機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

今回はアンジュたちのアウローラ合流回になります。

あまり物語的には進んでいませんが、ご容赦ください。

では、どうぞ。


NO.45 影との再会

大海原のとある座標点の深海。そこに、一隻の艦がその身を潜めていた。

アルゼナルの全ての生き残りを収容し、人間たち…そして何よりエンブリヲに対抗するための最後の希望…戦艦、アウローラである。

しかし、最後の希望であるにもかかわらず、出航してから現在に至るまで、艦内には微妙な空気が流れていた。その微妙な空気の矛先を向けられているのはただ一人、司令官のジルである。

 

「……」

 

この艦の司令席に座り、いつものようにジルはタバコの紫煙をくゆらせている。その視線の先にはアルゼナルでの司令部の時と同じく、当然オペレーターの3人がいるのだが、アルゼナルにいた時より少し彼女たちとの距離が開いていた。

ハッキリと間違いなくそう言い切れるわけではないが、それでもジルは言葉や態度の端々にそういったものを感じていた。が、実はこれはまだ良いほうだったりする。何故なら、ハッキリと態度や立ち居振る舞いに自分に対する不満や怒りを表している者がそれなりの数見受けられるからだ。もっとも、ジルとしても今のこの状況を招いたのは自分の自業自得なのがわかっているため、黙認するしかなかったが。

では、何故こんなことになっているかというと、アルゼナル脱出時のあの一件が尾を引いていた。そう、シュバルツのことでハッタリをかましたあの一件である。

シュバルツのことを心の支えにしてアウローラに集まった面々は少なからずいた。なのに、彼女たちを裏切るかのようにシュバルツはいつまでたっても合流しない。自然、ジルに事情の説明を求めるようになり、そしてシュバルツのことはハッタリ…ブラフだということがジルの口から伝えられたのだ。

その時の空気は、ジルをして二度と味わいたくないほど淀んだものだった。現に、ゾーラやヒルダ、メイなどは怒りの感情を爆発させた。ゾーラに至ってはジルに殴りかかってきたほどである。

直接的な行為などそれぐらいだったものの、あの時から自分を見る隊員たちの目に、明らかな変化が現れたのをジルは感じていた。それは個人によって大きかったり小さかったり、表面に出したり陰からだったり様々なものだったが、それでも半数以上の隊員からの無言の抗議は少なからずジルを磨り減らせていた。

 

(ふぅ…)

 

内心で溜め息をつきながら、ジルは以前ジャスミンが自分に何度か忠告していた言葉を思い出していた。

 

(あの男は敵にするな…か)

 

反芻する。そして、その言葉の正しさをまざまざと思い知らされた。直接敵に回ったなどということではもちろんなく、今回、ちょっと隊員たちを動かすためのダシに使っただけだった。だがそれでもこの状況である。直接的な戦闘力もさることながら、ここまでの影響力の大きさにジルは頭を抱えることしか出来なかった。

 

(やれやれ…)

 

自分の視線の先にいるオペレーター三人の様子を窺う。黙々と己の職分を果たしているだけなのだが、自分と彼女たちの間には目に見えない壁があるかのように、その距離は遠いようにジルは感じていた。シュバルツをダシに使った一件において、先に真相を知らされていたこの三人でこうなのである。他の隊員たちは何をか言わんやというものであろう。

 

(地獄に落ちるのは仕方ないが、生きている以上、この現状をどうにかできないものか…)

 

随分と短くなったタバコを灰皿で潰し、新しいタバコを咥えるとそれに火を点け、再びジルは紫煙をくゆらせた。と、不意に通信が鳴る。

 

「こちら、アウローラ司令部」

 

このアウローラでは通信を担当しているオリビエが当然のように通信を開いた。

 

「はい…はい…えっ!?」

 

普通に受け答えしていたがオリビエだったが、不意にらしくない程の大きな声を上げた。そのことにビックリしたパメラとヒカル。そしてジルまでもがオリビエに視線を向ける。

 

「りょ、了解!」

 

そして、程なく通信が切れた。

 

「誰からだ?」

 

ジルがオリビエに尋ねる。

 

「偵察に出ていたヒルダたちからです!」

 

