機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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書き上げればの前提になりますし勿論そのつもりですが、色々なことを書いていくので必然的に進みは遅いです。

つまり最終的には結構な話数になると思いますが宜しくお願いします。

今回でようやく二話終了時点ですし…。


NO.05 歯車は回り始める

「例の新人ですが、基礎体力、反射神経、格闘対応能力、更に戦術論の理解度、全てにおいて平均値を上回っています」

「優秀じゃないか」

「ノーマの中では…ですが」

 

格納庫においてエマからそう報告を受けたジルは満足そうな笑みを浮かべていた。報告に上っている例の新人というのは勿論、アンジュのことである。

 

「それと…」

 

そこまでは良かったのだが、その後、エマが言い難そうな感じで口ごもった。

 

「他にも何かあるのか? 監察官殿」

「ええ。例の男のノーマのことなのですが…」

「シュバルツか」

「はい」

「報告なら聞かせてくれ」

 

そこまで言ってもエマは逡巡した様子だったが、覚悟を決めたのだろう、

 

「気を悪くしないでくださいね」

 

前置きとしてそれだけ告げると一言、

 

「ハッキリ言います。化け物です」

 

と、簡潔に報告した。

 

「ほう? どういうことかな?」

 

面白そうに微笑んだままジルが続きを促す。

 

「全パラメイル中隊での合同訓練時に参加を要請したのですが、結果がこれになります」

 

そう言って手渡された書類を見たジルの表情が、先程までとは一変した。

 

「これは…」

「はい」

 

エマが頷く。

 

「基礎体力、反射神経、持久力、敏捷性、バランス感覚など、各種数値はトップレベルを更に振り切っています。特に白兵戦での格闘能力はとんでもなく、メイルライダーの誰一人として相手にもなりませんでした。男女による肉体的な差異を度外視したとしても、恐らく誰一人勝てないという結果に変わりはないでしょう」

「そこまでか」

「推測ですが、全中隊で綿密な打ち合わせをして、無駄のない連携をして、止めを刺す者以外を捨て駒にするような真似をして、初めて勝機が少しは見えてくるのではないかと…」

 

呆れとも驚きとも戸惑いともいえない表情で答えるエマの表情には、全くもって信じられませんといった感情がありありと浮かんでいた。

 

「機械の故障などでこれらの数値が間違っている可能性は?」

 

ジルがポンポンと手渡された書類を叩いた。

 

「ありません。記録装置その他機械関係には不備はありませんでしたし、何よりメイルライダーたちの証言による裏づけがあります。…まあ、証言を取った時の彼女たちの表情をお見せ出来ればよかったのですが。皆呆然としてましたので」

「成る程な…」

 

最後にもう一度書類を見るとジルはそれをエマに返す。そしてお互いに敬礼を返すとその場で別れた。

 

 

 

 

 

「パラメイルの操縦適正に、特筆すべきものあり…か」

 

エマと別れた後、ジルは歩きながら手に持っている指輪を見てそう呟いた。その手にあるのはアンジュがここに連れられてきたときに彼女から没収した指輪である。

そのまま進んでいくと、彼女は格納庫の一角のとある場所に辿り着く。そこにはカバーを掛けられ、乗り手のいないと思われる一機のパラメイルがあった。

 

「……」

 

それを見ながらタバコを咥えると、ジルはそれに火を点けた。紫煙を上らせながら、彼女は先日の医務室でのことを思い出していた。

 

 

 

 

 

『あ~あ、こんなに真っ赤に腫れ上がっちゃってぇ…。ジュクジュクになってるじゃな~い…』

 

ジルの友人であり、腕利きの医者であるマギーの治療を受ける。先日アンジュを組み敷いた際に負った手傷の治療だ。が、この女性は性癖なのか、とにかく人が痛がるのが大好きなようだった。そしてそれは友であるジルに対しても変わらなかった。

 

『っ! ああっ!』

 

彼女が喜ぶ反応をしないためだろうか声を上げるのを我慢していたジルだったが、さすがに耐えかねて悲鳴を上げてしまった。と、

 

『痛い? 痛い? 痛いよね~♪』

 

嬉しそうに顔を覗き込んでくる。

 

『酒臭いよ、マギー!』

 

