ててその力の波動の発生源と思しき方向へと顔を向ける。そこには、淡い光に包まれたアルティメットガンダムの姿があった。光はどんどんと強くなり、その姿が眩いばかりの光に包まれると機体の形が急激に変化していく。サイズは小さくなり、下半身が節足動物を思わせるその独特のフォルムは人間と同じく四肢の形になり、機体の色は漆黒へと染まっていった。やがて、光が収まったその場所に現れたのは、先ほどまでのアルティメットガンダムではなく、シュバルツの愛機であるガンダムシュピーゲルの姿だった。

アルティメットガンダム…いや、ガンダムシュピーゲルの中にいるシュバルツは変形を終えたのを感じると、ゆっくりと閉じていた眼を開いた。そして遥か彼方にいる、全ての元凶を睨み付けた。

 

「エンブリヲ…」

 

シュバルツがその名を呟いた。そして、その場所から瞬時に移動する。再び姿を現したのは、エンブリヲとメインシャフトの直線上で、その中間地点だった。

 

「中々面白い手品だね」

 

エンブリヲが挑発するように、そして見下すようにシュバルツに語り掛けた。物量作戦で押してくるガンダムヘッドの大群にほとほと辟易していたのだが、それがなくなったことでいつもの余裕を取り戻す。シュバルツ一人ならばどうとでもできるという絶対の自信があるのだろう。

 

「フッ、手品か…」

 

シュピーゲルのコックピット内のシュバルツがその言い様に薄い笑みを浮かべた。その、『手品』と揶揄した力でどれだけの人間ががどれほど数奇な運命を歩まされたかなど、目の前の調律者は知る由もない。それは当たり前のことである。

だがそれでも、それは言ってはいけなかった。シュバルツが無表情になると、その頭が恐ろしい速さで冷静になっていく。そして逆に、その心には沸々と熱いものが煮えたぎっていた。

 

「ならば、手品かどうか確かめてみるがいい!」

「言われずとも!」

 

エンブリヲがブレードを抜いてシュバルツへと突っ込む。だが、シュバルツは動かない。ゆっくりと目を閉じると、目の前で両方の拳を重ね合わせ、両手の人差し指だけをピンと立てた。弟のドモンが組んだ智拳印の形とは少し違う形である。そして、ゆっくり静かに心を落ち着かせていく。

 

「あいつ、何する気だ?」

「シュバルツ…大丈夫かな?」

「ミスター…」

「あれは、何の真似か…?」

 

アウローラ、並びに真なる地球でエンブリヲとシュバルツの戦いを見ている面々の殆どが不安げな表情になる。が、外野がそんな状況であることなど当然露知らず、シュバルツは引き続き心を落ち着かせていく。

その脳裏には、水面に水滴が落ちていくイメージが浮かんでいた。やがて、心が落ち着いていくのと比例するかのようにそのイメージは速度を落とし、そして、

 

(見えた!)

 

ついに、その脳裏にハッキリと水面を打つ水滴のイメージが見えたのであった。

 

「見えたぞ、水の一滴!」

 

エンブリヲの刃がシュピーゲルに届くほんの少し前にシュバルツは目を開いた。そして、

 

「ぐうっ!」

 

悲鳴と共に吹き飛んだのはエンブリヲだった。シュバルツは紙一重でエンブリヲの攻撃をかわし、その時にエンブリヲの機体に拳を入れたのである。

 

「チイッ!」

 

忌々しそうに舌打ちしながらエンブリヲが体勢を整える。そんなエンブリヲの許に、シュバルツは瞬時に距離を縮めると再び拳を放つ。その機体は、先ほどアルティメットガンダムがシュピーゲルに変形したときと同じく、金色に輝いていた。

 

「フン」

 

エンブリヲはその攻撃を余裕をもってかわした。ただの拳打なのだから、その軌道を予測すればかわすのはたやすい。そして確かにかわした…はずだった。が、

 

「ぐわっ!」

 

もう長い間あまり出したことのない悲鳴を上げながらエンブリヲが吹き飛んだ。が、エンブリヲは己の身に何が起こったのか、理解できなかった。

 