やや興奮気味に、オリビエが答えた。その様子に、ジルをはじめパメラとヒカルも怪訝な表情になる。

 

「内容は?」

「全艦放送にしますので、それで!」

 

ジルに対する蟠りがそうさせるのか、随分と乱暴な物言いだが、この様子では咎めたところでやめないだろう。仕方ないので、ジルはオリビエの好きにさせることにした。

 

「司令部より各員に通達!」

 

そうこうしている間にオリビエが全艦放送で艦内に通達を始める。

 

「偵察に出ているヒルダからアンジュたちを確保したとの連絡あり!」

 

その言葉に、ジルがホッと胸を撫で下ろしていた。少なくとも、これでリベルタスは進められるのだ。

が、オリビエが興奮しているのはそこではなかった。

 

「他回収者はヴィヴィアン、ナオミ、男が一人。そして…シュバルツ!」

『えっ!?』

「!」

 

パメラとヒカルが声を上げて立ち上がり、ジルも驚きに目を見開いていた。ナオミという名前もそうだったが、それより特筆すべきは最後の人物の名前だった。だがそれは何も司令部内だけというわけではない。シュバルツの名が出た途端、一瞬で艦内各所がざわつきだしたのだ。

 

「繰り返す。偵察に出ているヒルダからアンジュたちを確保したとの連絡あり。他回収者はヴィヴィアン、ナオミ、男。そしてシュバルツ! 以上!」

 

そこで通信を切ると、オリビエは大きく息を吐いた。

 

「お、オリビエ!」

「い、今の、ホントなの!?」

 

通信を切るのを待ち構えていたように、パメラとヒカルがオリビエに詰め寄った。

 

「うん、間違いない!」

 

オリビエはハッキリとパメラとヒカルにそう答えた。

 

「ヒルダからの通信だったけど、しっかりとそう言ってた。それに、もの凄く興奮していた様子だったから、絶対に間違いない」

 

そして、オリビエはコンソールを叩き始めた。

 

「この座標に迎えに来てほしいって」

『了解!』

 

気づけばパメラもヒカルも生き生きとした表情になって自分の席に着いた。そして、己の職分を全うし始める。

 

(やれやれ、現金な連中だな)

 

先ほどまでとは打って変わって生き生きとしているその後ろ姿を見ながら、ジルはそう思ってしまった。が、彼女は気づいているのだろうか。いつの間にか自身も知らず知らずのうちに笑みを浮かべているのを。

とにもかくにもこうして活気を取り戻したアウローラ…アルゼナルの人員たちは、艦が動き始めた瞬間に我先にと乗り込み口へと殺到し始めたのである。

 

 

 

 

 

格納庫。

浮上したアウローラのこの場所に、殆どすべての乗員が集まっていた。そして、その瞬間を今か今かと待ち構えている。

始めは、乗り込み口へと殺到した隊員たちだったが、その後、機体を収容するために格納庫から合流するという艦内放送があり、急いでこちらに舵を切ったのであった。まあ、冷静に考えれば当然のことなのではあるが、それすら忘れさせるほど浮足立っていたのだから仕方ない。

そうこうしていると、まずはアンジュのヴィルキスが格納庫に戻ってきた。

 

「ふぅ…」

 

日数にすれば大したことはないのだが、濃密な時間だったことに思わず溜め息が出た。そのため、自分たちを黒山の人だかりが囲んでいることに最初は気づかなかったのである。

 

「な、何よこの数!」

「凄い人ですねぇ…」

 

タンデムしていたモモカも思わず呟いていた。が、隊員たちが自分たちを見て、あからさまにガッカリした表情を浮かべていたのに気づき、すぐにアンジュはピンときた。

 

「…ああ、そういうこと」

「? アンジュリーゼ様?」

 

どうしたのかとばかりにモモカが首を捻った。

 

「何でもないわ。すぐにわかるわよ、モモカ」

「そーゆーこと」

 

不意に、傍らから声が聞こえてきた。

 

「ヒルダ」

「よう」

 

ヒルダが軽く手を上げる。傍らには当然ロザリーと、ナオミの姿もあった。彼女たちは普通に乗り込み口から戻ってきたのである。おかげで、誰に邪魔されることもなくすんなりと合流できたのだが。

