機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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お早うございます。

今回は幕間回です。今回の主役は苦労人の彼女。

と言っても、他の面々が主役の時の幕間回とは違い、彼女だけに焦点が当たっているわけではありませんが。

まあ、そういうのも彼女らしくていいんじゃないでしょうか。(笑)

では、どうぞ。


NO.51 幕間 Salia

あの人が生きていた。

最初、それをアンジュから聞かされた時には驚いたが、それ以上に嬉しかった。

ただ、それ以上に複雑でもあった。何故なら、私は別れる前の立場とは違ってしまったから。

今の私はあの人の敵。

ただそれでも、再会したときはやっぱり嬉しかった。立場上、駆け寄ることも話しかけることもできなかったけど。

それは、他の皆も同じだと思う。

でも、その喜びもすぐに打ち砕かれることになった。

 

―――この子たちと戦うことになるが…いいのかい?―――

―――それは貴様についたところで同じだろう?―――

―――それは…状況によっては彼女たちを殺すことも厭わないということかな?―――

―――…それは、そいつらも覚悟してのことだろう―――

 

今でもハッキリと思い出せる。先ほどの、エンブリヲ様とあの人のやり取りを。そして、それにショックを受けているのは私だけでなく他の皆も。

そう…そうよね。今の私たちは敵同士なのよね。

だったら…

 

 

 

 

 

「さて…」

 

リィザを救い出してとある頼みごとをしたシュバルツは、リィザを運び込んだ部屋から退室して引き続き皇城を歩く。さっきはあの拷問の音に気付いてしまったために寄り道をしてリィザを助け出したが、それが終わったので出口を探さなければいけない。

いざとなれば廊下を破壊するなり屋根に穴を空けるなりして出ればいいが、いつもの刀は(いかに敵とはいえ)招かれたということもあってアウローラに割り当てられた自室に置いてきたため、破壊するのは少々億劫だった。

もっとも、ガンダムファイターである以上、肉体を使うか道具を使うかの違いなぐらいで、結果はどちらでも同じなのだが。

 

(とは言え、せっかくの立派な建物だ。なるべくなら破壊したくはないしな)

 

実力行使はあくまでも最終手段と割り切り、シュバルツが出口を探すために引き続き廊下を歩き続ける。と、

 

「!」

 

ある気配に気づいて表情を強張らせた。直後、三人の人影がシュバルツを囲む。

囲んだその三人は、クリス、ターニャ、イルマだった。

 

「ようやく見つけた…」

「クリス…」

 

正面に出てきたクリスの名前をシュバルツが呼ぶ。その手には拳銃が持たれ、その銃口はシュバルツに向けられていた。

 

(右斜め後ろにはターニャ、左斜め後ろにはイルマか…)

 

気の流れで大体の配置を理解するシュバルツ。その手には、クリスと同じように銃が握られ、その銃口がクリスと同じように自分に向けられているのもわかった。

 

「…何のつもりだ?」

 

ある程度分かってはいるが、一応聞いてみる。

 

「このまま帰すわけにはいかないから」

 

クリスの視線が鋭くなった。

 

「エンブリヲ君に味方してくれるならともかく、そうじゃないならあんたは私たちの敵だ。敵なら、このまま帰すわけにはいかない」

(やはりか…)

 

予想通りの答えに、シュバルツは内心で溜め息をついた。

 

「このこと、お前たちの主は知っているのか?」

 

シュバルツが尋ねる。と、

 

「エンブリヲ様は知らないわ」

「私たちの独断」

 

答えたのは背後にいるイルマとターニャだった。

 

「だろうな」

 

それに対してシュバルツはそう言い、

 

「主人が帰るのを許したのに、部下のお前たちが独断で暴走してもいいのか?」

 

と、続けた。

 

「味方じゃないならあんたは敵」

 

クリスが視線を更に鋭くする。

 

「敵なら、障害になる前に排除する。当然のこと」

「成る程な」

 

シンプルな思考だと思ったが、確かにクリスの言ってることも間違ってはいないので咎めるような真似はしない。が、

 

「死にたくなければ私たちにつきなさい」

 

それも身の程を知らなければ滑稽なだけである。

 

「ふ」

 

軽く笑うと、シュバルツはその場から一瞬で消えた。

 

『!』

 

何処に行ったのかと、三人が慌ててキョロキョロと周囲を見渡す。その直後、

 