「な…?」

 

ゆっくりと顔を戻して、その方向を見る。

 

「な…に…?」

 

気づいたときにはシュピーゲルは自分のすぐそばに来ていた。そして、

 

「ぐああああああっ!」

 

続けざまに悲鳴を上げる。が、それも仕方のないことだろう。何故なら、見切れぬほどの速さで全身を凄まじい勢いで攻撃されているからだ。

 

「肘打ち! 裏拳! 正拳! はああああっ!」

 

エンブリヲを睨み付けながら、凄まじい勢いと数の拳打や蹴りを叩きこんでいシュバルツ。そういう状況でありながらも、シュバルツの心は非常に穏やかだった。だからこその今の状態…真のスーパーモードなのである。今のシュバルツは、正しくギアナ高地で師匠であるマスターアジアを圧倒したドモンに生き写しだった。流石に兄弟だけあって、血は争えないものである。だが、その姿、その力はギャラリーには衝撃的だった。

 

「何て攻撃だよ…」

 

ゾーラは二の句が継げず、

 

「すっげー!」

 

ヴィヴィアンは純粋に称賛し、

 

「ミスター…ホント、どれだけ規格外なんですか」

 

エルシャは半ば呆れつつ、

 

「あ、あはは、あははは…」

 

ナオミは乾いた笑いをすることしかできなかった。パメラたちやマリカたちに至ってはポカーンと口を開けて見ているだけしかできない。

 

「…次元が違うな」

「本当に。今思えば、姫様を相手にした時も全然本気じゃなかったのね」

「全くだな」

 

ナーガとカナメはその強さに純粋な感想を述べつつ畏敬の念を抱き、そして、

 

「おお!」

 

真なる地球では大巫女が嬉しそうにその様子を見ていた。ギャラリーのドラゴンの女性たちも黄色い声援を上げている。一方で、

 

「な、何だと!」

 

状況に対処しきれないのはエンブリヲだった。シュバルツの攻撃が読めず、回避すらままならないのだから当然だろう。

 

「こ、こんな馬鹿な!」

 

拳打や蹴撃を凄まじい勢いで全身に喰らいつつ、何とかシュバルツの攻撃から逃れようとする。だが、どうしてもそれが出来なかった。動きがことごとく読まれているのだ。

ガードしようとすればそのガードの死角に攻撃を受け、逃げようと思えば先回りされて逃げ道を塞がれてしまう。ことごとく先を読まれては流石の調律者様もなすすべがなかった。

 

「ふざけるな! 調律者たる私が!」

 

思わず反撃に転じようとしたエンブリヲだったが、そんな苦し紛れの攻撃が今のシュバルツに通用するわけはなかった。あっさりと防がれ、そして、

 

「うおおおおおおおっ!」

 

咆哮と共に腕を取られて一本背負いの要領で投げられ、エンブリヲは凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。あまりの威力にその部分はクレーターと化し、その中心に叩きつけられたエンブリヲは満足に動くこともできなかった。

 

「あ…あ…あ…」

 

到底信じられない現状にエンブリヲは愕然としながら息も絶え絶えになる。そして地に叩きつけられた調律者様はノロノロと顔を上げて上空を仰ぎ見た。

 

「……」

 

そこには、黄金に染まった漆黒の鬼神、ガンダムシュピーゲルが腕を組んで空中に浮かんでいた。この構図だけ見ればどちらが神だかわからない光景である。

 

『……』

 

そしてその圧倒的な戦いぶりに、ギャラリーも誰しも言葉を失っていた。各自、ピレスロイドの対処はしているのだが、それでも注意はシュバルツとエンブリヲの戦いに向けられていた。と、

 

「はああああああっ…」

 

シュバルツがゆっくり呼吸を整える。すると、それに呼応するかのようにシュピーゲルはいつもの漆黒のカラーリングに戻っていた。ただ一つ、その右手を除いて。

では何故右手は未だに輝いているのか。それは、この土壇場で得た新たな力故に。そしてその力とは、

 

