機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

最終決戦二話目です。

色々と展開します、ジャンプのためのステップの段階になるかと思われます。

読者の皆様の、恐らく多くの方が期待している展開へ向かうのは次ですね。それまでもう少しお待ち頂ければと思います。

それに続く導入部に当たる今話。では、どうぞ。


NO.60 静かに湛えた水の如き心

戦いは更に激しさを増す。時空融合の影響で、ミスルギ皇国における生存者の数はほぼ壊滅的になっていた。

 

「時空融合収斂率、83%」

 

それは、報告される時空融合の進捗率でも窺い知ることができた。

 

「10時方向、数12」

「了解」

 

ヒカルの索敵に応答したエルシャが機関砲を発射する。アウローラの対空砲火に加え、シュバルツを始めとする護衛機のおかげで、ここまでアウローラはほぼ無傷の状態といってよかった。

 

「飛んで火に入るカブト虫ーっ!」

 

ヴィヴィアンがピレスロイドを墜としていく。着実に撃墜していくその姿は、流石の勇姿といったところだろうか。だが、他の面々も負けてはいない。

 

「全く、次から次へと!」

 

彼女にしては珍しく、ナオミが悪態をつきながらこちらも次々にピレスロイドを墜としていく。出てくる言葉こそ鬱陶しそうなものだったが、その表情はまだまだ生気に満ち溢れていた。と、そこに、

 

「ゴメン、遅くなった!」

 

補給と応急処置を終えたメアリーが合流する。

 

「メアリー!」

「待ってたよ!」

 

連携してピレスロイドに当たっていたマリカとノンナがメアリーの復帰を心から喜んだ。

 

「持ち堪えてくれたんだ」

「当たり前じゃない!」

「あんまりナメないでよね」

「ゴメン、そんなつもりじゃ」

「わかってるって!」

「それより、早く加わってよ」

「オッケー!」

 

三人が揃ったルーキーたちも地道にピレスロイドを墜としていく。先輩であるヴィヴィアンやナオミにはまだ及ばないが、それでも連携しながら着実に数を減らしていくその姿は、ライダーの素質を感じさせるものだった。そしてもう一人、

 

「はああああっ!」

 

いつものように身体を高速回転させながらブレード・レーザーを発射し、周囲のピレスロイドを凄まじい勢いで墜としていくシュバルツ。周囲からピレスロイドの影が消えたのを確認すると、シュバルツは回転を解いた。

 

「ナオミ、ヴィヴィアン、どちらでもいい。補給と修理に回れ」

 

そして指示を出す。実際のところ指揮官権限はシュバルツにはないのだが、それに文句を言う人間は一人としていなかった。

 

「ナオミ、お先にどーぞ♪」

 

ヴィヴィアンが相変わらず順調にピレスロイドを墜としながらナオミに順番を譲った。

 

「大丈夫?」

 

心配してナオミがヴィヴィアンに尋ねる。確かにこちらも燃料・弾薬ともに心許ないし、被弾個所も目立ってきているが、それはヴィヴィアンも同じだからだ。損傷については程度の差はあるだろうが、燃料や弾薬は同じように戦ってきたのだから同じぐらい減っているはずである。自機の現状の残を考えると、手放しで戻るのには心配になるような量だった。

 

「ま、何とかなるよ」

 

とは言え、ヴィヴィアンが弱音を吐くわけはない。それに彼女自身も本当に何とかなると思っているのだ。そう思わせる要素は色々あるのだろうが、一番はやはり、

 

「危なくなったらシュバルツに助けてもらうから♪」

 

その、明け透けなセリフにナオミはクスッと微笑んだ。

 

「わかった。すぐに戻ってくるから、後宜しくね」

「りょーかい!」

 

ヴィヴィアンの返答を聞いたナオミは反転するとフライトモードに変形してアウローラに一時帰艦したのだった。

 

「重力波干渉計の強度が、30TeVを超えました」

 

同時刻、アウローラのブリッジでは刻一刻と変容する戦況をリィザが報告している。そんな彼女の許に、モモカが近づいてきた。差し入れだろうか、首から下げているトレーにはおにぎりがいくつか並んでいる。ブリッジにはモモカの他にも、ミランダとココが同じく動き回って差し入れを振舞っていた。

 

「続いて2時方向、数5」

「了解」

 

ヒカルとエルシャのやりとりをBGMに、リィザが柔らかく微笑む。そして、

 

「ありがとう」

 

と、おにぎりを一つ手に取るとモモカにお礼を言ったのだった。

 

「右舷から大群が来るよ!」

「了解!」

「さて正念場だ、気合入れな、お前たち!」

 

