今回は前回の続きです。
今回のお話を書いていての率直な感想
…これ、どんな洗脳系のエロゲの主人公だよ?
いや…もう…何て言うか…本当に洗脳系のエロゲのシナリオ書いてるみたいで、ある意味今までで一番キツかったです。私はそっち方面の属性はないんですよ…。
途中、何回か心が折れて筆が休んだんですけど、何とか書き上げることができました。
今回のお話を書き上げての率直な感想
…これ、どんな洗脳系のry
ま、まあそんなわけで(どんなわけだよ)今回のお話も楽しんでいただけると幸いです。
では、どうぞ。
追伸
この作品には全く関係ないんですけど、先日、声優の鶴ひろみさんがお亡くなりになられましたね。
子供の頃から色んな作品で楽しませてもらいました。いい声質の声優さんでした。去年の水谷優子さんといい、結構辛いものがあります。
この場でも、謹んでご冥福をお祈りします。
※ネットやニュースで色々な代表作のキャラが取り上げられていますが、ラングリッサーⅡのイメルダが真っ先に浮かんだのは私だけでいい。
皇城内の中庭を、一台のオープンカーが走っている。
運転席に乗るのはエンブリヲ。助手席に乗るのはアンジュ。アンジュは時折エンブリヲの様子をチラチラと窺っているが、エンブリヲはさして気にした様子もなく車を走らせていた。そうしてやがて目的地に着く。
「何処へ行くの?」
皇城のとある場所で、エレベーターを使って地下へと降りながらアンジュがエンブリヲに尋ねた。が、エンブリヲは答えない。と言うのも、すぐに目的地に着いたからだ。
暗かったエレベーターの周囲が、不意に明るくなる。すると二人の目の前には、ホルマリン漬けの生物や臓器よろしく、液体で満たされた円筒状の容器の中に収容されている一匹の巨大なドラゴンの姿があった。
「! これは!」
「アウラだ」
驚きの声を上げるアンジュに、エンブリヲが答えた。
「神聖にして原初のドラゴン。リィザやドラゴンたちが探し求めているもの」
その身体には、何箇所にも杭のようなものが撃ち込まれていた。
「あれがドラグニウムだ」
エンブリヲが説明する。勿論杭自体ではなく、そこからアウラに供給されている物質のことだが。そして、エンブリヲは更に説明を続けた。
「この世界におけるマナのエネルギーは、アウラがドラグニウムを喰らうことで生み出している」
「神聖なドラゴンであるアウラを、貴方はただの発電機にしたのね!」
アンジュが問い詰めるが、エンブリヲに動じた様子は微塵もない。ただ薄く微笑んだだけだ。
「人間たちを路頭に迷わせるわけにはいかないだろう?」
そうこうしている間に、二人を乗せたエレベーターは最深部に到着する。
「リィザの情報のおかげでドラゴンの待ち伏せは成功し、大量のドラグニウムが手に入った。これで計画を進められ」
エンブリヲの一人語りはそこで途切れた。何故なら、アンジュが背後から銃口をエンブリヲの後頭部に押し付けたからだ。
「アウラを解放しなさい、今すぐ!」
「おやおや…ドラゴンの味方だったのか、君は?」
「貴方の敵よ!」
そう宣言する。
「兄を消し去り、タスクを殺そうとし、たくさんのドラゴンたちを殺したわ。敵と考えるには十分だわ!」
アンジュの視線と言葉はどこまでもキツい。
「断る…と言ったら?」
「そう…」
エンブリヲの返答を聞いたアンジュは、躊躇なく引き金を弾いた。
「ぐおっ!」
額に風穴をあけられたエンブリヲは断末魔の悲鳴を上げ、ゆっくりと崩れ落ちる。
「ふぅ…」
一つ溜め息をついて肩の力を抜くと、アンジュは振り返ってアウラを見上げた。
「大きいわね…。ヴィルキスなら運び出せるかしら…」
