今回から最終決戦のお話になります。
ここで色々語るよりは、本編を読んでもらった方が良いでしょう。取り敢えずまだ前哨戦の段階です。
では、どうぞ。
最後の戦いに向けて、アウローラは海中を進む。目標地点はミスルギ皇国、暁ノ御柱。
しかし、人間側…と言うより、エンブリヲがそれをみすみす黙って見ているわけはない。先遣とばかりに艦隊が海上を進み、そして大量のミサイルを発射する。こうして、最終決戦の口火は切って落とされた。
「冷却魚雷、撃ちな!」
ゾーラの指示によってアウローラから冷却魚雷が発射される。それは少し進んだところで爆発して海中を氷結させ、天然のシールドを作り出した。そのシールドにミサイルが着弾し、アウローラに届くことなく爆発四散していった。
ミサイルを防いだアウローラは船首を上げ、海上へと浮上していく。そして程なく、海上にその姿を現した。
「さて、派手にいくよ。全弾発射!」
「了解、全弾発射!」
自らの意思でブリッジに詰めたエルシャが応答し、今度はアウローラがミサイルを放った。その攻撃により、派遣された艦隊は次々と沈んでいく。
「ほぉ…」
状況を見ながら、しかし楽しそうに微笑んだエンブリヲが現在の状態通りに卓上に広げたシミュレートを変更する。
「間もなく、ミスルギエリア沿岸」
「全システム航空モード。機関出力80%!」
「イエス、マム!」
パメラがゾーラの指示通りにアウローラを操り、アウローラを空へと浮上させた。
「量子フィールド展開!」
「フィールド、展開します!」
アウローラの全体を青いフィールドがすっぽりと包んだ。
「強行突破か。乱暴なことだ」
余裕綽々のエンブリヲが、相変わらず楽しそうに微笑みながら次の手を打った。今度はジュリオがアルゼナルに侵攻したときに運用した小型兵器、ピレスロイドを戦線に投入する。無数のピレスロイドがアウローラを目指して飛行してきた。
「アンジュ、来たぞ!」
ヒルダがその状況を報告する。
「パラメイル隊、全機出撃!」
『イエス、マム!』
アンジュの号令に出撃メンバーが口を揃えて返答した。
「各機、アレスティングギア、リリース!」
「アンジュ機、サラマンディーネ機、イグナイト。リフトオフ!」
「ヒルダ機、ヴィヴィアン機、イグナイト。リフトオフ!」
管制指示に従い、次々とパラメイルが空へと飛び立つ。そしてまずは小手調べの前哨戦とばかりに各々ピレスロイドへと当たり始めた。
「沈めーっ!」
そんな中、アンジュは真紅のヴィルキスを駆って戦艦を次々に沈めていく。
「アンジュ?」
「っ!」
その戦況がわかったからか、エンブリヲが思わず呟いた。そして、アンジュの名を聞いたサリアがムッとした表情になってギリッと歯を鳴らす。
「私たちも出るとしよう」
サリアたちに振り返ると、エンブリヲはそう告げたのだった。
「暁ノ御柱、間もなく射程圏内に入ります」
「冷線砲、エネルギー充填! 発射準備!」
「了解! 冷線砲、発射準備!」
目標が手の届くところまでの距離に入ったため、ブリッジも次第に慌ただしくなる。が、そうは簡単に事は運べなかった。
「暁ノ御柱前に、敵影!」
「チッ!」
思わずゾーラが舌打ちする。
「やっぱりすんなりとは、事を運ばせてくれないね」
その敵影に照準を合わせる。それは、五機のラグナメイルだった。その先頭には、サリアたちを従える一人の男の姿があった。
「あいつがエンブリヲかい」
思わずゾーラが呟いた。話では何度も聞いているが、実際に見たのはこれが初めてなのだ。
「…いけ好かない感じのヤローだね」
それが、ゾーラがエンブリヲに抱いた第一印象だった。
「沈みたまえ、古き世界と共に」
宣言するようにそう言うと、エンブリヲは永遠語りを詠い始める。それに反応し、彼の機体であるヒステリカがディスコード・フェイザーを発射するためにギミックを展開させる。その照準は、アウローラ。
『これは!』
ピレスロイドの破壊に従事していたアンジュとサラもそれに気付く。
