前回の続きですが、今回はタイトル通り、幕間回になります。
今回の主役はオリジナルの彼女。彼女が登場するゲームはやってないので苦労しましたが、何とかそれなりにまとめられたかなと思います。
こんな感じに完成しましたがどうでしょう? 評価は相反別れると思いますが、どうぞ。
「え!?」
「嘘!?」
「あれって!?」
その姿を目の当たりにしたヒルダ、ロザリー、ヴィヴィアンの三人が驚愕に目を見開く。が、それも無理のないことだった。何故ならナオミをかばうように現れたのはガンダムシュピーゲルだったからだ。
そして、驚愕に彩られているのはクリスも同じだった。
「あ、あの機体は…」
冷や汗が全身に滲みだす。何度もその戦いぶりを目にしているために、その実力のほどがどれほど高いのかよく知っているからだ。そして現時点でも、やり合ったところで恐らくは太刀打ちできないということも。
だが、クリスはナオミと通信が繋がっていなかった(というより、ナオミがクリスとの通信を切っていた)ため知らなかったが、このシュピーゲルにはあるものが足りていなかった。それは操縦者…シュバルツの存在である。では誰がこの機体を操っているかと言うと…
「ガンダムお願い! 私たちが無事に撤退するまで護って!」
ナオミが先ほどの小型マイクに向かってそう命令する。と、シュピーゲルの目に紅い光が灯ってクリスに突っ込んだのだった。
「くっ!」
慌ててブレードを構えるクリス。だが、展開したシュピーゲルブレードの先端から放たれるレーザー砲…ブレード・レーザーによる牽制で顔を歪めていた。
「! そんな、あんな兵装はなかったはず!」
シュピーゲルが遠距離兵器を使うことに驚くも、だからと言って砲撃は止むことなく瞬時に現れたり消えたりを繰り返しながらクリスに迫る。
「ヒッ!」
恐怖に表情を凍らせながらなんとかクリスがブレードでシュピーゲルブレードを受け止める。そんなクリスをシュピーゲルは過度に攻めず、と言ってナオミたちに向かわせるような隙も見せずに絶妙な力加減で抑えていた。
「ヒルダ、今のうちに!」
シュピーゲルが十分な働きをしてくれていることを見届けたナオミが通信を開く。
「ま、待てよ! 何でお前があいつの機体を!」
ヒルダがもっともな疑問をナオミにぶつけた。とは言え、幾分かの嫉妬と羨望が混じっていることも否めないが。
「そうだぜ、説明しろよ!」
「いーないーな! あたしもそれやってみたい!」
ロザリーもヒルダの意見に追随し、ヴィヴィアンは純粋に羨望している。だが、そんなことをしている暇はないのだ。
「帰ってから幾らでも説明してあげるから! 今は退却するのが先! ぐずぐずしてたら他の皆が来るかもしれないよ!」
『ナオミの言う通りだ』
ゾーラから通信が入った。
「ゾーラ!」
『優先順位を間違えるんじゃないよ、お前たち。まずは退くこと。次にアンジュと合流すること。事情説明はその次だろう?』
「チッ、わかったよ!」
まだヒルダは不満があるようだが、それでも考え直したのだろう、再び全機に向かって通信を開く。
「総員退却! 今度こそアンジュと合流し、アウローラに帰還する!」
『イエス、マム!』
そしてナオミ、マリカを含めた計五機は次々と機首を返して戦闘空域を離脱したのだった。
「ま、待て!」
クリスが追撃しようとするが、当然のようにその先には無人のシュピーゲルが回り込む。そしてその進路をふさぐかのように立ち塞がったのだった。
「チッ!」
舌打ちするもこの状況下では追撃することは出来ず、クリスはライフルで牽制しながらシュピーゲルから距離を取る。勿論、背を見せずに相対したまま。そして、十分に距離を取った後フライトモードに変形すると、トップスピードで離脱したのだった。
『マリカ』
