機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

前回の続き、世界の崩壊の始まりと、一人逃げ延びたアンジュのその後になります。

大筋はあまり変わりません。最終決戦前の嵐の前の静けさといったところでしょうか。

では、どうぞ。


NO.56 想い 結ばれて

「ドラゴンの声はマナに干渉し、人間を狂わせる。だからマナを持たないノーマしかドラゴンと戦えなかった…ってわけか」

「はい」

 

医務室。サラによってエンブリヲの支配から解放されたエマを休ませているアルゼナル・ドラゴン連合の一行は、この場でちょっとした話し合いを持っていた。それは、ノーマがドラゴンと戦わされている真の理由の一端。マギーの問いかけに、サラが大きく頷いていた。

 

「そんなこと、何処にも載っていません!」

 

ウインドウを開いてサラが言ったことを調べていたエマがベッドから半身を起こして眉を顰める。そんなエマに、サラは目を閉じて静かに首を左右に振った。

 

「この世界は嘘で塗り固められています。ですが、マナを破壊するノーマはその嘘を全て暴いてしまうのです」

「だから差別され、隔離された?」

「ええ」

 

サラが再び頷いた。

 

「人間たちに、本能的にノーマを憎むようプログラムを与えて」

「それじゃあ、ただの操り人形じゃない、私たち!」

 

サラの説明に憤懣やるかたないといった様子のエマだったが、直後にウインドウが粉々に割れた。が、異変は彼女だけに降りかかったわけではなかった。人間の世界でも、一斉にマナが使えなくなっていたのだ。

 

「始まったのですな。世界の破壊と再生が」

 

その異変を知り、口を開く人物がいた。そして、その周りには数人の人影。アルゼナル侵攻の前に悪巧みをしていた各国の首脳、指導者である。ジュリオは戦死してしまったため、その姿はなかったが。

 

「して、我々はいかにして新世界へ向かえば宜しいのですかな?」

「早く脱出しなければ、時空融合に巻き込まれてしまいますわ」

 

己の保身に走る各国の首脳。当然と言えば当然かもしれないが、彼らには一つ誤算があった。

それは、その審判を下す調律者様にその気が全くないことだった。

 

「誰が諸君を連れて行くと言ったのだ?」

『えっ!?』

 

首脳たちが絶句する。が、無理もないことだろう。連れて行かないということはここに残れと言うことであり、それが意味することは何かは考えるまでもないことだからだ。

 

「新たな世界は賢い女たちが創る。出来損ないどもは、世界を混沌にした責任を取りたまえ」

 

言っていることは辛辣だがあながち間違ってはいない。だが、それを言ったら造物主であるお前の責任はどうなのよってなものだが、どうやら都合が悪いことは聞こえなくなるのは造物主様も同じようである。

即座に、各国の首脳たちがその場から強制的に排除された。

 

『え、エンブリヲ様!』

「我々を、見捨てる気ですか!」

 

その恨み言を最後に、各国の首脳たちは姿を消した。そして、マナが使用できないことの影響を受けた人物がここにも一人。

 

「きゃあっ」

 

ミスルギ皇城内。突然の振動で車椅子から投げ出されたシルヴィアが、悲鳴を上げながら廊下に投げ出された。

 

「もう、どうなってるの!?」

 

言葉通り何が起きているのかわからず、文句を言いながらシルヴィアがいつものようにマナを使おうとする。が、

 

「え?」

 

使えなかったのだ、マナが。彼女は知る由もないが、エンブリヲが発動した計画によって。

 

「あれ? …誰か、誰かーっ!」

 

マナを使用不可能な状況に、シルヴィアがパニックになり、声を上げて城の者を呼ぶ。

 

「私は第一皇女。…いいえ、女帝シルヴィアⅠ世ですよ! 早く私を助けなさーいっ!」

 

しかし、その呼びかけに答える者はその場には誰一人としていなかった。

そのミスルギの皇城。未だ雨が降りしきる中、とあるテラスでエルシャはずぶ濡れになりながら佇んでいた。

 

「エルシャ」

 

と、そこにクリスが現れる。三つ編みのお下げ髪を一つから二つにして。そしてクリスは、エルシャのずぶ濡れの姿を見て思わず息を飲んでいた。

 

「! どうしたの、その顔?」

 

