というのも、随分前から怪しい動きをしていたマイパソコンがついにご臨終しまして。
データのバックアップを取っていなかったものでデータが吹っ飛び、
新しいパソコンを購入しようにも先立つものがなく、
何よりデータが吹っ飛んだことでやる気も同時に吹っ飛んでしまったわけで。(これに関しては完全に自業自得ですが)
そんなんで、更新再開にここまでかかってしまいました。
こんなとんでもクロスですが、それでも続きを期待していただいているご感想を励みに何とか再び立ち上がれた次第です。
今後は、また元のペースに戻るかと思いますので、宜しければもう暫くお付き合いください。
では、どうぞ。
「到着予定座標より、北東、48000!?」
最初に異変に気付いたのは当然というべきか先陣を切っているサラだった。あり得ない情報を表示したコンソールに驚愕の声を上げる。
だが、それも無理のないことだった。何せ、当初の予定ではシンギュラーはミスルギの上空に開くはずだったのだ。それなのに、現在地は当初の目的地から遠く離れた場所だったのだ。
「どうなっているのですか!? これは!」
サラが戸惑いの表情を浮かべたのは無理もないことだった。
『わかりません…! 確かに特異点は、ミスルギ上空に開くはず!』
カナメもサラと同じように、現状に動揺しているのがありありと窺えた。そんな彼女たちをあざ笑うかのように、コンソールに“警告”の文字が躍った。そしてすぐに、数多くの飛来物が自分たちに向かってくるのがレーダーに映し出される。
「! はっ!?」
サラが気付いた時にはその飛来物の集団…大量のミサイルはもう目と鼻の先にまで来ていた。ドラゴンたちはシールドを展開させるものの、それに間に合わなかった、或いはシールドを突き破られたドラゴンたちは次々に海へと落下していく。
「何事!?」
更に予想だにしない事態に思わずサラが叫ぶ。そんな中、反撃を試みようと咆哮した一匹のドラゴンの頭部を、ビームのような何かがいとも簡単に粉砕した。
「あれは…?」
驚愕の表情を浮かべながら正面を見据えるサラ。その視線の先にいたのは、漆黒のカラーリングのヴィルキスだった。それも、全部で五機。
「何ぞ、あれ?」
「禍々しい…」
「黒い…ヴィルキス!?」
ヴィヴィアン、ナオミ、アンジュがその機体を見て思わず呟いていた。漆黒の五機のヴィルキスは、中央の機体がライフルを発射したのと同時に、残りの四機もライフルを発射し始める。その攻撃に、ドラゴンたちは次々とその数を減らしていった。
『姫様、これは!?』
思わずカナメが声を上げた。
「待ち伏せです」
苦々しい表情になり、サラがそう答える。
『待ち伏せ!?』
『じゃあ、リザーディアの情報は!?』
「今は敵の排除が最優先です!」
カナメとナーガにそう答えると、サラはスピードを上げる。そして、自身の焔龍號をフライトモードからアサルトモードへと展開させたのだった。
「全軍、敵機を殲滅せよ!」
号令をかけると、漆黒のヴィルキス軍団へと突っ込む。ここに、サラたちにとっては予想外の戦いが始まったのだった。そして…
「どうかね?」
戦場となっている空域からはるかに離れたとある暗い室内。そこに、一人の男の声が響いた。
「君の流した情報で、仲間が虐殺されてゆく様は」
口にした内容とは裏腹に、彼は頬杖を着きながらその映像を見て、実に楽しそうに語っていた。
「リィザ…いや、リザーディアか」
酷薄な微笑みを浮かべて揶揄するその姿は、エンブリヲその人だった。そして、エンブリヲに水を向けられたリィザは全裸の状態で両手を拘束され、天井から吊るされていたのだった。
遠く離れている場所で予想もしない傍観者が自分たちを覗いているとは当事者たちは知る由もなく、戦場は刻々と姿を変えていく。そして、ドラゴンたちは次々とヴィルキス軍団の攻撃の前にその生命を散らしていくのだった。
「っ! やめろーっ!」
「っ!」
