機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

本当なら今回から最終決戦の予定だったのですが、急遽幕間回を入れさせていただきました。内容的にはタイトル通り、最終決戦直前の兄さんたちとアルゼナルの面々の最後の交流ですね。

本編の時系列的にはこんな暇はなかったと思いますが、そこは二次創作ということでご容赦を。(笑)
また、最終決戦を楽しみにしていた方たちも肩透かしになってしまって申し訳ありません。

次回からは本当に最終決戦に入りますので、それまでは今回のこちらでご容赦ください。

では、どうぞ。


NO.58 幕間 アルゼナルの新たな日常その4 兄さんと彼女たちの決戦前夜

最終決戦目前。アンジュたちと、そして何よりシュバルツが合流したことでアウローラの士気は俄然上がっていた。

と言っても、事情を知らない隊員たちはシュバルツが少しの間アウローラから姿を消していたなどとは思ってもいないからそう士気は変わらない。その事実を知っていて、士気が上がったのは極々限られた人数だった。

そしてその限られた面々は、最終決戦を目の前にしてそれぞれシュバルツとの時間を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

ブリッジ。

最終決戦を目の前にして、パメラ・オリビエ・ヒカルの三人はシステムの最終調整に余念がない。と、ドアが音を立てて開き、中に誰かが入ってくる。

 

「待たせたな」

 

掛けられたその声に、三人は目を輝かせて振り返った。そこには手にバスケットを持ったシュバルツの姿があった。

 

「わぁ♪」

「来た来た♪」

「待ってたよ♪」

「の、ようだな」

 

顔を輝かせて振り向いた三人に苦笑しながらシュバルツはそのまま三人の許へと歩み寄る。そして、三人の目の前にそのバスケットを置いてその中身を見せた。

 

『はあぁ…』

 

そこに並ぶ、サンドイッチや玉子焼き、唐揚げやおにぎりといった軽食を目にした三人が一層目を輝かせた。その様子にシュバルツは更に苦笑しながら水筒を取り出すと、紙コップにお茶を注ぐ。

 

「さて、ご要望のものだ。好きに味わえ」

「言われなくても♪」

「うん!」

「いただきまーす!」

 

三人はそれぞれシュバルツからお茶を受けとると、すぐにバスケットの中身に手を伸ばした。余程お腹が減っていたのか、それとも美味しいのか、あるいはその両方かはわからないが凄い量で用意した軽食が減っていく。その様子に、シュバルツは三度苦笑するしかなかった。

三人はナオミが白状したときに医務室にこそいなかったが、その職務上シュバルツが少しの間アウローラからいなくなっていたことを知らされていた。

真なる地球から復帰したときに、もう何処にも行かないと言っていたのに嘘をつかれたことにショックを受け、戻ってきたら戻ってきたでエルシャとのキスシーンを見せつけられたことに憤慨し、謝罪と賠償を求めたのである。で、謝罪の後に求めた賠償というのが、シュバルツのお手製のご飯だったのだ。

この件に関してはシュバルツは全面的に非を認めていたため、彼女たちの要望通りちょっとした軽食を作って、今振舞っているというわけである。

 

(それにしても…)

 

おしゃべりしながらも、結構な速さで料理を胃に運んでいく三人の様子に、シュバルツは内心で辟易していた。

 

(余程空腹だったのか?)

 

そんなことを思いながら自分もお茶を飲む。そうこうしている間にシュバルツが用意した料理は綺麗サッパリ三人の胃袋の中に入っていったのであった。

 

「ふぅ…」

「ごちそうさま…」

「美味しかったー♪」

「それは何よりだ」

 

満足そうな三人の表情に、内心では少々呆れながらもこれだけ綺麗に食い尽くしてくれたら作った甲斐があるなとシュバルツは満足していた。と、食後のお茶を嗜みながらパメラが口を開く。

 

「また作ってくれる?」

「構わんが…すぐには無理だぞ?」

「そんなこと言いません」

 

シュバルツの返答に、パメラが頬を膨らませた。だがすぐに表情を緩めるとニコッと笑う。

 

「全部が終わった後、またシュバルツの料理が食べたいの。ダメ?」

「いや…」

 

シュバルツが首を左右に振った。

 

「そんなことはない」

「そう? ありがと。でも、そのためには乗り越えなきゃいけないことがあるよね」

「この後の戦いだな?」

「うん。それをお互い生き延びなきゃ…ね。だから」

 

パメラ・オリビエ・ヒカルの三人がそれぞれ右手を軽く握ると小指を立てた。そして、その立てた小指をシュバルツへと向ける。

 

「約束、して? 絶対に生きて戻ってくるって」

「……」

 

三人が自分に向けてくる真剣な、それでいて縋るような視線に気圧され、シュバルツは思わず黙ってしまう。が、それが彼女たちの不安に拍車をかけたのだろう。自分たちの想いに答えてくれないシュバルツに、三人の瞳が潤んだ。

 

「ね、お願い…」

「これっきりなんて、許さないんだから」

「戻ってきて…くれるよね?」

 

パメラ・オリビエ・ヒカルの訴えに、シュバルツは三人の顔をもう一度見渡す。ここで否定的なことを言うことなどできず、シュバルツは三人と同じように右手を軽く握ると小指を立てたのだった。

 

「わかった」

 

頷くと、次々に三人と指切りを交わす。絡めた指の温もりと、そして力強くそう言ってくれたことに安心し、三人は表情を緩めてホッと息を吐いた。

 

「ありがと」

 

三人を代表してヒカルがお礼を言った。

 

「いや、この程度のこと、礼を言われるほどでもない」

「ふふっ…」

 

普段と変わらぬ物言いに、オリビエが思わず笑みを漏らした。

 

「では、私はこれで。あまりお前たちの邪魔をしても悪いのでな」

「邪魔だなんて…」

「そんなことないのに」

「そうだよ。もう少しゆっくりしていけば?」

「そうしたいのは山々だがな」

 

シュバルツがまた苦笑を漏らした。

 

「他の連中の様子も見ておきたいのでな。どうも、無断で出張ったことを未だに面白く思っていない連中が多いのでな」

 

お前たちだってそうだろう? そう続けたシュバルツに、三人はバツが悪そうに笑った。

 

「そういうことだ」

 