 

「もう良かったの?」

「ああ」

 

短いやり取りだが、お互い何を言わんとしているのかわかっているのだろう。すんなりと意味は通じているようだった。

 

「一番槍でたっぷり甘えさせてもらったからな。ま、暫くは他の連中に貸しといてやるさ」

「そ」

 

ヒルダが照れ臭そうに笑い、アンジュが短く返事を返した。と、今度はタスクのマシンが格納庫に戻ってきた。その後ろにはヴィヴィアン。そして、隊員たちが待ち焦がれていたシュバルツの姿があった。

 

「はっ!」

 

タスクの機体が止まったのを確認した後、シュバルツはいつものように勢いよくジャンプすると床に着地した。その瞬間、

 

『シュバルツ!!!』

 

数多くの人がシュバルツを呼ぶ。着地したシュバルツがゆっくり振り返ると、そこには、久しぶりに見るアルゼナルの面々の姿があった。

 

「ああお前たち、久しぶ…りいっ!」

 

語尾が変なことになったがそれも仕方ない。何故なら振り返ったとほぼ同時に、シュバルツは隊員たちに群がられて内壁に背中を叩きつけられたからだ。

 

「お、お前たち…?」

 

驚きながら自分の首に左右から抱き着いている二人にまずは目を向けた。

 

「バカバカバカバカーっ! 今までどこに行ってたんだよーっ! 心配したんだぞーっ!」

「メイ…」

「良かった…本当に、良かっ…」

「ゾーラ…」

 

怒るメイに涙ぐむゾーラと、普段の彼女たちを知っているだけに、本来とは真逆の反応を見せるメイとゾーラに驚きを禁じ得ない。そしてここでようやく、シュバルツは自分を取り囲んでいる他の隊員たちに目を向けることができた。

隊員たちは、泣きそうになっている者や喜んでいる者、怒りの表情を浮かべている者など多種多様な表情を向けている。その浮かべた表情から読み取れる感情は様々だがただ一つ、皆が再会を喜んでくれている、待ち望んでくれていたことだけは感じ取ることができた。

 

「…すまなかったな、お前たち」

 

自分の首に未だに抱き着いているメイとゾーラの背中に手を回し、シュバルツは少し力を入れて抱き寄せた。そして、

 

「それと…ただいま」

 

改めて帰還の挨拶を隊員たちに向ける。

 

『お帰りなさい!』

 

それがスイッチとなって格納庫は再び喧騒に包まれた。そして、隊員たちが我先にとシュバルツに群がる。

 

「凄い人気だね」

「タスク」

 

マシンを降りてきたタスクとヴィヴィアンがアンジュたちに合流した。

 

「…いや、あれは人気というより人望かな?」

「そうね。そう言ったほうが正しいかもね」

 

訂正した言葉にアンジュも同意する。細かい意味はあまり変わらないかもしれないが、確かに人気と表現するよりは人望と表現したほうが正しいような光景だった。

 

「…チッ」

「いいなぁ…」

 

その光景にヒルダは面白くなさそうに舌打ちを打ち、対照的にナオミは羨ましそうな表情を浮かべる。見せた反応こそ正反対のものだったが、その根底にあるのは嫉妬と羨望という、ある意味似通ったものだった。

 

「わぉ、モッテモテ~♪」

「…にしても、殆どみんな集まってるじゃねえか。いいのかよ、仕事ほっぽり出してきて…」

 

ヴィヴィアンは茶々を入れ、ロザリーは純粋に呆れる。そうして、個々人が個々人の想いを抱きながらシュバルツと隊員たちの光景を見ていた。と、

 

「そこらへんにしておけ」

 

ふいに格納庫の後方、出入り口からよく通る声が上がった。全員の注目が声のした方向に集まる。

そこには、ゆっくりとシュバルツたちに向かって進んでくるジルの姿があった。

 

(…ん?)

