機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

今回は最終決戦直前のお話になります。

次回以降、最終決戦です。色々考えているのですが、上手くまとめられるか、そして楽しんでいただけるかが非常に怖いところです。(笑)

楽しんでいただけるように頑張りますので、それまではこちらでお楽しみください。

では、どうぞ。


NO.57 黒いサンタのプレゼント

ミスルギ皇城。外ではエンブリヲの計画が着々と進む中、エンブリヲ自身は卓上に地図を広げ、そこに駒を置いて来るべき戦いのシミュレーションをしていた。背後には、離反したエルシャを除く四人のダイヤモンドローズ騎士団の面々が控える。

卓上を見ながらニヤリと笑う中、外では新たな世界の創造の犠牲者が刻一刻とその数を増していった。もう人間の世界のかなりの地域が破壊され、そしてそれに比例するかのように、夥しい数の人間がその計画に巻き込まれて生命を落としていた。

 

「重力波干渉計が、急激な振動を検出」

「始まったのですね、時空融合が」

「マナが使えなくなったのは、アウラの全エネルギーを時空融合に注ぎ込んでいるためでしょう」

 

アウローラのブリッジで、状況の分析が行われている。混乱しているのは何も人間の世界だけではない、真なる地球でも遂に始まった時空融合を、大巫女以下の全ての面々が固唾を飲んで状況の推移を見守っていた。

 

「エプトンの放射強度より予測される時空融合の境界分布、出ました」

「予想される、時空融合の中心点は?」

 

サラが一番重要な点を尋ねる。

 

「ミスルギエリア、暁ノ御柱です」

 

データが示した地点は、やはりと言うか当然と言うかエンブリヲのいる場所、そしてアウラのいる地点だった。

 

「二つの地球が混ざり合った時、全ては破壊され死に絶えるでしょう」

 

そこで一度言葉を区切り、サラがゾーラを覗き見た。

 

「その前に何としても、アウラを奪還せねばなりません」

「ああ」

 

ゾーラはその言葉に、重々しく頷いた。

 

「それじゃあ行こうか、お姫様。神様相手に大勝負だ」

 

今度はサラが頷いた。ゾーラは振り返ると指示を出す。

 

「アウローラ、機関全速! 目標、暁ノ御柱!」

 

ゾーラの指示を受けてオペレーターの一人、オリビエがアウローラを起動させる。と、その途中で不意に電子音が鳴った。

 

「通信です! スピーカーに切り替えます」

 

振り返ってオリビエがそう報告した直後ノイズが走り、そして次に、

 

『アウローラ、聞こえる? こちらアンジュ』

 

アウローラに懐かしき声が響いたのだった。その声に、ブリッジの面々が顔を綻ばせた。

 

「これより帰投する。アウローラ、返事しなさい!」

『聞こえてるよ、うるさいね』

 

ヴィルキスへと返ってきた通信はゾーラのものだった。

 

『威勢良く飛び出していった割には随分早い出戻りじゃないか』

「何とでも言って。そんな状況じゃないのはわかってるでしょ」

『ふん、まあそりゃそうだ。さっさと戻ってきな、あんたに客もいることだしね』

「客?」

 

ゾーラの一言に怪訝な表情をしたアンジュだったが、すぐにその客が誰かというのはわかることになった。

 

『アンジュ』

「! その声はサラ子! アウローラに合流していたの?」

『ええ。めでたく手を組むことになりましたので』

「そ。よろしく頼むわ」

『こちらこそ』

 

そこでまた通信の主がゾーラに変わった。

 

『それと…そこにいるんだろ、シュバルツ!』

 

突然の指名にアンジュたちの一団の、他ならぬシュバルツ自身を除く視線がシュバルツに集中した。

 

「……」

 

取り敢えず沈黙で応える。こう言われたということはつまり、抜け出したことがバレてしまったということに他ならないのだが、それでも一応カマをかけられている可能性も有り得るために沈黙したのだった。

返答が返ってこないことにムッとしたゾーラが再び口を開く。

 

『ナオミから経緯は聞いたよ。正直に白状しな』

(やはり、隠しきれなかったか)

 

一縷の望みをかけて、ゾーラの発言がカマをかけていることであってほしいと願っていたシュバルツだったが、やはりそれは無理だったようだ。事ここに至っては諦めるしかなく、シュバルツは徐に口を開いた。

 

「ああ」

 

シュバルツの返答に、アウローラのブリッジは色めき立つ。いくら信じているとはいえ、エンブリヲのあの映像はやはり彼女たちの脳裏から簡単に拭いきれるものではなかった。そしてそんな彼女たちを安心させるのに、これ以上の良薬はなかった。

通信だけだから当の本人であるシュバルツは知る由もないが、シュバルツの返事を聞いたアウローラのブリッジでは、彼に思いを寄せる面々の表情が明らかに明るいものに変わっていたのである。

 

『全く、舌の根も乾かないうちに嘘をつくんじゃないよ』

「『お前たちを置いて何処にも行かん』と言ったことだな?」

 

シュバルツが尋ねる。

 

『ああ』

「それについては済まないと思っている。が、ナオミから事情を聞いたのだったら理解してもらいたい」

『理解はしてるさ。けど、だからってそれで納得できるかと言ったらそれはまた別問題だよ』

「む…」

 