それだけ言い残すと、シュバルツはバスケットを持ってブリッジを出て行ったのだった。その後ろ姿を見送った三人は、シュバルツの姿がドアの向こうに消えると、それまでの快活な表情から少し沈んだものになったのだった。

この戦いに生き残れるかどうか…それは何もシュバルツだけに限ったことではない。こっちだって同じことなのだ。

いや寧ろ、卓越した技量・実力を持つシュバルツより、アウローラが生き残るほうが難しいかもしれない。それがわかるからこそ、沈んだ表情になったのだった。だが、

 

「生き延びなくちゃね、私たちも」

「うん」

「こっちから約束押し付けておいて、その約束を守れませんでしたじゃ、お話にならないもんね」

「そ。だから今は、そのために頑張ろ?」

「うん!」

「勿論!」

 

そうして三人は表情を戻すと、最終調整の続きへと再び取り掛かる。

不安はある。だからこそその不安を消すため、三人は行動するしかなかった。全ては生き残るため、そして、生き残って帰ってきてもらうため。

 

 

 

 

 

格納庫。今もメイは小さな体で頑張っている。こちらも最終決戦に向けて、機体の調整に余念はなかった。と、

 

「ひゃあっ!」

 

突然素っ頓狂な声を上げてメイが腰を抜かしてしまった。何事かと思った整備班の班員たちがメイに視線を向ける。と、その当事者はいつの間にか自分の側に立っていた人物を見上げていた。

 

「シュバルツぅ…」

 

その人物、シュバルツにメイは恨みがましい視線を向けた。

 

「すまんすまん」

 

軽く咽喉の奥で笑いながら、シュバルツは尻餅を着いたメイに手を差し出した。

 

「すまんすまんじゃないよ、全く…」

 

ブツブツ文句を言いながらメイはシュバルツの手を取る。

 

「そう怒るな」

「怒るよ!」

 

引っ張って起こしたメイは余程ご機嫌斜めなのか頬を膨らませながらシュバルツを睨んだのだった。

 

「悪かったな。お前があまりにも真剣だったのでな、つい…な?」

「もう…」

「機嫌を直してくれ」

「むぅ…」

 

そこまで言われてはこれ以上何も言えず、代わりにメイはシュバルツが差し出したもの…良く冷えた一本のお茶を分捕るように奪った。先ほど、そのよく冷えたお茶をいきなり頬に押し当てられ、そのために悲鳴を上げて床にへたり込んでしまったのだ。それがつまり、このやり取りの原因であった。

 

「頑張っているな」

「まあね♪」

 

口元を拭うと、ふーっとメイが一息吐いた。その表情も心なしか明るい。それに気が付いている班員たちは二人に気づかれないようにクスクスと笑いながら、遠巻きに温かい目でメイを見つつ作業を続けた。

 

「どうだ? 出撃までに終わりそうか?」

 

シュバルツが進捗状況を見ながらメイに尋ねた。

 

「終わるよ。ううん、違うね。終わらせるよ」

 

メイがそう自信を持って答える。

 

「最後の出撃に、整備不良のため出られませんなんて真似、整備班の誇りが許さないもん」

「そうか」

 

いつもと変わらないメイの様子に、シュバルツは一安心した。と、不意にメイが身体を寄せて寄りかかってくる。

 

「? メイ?」

「んふふー…」

 

不思議に思ったシュバルツがメイを覗き込むと、メイは実に満足げな表情でシュバルツにその身を預けていた。

 

「どうした?」

 

シュバルツが尋ねる。

 

「んー? 特に理由はないんだけど、なんかこうしたくなっちゃってさ。もしかして迷惑?」

「いや、そんなことはない」

「じゃあ、もう暫くこうしててもいいよね♪」

(まるで猫だな)

 

えへへと笑顔を見せるメイに、シュバルツはそんな感想を抱いた。そして自然と手がその肩を掴み、少し強く抱き寄せる。

 

「え?」

 

まさかそんな行動をとられるとは思わず、メイが驚いて自分の肩に置かれた手を見て、その後にシュバルツを見上げた。

 

「すまん、つい…。嫌だったか?」

「…ううん、そんなことないから」

「そうか」

 

メイの許しが出てホッとしたような表情をシュバルツが見せた。

 

(温かいな…)

 

自分の肩に置かれた手と、そして寄せた身から感じる温もりに、メイは今まで感じたことのない安らぎを感じていた。

 

(ずっと、こんな時間が続けばいいのに…)

 

記憶に今も残る姉のそれとはまた違う心地よい温もり。それを感じながら、頭に浮かんできたのはゾーラやヒルダ、エルシャといったシュバルツに想いを寄せている面々だった。

 

(…わかってるんだ。今の私にはこの人の横には立てないって。この人がそんな対象として私を見ていないっていうのも)

 

それを言ってしまえば、ゾーラたちだって恋愛対象という目線で見られているかどうかは怪しいところである。鈍感…と言うのとは少し違う、言ってみれば無意識に一線を引いているという感じかもしれない。

それでも、そういう関係になれるかもしれない彼女たちとは違い、今のメイにはそういった対象で見られていないのは他ならぬ自分がよくわかっていた。それでも…

 

(…それでも、今だけは独占してもいいよね)

 

ぎゅっとシュバルツのコートを握り締め、メイは時間の許す限りその心地よい温もりに身を任せていたのだった。

 

 

 

 

 

「ミスター」

 

格納庫を後にし、廊下を歩いていたシュバルツは不意にとある部屋から出てきたエルシャに呼び止められた。

 

「エルシャ」

「見回りですか?」

「そんな大層なものではないさ。ただの気晴らしだ」

「ふふっ」

 

エルシャが微笑む。その姿に、

 

「良かった」

 

思わずシュバルツがそう呟いていた。

 

「え?」

「その顔が、以前と変わらないものに見えるのでな。エンブリヲのところにいた時のお前が偽物とか無理していたと言うわけではないが、どうしても違和感が否めなかったのでな」

「あの時のことは…本当に会わせる顔がありません」

 

エルシャが沈んだ表情になる。

 

「言うな。戻ってきてくれたんだ、それだけで十分」

「ありがとう。でも、まだサリアちゃんたちが向こうに…」

「それは…どうにかするさ。どうにかした結果、望まない結末を迎えるかもしれんが、それでもお前が戻ってきた以上、奴らも戻ってくる余地はある」

「……」

 