「狙いはあたしらかい。エネルギーの充填は?」
「74%」
「ジャスミン!」
「あいよ!」
ゾーラに名前を呼ばれ、操舵を担当しているジャスミンが取舵に舵を切った。それを逃がすまいと、エンブリヲがディスコード・フェイザーを発射する。
アウローラを飲み込もうと迫るその砲撃は、しかしアウローラに届くことはなかった。何故ならば、海中から突如として立ち上った水柱がシールドになり、その攻撃を受け止めたからである。
「ん?」
その光景に、怪訝な表情になるエンブリヲ。やがて、ディスコード・フェイザーを防ぎきると、その水柱が弾け飛んだ。そしてその中から現れたのは、言わずと知れた漆黒の鬼神だった。
『シュバルツ!』
「ほぉ…」
その姿にブリッジの隊員たちが歓喜の声を上げ、エンブリヲは楽しそうに笑った。
「あいつらの帰る場所を失くすわけにはいかんのでな」
シュピーゲルの中から一瞬だけエンブリヲをキッと睨み付けると、シュバルツもアンジュたちに倣ってピレスロイドの掃討戦に加わったのだった。
「エネルギー充填、98%」
「この機を逃すわけにはいかないね。ジャスミン!」
「あいよ!」
以心伝心…と言うわけでもないのだろうが、ゾーラに応えるかのようにジャスミンが、今度は面舵を切って軌道を修正して立て直す。
「N式冷線破壊砲、てーっ!」
「了解! N式冷線破壊砲、撃ちます!」
そして言葉通り機を逃さず、ゾーラの号令に従ってエルシャがトリガーを弾いた。アウローラの前方の砲台から放たれたN式冷線破壊砲は寸分狂わず暁ノ御柱に直撃し、瞬く間に暁ノ御柱を凍結させる。凍結した暁ノ御柱は崩壊し、その跡地に巨大な穴ができたのだった。
「あれが、アウラに続くメインシャフトです!」
ブリッジに詰めていたリィザがその穴を見てそう説明した。
「全機、我に続け!」
『イエス、マム!』
進むべき道ができたアンジュはここぞとばかりに僚機に通信を入れてフライトモードで突っ込む。それに従うのは、サラ、ヒルダ、タスク、ロザリー、ナーガ、カナメの六機。それ以外のヴィヴィアン、ナオミ、マリカ、ノンナ、メアリー、そしてシュバルツはアウローラの防衛へと回った。
「おい、シュバルツ!」
アウローラの周辺のピレスロイドを掃討しているシュバルツにゾーラが通信を入れた。
『何だ?』
「“何だ?” じゃないよ! あんたも前線に出な!」
ゾーラが怒鳴った。シュバルツの戦闘能力を考え、そしてアンジュたちがこれからやり合う敵のことを考えれば、至極もっともな意見である。が、
『断る』
そう返し、シュバルツはにべもなく断ったのだった。
「な!」
思わずゾーラが絶句する。が、それも一瞬ですぐに通信を再開した。
「何でだ!?」
『この戦いが始まる前、アンジュに言ったのだがな』
シュトゥルム・ウント・ドランクを展開しながらブレード・レーザーを放出し、シュバルツが物凄い勢いでピレスロイドを片付けていく。
『この戦いは、お前たちの未来を掴む戦いだ。ならば、この世界にとって部外者である私は所詮脇役。故に、支援には回るが決着はお前たち自身でつけろ』
「言ってることはわかるけど…」
ゾーラがそこで口を噤む。今言った通り、シュバルツの言ってることはわかるが、だからと言ってこれだけの戦力を後方に留めておくのはあまりにも惜しい。それは、誰でもわかることである。
が、どうにも上手い説得の言葉が見つからない。シュバルツの言ってることにも一理あるから余計だった。
『それに、護衛がヴィヴィアンとナオミを除けばルーキーたちだけでは心許ないだろう?』
メッサーグランツで的確にマリカたちを襲ってくるピレスロイドを撃ち落とす。その光景に、ゾーラだけでなく彼女と同じ思いを抱いているブリッジの面々も何も言えなくなってしまった。
ルーキーたちも対空砲火を頑張ってくれているが、何せ相手は機械だけあって人間と違って疲労はないし、チョンボもないのである。それを無数に相手にするのは確かに大変なことであった。そして、アウローラの防衛に回ってるのがヴィヴィアンとナオミ以外はルーキーたちというのも不安点であるのも否めなかった。