 

ジルの姿が見えた途端、シュバルツは妙な違和感を感じた。何かと思って辺りの様子を窺う。見ると、隊員たちのジルを見る目に変化があるのに気づいた。

以前のような、厳しいながらも頼れる指揮官を見る目ではあるのだが、その視線に須らく、ジルに対する蟠りが見て取れたのだ。

 

(気のせいか? …いや)

 

もう一度注意深く隊員たちの様子を窺う。やはり、気のせいではなかった。特に、自身の左側から首筋に抱き着いているゾーラは、あからさまにムッとした様子でジルを見ていた。

 

(何があった?)

 

考えてはみるもののわかるわけはない。まさか、自分が原因だなどとは流石にシュバルツも思わなかっただろう。そんなことを考えている間に、ジルはもうずいぶん近寄ってきていた。

 

「メイ、ゾーラ」

 

シュバルツは自分の左右から抱き着いている二人に声をかけた。メイとゾーラは自分たちの名前を呼ばれただけだがその意図を察したのか、名残惜しそうにしていたがその手を放してシュバルツから離れた。他の隊員たちも、ジルの進路上にいるものはその身をどけてシュバルツとの間に道を作った。

 

「良く戻ってきてくれたな」

 

静かに微笑むと、ジルは義手である右腕を差し出した。そのことに、隊員たちの空気がまた一変する。

 

(これは…怒りか?)

 

その視線や表情で、隊員たちの半数近くがジルに対して大なり小なり怒りの感情を向けているのが分かった。残りの半分は怒りではなく、変わらず蟠りといったところだろうか。

 

「…ああ」

 

とは言え、明確な敵でもないのに出された手を取らないような非礼はしない。シュバルツはその手を握ってジルと握手をした。

 

「お前がいない間、こちらは大変だったのだぞ」

「の、ようだな。ヒルダたちから僅かではあるが状況は聞いた」

「どこでどうしていたかはこれから聞かせてもらうが、帰ってきた以上はまたしっかり働いてもらうぞ」

 

その言葉に、格納庫の隊員たちがざわめきだした。

 

「司令、あんた…」

 

ゾーラが何か言おうとして身を乗り出そうとした。が、その右肩をシュバルツが掴んでそれを抑える。

 

「シュバルツ…」

「いいんだ、ゾーラ」

 

それだけ言って手を離すと、シュバルツは再びジルに向き直った。

 

「わかっている。穴を空けた分はしっかりと償うさ」

(償う?)

 

シュバルツが口に出した償うという言葉に僅かに引っかかったジルだったが、すぐに気持ちを切り替える。ジルにとってそんなことはどうでもいいのだ。彼女の目的をかなえるための道具として、戦力として使えるのならば。

 

「それじゃあ、これから詳しい話を聞かせてもらおうか。お前が消えた後、どこで何をしていたのかをね」

「承知した」

 

シュバルツの同意に満足そうに頷くと、ジルはアンジュの方に顔を向ける。

 

「お前もだ、アンジュ。それに…ナオミ」

『えっ!?』

 

ナオミの名前が出た瞬間、隊員の何人かから驚きの声が上がった。先ほどのオリビエの艦内放送で回収者として名前が挙がっていたが、シュバルツとの再会で皆それを忘れていたのだろう。気まずい笑顔を浮かべながら手を振るナオミの姿に、彼女と交流のあった隊員たちが涙ぐんだり手を振ったりしていた。

 

「ええ、わかったわ」

「はい、司令」

 

二人の返答に先ほどと同じように満足そうに頷くと、ジルは踵を返して格納庫を出て行った。その後を、アンジュたち帰還組やヒルダたち回収組が追いかけていく。

彼女たちの後を追うように歩き出したシュバルツだったが、不意に服を引っ張られる感触に思わず足を止めた。

 

「ん?」

 

振り返ると、そこには自分のコートをつまんでいる一人の隊員の姿があった。彼女はしまったといった顔をしたが、それでもその手を放そうとはしなかった。

無論、シュバルツがその気になれば簡単に振り切ることはできるだろうが、そんな強引な手段の選択肢はシュバルツの中には元々なく、何より彼女の表情がそうさせなかった。

ともすれば泣いてしまいそうな、そんな表情をしていたからである。そしてその眼は、親に縋るような、捨てられた犬猫のような眼をしていた。

 

「……」

 

シュバルツは彼女の手を取ると、優しく自身のコートから外させた。そして振り返ると、その小さな手を両手でぎゅっと握る。

 