ゾーラの発破に意気上がるブリッジ。こうして、アウローラの中でも外でも高い士気のまま戦闘は推移していた。とは言え、終わりが見えない状況ではうんざりするのもまた事実である。

 

「墜としても墜としてもキリがないにゃー」

 

先の見えない状況にヴィヴィアンがうんざりした様子で愚痴を言った。

 

「泣き言言ってんじゃないよ」

 

そこに、ゾーラから喝が入る。

 

「この艦で皆を乗せて帰るんだからね! しっかり護りな!」

『イエス、マム!』

 

ヴィヴィアンと、ルーキーの三人もその喝に応える。疲労の色が少し出てきたが、その表情にはまだまだ生気は残っていた。

 

(まだ士気は高いか)

 

そんな彼女たち、そしてアウローラの様子にシュバルツが安心して胸を撫で下ろす。だが、それも一瞬だった。すぐに表情を険しいものにする。

 

(だが、向こうは機械。こちらは生身。いずれ限界は来る)

 

そして、冷静に状況を分析する。

 

「何とかせねばな…。ここだけではない、前線へ行った連中のことも気がかりだ」

 

口に出すつもりはなかったのだが、思わず呟いていた。それだけ、このまま時間が経つことによる不利は火を見るより明らかだったからだ。そして、

 

「……」

 

ガンダムシュピーゲルは相変わらず目を赤く点滅させていた。と、

 

「!」

 

一際目を光らせると不気味に胎動を始めた。

 

「な、何だ?」

 

その変化は、シュピーゲルに乗っているシュバルツにすぐさま伝わった。色々なシステムやプログラムがいきなり稼働し始めたからである。

 

「自己進化の割合を引き上げたことによる変化か?」

 

原因はそれしか考えられない。果たして何が起こるのかと、ピレスロイドを墜としながら思っていると、不意に幾つかのウインドウが開いた。

 

「これは…」

 

そこには、ここからでは随分と距離の離れた場所にいるアンジュたち各機の音声と映像が映し出された。

 

「私の意を…汲んでくれているのか?」

 

図らずも直前に呟いた、前線の連中の様子を知ることになり、シュバルツはシュピーゲルの進化をそう捉えたのだった。

一方、真なる地球でも時空融合の影響は着実に広まっていた。大巫女はじめ避難してきた面々全員の顔に不安の色が浮かんでいる。

 

「っ!」

 

ドラゴンが次々と時空融合に飲み込まれていくのを見るたびに、大巫女が不安に瞳を揺らしていた。

 

「頼んだぞ、サラマンディーネ…」

 

大巫女の期待を一身に背負ったサラはその頃、途中に襲ってくるピレスロイドを蹴散らしながらメインシャフトからアウラの許へと降下を続けていた。

 

「全く、無駄な抵抗をする」

 

同時刻、ミスルギ皇城の上でエンブリヲはタスクと対峙していた。

 

「世界の崩壊は止められないというのに」

「止めてみせる!」

 

ライフルを撃ちながらタスクがエンブリヲへと突っ込む。

 

「アンジュと約束したからな。この世界を護るって!」

「哀れな男だ」

 

エンブリヲがブレードを展開すると迎え撃つようにタスクへと突っ込んだ。

 

「アンジュは、私と共に新世界にゆくのだよ!」

「っ!」

 

反論することなく、いや、する気も起きないのかタスクはそのままエンブリヲのブレードを受け止めた。

他空域ではヒルダとロザリーがクリスと鎬を削っていた。

 

「こんのーっ!」

 

ロザリーが両肩のキャノン砲から次々に砲弾を放つが、クリスは平然と避けながら近づいてくる。そこに上空からヒルダが斬りかかった。

 

「フン」

 

が、クリスはこれも平然と受け止めると、そのボディに蹴りを入れて落下させる。

 

「くっ!」

「はっ、弱」

 

侮蔑した口調で吐き捨てると、続けざまにロザリーが放ってきたライフルの砲撃を盾で受け止める。そして、お返しとばかりにライフルでビーム砲を発射した。

 

「その程度で私を力づくで連れ帰るとか、笑わせないでよ!」

「ガキみたいに拗ねてるお前に言われる筋合いはねえよ!」

「! あの時、助けてくれなかったくせに!」

「だからそれは!」

 

ロザリーが説得を試みようとするものの、今のクリスの心には届かない。

 

「弱いから、虐げられて、利用されて、馬鹿を見るんだよ!」

 

憎しみに凝り固まったクリスがヒルダに突っ込んで斬りかかる。ヒルダも、何とかそれを受け止めた。

 

「だから、エンブリヲ君は私を強くしてくれたの!」

「それが、お前の望む強さかよ!」

 

ヒルダがブレードを受け止めながら揶揄するように吐き捨てた。

 