そう言われては返す言葉もない。

 

『落とし前はつけてもらうよ。だから、無事に帰ってきな』

「わかった」

 

そこでアウローラからの通信が途切れた。

 

『相変わらずモテモテじゃない』

 

揶揄するように、今度はアンジュからシュバルツの元に通信が入った。

 

「それは皮肉か? 本心か?」

『さあね♪』

「相変わらず口の減らん奴だ」

 

二人のやり取りに、モモカやミランダ、ココがクスクスと笑った。こうして一行は、最終決戦直前とは思えないリラックスしたムードの中で無事にアウローラまで帰投したのだった。

 

 

 

 

 

『アンジュ!』

 

アウローラの格納庫にて、無事に帰投したアンジュ以下の面々をアウローラの主だった面々が迎えた。

 

「ただいま、みんな」

 

駆け寄ってきた面子にアンジュが返事を返す。

 

「何処ほっつき歩いてやがったんだ、テメーはよ! …って、お前たち!?」

「ココ! それにミランダも!」

 

ロザリーが毒づくが、直後に驚愕の表情を見せた。が、無理もない。遥か以前に死んだはずの新兵の姿がそこにあったからだ。ロザリーは驚いたが、彼女とは対照的に深く考えないヴィヴィアンは嬉しそうに微笑んで、二人へとダイブした。

 

「わ!」

「お、お姉さま!?」

 

二人がかりで何とかヴィヴィアンを受け止めたココとミランダが、驚きの声を上げる。

 

「何で!? 何で二人とも生きてるの!?」

「えっと、それは…」

 

ココがミランダに視線を向けた。上手く説明できないのか、ミランダにその役割は任せたいようだった。

 

「よくわからないんです。気がついたらベッドに寝かされて、介抱されてたんで」

 

とは言えミランダも状況把握としてはココとそう変わらない認識のため、素直に自分の状況を説明することしかできなかったのだが。

 

「そっか~。でも良かった。また会えて嬉しいよ!」

「お姉さま…」

「ありがとう…ございます…」

 

心の底から自分たちを心配してくれ、そして再会を喜んでくれたヴィヴィアンにココとミランダは涙ぐみながら感謝の言葉を浮かべた。その姿を、アンジュをはじめとする他の面々も微笑ましそうに見ていた。

と、少し遅れて歩み寄ってきたマギーとジャスミンが、今格納庫に搬入されているタスクのマシンを見て懐かしそうな表情になる。

 

「これって、ヴァネッサの機体?」

「ああ。母さんのアーキバスだ」

「まだ飛べたんだね…」

 

懐かしさと共に嬉しさも二人の表情から感じ取れた。そこに、新たな面子が加わる。

 

「モモカさん、無事だったのね!?」

 

姿を現したのはエマだった。

 

「監察官さん。…あ、お酒、止められたのですか?」

 

アンジュたちの前に姿を現したエマは、以前の彼女に戻っていた。指摘されたエマはバツが悪そうにモモカから視線を外した。

 

「飲んでいる場合じゃないわ…。私も、リベルタスに参加します! 知ってしまったもの、人間とマナの真実を…」

 

エマの決意を真剣な表情で聞いていたアンジュが、格納庫にある見慣れたが見慣れぬ機体に気が付いた。

 

「あれって…」

「帰ってきたの、エルシャ」

 

ヴィヴィアンが答える。

 

「何かね、目ぇ覚めたって言ってた」

「そう。エルシャが」

 

納得したアンジュ。そこにまた、新たな面子が加わってきた。

 

「何も知らないのは貴方だけですよ、アンジュ」

「サラ子」

 

姿を現したサラたち一行をアンジュが迎える。先ほどの通信でここにサラたちがいるのは知っていたとはいえ、やはり実際に目の当たりにすると気分も違ってくるのだろう。

 

「先ほども申し上げましたが、アウラの民とノーマは同盟を結びました。貴方はいかがなさいますか?」

「参加してあげてもいいけど?」

 

実にらしいアンジュの返答である。

 

「共に戦う時が来たのですね。互いの世界を護るために」

 

サラが手を差し出した。が、

 

「違うわ、サラ子」

 

アンジュはそれを拒否する。一瞬驚いたような表情を見せるサラたちだったが、

 

「私は、あの変態男に世界を好き勝手にされるのが我慢できないだけよ」

 

というアンジュの返答と、差し出した手を結んだことに安堵した。

 

「ところで…」

 

握手を解いた後、少し頬を赤らめてサラがコホンと一つ咳払いをした。

 

「ん?」

「その…シュバルツは?」

「は? 何言ってるの? シュバルツならそこに…」

 

そう言って振り返ったアンジュだったが、最後尾にいるはずのシュバルツの姿はそこになかった。

 

「え?」

「あ、あれ?」

 

狐に摘ままれたような表情でその姿を探すアンジュ。タスクも驚いて周囲を見渡すが、その姿はどこにもなかった。

 

「ちょっと…」

 

途端にアンジュの顔色が蒼ざめる。が、それは何もアンジュだけではない。出迎えた面々も次々に表情を蒼ざめさせていた。

 

「まさか、また何処かに?」

「じょ、冗談じゃないわよ!」

 

タスクが呟いたことを慌てて否定するアンジュ。そして、

 