「ぐっ!」

「あっ!」

「うっ!」

 

クリスたち三人は次々に悲鳴を上げて銃を持っていた手の手首を抑える。何故ならそこに不意に激痛が走ったのである。

そして、その衝撃で三人とも銃を落としたのだった。

 

「ああ…」

 

クリスがそれを拾おうと手を伸ばすが、三丁の銃は既にその場にはなかった。

 

「探し物はこれか?」

 

その代わり、頭上から底冷えのするような声がする。クリスが恐る恐る顔を上げると、その額に銃口が押し付けられた。

 

「っ!」

 

予想していた人物…シュバルツがその場にいたことにクリスは驚きながらも悲鳴は上げずにキッとシュバルツを睨み付けた。

 

「ほぉ…」

 

その姿に、シュバルツは感心したように口を開いた。

 

(いい顔をするようになった)

 

向こうの世界…真なる地球に行く前のクリスしか知らないシュバルツとしては、クリスがこういう状況下でこういう反応を見せるとは思わなかったのだ。向こうの世界に行く前のクリスだったら、こんな状況下になったら怯えるか…酷かったら泣くだろう。それが、やせ我慢かもしれないが曲がりなりにもこういう姿勢を見せるようになった。それは、それだけクリスも戦士として成長したという証に他ならなかった。

 

(惜しむらくは、アルゼナルにいた時にこうなってくれればな…)

 

こんな形で再会することもなかったのかもしれないのになと思いながらシュバルツが口を開く。

 

「私に勝てると思ったか?」

「思ってないよ」

 

拍子抜けするほどあっさりとクリスがそれを認めた。

 

「ではなぜこんな真似を?」

 

続けて尋ねる。

 

「エンブリヲ君の敵だから」

 

それに対するクリスの返答は、実に単純明快なものだった。

 

「エンブリヲ君は私にとって本当の友達なんだ。だから、その障害になる存在は見過ごすわけにはいかない」

「ふむ…」

 

シュバルツは内心で驚いていた。あれだけゾーラにべったりで、ヒルダやロザリーとつるんでいた…もっと辛辣に言えば依存していたクリスが、今はエンブリヲを彼女たちより上の立場に置いている。自分が向こうの世界に行ってる間に何かがあったのを容易に想像させる出来事だった。

 

(何があったのかは知らんが、変われば変わるものだな)

 

内心で驚きつつもそれを表情に出さず、言葉を続ける。

 

「だが、お前たちの主人は私に帰ることを許した。主人の意向に逆らうのはあまり褒められたものではないと思うが?」

「じゃあ見逃せっていうの? 敵がわざわざこっちのテリトリーに足を運んでくれたっていうのに?」

「気持ちはわかるがな…」

 

シュバルツが一瞬言葉を切る。

 

「お前たちでは私には勝てん。さっき、お前も自分でそう言っただろう」

「だからって」

「生命を懸けるのと、生命を捨てるのは別物だ。少なくとも、銃火器に頼っている間は私には逆立ちしても勝てん」

 

そう言って、シュバルツはクリスの額に押し当てていた銃口を外した。

 

「殺さないの?」

 

銃口を外したシュバルツにクリスが尋ねた。

 

「殺す理由がどこにある」

「甘いね…」

 

クリスが嘲笑した。

 

「ここで私を殺さなかったことで、後で後悔するかもしれないよ?」

(こいつ…本当にあのクリスか?)

 

返す返すも最後に会った時のクリスの印象とはかけ離れていて、シュバルツは困惑していた。人は変われば変わるものだというのはわかっているが、まさかここまで化けるとは思っていなかったのだ。

 

(だが、それ故につくづく惜しい。アルゼナルにいた時にこういう心構えならば、この場にはいなかっただろうに)

 

残念だと思うが、今更どうしようもないのも事実である。そんな今のクリスの姿に昔の弟の…ドモンの姿がシュバルツにはダブって見えた。

 

(真実を知る前のあいつと同じだな。頭に血が上り、いくら説得したところで信じるはずはあるまい。ならば、時を待つのみ)

 

「そうならないように努力するだけのことだ」

 

シュバルツはそう言うと、懐から残りの二丁の拳銃を取り出した。そして、手元にある分も合わせて三丁の拳銃を軽く後ろに投げ捨てる。そして…

 

「あ…」

 