「私のこの手が光って唸る」

 

この機体の素体であるアルティメットガンダム。その兄弟機である、あの機体のあの技だった。

 

「貴様を倒せと輝き叫ぶ!」

 

弟と同じ口上を述べながらシュバルツは構える。そして、

 

「必殺!」

 

エンブリヲに突っ込んだ。その右手の甲は右手自体が放っている黄金の輝きとは違い、うっすらと光っているように見えた。シャッフルの紋章はないのだが、まるでそこに紋章が浮かび上がっているかのように。

 

「アルティメットフィンガー!」

 

迫る。そしてその力に、エンブリヲは確かに恐怖を感じた。そのため、

 

「くうっ!」

 

後ろ手で何とか上体を起こすと、その攻撃を防ぐかのように右手を開いて前に突き出した。と、

 

「あれ?」

「えっ?」

「何?」

 

ヴィヴィアンたちが戸惑いの声を上げる。それもそのはず、急にピレスロイドが動きを反転させたのだ。アウローラ勢に対してだけでなく、ドラゴンたちに襲い掛かっていたピレスロイドもすべて動きを反転させて一か所に向かう。全てのピレスロイドの目標となったもの。それは、言わずと知れたシュバルツであった。

 

「ええい!」

 

後少しでエンブリヲに届くというところで大量のピレスロイドの突撃を受け、シュバルツはフィンガーを解除せざるを得なくなってしまった。

 

「邪魔をするな!」

 

すぐさま六体に分身すると、シュバルツはシュトゥルム・ウント・ドランクを展開させる。六つの竜巻がピレスロイドを吸い込んでいき、ピレスロイドは次々に爆発炎上やズタズタに切り裂かれることになった。

が、何せすべてのピレスロイドがシュバルツ目指して突っ込んできているのである。排除しても排除しても中々終わりは見えなかった。

そしてようやく自分に向かってきたすべてのピレスロイドを撃墜するとシュトゥルム・ウント・ドランクを解除する。と同時に、分身も収まって一つに戻った。時間にすればそう長くはないのだが、それでも十分な時間だった。シュトゥルム・ウント・ドランクを解除した後、先ほどまでエンブリヲがいたクレーターの中心部に目を向ける。そこにはもう既にエンブリヲの姿は欠片もなかった。

 

「くっ!」

 

忌々しそうな表情になって唇を噛むが後の祭りである。

 

「網中の大鵬を逃がしたか…」

 

地に降り立ったシュバルツは、今の表情と同じく忌々しげに吐き捨てたのであった。その直後、メインシャフトから一条の光が立ち上った。

 

「ん?」

 

シュバルツが振り返る。するとそこには、三対の目を持つ、巨大な純白のドラゴンが大空に舞い上がっていた。

 

「あれが…」

「私たちの母なる光、アウラです」

 

その姿をブリッジで確認したゾーラが呟き、リィザがそれに答えたのだった。

 

「そうか…。このドラゴンが、ドラゴンたちの奪還すべき目標物か」

 

その威容に、流石のシュバルツもそれ以上は何も言えず、黙ってアウラを見上げるしかできなかった。と、

 

(異界の戦士よ)

 

不意に、シュバルツの脳裏に直接声が響いてきた。

 

(! これは!)

 

その声、そしてその感覚には覚えがあった。それは

 

(…そうだ。向こうの世界、真なる地球に拉致されたとき、気を失っている間に何者かに話しかけられたときのあの感じだ。であれば…)

 

シュバルツは目を閉じると、頭の中でその脳内に聞こえてきた声と会話する。

 

(聞こえている。アウラ…なのだな?)

(はい)

 

脳内の声の主は躊躇なくそれに答えた。

 

(まずは礼を。ありがとう、異界の戦士よ。私の呼びかけに答えてくれて、そして、私を解放してくれて)

(いや…)

 

シュバルツが脳内で頭を振った。

 

(私は何もしていない。ノーマの連中と、ドラゴンの連中が自ら選んで進んだ道を少しだけ支えたにすぎん)

(いえ、それもこれも、貴方の存在あればこそ)

(…まあいい。ここでそんなやり取りをしていても埒が明かん。それよりも、これでようやく謎が解けた)

(? 謎?)