「シュバルツ、何処!? 返事しなさい!」

 

焦燥感に駆られながら取り敢えず格納庫に響き渡る大声でシュバルツを呼んだ。と、

 

「五月蠅いぞ」

 

アンジュたちの背後からその声が聞こえた。慌てて全員が声のした方向に振り返ると、そこには普段と変わらぬシュバルツの姿があった。

 

「ちょっとぉ…」

 

そこにいることに安堵したアンジュがヘナヘナと膝に手をついた。他の面々も、変わらぬその姿に一様にホッとした表情を見せる。

 

「五月蠅いじゃないわよ。何処行ってたのよ、あんた」

 

愚痴とも恨み節ともつかない口調でアンジュが唇を尖らせた。

 

「別に何処にも。ただ、せっかくの再会なのだからな。邪魔するのも気が引けたので、一段落するまで姿を消していただけだ」

「変な気を使わないでよ。それに、ここにいる皆はあんたにも用があると思うけど?」

「む…」

 

シュバルツが返答に詰まる。チラと周囲を見渡すと、確かに集まったうちの相当数が何かを言いたそうな目をしていた。

 

(ふむ…)

 

愚痴か、文句か、それとも別の何かかはわからないが、受け止めなくてはいけないようだった。何より、こういった状況を作った原因は自分にあるのだ。なかったことにはできないのは明白だった。ということで、

 

「その…すまなかった」

 

取り敢えず、謝罪から入ってみた。と、ゾーラ、ヒルダ、ナオミ、そしてサラたち御一行がシュバルツの元に近づいてくる。

 

「ロザリー、司令は何処?」

「あ? ああ、今の司令は…」

 

シュバルツを尻目にロザリーから説明を受けたアンジュが格納庫を出て行く。シュバルツの元に集まろうとしている面々を除いた他の面々は、彼女の後について格納庫を出た。

 

(成る程、私一人で対処しろということか)

 

それに気付いた頃には、シュバルツはすっかりゾーラたちに取り囲まれていた。

 

「弁明を聞こうじゃないか」

 

正面で相対したゾーラが腕を組んでシュバルツに問い質した。但し、その様子からは怒りという感情は見えてこず、どちらかと言うと除け者にされた不満が見て取れた。

 

「エンブリヲに脅されて「それはいい。あたしが聞きたいのは、何でナオミにだけ出張るのを教えたのかってことだ」…」

 

シュバルツが全てを言い終わる前にゾーラが遮って、聞きたいことを具体的に指示する。

 

「…他意はない。エンブリヲのところに向かうとき、部屋を出た際にたまたまナオミに会ったからだ。少しの間とは言えここを空けるのは事実なのでな、その際に何かあったときのための奥の手を残しておきたかったというのもある。何より、もし何も言わずに空けてしまい、それがバレた時には大騒ぎになるだろう。故に、ナオミには損な役回りをしてもらっただけだ」

(あたしに言ってくれればよかったのに…)

 

誰にも聞こえないように口の中でゾーラが呟いた。頭ではわかっていても感情が納得できないのだ。

 

「…あんたの心遣いはありがたいよ。大事にしたくないから打ち明けるのは最少人数でっていうのもわかるさ。けどせめて、今の時点では司令であるあたしにだけは追加で打ち明けてほしかったね」

「そう言われると、返す言葉もないがな」

 

素直に非を認めたシュバルツだったが、ゾーラはまだお冠である。もちろん、打ち明けてくれなかったという不満もあるのだろうが、それと同じぐらいかそれ以上に彼女の心を焦がしているのは嫉妬だった。要するに、ナオミだけに秘密を共有したのが我慢できなかったのである。

そして、同じようにそのことに対する不満と嫉妬を内に秘めた人物がもう一人。

 

「ん?」

 

不意に、シュバルツが左腕に違和感を感じた。それと同時に、

 

「…おい」

 

ゾーラが底冷えのするような声でシュバルツの左に視線を向ける。シュバルツも同じように自分の左側に目を向けると、そこにはいつの間に移動したのか、自分の右腕をシュバルツの左腕に差し込んで、しれっとその身を預けているヒルダの姿があった。

 

「ヒルダ?」

 

思わぬ行動にシュバルツが疑問符を浮かべるが、その手を離す気配はない。それがわかったゾーラは更に剣呑な視線になってヒルダを睨んだ。

 

「何やってんだ、ヒルダ」

「見りゃわかるだろ」

 

だがヒルダも素直に離れるほど肝は小さくない。どころか、ゾーラに相対するというか刃向かうかのように言い返した。

二人の視線がぶつかり合い、その間に火花が散る。その様子から、どちらも互いに譲る気はないのは明白だった。

 

「…いいからそこをどきな。今はあたしがコイツと話してるんだ」

「話なら勝手にすればいいだろ。あたしは…」

 

そしてヒルダがギュッと、シュバルツの腕に絡めた自分の腕に更に力を入れる。

 

「コイツの温もりを感じてたいんだよ」

「…いい度胸してるじゃないか」

 

ゾーラが口元をヒクつかせながらヒルダを更に睨んだ。が、ヒルダも流石に歴戦の勇士だからか涼しい顔してそれを受け流す。

そしてそれを見ている残り二つの当事者…ナオミはゾーラの後ろで顔を青くしながらアワアワと泡を食っていた。が、もう一方の当事者はというと、

 