シュバルツを見上げていたクリスが呆気にとられたような表情になった。というのも、シュバルツにゆっくりと頭を撫でられたからである。

 

「死ぬなよ」

 

今は敵になった相手に掛けるには奇妙な言葉を残し、シュバルツはその場を去ったのだった。後に残されたクリスをはじめとする三人は、呆然とその後ろ姿を見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「ん?」

 

無事に皇城から出て、今度は中庭を出口に向かって歩いているシュバルツが、遠くにある光景を見つけて立ち止まった。

 

「あれは…」

 

そこにいたのは、アルゼナルの制服を着ている子供たちの姿だった。見覚えのあるその姿は皆、アルゼナルにいた時と変わらずに、元気な様子で思い思いに遊んでいる。

 

(いいものだな…)

 

思わず、その光景に見入ってしまった。と、

 

「あぁ」

 

ボール遊びをしていた一人の女の子がボールを逸らしてしまった。ボールはシュバルツのいる方向に転々と転がってくる。

 

「もー」

 

女の子がボールを追いかけてくる途中で、

 

「あっ!」

 

シュバルツに気が付いた。シュバルツは自分の側まで転がってきたボールを手に取ると、その子に近づく。

 

「元気そうだな」

「お兄さん!」

 

その子がそう言ったのを耳にした他の女の子が、一斉に色めき立った。

 

「え!? お兄さん!?」

「ホント!?」

「何処!? 何処!?」

 

辺りをキョロキョロと見まわし、すぐにシュバルツを見つけた他の女の子たちが一斉にシュバルツの元に押し寄せる。

 

「お兄さん!」

「わあ、ホントだ!」

「ホントにホントのお兄さんだ!」

 

そして、すぐに群がられた。それだけ、この子たちにとってもシュバルツは大事な人だということなのだろう。

 

「誰も彼も変わりないようだな。何よりだ」

 

そうしてシュバルツは子供たちの頭を撫でたり、抱っこしたりしてほんの一時の安らかな時間を楽しむ。そこへ、

 

「あらあら、皆甘えん坊さんね」

 

シュバルツと子供たちがよく知る声が聞こえてきた。

 

「あ、ママ!」

「ママ!」

 

子供たちが振り返り、そしてシュバルツ自身も振り返ったそこには、

 

「エルシャ…」

 

シュバルツがその名を呟いたとおり、エルシャが微笑みながら立っていたのであった。

 

 

 

「さ、どうぞ」

「ああ。ありがとう」

 

子供たちから少し場を移し、円卓に向かい合わせになったシュバルツにエルシャがお茶を出した。シュバルツは礼を述べながらそれを受け取ると、ゆっくりと口に含む。

 

「美味い…」

「ふふ、嬉しい」

 

率直なシュバルツの感想に破顔して、エルシャがはにかんだ。そして、自分も用意していたお茶に口をつける。少しの間ゆっくりと、そしてまったりとした空気が二人を包んでいた。

シュバルツは知らぬことだが、この円卓は先日エルシャが今と同じようにアンジュたちとお茶をした円卓だった。

 

「本当に…」

 

心地よい空気を破って最初に口を開いたのはエルシャだった。

 

「ん?」

 

シュバルツがエルシャに視線を向ける。

 

「本当に生きていらっしゃったんですね、ミスター」

「ああ」

 

シュバルツがゆっくりと頷いた。

 

「どうやら私は地獄の閻魔には随分と嫌われているようだ」

「ふふっ…」

 

シュバルツの物言いにエルシャがクスクスと笑った。だが、すぐに表情を硬いものに戻す。

 

「運命って、皮肉ですわね」

「ん?」

 

エルシャの言っている言葉の意味が分からず、シュバルツは探るような視線を向けた。

 

「どういうことだ?」

「…もし、ミスターが生きていると知っていたら、こんな立場でミスターに会うこともなかったかもしれないですから」

「……」

 

エルシャが、自分の現状のことを言っているのだとわかったシュバルツが、答えを返すこともできずに口を噤んだ。

 

「子供たちも皆、元気そうだな」

 

どう答えればいいかわからず、シュバルツは取り敢えず当たり障りのない話題を口にした。

 

「そう見えます?」

 

が、エルシャから返ってきたのは予想していない答えだった。

 

「ん? どういうことだ?」

 

エルシャの返答に引っかかったシュバルツが眉を顰める。だがエルシャはすぐに答えず、ゆっくりと遊んでいる子供たちに顔を向けた。そして、

 