 

シュバルツのその一言に、脳内のアウラが怪訝な口調になる。

 

(ああ)

(謎…とは?)

(私がエンブリヲに招かれてミスルギの皇城に赴いたとき、どうにも感じたことのある気配がまとわりついていた。その時は誰だか思い出せなかったのだが、あれはお前だったのだな)

(ええ)

 

シュバルツの質問にアウラが肯定の意を示す。

 

(その通りです)

(やはりか。…それで、あれは何だったのだ? 気付いてほしかったのか? それとも助けてほしかったのか?)

(その両方です)

(それは…すまなかったな)

 

シュバルツが脳内で微笑む。

 

(あの時は何しろ状況が状況だったものでな、不確定要素に割ける暇がなかったのだ。許してもらいたい)

(いえ、私の方こそ差し出がましい真似をしてしまったようで…)

(もうよかろう、お互いにな。それよりも…だ)

 

シュバルツの表情が真剣なものになる。

 

(はい)

(エンブリヲは何処だ?)

(この場所、メインシャフトを地下へと降りています。私がいなくなった今、何の目的があるのかはわかりませんが…)

(そうか)

 

エンブリヲの居場所を聞いたシュバルツは少し考える。

 

(追っても良い。だが…)

 

一つ引っかかっていることがあった。それはジル…アレクトラのことであった。

 

(あの戦いの最中、ジルがメインシャフトへ向かうのを確認した。奴はエンブリヲとは一方ならぬ因縁があるはず。何しろ、それを清算するためにリベルタスを立案したぐらいだからな。であれば、決着は奴につけさせるのが筋というものか)

 

そう判断し、シュバルツは追撃をやめた。この判断が、ジルの運命を大きく狂わせてしまうことになるのだが、そんなことになるとは当のシュバルツも予測などできるわけがなかった。

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

メインシャフト内部。エンブリヲがその最深部に向けて機体を滑らせていた。愛機であるヒステリカはいつもの面影もなくボロボロである。

 

「おの…れっ!」

 

忌々し気に表情を歪めエンブリヲが唇を噛む。神…調律者として君臨して以来、ここまで他者に圧倒されたことなど皆無だった。その屈辱が、エンブリヲを今の状態に駆り立てる。と、

 

「随分と男前になったじゃないか」

 

良く聞き覚えのある声がその耳朶を打った。

 

「その声は…」

「あんたの負けだな、エンブリヲ」

 

待ち伏せていたのだろうか、ジルがエンブリヲの前に姿を現した。

 

「アレクトラ」

「出て行くんでしょう? 勝とうが負けようが、この世界を捨てて」

「……」

 

エンブリヲは答えないものの、その表情が鋭さを増した。目の前にいるのはシュバルツでなく、かつてオモチャにしたジル…アレクトラだからか、随分といつもの余裕を取り戻しているように見えた。そんなエンブリヲにフッと微笑むと、ジルはバイザーを外した。

 

「私も…連れて行って」

「何?」

 

予想外の言葉にエンブリヲは怪訝な表情になる。そして程なく、二機はメインシャフトの最深部に降り立った。

 

 

 

「どういう風の吹き回しかな?」

 

地に降り立ったエンブリヲが尋ねる。ジルは微笑みを浮かべながらエンブリヲにゆっくりと歩み寄った。

 

「わかったの。私、まだ貴方を…」

「…残念だが、それはできない」

 

艶っぽい表情になって訴えるジルを、エンブリヲは持て余し気味に拒絶した。

 

「どうして? あんなに愛してくれたじゃない」

「私は…君を救ってあげただけだ」

 

そこにフラッシュバックしたのは、タスクの父と母が口付けをしている光景。そしてそれを陰から見ながら涙しているジルの姿だった。

 

「見ていられなかったからね。許されぬ恋に身悶える君は」

「…そうやって、私からすべてを奪ったんじゃない。心も、全部!」

 

