今回はタイトル通りですね。アンジュたちがアウローラから(一時)離脱するお話になります。
では、どうぞ。
「ん、まーい!」
とりあえずの方針が固まった後、一行は艦内の食堂に場を移していた。その中で、ヴィヴィアンがプレートに盛られた料理に手を付けて喜んで食べている。
「いやー、流石にシュバルツのご飯は美味いにゃー!」
歓喜の声を上げながらヴィヴィアンが顔を上げる。その視線の先にいたシュバルツは、忙しそうに調理場を動き回っていた。ゾーラやメイ、ヒルダたちアルゼナル残留組のたってのお願いで、シュバルツは帰還早々調理場に立ち、その腕を揮っていたのだった。
と、いきなりマギーがヴィヴィアンの背後に近寄ると、その身体をペタペタと触る。
「おほ? あはっ、あははははははっ!」
その感触がくすぐったいのか、ヴィヴィアンが大声で笑った。
「ホントに、キャンディなしでもドラゴン化しなくなったのかい?」
マギーにはまだ信じられないようだった。まあ、自分たちとしてはあのキャンディを使ってドラゴン化を抑えていたのだから、当然かもしれないが。
「そう、らしい」
「大した科学力だねぇ…」
マギーが呆れともやっかみともつかない口調でそう呟いた。
「あ、そうだ。向こうのみんな、羽と尻尾あったんだけど、あたし何でないの?」
ヴィヴィアンが、至極もっともな質問をした。
「バレるから切ったよ」
「うわ、ヒデぇ…」
それに対するマギーの、単純だが当然の回答にヴィヴィアンがいつもの調子ながらも絶句したのは仕方のない話である。そのやり取りを少し遠くで聞いていた、アンジュたちより少し若めの三人の隊員が、可笑しそうにくすくすと笑っていた。
「アウローラ…まだ動いてたんだ」
ヴィヴィアンたちからこれまた少し離れた席に座っていたタスクが、周りをキョロキョロ見渡しながらそう呟いた。
「知ってるの?」
「古の民が造った、リベルタスの旗艦。俺たちは、この艦でエンブリヲと戦ってきたんだ」
「ベッドは少し狭いですが、とっても快適ですからご安心を」
モモカが控えめにそう告げる。この状況でこういうことを言うあたり、流石に忠誠心の塊である。
「そう、よかった」
何の気なしにアンジュがそう答えた。実際、そんなことはどうでもいいと思っているのかもしれない。と、
「何これ…」
少し離れたところでそんな声が上がった。アンジュたちが振り返ると、食事の盛り付けられたプレートを前にして、ナオミが口を手で押さえながら驚いているところだった。
「どうかした?」
思わずアンジュが尋ねる。と、ナオミは頷きながらアンジュに顔を向け、
「すっごく美味しい…」
と、少し呆然とした様子で呟いていた。
「何だ…」
何かまずいことが起こったわけではないと知ったアンジュがホッと胸を撫で下ろす。
「そりゃあ、シュバルツの料理は絶品だからね。少し前まで皇女だった私でさえそう思うんだから、食糧事情の酷かった貴方たちには衝撃でしょうよ」
そう言うと、アンジュはナオミの背後をちょいちょいと指さした。ナオミが振り返ると、ゾーラ、ヒルダ、ロザリー、メイといった面々ががっつきながら食事を平らげている。
「…ああ、美味い」
「まさか、また食べられるなんて…」
「これだよ、これ! この味を知っちまったら、もう昔の飯なんか食えねえよな!」
「うっ…うっ…良かった…。ご飯も美味しいけど、シュバルツが無事に戻ってきてくれて…」
歓喜の声を上げながら食事をしている四人。メイにいたっては涙ぐみながら食事を口に運んでいる。彼女たちだけでなく、先ほどのアンジュたちより少し若めの隊員たちも同じように料理に舌鼓を打っていた。
「はぁー…」
その光景に、ナオミは驚きとも感心ともつかない声を上げていた。そんな中、
「…あんまりここに長居もできないかもね」
アンジュがぽつりとそう呟いた。
「え? どうして?」
ナオミが首を傾げる。
「みんな、シュバルツの料理の腕前を知ってるから。行方不明の状況から生還したんだから、仕事や用事のない連中はみんな目の色変えてシュバルツを探すでしょうね。で、その当人が調理場で食事を作ってるってことがわかったら、あっという間にここは人で溢れかえるでしょうよ」
「ふわー…本当に慕われてるんだ…」
「そういうこと」
ちょっとムカつくけどね、とアンジュは心の中で付け足した。
「あの、お会いできて光栄です!」
そんな中、少し離れたところでは先ほどの若い隊員たちがヴィヴィアンに駆け寄っていた。話の内容から察するに、どうやら彼女たちはヴィヴィアンに憧れているらしい。
「…ん? タスク、どうかした?」
その様子を遠巻きに微笑ましく見ていたナオミが、タスクの様子が先ほどまでと少し変わっていることに気付いて声をかけた。
「いや、さっきシュバルツさんも言ってたけど、アレクトラ…ジルの様子が気になってね」
そこはアンジュとナオミも気になるところなのか、思案気な表情になる。と、