「あの子たち、一度死んだんです」

 

そう、答えたのだった。

 

「何?」

 

エルシャが言ったことにシュバルツがますます眉を顰めた。何故ならば、彼女たちはどこをどう見てもそんな風には見えないからだ。ゾンビにしては健康的すぎる。

 

(…いや、あれとなぞらえるのは無意味か)

 

シュバルツの頭に一瞬ゾンビ兵が浮かんだが、あれと目の前で遊んでいる子供たちを結びつけるのはどう考えても無理筋だった。

 

「どういうことだ?」

 

故に、シュバルツは解答を求めてエルシャに尋ねた。

 

「エンブリヲさんが生き返らせてくれたんです」

「…成る程」

 

お茶に口をつけて平静を装っていたが、その実、シュバルツは内心で冷や汗を掻いていた。もしあの時に寝返る条件を伝えていたら、自分は取り返しのつかないことをするところだったのだ。杞憂が杞憂でないことを知り、シュバルツはあの時迂闊に口を滑らせなかったことに本当に安堵していた。

シュバルツが内心でそんな葛藤を抱いているとは露知らず、エルシャが言葉を続ける。

 

「死んでしまったあの子たちを生き返らせてくれた。だから私は、あの人には恩があるんです」

「……」

「それと、エンブリヲさんはあの子たちが安心して暮らせる世界を創るんだって言ってくれたんです。だからミスター」

「何だ?」

 

そこでエルシャはシュバルツを真っ直ぐ見据えた。そして、

 

「私たちに、協力してくれませんか…?」

 

真摯に頼んだのだった。

 

「お願い…します…」

 

そして、深々と頭を下げた。

 

「……」

 

シュバルツは少しの間目の前のエルシャの姿を黙って見ていた。が、

 

「それは…出来ん…」

 

重々しくそう答えたのだった。

 

「さっきも言っただろう。お前たちに与すればアルゼナルの連中を敵にしなければならない。一度不義理を働いてしまった以上、二度も不義理を働くわけにはいかんのだ」

「そう…ですよね…」

 

ゆっくりと顔を上げたエルシャの表情は暗かった。半ばこうなることはわかってはいたとはいえ、それでもやはり現実を目の前に突き付けられると絶句してしまうのは仕方のないことだった。

 

「お前こそ、戻ってくる気はないのか? エルシャ」

「はい」

 

小さくだがしっかりとエルシャは頷き、シュバルツの言ったことに拒絶の意思を表示した。

 

「さっきも言ったように、あの人には恩があります。それに、エンブリヲさんはあの子たちが安心して暮らせる世界を創るんだって言ってくれたんです。なら、私の答えは決まっています」

「そうか」

 

そこで少しの間、二人を沈黙が支配した。

 

「お互いに平行線だな…何処まで行っても」

「ええ」

 

そして二人はその後、それだけ言うのが精一杯だった。

 

「ご馳走になった」

 

丁度タイミングよくカップのお茶を飲み干したシュバルツが、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

 

「お粗末様でした」

 

エルシャも立ち上がると軽く微笑む。一瞬、安らかな空気が二人を包むが、それも本当に一瞬だけだった。

 

「次に会うときは、敵同士だな」

「そう…ですね…」

 

シュバルツの言葉に、エルシャの表情は暗く沈んでいる。戦いたくないのに戦うことになるのだ。晴れやかな表情になるわけなかった。

 

「生きろよ」

 

そんなエルシャに、シュバルツは先ほどのクリスと同じく決して敵に掛けるものではない言葉を掛けた。

 

「え?」

 

エルシャが耳を疑って顔を上げる。シュバルツはそのまま首を動かし、未だ楽しそうに遊んでいる子供たちへと視線を向けた。

 

「あの子たちにはお前が必要だ。だから、お前は生きねばならん。あの子たちを導く標としてな。故に…」

「……」

 

エルシャは黙ってシュバルツの言葉に耳を傾けた。

 

「故に、私の前には現れるな。敵ならば排除せねばならん。だが、お前たちを排除したくはない」

「……」

「もっとも、お前たちに私が殺せるのならば話は別だがな」

「…無茶を言いますね」

 

ようやくエルシャが絞り出した言葉は、彼女の心境を表しているかのように重々しい言い方だった。

 