それを考えれば、シュバルツがアウローラの防衛に回ってくれるのは非常に大きい。が、だからこそその戦力を前線に投入したくもある。
(ッ! 参ったね…)
どっちつかずのジレンマに陥り、ゾーラが判断に窮した。どちらにシュバルツを割り振るにしても判断は早いに越したことはない。が、未だその判断を下せないでいる。
表面には出さないものの、内心では脂汗をダラダラ書きながら逡巡しているゾーラを救ったのは、意外にもシュバルツ本人だった。
『何、心配はいらん』
「え?」
知らず知らず俯き加減になっていたゾーラが思わず顔を上げた。
『あいつらだけでなんとかできればそれでよし。だが、それが無理な場合、いざとなれば私も出る』
「本当だね?」
ゾーラが念を押した。
『見殺しにはできんからな』
「わかった」
言質を取ったゾーラが内心でホッとしながら頷いた。
「それじゃあそれまでは、力を貸してもらうよ!」
『承知!』
そこで通信は切れる。
「…恐らく、これが最後の戦いになるだろう」
コックピットの中、相変わらず凄まじい勢いでピレスロイドを撃墜しながらシュバルツは呟いた。
「ならば、出し惜しみするわけにはいくまい」
そうして、目線をチラッとある方向へ向ける。その先には、この地に墜ちてからいつの間にか実装されていた三大理論のあのゲージがあった。それはいつも通り、全部が33%ずつの値を示している。
「出し惜しみは…なしだ」
戦闘をこなしながら、シュバルツはその数値を変えていく。自己再生、自己増殖には20%ずつ割り振り、そして、これまで戒めていた自己進化へ三大理論の機能の残り全部、60%を割り振ったのだった。自己進化に全振りしなかったのは自己再生と自己増殖をおろそかにはできないことと、何よりそうした場合の予想不可能な化学変化を恐れたからだ。とは言え、
(私にとっても、大博打だな)
素直にシュバルツはそう思っていた。真なる地球での調査で、この機体がアルティメットガンダムであることは立証している。とはいえ、一度はデビルガンダムと化した機体なのだ。この采配によってそれが再び目覚めてしまうという可能性もないとは言えない。だがそれでも
(だがそれでも…)
後は自分の調査結果と、自分と両親で造り上げたこの機体のことを信じるしかあるまい。シュバルツはそう考えて戦闘を継続した。そして、自己進化に三大理論の機能の過半数を割り振られたガンダムシュピーゲルの瞳は、不気味に赤く光ったのだった。
「いつの間にあんなものを…」
エンブリヲが不思議そうに呟いた。先ほどアウローラから放たれたN式冷線破壊砲に対する感想である。以前はこの兵装がなかったのだろう。
とはいえ、エンブリヲは別段取り乱す様子もなく、悠然と佇んでいた。と、
『エンブリヲ君、来た』
「ん?」
クリスからの通信を受け取って顔を上げると、編隊を組んで突っ込んでくる、アンジュ以下7機のパラメイルの姿があった。
「諸君、迎撃を」
『イエス、マスター!』
エンブリヲの指示に従い、まずはイルマとターニャが出る。続けてクリス。そして、
「サリア、わかっているね?」
最後に残った傍らのサリアに念を押すようにエンブリヲが話しかけた。
『はい…』
通信でそう答えたサリアだったが、その口調と表情は確固たる意志が感じられた。その意志が何なのか…。それは、すぐにわかることである。
そうこうしているうちに、最初に出たターニャとイルマは接敵する。彼女たちに当たるのは、ナーガとカナメの二人だった。
『姫様はアウラを!』
ターニャとイルマを牽制しながら、二人はサラへと通信を入れる。
「ええ」
二人の意思を汲んだサラは頷くと、そのまま先ほど開いたメインシャフトへと機体を滑らせた。一方、市街地を低空で飛ぶヒルダとロザリーの上空から、ビーム砲が彼女たちの飛行しているすぐ脇に着弾する。
