機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

前回からの続き、アンジュのミスルギ皇城からの脱出回ですね。

今年最後の投稿になります。本年も一年間ありがとうございました。また来年も宜しくお願いします。

では、どうぞ。


NO.52 動き出す終局

「私は、エンブリヲの人形だった」

 

アウローラ内部の医務室。手錠で自由を奪われた、下着姿のジルがゆっくりとそう語り始めた。落とし前をつけるためか、過去を清算するためかはわからないが、単身でパラメイルを駆って出動しようとしていたジルをタスク始めゾーラやヒルダたちで拘束し、この現状になっているのである。

 

「奴に心を支配され、全てを奪われたんだ。誇りも、使命も、純潔も…」

 

聴衆は黙ってジルの告白を聞いている。

 

「怖かったよ。リベルタスの大義、ノーマ解放の使命、仲間との絆。それが全部、奴への愛情、理想、快楽に塗り替えられていった」

「何で黙ってたんだ」

 

傍らで腕組みをして聞いていたマギーが、普段の彼女らしくない厳しい口調でジルに問い質す。ジルは自嘲するように軽く笑った。

 

「フッ、どう話せばよかったのだ? エンブリヲを殺しに行ったが、逆に身も心も奪われました…って?」

 

ジルの表情に陰が差す。

 

「全部私のせいさ。リベルタスの失敗も、仲間の死も全部ね。…こんな穢れた女を助けるために、皆死んでしまった!」

「そんな…そんな…!」

 

驚きの声を上げたメイは何に驚いたのだろうか。ジルが告白した内容か? それともそれによって姉が死んでしまったことだろうか? その胸中は本人にしかわからないが。

 

「私にできる弔いはただ一つ。エンブリヲを殺す! それだけだ…。今頃奴は、新しいオモチャにご執心だろう」

 

ミスルギの皇城ではまさにその言葉通り、エンブリヲは楽しそうに眼下の人物を見下ろしていた。そこには、下着姿のアンジュが感覚を支配され、快感や笑いや痛みにのた打ち回っていたのだから。

そして、扉の外側でその様子に聞き耳を立てていたサリアは、先ほどのシュバルツとのやり取りもあって複雑な表情でその場を後にしたのだった。

 

「奴を殺すには今しかない」

「だから一人で行こうとしたのか?」

 

タスクが尋ねる。又もジルは自嘲するように軽く笑った。

 

「フッ、また失敗したがな」

 

それが言い終わるか終わらないかわからないうちにマギーがジルに近寄った。そして、以前にシュバルツがしたようにその頬をパーンと叩いた。

 

「あたしは、あんただから一緒にきたんだ。あんたがダチだから、ずっとついてきたんだ。なのに、利用されてただけなんてさ…」

 

マギーの厳しい言葉に、ジルが項垂れる。マギーも確かに利用されていただけということに腹が立っているのだろうが、それと同じぐらい、ジルに対して何の力にもなってやれなかったことと正直に話してくれなかったことが悔しく、腹立たしいのだろう。知らず知らず、握る拳に力が入っていた。

 

「何とか言えよ! アレクトラ! なぁ!」

「そのくらいにしときな、マギー」

「チッ!」

 

熱くなったマギーをジャスミンが制するが、マギーはまだ納得いかないのか、腕組みをしてジルに背を向けてしまった。

 

「知っちまった以上、あんたをボスにはしとけない。指揮権を剥奪する。いいね?」

「ああ」

 

抵抗を見せることもなく、ジルが頷いた。そして、ゾーラに視線を向ける。

 

「ゾーラ、代わって指揮を取れ」

「えっ!?」

 

突然の指名に、流石のゾーラも驚きを隠せなかった。

 

「お前なら、間違えたりしないだろう」

「…イエス、マム!」

 

少しだけ逡巡を見せたゾーラだったが、ジルの心情を汲んで了承したのだった。

 

「それと…奴の姿が見えないが、誰か呼んできてくれないか?」

 