怪訝そうな表情になるのも仕方なかった。それほど、今のエルシャの表情は酷いものだったからだ。と、エルシャが覚束ない足取りで歩きだす。

 

「そろそろ出撃だよ。何処行くの?」

 

クリスがそんなエルシャを呼び止めた。

 

「わからなくなっちゃった…」

 

足を止めたエルシャが、力なくそう呟いた。

 

「私には、あの子たちしかいなかったの」

 

そこで、エルシャがハッと気が付いた。

 

「だから…利用された?」

「え?」

 

エルシャの呟きに、クリスが怪訝な声をあげる。

 

「何もない、浅くて薄くて、チョロい女…」

 

エルシャの表情が険を帯びる。エンブリヲが彼女に下していた評価は、今エルシャ自身が言ったことそのままなのかどうかはわからない。が、少なくとも子供をダシにしてエルシャを利用していたのは疑いようのない事実だった。

故に、今になってとはいえそれに気づき、エルシャの表情が一変したのだろう。そして、エルシャはその顔のまま振り返ってクリスに顔を向ける。

 

「ねえ、クリスちゃんはいいの? このまま友達を…ヒルダちゃんとロザリーちゃんを殺すことになっても」

「友達!?」

 

“友達”の一言に、クリスの表情が今のエルシャのように険しくなる。

 

「誰が!? 望むところだけど!?」

「…それが、ミスターだとしても?」

「うっ…」

 

思わずクリスが怯んだ。

 

「痛いところ着くね。でも、答えは変わらないよ。エンブリヲ君のために、誰であろうと次は必ず…」

「そう…」

 

寂しそうとも哀れともつかぬ表情でクリスを見ながらそれだけ言い残すと、エルシャはその場を立ち去った。そしてクリスは、ムッとしながらその後ろ姿を見送ったのだった。

少し離れた場所にある子供たちの墓標。そこにも同じように、雨は止むことなく振り続けていた。まるでエルシャの涙雨のように。

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

タスクと初めて会ったあのねぐらで、アンジュが呼吸を荒くしながらベッドに横になっている。雨に打たれた影響からだろうか、体調を崩したようだった。

 

「み、水…」

 

雨に濡れた、ミスルギの皇城を脱出するときにサリアから分捕ったダイヤモンドローズ騎士団の制服を脱ぎ捨て、ワイシャツ一枚だけの姿のアンジュがふらつきながら身を起こして立ち上がる。近くにあった水差しに手を伸ばそうとしたが、体調が優れないからだろうか倒れてしまった。と、その拍子にタスクが自作した棚から一冊のノートがアンジュの近くに落ちてきた。

 

「あ…」

 

視界に入ったそのノートの表紙には、“DIARY”の記述が書いてあった。

 

 

 

“モーガンさんが死んだ。これで俺は一人になった”

 

落ちてきた日記を開き、アンジュは中を読み進めていく。

 

“無理だったんだ、エンブリヲに戦いを挑むだなんて。世界を壊そうだなんて。何をしても一人、孤独に気が狂いそうになる。人は、一人では生きていけない”

「タスク…」

 

そこに綴られたタスクの想いを続けて読み進めていく。と、ある一文がアンジュの目を奪った。

 

“今日、女の子が流れ着いた。ヴィルキスと共に”

 

それはまさしく、自分のことを記した一文だった。そして、その先を更に読み進めていく。

 

“かなり凶暴で、人の話をまるで聞かない女の子だけど、アンジュは…光だ”

「!」

“外の世界から差し込んだ光。父さん、母さん、やっと見つけたよ”

「彼女を護る…それが俺の、俺だけの使命」

 

手の平の、タスクと別れるときに託されたネックレスを握り締める。そう、それは真なる地球でサラたちと出逢う前に、廃墟と化した地下街で見つけ、喧嘩したときの仲直りにアンジュがタスクに送ったものだった。

 

「ずっと…ずっと護ってくれてた。なのに、なのに、私…」

 

握った拳を涙が濡らす。今のアンジュの側には、誰もいないのだから。

 

「側にいて…タスク。出てきて…モモカ。顔を見せてよ…シュバルツ。私を、一人にしないで…」

 

かつてのタスクと同じように、今はアンジュが一人になり、孤独に押し潰されそうになっていた。そして、絶望がアンジュを極論に走らせる。

 