『!』
射線を見上げると、そこには降下してくる一機のラグナメイルがあった。
「あんたたち、また来たの?」
搭乗しているのはやはりと言うべきかクリスであった。フライトモードからアサルトモードへと変形すると、ヒルダとロザリーに向けてライフルを発射する。
「クリス!」
こちらもフライトモードからアサルトモードに変形し、ロザリーがクリスに斬りかかった。クリスもブレードを出してそれを受け止める。
「へえ…やる気になったんだ、ロザリー」
自分に斬りかかってきたロザリーの姿に、クリスが皮肉気な笑みを浮かべた。
「ああ、今のお前には何言ったって無駄だ。だったら…」
「だったら?」
「力づくで連れ帰る!」
そして至近距離からライフルを発射するものの、見透かされていたのかクリスを捉えることは出来なかった。
「やってみなよ。…やれるもんならね!」
「くうっ!」
パワーで押し切られ、ロザリーは吹っ飛ばされた。
「ロザリー!」
ヒルダが援護に入ってライフルを撃つ。そうしてここでまた一つの戦いが始まったのだった。そして要であるアンジュは
「お帰り、アンジュ」
サラと同じくメインシャフトへ向かうアンジュとタスクの進路上にエンブリヲが現れて行く手を遮る。
『!』
アンジュとタスクがその姿に息を飲んだ。
「やはり私たちは、再会する運命だったんだ」
「エンブリヲ…」
アンジュの表情が憎々しげに歪んだ。それほど嫌悪、憎悪しているのだから仕方ないのだが。と、タスクがパラメイルをフライトモードからアサルトモードへと 変形させる。
「行け、アンジュ! アウラの許へ!」
そして、先に進むように促した。自身はそのままエンブリヲへと突っ込む。
「わかったわ!」
了解したアンジュは軌道を離れ、サラと同じようにメインシャフトへと向かった。必然的にその空域で残されることになったエンブリヲとタスクが拳を交えることになる。
激しく位置を入れ替えながらタスクがライフルで牽制し、そしてブレードで斬りかかった。
「ほぉ、生きていたのか」
タスクの攻勢に、エンブリヲが楽しそうに笑みを見せる。
「アンジュの騎士は不死身だ!」
「ふふふ、実際は彼に助けられたのだろう? 良くそんな大口が叩けるものだ」
「ッ!」
安い挑発に乗りそうだったところだが何とか自分を戒め、タスクは冷静にエンブリヲとの交戦を続けた。その間、アンジュはメインシャフトに向かって飛行を続け、そしてようやくサラを視界にとらえるまでの距離に近づいたのだった。
「サラ子!」
その姿を見つけて急いで合流しようとするも、突然の上空からの砲撃に進路を阻まれる。その砲撃を仕掛けてきたのは、勿論サリアだった。
サリアはそのまま一度降下していくと、アサルトモードに変形しつつ浮上し、アンジュの前に立ちはだかった。
「待ってたわよ、アンジュ」
「サリア…!」
二機はそうするのが当然であるかのように斬り結ぶ。二人の間に火花が散り、アンジュが唇を噛んだ。
各機がそれぞれ新しい展開を見せる中、アウローラでも必死の攻防が続いていた。護衛機はシュバルツ、ヴィヴィアン、ナオミ、メアリー、マリカ、ノンナと、本来辿るべきであった歴史に比べて三機多い。そのため、アウローラ本艦にはまだ目立った被弾個所は見受けられなかった。
中でも、当然と言うべきか流石というべきかシュバルツの獅子奮迅ぶりは群を抜いていた。自身も数多くのピレスロイドを落としながら他機への護衛も的確にこなすのだから流石である。特に、三人のルーキーへの支援は見事としかいうことがなかった。
「! ノンナ、後ろ!」
「えっ!?」
メアリーから入った通信によってノンナが振り返ったときには、迫ってきていたピレスロイドにはメッサーグランツが刺さっており、炎上を起こしていた。
『大丈夫か?』
そして、彼女を慮るようにシュバルツから通信が入る。
「はい!」
「助かりました!」
「ありがとうございます、お兄様!」
『お、おに…ま、まあいい』