ジルのその言葉を聞いて、この場にいる全員の頭の中に浮かんだ顔は一致していた。

 

「シュバルツ…」

 

代表して…と言うわけでもないだろうが、ゾーラが呟いた名前にジルが頷く。と同時に、ナオミの顔色が悪くなった。

 

「確かに、何でいないんだ?」

「ああ。いつもなら、絶対に首を突っ込んでくるはずなのにな」

 

ロザリーとヒルダも不思議そうな顔をしていた。そんな中、

 

「ジル」

 

声を上げたのはメイだった。

 

「何だ?」

 

ジルが尋ねる。

 

「シュバルツを呼ぶのはいいよ。でも、呼んでどうするのさ? 内容によっては許さないからね」

 

そう言ったメイの真剣な表情に少し驚きながらも、ジルは穏やかに微笑む。

 

「安心しろ、今度は本当に協力を要請するのさ。この頭を下げてな」

「ホント!?」

 

メイが瞬時に破顔して嬉しそうにジルに尋ねた。

 

「ああ。今更突っ張っててもしょうがない。それに、お前たちのことも頼まなくちゃいけないしな。お前たちだって、奴の力は必要だろう?」

「はい」

 

ゾーラが間髪を入れずに頷いた。

 

「奴の協力を得られるのと得られないのでは雲泥の差がある。これからの最終局面に向け、奴の力は絶対に必要だ。そのためにはこの頭ぐらい、喜んで下げてやるさ」

「アレクトラ…」

 

タスクが驚いたように…しかし嬉しそうに微笑んでいた。無論、彼女のことだからこれもブラフで何か企んでいる可能性がないでもないのだが、ジルがシュバルツに命令できる材料はないだろうし、何よりその顔が、タスクのよく知っているアレクトラの表情に戻っていたからだ。

 

「わかったか? だったら誰でもいい、奴を呼んできてくれ」

「じゃ、じゃあ、あたしが!」

 

ヒルダが嬉しそうに声を上げて医務室を出ようとする。が、彼女の前に立ちふさがった人物がいた。

 

「…っと、何だよ、ナオミ」

 

ムッとした表情でヒルダが自身の行く手を遮ったナオミを睨む。

 

「あ、あのー…ね…」

 

対照的にナオミは困ったような表情で目を逸らしながら、何を言うべきかといった様子で立ちすくんでいた。

 

「用がないんだったらどけよ、あいつのところに行かなきゃならないんだから」

「あー…いやー…そのことなんだけどー…」

「シュバルツのこと?」

 

ナオミが発した言葉に、ヴィヴィアンが首を捻る。

 

「何だよ、あいつがどうかしたのか?」

「いやー…そのね? どうかしたかって言うか…」

 

自身の行く手を遮っておきながら、ハッキリと物を言わないナオミに、だんだんヒルダが苛立ってくる。

 

「チッ! イラつくな。どけよ!」

 

とうとう堪忍袋の緒が切れたヒルダがナオミを押しのけて医務室を出ていこうとする。が、

 

「ま、待って!」

 

ナオミが慌ててヒルダを止めた。が、止めるだけで相変わらずその理由を言わないナオミにヒルダのイライラは積もってゆく。

 

「いいからどけよ! あいつのところに行けないだろ!」

 

すると、

 

「い、今いないから!」

 

売り言葉に買い言葉…というわけでもないだろうが、ヒルダに気圧されたナオミが思わず口を滑らせてしまった。

 

「え…?」

 

誰の呟きかわからないがその瞬間、医務室の空気が凍ったように固まってしまった。

 

「あ…」

 

ナオミも思わず、しまったというような表情をする。その固まってしまった集団の中で、いち早く復活を遂げたのはゾーラだった。

 

「…おい、ナオミ」

 

ツカツカとナオミの側までやってきたゾーラが、ナオミの胸ぐらを掴む。

 

「ぞ、ゾーラ隊長!?」

 