「他人から与えてもらった力で強くなる。そんな見せかけだけの強さ、あいつが知ったらなんて言うかね?」

「!」

 

ヒルダの揶揄に、クリスの脳裏にシュバルツの姿が浮かんだ。だが、それも一瞬のこと。

 

「二人がかりで私を止められないあんたらが言っても負け犬の遠吠えだよ! 大口は私に勝ってからにしてよね!」

 

そしてクリスの猛攻がヒルダとロザリーを襲う。その猛攻に、二人は表情を歪めるしかなかった。

また、そこから少し離れた空域ではジルとサリアが激しく交戦していた。

 

「ラグナメイルと騎士の紋章。それで強くなったつもりか、サリア?」

 

ジルが挑発する。が、サリアは動じる様子はない。

 

「エンブリヲ様は、私にすべてを与えてくれたわ! 強さも、愛も、全て!」

 

ジルを憎しみの表情で見つめる一方、エンブリヲのことを語るときは穏やかな表情になるサリア。ジルはサリアに対してフォローらしいフォローをしなかったという点で、サリアはエンブリヲの本性を見抜けなかったという点で互いに自業自得なのだが、その結果二人は空しい戦いを続けることになった。

 

「愛だと?」

 

サリアの発した『愛』という単語にジルが反応して嘲笑する。

 

「奴は誰も愛したりしない。利用するためにエサを与え、可愛がるだけだ」

「!」

 

サリアの瞳が揺れた。思い当たる節があるからだろう。

 

「私もそうやって弄ばれ、全てを失った。目を覚ませ、サリア!」

 

だが、

 

「言ったでしょう? 貴方の言葉は信じないって!」

 

それでも今のサリアにはジルよりもエンブリヲに対する比重が大きかった。ブレードを構えてそのまま突っ込んでくる。そして二機は、激しく鍔迫り合いを繰り広げた。

 

「私を利用していたのは、貴方よ!」

 

恨みをぶつけるかのように何度も斬りかかる。だが、そうしながらも不思議とサリアは落涙していた。

各所でそれぞれの思惑の入り混じった戦いが繰り広げられる中、エンブリヲとタスクの戦いが激しさを増していた。

 

「決して穢されることのない美しさ…しなやかな野獣のような気高さ…実に飼いならしがいがある」

「!」

 

エンブリヲのその言葉に、タスクが青筋を立てる。

 

「お前は知るまい、アンジュの乱れる姿。彼女の生まれたままの姿を」

 

挑発するエンブリヲ。だが、

 

「知ってるよ」

 

そう返され、エンブリヲの表情が歪む。更に、

 

「アンジュの内腿の黒子の数までね」

 

タスクのこの言葉にエンブリヲの表情の歪みが増した。

 

「お前は何も知らないんだな、アンジュのことを」

 

挑発に挑発で返し、タスクがエンブリヲに突っ込む。

 

「アンジュは乱暴で気まぐれだけど、良く笑って、すぐ怒って、思いっきり泣く。最高に可愛い女の子だよ。彼女を飼いならすだって? 寂しい男だな、お前は!」

 

振りかぶって斬りかかったタスクを、エンブリヲは盾で受け止めた。

 

「ほぉ、以前の貴様ではないようだな」

 

その時にはいつもの余裕ある態度に戻っていたエンブリヲだったが、接触したことでタスクから何かを感じ取ったのか、エンブリヲの表情が再び歪んだ。

 

「! 貴様、アンジュに何をした!」

「アンジュとしたんだよ、最後まで!」

「何!?」

「触れて、キスして、抱きまくったんだ、三日三晩!」

 

その内容に呆けてしまったエンブリヲのボディに蹴りを入れる。エンブリヲはショックからか少しの間流されるままにしていたが、すぐに体勢を立て直すとブレードを今まで以上に展開させた。

 

「下らぬホラ話で我が妻を愚弄するか!」

 

激昂するエンブリヲ。いつの間にか妻になっているが、そんなことは調律者様には些末なことなのだろう。だが、タスクも負けてはいない。

 

「真実さ。アンジュは俺の全てを受け止めてくれたんだ。柔らかくて、温かい、彼女の一番深いところで!」

「!」

 

それが真実だと分かったからか、その内容が余りにも度し難いものだったかはわからないが、エンブリヲの動きが止まる。そのエンブリヲに、タスクが再び斬りかかった。エンブリヲもライフルで牽制するもののタスクはその間隙を縫って距離を詰める。

 

「俺はもう、何も怖くない!」

 

エンブリヲはなんなくタスクの斬撃をかわしたが、その表情は今まで以上に歪んでいた。相当の怒りが見受けられる。

 

「何たる卑猥で破廉恥な真似を…!」

 