惨状に思わずヴィヴィアンが叫び、アンジュが唇を噛んだ。そしてアンジュもスピードを上げると、前線へと突っ込んでいく。
「アンジュ!」
「サラ子を助けに行くわ!」
「待て、相手はエンブリヲだ!」
「黙って見てろって言うの!?」
タスクの静止に従うわけもなく、アンジュはそのまま前線へと突っ込んでいった。
「くそっ!」
半ば予想はしていたが、それでも現実となって突っ込んでいってしまったアンジュの姿に思わずタスクは唇を噛んだ。そして、チラッと3ケツしている後ろのヴィヴィアンとナオミに視線を向ける。
「ヴィヴィアン、ナオミ、しっかり捕まってろよ!」
「おう!」
「わかっ…」
しかし運の悪いことにその瞬間、吹き飛ばされてきたスクーナー級のドラゴンがタスクの機体に真横からぶつかってきた。そして、
「あっ…」
機体にしっかりと捕まる前のナオミが空中に放り出されてしまったのだった。
「ナオミ!」
「しまった!」
空中に身を投げ出された格好のナオミを救おうとタスクがマシンを向かわせようとする。しかし、ヴィルキス軍団の砲撃に阻まれてそれが出来なくなっていた。
「くそっ!」
焦るタスク。そして無情にも、そうしている間にもどんどんとタスクたちとナオミとの距離は開いていった。
「ナオミーっ!」
「どうすれば…っ!」
後ろから聞こえるヴィヴィアンの悲鳴に思わずタスクがギリッと歯噛みした。
『私が行こう!』
そんな絶望的な三人を救うかのような通信が入ってきたのは、ちょうどそんな時だったのだ。
(嘘…)
ドラゴンが接触してきたときの衝撃で空中に投げ出されたナオミが、救いを求めるように手を伸ばした。が、その手を取ってくれる者は誰もいず、その身は重力に従ってぐんぐんと落下していく。
(私、死ぬのかな?)
自分に問いかける。が、今の絶望的な状況は、死がもう間もなく辿り着く現実だというのを嫌でも理解させた。
(まだ、何もしてなかったのに…)
これまでの記憶が走馬灯のように蘇る。メイルライダーとなったが碌に働けずに死んだこと。死んだと思ったら何故か生きていて、自分たちの敵であるドラゴンに助けられたこと。そして、自分たちの戦いの真実。
それを知って、自分の成すべきことをするために戻ってきたのに、それすらも出来ずに今、自分は今度こそ本当に死の淵へと足をかけている。
(悔しいなぁ…)
素直にそう思う。こっちの世界に戻ってきた自分には、何が出来たかわからない。もしかしたら何も出来ないかもしれない。だが、そこにすら辿り着くまでもなく自分の生命はもうすぐ終わってしまうのだ。
(こんな…終わり方ッ!)
悔しくて無性に涙が出てきた。しかし、現実は残酷である。人一人の想いなど簡単に踏みにじる程に。
が、時に思いもかけない奇跡が起こるのもまた現実であった。不意に、海面に激突するはずのナオミの身体が、温かく、しっかりとした存在に受け止められた。
「えっ…?」
落下するはずの自身の身体が、逆にふわっと浮き上がる。思いがけない事態に動転していると、
「大丈夫か?」
不意に、声をかけられた。見上げたその先にあったのは、誰あろうシュバルツの顔であった。
それは、全くの偶然だった。
サラたちが先陣を切り、アンジュたちが中陣に加わっていたので、シュバルツは後詰めとして後陣に加わっていた。何もないとは思っていたが、相手が相手なだけに念のため、シュバルツは自主的にサラたちもアンジュたちもいない後陣に加わっていたのである。
そのため、前線で戦闘中のサラたちや、彼女たちに加勢しようとスピードを上げたアンジュがわかるわけもない、タスクのマシンがドラゴンによって衝撃を受け、その結果ナオミが無防備に空中に放り出されるシーンを見てしまったのである。
「! いかん!」
空中に投げ出されたナオミは重力に従い落下していく。タスクも何とか救援に向かいたいようだったが、ヴィルキス軍団の砲撃に阻まれて思うように動けずにいた。
(ならば!)