その頃、帰投しているヒルダたちにゾーラから通信が入っていた。
「は、はいっ!」
名前を呼ばれた本人、マリカが緊張気味に返事をする。
『後で話がある。戻ったらあたしのところへ来い』
「い、イエス、マム!」
マリカが冷や汗を掻きつつ答えた。許可なく出撃したことに関しての教育的指導だろう。とは言え、立場的に断れるわけもないので頷くしかなかった。
『それからナオミ』
続けて、ゾーラはナオミにも通信を入れる。
「何ですか、ゾーラ隊長?」
『あんたがあいつの機体を使えることの説明、あたしにもキッチリ聞かせてもらうからね。逃げるんじゃないよ』
「あ…はは…はい」
表情を凍らせながらナオミが答えると通信は切れた。
「はぁ…」
通信を切ると、ナオミが大きく溜め息を吐く。アウローラに戻ってからのことを考えると胃が痛くなるのも当然だった。だがそれでも、
(誰も死ななかったんだから、上々だよね)
戦果には十分に納得していた。誰も死ぬことはなかったのだ。こちらも、向こうも。それを考えれば、この後の憂鬱な時間も必要経費といえるだろう。そして、それを可能にしたあの小型のマイクを取り出す。
(ありがとう、シュバルツ。あんな使い方で良かったのかわからないけど、私にはあれが精一杯だよ。でもいいよね。だって、誰も死ななかったんだから)
借り物とは言えこの力を授けてくれたシュバルツに感謝しつつ、ナオミはシュバルツにこれを託された時のことを思い出していた。
『あ、シュバルツ』
行く当てもなく廊下を歩いていたナオミが、丁度自室から出てきたシュバルツに声をかけた。
『ん?』
シュバルツが振り返る。
『ナオミか…何か用か?』
『ううん、そう言うわけじゃなくって。なんかちょっと艦内がザワついてるような気がしたから、自主的に見回りをね』
『そうか』
尋ねてきたシュバルツに、ナオミは咄嗟に嘘をついた。本当は見回りなんかしていない。ただ、戻ってきてからというもの宙ぶらりんな状態であることに悩み、かと言って答えも見つけられない今の状態に居心地が悪くて、仕事をしている振りをしているだけなのだ。
だが、シュバルツは特に疑いもせずにナオミの言葉を信じたのだろう。普通に頷いた。そのことに、ナオミの心がまたチクリと痛む。
と、シュバルツが動きを止めて自分の顔をジッと見ていることにナオミが気付いた。
『? シュバルツ?』
動きが止まり、ジッと自分を見ているシュバルツに対して、ナオミがいくらかの後ろめたさを感じながら首を傾げた。
(何か…気づいちゃったのかなぁ…?)
思わずそう思う。何せ、シュバルツの洞察力の鋭さは群を抜いている。それは、ここまでの付き合いで十分にわかっていた。が、今回は違っていた。
『どうしたの?』
誤魔化しながらナオミが言葉を続ける。と、
『ナオミ』
シュバルツがナオミの名前を呼んだ。
『な、何?』
シュバルツの様子におっかなびっくりながらナオミが返答する。すると、シュバルツが自分の懐に手を突っ込み、そこから何かを取り出してナオミに向かって投げたのだった。
『わっ!?』
条件反射的にナオミがそれを受け取る。受け取ったそれは、小型のマイクのようなものだった。
『一つ、頼まれてくれ』
真剣な表情でそう言ってきたシュバルツに、ナオミも思わず背筋が伸びる。
『い、いいけど、内容にもよるよ? それに、これ何?』
ナオミが、思わずキャッチしたそれをひょいと摘まみ上げた。
『頼まれてほしいことというのは今渡したそれに関するものだ』
そうして、シュバルツはナオミに頼みごとを伝えたのだった。
『それはな、シュピーゲルの音声認識システムのマイクだ』
『へ? 音声認識?』
『ああ』
シュバルツが頷く。
『そのマイクを通して命令した行動をシュピーゲルが取る。つまりは、遠隔操作用のモジュールだ』