お兄様と呼ばれて思わずコックピット内でずっこけそうになったシュバルツだが、今はそんな状況ではないことを思い出して通信を続ける。
『今のうちに交代で補給と、応急の修理に回れ! まだ敵は来るぞ!』
『はい!』
継戦しながら続けていた三人への通信を切ると、今度はヴィヴィアンとナオミへと通信を開いた。
「ナオミ、ヴィヴィアン、聞いていたか?」
『はいな』
『うん』
ピレスロイドを落としながら通信に応えるヴィヴィアンとナオミ。流石にこの二人はルーキー三人より余裕があるため、通信しながらもその手が鈍ることはなかった。
「ならば話が早い。お前たちも、あの三人が戻ったら交代で補給と修理に回れ」
『おっけ。あ、でもさ』
何かに気付いたヴィヴィアンが声を上げた。
「ん?」
『シュバルツはどうすんの? シュバルツだって、補給はしなきゃまずいでしょ?』
『そうだね。パッと見では碌に被弾してないのは流石だけど、それでも補給はしなきゃね?』
二人が至極もっともな質問を続ける。被弾しなければ確かに修理は必要ないが、消耗品である以上弾薬にもエネルギーにも限りがある。それは、補給でしか補えないのは自明の理だから二人の質問は正しい。…そう、普通ならば。
「心配はいらん」
それがわかっているからこそ、シュバルツはそう答えたのだった。
『えー? でもさぁ…』
ヴィヴィアンの表情が曇った。シュバルツの技量の高さは重々承知しているが、それでもないものはどうしようもないからだ。気合や根性で弾薬やエネルギーがどうこうできるわけではない。ナオミもそれがわかっているこらこそ、同じように心配げな表情でピレスロイドに対応していた。
その二人の不安を払拭させるために、シュバルツは更に通信を続ける。と言っても、今から話す内容はそれでもあまり人には聞かれたくないため、秘匿回線での通信に切り替えたが。
「恐らくこの戦いが最後になるから種を明かすが、この機体には基本補給も修理も必要ないのだ。だから、心配はいらん」
『へ!?』
『嘘!?』
その内容にヴィヴィアンとナオミが思わず固まってしまう。補給も修理も必要ない機動兵器など、ありえないからだ。とは言え、じゃあシュバルツが、それもこんな局面で嘘や冗談を言うかというとそんなことも考えられない。二つのありえない、考えられないことのどちらを信じるか。二人の天秤の針はシュバルツへと傾いたのだった。そこを、シュバルツが更に畳みかけた。
「どういうことか気になるのなら、後でいくらでも教えてやる。だから今は、お前たちは私に構わず機を見て補給と修理に回れ」
『わかった』
『シュバルツがそう言うんなら』
『でも、後でちゃんと教えてね?』
『信じて…いいんだよね?』
「ああ」
二人の問いかけにいつものように答える。その、いつもと変わらない態度にようやく安心と納得したのか、二人は通信を閉じて戦闘に本格的に戻った。
「さて…」
アイアンネット、メッサーグランツ、ブレード・レーザーをフルに駆使しながらピレスロイドを墜としつつ、シュバルツが呟いた。
「奴らに種を明かすためにも、私自身も生き残らねばな」
改めてそう気合を入れる。こんな機械に後れを取る程未熟ではないが、その後ろにいる者…今アンジュたちが対峙している神様になると話が別だ。どんな隠し玉を持っているかわからないから、用心に用心を重ねなければ。
そう考えながら、シュバルツは相変わらず凄まじい勢いでピレスロイドを墜としていく。そしてシュピーゲルは、その主の想いを汲むかのように瞳を赤く明滅させたのだった。
ルーキー三人とナオミとヴィヴィアン、そして何よりシュバルツの獅子奮迅の活躍によりほとんど被害のないアウローラでは、おかげで補給や修理も順調に進んでいた。まずは三人の中で一番消耗の激しかったノンナの機体が格納庫に着艦する。
「補給と修理、急げ!」
メイの号令によって整備班がすぐに補給と修理に取り掛かった。流れるような段取りで整備班が補給と修理を進めていく。と、不意に格納庫のドアが開いた。