「あ…」

「大丈夫だ」

 

思わず声を漏らした彼女に、シュバルツは優しく語りかけた。

 

「もう、お前たちを置いて何処にも行かんよ」

「ほ、本当、ですか…?」

 

彼女が恐る恐る聞いてくる。それは、この場にいる隊員たち全員の総意でもあった。

 

「ああ」

 

そんな彼女を優しく諭すように、シュバルツは穏やかに諭した。

 

「不可抗力とはいえ一度不義理を働いてしまったからな。二度もお前たちを裏切れんよ」

「ほんとう…?」

「ああ」

 

彼女を…彼女たちを納得させるため、シュバルツは誠意をもって彼女たちと向き合う。

 

「だから、信用してくれないか?」

「……」

 

彼女は少しの間逡巡していた様子だったが、やがて小さくだがハッキリと頷いた。

 

「いい子だ」

 

優しく微笑むとシュバルツは彼女の頭に手を乗せて軽く撫でた。その行動に、当の本人は真っ赤になって俯いてしまい、周囲の隊員たちは羨望の眼差しで彼女を見ている。

 

「何、心配はいらないさ」

 

そこで、暫く黙っていたゾーラがその沈黙を破るかのように声を上げた。自然、隊員たちの視線はゾーラに向くことになる。

 

「ちゃんとあたしがエスコートしていくからね。もし万一もう一度姿を消しそうになったら、意地でも止めて見せるさ」

「そうそう!」

 

ゾーラの意見に追随するように、今度はメイが声を上げた。

 

「私も一緒に行くから、絶対にそんなことはさせないよ! だからみんな安心して!」

 

戦闘中隊の隊長と、若き整備主任の言葉に、ようやく格納庫の雰囲気が和らいだようにシュバルツは感じていた。

 

「さ、そうと決まれば」

 

ゾーラがシュバルツの左側にくっついて強引に腕を組み、

 

「キリキリ行くよ!」

 

同じくメイがシュバルツの右側に回り込むと、その右腕を取った。そして、示し合わせたわけでもないのに同時に歩き出す。

 

「お、おい、お前たち…」

 

当の二人にはそんな意思はないのかもしれないが、連行されるようになった形のシュバルツが珍しく戸惑ったような声を上げた。

 

「そんな、拘束するような真似をしなくても私は逃げはせんよ」

「ダーメ♪」

「あんたに責任はないって言っても、あんなのはもう二度と御免だからね。ま、諦めてあたしらに従いな」

「やれやれ…」

 

本音ではどうにかしたいところだが、不可抗力とはいえ不義理を働いた引け目を感じているのか、シュバルツは大人しくメイとゾーラに連行されて格納庫を出ていったのであった。

 

(いいなぁ…)

 

そしてその後ろ姿を、残された隊員たちは羨望の眼差しで見送ったのだった。

 

 

 

 

 

「平行宇宙ともう一つの地球。ドラゴン…いや、遺伝子改造した人間の世界か…」

 

場所を移し、アンジュからあらかたの説明を聞いたジルが吐き出すように呟いた。そのままいつものようにタバコを咥える。

 

「彼女たちは話し合いができる相手よ。人間と違ってね」

 

そこで一旦言葉を区切ると、少し間を置いた。そして、

 

「手を組むべきじゃないかしら。ドラゴンと」

 

そう、確固たる意志をもってその場の全員に伝えたのだった。

 

「ドラゴンの目的は、アウラの奪還よ。上手くいけばすべてのエネルギーは断たれ、人間たちのマナも世界も停止するらしいわ」

 

その言葉に、ヒルダやメイら数人が息を呑む。

 

「シンギュラーも開けなくなるし、パラメイルもいずれ必要なくなる。何より、マナのエネルギーを得るためにノーマがドラゴンを狩る…そんなバカげた戦いを終わらせることができるわ。でも、サラ子たちの侵攻作戦は失敗した。被害は尋常ではないはず。お互いの目的のためにも、協力するのが一番の近道だと思うけど」

「敵の敵は味方か。成る程」

 

いの一番に肯定的な声を上げたのはジャスミンだった。しがらみにとらわれない、フラットな判断力は流石と言うべきであろう。

 