「……」

 

泣きながら、虚ろな目であるものに手を伸ばした。それは、来ていた制服の腰の部分のホルスターに収まっている拳銃だった。

 

「モモカ…タスク…シュバルツ…」

 

弾丸が入っていることを確認したアンジュは徐にそれを己の顎に当てる。そして、静かにトリガーに指を掛けた。だが、その瞬間にこれまでのことが脳裏に蘇る。

ノーマだとわかり、アルゼナルに送られ、ドラゴンと戦い、そしてシュバルツに会い、タスクと出会い、モモカと再会し、兄妹にハメられ、サラたちと巡り合い、アルゼナルと袂を分かち、エンブリヲと対峙して、そして、

 

『君は、生きろ』

 

そう言ったタスクの声が。それと、

 

『……』

 

何も言わず、腕を組んでただ厳しい視線で自分を見ているシュバルツの姿が。まるで、そんな真似は許さないとでも言っているかのように、その視線も表情も厳しいものだった。

 

「う…ああ…うああああ…」

 

脳裏に浮かんだそのセリフ、その姿にアンジュは結局引き金を弾けなかった。そして、そのまま泣きながら床にくずおれたのだった。

やがて夜は明け、日が昇り、そしてまた沈みゆく。夕焼けが空を赤く染める頃、アンジュは一人毛布に身を包んでタスクの所有物なのであろうか、海岸に停泊していた一層の船の上に座っていた。

 

「無様ね…」

 

力なくアンジュが呟く。

 

「一人じゃ…死ぬこともできないなんて…」

 

膝を抱え、うずくまって身を小さくする。そして、何とはなしに顔を上げて夕日に視線を向けた。

 

「綺麗…」

 

思わず呟いた直後、

 

『君の方が、綺麗だ』

 

かつてタスクが自分にそう言ってくれたこと思い出す。

 

「…バカ、どうして私なんかを……」

 

俯き、涙を流しながらアンジュは脳内のタスクに悪態をついた。

 

『俺は、アンジュの騎士だからね』

「それでよかったの…?」

 

顔を上げたアンジュが脳裏に浮かんだタスクに語り掛ける。

 

「貴方は、使命のためにすべてを失っても? それで望んだのは、どんな世界?」

『穏やかな日々が来ればいい…。ただ、そう思ってるだけさ』

『必ず帰るから。君のところに』

「貴方がいなくなったら、何の意味もないじゃない…」

 

潮騒が変わらぬ波の音を立てた。

 

「好きよ、貴方が」

 

アンジュが素直に本心を吐露した。そして、その素直な心情を涙ぐみながら続けて吐き出す。

 

「こんなことなら、最後までさせてあげれば良かった…」

 

そんなアンジュの元に、後ろからゆっくりと近づく人影が一つあった。そして、

 

「本当に?」

 

そのまま後ろからアンジュを抱きしめる。

 

「!」

 

アンジュは驚いて固まってしまった。それは、いきなり抱きしめられたというのもあるだろうが、何よりも

 

「良かった、無事で」

「何で…?」

「助けられたんだよ」

 

そこでアンジュがゆっくりと振り返る。そこには、アンジュが求めて止まない人物の姿があった。

 

「タス…ク?」

「ああ」

 

振り返ったその先にいたのは、紛れもないタスクだった。別れる前と同じ、変わらぬ姿がそこにはあった。

呆然としながらアンジュが立ち上がる。それに同調するようにタスクも立ち上がり、そして、

 

「痛っ!」

 

アンジュがいきなりタスクに平手を浴びせ、タスクがその痛みに頬を抑えた。

 

「タスクは、死んだわ!」

「えぇ!?」

 

そして、返す刀でアンジュはもう一度頬を張る。

 

「これは、エンブリヲが見せている幻!?」

「ち、違う。さっき言ったじゃないか、助けられたって」

「誰によ!?」

 

アンジュを落ち着かせるためだろうか、タスクはそこでゆっくりと息を吐いて優しい表情を見せる。

 

「愚問だよ」

「え?」

「あの状況下で、僕らを助けられる人なんて一人しかいないだろう?」

「! それって!?」

 

そこで、アンジュの耳に砂を踏む音が聞こえてきた。慌ててアンジュがその音のした方向に顔を向ける。そこには

 

「! しゅ、シュバルツ!」

 