シュバルツは即座にタスクに向けて通信を開く。そして、
「私が行こう!」
そう端的に告げると、シュピーゲルを降下させながらスピードを上げた。
シュピーゲルは海面ギリギリを滑るように飛行しながらナオミの落下予想地点直下に入る。入る少し手前で姿勢を海面に対してうつ伏せから仰向けに反転させ、コックピットを開いてシュバルツは外に躍り出た。そして上空を見上げる。
そこには、ピタリ予想通りこちらに向かって落下してくるナオミの姿があった。その姿を見止めたシュバルツは反動をつけるためにぐぐっと屈む。そして、
「はっ!」
全身のバネを充分に働かせて飛び上がった。常人を遥かに超える跳躍力で舞い上がり、落ちてきたナオミの身体を見事キャッチする。
(くうっ!)
キャッチはしたが落下のエネルギーが加わったナオミの身体を受け止めた時の衝撃は、いかなトップクラスのガンダムファイターであるシュバルツをもってしても顔を歪めてしまうほどだった。が、そんな表情をナオミに見せるわけにはいかない。
「大丈夫か?」
すぐに平静を装うとナオミの顔を覗き込む。
「え…? あ…」
ナオミは自身の身に何が起こったのかまだわからないといった感じの表情を浮かべていた。その姿に内心で胸を撫で下ろしながら、シュバルツはナオミを抱きかかえながらシュピーゲルへと降下していく。
「シュ…バ…ルツ?」
「ああ」
未だ混乱しているナオミに頷いて答えると、シュバルツはシュピーゲルの上に着地した。そしてナオミの身体を、丁寧にシュピーゲルに横たわらせる。
「こちらシュバルツ」
そして、ナオミの身体を横たわらせた後、シュバルツはすぐにコックピットに入り、タスクへと通信を繋げたのだった。
『こちらタスク』
すぐにタスクから通信が返ってくる。
「ナオミはこちらで無事に保護した」
『そ、そうですか、良かった…』
通信越しからも、タスクが心から安堵しているのが分かった。そんなタスクに、
「すまないが、私は一度離脱させてもらう」
と、彼が恐らく予想もしていないであろう一言をシュバルツは伝えたのだった。
『ええっ!?』
案の定、通信先のタスクが驚いた声を上げた。
『ど、どうしてですか!?』
至極当然な質問を投げかけてくるタスクに、
「ナオミを握ったままでは戦えん」
シュバルツはそう返した。
『え? コックピットの中に入れれば…』
「それが出来るならそうしている。が、残念なことに私の機体は特殊でな。操縦者以外の者をコックピットには入れられんのだ」
操者以外の人間をコックピットに入れたまま起動するのがどれほど危険なことか、モビルトレースシステムを理解していればすぐにわかることだったが、当然ながらタスクはガンダムシュピーゲルの操縦系統がどのようなものなのかを知らなかった。
「かと言って、ナオミを握ったまま戦えるわけはあるまい。それにお前も、ここまで迎えに来ることはできんだろう?」
「それは、まあ…」
タスクが頷いた。未だ、ヴィルキス軍団の攻撃は絶え間なく続いているのだ。その間隙を縫ってナオミを回収に行くことは無理な相談だった。
「故に、申し訳ないが一旦退かせてもらう」
『…わかりました』
少し逡巡しているようだったが、その時間も惜しいのだろう、タスクが答えた。
「すまん。途中で適当な島でもあればそこにナオミを置いてすぐに戻る。が、それがなかったときはアルゼナルにてお前たちを待つ」
『了解』
端的に答えるとタスクは通信を切った。それだけ、上空での状況が切羽詰まっているのだろう。
「出るぞ! 手の平の上に乗ってくれ!」
シュバルツもコックピットから上半身だけ出すと、そこにいるナオミに声をかけた。