“そうですね”とも“だといいんですけど”とも返答が出来かね、エルシャは口を噤んだ。

 

「ところで、子供たちはどうした?」

 

エルシャが一人でいることに訝しんだシュバルツが尋ねた。感動の再会を果たした後なのだから、当然子供たちと一緒にいるとおもったのだが、予想に反して一人でいることにシュバルツが疑問に思うのも無理からぬことだろう。と、

 

「ふふっ♪」

 

楽しそうに微笑むと、シュバルツをちょいちょいと手招きする。そして、今出てきた部屋のドアを開けて中を見せた。

そこには、仲良く枕を並べてぐっすりと眠っている子供たちの姿があった。

 

「はしゃぎすぎたみたいです。さっきまで五月蠅かったんですけど、今はもうぐっすり」

「そうか」

 

その姿を見てシュバルツは満足そうに頷いた。その無垢な寝顔だけでも、彼女たちを助けるために手を回した甲斐はあったと思わせてくれたからだ。

 

「お前は…元気そうだな」

 

ドアを閉めたエルシャの様子を窺ったシュバルツがそう呟いた。

 

「え?」

 

質問の意味がよくわからず、エルシャが首を傾げる。

 

「あれだけの人数の子どもの相手をするのは大変だろう? 普通ならヘトヘトでもおかしくないのに、そういった様子が見えないのでな」

「ああ、なんだ。そんなことですか」

 

エルシャがニッコリと笑った。

 

「あの子たちを失うことに比べたら、あの子たちの相手をすることなんて大したことじゃないですよ。寧ろ、いくらでもこい! って感じです」

「強いな」

 

やる気満々といった表情で意気込んでいるエルシャに、シュバルツは苦笑する。

 

「まさしく、『母は強し』というわけか」

「えっ!?」

 

思わず言われたその一言に、エルシャはシュバルツもびっくりするほど取り乱した。

 

「っと、失礼。母親というのは少し思慮に欠ける発言だったか」

 

考えるほどのことでもないのだが、エルシャも妙齢の女性なのだ。いくらあの子たちを可愛がっているとはいえ、その母親扱いというのは少し失礼にあたるかと思うのも無理からぬことだった。

だがエルシャは、

 

「い、いえ…」

 

何だか様子がおかしい。怒っている…と言うわけではないのだろうが、頬を赤く染めてモジモジとしながらシュバルツを盗み見ていた。

 

(? 何だ?)

 

どうにも様子の変わったエルシャの態度に掴みどころが見出せず、シュバルツは内心で首を捻るしかなかった。と、

 

「ね、ねえミスター…」

 

エルシャがおずおずと口を開いてきた。

 

「ん?」

 

シュバルツが尋ねる。と、その瞬間、エルシャが先ほどのブリッジの時と同じように首筋に抱き着いてきた。

 

「うおっ!」

 

いきなりの不意打ちに再びシュバルツはまたエルシャを抱きしめる形になった。が、先ほどとは違うのはエルシャはシュバルツに唇を重ねるわけではなく、そのまま耳元に口を寄せてきたことであった。

 

「さっき私が言った、『本気になってもいいかしら』って言葉、覚えてます?」

「あ、ああ」

 

急展開に驚きながらもシュバルツが答えた。

 

「あれ、冗談じゃないですから」

「そうか…」

「それと今、『母は強し』って言ってくれましたよね」

「……」

「私を、母親にしてくれませんか? 勿論、あの子たちのっていう意味じゃなくて、その…」

「! それは…」

 

突然のエルシャの告白に返答に窮するシュバルツだったが、それに答えることは出来なかった。何故なら、直後にすぐにエルシャが離れてしまったからだ。

 

「か、考えておいてくださいね! それじゃあ、私ちょっと行くところがあるので!」

 

そして、そのまま反転して走り出してしまう。その顔は、シュバルツの見間違いでなければ真っ赤に染まっていた。

 

「……」

 

取り残されたシュバルツはその後を追いかけることもできず、暫くの間呆然とその場に立ち尽くしたのだった。

 

 

 

 

 

食堂。

あの後、少ししてから再起動したシュバルツは少し気分を落ち着けようと食堂に来ていた。が、その姿を見つけた隊員たちに料理をせがまれて、シュバルツは久しぶりにアルゼナルの…と言うよりアウローラの厨房に立っていた。アルゼナルの…ではなく、アウローラの厨房という意味ならば初の厨房入りである。

 

「ふぅ…」

 

厨房で料理を作りながら、シュバルツは一つ息を吐いた。

 

「私は料理人ではないのだがな…」

 

そんな、文句とも愚痴ともつかないことを言いながら手は止めないところはもう随分毒されている。それともう一つ、自分の作った料理を美味しそうに食べている隊員の姿も励みになり、シュバルツは無償労働を受け入れていたのであった。と、

 

「あれー?」

 

良く聞き知った声がシュバルツの耳に届いた。顔を上げると、そこには予想通りの人物がこちらを覗き込んでいた。

 

「ヴィヴィアン」

「やっほ、シュバルツ」

 

シュタっと手を挙げたヴィヴィアンに軽く手を挙げてシュバルツも応えた。

 

「ご飯作ってるの?」

「ああ、見ての通りだ。ここにいる連中に拉致られてな」

 

そして、周りの隊員たちを睥睨する。隊員たちはバツが悪そうに笑って誤魔化していたが、誰一人それを否定しないことがシュバルツの言葉の正当性を物語っていた。

 

「そうなんだ」

 

が、ヴィヴィアンは特に気にした様子はない。彼女にとっては、そういった経緯より、美味しいご飯が食べられることの方が遥かに重要だからだ。故に、

 

「んじゃ、あたしにも何か作って!」

 

オーダーすることに躊躇する様子は微塵も見られなかった。

 

「わかったわかった。すぐに持っていくから、大人しく席に座っていろ」

「うん!」

 

満面の笑顔で答えると、トテトテと走りながらヴィヴィアンは手近な席に座った。

 

(あいつはいつも変わらんな)

 

アルゼナルの中で最も態度や行動に変化のないヴィヴィアンの姿を微笑ましく思いながらデザートと共に一品を仕上げると、お茶とサラダを付けてそれをヴィヴィアンの席へと持って行った。

 

「待たせたな」

「わぁ♪」

 