言葉通りと、更に痛い目に合わされたことがあいまって、ジルはマギーの脳天にチョップを打ち込んだ。そうしながら脇に顔を向ける。

 

『ジャスミン、そっちは?』

 

そこにはこのアルゼナルの母親的存在でもあり、自身の市場を開いて商売をしている年配の女性の姿があった。

 

『外側のボルトが全部イカレちまってる。ミスルギ皇国製のやつに変えとくから。…ちょっと値は張るがねぇ』

『司令部にツケときな』

『ヒッヒッヒッ、毎度あり』

 

治療後、ジルはマギーの介添えを受けながら修理の終わった義手を装着した。感触を確かめるために数回拳を握ったり開いたりする。

 

『しかし、もうちょいデリケートに使って欲しいねぇ。そいつはあんた程頑丈じゃないんだ』

『悪いね。じゃじゃ馬が暴れてさ』

 

窘めるジャスミンに、ジルはあまり申し訳なさそうではない態度でそう告げると窓際まで言ってタバコに火をつけた。

 

『例の皇女殿下かい?』

『いいのかねぇ、第一中隊なんかにブッ混んじゃってさ』

 

揶揄とも批判とも取れるマギーの言葉に、しかしジルは特に顔色を変えることはなかった。

 

『ダメなら、死ぬだけさ』

 

そう、皮肉気な笑みを浮かべて答えるだけだった。

 

『…まあ、あんたがそう言うならそれでもいいけどね』

 

ジャスミンが傍らにいる飼い犬のバルカンの頭を撫でた。

 

『けど、あのイレギュラーはどうするつもりだい?』

『シュバルツのことか?』

『ああ』

『いい身体してたんだよねぇ、あの男』

 

ジャスミンが頷いたのと同時にマギーがパッと顔を輝かせる。落ちてきたときに意識不明だったシュバルツの身体検査をして、それを思い出したのだろう。

 

『またここに来ないかねぇ…』

 

うっとりとした表情でマギーがそう呟いた。そんなマギーを放置して、ジルとジャスミンが話を続ける。

 

『どうもこうも…せいぜい利用させてもらうだけさ』

『上手く手の内で踊ってくれそうなのかい?』

『さあね。そこらは上手く立ち回らないとね』

『あまり甘く見ないほうがいいと思うよ』

『へえ…。どうしてだい、ジャスミン?』

『長年のカン…ってやつかね。あの尋問の時の映像を見て、そう思ったのさ。あの男は敵に回すのは得策じゃないってね』

『成る程ね、考慮に入れとくよ。ただまずは、ここで生き延びてもらわないと話にはならないからね』

『確かに』

 

そのことには反論はないのだろう。ジャスミンが頷いた。

 

『ここで生き延びればよし。それがダメなら、それこそ死ぬだけさ』

 

ジルはまた不遜な笑みを浮かべると、火の点いていたタバコを握り潰した。

 

 

 

 

 

(十分、駒としては役立ってくれそうだな)

 

先程の報告書類から医務室でのやり取りを思い出し、カバーを掛けられた機体の前でジルは内心で満足げな笑みを浮かべていた。

 

(後は奴の首に鈴をつけることだ。そしてアンジュ、お前にもせいぜい働いてもらうぞ。リベルタスのためにな)

 

その時ほんの一瞬だけ、ジルの脳裏にサリアの顔が浮かんだ。ジルはそれを振り払うように何度も頭を左右に振るとその場を後にした。

 

 

 

 

 

場所は変わって食堂。

お昼時ということもあり、多くの人員がここでランチタイムを楽しんでいる。しかし彼女たちのほぼ全ての視線や注意はある一点に注がれていた。

 

「……」

 

そこにいる女性たちと同じようにトレーを持って順番待ちをしている、このアルゼナルで唯一の男性、イレギュラーことシュバルツである。女だけの施設に男が一人だけいるのであるから、注目の的にならないわけがなかった。それはここに落ちてきて数日経った今でも変わらなかった。

その視線の大多数は好意的なものであったが、やはり否定的なものがないわけではない。それでもそういう視線は遠巻きに見ているものばかりで特に実害のないものであり、当然のことだと思っていたので、シュバルツ自身は気にしてはいなかった。