「アレクトラ=マリア=フォン=レーベンヘルツ…だっけ?」
不意に、ジルの本名が傍らから聞こえてくる。三人が驚いて顔を向けると、そこには一旦食事を中断したヒルダの姿があった。
「みんな知ってるよ。司令が全部ぶちまけたからね。自分の正体も、リベルタスの大義ってやつも」
ヒルダは、その時のことを思い出していた。
『諸君、人間の残虐さ、冷酷さは嫌というほど知ったはずだ! 私は、必ずやエンブリヲを倒し、ノーマをこの呪われた運命から解放する! その日まで、諸君の生命、私が預かる!』
「アレクトラが、そんなことを…」
ヒルダから説明されたその時の様子を知り、タスクは驚きながら呟いていた。
「まあ、意気込みはわかるけど、ガチすぎてちょっと引くわ」
「となると、シュバルツがさっき言った通り、個人的な因縁があるのかもしれないね」
「そうね」
タスクを含めた四人が難しい顔になった。ゾーラとメイも彼女たちの会話の内容は聞こえているのだが、リベルタスを推し進めていた、いわばジル側の面子である彼女たちとしては後ろめたさもあるのか、何も言えなかった。ちなみにロザリーの耳にはアンジュたちの話も入ってきてはいない。ただひたすらに食事を楽しんでいるだけである。と、
「はなたにあの人の、なにがわかるのよ!」
不意に、すぐ近くから呂律の回っていない叫び声が聞こえてきた。不審に思ってその声のした方向を見ていると、
「ヒック!」
調理場の向こうから、顔を真っ赤にしてジャケットを脱いだエマが酒瓶を片手に幽鬼のように立ち上がってきたのだった。
「か、監察官!?」
「え!? え!? え!? エマ監察官!? う、嘘…」
アンジュとナオミがエマのその姿に驚きの声を上げた。アンジュもそうだが、それ以上にナオミは衝撃を受けていた。凛とした、厳しい態度のエマしか知らないから当然かもしれない。
「エマさんでいいわよ、エマさんで!」
酒瓶をどんと、自身が寄りかかっているテーブルに叩きつけるように置くと、エマは変わらず呂律の回ってない口調でそうクダを巻いた。
「酒臭…」
「き、気持ち悪い…」
その吐息に、アンジュとナオミが思わず鼻と口を抑える。
「この艦に乗られてから、ずーっとこうなんです」
「しょーがないでしょー!」
困った顔を浮かべたモモカに答える…というわけでもないのだろうが、エマが声を張り上げた。
「殺されかけたのよ! あたし! 同じ人間に…」
そのことを思い出したのか、語尾は力ない弱々しいものになってしまっていた。
「なのに…なのにね、司令ってばね、あたしのことをこの艦に乗せてくれたのよ。今までノーマにひどいことしてきたあたしを…」
「あー…」
どういう反応をしていいのかわからず、アンジュが戸惑いの表情を見せた。と、
「飲み過ぎだな」
横から手が伸び、エマの持っていた酒瓶を奪う。
「シュバルツ」
そこには、いつこっちにやってきたのかわからないがシュバルツの姿があった。
「何よー! 返してよー!」
取られた酒瓶を取り戻そうとエマがもがく、が、悪酔いしてるのに素面の人間に敵うわけもなく、男女の体格差の差異もあり、そもそもが一般人がガンダムファイターに勝てるわけもなく、エマはシュバルツにいいようにあしらわれていた。
「少し落ち着いたらどうだ、監察官殿」
「うるさーい! …わかったわよ、もういい!」
いくらやっても酒瓶を取り戻すことはできないとわかったのか、エマが諦めた。が、やれやれといった表情を見せたシュバルツに、エマが全身でしなだれかかってきた。
「っ!」
「その代わり、あなたが私を慰めなさい!」
「何?」
酔っ払い特有の無茶なごり押しに、思わずシュバルツが聞き返していた。そのままエマは顔を上げると、とろーんとした表情になり相好を崩す。
「よく見たら、中々いい男じゃなーい…。ねえ、あたしに付き合ってくれるわよね?」
「いや…」
まさかこんな展開になるとは思わず、シュバルツは彼には珍しく固まっていた。そして、救いを求めるかのように周囲に視線を向ける。
『……』
全員が全員、黙ってこちらを見ている。何も言わないのだが程度の差こそあれ、全員冷ややかな視線だった。特にゾーラやヒルダあたりは氷点下を感じさせる寒さである。その視線に、らしくもなく身の危険を感じたシュバルツが慌ててエマを自分から引き剥がした。
「せっかくだが、酔っ払いに付き合うと碌なことにならないのは身をもって知っているのでな。申し訳ないが、丁重に辞退させてもらう」
「えー…」
「はいはい、それぐらいにしときな」
不満気に唇を尖らせるエマにマギーが肩を貸して歩き出す。
「すまないな、ドクター」
申し訳なさそうに謝るシュバルツにウインクすると、マギーはそのまま食堂を出て行った。
「ふう…」
やれやれとばかりにシュバルツが一つ溜め息をついた。と、
「…随分、楽しそうだったわね」