「! ジル!」
『えっ!?』
姿を現したその人物にメイは驚き、整備班やノンナはその名前に驚いた。皆の振り返った先にいたのは、パイロットスーツに身を包んだジルの姿だった。
「すまなかったな、腑抜けた姿を見せて」
『ジル!』
メイと、そして自室に姿が見えなかったことで探していたマギーがその姿に驚いていた。
「行ってくるよ。私たちのリベルタスを終わらせに」
表情を引き締め、ジルはエルシャが乗ってきたラグナメイル・レイジアへと足を進めた。その途上
「司令…」
補給と修理のために戻ってきていたノンナがジルに近寄った。
「よく…頑張ってくれたな」
引き締めた表情を一瞬だけ崩すと、ジルはその頭を撫でた。そしてゆっくりと手を離すと、また表情を引き締め直して、エルシャが投降するときに乗ってきたラグナメイル、レイジアに跨った。
『ゾーラ、発進デッキを開け』
そして、ブリッジにいるゾーラへと通信を入れる。
「司令!」
その姿、そして何をしようとしているかわかったその状況にゾーラは驚きを隠せなかった。
『バカ者、今の司令はお前だろうが』
仕方のない奴だという表情で、たしなめるようにジルがそう言った。
「す、すみません。それより、その姿は?」
『見ての通りさ』
「行くのかい?」
舵を操りながら、ゾーラの傍らにいたジャスミンが尋ねた。
『ああ』
短い返答だが、力強く、そして迷いはなかった。ジルはそのまま、自身の指にアンジュと同じく自身の指輪を通す。
「デッキを開きな」
「イエス、マム!」
ゾーラの指示にパメラが従った。アウローラの発進デッキが開き、発進の準備が着々と進行する。
「御武運を」
『お前もな。帰る場所は失くさないでくれよ』
「はい」
強い意志を秘めたゾーラの返答に満足そうに頷くと、ジルは通信を切った。銃弾が飛び交う曇天が姿を現す。と、
「私は、あんたを許しちゃいない!」
マギーが近づいてきてジルに声をかける。
「だから、帰ってきたらちゃんと愚痴に付き合いな」
ジルが穏やかな表情で頷いた。そして、
「アレクトラ、出撃する!」
ジルは一介のメイルライダーとして空へと舞い上がったのだった。戦場へと身を躍らせたジルは両手にライフルを持つと、自機を回転させながらライフルを乱射してピレスロイドを墜としていく。そして、周囲の制空が確保できたところでフライトモードに変形すると、一気に前線へ向けて飛び立ったのだった。
「司令、スゲー!」
「ふわー、無駄のない動き…」
その鮮やかな手並みにヴィヴィアンとナオミは感嘆し、
「行ったのか…」
シュバルツは複雑な表情でその後ろ姿を見送ったのだった。そのジルが目指す前線では、アンジュとサリアが今も激しく一進一退の攻防を繰り返していた。
「急いでるのよこっちは!」
鍔迫り合いながらもイラつきを隠せないアンジュ。対照的に、
「ねえアンジュ、新しい世界って、どんなところだと思う?」
サリアは不気味なほど落ち着いていた。
「はぁ!?」
質問の意図がわからず怪訝な表情になりながら距離を取る。と、
「貴方がいない世界よ!」
感情を爆発させた。やはり、鬱屈した思いがサリアの内面に鬱積していたのだろう。
「みっともない台詞! あんな変態、熨斗つけてくれてやるわよ!」
「何ですって!?」
激昂するサリア。こうなると二人とも口が減らないだけに手に負えない。
「あんな口先だけの変態に入れ込んじゃって! おまけにそんないじけたこと言って恥ずかしくないの!? シュバルツに聞かせてやりたいわ!」
「っ! あんたに何がわかるのよ!」
「わかんないし、わかりたくもないわよ! 今のみっともないあんたのことなんて!」
「殺す!」
「やってみなさい!」
売り言葉に買い言葉状態で二人の戦いは激しさを増す。そんな中、皇城の暗い廊下に一人放り出されたシルヴィアは何をするでもなくただ泣いていた。
「エンブリヲ…おじ様…」