 

「ど、どうぞ」

「ありがとう」

 

配給を受け取って礼を言うと、シュバルツは適当な場所を見つけるためにその場を後にする。渡した当番の子が真っ赤になって、他の当番の連中に突っ込まれたり羨ましがられたりするのは見慣れた光景になってきていた。

 

(さて…)

 

軽く首を巡らせる。と、丁度良いことに隅の方に誰も座っていないテーブルがあった。

 

(あそこでいいか)

 

目標に向けて歩き出す。その耳に、誘ってきなよとか、無理無理、そっちが行ってよとかの囁きがそこかしこから聞こえたが、シュバルツは無視することにした。

実際にお誘いがきているわけではないし、何より食事ぐらいは出来ることならゆっくり楽しみたいという思いがあった。

そんなこんなしているうちにテーブルに着き、着席するとシュバルツは軽く目を閉じて手を合わせ、

 

「いただきます」

 

と告げてから食事を始めた。

 

(やはり、味気ないな…)

 

数回スプーンを口に運びながらそう思う。決して食べられないわけではないのだが、かといってお世辞にも美味いとは言えない。幼少期からこの味に慣れているのならば疑いもしないだろうが、シュバルツにとってはここで配給される食事は実に味気ないものだった。と、

 

「おおー、シュバルツ発見!」

 

聞き慣れた声がする。顔を上げてみると、そこにはヴィヴィアンとエルシャ、サリアの姿があった。

 

「お前たちか」

「やっほ」

「こんにちは」

「…どうも」

 

三者三様の挨拶を返す。そして当然のようにヴィヴィアンがシュバルツの真向かいに座った。

 

「ちょ、ちょっとヴィヴィちゃん、勝手に座っちゃ…」

「ほえ? ダメだった?」

 

首を傾げながらエルシャと、そしてシュバルツに視線を向ける。元々咎める気はなったが、そんな真似されては更に追い払うわけにはいかない。

 

「いや、構わん」

 

シュバルツは仕方ないなとばかりに軽く微笑むと、そう答えた。

 

「だって!」

「もう…」

 

苦笑しながらエルシャは自然とシュバルツの右隣に座った。

 

「エ、エルシャ、隣はどうかと思うけど…」

 

何の躊躇もなく隣に座ったエルシャに驚いたのか、サリアは窘めるようにそう言った。

 

「あらあら、私ったら…。ご迷惑かしら、ミスター」

「いや」

「なら、私はここで」

(エ、エルシャったら、いつの間にそんな距離感になったのかしら…)

「サリアも早く座りなよ!」

「え、ええ…」

 

ヴィヴィアンに促されて少しの間逡巡していたサリアだったが、やがて覚悟を決めたのかシュバルツの左隣に座った。

 

「し、失礼します」

「そんなに固くならなくてもいい。何なら無理せずに向かいに座っても…」

「い、いえ、ここで!」

「そ、そうか」

 

思いがけずに大きな声を出されたシュバルツは一瞬、驚いた表情をしたが特に気にも留めない。が、サリアは真っ赤になって俯いていた。

 

(~っ! 私のバカ!)

 

男女の色恋沙汰に人一倍興味があるが、実際にどう対処したらいいかわからない彼女は内心で頭を抱えていた。自分には一生無縁で本の中の存在だけだと思っていた本物の男が隣にいるのである。興味を持たないわけがなかった。

にも関わらず、まだ面識もそんなに多くないこの場面でこんな真似をしてしまい、頭を抱えるのも無理はなかった。

しかし、やってしまったことは仕方ない。サリアは何とか気を取り直すと取り敢えずこの場では基本、聞き手として参加することに努めることにした。

遠巻きにシュバルツを見ていた数多くの視線のほとんどは、そんな彼女たちを羨ましそうに見ていた。

 

「ねえねえ、エルシャっていつからシュバルツと仲良しになったの?」

 

食事をしながらヴィヴィアンがエルシャとシュバルツに訊ねる。

 

「そうね。さっきも当然のように隣に座ったし…」

「あら、サリアちゃんだって今、ミスターの隣に座ってるじゃない」

「こ、これはエルシャが座ったから、その流れで!」

 