いやに棘のあるアンジュの声が聞こえてきた。
「アンジュ…」
勘弁してくれといった感じでシュバルツがその名を呼ぶ。
「せっかくだから付き合ってあげればよかったじゃない。嫌いじゃないんでしょ? 貴方だって」
「まあ…な」
揶揄するように言うアンジュだったが、少し考えこんだ末のシュバルツの返答は予想もしていないものだった。
「え…」
思わず驚いて絶句してしまう。他の隊員たちにしても予想外の返答だったのだろう、皆、驚いて目を丸くしていた。
「私とて健全な男だ。女性に言い寄られて悪い気はせんよ」
「…随分と俗っぽいこと言うのね」
「放っておけ」
苦笑しながら、シュバルツは調理場の奥へと引っ込んでいった。
「…でもまあ」
シュバルツの言葉に少しの間呆然としていたアンジュたち。そこから一番早く再起動したのは、この中でシュバルツに対して一番思い入れが低いロザリーなのは、ある意味当然と言えた。
「監察官の言う通りだ。あたしらにとっちゃ、信じられるのは司令だけだからな。この世界で…」
「……」
ロザリーの言ったことに、何とも言えない表情を浮かべるアンジュ。
(司令…)
(ジル…)
その傍らで、ジルのことを脳裏に思い浮かべていたゾーラとメイが、アンジュと同じように何とも言えない表情を浮かべながら少し俯いていた。と、ドアが開き、かなりの数の隊員たちが食堂に流れ込んでくる。
「タイムリミットみたいだね」
その光景に、ヒルダがぼやく。
「え?」
ナオミが首を傾げた。
「さっきアンジュが言ってただろう? シュバルツが調理場に出てるのがバレたみたいだ。なら、遅かれ早かれここは人で溢れるさ」
「そうだな。こうなったら長居は無用だ、さっさと出るよ、お前たち」
ゾーラの指示に従い、アンジュたち一行は食堂を後にしたのだった。
「……」
食堂での解散後、個々人が個々人の時間を過ごす中、タスクは格納庫へと足を向けていた。そこでヴィルキスを修理しているメイの姿を見つけ、在りし日の記憶を思い出す。
『私は、この歪んだ世界を糺し、ノーマを解放する。差別のない、平等な、貴方たちが笑って過ごせる世界を作ってみせるわ、タスク』
まだ父も母も、メイの姉も健在だった遠い昔、自身もまだ幼い子供だった時のこと。
「アレクトラ…」
思わず、自分にさっきの言葉を語りかけてくれた人物の名前を呟いていた。と、
「誰?」
タスクの呟きが聞こえたのか、それとも人の気配を察したのか、メイが声を上げた。
「あ…」
そこにいたのがタスクだとわかったメイが、思わずその手を止める。
「あ、いや…この艦、女の子ばっかりで居場所がなくてさ。自分のマシンで寝ようかな…なんて」
「ふーん…」
言い訳を取り繕うかのようにタスクが言葉を並べたが、メイはそれほど興味を持っていないのか、軽く返答しただけで再び修理に取り掛かった。
「君は、こんな時間まで整備?」
「やっと帰ってきたからね、ヴィルキス。いつでもリベルタスが始められるように、念には念を入れて整備しないとね」
「そうか…」
メイの、容姿には似つかわしくない仕事人としての姿に、タスクはそう答えることしかできなかった。
「よし、終了!」
丁度良い頃合いだったのだろう。程なく、メイが額に滲んだ汗を拭って整備の終了を宣言した。
「じゃあ、あたし、行くから」
「ああ、お休み」
挨拶をかけてくれたタスクの横を通り過ぎ、メイが工具箱を持ったままその場を去ろうとする。と、不意にメイが振り返った。
「アンジュが墜ちた時、ヴィルキスを直してくれたの、貴方だよね?」
「ああ…そんなこともあったね」
言われて無人島でのことを思い出したのか、タスクが軽く頷いた。すると、メイの表情が先ほどより明るくなる。
「いつかお礼を言おうと思ってたんだ。ありがとう、ヴィルキスの騎士さん」
そう言って軽く会釈をすると、メイは今度こそそのまま格納庫から出て行った。
「……」
その後ろ姿を見送ったタスクだが、なぜかその表情は険しくなる。そして自分の愛機のところまで行くと、そこからあるものを取り出した。
「念には念を…か」
そして、それを手にしながらそんなことを呟いていた。
「……」
しかしタスクは気づかなかった。自分のそんな動向を見ている瞳があるということを。
同時刻、指令室。ジルはいつものようにタバコを吸いながら、あることを思い出していた。それは、思い出したくもないのだが未だに記憶に刻み込まれたある事実。
『そう…おかしくなっていいんだよ、アレクトラ…』
「エンブリヲ…っ!」
そう、自分に語り掛けるその人物。その時のこと、その人物のことを思い出し、ジルは怒気を浮かべながら義手でタバコを握り潰したのだった。
明けて翌日、アンジュたちは昨日と同じ作戦室にて角を突き合わせていた。メンバーはアンジュ、タスク、ジル、マギー、ゾーラ、ジャスミンにメイ(と、バルカン)といった、昨日よりは随分と少ないメンバーである。
(?)