誰に言うでもなく一人呟く。が、
「気が済んだかい?」
不意に背後から声が聞こえた。その声に背筋を震わせてゾッとしながら振り向くと、そこには確かに先ほど射殺したエンブリヲの姿があったのだ。それも、銃を打つ前と何ら変わらない姿のまま。
「!」
驚いたアンジュは再び銃を構える。傍らの、先ほどまでエンブリヲの死体が転がっていたところに目をやるが、そこに死体がないことを確認すると、すぐさまアンジュは目の前のエンブリヲに向かって発砲した。
「ぐおっ!」
先ほどと同じように、断末魔を上げながら倒れるエンブリヲ。が、その直後、
「無駄なことは止めたまえ」
アンジュのすぐそばから再びエンブリヲが現れた。勿論、外傷などどこにも見受けられない。
「あ、貴方、一体…」
三度銃を構えるアンジュ。が、その表情には困惑の色が浮かんでいた。それもそうだろう。確かに殺した相手が、即座に生き返って現れるのだから。
「アレクトラから聞いているのだろう?」
そう言われ以前、風呂でのジルとの会話をアンジュが思い出した。
「神…様?」
「チープな表現で好きじゃないな。…調律者だよ、私は」
「調律者?」
鸚鵡返しになってアンジュが尋ねる。
「そう。世界の音を整える…ね」
そこで、瞬時に周囲の風景が変わった。アンジュは知る由もないが、そこは以前、各国の指導者たちが集まってノーマやドラゴンたちの対処を話し合ったその場所の光景だった。
「はっ!?」
瞬時に形を変えた周囲の姿に、思わずアンジュは息を呑む。
「君は…私を殺してどうするつもりだね?」
アンジュから視線を外すと、彼女に背を向けて二・三歩歩きながらエンブリヲが尋ねた。
「世界を壊して、ノーマを解放するわ!」
アンジュがハッキリとそう宣言する。が、
「どうして?」
実に不思議そうにエンブリヲが尋ねた。
「どうして!?」
そのまま返され、アンジュは驚きを隠せない。そんなアンジュに畳み掛けるように、
「ノーマは本当に解放されたがっているのかな?」
そう、エンブリヲが尋ねてきた。
「確かに、マナが使えない彼女たちの場所は、この世界にはない。だが代わりに、ドラゴンと戦う役割が与えられている。居場所や役割を与えられれば、それだけで人は満足し、安心できるものだ。自分で考えて、自分で生きる。それは人間にとって、大変な苦痛だから」
「! 何を言って…」
エンブリヲの言っていることを聞いている間、アンジュは自身の身体の変調を感じていた。体温が上昇し、呼吸は乱れ、身体が熱くなっていく。が、そんな状態になりながらもアンジュは銃を構える。
「ほぅ…」
実に興味深そうに、面白そうにエンブリヲが呟いた。
「私に、何をしたの!?」
自身の身体の変調の原因を、アンジュはエンブリヲに問い詰めた。が、エンブリヲが素直に答えるわけはない。
アンジュは発砲するものの、今の状態では碌に狙いがつけられないのか、弾はエンブリヲから大きく外れて、彼の背後にあるテラスの屋根を支える柱に命中した。
「君の破壊衝動は、不安から来ているのだね?」
「!」
「奪われ、騙され、裏切られ続けてきた。何処に行くのかもわからない」
「だ、黙れ!」
フラフラになりながらもアンジュが叫ぶ。が、それで止まるようなエンブリヲではない。
「だから恐れて牙を剥く。私が解放してあげよう、その不安から」
「……」
熱に浮かされているような状態になったアンジュ。その瞳から、ハイライトが消え去った。
「愛情、安心、友情、信頼、居場所。望むものを何でも与えてあげよう。だから、全てを捨てて私を受け入れたまえ」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