サリアが理由になっているのかいないのかわからない反論をする。勿論その顔は赤かった。いきなり賑やかになった食事に苦笑しながら、シュバルツが口を開いた。

 

「つい先日、エルシャが管理している菜園を偶然見つけてな。そこで少し手伝ったのだ。仲良く見えるというのならば、そこがポイントだろうな」

「そういうこと。あの時は助かりましたわ、ミスター」

「いや、大したことではない」

「うふふ」

「ふーん、そうなんだ」

 

楽しそうに嬉しそうに笑うエルシャに、ヴィヴィアンは納得いったのか頷く。サリアも落ち着こうとばかりに呼吸を整えて話を聞いていた。

 

「あ、そう言えばシュバルツ」

「ん?」

「凄かったね!」

「? 何のことだ?」

「この前の訓練!」

「ああ…」

 

最初は何のことを言われているのかはわからなかったが、その言葉で合点がいったのだろう、シュバルツが軽く頷いた。そしてヴィヴィアンの言葉はサリアとエルシャにも同じ思いだったのだろう、二人とも確かにと頷く。

 

「確かに、凄かったわね」

「ええ。皆ポカンとしてましたよ」

「そうか?」

「そうだよ!」

 

ヴィヴィアンが力説する。

 

(あれでも随分セーブしたのだがな)

 

そう思っていたシュバルツだったが、しかしそのことを口に出す気は毛頭なかった。

 

「何やっても一番だったじゃん!」

「そうね。誰も彼の…シュ、シュバルツの記録に掠りもしなかったものね」

 

サリアが話の流れで意を決して初めてシュバルツの名前を呼んだ。そのことで特にシュバルツが気分を害した反応をしなかったのでホッとしながら、以降はシュバルツを普通に名前で呼ぶことにサリアは決めた。

 

「そうね。もう、笑うしかなかったわ」

「そうか」

「凄いなー。何でそんなに凄いの?」

「いや…」

 

言葉を濁す。

 

(どう答えたものかな。私自身の…キョウジ=カッシュとしての実力は確かに低くはないと思うが、それ以上に今のこの実力を形成しているのは本物のシュバルツ=ブルーダーの実力と、この身体を形成していたDG細胞によるものだろう。それを正直に答えたところでわかるわけはないだろうし、正直に答えるつもりもないしな)

 

気付けばヴィヴィアンとエルシャだけでなく、サリアも興味津々といった表情をシュバルツに向けている。なので、

 

「ガンダムファイターというのは、あれくらい出来なければ務まらんからさ」

 

と、嘘ではないがまるっきり本当でもない答えを口にしてお茶を濁すことにした。しかしそれだけでも効果は覿面だったのだろう。三人とも目を丸くする。

 

「ふわー」

「凄いとしか言いようがないわね…」

「でも、考えてみれば当然なのかも。ほらミスターが映像で言ってたのを見たけど、国の代表って言うし…」

「そっかー」

「…なら、シュバルツのいた世界にはシュバルツレベルの人材がゴロゴロいたってこと? 呆れる他ないわね」

「ミスター以外に、ここにもう何人か来てくれないかしら?」

 

その後は、シュバルツを含めてやいのやいのと楽しいお喋りが始まる。その勢いはさしものシュバルツも圧倒されるものだった。

 

(女三人寄れば姦しいというが…成る程、真理だな)

 

やれやれと思いながら、三人の話に加わって適当に質問に答えたり相槌を打ったりしていると、突然背中に柔らかい感触が押し当てられた。そして、

 

「やるねぇ。うちの隊員にもう手を出したのかい?」

 

と、耳元で誰かに囁かれた。

 

「ゾーラか」

 

声色で誰だかすぐにわかったので、シュバルツは振り返ることもなくそう告げる。

 

「おや、嬉しいねぇ。あたしの声を覚えてくれたのかい」

「当然だ」

「あ、ゾーラ」

「こんにちは、隊長」

 

ゾーラに気付いたヴィヴィアンとエルシャが挨拶する。しかし、一人サリアだけは、

 

「た、た、た、隊長!」

 

と、おかんむりだった。

 

「ああん?」

 