『ちょ、ちょっと待ってよ!』
シュバルツの説明に、慌ててナオミが口を挟んだ。
『何だ?』
シュバルツが不思議そうな表情でナオミに尋ねる。
『サラッと言ってるけど、凄い代物じゃない!』
『そうか? シュピーゲルのシステムに少し手を加え、自律型のAIに音声対応の機能を付けただけだが』
(まあ、シュピーゲルを構成する要素がUG細胞であることも幸いしたが)
自己再生、自己増殖、自己進化の三大理論が搭載されているのである。それが暴走すればデビルガンダムのようになってしまうが、制御できるのであればこれほど便利なシステムもないのだ。が、シュバルツは勿論そんなことを言うことはしない。そしてそんなことは知らないナオミは、目をキラキラさせながら感心しているようだった。
『あ…それで、これを私に預けてどうしようっていうの?』
横道に逸れていた本題にナオミが戻る。
『うむ。実は少々ここから離れなければいけない事態になってな。その間、もし何かあったときのためにこれを預けておきたい』
『ま、待って、どういうこと!? ここから離れるって、どうして!?』
再びナオミがもっともな質問をシュバルツにする。装置云々より、今はシュバルツが言ったここから離れるという一語の方がナオミにとっては余程重大だった。まあ、ナオミだけでなくアルゼナルの人員全員にとっても当てはまるのだが。
『うむ』
シュバルツは頷くと、忌々しげな表情でその先を続ける。
『エンブリヲに誘われた』
『えっ!?』
ナオミが固まった。が、それはそうだろう。エンブリヲは今の彼女たち…ノーマにとって倒すべき最終目標なのである。それに誘われ、そして赴くということは…
(そんな…そんな…)
心臓が早鐘のように鼓動を打ち、全身の震えが止まらない。嫌な汗も滲み始めていた。
『勘違いするな』
そんなナオミの変化に気付いているのかいないのかわからないが、シュバルツが言葉を続けた。
『え?』
思わずナオミが弱々しい声で尋ねる。
『誘われたと言っても寝返るわけではない』
『は…はあーっ…』
その言葉を聞き緊張が解けたというか力が抜けてしまったのだろう。ナオミがその場にヘナヘナとへたり込んでしまった。
『び、ビックリさせないでよ、もー…』
弱々しく微笑みながらナオミがシュバルツを見上げた。
『すまんな。そんなつもりはなかったのだが』
そう言って差し出されたシュバルツの手を取ったナオミを、シュバルツが立ち上がらせた。
『あれ? でも、じゃあどういうこと?』
ナオミの頭に新たな疑問が浮かぶ。
『ん?』
『何で、エンブリヲのところに行く必要があるの?』
『…奴が言うには、是非とも一度私と話をしたかったそうだ』
エンブリヲが伝えた理由をシュバルツはそのままナオミに伝えた。
『…受ける必要、なくない?』
『もっともだな』
シュバルツが苦笑する。だが、それも一瞬ですぐに表情が厳しいものになった。
『サリアたちを人質に取られた』
『え?』
又もナオミは訳が分からないといった顔をする。人質も何も、彼女たちはアルゼナル側から離反してエンブリヲに与しているのである。悲しいことではあるが今は敵同士なのだ。それ故、シュバルツの言った人質と言う言葉の意味が今一つナオミにはピンと来ていなかった。が、すぐにどういうことかわかることになる。
『私が応じなければ、奴らを殺すらしい』
『! そんな! サリアたちは今はエンブリヲの部下でしょう!?』
『ああ』
『なのに、殺すって…』
ナオミが呆然としている。元々の性格もあるが、真なる地球でドラゴンたちと共生した経験がある彼女だけに、余計にエンブリヲの言ったことが信じられないというところなのだろう。
『ブラフだったら適当にあしらったのだがな』