「ええっ!? じょ、冗談だろう!? あいつらは今まで、たくさんの仲間を殺してきたバケモンなんだぞ! ドラゴンと協力!? ありえねーっつーの!」

 

逆に融通が利かないのがロザリーである。まあ、彼女の意見も至極もっともなものではあるのだが。

が、彼女は忘れてはいないだろうか。この場にそのドラゴンの一族と、それなりの期間ドラゴンの世界で過ごしてきた同僚がいることを。

 

「ムッ!」

 

案の定、ヴィヴィアンがムッとした表情になり、

 

「…ドラゴンが只のバケモノなら、どうして私がここに戻ってこれたの?」

 

ナオミも、静かに怒りながらロザリーに尋ねた。

 

「あ、いや、その…」

 

二人の鋭い視線と静かな怒りに中てられたロザリーがしどろもどろになった。

 

「話してみればわかるわ」

「無駄だ」

 

ロザリーを諭したアンジュだが、そんな彼女をジルが正面から否定した。

 

「奴らは信じるに値しない」

 

灰皿でタバコを潰すと、座っていた椅子から立ち上がった。

 

「アウラだか何だか知らんが、ドラゴン一匹助けただけでリベルタスが終わると思っているのか? 神気取りの支配者エンブリヲを抹殺し、この世界を壊す。それ以外にノーマを開放する術はない」

 

不意に、ジルのアンジュを射抜く視線が鋭くなる。

 

「忘れたわけではあるまい、アンジュ。祖国に、兄妹に、民衆に裏切られてきた過去を。人間どもへの怒りを」

「!」

 

アンジュが言葉に詰まり、その瞳孔が開いた。

 

「差別と偏見に満ちたこの世界をブチ壊す。それがお前の意志ではなかったのか」

「! それは…」

「腑抜けたものだな。ドラゴンに取り込まれ、洗脳でもされたか? それとも、女になったか?」

『っ!』

 

その言葉を聞いた瞬間、アンジュとタスクが顔を真っ赤にしてしまった。実際のところ、この二人の間にはまだ肉体関係はなかったが、それでも二人してこんな反応を見せてしまっては、ジルの言ったことを肯定しているようなものである。

 

「ピンクの花園で男と乳繰り合いたいなら、すべてを終わらせてからにしろ!」

「っ!」

 

今度は怒気のために顔を赤くし、アンジュがジルを睨む。

 

「まあまあ、少し落ち着きな、ジル」

 

ジャスミンがそう諭すと、そのままある方向に顔を向ける。

 

「シュバルツ」

 

その視線の先にいたのはシュバルツだった。シュバルツは壁際に寄りかかりながら腕を組み、先ほどから何も言わずに話し合いの経緯を見守っていたのである。が、ジャスミンが名前を呼んだことで全員の視線を集めることになった。

 

「お前さんはどう思うんだい?」

 

ジャスミンが意見を聞いてきた。

 

「…私個人としては、アンジュの意見に同意だ。協力してくれるというのであればその申し出を断る理由はあるまい」

 

心強い賛同を得たアンジュ。それにナオミとヴィヴィアンが我が意を得たりとばかりにうんうんと頷いた。が、当然ジルは面白くない。

 

「ふん、そんなことを言ういうとはな。流石のお前もドラゴンに骨抜きにでもされたか? そういえば、向こうの世界は女だけの世界だというし、お前は随分とモテていたらしいからな」

「司令!」

「ちょっと、ジル!」

 

ゾーラとメイが咎めるような口調でジルを睨んだ。せっかく久しぶりに再会できたのに、そんな言い方をするジルが二人とも許せなかったのだ。ましてジルは一度シュバルツをダシに使ったのである。腹を立てるのも当然と言えば当然と言えた。が、当のシュバルツは一向に意に介した様子はなかった。

 

「今の貴様よりはマシだと思うがな」

「ほぉ…どういう意味だ?」

 

挑発するようなシュバルツの物言いに、ジルがこちらも余裕たっぷりに尋ね返す。

 

「向こうがエンブリヲを倒してくれるというのならば、それでいいではないかという話さ」

「何?」

 