怒りからかジルは右手を力強く握りしめると、右腕をエンブリヲに突き出す。

 

「その右腕で、私を殺すつもりかい?」

「違うわ」

 

即座にジルが否定した。

 

「だって、貴方は死なないでしょう? …だから、こうするのさ!」

 

そう言うと拳部分のジョイントを解除し、ジルがエンブリヲに向かって何かを撃った。それはエンブリヲの身体を貫通し、銃創の部分から全身が氷結していく。

 

「ぐ…あ…」

 

苦悶の表情を浮かべながらエンブリヲの全身が即座に凍り付いた。パラメイルが使用している凍結バレットの応用兵器といったところだろう。

 

「これで、何処にも逃げられないだろう?」

 

目論見が成功したことに満足げな表情を見せると、ジルはバイザーを下ろした。そして通信を開く。

 

「アレクトラだ。エンブリヲを確保した。これより奴の機体を」

 

そこまで伝えたところで、ジルは驚きに固まってしまった。何故なら、エンブリヲの愛機であるヒステリカが不意に動き出したからである。そして、

 

『成る程、こんな手を考えていたとはね』

 

ヒステリカが話しかけてきたのだ。機械音声ということもあって少しぼやけているような感じだったが、その声色はエンブリヲ本人のものに相違なかった。

 

「!?」

 

突然のことに理解が追い付かずにジルが固まる。そのジルの脇腹を、ヒステリカの頭頂部に設えられた少女像から放たれたレーザーが貫いた。

 

「ぐうっ!」

 

悶絶しながらジルが崩れ落ち膝を着く。ヒステリカはそのままエンブリヲに首を向けると、先ほどのレーザーをエンブリヲに照射した。するとエンブリヲの氷結が解け、そのままいつもの位置である肩の部分に瞬間移動する。

 

「まさか…お前の…本体は…」

 

激痛に顔を顰め、傷口を抑えながらジルがエンブリヲを仰ぎ見た。そんなジルを、エンブリヲはいつものように見下した笑みを浮かべて見下ろす。この時にはもう、シュバルツに散々に痛めつけられた損傷もだいぶ修復していた。

 

「さようなら、アレクトラ。古い女に用はない」

 

本性そのままのセリフを言い残すと、エンブリヲはヒステリカと共にその場から消えた。そしてジルは、苦悶に表情を歪めたままその場に倒れてしまったのだった。

その間、地上でも異変が起こっていた。

 

「艦長、時空融合収斂率、95%! 尚も進行中!」

 

最初にそれに気付いたのはリィザだった。アウラが解放されたのに時空融合が収まる気配がないことに気付いたのである。

 

「何だって!?」

 

報告を受けたゾーラも驚いてリィザに振り返った。

 

「どういうこと!?」

 

それは、アンジュたち外のパラメイル組もほぼ同時に気付いていた。

 

「エネルギーはなくなったはずなのに!」

「わかりません、これは!?」

 

タスクもサラも混乱している。と、そこに降り立った者がいた。

 

「アウラのエネルギーは時空融合の起爆剤。後は無限宇宙の位相エネルギーで、勝手に融合は進むのさ」

「! エンブリヲ!」

 

自分の背後から聞こえてきた忌々しい声にアンジュが振り返りざまに銃を撃つ。が、発砲した瞬間にいつものようにエンブリヲの姿はその場から掻き消えてしまった。

 

「!」

 

驚きの表情を見せたアンジュのすぐそばにエンブリヲが転移してくる。そして、アンジュの肩に手を置いた。と、今度はエンブリヲ、アンジュの双方がこの場から掻き消えたのだった。ご丁寧にアンジュはパイロットスーツやバイザー、指輪は残したままで。

 

「はっ!?」

「アンジュ!?」

 

サラとタスクがヴィルキスに視線を向けた時には、ヴィルキスはもうもぬけの殻だった。

 

「時空融合収斂率、97%!」

 

その間も時空融合は着々と進み続ける。世界の存亡はもう目の前にまで迫ってきたのだった。


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