呼吸が乱れ、そしてアンジュがエンブリヲに従うかのように遂に銃を手から滑らせた。
「身に着けているものも、全てだ」
どこの洗脳系のエロゲの主人公だと言わんばかりの物言いである。そして、同じく洗脳系のエロゲのヒロインのようにアンジュが服を脱いでいく。ドレスを開けさせ、下着に手をかけた。が、その先がなかなか進まない。
「…! …!」
声にならない悲鳴を上げながら、下着に手をかけたアンジュの動きは鈍い。僅かに残っている理性が必死に抵抗しているのだろう。
「強いな、君は」
驚きつつも称賛してエンブリヲが手を伸ばした。そして、アンジュを落ち着かせるように、手の甲で彼女の頬を撫でる。
「私を信じていいんだよ」
その言葉がトリガーになったかのようにアンジュの抵抗は消え、遂に彼女の下着が脱ぎ捨てられた。アンジュは生まれたままの姿で、エンブリヲの真正面に立っている。
「いい子だ」
エンブリヲはそのままアンジュに手を伸ばし、その頬の感触を確かめるように撫でた。
「黄金の髪に、炎の瞳。薄紅色の唇に、吸い付くような肌。張りのある豊かな胸と、桜色の…」
「う、あっ!」
アンジュが身悶える。…それにしてもエンブリヲは、ますます洗脳系のエロゲの主人公っぷりに磨きがかかった感が半端ではない。心から楽しんでいるように窺える辺り尚更である。
「美しい…。ヴィーナスやアフロディーテも、君には敵わない」
美辞麗句か心底の感想かはわからないが、エンブリヲはアンジュの顎を持ち上げると、そのままキスをした。その瞬間、アンジュの脳裏にかつてタスクと交わした口付けと、そしてもう一つ。
『……』
無言のまま、腕組みをしてこちらをただじっと見ているシュバルツの姿が浮かび上がり、その真紅の瞳にハイライトが戻った。
「ぐうっ!」
痛みに顔を顰めたエンブリヲがアンジュから離れる。
「まさか…」
口元を押さえ、信じられないとばかりにエンブリヲがアンジュを見た。アンジュは僅かに口元を血で濡らしながらそれ…おそらく噛み千切ったであろうエンブリヲの唇の肉片を吐き捨てた。
「何でも与えてあげる…?」
先ほどエンブリヲが言ったことを、アンジュは怒りの口調と表情で吐き捨てる。
「生憎、与えられたもので満足できるほど、空っぽじゃないの、私!」
「……」
心底驚いた表情でアンジュを見つめるエンブリヲ。推測でしかないが、おそらくこの呪縛を破ったのはアンジュが初めてだったのだろう。
「神様だか、調律者だか何だか知らないけど…」
脱ぎ捨てた服で身体を隠し、一度は落とした銃を拾い上げ、再び銃口をエンブリヲに向けた。
「死ぬまで殺して、世界を壊すわ!」
そう、宣言する。
(ありがとう、タスク、シュバルツ)
胸の奥で、自分を正気に戻してくれた二人に感謝しながら。一方でエンブリヲは、敵対宣言を受けたにもかかわらず嬉々とした表情を浮かべていた。
「ドラマティック!」
そして、本当に嬉しそうな表情になって両手を広げる。
「えぇ…?」
まさかそういう反応を返すとは思わず、アンジュが困惑する。が、困惑するアンジュに構わず、エンブリヲは地面に片膝を着くと、
「私は、君と出逢うために生きてきたのかもしれない。この千年を!」
大仰にポーズをとりながらそう訴えたのだった。
「はぁ…?」
尚更困惑したアンジュは、エンブリヲに銃口を向けたまま呆れるようにそう呟くことしかできなかった。
その夜、アウローラ艦内。ジルの私室を訪れた二つの人影があった。
「ゾーラ」
「おや」
二つの人影…ゾーラとヒルダはお互いの顔を見て少し驚いたような表情になる。
「どうしたんだい、ヒルダ。こんなところで?」