「成る程」

 

シュバルツの空いているもう一方、右側に寄るとヒルダと同じようにその腕を絡めた。

 

「サラ?」

「…おい、お姫さん」

 

お荷物が減るどころか増えたことにゾーラが凍えた視線のまま、今度はシュバルツの右隣で身体を寄せるサラをその視線で射抜く。

が、当然サラも臆することなくゾーラに受けて立った。ヒルダはと言うと、自分の現状を棚に上げてゾーラと同じように鋭い視線でサラを睨むが、それでも左半分を独占しているだけにゾーラよりは幾分か納得しているようである。

治まらないのはゾーラだった。事情を聞こうとしたところでライバルたちに先を越されたのだから。惚れた男の左右にライバルが引っ付いてるんだから腹立たしいのは当然のことだろう。とは言え、ここで掴みかかって取っ組み合いになるような真似はしたくないのもまた事実だった。

それは、せっかく締結した同盟を懸念してなどといったもっともな理由からではない。シュバルツの前でそんな姿を見せたくないというだけのことであった。人の喧嘩など見たくもないだろうし、自分も見せたくはない。相手が惚れた男なのだからそんな醜態は晒したくないというのは尚更である。

とは言え、だから腹が立たないかと言われればそんなことは決してない。こんな光景見せられてイライラするのは当然だが、それでも立場上、そして女の矜持として見苦しい真似は見せられなかったのである。

 

(…まあ、いいさ。二人きりで楽しめる機会はまだたっぷりある)

 

というか、そう思わないとやってられないというのが正直なところだろうか。シュバルツの左右にくっついているヒルダとサラの嬉しそうな、そして熱を帯びた表情が更にゾーラの怒りに拍車をかけたため、ゾーラは無理からそう思うことにした。そして、気持ちを落ち着かせるために一度大きく息を吐いた。

 

「…取り敢えず、ブリッジへ行こうか」

「わかった」

 

身を翻し、ゾーラは頷いたシュバルツを先導する。その左右は、相変わらずヒルダとサラにがっちり固められていた。そして、その当事者であるヒルダとサラはシュバルツを挟んでお互いに火花を散らせていた。その少し後ろを、ナーガ・カナメ・ナオミがついてくるという構図になっていた。

 

「ゾーラ」

 

ブリッジへと向かう道すがら、シュバルツが思い出したように口を開いた。

 

「何だい?」

 

ゾーラがチラッと振り返る。先導していることに加えてシュバルツの左右で寄り添うヒルダとナオミをなるべく目に入れてくないのだろう、しっかりと振り返ることはしなかった。

 

「さっき格納庫で少し話題に上ったが、エルシャが戻ってきているというのは本当か?」

「ん? ああ。ようやく甘い夢から醒めたみたいだからね」

「そうか」

「それがどうかしたのかい?」

 

少し引っかかったゾーラがシュバルツに尋ねた。

 

「少しな。あいつに返すものがある」

「返すもの?」

 

シュバルツの左側に相変わらず引っ付いているヒルダがシュバルツを見上げる。

 

「ああ」

「何だよ、それ」

「何、すぐにわかる」

「ふーん…」

 

返答をはぐらかされて面白くなさそうな顔をしたヒルダとそれが気になるゾーラだったが、それでもシュバルツが口を閉じた以上、深入りするのは諦めた。すぐにわかるというのだからそれを待つことにしたのだ。そんな中、シュバルツがサラに顔を寄せる。

 

(サラ、リィザに連絡を。預け物をこちらに持ってきてくれるように手配してくれ)

(わかりましたわ)

 

お互い囁くようにそう会話したのだが、それが面白くない人物がいた。彼女は手を伸ばすとシュバルツの頬を引っ張って無理やりサラから引き剥がす。

 

「痛ッ!」

 

思わぬ痛みに思わず短く悲鳴を上げたシュバルツに、何事かとビックリしたゾーラが振り返ると、そこには頬を膨らませながらシュバルツの頬を摘まみ上げているヒルダの姿があった。彼女の強制的な誘導に従い、シュバルツは元の位置まで顔を戻すことになる。

 

「……」

 

抓られた頬を擦ろうにも左右をがっちりホールドされているのでそれもできず、仕方なく様子を窺うかのようにシュバルツはヒルダに視線を向ける。サラから離れて元の位置に顔が戻ってもまだ不満なのか、ヒルダは相変わらず頬を膨らませていた。そして、その不満を表すかのように更にギュッと腕を組んで身体を寄せる。

が、そうすると反対側を占拠しているサラも負けじとしっかりと腕を組んで身体を寄せた。その様子を目の当たりにすることになったゾーラの負のオーラはますます増大し、ナーガとカナメはその様子を面白そうに、ナオミは一人ハラハラしながら移動するという、中々にカオスな構図になっていた。

 

(やれやれ…)

 

自らの蒔いた種とは言え、戻ってきてそうそうこれでは先が思いやられるなと、半ば他人事のようにシュバルツは思っていた。こうして一行は、そのカオスな状況のままブリッジへと向かったのだった。

 

「……」

 

その途上、シュバルツはしきりに己の手の平に視線を向けると、何かを確認するように握って開いてを繰り返したのだった。

 