運ばれてきたそれに目を輝かせながら相好を崩す。

 

「美味しそうなオムライス…」

 

ヴィヴィアンはそのままスプーンを手に取ると、

 

「いっただっきまーす!」

 

そう言うのももどかし気に食べ始めた。

 

「ん、まーい!」

「それは何より」

 

素直な感想にシュバルツは苦笑した。そのまま、ガツガツとヴィヴィアンが料理を平らげるのをボーっと見ている。

 

(料理は仕込みも作るのも大変なのだが、まあこういう姿を見られればその苦労も報われるか)

 

素直にそう思った。特に目の前のヴィヴィアンは感情の表現が一番ストレートなため、余計にそう思う。そうこうしてる間に、シュバルツのお手製のオムライスはどんどん減っていく。

 

「野菜もちゃんと食べろ」

「わかってるって!」

 

片目を瞑りながらサムズアップすると、言われた通りヴィヴィアンはサラダにも手を伸ばす。そして程なく、全ての料理は綺麗サッパリなくなってしまった。

 

「ごちそうさま」

 

パンと手を合わせてそう言うと、ヴィヴィアンは食事を終えた。

 

「口に合ったか?」

 

シュバルツが何気なく尋ねる。綺麗サッパリ平らげているのだから聞くまでもないことだが。

 

「うん!」

 

予想通り満面の笑顔でヴィヴィアンが答える。が、その直後、

 

「あ、でも…」

 

ヴィヴィアンにしては珍しく言葉を濁した。

 

「ん?」

「いつもよりは、美味しくなかったかな?」

「? そうなのか?(手は抜いていないはずだが…)」

 

ヴィヴィアンの寸評に腕前が落ちたのかと、内心ショックを受けているシュバルツ。だが、すぐにヴィヴィアンはワタワタと手を振って自分の言ったことを否定した。

 

「あ、違うんだよ! シュバルツの料理はいつも通りとっても美味しかったんだ。でもさ…」

「でも…何だ?」

 

珍しく言葉を濁したヴィヴィアンに気になってシュバルツが尋ねた。

 

「うん、あのね…」

「ああ」

「皆とご飯食べられないから、それがちょっと引っかかってるみたいなんだ…」

「ああ…」

 

そういうことかとシュバルツが納得する。確かに食事というのは料理の味も重要だが、それと同等か場合によってはそれ以上に重要なのが雰囲気なのだ。険悪や緊張した空気の中飯を食べても食った気がしなかったとか、味がしなかったというのが良い見本である。

 

「また…皆とご飯食べられるかなぁ?」

 

ヴィヴィアンが不意に横を向くとそんなことを呟いた。その視線の先には何もないが、在りし日の、賑やかだった頃のアルゼナル…第一中隊のことを思い出しているのは想像に難くなかった。と、

 

「らしくないな」

 

シュバルツがヴィヴィアンの頭にポンと手を乗せる。

 

「え?」

 

振り返ると、ヴィヴィアンが首を傾げてシュバルツを見た。

 

「それを、これから取り戻しに行くのだろう? 始める前から弱気でどうする」

「でも…だってさぁ…」

 

諭されたが、それでもどうにもヴィヴィアンらしくなく煮え切らなかった。今まで表に出すことはなかったが、それだけ苦楽を共にしてきた仲間が寝返ったのがヴィヴィアンにとってはショックだったのだろう。

 

「そんなしょぼくれた顔をするな」

 

だからこそ、シュバルツも少しおどけた感じで諭し続けた。少しでもヴィヴィアンの心が晴れてくれることを願いながら。

 

「けど…」

「自信がないなら、向こうの世界に帰るか?」

「そんなことできないよ。お母さんにそんなこと言えないもん。でも…」

「大丈夫だ」

 

そこで、シュバルツはヴィヴィアンの頭に乗せていた手でポンポンと軽く叩いた後、ゆっくりとその頭を撫でる。

 

(何だろう…落ち着くなぁ…)

 

それをヴィヴィアンはくすぐったそうに、しかし嬉しそうに受け入れたのであった。不思議とシュバルツにこうされると気分が落ち着くのだ。

 

「落ち着いたか?」

「うん」

 

頷いてヴィヴィアンが答えた。

 

「それは結構」

「ありがとね、シュバルツ。あたし、頑張ってみるよ。エルシャだって戻ってきてくれたんだもん、他の皆だって戻ってきてくれるよね」

「ああ。その意気だ」

「うん! それじゃああたし、少し休むね。バイバーイ」

「ああ」

 

トレーを戻して去って行くヴィヴィアンの背中を、シュバルツは見えなくなるまで見送ったのだった。

 

 

 

 

 

「うおっ!」

 

アウローラ艦内で宛がわれた自分の私室の前を通りがかったとき、不意に部屋のドアが開いた。そのことに不思議に思って立ち止まったシュバルツは、いきなり誰かに私室に引きずりこまれたのだった。

 

「っ! 誰だ?」

 

こんな真似をした張本人を確かめるべくその顔を覗き込む。と、

 

「んふふ~♪」

 

満足げな表情でシュバルツの胸にギュッと顔を埋めてきたのはヒルダだった。そして、そのまま背中に手を回すとヒルダはシュバルツをギュッと抱きしめる。

 

「ヒルダ?」

「捕まえたー♪」

 

シュバルツの胸に顔を埋めると、本当に嬉しそうな表情を浮かべてヒルダはシュバルツの胸にスリスリと自分の顔を擦り付けた。

 

「? どうした?」

 

思わずシュバルツが尋ねる。シュバルツの知っている限り、ヒルダはこんな甘えてくるような性格ではなかったからだ。

 

「何だよ、迷惑か?」

 

顔を上げ、少し憮然とした表情になってヒルダが尋ねた。

 

「いや、そう言うわけではないが」

「だったらいいだろ?」

「構わんが…お前らしくないな、こんな真似」

「いいだろ別に。好きな男に甘えて何が悪いんだよ」

(! ストレートに言ってくれるな…)

 

ストレートに想いをぶつけられ、シュバルツは戸惑った。だが、ヒルダは未だにシュバルツにしがみついて離れる気配は微塵も見せない。かと言って、こんな状態の女性を強引に振りほどけるほどシュバルツは無粋でもない。結果、ヒルダの好きにさせることにしたのだった。