先に尋ねたのはヒルダだった。
「ちょっと司令に用がね。そういうゾーラは?」
「同じさ。まあその様子じゃあ、用件は同じことみたいだけどね」
「そうか」
ヒルダが頷いたのとほぼ同時に、ゾーラがドアをノックした。
「司令、ゾーラです。今後の作戦行動についてお話が…」
しかし、返事はない。
「? おかしいね」
ゾーラが訝しがる。夜とはいえ、司令という立場上、ジルがそう早く休むようなことはないのを知っているからだ。
「あの、司令?」
今度はヒルダが呼び掛けてみる。が、やはり返事はない。その代わり、
「う、ううっ…」
まさかこんなところで聞くとは思わなかった、呻き声のようなものを室内から聞くことになった。
『???』
ゾーラとヒルダはお互いに顔を見合わせると、ドアに耳を押し当てて聞き耳を立てる。その間も呻き声は止むことなく、そっとドアを少しだけ開けた二人が目にしたのは、夢にうなされているジルの姿だった。
朝。
柔らかな日差しが降り注ぐとある部屋に、ジルが安らかな表情でベッドに横たわっていた。その傍らには、ガウンを纏ってモーニングコーヒーを注ぐエンブリヲの姿がある。その二人の姿から、昨晩何があったのかは容易に想像できた。
それはエンブリヲの用意したモーニングコーヒーを受け取ったジルの姿からでも推し量ることができた。普段、エンブリヲに対して見せる激しい怒りとは真反対の、実に安らかな表情だったのである。
そう、これはジルの過去。決して忘れられない、忘れてはならない、心に刻み込まれた忌まわしい記憶だった。
エンブリヲはそのままジルに覆いかぶさると、彼女と口付けを交わす。と、不意に外から爆音が響いて光景が一変した。
『はっ!?』
驚いて窓の方向に振り返るジル。そこには、瓦礫が炎上している街並みの中でパラメイルが何らかの車両に向けて銃を乱射している光景が浮かび上がっていた。
『! 帰らなくちゃ!』
ジルが慌ててベッドから上体を起こす。そして言葉通り帰ろうとしたその腕を、エンブリヲが掴んだ。
『!?』
『ここに居ていいんだよ、アレクトラ。永遠にね』
優しい声色で甘く囁きかけるエンブリヲ。その姿に、心動かされそうになるものの、
『ダメ…ダメよこんなの…ダメになる!』
ジルは必死に否定する。その瞬間、エンブリヲが掴んでいた腕…ジルの右腕は肩より先が無くなっていた。そして場面は暗転。
爆炎の中、失った右腕を抑えながらパイロットスーツ姿のジルがゆっくりと歩き、とある主を失くしたパラメイルの残骸の前で佇む。
そんな、悲しき昔の記憶だった。
「ごめんなさい…」
その悪夢が言わせているのだろう。ジルがうなされながらそう呟く。そして、
「ごめんなさい…エンブリヲ様…」
『!』
ジルの口から出てきたまさかの固有名詞に、ゾーラとヒルダは固まってしまったのだった。
「よく救助要請など出せたものだな!」
同日深夜、アウローラの独房にジルの怒声が響いていた。
「お前のおかげでアンジュは逃走し、我々はヴィルキスを失った!」
そのままジルは怒声を向けた相手…タスクの胸ぐらを掴むと強引に立たせた。ジルの責め句の通り、サリアたちに捕獲されたアンジュ以外のタスクとヴィヴィアンは撃墜され、アウローラに救助要請を出して収容されていたのである。無論、二人の機体も酷い有様であった。
「お前がリベルタスを終わらせたんだ! ヴィルキスの騎士であるお前が!」
「アンジュは君の道具じゃない!」
直後、タスクはジルに殴られて壁に吹っ飛んだ。
「ヴィルキスがなければ、エンブリヲは倒せない。そう教えてくれたのは、お前の父だった!」