と、メンバーを確認したところで、アンジュはあることに気付いた。
(あれ? シュバルツは?)
そう、シュバルツの姿がないのである。こんな大事な話し合いに、シュバルツの姿がないのはどう考えても首を捻らざるを得なかった。
「良く眠れたか?」
「ええ」
「それは結構」
が、話し合いが始まってしまい、アンジュはひとまずその疑念を脇に置くことにする。前置き…というわけでもないのだろうが、話し合いは当たり障りのない会話から始まった。だがすぐに、本題に入ることになるのだが。
「では、お前に任務を与える」
何を言われるのかと、アンジュは息を呑んで少し厳しい表情になった。そんなアンジュに、
「ドラゴンと接触、交渉し、共同戦線の構築を要請しろ」
と、望んではいたが、一方で期待していなかった返答がジルの口から返ってきたのだった。
「どうした? お前の提案通り、一緒に戦うと言っているんだ。ドラゴンどもと」
「本気?」
アンジュが訝しげな表情になる。昨日、あれだけ頑なな態度だったのだ。疑うなと言う方が無理というものであろう。
「…リベルタスに終止符を打つためには、ドラゴンとの共闘。それが最も合理的で効率的だと判断した」
ジルのまさかの意見に、ジャスミンやメイ、ゾーラは驚いた表情でジルを見ている。マギーは対照的に、ホッとしたように一息ついていた。
「アンジュ…」
同じように安堵の表情を浮かべるタスクにアンジュは微笑んで頷く。だがこの後、すぐにその表情は険しくなるのだった。
「冗談じゃないわ! こんな最低の作戦、協力できるわけないでしょう!?」
アンジュが憤怒の表情でそう吐き捨てる。その顔には、先ほどまでの安心したような微笑みはどこにもなかった。が、それも当然のことと言えた。すべての元凶はジルが立案した作戦にある。
最初に提示したジルの作戦は、最終攻略地点だと判明したミスルギ皇国のアケノミハシラに向けて、ドラゴンたちに南西方向からミスルギ皇国に侵攻させて、サリアたちのラグナメイルをおびき出させる。
その間、アウローラはラグナメイルが探知不能な深々度を航行して交戦中の彼女らの背後に浮上して挟撃。敵兵力を排除したのち、全兵力をもってアケノミハシラに侵攻するといった、至極まともなものだった。立案した作戦通りにいかないのがこういったものの常なのだが、それでも一見してまともなものに見えた。この通りに進めるのならば、先述したようにアンジュの不興を買うような真似はなかっただろう。
雲行きが怪しくなってきたのは、アンジュがサリアたちの処遇について尋ねてからだった。
『サリアたちはどうするの?』
『どうするとは?』
『助けないの?』
そこで、ジルは嘲笑するように軽く息を吐く。
『持ち主を裏切るような道具はいらん』
『道具って…だって、サリアよ!?』
アンジュが驚いたように声を上げた。アルゼナルでは新入りとはいえ、それでもサリアとジルとの間の絆は十分にわかっていたからである。そんな彼女を切り捨てるようなジルの言葉に、アンジュは嫌な予感がし始めていた。
『すべてはリベルタスの道具にすぎん。ドラゴンどもも、お前も、私もね』
『ドラゴンも…』
アンジュが息を呑んだ。嫌な予感はどんどん膨らんでくる。
『ねえ、何を企んでるの? 本当はドラゴンに何をさせるつもり!?』
そこでジルは先ほども浮かべた嘲笑を再び顔に浮かべる。
『答えないと命令は聞かないわ!』
『フッ…ドラゴンどもと挟撃?』
そこでジルは顔を抑えてバカバカしそうに笑いだした。そして、本当の作戦を披露する。
アウローラは先ほどの作戦の浮上ポイントより随分進んだ場所…アケノミハシラの裏側の位置で浮上。ドラゴンがラグナメイルと交戦している間に、アンジュがパラメイル隊と共にアケノミハシラに突入し、そのままエンブリヲを抹殺するというものであった。
確かにこれも有効な作戦ではあるが、ドラゴンを捨て駒にするということを前提に作られているのが問題であった。タスクがそこに突っ込むと、切り札のヴィルキスを危険にさらすような真似はできないからなと、ジルは平然と言ってのけたのだった。そして、先ほどのアンジュの怒りに繋がるというわけである。
「ならば、協力する気にさせてやろう」
ジルは徐に立ち上がると、デスクのあるボタンを押した。すると、とある監視カメラの映像が浮かんでくる。
そこには、手足を縛られて口も塞がれているモモカの姿があった。
「モモカ!」
侍女の予想もしなかった姿に、思わずアンジュが声を上げた。
「減圧室のハッチを開けば、侍女は一瞬で水圧に押し潰される」
「ジル、あんたの仕業かい!」
「聞いてないよ、こんなこと!」
「司令、いくらなんでもこれは!」
ジャスミン、マギー、ゾーラが次々と非難の声を上げるも、ジルは微動だにしない。