第一中隊に配属されてから色々あったが、こんな真似をされたのは始めてなナオミが少し表情を引きつらせながらゾーラの顔を見た。が、ゾーラはそんなナオミに構わず顔を近づける。

 

「…お前、何を知ってんだ? 全部吐きな」

「あ…え…う…」

 

凄まれたナオミが救いを求めるかのように辺りを見渡すが、残念ながら自分に視線を向けているすべての人物はゾーラと同じ要求を視線で訴えていた。

 

(う…)

 

その視線にさらされたナオミが内心で冷や汗を掻く。そしてチラッとゾーラを窺うと、彼女は相変わらず早く吐けと言わんばかりにナオミを睨んでいた。

 

(うう…)

 

ゾーラの圧にナオミが内心で掻く冷や汗が量を増す。

 

(ううー、キツい役回り回してくれちゃって…。恨むよ、シュバルツ)

 

この場にはいない該当者であるシュバルツに内心でナオミが文句を言う。と、いい加減痺れを切らしたのか、

 

「さっさと吐け!」

 

ゾーラがナオミに怒鳴った。その剣幕にナオミは耐え切れず、

 

「い、今、出かけてます!」

 

と、とうとう白状してしまったのだった。

 

「出かけた…だと?」

 

ジルが怪訝そうな表情になった。

 

「こんな状況下でか?」

「で、何処にだい?」

 

ジルから引き継ぐようにマギーが重ねて聞いてきた。

 

「そ、それは…」

 

ナオミの額に汗が滲み始める。

 

「どうした? 出かけているのを知っている以上、行先は聞いているのだろう? まさかこの状況下で、行先も聞かずに見送ったわけではあるまい」

「あ、はい。それはそうなんですけど…」

 

ジルの至極まっとうな質問にナオミが頷いた。が、相変わらず奥歯に物の挟まったような言い方で歯切れが悪い。

 

「おい、ナオミ。あたしがブチ切れる前に知ってること全部ゲロしな」

 

ナオミが掻く汗の量と比例するように、ゾーラのイライラも溜まっているようだった。それは、シュバルツがいないことに対する不安から来るものか、それともそのことを知っているナオミに対する嫉妬から来るものかはわからないが。

 

(こ、怖い、ゾーラ隊長…)

 

初めてと言っていいほどのゾーラの剣幕にナオミは震えあがる。ナオミは知らないことだが、ゾーラはもうシュバルツにベタ惚れしているため、ある意味当然なのだが。

もっとも、この部屋にはもう一人、ゾーラに負けず劣らずシュバルツにベタ惚れしているのが一人いる。そしてその彼女…ヒルダも、ゾーラに負けず劣らず剣呑な表情で腕を組みながらナオミを睨んでいたのだった。

 

(ご、ごめん、シュバルツ。私はここまでで精一杯だよ)

 

心の中でシュバルツに謝るナオミ。

 

(で、でもいいよね? 出来るだけ引き延ばしてほしいけど、どうしようもなくなったら話していいって言ってたし…)

 

以前、シュバルツと話したときのやり取りを思い出したナオミが、観念したように口を開いた。

 

「そ、そのー…シュバルツなんですけど」

「ああ」

「ある人に招待されて、その招待に応じる形で出かけました」

「…は?」

 

眉を顰めたゾーラが思わず呟いていた。が、それはこの場にいる他の面々もそうなのだろう。皆、大なり小なり呆然とした表情をしている。

 

「それ…誰?」

「え、えっと…」

 

ヴィヴィアンが思わず呟いたことにナオミが思わず言葉に詰まる。が、ここまで来た以上は洗いざらいブチ撒けないと全員納得しないだろう。

シュバルツを招待した人物の正体を明かしてどうなるか不安で仕方ないが、遅かれ早かれわかってしまうことだと割り切って、ナオミは爆弾を投下することにした。

 

「そ、その…エンブリヲです…」

『…な、何ーっ!』

 