 

 

 

 

「良く帰ってこられたな」

 

ジルの声が私室に響き渡った。

 

「ええ、皆のおかげよ」

 

その皮肉にアンジュが答える。ロザリーから一部始終を聞いたアンジュは、一人ジルの私室を訪れていた。

 

「で、私を笑いにきたのか?」

 

自虐気味にジルが尋ねた。

 

「笑われるようなことした自覚はあるのね」

 

皮肉で返され、ジルがムッとした表情を見せる。

 

「ま、エンブリヲに手籠めにされたなんて、誰にも言えるわけないか」

「喧嘩を売りにきたのか」

 

ジルが剣呑な表情を浮かべて立ち上がる。

 

「聞きたいことがあるだけよ」

 

そこでアンジュはスッと目を細めた。そして、

 

「エンブリヲの殺し方、教えて」

 

核心に入る。

 

「何?」

「あいつは死ぬたびに、不確定領域の多重存在と入れ替わる。タスクから聞いたわ」

「……」

 

アンジュの言葉にジルが考え込んだ。

 

「貴方、言ったわよね。ヴィルキスじゃなければエンブリヲは倒せないって」

 

そこまで聞き、ジルが大きくタバコの紫煙を吐き出した。

 

「…その不確定世界のどこかに、奴の本体がある」

「え?」

「私は辿り着けなかったが、歌を知り、ヴィルキスを解放したお前なら…」

「そう。わかったわ。…で、貴方はどうするの? ここで引き篭もってるつもり?」

 

アンジュが真っ直ぐにジルに尋ねる。

 

「司令官はゾーラに譲った」

 

ジルはアンジュから視線を外すと、伏し目がちになりながら口を開いた。

 

「腑抜けたこと言ってるんじゃないわよ!」

 

そんなジルに、怒りをあらわにしながらアンジュが詰ってその襟首を掴む。

 

「貴方の復讐に巻き込まれて、どれだけの人が人生狂わされたと思ってるの!?」

「…私に何が出来る。革命にも復讐にも失敗した、この私に」

「っ!」

 

自嘲気味に吐き捨てたジルを、アンジュは平手で叩いた。

 

「…私を逃がしてくれたのは、サリアよ」

「!」

 

アンジュが言った内容に、ジルは驚いたような表情を見せた。

 

「哀れだったわ。貴方を忘れるために、エンブリヲに入れ込んじゃって。…責任、ないとは言わせないわよ。アレクトラ=マリア=フォン=レーベンヘルツ」

 

それだけ言い残すと、用は済んだとばかりにアンジュはジルの私室を後にした。後には、唇を噛んで俯いているジルが残されただけだった。

そうしている間にも、時空融合は粛々と進んでいる。偽りの地球でも真なる地球でもその被害は確実に増していた。

 

「皆の者、下がれ! アウラの塔まで下がるのじゃ!」

 

真なる地球では、大巫女が指示を出して民衆を避難させる。一方、偽りの地球では、

 

「これは王族専用機だぞ!」

「いいから乗せろよ!」

 

民衆が暴動寸前まで追い詰められていた。ミスティの乗るその王族専用機の機体に石が投げつけられ、ミスティが不安げな表情を見せている。

 

「旧世界の破壊は粛々と進行している」

 

そんな中、元凶の調律者様は悠々とゲームを楽しんでいた。その口ぶりも実に楽しそうである。

 

「君たちは時空融合が完成するまで、アウラを護ってくれ。いいね?」

『イエス、マスター!』

 

エンブリヲの命令に敬礼して服従の意を表すダイヤモンドローズ騎士団。その中で、サリアの表情だけは醜く歪んでいた。

 

 

 

 

 

「さっき、サラさんに聞いたんだ。アウラもアウローラも、『光』を意味する古い言葉なんだって」

 

ジルを詰った後、アンジュはタスクと共にアウローラのとある通路で二人の時間を過ごしていた。目の前を流れていく海の姿を見ながら、タスクがそんなことを呟いた。

 

「へぇ…」

 

感心したようにアンジュが呟く。

 

「闇に包まれた世界に光を取り戻す…か。生きて帰ろう、アンジュ。必ず俺が護るから」

「…貴方といいシュバルツといい、護ってもらってばかりね、私。何か、してあげられること、ない?」

「君が無事なら、それで」

「そういうのいいから!」

 

負担にならないようにとタスクは気遣ったのかもしれないが、どうやらお姫様のお気には召さなかったようだ。不満気な表情でアンジュは肩に置かれたタスクの手を振り払った。

 

「えぇと…じゃあ、お守り的なものがもらえたらな…なんて」

 

お姫様のお気に召さなかったようなので、タスクは深く考えずに取り敢えずそうお願いしてみることにした。

 

「私、何も持ってないし…」

 

タスクのお願いにアンジュが表情を曇らせる。が、次の瞬間、何かに思い至ったアンジュが不意に頬を赤らめた。

 

「あっち向いて!」

「へ?」

「いいから!」

「え…あ、あぁ、はい…」

 

勢いと迫力に押されてタスクが後ろを向く。それを確認すると、アンジュは頬を赤らめたまま徐に自分の下着に手を掛けると、それを脱いだ。そして、それをタスクのズボンのポケットに丸めて突っ込む。

 