憎々しげにタスクを睨むジル。口元を拭うタスクもまた、そんなジルを睨み返している。
「それを台無しにするとは、大した孝行息子じゃないか!」
「くっ!」
ジルのやり方は否定したが、それでも返す言葉はないのかタスクが唇を噛む。と、
「リベルタス、まだ終わっていませんよ」
不意に、二人の背後にいるヒルダが口を開いた。ジルとタスクが彼女に顔を向ける。
「アンジュを助けに行くべきです」
「逃げ回るだけで手一杯の戦力でか?」
「それは…」
ヒルダが口ごもった。確かにその通りだからだ。
「そのためのドラゴンとの共闘…じゃないんですか?」
そこにゾーラが口を挟む。が、
「フン…」
面白くなさそうにジルが鼻を鳴らした。まだ共闘に納得できないのか、それとも未だにドラゴンを駒としてしか見ていないのかはわからないが。
「仮にドラゴンどもと共闘してアンジュを助け出したところで無駄だ。奴はもう、私の命令には従わん」
ジルが呟いた。流石にそこのところの自覚はあるのだろう。ゾーラとヒルダもそれ以上何も言えなくなってしまった。
「進路をアルゼナルに。今後の作戦は補給後に通達する。以上だ」
『イエス、マム!』
そのままタバコを咥えるとそう指示を出し、その場を後にした。隣の独房に軟禁されているヴィヴィアンが不安げな表情でその様子を見ていた。
そして、それとは別の思惑を持ちながらその背中を見つめる眼差しが二つ。
『ごめんなさい…ごめんなさい…エンブリヲ様…』
図らずも、ジルのその寝言を聞いてしまったゾーラとヒルダだった。
「アンジュをダイヤモンドローズ騎士団に!?」
翌朝、エンブリヲから聞かされたそのことに、サリアが驚きの声を上げていた。
「彼女はラグナメイルを使える。世界を変えるためには必要な人材だ」
ベッドに腰掛けながらエンブリヲがそう続けた。エンブリヲ自身は服を着ているが、サリアがシーツで身体を隠しながら上体を起こしたところを見るに、俗に言う、『昨夜はお楽しみでしたね』だったのだろう。
「ダメです!」
サリアが慌ててエンブリヲに反対した。
「ん?」
「アンジュはエンブリヲ様の言うことなど聞きません。それどころか、きっと…」
目を伏せるサリア。サリアがエンブリヲに反対した理由の半分は確かに言葉通りだろう。が、もう半分はアンジュに対する複雑な感情から来ているものでもあった。
「フッ、焼きもちを焼いているのか?」
それが手に取るようにわかるからこそ、エンブリヲはサリアの言葉を一蹴してベッドから立ち上がる。
「っ!」
そして、それを見透かされたサリアが言葉に詰まってしまっていた。
「彼女は道具として必要なだけだ」
エンブリヲはそう続けたが、サリアは納得できないのかその言葉が信じられないのかそのまま俯いてしまう。そのサリアの顎に手を伸ばし、エンブリヲが彼女の顔を上げさせた。
「一番大切なのは君だよ」
そう、語り掛ける。が、語り掛けられたサリアの目は不安に揺れていた。
「エンブリヲ様…」
エンブリヲと別れて後、制服に着替えたサリアは皇城内の廊下に立っていた。そして、先ほどのことを思い出し、不安げな瞳のまま天井を仰ぎ見る。と、彼女の耳に、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。
それに気づいたサリアは寄りかかっていた壁から身体を起こすと、その人物に正対する。サリアの目の前には、当然のようにアンジュの姿があった。
「通してもらえる?」
アンジュが目の前に立ちはだかったサリアにそう言い、片手を上げた。その手には、一通の手紙が握られている。
恐らく、招待状の類だろう。そして差出人は…言わずともわかることだ。