「アンジュは命令違反の常習犯。予防策をとっておいたまで」
「アレクトラ…っ!」
ジルに対する怒りから更に表情が険しくなるアンジュ。そして、タスクもまた表情を険しくさせていた。
「救いたければ、作戦をすべて受け入れ行動しろ!」
「自分が何をしているかわかってるの!?」
怒りからか、吐き出すようにしてアンジュがジルに尋ねた。が、対照的にジルは事務的な口調で答える。
「リベルタスの前では全てが駒であり道具だ。あの侍女はお前を動かす道具。お前はヴィルキスを動かす道具。そしてヴィルキスは、エンブリヲを殺す究極の武器」
「道具…ね」
“道具”という言葉を聞き、アンジュが少し俯いて可笑しそうに笑みを浮かべた。
「…何が可笑しい?」
その態度が気に入らないのか、ジルが尋ねる。
「その言葉、シュバルツの前で言ってみなさいよ。そうしたら従ってやっても…!」
全てを言い終わる前に何かに気付いたアンジュが固まってしまった。
「アンジュ?」
「そうか…そういうことなのね」
どうしたのかといった感じで心配そうに自分を見るタスクを無視して、アンジュは顔を上げた。
「貴方、こうなることが予想できていたからシュバルツをここに呼んでなかったのね?」
「……」
ジルは何も答えないが、ニヤリと笑みを浮かべた。それだけで答えは明白であった。
「最初からおかしいと思ったのよ。こんな大事な場所にあいつがいないことが。あいつがここにいたら、こんな真似絶対にできないものね」
「そうだ」
悪びれる様子もなく、ジルは肯定した。
「浅はかな真似を…こんなこと、隠しきれるわけないでしょう!?」
「何とでも言え。地獄に堕ちる覚悟はとっくにできている」
「それに付き合わされる方はたまったもんじゃないって言ってるのよ!」
そして立ち上がると、アンジュは銃を抜いてジルに突き付けた。
「モモカを解放しなさい、今すぐ!」
しかしジルは微動だにせず、すぐさま銃身を抑えた。そして左側に捻るとそのままデスクに乗り、アンジュの顔面に膝蹴りを喰らわせる。
「うっ!」
アンジュはそのまま吹き飛び、壁に叩きつけられた。
「上官への反抗罪だ」
一方でジルは嬉々とした様子でデスクから飛び降りるとそのままアンジュの許へと近づいてその首に手をかけて持ち上げようとした。これでアンジュを従わせる大義名分ができたとでも思っているのかもしれない。
「止めろ、アレクトラ!」
当然のようにタスクが駆け寄るが、アレクトラ…ジルは左手を振り回すようにしてタスクの顔面に拳打を入れる。
それをモロに喰らったタスクは吹っ飛び、床に叩きつけられる。
『あ…』
マギー、ジャスミン、メイにゾーラといった面々はジルの暴挙に動けないでいる。さっき言ったようにやり過ぎだとは思っているものの、ジルのリベルタスにかける執念を知っているから手も意見も出せないのだろう。特にメイは沈んだ表情になってしまっていた。さっきのシュバルツのこと云々が引っかかっているのかもしれない。
「さて、お前の答えを聞こうか」
余裕の表情でジルはアンジュに質問を投げかける。その傍らで、
「変わったな、アレクトラ…」
タスクが残念そうに呟きながら腰から小型のスイッチを取り出すと、それを押した。すると、昨日格納庫でメイがいなくなった後に仕込んだのだろう小型の装置に、次々と電源が入る。
「さあ、答えは?」
タスクが傍らでそんなことをやっているとは露にも思わず、ジルは余裕の口調のままアンジュに尋ねた。
「くたばれ…」
しかしアンジュの意志は変わらず、その口から出てきたのは否定の言葉と、吐き捨てられた唾だった。そしてそれは、そのままジルの顔面に着弾する。
「痛い目に合わないとわからんか」
アンジュから吐きかけられた唾をぬぐうと、ジルは笑みを獰猛なものに変える。そして、振りかぶって殴ろうとした時だった。
「!?」
不意に、身体に異変を感じてバランスを崩す。アンジュから手を離し、その場にくずおれた。
「な、なんだい、これは…」
身体に異変を感じたのはジルだけではなかった。ジャスミンが口元を手で押さえている。傍らのマギー、メイ、ゾーラは既にデスクに突っ伏していた。
同じように身体に異変を感じ、口元を押さえていたアンジュに、
「アンジュ、これを!」
傍らのタスクが口と鼻の部分だけを覆う形の簡易的なマスクを投げた。アンジュはそれを受け取ると、急いでタスクと同じようにそれを装着する。
「ガスか!」
力なく排気口を見上げたジルがようやくそれに気づいたが後の祭り。ガスは艦内に充満し、艦内のいたるところで隊員たちが倒れ始めていた。
「こ、これは、タスクの言ってたプランB!」
食堂で食事中だったヴィヴィアンはその異変に気付き、タスクの言ってたプランBが発動したことを知る。そして、あらかじめ渡されていたのだろう、タスクたちがつけているのと同じマスクを装着すると、そのまま食堂を出て行った。