エンブリヲのこれまでの行状を知っている人物が聞いたら、おまいうとか今までのお前はどうなんだというツッコミが間違いなく多数から入ってくるセリフを吐いたのだが、これも調律者様には些末なことなのだろう。今のエンブリヲにとって何より大事なのは妻(と、勝手に認定している)を辱めた(こちらも勝手に認定している)目の前の男の存在を消すことだけなのだから。

 

「許さんぞ、我が妻を凌辱するなど…。貴様の存在、全ての宇宙から消し去る!」

 

そして、二人の男の戦いはいよいよ激しさを増したのだった。一方、

 

「……」

 

その二人の様子をモニタリングすることができているシュバルツは、ピレスロイドを墜としながら呆れた表情をしていた。

 

「仮にも戦場で交わす台詞か、あれが…」

 

状況が許されるなら頭を抱えて肩を落としたいところだっだが、只今絶賛迎撃中のためそうもいかず、呆れたように呟くしかできなかった。しかしやはりその呆れの比重は、女との経験を語るタスクよりも、それに激昂し、都合の良いことのみを吐くエンブリヲに傾いていた。

 

「あれでは横恋慕している間男が現実を認められず逆恨みしているだけではないか。あれが神だと…?」

 

少なくとも、あの会食の場で誘いを受けた時はもっとまともに見えたのだが…そう思ったシュバルツだった。が、

 

「…いや、自称神はどの世界でも所詮あの程度か。調律者などと呼び方を変えても、やっていることは神そのものだからな」

 

自分の呟いた言葉に納得するシュバルツ。思い返せばウルベもウォンも、我欲と独善を肥大化させて散った、ただの小物に過ぎなかった。エンブリヲがこのことを知ったら一緒にするなと言うかもしれないが、今のエンブリヲはどう考えてもあの二人と同レベルの存在にしか見えなかった。

 

「…せめてマスターアジアぐらいの強さや信念、風格があれば。いや…」

 

首を左右に振って思い直す。あの域に達することができる存在など、どの宇宙にどれほどいるというのだろうか。化けの皮が剥がれたエンブリヲに、それを望むのは酷というものだった。

 

「だが…」

 

シュバルツの頭に別の懸念がよぎる。それは、窮鼠猫を噛むという類のことだった。今はまだ状況は拮抗しているとはいえ、追い詰められた状況になった場合、エンブリヲが何をしでかしてくるかわからない。そしてしでかすとしたら、後方のここではなく前線で事を起こす可能性の方が高いと言えた。

 

(頃合いか)

 

そう判断したシュバルツは、ブリッジへと通信を入れる。

 

「ブリッジ」

『何だい?』

 

すぐさまゾーラからの返信が返ってきた。

 

「出るぞ。構わんな?」

『! 勝負所と判断したんだね?』

「ああ」

 

即座にシュバルツの意を感じ取ったゾーラが不敵な笑みを浮かべた。

 

「幸いにして、他のパラメイルはスムーズに補給や修理も終わっている。頭数も揃っている。苦しくはなるだろうが、防ぎきれぬわけではあるまい」

 

知り得るわけもないが、本来の歴史ならばアウローラを護るパラメイル部隊は現状からナオミとマリカの二機足りない状態なのだ。それを考えれば、厳しいが確かにどうにもできないわけではないように思えた。

とはいえ、シュバルツという何物にも代えがたい戦力を失うのは正直不安が残る。が、

 

『わかった』

 

ゾーラは即時に了承したのだった。

 

『その代わり、前線に出てる連中の面倒は頼むよ』

「承知!」

 

力強く頷くとシュバルツはブリッジとの通信を切る。そして今度は、ヴィヴィァンを始めとするパラメイル部隊に通信を開いた。

 

「と言うわけだ。私はここで離脱するが、後は頼むぞ」

『オッケー』

 

即座に反応したのはヴィヴィアンだった。

 

『シュバルツがいなくなるのはキツいけど、何とか頑張ってみるよ』

『私たちも頑張ります!』

『だから、お姉様たちのこと宜しくお願いしますね』

『頼みます、お兄様!』

「わ、わかった」

 

未だになれぬ“お兄様”の呼び方に思わず力が抜けそうになるが、そんな場合ではないのは重々承知しているためにすぐに気を取り直す。

 

「では、頼んだぞ!」

 

そこで通信を切ると、シュバルツは前線へと向かって飛んで行ったのだった。勿論、向かってくるピレスロイドは一機も漏らさずに撃墜しながら。

 

「さて…」

 

その後ろ姿を見送りながら、ブリッジのゾーラが呟く。

 

「今まで散々あいつにおんぶに抱っこだったんだ。ここらで女の意地を見せてやらなきゃな。気合入れなよ、お前たち!」

『了解!』

 