「私たちがミスターに敵うわけ…」

「違う。実力の話ではない。気構え、心構えの話だ」

 

シュバルツが口を差し挟んだ。

 

「例えばの話し、もしお前が負ければあの子たちが死ぬという状況下になったとき、同じことが言えるのか?」

「それは…」

 

エルシャが言葉に詰まった。そんな状況下で言えるわけがないのだ、例え実力差が明白だったとしても、負ければ子供たちが死んでしまうのであれば。どれだけ絶望的な状況でも口が裂けてもそんなことは決して言えはしない。

 

「そういうことだ」

 

シュバルツが言葉を続ける。

 

「私の前に立ちはだからなければそれでよし。だが、私の前に立ちはだかるのであれば殺す気でこい。私もそれに全力で応えるのみだ」

「ふふっ…」

 

シュバルツの言うことを黙って聞いていたエルシャだが、不意に笑いだした。

 

「どうした?」

 

シュバルツが尋ねる。

 

「だってミスター、仮にも敵に向ける言葉じゃないですもの。迷いを断ち切らせてどうするんですか?」

「いけないか?」

「いけなくはないですけど…」

 

エルシャが苦笑する。

 

「さっきも言いましたけど、少なくとも敵に言うことじゃないですね」

「そうだな。『敵』ならばな」

「えっ?」

 

シュバルツが『敵』という一言を強調したことにエルシャが驚きの声を上げた。

 

「それって…どういう」

「答えは、お前が自分で見つけるのだな」

 

そして、シュバルツは話は終わりだとばかりに歩き始めた。

 

「生きろよ」

 

エルシャの横を通り過ぎる時、先ほど言ったことをもう一度言って。

 

「……」

 

そんなシュバルツの背中を、エルシャは見えなくなるまでジッと佇んで見送ったのだった。

 

 

 

 

 

「さて…」

 

エルシャと別れ、皇城内の中庭をシュバルツは歩く。

 

(クリスたちに襲われ、エルシャに説得され、残るはあいつだけか。そしてあいつも恐らく…)

 

そんなことを考えていた矢先、一本の街路樹の陰からゆっくりと一つの人影が現れた。そして、シュバルツの行く手を立ちふさがるように仁王立ちする。そこにいたのは、サリアだった。

 

(やはりか…)

 

予想していた通りの展開に、シュバルツはどう反応していいものか分からなかった。当たらなくてもいい予想が当たったのだから仕方ないかもしれないが。

 

「シュバルツ…」

 

そんなシュバルツの内心など知る由もなく、サリアがシュバルツの名を呼んだ。そして、少し前にアンジュと廊下で対峙したときと同じように徐にナイフを取り出すと、それを構える。

 

「サリア」

 

シュバルツもまたサリアに答えた。そして、一応彼女の目的を尋ねてみる。

 

「何のつもりだ」

「貴方をこのまま帰すわけにはいかない」

(成る程、エルシャのような説得ではなく、クリスたちのように排除にきたか)

 

シュバルツが一瞬そう考えた。が、

 

(いや、まだわからんか)

 

そう思い直し、とりあえず話を続けることにした。

 

「それで? 私に挑んで従わせるつもりか?」

「そんなことはしないわ。私では貴方に勝てないことはよくわかっているつもりだもの」

(成る程、クリスたちとは違うわけか)

 

流石に冷静だなとシュバルツは感心していた。クリスたちのように無駄に生命を捨てるような真似はしないところは隊長代理として、そして副隊長としてアルゼナルで経験を積んできたことの賜物だろう。

 

(かと言ってエルシャのように言葉だけで説得というわけでもない。状況によっては実力行使も辞さない覚悟か。硬軟両面を織り交ぜるのは、流石にクリスやエルシャよりも経験値が上だな)

 

内心で感心しながらシュバルツが話を進める。

 

「では、何をしに来た」

「貴方を説得に。そして…」

 

サリアの視線が鋭さを増した。

 

「交渉の結果次第では、刺し違える覚悟で」

 

貴方を止めてみせる…そう宣言したサリアの表情はこの上なく悲愴感が漂っていた。

 

(その悲愴な表情やこの行動が、お前がアルゼナルを捨ててまで手にしたかったものなのか?)