「で、でも…」
ナオミが逡巡する。コックピットでのシュバルツとタスクのやり取りが聞こえていたのだろう。どうすればといった表情で固まっていた。
「御託は後だ! まずはお前の身の安全を確保しなければならん! さあ、早く!」
「う、うん」
半ばシュバルツに気圧されるようにナオミは頷くと、言われたようにシュピーゲルの手の平の上にちょこんと乗った。
「よし」
それを確認したシュバルツがコックピットに乗り込むとモビルトレースシステムを起動させる。そして、おにぎりを握るかのように両手を丸くして重ね合わせると、バーニアを吹かせて起き上がり、低空飛行のまま戦闘宙域を離脱したのであった。
自分たちの背後でそんなことがあったなどとは露も知らず、最前線のサラはヴィルキス軍団の一機と鍔迫り合いをしていた。思わず、そのパワーに顔を顰める。
『右翼、損耗三割を超えました!』
『左翼、戦線が維持できません!』
そんなサラに追い打ちをかけるかのように、ナーガとカナメから悲報がもたらされる。
「相手はたったの五機ですよ!」
信じられないとばかりにサラが声を上げた。そんな彼女をあざ笑うかのように、ヴィルキス軍団のうちの一機が距離を詰めてサラに向かってくる。
「っ!」
思いがけない状況に歯噛みしながらライフルを奮ってヴィルキスを落とそうとする。が、その動きに翻弄され、ライフルは一発もヴィルキスに被弾することはなかった。
「! 速い!」
その速度に驚きの声を上げるサラの焔龍號に肉迫した漆黒のヴィルキスは止めとばかりにブレードを振り上げ、そして振り下した。が、その刃は焔龍號には届かなかった。何故なら、二機の間に割って入った機影があったからだ。
焔龍號の一刀両断の窮地を救ったのは、当然と言うべきかアンジュの操るヴィルキスであった。
「あ」
その姿に、黒いヴィルキスのパイロットが思わず声を上げた。そして、そのまま少し下がって距離をとる。
「ヴィルキス…アンジュなの?」
目の前に現れたそのヴィルキスの姿に驚きの声を上げたのは、漆黒のパイロットスーツにその身を包んだサリアの姿だった。
「大丈夫!? サラ子!」
「え、ええ…」
「今のうちに撤退しなさい!」
対照的に、対峙しているのがサリアなどとは露とも思っていないアンジュが、サリアをライフルでけん制しながらサラにそう促した。
「出来ません! エンブリヲから、アウラを取り戻すまでは!」
撤退を促したアンジュにそう答えるサラ。彼女の立場としては当然のことだろう。が、
「バカ! 貴方司令官でしょう!?」
そんなサラをアンジュが叱咤する。
「ちゃんと周りを見なさい!」
そして、その言葉にサラはハッとなった。見渡した周囲の状況は、自分が考えているよりも悪化していたのだ。
「こんな状態で、アウラを取り戻せると思うの!?」
「ですが!」
「アンジュの言う通りだ!」
そこにまた通信が割り込んでくる。ナオミの一件もあり、少し遅れて前線に加わったタスクからだった。
「今は退いて、戦力を立て直すんだ! 勝つために!」
「!」
サラの操縦桿を握る手に力が入る。
「アウラ…」
無念の想いが募った。しかし、
「全軍、撤退する!」
サラは決断を下したのであった。文字通り、勝つために。
「全軍、戦線を縮小しつつ、特異点に撤退せよ!」
サラの命令に、彼女と同じようにナーガとカナメも悔しそうな表情を見せた。彼女たちとしてみても、アウラを取り返せずに退却するのは無念である。が、ここまで軍団を寸断されてはどうしようもなかった。ドラゴンたちもその命令に従い、特異点に向けて後退し始めた。