それぞれニュアンスが微妙に異なるが同じような反応を見せ、医務室の時間は固まってしまったのだった。

 

 

 

 

 

ほぼ同時刻、ミスルギ皇城。

シュバルツを見送ったエンブリヲは皇城内のとある一室にいた。目の前には、下着だけでほぼ全裸のアンジュの姿があった。

 

「美しい者が苦しみ、虐げられ、絶望する姿は実に楽しい」

 

相変わらずと言っていいゲスいセリフを吐くエンブリヲ。性格の悪さが実に良く滲み出ていた。

 

「そろそろ、素直になれたかな?」

 

そしてエンブリヲはアンジュを篭絡するべく、虫の息の彼女に語り掛ける。

 

「はい…エンブリヲさ…」

 

肩で息をしながら答えるアンジュ。が、堕ちる寸前で何とか自我を取り戻したアンジュがエンブリヲを睨み付ける。

 

「くたばれ、クズ野郎…!」

「大したものだ」

 

エンブリヲはそう称賛しながらアンジュの額に触れた。その瞬間、アンジュがまた悲鳴を上げる。

 

「いやあああああああっ! 熱い! 熱い! 熱っ!」

 

今度は体温の感覚を調節したのか、アンジュが熱さに悶える。そして、唯一付けていた下着を躊躇なく脱ぎ捨てる。もっとも服ではなく下着なので、脱いだところで暑さが和らぐわけはないのだが、それでも衣類を身に着けていることは今のアンジュには耐えがたい苦痛なのだろう。

お仕置きとばかりにエンブリヲはアンジュを置き去りにして部屋を出ようとする。と、

 

「た、助けて、タスク、たすk…」

 

アンジュが必死に誰かに助けを求めることに気が付いたエンブリヲが、思わず足を止めて振り返った。

 

「た、助けて、タスク、シュバル…ツ…」

(フッ、その騎士殿はもう帰ったよ)

 

必死で助けを求めるアンジュの口からシュバルツの名前が出たことに意地の悪い笑みを浮かべると、エンブリヲはそのまま部屋を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

ミスルギ皇城、暁ノ御柱。その最深部。

以前エンブリヲがアンジュを案内した、アウラが鎮座するこの場所に、アンジュを置き去りにしたエンブリヲの姿があった。アウラの周りにはアウラを囲むようにしてラグナメイルが配置されている。

 

「では、始めよう」

 

エンブリヲがそう言って数歩歩く。その後ろには、パイロットスーツに身を包んだダイヤモンドローズ騎士団の姿があった。

 

「サリアは?」

 

振り返ってエンブリヲが尋ねる。その言葉通り、集まったダイヤモンドローズ騎士団は四人しかいなく、サリアの姿がなかった。

 

「それが…」

 

エルシャが代表して口を開く。顔を見合わせているクリスたち残りの三人も、サリアが何処にいるのか知らないようだった。

 

「ふぅむ…まあいい」

 

気にはなるが、それよりもこれから行うことの方が重要なのだろう。そう判断して、エンブリヲは中断していた行動を再開する。目の前に数多くのウインドウを開いたのだった。

その頃、先ほど話に上っていたサリアの姿はとある場所にあった。それは、エンブリヲがアンジュを軟禁しているあの部屋だった。

 

「無様ね」

 

アンジュに近づきながら、サリアは侮蔑した言葉を浴びせる。

 

「サリア…」

 

ぐったりしながら、アンジュは何とか少しだけ顔を上げてサリアに視線を送った。

 

「エンブリヲ様に刃向かうから、そうなるのよ、バカ」

「バカは…貴方よ。あんなゲス男に…心酔しちゃって…」

 

ヘロヘロなのに口が減らない辺りは流石アンジュと言ったところか。だが、サリアは特に気にした様子もなかった。

 

「私にはもう、エンブリヲ様しかいないもの…」

 

言葉だけならそれっぽいが、その表情はどこか悲しさ、やるせなさを感じさせるものだった。サリアも薄々はわかっているのだろう。エンブリヲの正体に。その紡ぐ言葉が、どれだけ信用できないものかと言うことが。