シュバルツの離脱に不安そうな表情をしていたブリッジクルーの面々だったが、ゾーラの発破で皆が気合を入れ直す。

シュバルツがアウローラから離脱したころ、ようやくサラがメインシャフトの最深部に辿り着いていた。そこには、彼女たちが求めて止まないアウラの姿があった。

 

「アウラ! アウラなのですね!」

 

喜びに顔を綻ばせると、サラは早速アウラを戒めから解放するためにライフルを発射する。が、それはアウラの周囲に張られたフィールドによって無効化されてしまった。

 

「!」

 

それに驚き、すぐさま得物をブレードに変えて斬りかかる。が、やはりフィールドによって弾かれてしまった。

 

「くっ!」

 

アウラのところまで辿り着ければ救出できると思っていたサラが唇を噛む。そのサラを排除するため、大量のピレスロイドがサラめがけて降り注いできた。

 

「! 邪魔を、するなーっつ!」

 

言葉通り邪魔者を片付けるため、一旦アウラから離れてサラがピレスロイドに向かっていった。

 

「量子フィールド、50%に低下!」

 

シュバルツが離脱した後のアウローラでも、引き続き懸命の戦いが続いていた。シュバルツが先ほどまでここに加わっていてくれたおかげで、随分状況的には有利なのだが、それでも楽観視できるわけではない。

何しろシュバルツも懸念していた通り、こちらは生身だが向こうは機械なのだ。機械だけに疲労もなければそれによる判断の低下もない。何よりこれもヴィヴィアンが言っていたことだが、墜としても墜としても湧いてくる物量は正直気が滅入っても仕方なかった。そして徐々に、その不安点が明るみに出てき始める。

次から次に投入されるピレスロイドに、護衛に回るパラメイルの数こそ本来辿るべき歴史よりは増えているが、それでもキツい戦いなのは変わりがなかった。そして、シュバルツがいなくなったことで、綻びが生じ始める。パラメイル部隊の隙間を縫って直接アウローラに被弾するようになってきているのだ。

 

「量子フィールドさらに低下!」

「チッ! あいつがここを離れてからそんなに時間が経ってないってのに!」

 

ゾーラが忌々しげに舌打ちをした。とは言え、パラメイル部隊が頑張ってくれているのは良くわかっているので文句など言うこともできない。とにかく今は耐え抜くしかないのだ。と、また新しいピレスロイドがアウローラに突っ込んでくる。そして、それが崩壊の序曲となった。

 

「フィールド、突破されます!」

「左舷隔壁、来ます!」

 

エマたちが報告した直後、アウローラの艦体を激震が襲った。被弾個所が爆発し、その場所にいた隊員たちが被害を受ける。

 

「被害状況は!」

 

振動が収まった後、ゾーラがすぐさま状況の把握に努める。

 

「第一エンジン、停止!」

 

オリビエが報告した直後、アウローラが左に傾いた。そして重力に従って降下し始める。

 

「アウローラ、高度低下!」

「立て直せ!」

 

思わずジャスミンが命令した。が、

 

「駄目です! 降下、止められません!」

 

返ってきたのは不可能の返事だった。

 

「チッ!」

 

ゾーラが即座に全艦に向けて通信を開いた。

 

『これから海面に不時着する! 総員、衝撃に備えろ!』

 

ゾーラの命令に、アウローラの総員はすぐさま着水の衝撃に備えた。この辺りは流石に軍事組織と言ったところである。程なくしてそのままアウローラは海へ突っ込み、海面に不時着したのだった。

艦内のそこかしこで悲鳴が上がる。それは、ブリッジでもそうだった。着水の影響で電源が落ちて一瞬真っ暗になったが、すぐさま予備電源に切り替わって照明が点灯する。

 

「…損害状況は?」

 

衝撃で頭を押さえつつも、ゾーラが報告を求めた。

 

「着水時の衝撃で、第二・第三・第七ブロック破損」

 

オリビエがそう、被害状況を報告する。その頃、マギーは医務室から飛び出し、近くに倒れている隊員たちの被害状況を把握することに努めていた。その後ろにはモモカと、ココとミランダが手伝いとしてついていた。

 

「モモカ、鎮痛剤を頼む! ココとミランダは、倉庫から薬や包帯を!」

「はい!」

「わかりました! 行こう、ココ!」

「うん!」

 

モモカ、ココ、ミランダはそれぞれが己の役割を果たすために走り出した。

 

「量子フィールド、消失しました!」

「対空火器も沈黙!」

「くっ、丸腰って訳かい」

 

エマとエルシャの報告を聞いたゾーラが忌々し気に表情を歪めた。

 