「これくらいしか、ないけど」

「え? あ? 温かい?」

 

突っ込まれたものが何かわからずにタスクが素直な感想を口にした。まあ、何かわかったとしたらそれはそれで恐ろしいのだが。

 

「ーっ! 見ない! 出さない! 調べない!」

 

タスクがそれを何か確認しようと、ポケットに手を向かわせたところで、真っ赤になったアンジュがその手を止める。そして、そう念を押した。

 

「いい? 帰ってきて必ず返して! でないと、風邪ひくから!」

 

恥ずかしさに赤面しながら、そのままアンジュはその場を走り去った。

 

「まさか…」

 

それまでの一連の行動や真っ赤になっていたアンジュの表情に、タスクはポケットに手を突っ込んで、その中身を調べようとする。が、寸でのところで思いとどまった。

 

「必ず、返さなきゃね」

 

妙な雰囲気の空間の中、タスクがはにかみながら、そう決意を新たにしたのだった。

 

 

 

 

 

ブリッジ。主要な面々が顔を突き合わせている中、不意にドアが開いてそこに新たな顔が加わった。

 

「来たか」

 

その顔を見て声を上げたのはゾーラだった。

 

「隊長…」

「おっと、今は司令さ。暫定ではあるがね」

「そう…ですか。あの…今まですみませんでした」

 

そう言って彼女…エルシャはペコリと頭を下げた。

 

「いいさ。スパイだったらどうしようかとも思ったんだが、どうやらその可能性はなさそうだしね」

「ええ」

 

そこでエルシャは、ブリッジにその姿を見つけて声を上げる。

 

「ミスター…」

「戻ってきたそうだな。皆から聞いた」

「え、ええ…」

 

そこでエルシャはシュバルツからプイっと顔を背けてしまった。

 

「? どうした?」

 

その反応に、シュバルツが思わず尋ねる。

 

「だ、だって、顔向けできませんもの。当然皆にもですけど、特にミスターには…」

「気にするな。それにお前も、犠牲は払ったのだからな」

「! ええ…」

 

何のことを言われたのか即座に分かったエルシャが表情を暗くした。

 

「ちょっとシュバルツ、いくらなんでもそれは」

 

デリカシーなさすぎと続けようとしたナオミだったが、シュバルツに目で黙るように促されてその先は引っ込めた。そして、今度はそのままサラに目を向ける。と、サラは無言でコクンと頷いた。

 

「さて、では、戻ってきたお前にちょっとした復帰祝いを渡そうか」

「え?」

 

エルシャがビックリした表情になってシュバルツを見た。それはゾーラやヒルダ、パメラたち三人も同様だった。と、直後にまるでタイミングを見計らったかのようにエルシャの背後のドアが開き、そして、

 

『ママ!』

 

二度と聞けないはずの声がブリッジに響き渡った。

 

「!」

 

その声に、エルシャは驚愕の表情を浮かべて瞬時に振り返る。と、次々に声の主…死んだはずの子供たちがエルシャに飛びついてきた。

 

「あ、貴方たち!? どうして!?」

 

混乱しながらも何とかそう尋ねるエルシャ。それは他の面々もそうだったようで、皆一様に目を丸くしている。いつもと変わらないのはシュバルツとサラたちだけだった。

 

「あのねあのね、お兄さんとドラゴンのお姉さんが助けてくれたの!」

 

再会の喜びに感極まる子供たちの中で、一人の子が何とかそう説明する。

 

「ミスターと…ドラゴンのお姉さんって?」

「あのお姉さん!」

 

その子が今入ってきたドアを指さすと、そこにはいつの間に入ってきたのか、リィザの姿があった。

 

「あ、貴方は…」

「ご苦労様でした、リィザ」

 

サラがリィザに労いの言葉を掛ける。

 

「いえ、私は彼の望み通りにしただけですので」

 

そこでエルシャが再びシュバルツに視線を向けた。

 

「ど、どういうことなんですか、ミスター!?」

「何、ちょっと手を打っていただけだ。彼女に協力してもらってな」

 

そこでシュバルツは、この件の経緯を手短に話し始めた。

 

 

 

 

 

『何でもすると言ったな?』

 

ミスルギの皇城、リィザの手当てを終えて立ち去ろうとしたシュバルツが、リィザの一言に足を止めた。

 

『え? え、ええ。私にできることであれば』

『では、一つ頼まれてほしいことがある』

『何かしら?』

『うむ』

 

頷くと、シュバルツは振り返ってリィザと正対する。

 

『この城に…と言うより、エンブリヲの許にアルゼナルから離反してきたメイルライダーが数人いるのは知っているな?』

『ええ』

『結構。では、その中にエルシャという、大勢の子供たちの面倒を見ているライダーがいるのだが、それもわかるか?』

『そのメイルライダーの顔はわからないけど、確かにこの場に不似合いな子供たちが何人もいるのは知っているわ』

『ああ、それで構わん。で、ここからが本題なのだが、ここが戦場になったとき、その子たちを匿って保護してほしい』

『保護…って、どうやって?』

 

リィザが思わず尋ねる。頼みごとを聞くのは構わないのだが、ここが戦場となるのであれば、安全な場所に匿うことなど今の自分にはできない相談だった。が、シュバルツはニヤリと笑う。

 