とはいえ、今言った通り今の彼女にはエンブリヲしかないのである。寄る辺を失いたくはないのだろう。

 

「でも、あんたは違う。ヴィルキスも、仲間も、自分の居場所も、何でも持ってる。これ以上、私から奪わないで」

 

それだけ言うと身を翻し、アンジュに背を向けて歩き出した。そして、数歩進んだところで足を止め、振り返る。

 

「出てゆきなさい、エンブリヲ様が戻ってくる前に」

「え…?」

 

ノロノロした動きながら上半身を起こすと、アンジュがか細い声を上げた。

 

「抵抗を続ければ、そのうち心を壊されるわよ。それでもいいの?」

「!」

 

このままでは十分あり得る未来に、アンジュが瞳孔を開いた。

 

「別に、あんたを助けるわけじゃないから」

 

再びアンジュに背を向けたサリアがそう言う。状況によってはツンデレもいいところなセリフではあるが、サリアにはそんな気は全くないだろう。

 

「えっ…?」

「無様なあんたを、見たくないだけ」

 

そして、話は終わりとばかりにサリアはそのまま部屋を出ていく。と、不意にその背後からアンジュが襲い掛かり、サリアにチョークスリーパーを掛けた。

 

「ありがとう、サリア…」

 

言葉とは裏腹に、アンジュが力を入れてサリアの首を締め上げる。

 

「これは、助けてくれたお礼よ」

「ぐっ…はっ…」

 

苦悶の表情を浮かべながら、アンジュの腕を引き剥がそうと必死に抵抗するサリア。だが、残念ながらアンジュの腕はその首にますます食い込んでいった。

 

「逃がしたより、逃げられたことにしておいた方が、罪は軽くなるでしょう?」

「余計な…お世話よ…この…筋肉…ゴリ…ラ…」

 

そこで、サリアは意識を手放した。アンジュはそのままサリアを廊下に横たえさせる。

 

「はぁ…はぁ…」

 

肩で息をしながら呼吸を整える。と、

 

「アンジュリーゼ様!」

 

その場に丁度モモカが現れた。

 

「モモカ!」

「お探ししました!」

「良くここがわかったわね」

「お城の中を一部屋一部屋探していましたので。でも、ここで姫様にお会いできたのは偶然です」

「そう。話は後、今は逃げるわよ!」

「はい!」

 

アンジュはオトしたついでとばかりに散々虚仮にしていたサリアの制服を剥ぎ取るとそれを身に着け、モモカに支えられながらその場を後にしたのだった。

一方、暁ノ御柱最深部ではアウラの周囲を取り囲むように配置されているラグナメイルが、エンブリヲによる永遠語りに共鳴するかのように淡く光り輝いていた。

 

「準備は整った」

 

そう宣言すると、エンブリヲは後ろにいるエルシャたちへと振り返る。準備とは当然、以前アンジュに明かしていた時空融合のことだろう。

 

「総員ラグナメイルに騎乗! 計画完了まで暁ノ御柱を護れ!」

『イエス、マスター!』

 

エンブリヲに敬礼を返すと、エルシャたち四人は速足でその場を後にした。エルシャたちを見送ったエンブリヲが首を戻すと、そこに先ほどまではなかった一つのウインドウが浮かんでいた。

拡大したウインドウに映ったのは、下着姿で廊下に転がっているサリアの姿だった。

 

「くっ!」

 

その姿で大体何があったのか想像ついたのだろう。忌々しげな表情でエンブリヲは舌打ちをしたのだった。

一方、脱出に成功したアンジュはモモカに支えられながら皇城の中庭を出口に向かって歩いている。と、

 

『何処に行くの、アンジュちゃん』

 

不意に、二人の耳に通信越しのそんな声が届いた。声が聞こえた方に振り向いた二人の視線の先には、その声の主、エルシャがフライトモード状態のラグナメイルに乗ってアンジュとモモカを見下ろしていたのだった。