 

シュバルツは目の前のサリアの姿にそう思わざるを得なかった。ここにきて何があったのか、また、どういう理由でアルゼナルを捨てたのかはシュバルツは知らないが、アルゼナルにいた時よりも追い詰められている、思い詰めている感じがサリアからは感じ取れた。

 

(何でもかんでも背負いこむ悪い癖は変わっていないか。ならば)

 

少し鬱積した感情の捌け口になってやるか。そう思ったシュバルツは取り敢えずサリアと話し合うことにした。

 

「お前と争うつもりはない」

「だったら」

「だが」

 

説得を試みようとしたサリアを、シュバルツが厳しい口調で封じた。

 

「前言を翻すつもりもない」

「! じゃあ結局、私たちの敵ってことじゃない」

 

視線がさらに鋭くなる。

 

「バカにして…」

「いや、私は大真面目だが」

「ふざけないで!」

 

サリアが怒鳴った。

 

「味方にならないなら、結局は敵ってことじゃない!」

「普通に考えればな。だが、もう一つ選択肢はある」

「選択肢…?」

 

シュバルツの言ったことに、サリアが鸚鵡返しのように呟いた。

 

「うむ」

「何よ、それ…」

「簡単な話だ。私がお前たちの味方になるのではなく、お前たちが私の味方になればいい。つまり、お前たちがもう一度こちらに寝返ればいい。そうすれば、私たちが争う理由もなくなる」

「! 何を」

 

言ってるのと続けようとしたサリアだったが、その先は続けられなかった。何故なら、シュバルツが一瞬で距離を詰め、サリアの両手首を掴んで拘束してしまったからだ。

 

「あ! くうっ!」

 

手首を極められ、サリアが表情を歪ませる。

 

「このまま拘束して、無理やりお前たちを連れて帰ってもいいが…」

「! バカなこと言わないで! そんな真似されるぐらいなら、ここで死ぬわ!」

「だろうな。流石に死ぬとまで宣言するとは思わなかったが、無理やり連れ帰ったところで納得はすまい。お前だけでなく、エルシャやクリスたちもな」

 

そう言っているときにあるものに気が付いたシュバルツは、ゆっくりと握っていた手首を放し、拘束を解放した。

 

「ッ!」

 

慌てて距離を取ったサリアが両手首を擦ってその無事を確かめる。

 

「今のお前たちには何を言ったところで聞きはすまい」

「!」

 

サリアが憎しみの目を向けてキッとシュバルツを睨んだ。

 

「だが、私は諦めたわけではないぞ。お前たちには必ずもう一度こちらに戻ってきてもらう」

「冗談じゃないわ! 戻るわけないじゃない!」

「いや、そんなことはない」

「どうしてそんなことが言い切れるのよ!」

 

サリアが忌々しげに噛みついた。

 

「帰還の余地があるからだ。クリス、イルマ、ターニャの三人はわからんが、少なくともお前とエルシャの二人にはな」

「適当なことを…っ!」

「そんなことはない。まず、エルシャは子供たちを最優先に考えている。だから、子供たちの安全さえ確保できればアルゼナルでもここでもいいわけだ。極論を言えばな」

「ッ!」

 

サリアが歯噛みをする。確かにシュバルツの言っていることには頷けるところがあるからだ。ここよりアルゼナルの方が子供たちにとって安全であり、いい環境ならばエルシャは戻る可能性もある。エンブリヲについているのは現時点でここがアルゼナルよりも好環境だということと、子供たちを生き返らせてくれた恩があるからにすぎない。そして、この問題がクリアされれば確かにエルシャがアルゼナルに帰参するのに何の問題もない。

 

「そしてお前は、アルゼナルを捨てきれていないからだ」

「は?」

 

サリアが一瞬息を呑む。そして、

 

「あはははははは!」

 

大きな声を上げて笑い出した。

 

「何を言うかと思ったら…バカバカしい。とんだ見当外れね」

 

サリアが再び忌々しげな表情になった。

 

「今の私はエンブリヲ様の忠実な部下よ。アルゼナルなんて排除すべき敵でしかないわ」

「エンブリヲに対する忠義は確かにそうだろう。だが、アルゼナルに向けている感情は嘘…とまでは言わんが、全部本当のものではあるまい」

「どうしてそんなことが言い切れるの!」

 

サリアがまた噛みついた。シュバルツは黙ってスッと手を前に出すと、彼女の右手首を指さす。

 

「そこの…右の手首に光っているもの」

「!」

 