厳しい表情のままシュバルツが続ける。
『残念ながらあの男は本気だ。目を見ればわかる。今は言うことを聞く手駒だから手元に置いているが、必要が無くなれば容赦なく切り捨てるだろう』
『……』
『かと言って、今のサリアたちが聞く耳を持っているとも思えん。ならば、応じるしかないだろう』
『そっか…』
事情が分かったナオミが疲れたように息を吐いた。
『そういうことなら、しょうがないね』
『ああ。そこで最初に戻るのだが、私がここを空けている間に何かが起きないとも限らん。その時、シュピーゲルが遊んでいるのといないのでは大きな違いがあるからな。だからこそ、お前にそれを預ける』
二人の視線がナオミの手の平の小型マイクに注がれた。
『もし、何かあったときはそのマイクに向かって『ガンダーム!』と叫べ。すぐにシュピーゲルがその場に現れるはずだ。その後は同じようにそのマイクで指示を出せば、指示通りに動いてくれる。もっとも、あまりにも複雑な指示は無理だがな。何処かに行ってとか、誰彼を護れとか、あそこを攻撃しろぐらいのことならば十分にこなせるはずだ』
『わ、わかった』
ナオミが頷き、直後にゴクリと唾を飲んだ。
『責任重大だね』
『すまんな』
流石に申し訳なく思ったのだろう、シュバルツが謝罪した。
『ではついでに、もう一つ頼まれてくれ』
『え?』
ナオミが首を傾げる。
『今度は何?』
『ああ、これももしもの時の備えだが、私が留守にしている間に私の不在が気付かれるかもしれん。そうなったら、艦内の連中が多かれ少なかれ動揺するだろう。だから、なるべくそれが発覚するのを引き延ばしてほしい』
『うわぁ…』
ナオミが困ったような顔をした。
『すまん、イヤか?』
その態度に、シュバルツが申し訳なさそうに尋ねる。
『うーん…イヤって言うか、私には向いてないと思うんだ。腹芸って苦手だし…』
ナオミが愛想笑いを浮かべた。確かに彼女の性格上、嘘をつくことも何かを誤魔化すことも難しいと思われ、向いてないのはよくわかる話だった。
『確かにな。だが、内容がエンブリヲの元に出向くということだけに、これ以上他の連中に知らせたくはない。お前に明かしたのも、偶然ここで会ったということと、シュピーゲルを託すためだからな。本当なら、誰にも告げたくはなかった』
『でも、理由もなくいなくなった方がよっぽど皆ショックを受けると思うけど。私だって、今聞かされたからいいようなものの、もし他の皆と同じように何も事情を知らなかったら、シュバルツがいつの間にかいなくなってるって知ったら絶対パニックになると思うし』
『一応、自室の机の上に置手紙は置いてあるのだがな。とは言え、先ほども言ったように内容が内容だからあまり見てほしくないのが正直なところだ』
『そっか…そうだよね…』
ナオミが疲れたように溜め息をついた。
『じゃあ、やるしかないか…』
そして覚悟を決めたのだろう。力ない口調ながらナオミがそう言った。
『頼まれてくれるか?』
シュバルツがナオミに尋ねる。
『知っちゃった以上はしょうがないでしょ?』
『すまん』
ナオミの決意にシュバルツが頭を下げた。
『いいよ。でも、あまり期待しないでね。司令や隊長たちに詰問されたら、黙ってられる自信はないよ?』
『ああ、それでいい。できるだけ伸ばしてくれれば文句は言わん。上手く隠しおおせればそれが一番だが、発覚したときの苦情や文句は全部本人に言ってくれと皆に伝えてくれればいい』
『おっけー。それじゃ、やるだけやってみるよ』
『すまんな。詫びと言っては何だが、戻ってきたら一つ、私にできることなら何でも言うことを聞いてやろう』
その言葉を聞いた瞬間、ナオミの動きがピタッと止まった。
『…何でも?』
確認するようにナオミがシュバルツを見上げる。