少しだけ不機嫌そうな表情になってゾーラがサリアを睨む。が、サリアも一歩も退かないといった感じで睨み返した。

 

「な、何をやってるんですか! 早く離れてください!」

「副長にそんなこと言われる筋合いはないけどねぇ」

「彼に…シュバルツに迷惑じゃないですか!」

「彼…ねぇ。惚れたのかい? 副長」

「っ! 隊長!」

「はいはい、わかったよ」

 

つまらなそうな表情になり、ゾーラはシュバルツを解放した。そして近くに置いておいたのだろうか、自分の分の食事のトレーを持ってヴィヴィアンの右隣…サリアの真正面に座った。

 

「構わないよね?」

「構わんよ」

 

座ってから許可を取るのもどうかと思うが、とにかく許可を得たゾーラは楽しそうにサリアに視線を向ける。サリアはそんなゾーラに対してムッとした表情だったが、ぷいっと顔を背けて食事に精を出すことにした。

そんなサリアにゾーラは楽しくてしょうがないとばかりにクックッと笑いながら視線をシュバルツに向ける。

 

「さっきの続きだけど」

「何だ?」

「うちの隊員に手を出すのは勝手だが、傷物にしたらちゃんと責任は取ってくれよ」

 

その言葉にサリアが食事を咽喉に詰まらせ、エルシャが含んでいた水を吐き出した。

 

「? どったの? 二人とも」

 

一人意味がわからなかったのだろうか、ヴィヴィアンが不思議そうな表情でエルシャとサリアを見ていた。

 

「い、いえ…」

「何でもないのよ、ヴィヴィちゃん」

「そうなの?」

 

ヴィヴィアンが隣にいるゾーラを見上げた。

 

「本人達がそう言ってるから、そうなんだろうよ」

 

ゾーラは相変わらず楽しそうにクックッと笑っている。

 

「ふーん。変なの」

 

納得したのだろうか、それとも大して気にもしていなかったのだろうか、ヴィヴィアンはそれ以上気にも留めずに食事を続けた。対してゾーラはサリアとエルシャから厳しい視線を向けられたがそんなものは気にすることもなく楽しそうにシュバルツたちを見ていた。

 

「ゾーラ、あまりからかってやるな」

 

そんなゾーラを窘めるようにシュバルツが苦言を呈した。

 

「いやいや、大事な隊員だからね。隊長としての親心さ」

「それはどこまでが本気なんだ?」

「さて…ね」

「フッ、困ったものだな、全く。…お前たちも大変だな」

 

左右にいるエルシャとサリアに視線を走らす。

 

「本当に…」

「まあ、もう慣れたんですけどね。長い付き合いですから」

 

サリアは真顔で、エルシャは苦笑しながら答えた。と、遠くで突然物音が聞こえた。

 

「ん?」

 

何事かと思って物音のした方にシュバルツたちが視線を向ける。そこにいたのはアンジュと、ヒルダ・ロザリー・クリスの三人だった。

 

「またあの子達…」

 

そこにいた面子を見て、サリアが苦虫を噛み潰したような表情になる。ここからでは何を言っているのかは聞こえなかったが、その様子を見るにヒルダたちがアンジュに絡んでいるのは何となくわかった。

 

「いいのか? 止めなくて」

 

シュバルツがゾーラに訊ねる。ゾーラ自身は面子を見た瞬間に興味が失せたのだろう、黙々と食事を取っていた。

 

「構いやしないよ」

「しかし…」

「無理に押さえつけてもガスが溜まるだけさ。それなら面と向かってやりあってるほうが幾分建設的さ。それに…」

「それに?」

「初対面であんなこと言われりゃあね。あいつらがムカつくのもわかるってもんさ」

「……」

「大体、今から行ったところで間に合いやしないよ」

 

確かにゾーラの言葉通り騒動はもう終わっていた。去るアンジュとそれを追いかけるココとミランダ。対照的にその後姿を睨んでいるヒルダ達という構図になっていた。

 

「しかし隊長、早いうちに手を打ったほうが…」

「ええ。取り返しのつかないことにもなりかねませんし…」

「わかってるさ。けど、あの皇女殿下がまずは自分の立場ってものを認識してくれないとね。無理やりにでも現実を認めさせる出来事か、あるいは死なない程度にでも痛い目にでも遭ってくれればいいんだがね」