予想していた通りの人物の姿があったのだった。

 

「無事なようだな、アンジュ。何よりだ」

「っ!」

 

シュバルツの声を聴いたアンジュは、呪縛から解き放たれたかのようにシュバルツに向かって一目散に走り出した。その後を、タスクが歩いてついていく。

 

「あぁ…」

 

程なくシュバルツの胸に飛び込んだアンジュが、その温もりを確かめるかのようにシュバルツの胸板に顔をスリスリと擦り付けながら涙を流した。

 

「どうした? 何を泣くことがある?」

「バカ! こんなの泣くに…泣くに決まってるじゃないの!」

 

変わらぬその姿と物言いが嬉しく、しかし素直にそんなことが言える性格でもないため、アンジュはシュバルツに憎まれ口をたたいた。

 

「私が死んだとでも思ったか?」

 

背中に手を回して軽く抱きしめながら、変わらぬ優しい目で見つめながらシュバルツがアンジュに尋ねた。

 

「だって…だって…」

 

涙に濡れたアンジュの瞳がシュバルツを見つめる。そんなアンジュに優しく微笑みながら、

 

「私は死なんよ。少なくとも、お前たちの行く末を見届けるまではな」

 

そう答えたのだった。が、それに対し、

 

「! イヤ!」

 

アンジュが恐怖に震えながらシュバルツをきつく抱きしめる。

 

「? アンジュ?」

 

そんな態度を取られると思っていなかったシュバルツが、不思議そうな顔をしてアンジュに視線を向けた。

 

「そんな言い方しないでよ! それじゃあまるで、全部終わったらいなくなっちゃうみたいじゃない!」

「…そうだな、すまん」

 

アンジュが何を言いたいのか、何を嫌がっているのか理解したシュバルツが素直に謝罪した。

 

「もう…!」

 

泣き笑いを浮かべながら、アンジュがゆっくりとシュバルツから離れた。そして、目尻に残っている涙を拭う。傍らにやってきたタスクも、微笑ましい様子で二人のやり取りを見ていた。

 

「さて、それでは私は一旦失礼するぞ」

 

アンジュが落ち着いたのを見計らったシュバルツがそう言い残すと、身を翻した。

 

「! ま、待って! 何処行くの!?」

 

慌ててアンジュが引き止める。再会したとはいえ…いや、再会したからこそ余計、目の前から去られることに恐怖があるのだろう。シュバルツは振り返ると、

 

「お前も知っているだろう? タスクのねぐらだ」

 

そう、簡潔に答えた。

 

「え? 何であそこに?」

「タスク以外に、まだ気を失っているのが三人いるんでな。あいつらの様子を見ておかないとな」

「え!? それって!?」

 

アンジュがタスクに振り返ると、タスクがその内心の思いに同意するかのように頷いた。

 

「うん。モモカと…それと、俺は初対面だからあってるか自信ないんだけど、確か…ココとミランダ…でしたっけ?」

 

タスクがアンジュの後ろにいるシュバルツに尋ねるように首を伸ばした。

 

「ああ」

「その二人の、合わせて三人が」

「本当に!?」

 

タスクの返答を聞いたアンジュがその胸倉を掴んで詰め寄った。

 

「ほ、本当だよ! 再会して最初に言ったじゃないか、“あの状況下で、『僕ら』を助けられる人なんて一人しかいないだろう?”って」

「だからこそ、お前の前に姿を現すのもここまで遅くなったのだがな」

 

補足するかのようにシュバルツが付け加えた。

 

「じゃ、じゃあ、本当に…?」

「そうだよ」

「うむ」

 

タスクとシュバルツが同意したのを見て、アンジュがタスクの胸倉を掴んでいた手を離した。そのまま、タスクに視線を合わせる。

 

「…ねぇ、タスク?」

 

そして、タスクに声をかけた。

 

「ん?」

「今だけは、許してね」

「へ?」

 

何のことだろうとタスクが不思議に思った直後、アンジュがシュバルツへと駆け出す。そして、いつぞやのヒルダのようにその首にしがみついて手を回すと、そのまま口付けをした。

 

「ああーっ!」

 