『ああ。ただ、先ほども言ったように私ができることならば…だが』
『…ふーん』
言質を取ったナオミが打って変わって表面上は平静な態度を装って頷いた。
『では、頼む』
そう言い残すと、シュバルツは身を翻した。
『! シュバルツ!』
その後ろ姿に、ナオミが思わず声をかける。
『ん?』
『その…必ず帰ってきてね』
『ああ。無論だ』
『その…ずっと待ってるからね』
シュバルツはそのナオミの言葉に無言で、しかし力強く頷くと、そのままその場を後にしたのだった。
『シュバルツ…』
その後ろ姿に、何故か胸が締め付けられるような感情を抱き、ナオミは見えなくなるまでシュバルツを見送ったのだった。
(でも…)
アンジュと合流するために退却中の現状に戻ったナオミが、チラチラと周囲に視線を走らせる。
(パラメイルか…。まさかもう一度これに乗ることになるなんてね)
操縦桿を握りながら、今度はこれに乗ることになった経緯を思い出していた。
「ふぅ…」
宛がわれた自室に戻ったナオミがベッドに身を投げ出して大きく溜め息をついた。が、それも無理のないことであった。
何せ先ほどシュバルツの不在がバレてしまい、その説明を求められたからである。大体の面子は納得してくれたのだが、
(隊長とヒルダのプレッシャーがキツかった…)
ゾーラとヒルダの刺すようなプレッシャーに中てられ、精神的にかなりキていた。
(あーもー、このまま寝ちゃいたい…)
その欲求通り、目を閉じて意識を手放そうとしたところで、
『ナオミ』
不意にウインドウが開いて名前を呼ばれた。
「! ひゃ、ひゃいっ!」
その声に慌てて目を開けて飛び起きる。そこにいたのは、現在ナオミがこんなヘロヘロになっている原因の片割れであるゾーラだった。
「た、隊長、何か御用ですか?」
とはいえ、ナオミはそんな皮肉を言えるほど捻くれた正確ではない。いつものように生真面目に答えた。
『ちょっと話がある』
「ゑ…」
思わず顔を歪めてしまった。さっきの苦い経験があるから仕方ないとはいえ、正直に顔に出してしまったのは失敗だった。
『おやおや、随分と正直な感情を出すようになったじゃないか』
「えっ? あっ!?」
慌てて取り繕おうとするがもう遅い。そのためナオミにできたのは、あははと笑って誤魔化すことだけだった。
『安心しな、さっきのことでまだ小言があるってわけじゃない。別の件さ』
「別件…ですか?」
ホッとしつつも、別件ということに引っかかった。
『ああ』
「どういった内容です?」
ナオミが当然の疑問をゾーラにぶつけた。
『すぐにわかる。格納庫の入り口で待ってるから、とっとと来な』
「い、イエス、マム」
ナオミからの返答を聞いたゾーラが、そこでウインドウを閉じた。
「話…ねえ?」
疲れた身体に鞭打ってベッドから起き上がる。
「一体何だろ?」
首を捻りながらも、ゾーラの待つ格納庫の入口へとナオミは歩を進めたのだった。
「隊長!」
格納庫の入り口前までやってきたナオミが、そこで待っていたゾーラに声をかけた。
「来たか」
入り口前で佇んでいたゾーラがナオミの姿を目にして声をかける。
「すみません、お待たせしてしまって」
ナオミらしく、まずはゾーラに待たせてしまったことを謝った。
「いいさ。呼び出したのはあたしだからね」
それに対しゾーラは特に責めることもなく、ナオミも小言を受けなくて済んだことに内心でホッとしていた。
「あの、それで隊長、お話っていうのは?」
ナオミがさっそく本題を切り出した。
「ああ、こっちだ。ついてきな」
そう言って、ゾーラは格納庫に入る。
「あ、はい」
後を追って、ナオミも格納庫へと入った。ゾーラはそのまま少しの間歩を進め、そしてとあるパラメイルの前で足を止めた。
「これは…」