「ジャスミン、動かせるかい?」

「ああ。ただ、第一エンジンやられて出力が落ちてるからね。今の着水の衝撃も加味すれば、亀の歩みがいいとこだよ」

「…覚悟を決めるしかないか」

 

その、ゾーラとジャスミンのやり取りを聞いていたエルシャが、思い詰めたように表情を強張らせた。

 

「メイ!」

 

だがゾーラはこの状況下と言うことも相まってそんなエルシャに気付くこともなく、メイへと通信を入れた。

 

「直せるか?」

『任せて!』

 

被弾個所である第一エンジンへと急行したメイがゾーラの通信に答える。

 

『20分で片付ける!』

「頼む!」

 

そこで通信を切ると、メイは早速修理に取り掛かり始めたのだった。その間も動けなくなったアウローラに向けてピレスロイドは次々に投入される。5機のパラメイルは懸命の防衛網を敷くが、シュバルツがいなくなったことによって出始めた綻びが少しづつ大きくなってきていた。撃墜が追い付かなくなり始めていたのである。そしてそのうちの一機が、一体のパラメイルに迫った。

 

「メアリー、12時!」

「えっ?」

 

ノンナからの通信に、肩で息をし始めたメアリーが振り返る。そこには、自分に向かってくるピレスロイドの影があった。

 

「ヒッ!」

 

思わず顔を引きつらせるメアリー。しかしその凶刃が彼女に届く寸前で、不意にどこからか砲撃が放たれ、そのピレスロイドは爆発四散した。

 

「間に合ったかしら?」

 

砲弾の発射元の場所には、パイロトスーツに身を纏い、自機のハウザーに乗って戦場に戻ってきたエルシャの姿があった。

 

「エルシャ!」

「来てくれたんだ!」

「ええ」

 

エルシャが力強く頷く。

 

「あの子たちを護らないといけないもの」

 

確固たる信念を漲らせながら、戦列に復帰したエルシャがシュバルツの代わりにアウローラの護衛部隊に加わったのだった。

その間も、前線ではそこかしこで戦いが繰り広げられている。その中で、アウラの許に辿り着いたサラは自分に襲い掛かるピレスロイドを撃墜することに労力を割かれていた。と、不意に自分を援護するかのようにビーム砲が放たれて、数基のピレスロイドが爆発四散する。

 

「何てこずってるのよ、こんなおもちゃに!」

 

やってきたのは当然と言うべきかアンジュだった。

 

「遅いですよ、アンジュ!」

 

自分のすぐ側まで降下してきたアンジュに、サラは悪態をつく。

 

「ええ…?」

 

そんな返事が返ってくるとは想定していなかったのか、アンジュは戸惑いの声を上げた。

 

「おもちゃの相手は任せました」

 

そう言い残すと、サラはその場から離れる。

 

「ちょっと、あれを撃つつもり!?」

 

サラが何をやろうとしているのか悟ったアンジュがその顔を顰める。

 

「それしか、アウラを助ける方法はありません!」

「アウラごと吹き飛ばさない!?」

「三割引きで撃ちますから、ご安心を!」

 

いつぞやの真なる地球でのやり取りを彷彿とさせる。あの時はそんなことは出来なかったが、この短期間でそれが出来るようにしたのだろう。大した技術と実行力である。

 

「じゃあ、とっととやっちゃいなさい!」

 

アンジュの発破に答えて…と言うわけでもないだろうが、サラは口を開いた。そして、

 

風に飛ばんエル・ラグナ、定めと契り交わして…

 

龍神器の力を解放する永遠語りを詠い始めたのだった。と、彼女の龍神器、焔龍號のモニターに時空収斂砲の文字が躍ったのだった。そしてそれは、外で戦っているエンブリヲとタスクの耳にも届く。

 

「! この歌は!」

「サラマンディーネさんか!」

 

戦いが新たな局面を迎えようとしている中、他空域での戦闘も引き続き続いている。

 

「私には何もなかった!」

 

サリアが己の思いの丈をぶつけながらジルに攻撃を仕掛ける。

 

「皇女でもない、歌も知らない、指輪だって持っていない。どんなに頑張っても選ばれなかった! ヴィルキスにも、貴方にも!」

 

激情のままジルの乗るレイジアのボディに蹴りを入れて吹き飛ばす。ジルは苦虫を噛み潰したような表情で何とか体勢を立て直して踏みとどまった。

 

「そんな私を、エンブリヲ様は選んでくれた!」

 

引き続き猛攻を続けるサリア。そして、

 

「だからアレクトラ、貴方なんてもういらないのよ!」

 

涙を浮かべながらブレードを振るい、レイジアの左足を斬り落とした。

 

「っ! 強くなったじゃないか、サリア」

 

揶揄するようにジルが語り掛ける。

 

「っ!」

 