思わず悲鳴(?)をあげるタスク。が、それはシュバルツも同じだったようで、ビックリした表情で固まっていた。

とは言え、無理に引き離すわけにもいかず、シュバルツはそのままの状態でいた。第一、無理に引き離そうにもアンジュの意思を表しているかのようにギュッと掴んでいるため、簡単に引き離せそうにないからだ。無論、ガンダムファイターであるシュバルツがその気になればどうとでもできるのだが、その場合はアンジュに多大な痛みを強いることになるため、アンジュの気のすむようにやらせるしかなかった。

どれだけ時間が経ってからだろうか、ようやくアンジュがシュバルツから離れ、地に足を下ろした。

 

「ふぅ…」

 

酸素を求めるかのように大きく息を吐く。

 

「アンジュ…?」

 

シュバルツがそんなアンジュの真意を測ろうとするかのように視線を向ける。と、アンジュは顔を上げると、

 

「あっはははははっ!」

 

実に楽しそうに笑いだした。

 

「どうした?」

 

先ほどの行動も、今の笑いも意味が分からずにシュバルツが重ねて尋ねる。と、

 

「サイコー! あんた本当にサイコーよ!」

 

ニッコニコの満面の笑顔になってアンジュが答えた。今まで見たことのないアンジュのそんな姿にタスクだけでなくシュバルツも面食らっていたが、二人ともすぐに笑顔に変わる。

 

「本当にありがとう! モモカだけじゃなく、あの二人まで助けてくれて!」

「当然のことだ、礼を言われるようなことではない。それにお前の侍女もそうだが、特にあの二人はあの若さで殺され、生き返ったと思ったら操り人形として鉄砲玉にされたのだ。それでまた死んだら、不憫の一言ではすまんだろう。あの男が…エンブリヲがどういうつもりであの二人を生き返らせたのかは知らんが、この落とし前はキッチリとつけてもらわねばな」

「そうね…」

 

エンブリヲの名前が出たため、タスクを含めた三人の表情は険しいものになる。だが、それも一瞬のことに過ぎなかった。できることならあの男のことなど考えたくもないというのもあるのだろう。そんな中、最初に行動を起こしたのはアンジュだった。そのままタスクに振り返る。

 

「ゴメンね、タスク」

「え?」

 

最初、何のことかわからなかったタスクが首を捻った。

 

「でも、さっき言ったけど今だけは許して。だって、貴方たちを助けてくれたんだもん、あれぐらいのお礼はしてもいいでしょ?」

「あ、ああ、そのことか」

 

アンジュが何を言っているのかようやくわかったタスクがぎこちないながらも笑みを浮かべた。

 

「い、いいよ。気持ちはわかるから」

「ホント?」

「うん」

(…無理をしているな)

 

タスクの表情から、そのことが手に取るようにわかったシュバルツ。まあ、目の前で好きな女が他の男にキスしたシーンを見せられては動揺するのも当然だろう。が、シュバルツは…無論アンジュも預かり知らぬことだが、タスクがぎこちないのにはもう一つ理由があった。

それは、真なる地球でのあの一件だった。もう自分自身は汚れてしまった(?)身のため、そこのところが引け目になってしまったのだ。とは言え、そんなことを馬鹿正直に言うことなどできるわけもなく、今のこの状況になっているというわけである。

 

「さて、それでは私は本当に引くぞ」

 

そしてシュバルツは、ポンとアンジュの背中を叩く。

 

「シュバルツ?」

「アンジュ、本来お前が飛び込むべきはあっちだ」

 

クイッと首を動かしてタスクを指し示す。

 

「ゆっくり甘えるといい」

「もう行っちゃうの?」

 

そう問われ、シュバルツが軽く微笑みながら手を腰に置いた。

 

「恋人同士の語らいに首を突っ込むほど私は野暮ではないぞ。せっかくの再会だ、好きなだけ共に時間を過ごすのだな」

「そ、そんなストレートな言い方しないでよ…」

 

真っ赤になったアンジュの頭にポンと手を置いて軽く撫でる。そして、

 

「ではな」

 

それだけ言い残すと、再び身を翻してシュバルツはその場を去ったのだった。

 

 

 

「本当に敵わないな、あの人には…」

 

シュバルツが去った後、タスクが軽く息を吐きながら呟き、アンジュと肩を並べる。

 

「ええ、本当に。あいつがいなかったら、私たち…私とタスク、モモカだけじゃなく、アルゼナルやサラ子たちだってどうなってたか、考えるだけでも恐ろしいわ」

「うん」

「でも、今はその前に」

 