それに追撃をかける黒いヴィルキスが一機。それに乗っているのはクリスだった。ドラゴンたちへ肉迫しようとするものの、横からのアンジュのライフルによる牽制を受け、その足を止められてしまう。
しかし、アンジュのライフルも弾切れを起こしていた。
「くっ!」
マガジンが切れたことに歯噛みしていると、
「アンジュ、これを!」
不意にサラから通信が入った。そして、焔龍號の手に握られていたライフルがヴィルキスへと投げ渡される。友から託されたそのライフルを手に取ると、ヴィルキスは再びそれを構えた。
「どうか、ご無事で…」
「いいからとっとと行きなさい!」
半ば怒鳴るかのように発破をかけると、サラから手渡されたライフルを発射する。そしてその言葉に背中を押されたかのように、サラたち三名もようやく撤退を開始したのだった。その状況の変化は、当然漆黒のヴィルキス軍団も把握している。
『ドラゴン、撤退開始』
「イルマ、ターニャ、追撃を。但し、深追いの必要はないわ」
『イエス、ナイトリーダー』
サリアの指示に従い、漆黒のヴィルキスのうち二体が撤退するドラゴンへと追撃に向かった。
「でも…」
楽しそうな表情を浮かべると、サリアの操る漆黒のヴィルキスがアンジュのヴィルキスに襲い掛かる。
「!」
その強さに圧倒されたアンジュが距離を取ろうとでもいうのか、慌ててフライトモードに変形した。
「やっぱり…」
突然通信が入ってきたことに訝しげな表情になって、並走している漆黒のヴィルキスに顔を向けるアンジュ。と、同じようにそのヴィルキスもアサルトモードからフライトモードへと変形する。
「あんたが…どうして?」
「っ!? サリア!」
透過させたバイザー越しに見た、その黒いヴィルキスのパイロットがサリアであることに、アンジュは驚きを隠せなかった。そして、並走して飛行するその二機の姿を遠くから見ているエンブリヲは何を思いついたのか、近くにあった電話の受話器を取った。
「サリア…サリアだ!」
「えっ?」
アンジュに加勢しようと彼女たちの許に飛んできたタスク。後ろのヴィヴィアンが、サリアの姿を見て思わず声を上げていた。
「でも…」
ヴィヴィアンが言い淀む。彼女の知っているサリアと匂いというか雰囲気というか、そういうものが違うのを敏感に感じ取ったのだろうか。
「何してるの、貴方!?」
思わぬ操縦者の正体に混乱しつつも、アンジュがサリアに尋ねた。が、
「質問しているのはこっちよ!」
にべもなく遮られた。そうしている間に、イルマとターニャの操るヴィルキス以外の二機が彼女たちの許に集まってくる。
『本当に、アンジュちゃんなのね』
『マジ、ビックリ』
その二機から聞こえてきた声も、アンジュにとっては聞き覚えのあるものだった。が、それも当然かもしれない。
「エルシャに…クリスまで!?」
少し前までアルゼナルで共に戦っていた同僚の三人がその機体に乗っていたのだから。それも、自分たちに相対する者として。
『アンジュ、どうしてあんたが、ドラゴンと一緒に戦って…』
状況を把握しようと試みたサリアの元に突然、通信が入った。
「こちらサリア」
通信に応答する。しばらく内容を聞いていたのだろうが、
「えっ…」
その内容が思いもかけないものだったのだろうか、表情が固くなる。が、
「了解しました、エンブリヲ様」
通信相手…エンブリヲにそう返信してサリアは通信を切ったのだった。
「アンジュ、あなたを拘束するわ。色々と聞きたいことがあるから」
そして、遊びは終わりだとばかりに再びアサルトモードへ変形する。
「えっ?」
アンジュは怪訝な表情になるものの、サリアは動じる様子もない。
「いいわね、二人とも」
『イエス、ナイトリーダー』