 

(…まあ、これでコイツの気が済むのならば安いものか)

 

そう割り切って、ヒルダの好きにさせることにする。と、不意にヒルダはシュバルツを放した。そして、

 

「あそこに腰掛けてくれよ」

 

と、ベッドを指さした。

 

「何故だ?」

「いいから!」

(やれやれ…)

 

大人しく従ってやる義理はないのだが、彼女たちに内緒でエンブリヲのところに行ったことが負い目になっているため、シュバルツは大人しく従うことにした。ヒルダに言われた通りベッドに腰掛ける。

 

「これでいいのか?」

「ん♪」

 

嬉しそうに微笑むと、ヒルダは自身もシュバルツの側にきた。そして先ほどと同じように、そのまま正面から抱きつく。

 

「???」

 

今度は何だと思いながら、シュバルツは取り敢えずヒルダの好きにさせた。と、

 

「ギュッてして」

 

見上げると、ヒルダはシュバルツにそんなことをお願いしてきたのだった。

 

(断ってもいいのだが…)

 

この様子では、断ったところで絶対に納得しないだろうなということを悟ったシュバルツが、ヒルダにわからないように軽く溜め息をついて望み通りその身体をギュッと抱きしめた。

 

「♪♪♪」

 

上機嫌になって満足そうにシュバルツの胸に顔を埋めるヒルダ。が、

 

「怖かったんだぞ…」

 

その顔が不意に無表情になった。

 

「ん?」

「ナオミからお前がここを空けてるって聞いたとき、どれだけあたしらが…あたしが不安だったかわかるか?」

「む…」

 

もう何度と責められた事柄であるが、それでも非は自分にあるためシュバルツは何も言い返せなかった。

 

「だから…これぐらい、いいだろ?」

「そう言われては、返す言葉もないな」

「へへ…」

 

シュバルツの言質を取り、無表情になっていたヒルダが嬉しそうに笑った。そして、先ほど以上にシュバルツの胸に顔を埋める。シュバルツも、罪滅ぼしとばかりにその抱きしめる腕に少し力を込めた。

 

「…温かいな。それに、いい匂いがして落ち着く」

「男の体臭にそんな効能はないと思うが」

「そんなことねえよ」

 

満足げな表情のまま、ヒルダは目を閉じた。そして、意識を手放していく。

 

(気持ちいい。それに、何だか懐かしいな…)

 

まるで、母の胎内にいるような安心感に包まれながら、ヒルダはそのまま眠ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

「よぉ、シュバルツ」

 

自室から出て廊下を歩いていたシュバルツが、不意に声をかけられた。

 

「ゾーラか」

 

その人物、ゾーラの姿を見てシュバルツは軽く手を挙げた。ゾーラも応えるように同じく手を挙げる。と、その姿がいつもとは違うことにすぐに気が付いた。

 

「? おい、いつものコートはどうしたんだよ」

 

ゾーラが突っ込んだとおり、シュバルツはコートを羽織っていなかった。下はいつものズボンだったが、上はコートではなく上着だったのだ。

 

「少し…な」

 

シュバルツが言葉を濁す。が、それも仕方のないことだろう。何故ならば、眠ったヒルダがコートを離してくれなかったので、仕方なくコートを脱いできたのだ。今コートは、眠っているヒルダの掛け布団としてその機能を十全に発揮していたのだった。

 

「それより丁度いい。お前に一つ聞きたいことがあったのだ」

 

これ以上この件に突っ込まれたくないからか、シュバルツが話を変える。

 

「聞きたいこと?」

「ああ」

「ふーん…何だい?」

 

ゾーラがその内容を尋ねる。

 

「うむ。右目の具合はどうだ?」

「ああ…」

 

最近の癖になった、右目周辺をゆっくり触りながらゾーラは呟く。

 

「変わりはないよ」

「そうか。ならいい」

 

その回答に内心で安堵しながらシュバルツが答えた。

 

「気にしてんのかよ?」

「しないわけがなかろう」

「ふん、真面目なことで」

「そう言うわけではないが。…と言うより」

「あん?」

「随分と突っかかってくるが、何かあったか?」

「当たり前だろ」

 

そう言うと、ゾーラはツカツカとシュバルツに歩み寄る。そして、当然のようにキスをした。

 

「んっ…」

(…またこのパターンか。最近どうも多いような気がするが)

 

さすがに固まることは少なくなってきたが、それでも慣れたかというとそんなことはなく、シュバルツは対処に困っていた。とは言え、引き剥がすといった無粋な真似もできるわけはなく、結果として好きにさせることしかできないのだが。

 

「ふぅ…」

 

少し時間が経って気が済んだのかゾーラがシュバルツから離れた。そして、そのまま身を寄せる。

 

「さっき、ヒルダとお姫さんに引っ付かれてただろ? あんなの見せつけられて、気分がいいわけないじゃないか」

「ああ…」

 

ようやくゾーラがやけに突っかかってくる理由がわかり、シュバルツが呟いた。

 

「それは…すまん。とはいえ、あんな真似をされ「言い訳はいいんだよ」はい…」

 

凄まれ、思わず素直にシュバルツは頷いてしまっていた。

 

(女は怖いな…)

 

本人には絶対に言えないことではあるが、シュバルツはそんなことを思っていた。

 

「ホントはこのまま部屋に引きずり込んで、時間が来るまであたしの相手をさせたいところだけど」

 

何のだ? と聞くのは憚られた。絶対に聞いてはいけないような気がしたからである。

 

「まあそれは、帰ってきてからにしてやるよ。これがどう意味なのかわかるよな?」

「必ず帰ってこいと、そう言いたいのか?」

「ああ」

 

ゾーラが頷いた。

 

「何せ、あたしはお前に二つほど貸しがあるんだ。それはしっかり返してもらわないとな」

「二つ? 先ほどお前が言った、ヒルダとサラに左右から拘束されていた件はわかるが、もう一つはなんだ?」

「忘れたとは言わせないよ」

 

恨みがましい目で、ゾーラがシュバルツを見上げる。

 

「以前あたしが迫ったとき、あんた何もしなかっただろう? 女に恥をかかせておいて、そのままで済むと思っているのかい?」

「! あの件か…」

 