『あるだろう? お前たちの世界が』

『! 私たちの世界へ連れて行けと!?』

『その通りだ』

 

シュバルツが頷いた。

 

『何、今後ずっとそちらで面倒を見ろとは言わん。一時的に避難させてくれればそれでいい』

『それは…命の恩人の頼みならば聞きたいけど、私の一存では…』

 

リィザが言葉を濁す。確かに頼まれたことがことだけに、彼女の一存では如何ともしがたいのだろう。

 

『心配はいらん』

 

そんなリィザの内心を見透かしたかのように、シュバルツが言葉を続けた。

 

『? それは何故?』

 

リィザが当然、その根拠をシュバルツに尋ねた。

 

『不可抗力とはいえ、お前たちの世界の連中に大きな貸しを作ったのでな。大巫女も嫌とは言えんだろさ』

『そう。そういうことなら』

 

そうは言われてもまだリィザは半信半疑のようだったが、嘘ならばその子供たちの身柄が危険にさらされることになる。そんな真似を目の前の人物がするようにはとても思えなかったので、リィザは了承することにした。

 

『頼む。戦闘員であるメイルライダーたちならば死ぬ覚悟もあるだろうが、まだ年端もいかぬ子供たちが死ぬような事態は避けたい。アウローラに何も告げずに来た以上、私もなるべく早く戻らねばならぬのでな』

『わかったわ。できる限りのことはするわ。約束する』

『では、くれぐれもお願いする』

 

丁重に頭を下げると、シュバルツは部屋を後にしたのだった。

 

 

 

「その時点では、あそこが戦地になるのはまだ幾許かの余裕があると思ったのだが、予想外に早く戦闘が始まってしまってな。私もまだミスルギの皇城に残っていたために、子供たちの避難に協力したのだ」

 

 

 

『お前たち!』

 

エルシャと別れた場所まで戻ってきたシュバルツは、近辺に視線を走らせた。そして、とある一本の木の許に、その木を遮蔽物としてうずくまっている子供たちの姿を見つけ、駆け寄った。

 

『お兄さん!』

 

シュバルツの姿を見つけた子供たちは、我先にとシュバルツに駆け寄る。

 

『無事か、お前たち』

『あーん、お兄さーん!』

『怖かったよぉ!』

 

シュバルツに出逢えた安心感からか、子供たちは次々に泣き出す。だが、のんびりと安堵感に浸っている暇はないのであった。

 

『とにかく逃げるぞ。走れるな』

 

シュバルツが尋ねると、子供たちはしゃくりあげながらも次々に頷いた。

 

『いい子だ』

 

代表して…と言うわけでもないのだろうが、側にいた一人の子の頭を撫でるとシュバルツは子供たちを先導し始める。

 

『こっちだ!』

 

子供たちはシュバルツの誘導に従って走り始めた。直後、先ほどまで彼女たちが遮蔽物としていた木の付近にビームが着弾し、周囲を爆発炎上させたのだった。

 

 

 

『リィザ!』

 

子供たちを誘導しながらリィザを休ませていた部屋に走っていたシュバルツが、こちらに向かって走ってくるその姿を見つけて声を上げた。リィザもシュバルツの姿を見つけ、手を上げて走り寄ってくる。そして二人は無事に廊下で合流することができた。

 

『取り敢えず、この部屋に』

 

シュバルツが手近にあったドアを開けるとリィザがその中に入る。そして、子供たちもその中に入るように促した。

子供たちとリィザを全員部屋に収納すると、最後にシュバルツが部屋に入りドアを閉める。そこは、城内に幾つもある客間の一つだった。

 

『ふぅ…』

 

取り敢えず、最悪の事態を回避したシュバルツが一息つく。そして、すぐに子供たちとリィザの許へ駆け寄った。

 

(ん?)

 

その途上で、シュバルツはちょっとした違和感に気付いた。子供たちがリィザに怯えているのである。

 

『どうした?』

『お兄さん!』

 

シュバルツが駆け寄ると、先ほどと同じように子供たちは我先にとシュバルツに飛びついたのだった。

 

『どうしたのだ?』

 

訳が分からずシュバルツが子供たちに尋ねる。と、

 

『ねえ、どういうこと!?』

『あのお姉さん、羽と尻尾がある!』

『あれじゃあまるで、ドラゴンみたいだよ!』

(成る程な…)

 

何故子供たちが怯えているかの合点がいき、シュバルツは内心で頷いた。子供たちをあやしながらリィザに目を向けると、彼女は悲しそうな寂しそうな、何とも言えない複雑な表情をしていた。

 

(いかんな)

 

これからのことを考えると、ここでこの蟠りというか誤った認識は訂正しておく必要があった。

 

『心配はいらん』

 

腰を下ろして片膝を床に着くと、子供たちの目線に合わせてシュバルツが諭す。

 

『あのお姉さんは確かにドラゴンだ』

『やっぱり!』

『だがな、決して悪い人ではない』

『え?』

 

リィザがドラゴンであったことを説明されたときは色めき立ったが、だがすぐにそれを打ち消すようなことを言われ、子供たちは混乱していた。そんな子供たちに、噛んで含んでシュバルツが引き続き諭す。

 

『いいか? そもそもドラゴンは決して悪い連中ではない』

『そうなの?』

 