その代わりにエルシャとクリスに指令を下し、二人もそれに従ってフライトモードからアサルトモードへと己の機体を変形させた。
「あっ…くっ!」
三人の雰囲気が変わったことを敏感に感じ取ったアンジュが、多勢に無勢とでもいうのか取りあえず彼女たちを引き離すためにフライトモードで飛び去った。が、サリアたち三機もそれをむざむざ許すわけもない。その後を追跡し始めたのであった。
その頃、特異点近辺では撤退の総仕上げが行われていた。特異点の前でサラたちがライフルを奮い、何体かのドラゴンたちがシールドを展開して残ったドラゴンを収容しているという状況になっていたのである。そしてようやく、生き残った全てのドラゴンたちが特異点の向こうへと退却したのだった。
「撤退、完了しました」
「姫様、お早く」
カナメとナーガがそう報告する。しかしサラの視線は、三機の漆黒のヴィルキスに囲まれているアンジュのヴィルキスに未だ釘付けだった。
「アンジュ!」
「いけません姫様! 特異点が閉じます!」
救援に駆け付けかねないサラを止めるように、カナメが制した。そうしている間にも、彼我の距離はどんどん開いていく。
「アンジュ…」
そうサラが呟いたのを最後に、特異点…シンギュラーは閉じたのだった。
サラたちが撤退したのを確認したから…というわけでもないだろうが、サラたちの撤退後、アンジュはフライトモードからアサルトモードへとヴィルキスを変形させてサリアたち三機と対峙する。どう頑張っても振り切れないと思ったのだろう。
「くっ…」
サリアの機体と斬り結びながら思わず歯噛みをするアンジュ。
「貴方、こんなに弱かったんだ」
そんな彼女を逆撫でるかのように、淡々とサリアが呟いた。
「はぁ!?」
心外だとばかりにアンジュが声を張り上げる。が、
「…ううん」
サリアは薄く笑いながら首を左右に振った。
「強くなったのは私。エンブリヲ様のおかげで、私は変わったの!」
そのまま、パワーに任せてヴィルキスを弾き飛ばすと、サリアは追撃とばかりにその腹に蹴りを入れた。衝撃に吹き飛ぶアンジュが、必死にヴィルキスの体勢を立て直す。
「今よ! 陣形、シャイニングローズトライアングル!」
アンジュに隙が出来たのを察知したサリアが命令を下す。が、
「…ダサ」
クリスが思わず呟いていた。…まあ確かに、彼女がそう呟く気持ちもわからんでもないが。
「何か言った?」
が、こう見えてノリノリなのか、サリアは、あぁん? といった感じでクリスに因縁を付ける。
「別に」
「あー…了解よ」
白けた感じで返答したクリスをフォローするようにエルシャが了承する。そして三機はその、クリス曰くダサいネーミングセンスの陣形を敷きにかかった。
エルシャとクリスが左右に分かれ、それぞれヴィルキスの両腕にアンカーワイヤーを撃ち込む。そして正面のサリアが同じようにアンカーワイヤーをヴィルキスの頭部に巻き付け、その動きの自由を奪うという、まあ極々理に適った普通の作戦というか陣形だった。
少なくとも、厨二病全開なあんな大仰な名前をつけるような物珍しい陣形ではなかったのだけは確かである。(まあ、だからこそクリスはダサ、と自分の心境を思わず吐露したのかもしれないが)
とにもかくにも、こうして自由を奪われたヴィルキスを見て、サリアがコックピットを開けた。そして、ライフルを構える。
「終わりよ、アンジュ」
銃口を向けられ、思わず鋭い表情になってサリアを睨み付けるアンジュ。
「よおおおおおおっ! ほいっ!」