指摘されたサリアは慌てて右手を背中に隠した。だが、もう遅い。

 

「それは以前、アルゼナルがまだ健在だったときに私がプレゼントしたブレスレットだろう。アルゼナルを捨て、排除すべき敵でしかないというのであれば、何故それを未だに身に着けている」

「そ、それは…」

 

サリアが返答に詰まった。

 

「エンブリヲの元にいるのならば何不自由ない生活ができているだろう。ならば、装飾品も望めばいくらでも手に入るはず。それなのに、未だにその右手首に私が送ったものが光っている理由はなんだ?」

「…っ!」

 

視線を泳がせる。先ほどまでの堂々としたサリアは今はそこにはいなかった。

 

「本当にアルゼナルを捨てたのであれば、それとて憎むべき品のはず。捨てるなり破壊するなりの処分していてもおかしくない。だが、お前はまだそれを身に着けている。暴論かもしれないが、それがアルゼナルを捨てきれていない何よりの証拠だと私は思っている」

「そんなこと!」

 

サリアが必死で否定しようとする。

 

「ならば、それをその場で外して遠くに投げ捨てるなり地面に叩きつけるなりしてみせろ。アルゼナルを心底敵だと思っているのなら、その組織に属する私の送った贈り物なぞ、お前にとっては忌々しいものでしかないだろう」

「い、言われなくたって!」

 

サリアが慌ててブレスレットを右の手首から外すとそれを握り、地面に向かって思い切り振りかぶる。だが、その頂点で動きが止まってしまった。

 

「どうした? 何故躊躇う?」

「だ、黙ってて!」

 

そう制するものの、サリアはそこから一向に動きを見せない。

 

(何をしているのよ! この腕を振り下ろして叩き捨てればいいだけじゃない!)

 

サリアはそう自分に命じているのだが、一向に身体が言うことを聞いてくれない。本人が気づかぬうちに彼女は相当葛藤しているのだろう。振り上げた腕が小刻みに震え始めていた。そんな時、その右腕を、誰かが優しく握った。

 

「っ!」

 

驚いてサリアが振り返る。そこにいたのは言うまでもなくシュバルツだった。

 

「そこまでだ」

 

そして、サリアを制する。

 

「もう十分だろう」

「くっ…」

 

サリアはがくんと項垂れてしまった。力なく腕を下ろしたサリアの姿にシュバルツは握っていた手を放す。

 

「無様ね…」

 

どれだけ経ってからであろうか、サリアがそう言葉を紡いだのは。

 

「ん?」

「さっき貴方に敵だって言われたのに、私も貴方を敵だと認識して立ちはだかったのに、その結果がこんなザマだなんて」

「…何でもかんでも簡単に割り切れるなら苦労はせんさ。それを言うなら私とて同じ」

「え…?」

 

サリアが驚いて顔を上げた。

 

「今お前の言ったことではないが、敵対するなら排除すると言っておきながら、そうはしていないのだからな。本当にその気なら、とっくにここでお前を殺している。それをしないのは私も甘さや葛藤あってのこと」

 

我ながら度し難いものだな、と続けたシュバルツに、サリアは複雑な思いを抱いていた。

 

「似たような思いを抱いているのに、どうして立場は真反対になったのかしらね、私たち…」

「さあな…」

 

そして少しの間、二人を静寂が包む。

 

「だがな…」

 

その静寂を破ったのはシュバルツだった。

 

「何?」

「私は、諦めたわけではない」

「え? 何を?」

「お前たちを取り戻すことを…だ」

 

そして、サリアに向き合う。

 

「確かに今は敵同士だが、それがこの先も永遠に続くとは言い切れまい。お前だけではなく、エルシャも、クリスも、ターニャもイルマもな」

「……」

「だから」

 

不意に、シュバルツがサリアを引き寄せるとその身体を抱きしめた。

 

「あっ!」

 

サリアの口から思わず声が漏れ、その頬が赤く染まった。

 

「また逢おう」

 

耳元にそっと囁くようにそう告げるとサリアを解放した。そして、そのまま出口を探して再び歩き始めたのだった。

 

「シュバルツ…」

 

サリアがその後ろ姿を見送る。今のサリアにはもう、シュバルツを害する思いなど欠片もなかった。そしてその右手首にはシュバルツがプレゼントしたブレスレットが戻り、彼女の想いを反映するかのように輝きを増していたのだった。


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