助けを求めその名を呟く。が、その本人は戦場にいるので来るわけはなかった。そもそも、シルヴィアのことが脳内の片隅にでもあるかどうかさえ怪しいが。と、
「いたぞ! シルヴィア皇女だ!」
誰かが自分を呼ぶ声がしてその方向に首を向けた。そこには、手に手に銃火器をもってこちらに向かってくる数人の民衆の姿があった。
「シルヴィア様、俺たちを助けてください!」
開口一番、一人がそう叫んだ。そしてそれを皮切りに、他の連中も次々に口を開く。
「ここにはシェルターとか脱出艇があるんでしょう!?」
「行政府からは、何の警報もなかったんだぞ!」
「知りません、そんなこと!」
シルヴィアは素直に答えるが、暴徒の一歩手前の状態の民衆がそれで納得するわけがない。
「皇室は何で手を打たなかったの!?」
「何とかしてくださいよ!」
「私は何も悪くありません! こっちへ来ないで!」
恐怖に引きつりながら腕をかざして顔を背ける。と、その場所にパラメイルが突っ込んできた。突然の予期せぬ出来事にシルヴィアと民衆が思わず悲鳴を上げる。
「くっ、サリアの癖に…」
土煙が晴れたそこには、ヴィルキスに跨っているアンジュの姿があった。
「お姉さま!?」
予想外の人物の出現にシルヴィアが声を上げた。
「シルヴィア?」
アンジュの側としてもまさか妹と鉢合わせになるとは思っていなかったのだろう。少し戸惑いの表情を見せた。と、
「アンジュリーゼだ」
その場の民衆の矛先がシルヴィアからアンジュへ向かう。
「私たちを助けてくれ!」
「そ、そうだ! 俺たちを連れて行ってくれ!」
「助ける? 私が? どうして?」
嫌悪感を隠そうともせずに、アンジュがそう吐き捨てる。これまでの仕打ちを考えれば当然のことなのだが、この期に及んでも民衆たちはまだそれを理解していないようだった。
「民を助けるのが皇室の使命でしょう!?」
「お前たちノーマの仕業だな、こうなったのも!」
「俺たちが死んでもいいっていうのか!」
「ええ」
猛る民衆とは対照的に、アンジュはどこまでも冷めた口調で突き放す。その答えに一瞬だけ停止した民衆だったが、すぐに、
「何だと!?」
激昂した一人が銃を構えようとした。が、それより早く銃声が鳴り響き、その頭を弾丸が撃ち抜いた。銃弾を浴びたその民衆は当然のごとくその場で息絶える。
「構わないわ。全然」
アンジュの冷めた口調、並びに目の前で実際に一人殺されたことによって他の民衆たちは恐慌状態に陥り、悲鳴をあげながら我先にと逃げ出したのだった。
「都合のいいブタども。だからエンブリヲなんかに管理されるのよ」
再び吐き捨てると、その場に唯一残っているシルヴィアに視線を向けた。
「ヒッ!」
目の前で人が殺されるところを見てしまったシルヴィアは身体を震わせ、そして失禁してしまう。股間から周囲に液体が広まっていった。
「貴方もとっとと逃げるのね」
実の妹相手でも、先ほどの民衆に向けるのと変わらない冷めた口調で突き放す。罠にハメられて殺されかけたのだから当然と言えば当然なのだが。
「私が歩けないのはご存知でしょう!? 歩けなくしたのは、貴方なのですから!」
しかしシルヴィアも言い返す。相手が実の姉だからというのもあるかもしれない。だがシルヴィアにとって誤算だったのは、今彼女の目の前にいる姉は、そんなことを考慮に入れて躊躇するような人物ではなくなったことだった。シルヴィアが言い終わるのとほぼ同時に、彼女のすぐ脇に発砲する。
「ひゃあっ!」
恐怖にその場に倒れこむシルヴィア。
「甘ったれてるんじゃないわよ!」
その態度が余計に苛立たしかったのか、アンジュが激昂しながらシルヴィアを糾弾する。
「何でもかんでも人のせいにして! 宮廷医師が言ってたわ。貴方の怪我、完全に治ってるって」
「えぇ…?」
そのことに関しては初耳だったのか、アンジュを仰ぎ見ながらシルヴィアが驚いたような声を上げた。
「貴方は、自分で立とうとしないから立てないだけ」
「助けて! 助けてください! 私は、貴方の妹なんですよ!?」