 

「エンブリヲさんが探してるわ」

 

サリアの状況からすぐに指令が飛んだのか、エルシャはその旨を伝えてきた。が、大人しく従うようなアンジュとモモカではない。

 

「走れますか、アンジュリーゼ様」

「ええ…」

 

体調はまだ万全でないながらも、エンブリヲに弄ばれているときよりは余程ましであるため、アンジュも頷いたのだった。そして二人は連れ立って走り出す。

 

「あらあら、仕方ないわね」

 

走り出した二人を見下ろしながらエルシャはそう呟くと、アンジュたち…正確に言えばアンジュを捕えるためにラグナメイルのスピードを上げた。

 

「くっ!」

 

グングン詰まっていく距離に不安げなモモカと歯噛みするアンジュ。と、アンジュの指輪が光を放った。そして、それに呼応するかのようにヴィルキスが瞬時にアンジュたちの目の前に現れる。現れたヴィルキスは主の意を汲むかのように、すぐさまアサルトモードからフライトモードへと姿を変えた。

 

『ヴィルキス!』

 

エルシャとクリスが驚きの声を上げる。アンジュは急いでヴィルキスに跨った。

 

「モモカ、乗って!」

「はい!」

 

モモカも急いでヴィルキスに跨る。そして、アンジュはそのままヴィルキスを発進させる。その直後、ヴィルキスのいた場所にエルシャの攻撃が着弾したのだった。

 

「クリスちゃん!」

「わかってる」

 

エルシャからの通信を受け取ったクリスが返事を返した。

 

「逃がさないよ、アンジュ」

 

そのまま、二機で追撃態勢に入る。

 

「くっ!」

 

歯噛みしながらヴィルキスを操縦するアンジュ。だが、流石にラグナメイル同士だからか、振り切るのは至難の業だった。ライフルが雨霰とアンジュを襲う。そうこうしている間にターニャとイルマも合流し、一対四の絶望的な状況になっていた。

 

「アンジュリーゼ様ーっ!」

 

必死でしがみついているモモカが救いを求めるかのように主の名を呼ぶ。だが、アンジュもこの状況を打開できる術はない。

 

(どうすれば…!)

 

焦り始めたその時だった。暁ノ御柱直上に不意にシンギュラーが開いたのだ。そしてそこから、エルシャたちを牽制するかのようにビーム砲が降り注いだのだった。

 

「!」

 

思わずアンジュが顔を上げる。そこには、こちらに舞い降りてくる機影が三つ。その先頭に立つのは当然と言うべきか、サラの焔龍號だった。

 

「借りを返しに来ましたよ、アンジュ」

「サラ子…!」

 

そしてその姿に驚きと歓喜の声を上げるのはもう一人。

 

「サラマンディーネ様…!」

 

“草”としてミスルギに入り込み、捕虜として奴隷として扱われたリィザだった。

 

 

 

同じ頃、アウローラではアンジュの奪還作戦が始まろうとしていた。

 

「ミスルギ皇国に突っ込むぅ!?」

 

作戦の内容にロザリーが素っ頓狂な声を上げる。が、それを告げた人物…タスクはいつもの通りの口調だった。

 

「人間の世界の防衛はすべてエンブリヲ任せだ。大した防空兵器は存在しないから、突入そのものは難しくない」

「な、成る程…」

「問題はエンブリヲとサリアたちってことだな」

 

ヒルダが二人の会話に口を挟んだ。格納庫では出撃に備え、整備班が所狭しと動き回っている。

 

「よし、作戦を伝える。あたしとロザリーは先行してミスルギ皇国に侵入。サリアたちに陽動をかける」

「お、おう!」

 

仕方ないこととはいえ緊張しているのだろう。ロザリーがどもった。

 

「その隙にヴィヴィアンは別方向から皇国を急襲。アンジュとヴィルキスの居場所を突き止める」

「了解」

 