少し遅れてゾーラのすぐ側までやってきたナオミがそのパラメイルを見上げる。
「隊長のアーキバスじゃないですか」
「ああ」
ゾーラが腕を組んで頷いた。
「これが…どうかしたんですか?」
ナオミが尋ねる。
「さっきあたしが司令に指名されて新しい司令になったのは知ってるだろ?」
「あ、はい、勿論。私もいましたから」
「ああ」
頷くと、ゾーラは話を続ける。
「で、あたしは司令と同じようにアウローラの指揮を執るほうに回る。これもさっき言ったから知ってるよな?」
「はい」
「となると、必然的にこれは乗り手を失うわけだ。そこで、だ」
ゾーラがナオミに振り返った。
「ナオミ、あんたにこれを任せる」
「え!?」
ナオミが口を押えて目を丸くした。話の流れからこうなるんじゃないかとはなんとなく思っていたが、まさか本当にそうなるとは思わなかったからだ。
「何驚いてるんだい? 今の話の流れから、大体こうなるんじゃないかって思ってたんじゃないかい?」
流石にゾーラは読んでいたらしく、いつものように不敵な笑みを浮かべてナオミに視線を向けた。
「ええ、まあ…」
答えたナオミの歯切れはどうにも悪かった。
「ん?」
その態度に、ゾーラも引っかかったところがあるのか眉根を寄せる。
「どうした? 何か異論でもあるのかい?」
「異論ってわけじゃないんですけど…」
ナオミはやはりはっきりしない態度だった。
「何だい、ハッキリしないねぇ」
ゾーラが少しムッとした様子になって腕を組んだ。
「すみません、ただ、少し時間をいただけませんか?」
「…しょうがないねぇ」
どうにも乗り気じゃなさそうなナオミに、ゾーラが困ったようにガシガシと頭を掻いた。
「いいだろ。ただ、今がどんな状況かはわかってるね?」
「はい」
「何が引っかかってんのか知らないけど、結論はなるべく早く出しな。お前が乗らないんだったら、他の奴に回すからさ」
「すみません、ゾーラ隊長」
ナオミが本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
「わかればいい。それじゃあ戻っていいよ。それと…いい返事を期待している」
「はい」
頷いたナオミがゾーラを残して格納庫を後にした。
「はあーっ…」
自室に戻ったナオミが溜め息をつきながらベッドにその身を投げ出した。先ほどまでは眠気が襲ってきていたのだが、今はそれほどでもない。
それは勿論、ついさっきの格納庫でのゾーラとの話が原因だった。
「パラメイル…かぁ…」
思わず呟く。ここに戻ってきた以上、そしてメイルライダーである以上、避けては通れない問題だった。しかし
「はあーっ…」
ナオミが再び溜め息をつく。そして、向こうの世界でのことを思い出していた。
向こうの世界に行く前のこちらの世界での最後の光景は今でも思い出すことができる。獰猛な(ドラゴンの正体を知る前のことだからそう見えた)ドラゴンが口を開けて自分に迫ってきて、何もできなかった自分は最後の時を迎える前に意識を手放してしまった。そして、その意識は二度と覚醒しないはずだった。
しかし、目を覚ましたそこは自分が見たこともない景色。そして、自分の前に現れたのは、背中に羽を。尻から尻尾を生やした人間だった。
(くすっ…)
初めて彼女たちを見た時のことを思い出し、ナオミは内心で微笑む。
(あの時はビックリしたなぁ。取り乱して警戒心丸出しだったものね)
その後、彼女たちが明かしてくれた世界の真実。俄かには信じがたかったが、それでもただの妄言や誇大妄想と切って捨てるには無理な、彼女たち羽と尻尾を有した人間と、この世界を悠々と飛ぶ数々のドラゴン。そして、見たこともない建築様式や建物の数々など、それらの状況証拠が彼女たちは嘘をついていないと教えてくれた。