それが挑発に聞こえたのだろうか、サリアは休むことなくジルを攻め立てた。その間も、着々と時空融合は進んでいき、真なる地球でもその被害が徐々に増してきていた。

 

「くっ!」

 

好転しない状況に思わず大巫女が唇を噛む。その時、その耳に入ってくるものがあった。

 

「! この歌は!?」

 

大巫女の耳に届いてきたのはサラの詠う永遠語りだった。それにつられるように思わず上空を見上げる。

そこには、灰色の空に幾つも開いたシンギュラー…真なる地球で言うところの特異点があったのだった。

 

 

 

 

 

「時空融合、収斂率91%!」

 

アウローラブリッジ内に、リィザの報告が響き渡る。事態はいよいよのっぴきならない状況に足を踏み入れようとしていた。

護衛部隊はアウローラを護り、メイを始めとする整備班たちは被弾個所の修理に懸命に従事する。そして、

 

「マギーさん、鎮痛剤の追加持ってきました!」

「包帯や傷薬です!」

「遅れてすみません!」

 

モモカ、ココ、ミランダの三人も必死になって自分の使命を果たす。と、不意に三人の背後が爆発した。

 

「きゃっ!」

「うわっ!」

「ひゃあっ!」

 

爆風に吹き飛ばされた三人だったが、運よく被害は転倒だけで済んだ。隔壁が閉じてそれ以上の攻撃にさらされなかったおかげである。が、対照的に外の状況の悪化は危険水域に入ろうとしていた。

 

『はぁ…はぁ…はぁ…』

 

皆、肩で息をしだしている。シュバルツが懸念した通り、機械と人間の差がここに来て出始めてきた。墜としても墜としても終わりの見えない状況に体力だけでなく気力も削られていく。

 

「!」

 

その旗色の悪さを感じ取ったエルシャは、両肩のキャノンをパージして機動性を上昇させた。

 

『えっ!?』

 

そのことに気付いたルーキー三人が驚いた声を上げる。

 

「ヴィヴィちゃんとナオミちゃんは、三人を連れて逃げて!」

 

通信を開いてそう叫ぶと、エルシャはそのままピレスロイドへと突っ込んだ。

 

「エルシャ!」

「何を!?」

 

ヴィヴィアンとナオミが驚く間にも、身軽になったエルシャのハウザーはピレスロイドに突っ込み、そして自分の方へと誘導する。

 

「こっちよ、円盤ども!」

 

目論見は成功し、ある程度のピレスロイドはエルシャを追尾した。だがそれは同時に、エルシャの身が危険にさらされることと同義である。案の定、程なくエルシャはピレスロイドに囲まれ、そして、その生命を刈り取ろうとする攻撃を受けた。

 

「エルシャーっ!」

「待ってて、すぐ行くから!」

 

ヴィヴィアンが叫び、ナオミが駆け付けようとする。だが、それは無理だった。嫌な音を立てながらピレスロイドの刃が高速回転し、後少しでハウザーの装甲を貫通しようとしているのだ。ヴィヴィアンとナオミがどれだけ頑張っても、エルシャを救うのは絶望的な状況だった。

 

(ゴメンね、皆…)

 

気を失いかけているエルシャの脳裏に浮かんだのは、やはり子供たちのことだった。そして、

 

(ミスター…)

 

次にシュバルツのことが脳裏に浮かんだ。

 

(あの子たちのこと、護ってあげてくださいね。それと…)

 

これまでのシュバルツとの思い出が次々に脳裏に浮かんだ。まるで走馬灯のように。そのことに、今まさに死を間近で迎えようとしながら、エルシャはクスッと微笑んだ。

 

(愛してます)

 

そしてエルシャは覚悟を決めた。が、その直後不意に現れた“何か”が、自分の周囲のピレスロイドを瞬く間に破壊したのだった。

 

「え…?」

 

予期せぬ事態に呆然とするエルシャ。自体が理解できぬまま次にそこに駆け付けたのは、何頭ものドラゴンたちだった。助かったとは言えども推進能力がなくなり、重力に引かれて落下しようとしていくエルシャのハウザーの両手を、ヴィヴィアンとナオミがキャッチして浮上した。

そしてその間も、ドラゴンが次々と多数のシンギュラーを通って真なる地球からこちらへ駆けつけてきたのだった。

 

「何が起きてるんだい!?」

 

状況の変化についていけないゾーラが思わず口走る。それに答えたのはリィザだった。

 

「恐らく、時空融合の影響で重力場が脆弱になり、特異点が自然解放されたのでしょう」

「そうかい。おたくらが援軍に駆け付けてくれた理由はわかったよ。それじゃあ、あの妙なやつはなんなのさ!?」

 