そこでようやく思い出す。前にエレノアとベティへの弔い酒でゾーラとサシ飲みしたときに迫られて、結局手を出さなかったことを。これまで話題に出さなかったからゾーラも忘れている、あるいは記憶から消去した一件だと思っていたが、どうやらそんなことはなかったようだった。

 

「女に恥をかかせた代償は高くつくのさ。よ~く覚えときな」

「そのようだな。どうやら、高い授業料になるのだろう?」

「ふふっ」

 

そこでゾーラがようやくいつもの笑顔で笑った。

 

「そういうことさ」

 

そこで、ゾーラがようやくシュバルツから離れた。そしてそのまま背を向ける。

 

「指揮官としてここを預かる身となったあたしは前線には立てない。その代わり、あんたたちの帰るところは全力で守ってやるよ。だから、無事に帰ってこいよ」

「ああ」

「それと、あいつらのことも頼む。護ってやってくれ」

「それは、アンジュたちここにいる連中のことか? それとも、サリアたち向こうについている連中のことか?」

「…両方さ」

「承知した」

「お願いします」

 

最後だけは敬語にして頼むと、ゾーラはそのまま手を振ってシュバルツの前から遠ざかって行ったのであった。

 

 

 

 

 

「あら」

 

ゾーラと別れてから廊下を歩いていると、今度はまた別の声に呼び止められた。声のした方に振り返ると、そこにはいつものようにナーガとカナメを従えたサラの姿があった。

 

「サラ」

「こんにちは、シュバルツ」

「ああ」

 

手を挙げて応えると、ナーガとカナメが軽く会釈した。

 

「お暇ですか?」

 

屈託なく、サラが尋ねてくる。

 

「暇…というのは語弊があるかもしれんが、そういう状態であるのは間違いないな」

「そうですか。では、少し付き合いませんこと?」

 

サラが誘ってくる。

 

「…内容にもよるのだが」

 

思わず予防線を引いてしまったシュバルツ。サラに会う前にあった色々なことを思い出せば、そうなってしまうのも仕方ないかもしれないが。

 

「そんな身構えなくても大丈夫ですわよ」

 

そんなシュバルツの内心が手に取るようにわかるのだろうか、サラがクスクスと笑う。

 

「お茶でもご一緒にどうですかということです。本当ならば私が点てたいところですが、残念ながら道具もありませんから市販品ですし、立ち話で終わってしまいますけど」

「む…」

 

その誘いに言葉を詰まらせるシュバルツ。と言っても、その誘いが困ったものだからというわけではなく、変な予防線を張ってしまった自己嫌悪から来たものだった。

 

(どうもいかんな。アルゼナルの連中に毒され過ぎたか…)

 

そんなことを思いながら軽くふうと息を吐く。

 

「わかった。そういうことならば 喜んで付き合おう」

「決まりですわね♪」

 

嬉しそうに微笑むと、サラは近くにあった自販機へと歩き出した。シュバルツたちも後に続く。

そして自販機で人数分の飲み物を購入すると、それを自分以外の三人に渡した。

 

「はい、どうぞ」

「ああ」

 

シュバルツは受け取ると、早速それに口を付ける。サラたちも銘々、咽喉の渇きを潤し始めた。

 

「ふぅ…」

 

咽喉の渇きを潤し、サラが大きく息を吐いた。

 

「緊張しているのか?」

 

そんなサラの様子を見たシュバルツが思わず尋ねた。

 

「え?」

 

思わずサラがシュバルツを仰ぎ見る。

 

「いや、どことなく雰囲気が固かったのでな」

「そう…でしたか?」

 

サラが意見を聞くためだろうか、ナーガとカナメに視線を向けた。

 

「固い…と言うのとは違うと思いますが」

「けど、どことなくいつもの雰囲気とは違う感じはしていました」

「そうですか。どうやら、知らず知らずのうちに入れ込んでいたようですね」

 

ほぅ…と、気持ちを落ち着かせるためだろうか一度大きく息を吐く。

 

「アウラがすぐそこにいるので少し気が昂っていたのかもしれません」

「宿願の達成が目の前に迫っているのだ、その気持ちはわかるがな」

 

シュバルツが苦笑する。

 

「入れ込み過ぎると本来の力を発揮できなくなりかねんぞ。心は熱くとも、頭は冷静にな」

「ええ、わかりました」

 

頷いて再びお茶に口を付ける。そして少し咽喉を潤すと、

 

「ところでシュバルツ」

 

今度はサラがシュバルツに話しかけてきた。

 

「何だ?」

 

お茶から口を外すと、シュバルツがサラに顔を向けた。サラはコホンと一つ咳ばらいをすると、

 

「その…この戦いが終わった後なのですが、貴方はどうするおつもりですか?」

 

と、尋ねてきた。

 

「どう…とは?」

 

質問の意図が今一つ掴めずに、シュバルツが掘り下げて尋ねる。と、表情はそのままにサラの頬が少し赤くなった。

 

「その…ですね。身の振り方が決まってないのでしたら、私たちの世界にいらっしゃいませんか?」

(姫様…)

(思い切りましたね…)

 

耳をそばだてながら、ナーガとカナメは主君のアプローチに驚きつつも喜んでいた。彼女たちにとっても、それ以上に真なる地球の民にとってもシュバルツを受け入れることに反対する者はいないだろうからだ。無論、二人もそのことに何ら反対の意思はなかった。

 

「ふむ…」

 

サラの提案を受けたシュバルツが腕を組んで考え込む。

 

「ど、どうです?」

 

シュバルツの返答が聞きたくてサラが重ねて尋ねた。勿論望んでいるのは色よい返答である。

 

「それも…いいかもしれんな」

『!』

 

その答えに、三人がそれぞれ表情を輝かせた。

 

「考えておく。だがそれを成すためには、次の戦いを生き残らねばならんな」

「ええ、そうですわね。でも、大丈夫です! 貴方は私が死なせませんから!」

「ああ」

「その通りです」

「? あ、ああ…」

 

急に生気とやる気が漲りだした三人に内心で少し引きながらシュバルツが答えた。対照的に三人は鼻息が荒くなりつつもニコニコしている。

 

(???)