そんな中、彼女たちドラゴンが自分を助けてくれた理由。両者はお互いに分かり合える。何故ならば本当の敵は同じだから。故に、その可能性を示してほしい。それができると納得してもらえたら、しかるべきタイミングで元の世界に帰す。そう請われ、ドラゴンの世界で暮らすことにしたのだった。無論、その時の折衝の相手となったのはサラである。
そして、その言葉に嘘はなかった。ドラゴンの世界で暮らすうちに、ドラゴンが自分たちの敵なんかではないということも、お互いに分かり合えるということも十分できることだったのだ。
だから、この世界に戻ってきたとき、ドラゴンとの共闘でロザリーが暴言を吐いたときにムッとしてしまった。そしてその時に自覚もした。自分はもうドラゴンとは戦えないのだと。
(でも…)
それが今のナオミを躊躇わせていた。ドラゴンとは戦えない。というより、今の立場ならドラゴンと戦う必要はない。では、今の敵は誰なのか? 言うまでもない、エンブリヲである。
だが、敵はエンブリヲ一人だけと言うわけではない。彼の周りには、親衛隊よろしく騎士団がいる。そしてその面々は、ナオミが向こうの世界に行くまで寝食を共にし、ともに戦い抜いてきた仲間たちなのだ。彼女たちを相手に殺し合いをやることはナオミにはできなかった。
ならば、向こうに寝返るか? そんなこと、それこそできるわけがない。向こうに寝返った場合、敵になるのはこちらの立場…すなわちアルゼナルの面々とドラゴンたちなのだ。世界の真実を知った今、そんな真似ができるわけなかった。
結局、あちらを立てればこちらが立たずなのだ。それが、ゾーラの申し出をナオミが保留した理由である。どちらとも戦えないのだ。
(あっちがエンブリヲだけだったら、こんなに悩まなくてもいいんだけどね)
とは言え、現実はそうではない。
「はぁ…」
何度目になるかわからない溜め息をナオミがついた。
「どうしたらいいんだろう…」
そして、自問自答する。が、答えは出ない。答えを求めるが如くぼーっと周囲に視線を走らせていると、不意にあるものに目が止まった。
「あ…」
思わず声が出る。ナオミの視線の先にあったもの。それはシュバルツがここを留守にする前に自分に預けていった、あの小型マイクだった。
「シュバルツ…」
思わずその名前を呼ぶ。そしてシュバルツに思いを馳せた。さっきの医務室の一件を思い出し、その存在がアルゼナルの面々にとって、改めて大きなものになっているということを身をもって知った。
今でさえ、平静を取り戻したわけではない。そう装っているだけなのだ。シュバルツの不在を知っている者は皆、本当は不安で押し潰されそうになっているのを無理やり押さえつけてやせ我慢しているにすぎない。
「早く帰ってきてよ…」
そして、不安で押し潰されそうなのはナオミも一緒だった。いや、唯一他の面々が知る前にシュバルツがここからいなくなっているのを知ったのだから、余計に心細いのかもしれない。
その大きくて広い背中にどれだけ手を伸ばしても今は届かないのだ。が、皮肉にもそのことがナオミの背中を押すことになる。
「! そうか…」
何かを思いついたナオミがベッドから起き上がるとゾーラに通信を入れた。
「ゾーラ隊長!」
『ナオミか』
司令部に陣取っているゾーラが応える。
「今、お時間宜しいですか?」
『ああ。何だい?』
「はい、さっきの件なんですけど、お受けします」
『成る程、腹は決まったようだね』
ナオミのハッキリとした返答に、ゾーラが満足そうに頷いた。
「はい!」
『それじゃあ、メイたちにあんたようにチューンするよう指示を出しとくよ。あんたも格納庫に向かって、調整に協力しな』
「わかりました!」
『結構。…しかしナオミ』
打って変わったナオミの態度にゾーラが不審な表情を向けた。