『……』

 

ゾーラの言うことに何も言えなくなり、サリアとエルシャは押し黙ってしまっていた。

 

(内輪の話に、要請されたわけでもないのに余所者が首を突っ込むわけにはいかんよな…)

 

シュバルツもそう判断し、口を差し挟むことは控える。

その後は何となく微妙な空気になり、結局はその微妙な空気のままシュバルツ達の昼食は終わった。

 

 

 

 

 

同日夜。

アルゼナル司令部、司令のジルの目の前に数通の手紙が無造作に置かれていた。

 

「何だ、これは?」

 

ジルが冷めた目でこれを持ってきた人物…アンジュに視線を向けた。

 

「私の皇室特権の適用と即時解放を求めた嘆願書です。これを、各国の元首に届けてください。今すぐにです!」

「まだわかってないの、貴方?」

 

相手にするのも面倒臭いという態度がありありと出ているジルの代わりに、傍らにいたエマが呆れ顔で眼鏡を上げた。

 

「いやはや、困ったもんですよ」

 

また違った方から声がする。そこにいたのはゾーラだった。寝間着なのだろうか、赤い薄手の着衣のようなもの一枚羽織っただけという、随分と扇情的な格好をしている。手にはアルコールが入っていると推測される小瓶を握っていた。

 

「そいつの頭の固さには」

「教育がなってないぞ、ゾーラ」

「申し訳ありません、司令!」

 

敬礼をして答えるゾーラ。そしてすぐ脇にいるアンジュに顔を向けると、

 

「お前でいいか」

 

と言ってその手を取った。そして、

 

「部屋、お借りします」

 

とだけ告げる。

 

「許可する」

 

ジルの返答を受け、そのままゾーラはアンジュを引っ張っていく。無論アンジュは抵抗するが、そんなもの意にも介さない。そんな二人が司令部を去った直後、非常事態を知らせる警報が鳴った。

 

 

 

 

 

「状況認識が甘いと、戦場では生き残れない」

 

部屋を移動したゾーラとアンジュ。アンジュはゾーラに組み敷かれ、机の上に抑えつけられて身体の自由を奪われていた。

 

「私は、皇国に帰るのです!」

 

自由を奪われてはいるが、アンジュの心は折れてはいなかった。叶わぬ願いに未だ縋っている。

 

「言ってわからないなら、身体に教え込むしかないねぇ」

 

そんなアンジュを弄ぶかのようにゾーラが顔を近づけ、そして口づけをした。

 

「!」

 

驚きと共に身をよじるアンジュ。しかし逃れることは叶わず、服の下に潜り込まれた手によって胸をまさぐられた。

 

「素直になれば、お前の知らない快楽を教えてやる…」

 

口付けを解いたゾーラがそう言って今度は首筋へと舌を這わせる。そしてその舌はゆっくりとアンジュの体を滑っていった。

その感触が気持ち悪いのか、それともゾーラの言った通り認めたくないが感じてしまっているのかはわからないがアンジュが身を捩る。と、愛撫に夢中になっていて拘束が甘くなったのか、右腕が自由になった。

 

「っ!」

 

そのままアンジュは思いっきりゾーラを平手打ちする。その拍子に何かが吹っ飛んだ。

 

「ひっ!」

 

それがなんだかわかってしまったアンジュが悲鳴を上げる。それは『目』だった。…いや、勿論吹っ飛んだのだから本物の目ではなく、義眼なのだろうが。

 

「ふふふ…いいねいいねぇ。そうでなくっちゃな、ノーマは」

 

左頬を赤くして楽しそうに笑いながら顔を戻したゾーラの、はたして右目は空洞になっていた。

 

「わ、私はノーマでは…」

 

恐怖を感じながら否定の言葉を紡ぐアンジュ。そんなアンジュを気にすることもなく、ゾーラは吹っ飛ばされた自身の『目』を拾い上げる。

 

「目玉吹っ飛ぼうが、片腕吹っ飛ぼうが、闘う本能に血が滾る…」

 

拾い上げた目を軽く一舐めするとそれを定位置に戻す。

 

「それがあたしたちノーマだ」

 