 

何故急に三人の様子が変わったのかわからずに、内心で首を捻りながらお茶を飲むシュバルツ。こうして、真なる地球の連中とのお茶の時間は、妙な雰囲気のまま終わったのだった。

 

 

 

 

「ナオミ」

 

目当ての人物を見つけ、シュバルツが声をかけた。

 

「あ、シュバルツ」

 

ナオミはいつもと変わらぬ笑顔を浮かべてシュバルツに手を振る。

 

「今、忙しいか?」

 

シュバルツが現在のナオミの状況について尋ねた。

 

「ううん。整備や補給は整備班に任せているからね。有効に時間を使わせてもらっているよ」

「そうか」

「でもなんで? 私に何か用なの?」

「うむ。少し話したいことがあってな。お前を探していた」

「え…」

 

冗談のつもりで言ったことがまさかの瓢箪から駒で、ナオミの頬が少し赤みを増した。

 

「な、何?」

 

それを悟られないようにナオミが続け様に口を開いた。

 

「ああ、エンブリヲのところに出張ったとき、お前に貧乏くじを引かせてしまったのでな。その詫びを入れにきた。あの時は済まなかったな」

「あ、な、何だ」

 

どんな用かと思っていたこと。そして、それが自分の期待したような色気のあるような用件ではないことがわかって、ナオミは少しガッカリした様子を見せた。だが、すぐに気を取り直して話を続ける。

 

「別に良かったのに、そんなに気にしなくても」

「そうはいくまい。負担だけ強いておきながら、後のことは見て見ぬふりなどできるか。流れの上のこととはいえ、あんな役目を任せてしまって本当に済まなかったな」

「もう、いいってば」

 

苦笑しながらナオミが答えた。彼女らしいというべきか、本当にもう十分だと思っているのだろう。が、ここでナオミにしては珍しく悪戯の虫が湧き出てきた。

 

「それに、何もご褒美がないわけじゃないしね♪」

 

ペロッと舌を出し、楽しそうにナオミが微笑む。

 

「ご褒美だと?」

 

対照的に、ナオミのその一言にシュバルツは怪訝な表情になった。

 

「あれ、忘れちゃったの? 何でも一つ言うこと聞いてくれるんでしょ?」

「…ああ」

 

確かに出張る前にそんなことを言ったなと思い出し、シュバルツは大きく頷いた。

 

「思い出した?」

「うむ」

「そ、よかった。…でも酷いなぁ」

「ん?」

 

ナオミの一言に、シュバルツが怪訝な表情になった。

 

「だって、思い出したってことは、忘れてたってことでしょ? 自分で言っておいて忘れるのってちょっと酷くない?」

「む…」

 

返答に窮する。確かに言われた通りで、反論の余地はないからだ。

 

「何か反論、あるいは弁明はありますか? 被告人」

「いや、返す言葉もない。確かに徹頭徹尾お前の言う通りだ」

「ふふっ♪」

 

シュバルツの白旗宣言に、ナオミは楽しそうに笑った。

 

「では改めて問おう。何が望みだ?」

「うん。私をシュバルツのお嫁さんにして?」

「は!?」

 

軽い気持ちで聞いたのだが、まさかそんな返答が来るとは思わず、シュバルツはおそらくここに来て一番の驚きの声を上げ、固まってしまった。と、

 

「ふふっ♪」

 

ナオミが楽しそうに笑う。そして、

 

「冗談だよ」

 

と、悪戯っぽく笑った。

 

「…おい」

 

その言葉を聞いて再起動を果たしたシュバルツがジト目になってナオミを見据える。

 

「驚かせるな」

「へへへ、ごめんね♪」

「全く…」

 

呆れたようにシュバルツが溜め息をついた。

 

「冗談にしても過ぎるぞ」

「いいじゃない、これぐらい。皆の防波堤になったのはキツかったんだよ。これぐらいの意趣返しは許されると思うけどな~」

「む…」

 

返す言葉を失うシュバルツ。実際にその場にいたわけではないので、どの程度キツかったのかわからないから何も反論できなかった。

 

(やれやれ…)

 

ナオミに気付かれないようにシュバルツはふぅと一つ溜め息をつく。

 

「では、実際は何が望みだ?」

 

そして、仕切り直しとばかりに再度尋ねた。

 

「んー、実はまだ決まってないんだ。だから、決まってからお願いするよ」

「そうか」

「だから、ちゃんと帰ってきてね?」

「お互いにな」

「うん!」

 

シュバルツとナオミはお互いに健闘を誓い合う。

 

「ではな」

 

そしてシュバルツはナオミを後にしてその場を立ち去ったのだった。

 

「冗談じゃ…ないんだよ?」

 

シュバルツの後ろ姿が見えなくなった後、ナオミはそう呟いていた。その顔は、正しく恋する乙女そのものの表情になっていたのだった。

 

 

 

 

 

「あら」

 

格納庫にて、整備の終わったパラメイルを何気なく見ていたシュバルツに横から声がかけられる。

 

「ん?」

 

声のした方向に振り返ると、そこにはアンジュがこちらに近づいてくるのが見えた。

 

「アンジュ」

「妙なところで会うわね」

「そうだな」

 

程なく、アンジュがシュバルツの横に肩を並べた。

 

「お付きの二人はどうした?」

 

一人でいることに不思議に思ったシュバルツが尋ねる。

 

「二人…って、モモカはわかるんだけど、後一人は誰よ」

「薄情だな。パートナーに決まっているだろう」

「! や、止めてよそんな言い方! 恥ずかしいじゃない…」

 

尻すぼみになり、ゴニョゴニョした口調になってアンジュが答えた。

 

「何故だ? 好き合ってるのなら恥ずかしがることはあるまい」

「だ、だからそういうストレートな…はぁ、もういい…」

 

諦めた表情になってアンジュが溜め息をついた。

 

「おかしな奴だな」

「貴方に言われたくないわよ!」

「フッ、確かにそうかもしれんな」

 

お冠なアンジュを軽く受け流す。この辺はまだまだシュバルツが一枚上手だった。

 

「もぅ…」

 

頬を膨らませたがそれも一瞬で、すぐに表情を緩めてシュバルツと肩を並べる。二人の目の前には、アンジュのヴィルキスがあった。

 

「何してたの?」

 

隣に立ってシュバルツを仰ぎ見ながらアンジュが尋ねた。

 

「これまでのことを思い出していた」

 

アンジュの質問にシュバルツがそう答える。

 

「死んだはずのこの身が、何の因果かこの世界に落ちてきて、また戦いに身を投じている。そしてこれまであったことを、思い出していた」

「そう…」

 