「帰って」
そんなアンジュの態度が癇に触ったのか、それとも元からこうするつもりだったのかはわからないがサリアがナイフを抜くと構えた。その姿に、モモカも同じように緊張した面持ちになって構える。…もっとも、武器を持っているサリアと違って、モモカは徒手空拳だが。いざというとき、身体を張る覚悟はあるのだろう。相も変わらず実に見事な忠心振りである。
「帰るのよ、今すぐ!」
が、サリアはそんなモモカには目もくれずに同じ言葉を続けた。
「勝手なことをしたら、ご主人様に叱られるわよ?」
だが当然、それに従うほどアンジュは大人しいわけでも従順なわけでもなかった。
「だったら断って。エンブリヲ様に何を言われても」
サリアがそう修正する。元々サリア自身も、アンジュが大人しく自分の言葉に従うとは思ってなかったのだろう。
「ふーん…」
その一言で、サリアが何を言いたいのかアンジュは大体予想できた。が、サリアも怯むことなく鋭い視線でアンジュを睨んでいる。
「ご心配なく。間違ってもダイコン騎士団になんて入らないから」
それだけ言い残すと、アンジュはサリアの脇を通り抜けていった。その後を、モモカが走って追う。
「ダイヤモンドローズ騎士団よ…!」
アンジュの後ろ姿を見送りながら、サリアは不満気にそう吐き捨てたのだった。
蔵書架。
先日ひと騒動あったこの場所で、アンジュは円卓の椅子に腰を下ろしていた。その目の前でエンブリヲがカップに紅茶を注ぐとそれをアンジュに出す。
「ダージリンのセカンドフラッシュね」
一口飲んでアンジュが銘柄を当てた。この辺りは流石に元皇族といったところだろうか。エンブリヲはゆっくりと歩くと、円卓を挟んでアンジュの正面にある椅子を引く。
「美味しい…とでも言うと思った?」
顔を上げたアンジュがエンブリヲを睨んだ。
「ん?」
「モモカが淹れてくれた紅茶の方が、何百倍も美味しいわ」
「♪♪♪」
主に引き合いに出されて褒められたモモカが嬉しそうに微笑んだ。
「それで? 下らない紅茶の自慢のために呼び出したわけじゃないんでしょう?」
続けざまにアンジュがそう毒づく。そんなアンジュとエンブリヲの様子を、庭から覗き見している人影があった。サリアである。
二人が何を話しているのか…いや正確には、エンブリヲがアンジュに何を言うのかがどうしても気になったのだろう。サリアはそうせずにはいられなかった。先ほどエンブリヲが言ったとおり、まさしく焼きもちの成せる業である。
「わかった」
エンブリヲがアンジュに答える形でそう言った。そして、
「では率直に言わせてもらおう。君を妻に迎えたい」
と、確かに率直に用件を伝えたのだった。
「はぁ!?」
「!」
それを聞きアンジュは、コイツは何馬鹿なこと言ってんだとでも言いたげな表情になり、対照的にサリアは驚きに息を呑んでいた。
「君は、私がこれより出会ってきた誰よりも強く賢く美しい。新世界の女神だ。我が妻にふさわしい存在だ」
「ッ!」
外から中の様子を伺っていたサリアが俯いて打ち震える。悔しさからか悲しさからか、それとも他の感情に突き動かされてのものかはわからないが、どちらにしろ今彼女を支配しているのは負の感情に違いなかった。
「私は、妻の望みを叶えてあげたいと考えている」
サリアが盗み聞きしているとは知らず…いや、実はとっくにお見通しかもしれないが…エンブリヲは歯の浮くようなセリフを続けた。
「えぇ?」
エンブリヲの言っている意味がよくわからず、アンジュは怪訝な表情になった。が、そんなアンジュに薄く微笑みかけると、
「この世界を壊そう」
と、何事でもないかのようにアッサリとそう言ったのだった。