アンジュがくるりと反転してタスクと向き合う。

 

「お帰りなさい」

「ただいま」

 

後頭部に手を当てて、照れくさそうに笑いながらはにかむタスクの胸の中に、アンジュは飛び込んだ。

 

「うわあっ!」

 

が、その勢いがよすぎたためにバランスを崩し、二人はもつれたまま砂浜に倒れこんでしまう。

 

「痛てて…」

 

後頭部を抑えながら顔を上げるタスク。そんなタスクに、アンジュが勢いよく口付けをした。

 

「!?」

 

いきなりと言えばいきなりの展開にタスクは目を白黒させる。どれぐらい時間が経ってからだろうか、アンジュがゆっくりとタスクから離れた。

 

「アンジュ…?」

「ねえタスク、確かめさせて」

 

タスクの胸に顔を埋めたまま、アンジュがそう呟いた。

 

「確かめる…って、何を?」

 

そう尋ねるタスクに対し、

 

「貴方の存在を」

 

アンジュはそう返答した。そして、自分が羽織っているもの…たった一枚のYシャツを脱ぎ捨てて全裸になる。

 

「ええーっ!?」

 

展開に頭が追い付いてこないのか、固まってしまうタスク。が、アンジュはそんなタスクに構うことなく襲い掛かり、そして二人は一つになった(アンジュに美味しくいただかれてしまった?)のだった。その時、アウローラでもちょっとした事件が起こっていた。

 

『聞こえますか、こちらエルシャ』

 

アウローラのブリッジにて、ゾーラ以下ブリッジの面々の元に、不意に通信が入ってきた。

 

「エルシャ? おい、モニターに映像出せるか?」

 

不審気に思ったゾーラが眉を顰めて指示を出す。

 

「はい!」

 

オリビエが返事を返し、通信を傍受した位置の映像をモニターに出す。そこには、フライトモードで砲塔の先端に何故か白ブラを括り付けて飛行してくるエルシャの姿があった。

 

「白ブラ!?」

『違うわ、白旗よ』

 

間違い(まあ、どう贔屓目に見ても白旗には見えないから仕方ないが)を訂正したエルシャが続けて、

 

『こちらエルシャ。投降します』

 

そう伝えながら、アウローラに向かって戻ってきていたのだった。

 

「司令」

 

パメラが振り返ってゾーラに指示を仰ぐ。

 

「ふん、ようやく甘い夢から醒めたみたいだね」

 

椅子の肘掛けに肘をつきながら、ゾーラはそう呟いた。

 

「受け入れてやれ」

「イエス、マム!」

 

パメラが返答し、オリビエがその返事を伝える。こうして、エルシャの離反は彼女にとっての苦い記憶と共に終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

「綺麗ね…」

 

空を見上げていたアンジュが、一条の流れ星を目にして呟いた。タスクと愛し合ったアンジュはその余韻に身を浸らせたまま、肩を並べて横になって夜空を見上げている。

 

「ああ、あの時よりずっと」

 

タスクもそれに答えた。二人の手は重ねられ、お互いを離さないかのように固く握られている。

 

「さっきね、死のうとしていたの」

「えっ!?」

 

突然のアンジュの告白に、驚いてタスクが顔を向けた。

 

「“人は、一人では生きていけない”」

「日記、見たんだ」

 

アンジュの一言に何のことかすぐ気付き、恥ずかしいのかタスクの顔が赤くなった。

 

「何もできないのね、一人って。罵りあうことも、抱き合うことも」

 

そう言って上半身を起こすと、タスクに重なり合うようにしてその顔を覗き込む。

 

「ねえ、満足…した?」

「えっ?」

 

その口走った内容に驚きながらもタスクは優しく微笑んだ。

 

「もう、思い残すことはないよ」

「ダメよ、これからなのに」

 

アンジュも応えるように微笑む。そして、長い長い夜が明けた。二人が上半身を起こすと、昇る朝日に顔を向ける。

 

「不思議ね。何もかもが、新しく輝いて見える」

 

二人の間を穏やかな空気が包んだ。

 