再び距離を詰めたゾーラに、アンジュはもう一度平手打ちを見舞う。しかしそれは見切られ、再び拘束されてまた服の中に手を滑り込まされた。

 

「昂ぶってんじゃねえか、あたしを吹っ飛ばして」

「違います!」

 

指摘にアンジュは反論するも一向に意に介さず、ゾーラはまた首筋を舐め上げた。

 

「思い出すねぇ…お前も不満だったんだろう? 偽善塗れの、あの薄っぺらい世界が」

「違います!」

 

反論を重ねるもゾーラは気にする様子もない。そのまま先程の続きへと移ろうと組み伏せた時だった、警報が鳴り響いたのは。

 

「チッ! いいところだってのに!」

 

心底忌々しそうな表情でゾーラが舌打ちすると、アンジュを解放する。

 

「本番だ、アンジュ!」

 

それだけ言い残すとゾーラはさっさとその場を後にした。解放されたアンジュは忌々しそうな表情で唾を吐き、乱れた着衣を直して同じようにその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

「これは警報…敵襲か!?」

 

一方自室にいたシュバルツも、非常事態を認識して厳しい表情になっていた。そしてそのまま自室を出て自身の搭乗機…ガンダムシュピーゲルの元へと向かった。

 

 

 

 

 

敵襲を知らせる警報が発令してものの数分、格納庫は慌しい様子になっていた。整備班は各パラメイルの発信準備に追われ、そこかしこから館内放送や指示がひっきりなしに飛んでいる。そして格納庫の一角には、パラメイル第一中隊が集合していた。

 

「だから、貴方は後列一番左のやつに…」

 

アンジュがサリアから指示を受けているが、その表情は浮かないものだった。しかし、そうこうしている間にも出撃準備は進んでいく。

 

「行くぞ!」

 

やがて準備が整い、ゾーラの号令と共に第一中隊の面々が各々自分のパラメイルに乗り込んだ。新兵以外は各自、手際良く一連の動作を進めていく。

 

『生娘ども、初陣だ! お前たちは最後列から援護! 隊列を乱さず、落ち着いて状況に対処しろ! 訓練通りにやれば死なずに済む!』

『イ、 イエス、マム!』

(これって、あの…)

 

ココ、ミランダの両名は緊張しながらもゾーラの通信に返答したが、アンジュだけは自身も搭乗しているパラメイルに気を取られていた。

 

「ゾーラ隊、出撃!」

 

発信指示に従い、パラメイルが飛び立っていく。先陣を切ったのは勿論隊長であるゾーラだった。その後を各パラメイルが続く。その中には勿論、アンジュの姿もあった。

 

『モノホンのパラメイルはどうだ? 振り落とされるんじゃないよ!』

『は、はい!』

 

発破を掛けるゾーラとそれに答えるココとミランダ。そんな二人とは対照的に、アンジュは外に出たことである企みを考えていた。

 

 

 

 

 

『聞こえるか、シュバルツ』

「ジルか」

 

第一中隊が発信した直後、シュピーゲルに搭乗して戦闘準備をしていたシュバルツの元にジルからの通信が入った。

 

『今回はお前にも出撃してもらいたい』

「了解した。ということは、戦場はこの近辺か」

『いや、ここからは大分離れた場所になる』

「何?」

 

ジルの言葉にシュバルツが顔を顰める。

 

「話が違うぞ、どういうことだ?」

『そう凄むな。勿論、ちゃんとした理由はある』

「聞かせてもらおう」

『簡単なことだ。我々はお前の実力をまだ知らない。だから訓練ではなく実戦でそれを見せて欲しいのさ』

「そういうことか。良かろう、今回に限っては了解した。ただ、戦場が遠ければ遠いほど、到着は遅くなるぞ」

『構わん』

「承知。ガンダムシュピーゲル、シュバルツ=ブルーダー、出る!」

 

目に光が宿り、シュピーゲルが起動する。そしてパラメイル第一中隊の後を追うようにシュピーゲルが発進していった。

 

(見せてもらうぞ、貴様の実力の程をな)

 

指先でアンジュの指輪を弄びながら、ジルは発進していったシュピーゲルの後姿へと視線を向けていた。


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