ヴィヴィアンが軽く敬礼をした。

 

「どうやって突き止めんだよ?」

 

ロザリーが至極もっともな質問をした。と、

 

「こうやって!」

 

そして、ヴィヴィアンはクンクンと鼻を鳴らした。

 

「マジで!?」

「下手なレーダーより役に立つ」

 

驚き呆れるロザリーにヒルダが答えた。

 

「アンジュの位置を確認次第、タスク、あんたは超低空から侵入しアンジュを強奪。ヴィルキスに乗せて脱出しろ」

「わかった」

 

タスクが力強く頷いた。

 

「新兵たちは国境付近上空で待機。アンジュとヴィルキスの脱出を援護!」

『い、イエス、マム!』

 

三人の新人、メアリー、マリカ、ノンナが緊張気味に答えた。

 

「なんだ、緊張してんのか?」

 

緊張をほぐすためだろうか、ロザリーが少しおどけたような口調で三人に通信を開いた。

 

「だ、だって、お姉さま…」

「人間の世界を飛ぶなんて初めてで…」

 

メアリーとマリカがやはり緊張気味に答えた。と、

 

「安心しな、あたしも初めてだ」

 

ロザリーがまるでフォローになってないフォローを入れた。

 

『ええーっ!?』

 

案の定、ノンナを含めた三人が驚きの声を上げる。が、ロザリーに怯んだ様子はない。

 

「ま、何とかなんだろ。多分」

 

ロザリーが不敵に微笑んだ。随分と肝が据わったようになったものである。

 

「…って形だけど、いいよな、ゾーラ?」

 

全員の用意が整ったところでヒルダが通信を開いた。

 

『ああ』

 

通信先にいる、アウローラのブリッジの司令席に座っているゾーラが答えた。

 

『本来なら司令の指示通りあたしが部隊をまとめるべきなんだろうけど、こっちに専念することにしたからね。そっちはあんたに任せるよ。好きにやんな』

「オーケー」

 

簡単なやり取りを終わらせて通信を切る。今の通信内容通り、ゾーラはまさしくジルの代わりにアウローラの指揮を執るほうに回ったのだった。そしてゾーラが自分の代わりに部隊を任せたのがヒルダだった。

ナオミの爆弾発言で一時は阿鼻叫喚の坩堝になった医務室だが、その後のナオミの(強制された)懇切丁寧な説明によって何とか落ち着きを取り戻した。それからは流石に百戦錬磨のアルゼナルの面々。すぐさま作戦を立てて、今それを実行しようとしていたのだった。

そうこうしているうちにアウローラは海面に姿を現した。そして、上部格納庫のハッチを展開させる。

 

「よし、ヒルダ隊、出撃!」

『イエス、マム!』

『たっぷり暴れてきな、お前たち!』

 

ヒルダの号令とゾーラの発破に奮い立ったパラメイルの一団が、大空へと舞い上がったのだった。

 

 

 

目指すは、ミスルギ皇国。




読了、ありがとうございました。作者のノーリです。

前書きでも書きましたが今年最後の投稿です。いつも通り前回の投稿から二週間後なんですが、まさか晦日に投稿することになるとは思いませんでした。

途中、大分間を空けたことがあったり、遅筆のため二週間に一本投稿するのが精一杯というのもありますが、遂に来年でこの作品も足掛け三年になります。

そう考えると原作のクロスアンジュも随分と前の作品になるのですが、未だこの作品を読んでくれている読者の皆々様には本当に感謝しております。

この作品も原作で言えばようやく二十話ぐらいのところに差し掛かっているため、来年中には何とか終わらせることができそうです。

途中、色々あって投げだしそうになったことも何度かありましたが、ここまで来た以上キチッと完結させたいと思います。ですので、宜しければ完結までもう一年お付き合いください。

それではまた二週間後、来年最初の投稿でお会いしましょう。

※予定では、来年一発目や二発目の投稿は色々てんこ盛りになる予定です。

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