「あの男、何か盛りやがったな…」
もう動けなくなっているヒルダはヴィヴィアンの背中を目で追うと、そのまま気を失ってしまった。
「タスク、貴様!」
作戦室ではタスクがアンジュに肩を貸して部屋を出ようとしているところだった。そんなタスクを、ジルが口元を押さえながら恨めしそうな目で見上げる。
「できれば、使いたくなかったよ」
その言葉通り、残念そうな表情でタスクがジルにそう言った。
「ヴィルキスの騎士が、リベルタスの邪魔をするのか!?」
「俺はヴィルキスの騎士じゃない。アンジュの騎士だ!」
そして二人は、そのままゆっくりと作戦室を出て行った。
「色気づいたか…ガキが!」
ガスのせいで満足に動けず、口元をコートの裾部分で押さえながら憎々しげに吐き捨てると、ジルは己の腰に手を回し、鞘に納めてあったナイフを抜いた。
作戦室を脱出したアンジュとタスクは二手に分かれる。アンジュはその足で減圧室に向かってモモカを救出し、タスクはブリッジへと向かってアウローラを浮上させ始めた。しかし、そうなると当然、
『ソナーに反応あり』
『多分、あの艦』
「了解、急行する」
通信越しのエルシャとクリスに答える形でサリアが返答した。このように、アンジュを探し回っているサリアたちに位置を知られることになってしまうのだった。まあ、タスクもそのあたりは織り込み済みで、それでもアウローラからの脱出を優先したのだろうが。
そうこうしている間に脱出の準備を整えたアンジュ、ヴィヴィアン、タスク、モモカの一団が格納庫へと姿を現した。
「海面に出たら、すぐにパラメイルで脱出するわ。準備を!」
「了解!」
いつものように元気よくヴィヴィアンが答え、自機のレイザーへと乗り込んだ。そんなヴィヴィアンを尻目に自機の許に走るアンジュたちに、
「また敵前逃亡か」
揶揄するような声が聞こえてきた。その声に驚き、アンジュたちは思わず足を止める。
パラメイルの陰から姿を現したのはジルだった。その右足には、先ほど抜いたナイフが深々と突き刺さっている。激痛で意識を覚醒させたのだろう。一種のショック療法というやつだった。
「ジル!」
「逃がさんぞ、アンジュ。リベルタスを成功させるまではな!」
自身の足に深々と突き刺さっていたナイフをそこで初めて抜き取り、ジルが構えた。
「リベルタスって、私がいないとできないんでしょう!? なのに、私の意志は無視するの!?」
「道具に意思などいらん!」
ジルが迷いなくそう言い切った。いっそ清々しいぐらいの悪役っぷりである。
「私の意志を無視して戦いを強要するって、人間たちがノーマにさせていることと一緒じゃない!」
「…命令に従え! 司令官は私だ!」
アンジュの問いかけに答えられないのか、それとも答える気がないのかはわからないが、とにかくそのままジルはアンジュとの距離を詰めた。
「人間としてはクズよ…!」
そんなジルにアンジュがそう答えたのとほぼ同時に、アウローラが海面へと姿を現したのだった。
「勝負しましょう?」
「何?」
警報が鳴り響く格納庫で、アンジュがジルに向かってそう言った。
「サラ子は、人質なんて卑怯な真似、しなかったわ!」
そしてアンジュもナイフを抜いた。
「貴方が勝ったら言うことを聞いてあげる」
そのまま、ジルと同じようにそのナイフを構える。
「アンジュリーゼ様!」
その提案に驚きの声を上げたモモカをタスクが抑える。
「タスク、モモカと下がって」
「気を付けろ、アンジュ」
「ご武運を、アンジュリーゼ様」
そして、二人の一騎打ちが始まった。
「この期に及んで、まだ我が儘とはな!」
「傲慢なのは、貴方でしょう!?」
「エンブリヲを倒さん限り、リベルタスは終わらん!」
「そのためなら、どんな犠牲も許されるって言いたいの!?」
「その通りだ!」
「そんな戦い、何の意味があるのよ!?」
「お前ならわかるはずだ、皇女アンジュリーゼ!」
激しく鍔迫り合いを繰り返し、身体を入れ替えながら火花を散らす中で自身の本名を呼ばれ、アンジュは一瞬だけたじろいでしまった。その隙は逃さんとばかりに、ジルが襲い掛かる。
「世界にすべてを奪われ、地の底に叩き落されたお前なら、私の怒りが!」
ジルのナイフがアンジュを襲う。かろうじて受け止めたものの力に圧され、アンジュの豊満な胸に小さく血だまりができた。
「お前は私だ。お前がエンブリヲを殺し、リベルタスを成功させるんだ! 全てを取り戻すために!」
「私は…私よ!」
不意に身体をそのまま沈めると、巴投げのようにジルを投げ飛ばす。が、ジルも流石で床に叩きつけられるような無様な真似は晒さずに地面に手をついてトンボを切って着地した。