「……」
これには流石のアンジュも何も反論できず息を呑む。そんなアンジュを置き去りに、エンブリヲが言葉を続ける。
「旧世界の人間は野蛮で好戦的でね。足りなければ奪い合い、満たされなければ怒る。まるで獣だった。彼らを滅亡から救うには、人間を作り替えるしかない。そしてこの世界を創った」
これは勿論、サラたちの地球とアンジュたちの地球のことである。
「高度情報ネットワークで結ばれた賢い人類と、光に満たされ、物にあふれた世界。…だが今度は堕落した。与えられることに慣れ、自ら考えることを放棄したんだ。君も見ただろう? 誰かに命じられれば、いとも簡単に差別し虐殺する、彼らの腐った本性を」
そこでエンブリヲは疲れたとばかりに一息入れた。
「人間は何も変わっていない。本質的には、邪悪で愚かなままだ。…だがアンジュ、君となら」
エンブリヲがアンジュに振り返る。
「私たちが生み出す人類ならば、きっと正しく善きものとなるはずだ」
「…どうやって?」
そこで、これまで聞き手に回っていたアンジュが徐に口を開いた。
「世界を壊すって、どうやるの?」
「フフッ…」
エンブリヲがいつものように軽く笑う。そして、
「幾億数多の~生命の炎~」
と、ある歌を口ずさみ始めた。
「! 永遠語り!?」
アンジュはすぐにそれが永遠語りだと気付く。
「統一理論」
歌いだしだけで終わらせたエンブリヲが両手の平を上にかざす。そこに、突如地球を模したものと思われるホログラフがそれぞれの手の平の上に現れた。
「宇宙を支配する法則を、メロディに変換したものだよ。この旋律をラグナメイルで増幅し、アウラをエネルギーに使って二つの世界を融合し…」
手の上の二つの地球のホログラフを、同じように合体させて融合させる。そしてその後には…
「一つの地球に創り直す」
その言葉通り、エンブリヲの手の上には、合体・融合して一つになった地球のホログラフができていた。
「ドラゴンの星で君が見たものは、そのテストだよ」
エンブリヲは地球のホログラフを消すとアンジュに近寄る。そして跪くと、その手を取った。
「どうかなアンジュ? 協力してくれるかね?」
「フッ、新世界ね」
アンジュがエンブリヲのお株を奪うかのように軽く笑う。その様子がおかしいことに気付いたエンブリヲの手をアンジュが取ると、そのままテーブルに押し付ける。そして瞬時に太ももに忍ばせておいたナイフを抜くと、その手の平に突き刺してテーブルに釘付けにした。
「ぐうっ!」
エンブリヲの表情が歪み、テーブルクロスには赤い染みが広がっていく。
「これで、あの変な手品も使えないでしょう!?」
「あ、アンジュリーゼ様」
凄みを利かせるアンジュの凶行に驚きの声を上げるモモカ。自身を気遣う侍女を無視してアンジュはテーブルの上に乗り上げるとそのナイフを踏んでさらに深々と突き刺した。その度に、エンブリヲが呻き声とも悲鳴ともとれる唸り声を上げる。
「この世界に未練はないわ。でも、貴方の妻になるなんて死んでも御免なの、調律者さん」
そこで、アンジュはエンブリヲの前髪を掴むとその顔を上げさせた。右手には新しいナイフが握られている。
「だから、貴方が死になさい!」
「ま、待て!」
エンブリヲが止めようとするが、その直後にアンジュのナイフはエンブリヲの首元に刺さった。エンブリヲは身体を痙攣させながらそのまま頽れる。
「アンジュリーゼ様…」
主人の凶行に、モモカは呆然とすることしかできなかった。が、
「フッフッフッ、血の気の多いことだ」
あらぬ方向から突然声が聞こえ、アンジュは驚いて振り返った。
「だが、それでこそ妻にし甲斐があるというもの」