ジルの視線が少し鋭さを増した。が、シュバルツは相変わらず意に介した様子もなく淡々と言葉を続ける。

 

「厭らしい言い方になるが、自前の戦力を減らさずに済むのなら、それに越したことはないだろう? ドラゴンたちにその力があるかどうかは知らんが、それならそれでいいではないか」

「バカな。さっきも言っただろうが、奴らは信じるに値しない」

「何故、そう言い切れる?」

 

今度はシュバルツの視線が鋭さを増した。

 

「百歩譲ってドラゴンの戦力ではエンブリヲは倒せない。あるいは、ドラゴンの技術力ではエンブリヲを倒す兵器は造れないというのならまだ納得もしよう。が、お前が言っているのは『ドラゴンは信じるに値しない』ということだ。それは、少なくともそれなりにドラゴンのことを…ドラゴンたちがどういう存在なのかを知っていなければ出てこない言葉だぞ」

「そう言えば…」

 

アンジュがハッとした表情になった。確かに言われてみればそうだからである。

そして、それに気付いた他の面々も自然とジルに視線を向けた。

 

「……」

 

ジルがいつものようにタバコを咥えると火を点ける。表面上はいつもの様子とは変わらないが、内心ではどうなっているのかわからない。

 

「この期に及んでまだ隠し事でもしているのか?」

 

シュバルツが畳みかけると、ジルが薄い笑みを浮かべた。それが虚勢かそうでないかはわからないが、まるで人を小バカにするような笑みだった。

 

「ならば訂正しよう。エンブリヲはヴィルキスでなければ倒せん。故にリベルタスでなければ勝てん。だからドラゴンと手を組むなど無意味だ。…こう言えばいいか?」

 

ジルの訂正したその言葉に、ヴィヴィアンとナオミが先ほどのロザリーの時のようにムッとした表情になる。が、彼女たちが口を開いて何か言う前に、

 

「ならばこちらも重ねて聞こう。その根拠は?」

 

シュバルツが先に口を開いたのだった。

 

「何故あの機体…ヴィルキスでないとエンブリヲに勝てんのだ? そう言い切る以上、それなりの根拠はあるのだろう? でなければ、アンジュやサリアはお前に振り回されているだけだ。それではあまりにも…な。考えたくはないが、自身が前線の矢面に立てなくなったから、アンジュたちをいいように利用しているというわけではあるまいな?」

「……」

 

タバコをふかしながらシュバルツの言葉を聞いているジル。その顔に、又も他の面々の視線が集まった。

 

「夢や意思を託すのはいい。が、お前がそれらを託すのは駒ではない、人だ。人格を有する存在を、自分の都合のいいように操ろう、利用しようというのならばそれこそ傲慢だ。お前が先ほど蔑んでいた神気取りの支配者と、どこが違う」

「っ!」

 

その言葉が余程癇に障ったのか、不意にジルは腰のホルスターから銃を抜くと、シュバルツに突き付けた。

 

「! ジル!」

「司令!」

 

驚いたメイとゾーラが慌てて叫んだ。その他にモモカやナオミなどもジルの殺気に中てられたのか、表情を強張らせてる。

 

「っ!」

 

そうした中、アンジュがジルとシュバルツの射線上に入った。両手を広げ、アンジュはシュバルツをかばうように仁王立ちになる。

 

「アンジュ!」

「どけ、アンジュ」

 

ヒルダが叫び、ジルは凄みを利かせて静かに語り掛ける。が、アンジュはその場をどこうとはしなかった。何も言わないが言葉よりも雄弁に、ジルを睨みつけるその眼が語っていた。絶対にどかないと。が、不意に、背後から肩に手を置かれる。

 

「シュバルツ?」

 

驚いてアンジュが振り返る。

 

「いい、アンジュ。心配するな」

「でも…」

「大丈夫だ」

「……」

 

そう言われては従わざるを得ない。納得はできていない様子だが、アンジュは渋々脇に退いた。そのため、先ほどと同じ構図になる。

 

「ふふ…」

 

そして、不意にシュバルツが笑い出した。そのことに、ジルを除く他の面々がぎょっとした表情になってシュバルツに視線を向ける。

 