「誰かに自分を託すなんて、空っぽなのね、貴方!」
アンジュはジルの手元からナイフがなくなっているのに気づいたのだろうか。自分もナイフを投げ捨てる。
「何が正しいのかなんてわからない。でも、貴方のやり方は大っ嫌いよ! アレクトラ=マリア=フォン=レーベンヘルツ!」
「黙れぇ!」
真っ向から自分を否定されてらしくもなく頭に血が上ってしまったのか、ジルは真っ正直に正面から殴り掛かった。その拳打を最小限の動きでかわすと、アンジュはそのまま回転して回し蹴りをジルの延髄に叩きこんだのだった。
「がっ!」
ジルはそのまま床に叩きつけられ、アンジュは肩で息をしながらそんなジルを見下ろしていた。
「何故…何故わからん…」
理解できないとばかりにジルが呟いた。
「貴方のやり方じゃ、喫茶アンジュは作れないからよ」
「何!?」
意味が分からないのだろう、聞き返すようにジルが尋ねる。と、
「もう止めな、ジル。あんたの、負けだよ」
遅ればせながらマギーに肩を貸してもらって格納庫にやってきたジャスミンがそう告げたのだった。それを聞いたジルは、そのまま愕然と顔を伏せてしまった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「アンジュリーゼ様!」
呼吸を整えているアンジュの傍に、モモカが駆け寄ってきた。
「ご無事でしたか、アンジュリーゼ様!」
「…ええ」
ようやく呼吸が整ったアンジュがモモカに答える。
「良かった」
「流石だね、アンジュ」
タスクのねぎらいの言葉を、アンジュは微笑んで返した。
「さ、乗り込むわよ」
「ああ」
「はい!」
アンジュの号令に前を向いた三人だったが、その先には人影があった。そして、その人影を見た三人は固まってしまう。
「シュバルツ!」
『シュバルツさん!』
そう、そこにはシュバルツの姿があったからだ。腕を組み、何を言うでもなく、じっとアンジュたちを見ていた。
「もう、もう少し早く出てきてくれてもいいじゃない!」
その姿にホッとしたアンジュが微笑みながら近づく。が、すぐにいつもの雰囲気ではないことを悟った。変わらないのだ、表情が。まるで能面のような表情でジッとこっちを見ている。
「どうしたのよ…ねえ」
眉をひそめてアンジュがシュバルツに語り掛ける。が、シュバルツは相変わらず微動だにしない。
「! まさか!」
その様子に、考えたくない事柄が頭の中に浮かんできて、アンジュはシュバルツから距離を取った。
「アンジュ?」
「アンジュリーゼ様?」
どうしたのかとばかりにタスクとモモカが尋ねた。が、アンジュは二人に答えるでもなく険しい表情でシュバルツを見据えている。
「まさか…貴方、私を止めに来たの?」
「…だとしたら、どうする?」
そこで始めてシュバルツは口を開いた。
「え!」
「そんな…」
タスクとモモカが絶望の表情を浮かべた。対照的に、床に突っ伏したままのジルはその体勢ながらニヤリと口元を歪めていた。
「…だったら、例え貴方でも容赦しないわ。そこを通してもらうわよ」
「ふ」
アンジュが言ったことにシュバルツは軽く笑った。そして次の瞬間、シュバルツはその場から消えたのだった。
「!?」
どこへ消えたのかとばかりにアンジュが左右を見渡す。が、直後、
「がっ!」
アンジュは左腕を背中越しに捻じり上げられ、頭を抱えられて床に叩きつけられていたのだった。
「アンジュ!」
「アンジュリーゼ様!」
「アンジュー!」
タスクとモモカだけでなく、ヴィヴィアンまでもが駆け付けようとする。が、
「動くな!」
さほど大きくないのによく通る声が格納庫に響き渡り、格納庫内の人間の動きを止めた。
「妙な真似をすれば、このまま首をへし折るぞ」
そう言われては何もできない。金縛りにあったかのように皆の動きが止まった。そんな中、
「ハハハハハハハハハ…」
一人、笑い出した者がいた。ジルだ。ゆっくりと上体を上げると、ジルはそのまま床に座り込んだ。
「いいぞ、シュバルツ。そのままアンジュをこっちに連れてこい」
「!? 貴方、ジルに力を貸したの、シュバルツ! どういうことよ!」
愕然とした表情ながらもアンジュはシュバルツを睨んで詰った。が、シュバルツはそれに答えることはしなかった。代わりに、
「考えは変わらんか?」
質問に質問で返したのだった。
「当たり前でしょう!? 貴方が知ってるのか知らないのかは知らないけど、あんな作戦に協力できるわけないじゃない」
「……」
「見損なったわ! 放して、放してったら!」
「放すな、シュバルツ。そのままアンジュをこっちに連れてくるんだ!」
ジルとアンジュから真反対のことを言われるシュバルツ。どうするのかといった他の衆人の注目を集める中、シュバルツはゆっくりとアンジュを解放した。