振り返ったそこにいたのは、当然と言うべきかエンブリヲの姿だった。先ほどまでエンブリヲの死体があった方向から金属音が聞こえ、驚いてアンジュが振り返るとそこにはすでにエンブリヲの姿はなく、ナイフが床に落ちているだけだった。
「!」
憎々しげな表情になってテーブルの上のナイフを手に取るとそれをエンブリヲに向けて構えようとするアンジュ。が、みすみすエンブリヲがそんなことをさせる訳もなく、その手を背中で捻り上げる。苦悶の声を上げたアンジュがそのままナイフを滑り落とした。
と、エンブリヲはアンジュの自由を奪ったまま左手で彼女のこめかみの部分をチョンと触る。
「あああああああーっ!」
その瞬間、アンジュの全身に激痛が電気のように走った。そのまま倒れこむと、アンジュは痛みに悲鳴を上げる。
「あ、アンジュリーゼ様!」
先ほどのアンジュの凶行に呆然としていたモモカだったが、主人の異変に慌てて走り寄った。
「流石の君も、五十倍の痛覚には耐えられないか。では、これならどうかな?」
そして今度は、エンブリヲは額をチョンと触った。と、すぐさまアンジュの様子が一変した。顔が真っ赤になり、呼吸が荒くなったのだ。
「姫様、大丈夫ですか!?」
アンジュの許に駆け寄ったモモカがアンジュを抱き起す。が、
「さ、触らないで!」
モモカを振り払うようにアンジュが彼女を突き飛ばした。
「姫様?」
アンジュによって地面に倒されたモモカだったが、流石は忠誠心の塊だからかアンジュの様子がおかしいことに気付いた様子だった。そのアンジュは自分の股間と胸に手を置き、必死に何かに耐えている様子だった。
「う、ううっ…」
身体は小刻みに震え、呼吸は更に荒くなり、顔の赤みも増している。誰が見ても尋常でない様子が一目でわかるものだった。のたうち回りながら、しきりに太ももをこすり合わせている。
「姫様!」
モモカがもう一度駆け寄った。そしてその身体に触れる。と、
「もっと…触って…モモカ…もっと…」
熱にうかされているかのような表情で、息も絶え絶えにそう呟いたのだった。
「痛覚を全て快感に変換した。アンジュ、君を操ることなど簡単なんだよ?」
訳が分からないといった表情を浮かべるモモカの横で、エンブリヲが種明かしする。その表情は実に楽しそうなものだった。
「これ以上苦しみたくなければ、私の求魂を受けることだ」
そして、止めを刺すべくそう告げた。
「姫様を元に戻してください! 今すぐ!」
アンジュの突然変異の理由がわかったモモカが厳しい表情でエンブリヲに噛みつく。が、エンブリヲは一瞬チラッとモモカに顔を向けたが、すぐにアンジュに視線を戻した。
「できることなら君が私の求魂を受け入れるまで付き合いたいところなのだが、これからとても大事な客を迎えなくてはならなくてね。何、時間はある。ゆっくり考えたまえ」
それだけ言い残すと、エンブリヲはその場から消えた。
「え?」
驚いたモモカが慌てて傍らのアンジュに目を向けると、そこには先ほどまでいたアンジュの姿もなかった。
「え? えええーっ!?」
一人取り残された形になったモモカは驚きの声を上げることしかできず、役者のいなくなったことを確認したサリアもまた、その場を去ったのだった。
ミスルギの皇城でそんなことがあった直後、エンブリヲはある場所に移動していた。
そこは、アルゼナル。
「……」
今は廃墟になってしまっているその地を、目的地に向かって無言で歩く。程なく見えてきたその目的地。そこには、
「……」
丸太を組み合わせて造られた大きな十字架…墓標の前で手を組んで祈りを捧げているシュバルツの姿があったのだった。