一人の子が首を捻る。

 

『ああ』

『でも、アルゼナルでは敵だって教えてもらったけど』

『それは間違いだということだ』

『???』

 

どういうことだろうとばかりに子供たちが頭を捻る。

 

『詳しい話をしてやりたいが、今は時間がない。とにかく、お前たちはこのお姉さんが助けてくれるから、安心しろ』

『え…』

 

子供たちの数人が絶句する。シュバルツに諭されたとはいえ、すぐに今までの認識を切り替えろと言っても無理な話なのだから当然かもしれない。だがそこはシュバルツも織り込み済みだった。

 

『それでも怖いか?』

 

子供たちに尋ねる。と、大多数がコクコクと頷いた。その様子に、やはりリィザは複雑な表情を浮かべたままでいた。

 

『そうか…。では、私を信じてほしい』

『え?』

 

子供たちの視線がシュバルツに集中する。

 

『私が、あのお姉さんが敵ではないと、必ずお前たちを助けてくれると保証する。それでも信じられないか?』

『う、ううん!』

 

子供たちが揃って首を左右に振って否定した。その信頼ぶりには、リィザが目を丸くしたほどである。

 

『いい子だ』

 

シュバルツはそのまま全員を抱きかかえて軽くハグをする。子供たちもようやく落ち着いたのか、嬉しそうに、くすぐったそうにしながらはにかんだ。

子供たちが落ち着いたのを確認するとハグを解き、シュバルツはリィザに視線を向けた。

 

『頼む』

『ええ』

 

リィザが頷いたのを確認し、シュバルツがその場から立ち上がった。

 

『少しのお別れだ。その間、お世話になるところでいい子にしているのだぞ』

『うん!』

『わかった!』

『あの…お兄さんも気を付けてね』

『ああ』

 

思わぬ激励の台詞に一瞬だけ虚を突かれたシュバルツだったが、すぐに力強く微笑む。

 

『ではな』

 

そしてそう言い残すと、部屋を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

「…その後は、彼女が上手くやってくれたのだろう」

 

自分の説明を終えたシュバルツがリィザに視線を向けた。

 

「ええ」

 

先を説明するように促されたリィザが頷く。

 

「大巫女様に事情を説明したら、快く受け入れてくれたわ。あの男の頼みなら断れないってね」

「同時に私も連絡を受けたので、リィザを始めとしてこの子たちを先に我らの世界に避難させたのです」

 

サラが補足した。

 

「そういうことだ。それで、しかるべきタイミングでこちらに戻そうと思っていたのだが、お前が戻ってきたというのでな。丁度いいということで、彼女たちをこちらに戻してもらったわけだ」

 

そこでシュバルツが子供たちに視線を向けた。

 

「どうだお前たち、向こうの世界は楽しかったか?」

「うん!」

「とっても面白かった!」

「それとドラゴンさんたちって、本当に悪い人たちじゃなかったんだね」

「うん。だからママ、もうドラゴンさんたちとは戦わないで」

「皆…」

 

失くしたはずのエルシャにとっての宝物を再び手に入れることができ、エルシャは泣きそうだった。しかし、ここで泣いてしまってはまた子供たちに心配をかけてしまう。そのため、グッとこらえて失ったはずの温もりを感じていた。

と、エルシャが子供たちから離れてシュバルツの許へと歩み寄る。

 

「ミスター…」

 

感極まった表情で、エルシャが呟いた。その表情、そしてその声色の変化にゾーラたちは嫌な予感をヒシヒシと感じて慌てて二人の間に割り込もうとするが、少し遅かった。

 

「良かったな」

「はい。ねぇ、ミスター」

「ん?」

 

シュバルツが答えたのとほぼ同時に、エルシャがその首筋に抱き着くと当然のように唇を重ねた。

 

『ああーっ!』

 

それを目の当たりにした多くの面々の声が重なった。

 

「おい、エルシャ!」

「離れろよ!」

 

慌ててゾーラとヒルダが引き剥がそうとするが、身体を揺さぶられるもののエルシャは一向に離れない。

 

「ダメ!」

「ママの邪魔しないで!」

 

どころか子供たちの援軍が入り、無理やり引き剥がせなくなってしまった。その間も、エルシャはシュバルツから離れなかったが、やがて名残惜しそうにゆっくりと離れた。

 

「エルシャ…」

 

シュバルツが呟く。流石にこの手の展開も多くなってきたので固まったりはしなくなったが、それでも驚かないわけはなかった。と、エルシャはニッコリと微笑むと、そのままシュバルツの胸の中に身を寄せる。当然、それを受け止めないわけにもいかず、シュバルツは自然にエルシャを抱きしめる体勢になった。

 

「ねえミスター、私、本気になってもいいかしら…」

 

シュバルツの胸に身を寄せながらウットリとそう呟くエルシャに、子供たちは無責任に囃し立てる。が、

 

『……』

 

大人たちの視線は非常に痛かった。特に、シュバルツに思いを寄せているゾーラやヒルダ、サラにナオミといった面々は当然だが、パメラたち三人やナーガとカナメも面白くなさそうな表情をしていた。

 

(これは…参ったな)

 

これはまた一苦労せねばならんなと半ばゲンナリして、シュバルツは彼女たちに悟られないように溜め息をついたのだった。


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