「え…?」
確かに放せとは言ったが、まさか本当に解放してくれるとは思わず、アンジュが呆然とシュバルツを見上げていた。
「アンジュ!」
「アンジュリーゼ様!」
タスクとモモカが呪縛が解かれたように慌ててアンジュに駆け寄って肩を貸して抱き起こしたのだった。
「何をしている! 誰が解放しろと言った!」
少し離れたところでジルが怒鳴っているが、シュバルツはチラッとジルに視線を向けただけで、それ以上注意を払わなかった。
「アンジュ、怪我は?」
「大丈夫ですか、アンジュリーゼ様?」
「え、ええ」
二人に両脇から抱えられ、未だ呆然としながらアンジュはシュバルツを見上げた。
「シュバルツ、貴方、私を止めに来たんじゃないの?」
「誰がそんなことを言った?」
さも不思議そうにシュバルツが尋ねる。
「え、だって、さっき私を止めに来たって」
「私は、『だとしたらどうする』と言っただけだ。勝手に勘違いしてかかってきたのはお前だろう」
「だ、だって、貴方何にも言わないんだもん」
拗ねたように口をとがらせると顔を赤くし、アンジュは恨みがましい目でシュバルツを見上げた。
「寧ろ逆だ」
「逆?」
「ああ。お前たちを見送りに来た」
「じゃあ、あれは?」
アンジュが歯ぎしりしながらこちらを睨んでいるジルを指さした。
「知らん」
それに対するシュバルツの答えは、実に簡潔なものだった。
「私は別にジルと繋がっているわけではない。奴が勝手に都合のいいように解釈したのだろう」
「そうなんだ」
「ああ。私が奴に協力するとでも…っ!」
不意に、シュバルツの表情が険しくなると、いつものように一瞬でアンジュたちの背後に回り込む。そして背負っていた鞘から刀を抜くと、空を一閃したのだった。
「な、何!?」
慌ててアンジュたちが振り返る。と、シュバルツの少し手前で真っ二つにされた銃弾が相次いで床に落ちたのだった。
「見苦しいぞ…」
誰に聞かせるわけでもなくそう口の中で呟くと、シュバルツはこれまた一瞬でジルの正面まで移動した。そして、徐に右手を振りかぶる。
「あ…」
誰かが呟いた次の瞬間、格納庫にぱーんという乾いた音が鳴り響いたのだった。
「諦めが悪いぞ、アレクトラ=マリア=フォン=レーベンヘルツ。お前は、自分が駒扱いした者に敗れたのだ」
「……」
シュバルツに頬を叩かれ、そこでジルは本当にがっくりとうなだれてしまった。ジャスミンの指示で駆け付けたマギーがジルを介抱する。
「さて…」
今度はゆっくりと歩み寄りながらシュバルツがアンジュに話しかける。
「さっきの手荒な真似は詫びねばならんな。だが、どうしても確認したかったのだ」
「何を?」
「お前の意志を、だ」
シュバルツがそう答える。
「ジルがどんな作戦を立案したかは知らん。が、こういう状況になったということは到底お前が納得できるものではなかったのだろう?」
「ええ」
「だからこそ、お前はここからこうして離反しようとしている。そしてお前が選ぶ道は今より間違いなく困難なものになるだろう。故に、その意思を確認したかったのだ」
そこでシュバルツはアンジュの目を真正面から見据えた。
「先ほど聞いたがあえてもう一度尋ねる。考えは変わらんな?」
「ええ」
アンジュはハッキリと頷いた。
「あの人のやり方は間違っていたけど、やっぱり、ノーマの解放は必要だもの。だから、私がやるの、リベルタスを。私を信じてくれる人と、私が信じる人たちと一緒に」
「そうか。では、もう言うべきことはない。行くがいい」
アンジュは頷くと、ヴィルキスに搭乗した。タスクとモモカも少し遅れてタスクのマシンに二ケツする。程なくハッチが開き、青空が姿を現した。
「…ねえ」
ヴィルキスに乗ったアンジュがシュバルツに振り替える。
「何だ?」
シュバルツが尋ねた。
「貴方は…一緒に来てくれないの?」
少しだけ寂しそうな表情でアンジュが尋ねる。が、
「それはできん」
シュバルツは即座に断ったのだった。
「不可抗力とはいえ一度不義理を働いているからな。二度もここの隊員たちを裏切れんよ。それにお前たちがいなくなり、私までいなくなっては誰がこの艦を護る」
「そうか…そうよね…」
半ばこういう返答が来るのだろうと予想していたのだろうが、それでもシュバルツと離れ離れになるのはアンジュにとっては寂しいものだった。
「何、永の別れというわけでもあるまい。成すべき目的は一緒なのだ。いずれ時が来れば再び交わることになる。それまでの、一時の別れにすぎんさ」
「そう…そうよね…ありがとう!」
最後にはいつもの笑顔に戻ると、アンジュたちは空へと飛び上がっていった。
「武運を」
シュバルツは小さくなっていく彼女たちの後ろ姿にそう言葉をかけると、暫くの間その空を見つめていたのだった。