都合よく助けを求めるシルヴィア。が、それをアンジュが受け入れるわけもない。倒れ伏すシルヴィアのすぐ側にまた銃弾が撃ち込まれる。
「…死ななきゃ治らないのかしら、その腐った性根は!」
苛立たし気に顔を歪めてアンジュは再び銃のトリガーに手を掛けた。その行動に、身の危険を感じたシルヴィアが顔を引きつらせながら匍匐前進をする。そして、
「い、いや! いやーっ!」
立ち上がり走り出した。それはもう、一心不乱に鬼気迫る形相で。その姿を見たアンジュは、先ほどまでの形相を一変させて表情を緩める。
「戦いなさい! 一人で生きていくために…」
「えっ?」
その言葉に思わず立ち止まり、シルヴィアは自分の足元を見る。そこには、地にしっかりと立っている自分の足があった。そして振り返ると、アンジュがヴィルキスを後退させていた。
「もう会うことはないわ。さようなら、たった一人の私の妹…」
少しだけ…本当に少しだけ微笑みながらアンジュはそのままその場を後にした。そして、
「お姉さま…」
姉との別れを悲しんでか、最後の心遣いに感謝してかはわからないが、シルヴィアは一人その場に立ち尽くして涙したのだった。
脱出したアンジュはヴィルキスを空高く舞い上がらせる。そこには、サリアが仁王立ちで待ち構えていた。
「随分遅かったじゃない、アンジュ」
サリアが挑発する。
「野暮用を片付けてただけよ」
アンジュもそれに応えた。
「じゃあ…心置きなく死ねるわね!」
サリアが瞬時に鬼の形相になるとヴィルキスに突っ込んでブレードを振り下ろした。が、それを受け止めたのはアンジュのヴィルキスではなかった。一機のラグナメイルが突如として戦場に割り込んできたのだ。
『!』
突如現れたその機体にサリアとアンジュは息を飲む。特にサリアは、自分の乗っているラグナメイルと同じ機体だっただけに驚きも一入だった。そしてその機体のコックピットが開き、操縦者が姿を現す。
「エンブリヲの騎士というから、どれほど強くなったかと思ったが…。期待外れだな、サリア」
姿を現したのは、パイロットスーツに身を包んだジルだった。
「ジル…」
予想してたとは言え、やはりその姿に驚くアンジュ。ジルはそんなアンジュに一瞬だけ振り返ってクスッと含み笑いを浮かべ、すぐさま正面に視線を戻す。
「久しぶりだな、サリア」
そして、真正面のサリアに話しかけたのだった。
「…何しに来たの? 今更」
同じようにコックピットを開けたサリアが感情のこもってない口調でそう答えた。
「会いにきたのさ。昔の男に」
「!」
まさかそんな返答が返ってくるとは思わなかったサリアが息を飲む。
「聞いてないのか? 私がエンブリヲの愛人だったと」
その話の内容にどう反応していいかわからず立ち尽くすサリア。が、
「さ、どいてくれるかい?」
重ねてそう促され、すぐに己を取り戻した。憎々しげな眼でキッとジルを睨む。
「貴方の言葉は、もう信じないわ! 私はエンブリヲ様の騎士! ダイヤモンドローズ騎士団の団長、サリアよ! あの方の許へは行かせない!」
「…だそうだ、アンジュ」
サリアの口上を聞き終えたジルが口を開く。
「はぁ?」
意味がわからず、アンジュが首を傾げた。
「アウラの許へは、行っていいらしい」
「! じゃあ、遠慮なく」
不敵な笑みを浮かべると、アンジュは機体を反転させてその場から離脱し始めた。
「待ちなさい、アンジュ!」
戦線を離脱したアンジュに向かってライフルの狙いを定めるサリア。そのサリアに、ジルがライフルの狙いを定めた。
「私の相手をしてくれるんだろう?」
「邪魔をするなら、斬るわ!」
「ほぉ…やってみろ!」
挑発に乗った…かどうかはわからないが、ジルの望み通りサリアが斬りかかってくる。が、ジルは平然とその刃を受け止めた。
戦いは、続く。先が見えぬ、しかし負けられない戦いは続いていく。そんな中、ガンダムシュピーゲルは不気味に両目を明滅させながら胎動を繰り返していた。
主の意思を汲み取るかのように…。