ゾーラがリィザに向かって振り返ると、モニターに映ったそれを指さしながら尋ねた。

 

「い、いや、何と言われても…」

 

リィザも答えようがないため言葉を濁すことしかできなかった。

 

「我々には答えようがありません。知らないのですから」

「本当だね!?」

 

詰め寄る勢いで重ねて尋ねてきたゾーラに、リィザは無言で頷いた。

 

「ああ、もう!」

 

ガシガシとゾーラが頭を掻く。

 

「何だってこんな状況下で不確定要素が出てくるんだい!」

「だがゾーラ、どうも様子がおかしいよ」

 

あることに気付いたジャスミンがそう言った。

 

「あん?」

「あれはこっちを襲ってくる様子はないようだ。その証拠に、あの円盤どもには攻撃してるが、こっちやドラゴンの連中には全く攻撃してこない」

「何だって?」

 

ゾーラをはじめ、ブリッジクルーの視線がモニターに集中する。モニターに映し出されたそれは、確かにピレスロイドだけに攻撃して、アウローラやドラゴンには攻撃してこないからだ。と、

 

『聞こえるか…。偽りの…いや、ノーマの民よ』

 

モニターに誰かの声が響き、直後に一人のシルエットが浮かんできた。

 

『我はアウラの巫女、アウラ=ミドガルディア』

「大巫女様!」

 

モニターに映し出されたその姿…大巫女に、リィザが驚きを隠せず、口を開いていた。

 

「あんたがドラゴンたちの総大将かい」

『いかにも』

 

モニターに映った大巫女が、ゾーラの問いかけに頷いた。

 

『アウラの民は、これより貴艦を援護する!』

 

その宣言通り、シンギュラーから続々と降り立ったドラゴンたちは次々にピレスロイドの掃討戦に加わる。そして、

 

「おお! すげー!」

 

ヴィヴィアンが目を輝かせた。それもそのはず、数体のドラゴンがアウローラの下に潜り、アウローラをその身体に乗せて浮上したからである。その、少し前までなら考えられない光景に、ヴィヴィアンのテンションが上がるのも仕方のないことだった。

 

「ふわー…」

 

ナオミもその光景に開いた口が塞がらず、

 

「…借りができちゃったわね」

 

半壊状態のハウザーの中でボロボロになりながらエルシャも呟いていた。

 

 

 

「…まずはありがとよ、御大将殿」

 

援軍に駆け付ける判断を下してくれた大巫女にゾーラが礼を言う。

 

『礼には及ばん。我らの目的にも適うのでな』

「そうかい。それじゃあ聞くが、あのけったいなのはおたくらの秘密兵器かい?」

 

ゾーラがモニターに映る、ピレスロイド相手に奮闘している見知らぬ“何か”を指さして尋ねた。

 

『いや』

 

だが大巫女はそれを見て、首を左右に振った。

 

『おぬしらの奥の手ではないのか?』

 

逆に大巫女がそう、ゾーラに尋ねてきた。

 

「そんなもんがあるなら、最初から出してるよ」

『成る程、もっともな話よな。だが残念ながら、我々はあんなもの知らぬ』

「そうかい…」

 

そこでゾーラが何かを考え出した。

 

「司令?」

 

挙動の止まったゾーラに、訝し気にヒカルが尋ねる。

 

「あたしらは知らない。あんたらも知らない。だけどこっちには攻撃してこない。…ってことは」

『もしや…』

 

大巫女が呟く。そしてその瞬間、ブリッジにいる全員の脳裏に浮かんだのは一人の男の顔だった。

 

 

 

 

 

アウローラのブリッジがそのような状況になる少し前、アウローラの護衛から離脱してミスルギへと向かったシュバルツは、アウローラと前線である暁ノ御柱周辺のちょうど中間地点付近に降り立った。そして、コックピットを開けるとそのまま地上に降り立つ。

 

「シュピーゲル…」

 

地上に降り立って振り返ると、シュバルツはその場に立つ頼もしき自分の愛機の名を呼んだのだった。そして、

 

「シュピーゲル…いや、アルティメット・シュピーゲルよ」

 

機体名を言い直すと、語り掛けるようにシュバルツが口を開いた。

 

「自己進化の暁にお前が私の意を汲んでくれるようになったのならば、私が何を望んでいるのか…わかるな?」

 

無論、シュピーゲルが答えるわけはない。だが、言葉として返答せずともその意思はしっかりと伝わっているようだった。その証拠に、先ほどまでと同じくその瞳が赤く明滅を繰り返しているのだ。まるで、シュバルツに答えるかのように。

 

「頼む。その力、今こそ、再び」

 

シュバルツが愛機に向かって頭を下げた。そしてそれがスイッチになったかのように、それは起こったのだった。


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