「私ね、あの変態ストーカー男に言われたの。世界を壊して、新しく創り直そうって」

「えっ?」

「でも私、この世界が好き。どれだけ不完全で愚かでも、この世界が」

「俺も一緒だ。いつまでも」

「私の…騎士だから?」

「好きだからだ、君が」

 

そこで、お互いが頷き合う。そして、再び手を重ねた。

 

「護らなくちゃね、この世界。そして、生きなくちゃ」

「そうだね」

 

そこで、タスクが衣服に手を伸ばした。

 

「そろそろ行こうか。皆が待ってる」

「そうね」

 

頷いてアンジュも自分の衣服…Yシャツに手を伸ばした。これで終わりではないから、生きていればこの後も何度でもお互いの存在を確かめ合うことができるのだから。

 

 

 

「お待ちしておりました、アンジュリーゼ様」

 

身なりを整えてタスクのねぐらに戻った二人を、いつもの彼女と、

 

「来たか」

 

頼れる兄と、そして、

 

「あ」

「アンジュリーゼ様!」

 

懐かしい顔が出迎えた。

 

「本日のメニューは川魚の燻製、木の実と茸のポタージュ、猪のジビエ・山葡萄のソースを添えてになります」

「中々に美味いぞ。流石に筆頭侍女だけあって、いい腕をしている」

「ホント」

「美味しいですよ、アンジュリーゼ様もどうぞ」

 

メニューを紹介するモモカの横で、シュバルツとミランダとココがテーブルを共にしてその食事を楽しんでいた。アンジュはと言うと、そのままモモカに駆け寄ってその身を抱きしめる。

 

「良く帰ってきてくれたわ。流石は、私の筆頭侍女ね」

「全部、シュバルツさんのおかげです。もっとも…」

 

身体を離すと、モモカはその懐からフライパンを取り出した。それには、エンブリヲが発砲したであろう銃弾が止まっている。

 

「射殺されなかったのは、このフライパンのおかげですけど♪」

 

悪戯っ子のようにそう微笑んだモモカに、アンジュは実に楽しそうに笑ったのだった。しかし、モモカの表情がすぐに曇る。

 

「あ、そうだ。大変です姫様、私、マナが使えなくなっちゃったんです!」

『えっ!?』

「何!?」

 

その告白に、アンジュとタスクだけでなくシュバルツも驚きの表情を見せた。と、それとほぼ同時にドンという大きな音がどこかから響き渡る。辺りの状況を確認するために海岸に出てきた一行は、対岸に見える陸地の上空が黒雲に包まれ、落雷が何筋も落ちている状況を目にした。風も強くなり、どんどんと黒雲が空を覆い始める。

 

「始めたのね、エンブリヲ。世界の破壊と再生を」

 

それは、意識を取り戻したばかりでまだ現状がよく把握できていないココとミランダを除いた全員に共通する思いだった。エンブリヲが動き出したのを知ったタスクが、一行をある場所へと連れて行く。

その場所…島内にある格納庫の門を開けると、そこには一機のパラメイルが鎮座していた。

 

「これって…」

「母さんの機体だ」

 

アンジュにタスクが答えた。二人とも、今はパイロットスーツに身を包んでいる。

 

「行こうアンジュ、まずはヴィルキスの回収からだ」

「その必要はないと思うわ」

 

自分の左手に輝くあの指輪に軽くキスをする。そして、

 

「おいで、ヴィルキス!」

 

と、その左手を高く掲げて愛機を呼んだ。すると指輪が輝きを放ち、ヴィルキスがその場に現れたのである。

 

「ならば私も」

 

ヴィルキスを呼び寄せたアンジュに倣うかのようにシュバルツが全員に背を向けた。そして、

 

「ガンダームっ!」

 

叫ぶのと同時にパチンと指を鳴らす。すると、いつものようにガンダムシュピーゲルがその場に姿を現したのだった。

 

「わ!」

「すごーいっ!」

 

不意に姿を現したヴィルキスとシュピーゲルに感嘆の声を上げるココとミランダ。だがやはり、二人の興味の重点は見慣れているパラメイルよりもシュピーゲルにあるようだった。

 

「役者はそろったな」

 

シュバルツの言葉に、アンジュが頷く。

 

「さ、行きましょ」

 

アンジュの号令に従って、一行は島を飛び立った。全ての決着をつけるために。まず第一の目標は懐かしき仲間が待つ場所、アウローラ。


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