「…何が可笑しい」

 

バカにされたと思ったのか、ジルのシュバルツを睨む視線にも一層険が増す。

 

「いや、サリアによく似ていると思ってな。…いや、逆か。サリアがお前によく似ているのか」

「何を言っている?」

 

意味が分からないとばかりにジルが眉をひそめた。

 

「少し前、あまりにもヴィルキスに拘るサリアを諭したことがあってな。子は親の背中を見て育つというが、今のお前はあの時のサリアにそっくりだと思ってな」

 

そこでシュバルツは一旦言葉を区切った。そして、

 

「自分のやり方に拘るあまり、周りが見えなくなる。全く、よく似ているよ、お前たちは」

「っ!」

 

シュバルツの言葉の意味がわかったジルが引き金にかけた指に力を入れ始める。

 

「ジル、落ち着け!」

「止めな、ジル!」

 

今まで成り行きを見守っていたタスクとマギーが慌ててジルを止めようとした。が、ターゲットであるシュバルツは慌てる二人を尻目に涼しい顔である。

 

「私を撃つ気か? …よかろう、その気があるならやってみろ」

「そんな、シュバルツ!」

「あまりジルを挑発しないで!」

 

ゾーラとメイがそれこそお願いをするかのようにシュバルツに訴える。

 

「だが、そんな真似をしたら今度こそおしまいだがな」

 

しかし、シュバルツは相変わらず態度を変えなかった。

 

「何だと?」

 

それがイラつくのか、銃を突き付けているのにむしろジルの方が突き付けられているような雰囲気があった。

 

「ここまでくる間に、ゾーラとメイから私のいない間のことを少し聞いてな。お前、アルゼナルから脱出するとき、隊員たちの尻を叩くために私をダシに使ったそうだな」

(っ! 余計なことを!)

 

その一言でシュバルツが何を言っているのかわかったジルが苦虫を噛み潰したような顔をする。そして、一瞬だがゾーラとメイに視線を向けた。

 

『!』

 

その視線に気づいたゾーラとメイが、人知らず震え上がったのは秘密である。

 

「その結果、予想以上に多くの隊員たちを収容できたそうだが、その代償として随分と反感を買ったそうではないか。そんなお前がここで私を撃てば、今度こそこの艦は空中分解を起こすだろうな。それでも良ければ撃てばいい。但し、撃ったからといって私を黙らせることができるかはまた別問題だがな」

「……」

「さあ、どうする?」

 

緊張感が室内を支配する。誰も声を上げられず、動くこともできない。どれだけの時間そうしていたのだろうか、やがて最初に行動を起こしたのはジルだった。

 

「……」

 

ジルは構えていた銃を腰のホルスターに納めると、加えていたタバコを灰皿で潰した。そして、

 

「よかろう」

 

吐き捨てるようにそれだけ言うと、踵を返して出入り口に向かって歩き出した。そして開いた自動ドアの前で顔だけ振り返ると、

 

「情報の精査の後、今後の作戦を通達する。以上だ」

 

そう告げて、そのまま部屋を出て行ったのだった。

 

 

 

『はあ~……』

 

ジルが出ていった後、そこかしこから盛大なため息が漏れた。そして、ほとんど全員がぐったりと椅子に座ってその場に突っ伏す。

 

「…どうしたのよ、シュバルツ」

 

その体勢のまま、アンジュがシュバルツに尋ねた。

 

「何がだ?」

 

シュバルツが尋ね返す。

 

「あんな挑発するような真似、あんたらしくないじゃない」

 

他の面々もそろってうんうんと頷いている。

 

「すまないな。だが、どうしてもあの拘り過ぎるところが気になってな。視野狭窄になると、普通なら見えるものが見えなくなる。どうもあいつはエンブリヲのことになると、視野が狭くなるような気がする。ただ単に宿敵だからか、それとも個人的に何か因縁でもあるのか…」

 

その点は確かに誰もが多かれ少なかれ感じていることだった。

 

(悪い方向に天秤が傾かなければいいのだが…)

 

何となくシュバルツが危惧する。こうして、アルゼナルの面々…と言うよりジルとシュバルツたちとの再会は、波乱含みのもので終わったのだった。


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