シュバルツの告白にアンジュが口を噤んだ。

 

「色々…あったものね」

「ああ。それこそ数え切れんぐらいにな」

「本当に…そうね」

 

シュバルツとのやり取りで、アンジュの頭の中にもこれまでのことが次々と蘇る。

 

「ねえ、シュバルツ」

 

だからと言うわけでもないのだろうが、アンジュは自然と口を開いていた。

 

「ん?」

「その…これまで色々とありがとう。感謝してるわ」

 

突然の感謝の言葉にシュバルツは驚いたが、それでもすぐに表情を戻す。

 

「礼には及ばん。それに、少し言わせてもらえば」

「え?」

「お前の道はお前が切り開いたのだ。私は何もしていない。ただほんの少しだけ力を貸しただけのこと」

「…ホント、貴方って損な性格してるわよね。本来なら、もっと誇っても自慢してもいいのに」

「性分は簡単には変えられんさ。この歳になれば尚更な」

「歳…って、そう言えば聞いたことなかったけど、貴方って幾つなの?」

「二十八だ」

「…だからか」

 

シュバルツの年齢を聞いたアンジュが納得したような表情になる。

 

「ん?」

「貴方、包容力が凄いんだもん。タスクなんか目じゃないぐらいにね。でも、それだけ落ち着いてたならそんな包容力があっても不思議じゃないか」

「そうか」

「うん」

「誉め言葉として受け取っておこう」

「誉め言葉じゃなくって、褒めてるのよ。素直に受け取りなさい」

「敵わんな」

 

そこで二人はお互いに笑い合う。もうすぐ最後の戦いだというのに、そんなことを思わせないような落ち着いた空気が二人の間に流れていた。

 

「…勝たなきゃね」

「ああ」

「期待してるわよ。なんたって、貴方はあたしたちの要なんだから」

「それは違う」

「え?」

 

まさか否定されるとは思わず、アンジュが驚いてシュバルツを見上げた。

 

「確かに戦力として期待されているのは間違いないだろう。だが、異世界より落ちてきた私は、この世界ではどこまで行っても脇役、介添えに過ぎん。核であり、要にならなければならないのはあくまでもこの世界に住む者たち。そして、その中心がお前だ、アンジュ」

「……」

 

真剣な面持ちでアンジュはシュバルツの言葉にジッと耳を傾けている。

 

「頼るなとは言わん。だが、お前たちの世界の未来は、お前たちの手で掴むのだ。私はそれに少しだけ力を貸す。それだけのことだ。それに…」

「…それに?」

「忍びは影で暗躍するが本分。私もその方が性に合っているのでな」

「…わかったわ」

 

アンジュが力強く頷いた。

 

「最後の最後は私たちでケリを付ける。でも、そこまでは頼ってもいいでしょ?」

「ああ」

「それだけ聞ければ十分だわ」

 

安堵感からか、アンジュはほおっと息を吐いた。

 

「では、私はちょっと行くところがあるのでな。これで失礼するぞ」

「ん、わかったわ」

 

互いに手を挙げて別れの挨拶を交わす。シュバルツはそのまま身を翻すと、格納庫を後にした。

 

「核や要は私たちであり、自分はあくまでも脇役…か」

 

格納庫からシュバルツが出て行った後、アンジュがさっきシュバルツが言った言葉を反芻する。

 

「確かにそれは正しいかもしれない。でもね、貴方がいるから、貴方が後ろで私たちを護ってくれてるから、皆頑張れてるんだよ?」

 

さっきは言えなかった反論を呟く。

 

「貴方がいなくなったら、皆支えを失って折れちゃうんだよ? だから、本当に核であり要であるのは貴方なんだよ? それを、忘れないで…」

 

シュバルツの去った後の格納庫に佇むアンジュの瞳は、不安に揺れていた。

 

 

 

 

 

「はい」

 

コンコンと自室のドアをノックする音が聞こえ、ジルは答えた。直後、ドアが開いてシュバルツが室内に入ってくる。

 

「お前か…」

 

予期せぬ来訪者に、ジルは銜えていたタバコを灰皿で潰した。

 

「何の用だ」

 

そして、机の上に脚を投げ出したまま横柄に尋ねる。

 

「ご機嫌伺いだ。元司令官殿が部屋に引き篭もって燻っていると聞いたのでな」

「ふん、皮肉か?」

 

ジルが、それこそ皮肉気に尋ねた。

 

「その通りだ」

「チッ…」

 

真正面から返され、ジルは表情を歪めて舌打ちした。そのままシュバルツは部屋の真ん中にあるソファーに座ると、持参したワインを空けて、こちらも持参したワイングラスにワインを注ぐ。

 

「どうだ?」

「……」

 

二つのワイングラスにワインを注ぎ終えたところでシュバルツが振り返ったが、ジルはムスッとしたまま答えない。

 

「私とでは一緒に飲る気にはならんか?」

 

その姿に苦笑して尋ねる。と、

 

「ふん、いいだろう」

 

ジルが机から脚を降ろして立ち上がると、シュバルツの真向かいに座った。二人はお互いにグラスを持つと、それを合わせて乾杯するでもなくそれぞれ飲み始める。

 

「……」

「……」

 

お互い無言のまま、ゆっくりとワインを煽っていく。時計が時間を刻む音ぐらいしか音のない静寂の中、二人はそれぞれ自分のペースで飲み合っていた。

やがて、シュバルツが用意したワインが空になる。と、シュバルツはグラスと空き瓶を回収して立ち上がった。

 

「ではな」

 

ジルに背を向けると、そう言い残して立ち去ろうとした。その背中に、

 

「あいつらのこと、よろしく頼む…」

 

小さいが、それでもハッキリとジルはシュバルツにそう言ったのだった。

 

「ああ」

 

それに対し、シュバルツも振り返らずに答えると、そのまま部屋から立ち去った。客がいなくなったのを見計らってというわけでもないのだろうが、ジルが新しいタバコを銜えてそれに火を点ける。

 

「……」

 

昇っていく紫煙を見ながら、ジルはしばらくボーっと佇んでいたのだった。

 

 

 

 

 

そうして、夜は更けていく。それぞれの想いを包み、それぞれの想いを乗せて。最後の戦いまで、後少し。


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