「はい?」
『お前、何かあったのかい? さっきまでとはずいぶん雰囲気が違うじゃないか』
「そこはまあ…乙女の秘密ってことで」
『何言ってんだよ、そんな歳か?』
「いや、ゾーラ隊長に年齢『あぁ!?』何でもないです…」
虎の尾を踏んだことに気付き、慌ててナオミが口を閉じた。
『ったく…じゃあ、さっさと行きな』
「イエス、マム!」
そこで通信は途切れた。
「はあーっ…」
迂闊なことを口走ったことに己の浅はかさを感じてナオミがまた大きく溜め息をついた。しかし、それも一瞬。すぐに顔を上げたナオミは先ほどまでの沈んだ表情とは違って明るい表情になっていた。そして、自室を出て行く。
(帰ってこないなら、こっちから迎えに行けばいいんだ)
それが、ナオミの出した結論だった。シンプルだが、故に強くもある。そしてナオミは、シュバルツがエンブリヲにやられているということなどは全く考えていなかった。
(だって、約束したもん。必ず帰ってくるって。それに、自分のできることなら何でも言うことを聞いてくれるって言ったし)
その言葉に縋る。確かにただの口約束なのだが、それでも不思議と果たせられないという考えは浮かんでこなかった。
(絶対に言うことを聞いてもらうんだから!)
そう、強く決心したナオミは力強い足音を響かせながら格納庫へと向かったのだった。だが、本当は自分でもわかっているのだ。これは後付けの理由だと。
今でも、ハッキリとどちらに与することもできないことは自分でもわかっている。だが、だからと言ってこのまま見て見ぬふりをするのはもっとできないことだった。だから、シュバルツを迎えに行くことを理由に戦線復帰することを決断した。では、無事に迎え入れた暁には自分の身の振り方をどうするか。
それは、その時に彼女自身が決断することになるだろう。今はただ、己の果たしたいことを果たすのみ。
(……)
思索に耽っている間に、ナオミとマリカを加えた変則の第一中隊は無事にアウローラに帰還した。ヒルダ機をはじめとして、待機していたメアリーやノンナの機体も次々に格納庫に着艦する。
「ふぅ…」
久々の実戦だったが、無事に帰還を遂げることができたナオミも大きく息を吐いてパラメイルの電源を落とした。そしてバイザーを外して格納庫に降り立つ。
と、直後に背後から鋭い視線を感じた。
(う…)
内心で嫌な汗をかきながら、恐る恐る振り返る。そこには、固まってこっちを見ているヒルダ、ロザリー、ヴィヴィアンの姿があった。更にご丁寧に、ゾーラとメイまで加わっている。マリカたち新兵はというと、少し離れたところでハラハラした様子でナオミとゾーラたちを交互に見ていた。
(視線がキツいなぁ…)
帰還直後ではあるが、ゾーラたちの視線が物語っているのは共通していた。
【早く事情を説明しろ】
この一言である。
(でも、ヒルダたちはともかく、隊長まですぐにやってくるとは思わなかったな。仕事ほっぽり出していいのかな?)
もちろん、ジャスミンあたりが臨時で代わりの司令になっているのだろうが、それでも帰還直後に待ち受けているとは思わなかった。それなのにここにいるということは、余程気にかかるのだろう。
(隊長も結構乙女なんだね)
内心でクスッと笑いながらゾーラたちへ向かって歩き出す。
(さぁて、ある意味先ほどの戦闘より余程骨の折れる案件に取り掛からないと)
どう説明したらいいものかなと思いつつも、できることは経緯を正直に話すことだけなのだが。
(それしかないよね。でも、気が滅入るなぁ…)
直後、ナオミの脳裏にこの状況を招いた人物の顔が浮かんだ。
(貸しは高くついたよ、シュバルツ。帰ってきたら覚悟してね♪)
そのことを励みに、ナオミはある意味での女の戦いに向かって歩を進めたのだった。