そんな緊迫した状況を切り裂くかのように、不意にヴィヴィアンが彼女たちより遥か上空から降ってきた。そして、サーカスよろしくサリアの機体とアンジュの機体を繋いでいるワイヤーに捕まると、くるんと一回転しながらその手に持っていたものをワイヤーに引っ掛ける。そしてすぐにワイヤーから手を放して、再び降下した。その直後、ワイヤーが爆発して千切れる。ヴィヴィアンがワイヤーに括り付けたのは、小型の爆弾だったのだ。
「! ヴィヴィちゃん!」
「う、嘘!?」
思わぬ人物の登場と展開に、エルシャとクリスも驚きを隠せなかった。
「ナイスキャーッチ!」
そのまま自分の機体に着地したヴィヴィアンを乗せ、タスクはマシンを再び空に走らせた。機銃で牽制し、エルシャにワイヤーを解除させる。
「! 今だ!」
ここを好機と見たアンジュが無理やりヴィルキスの出力を上げる。そして、サリアの機体ごと引っ張って飛び始めた。
「ああっ!」
悲鳴を上げながら、引き摺られるサリア。ワイヤーが伸び切ったところでそれを切断しようと、ヴィヴィアンがマシンガンを構えた。が、そのマシンガンに銃弾が突き刺さり、思わずヴィヴィアンはそれを落としてしまった。
「え…? ええっ!?」
驚きの声を上げて後ろを振り返る。
「邪魔しないで、ヴィヴィアン!」
そこには、本気で怒っているサリアの姿があった。そのままサリアは自機のコックピットへと身を滑らせる。
「アンジュ、貴方をエンブリヲ様のところに連れていく!」
「何がエンブリヲ様よ! あんた、あの気持ち悪い髪形のナルシストの愛人にでもなったの!?」
「っ! あの方を侮辱するのは許さないわ!」
言葉通り、エンブリヲを侮辱されたのが我慢できないのか、サリアは未だアンジュの首に巻き付いているワイヤーを引っ張ってその足を止めた。
「今よ! もう一度、シャイニングローズトライアングルを!」
そして再びエルシャとクリスに指示を出す。状況が切迫しているからか、今度は余計な茶々も入らず、エルシャとクリスが左右からヴィルキスに迫った。
「くっ!」
一度目は何とかなったが、再び同じ状況になりつつある現状に思わず顔を顰めるアンジュ。が、あることを思い出し、そしてヴィルキスに命令するように語り掛ける。
「飛びなさい、ヴィルキス!」
「アンジュ!」
アンジュの危機に気付いたタスクが彼女の許に駆け付けようと機首を返す。
「前にも飛べたんだから、飛べるでしょう!?」
そう言いながら、アンジュはコンソールに拳を叩きつけた。
「今飛ばなきゃ、いつ飛ぶのよ!」
鬼気迫る表情でアンジュが怒鳴り散らす。それに気づいたクリスは困惑した表情を浮かべていた。
「何言ってんの、あいつは…?」
「さあ…」
エルシャもわけがわからないといった感じで困惑していた。そうしている間にもアンジュの、報われるかどうかわからない怒号は続いている。
「飛ばないと、ブッ飛ばすわよ!」
が、未だ変化は起こらない。そうしている間にエルシャとクリスの機体が腕を構え、ワイヤーの射出準備に入った。
「飛べーっ!」
咽喉も張り裂けろとばかりにアンジュが叫ぶ。その、魂の叫びとでもいうのだろうか、それにようやくヴィルキスが呼応し、光のようなウイングを展開させてその機体が薄青く光り始めた。
『?』
「何?」
突然のヴィルキスの異変に思わずサリアたち三人も訝しがる。と、次の瞬間、その背後に迫っていたタスクの機体ごと、ヴィルキスはその場から姿を消したのだった。
「ど、何処に行ったの…?」
目の前で起こったことが俄かには信じられず、サリアは驚愕の表情でそう呟くことしか出来なかった。
水平線に太陽が沈もうとする夕暮れ時のとある穏やかな海上。突然、そこにヴィルキスとタスクのマシンが現れた。アンジュはヴィルキスをアサルトモードからフライトモードへと変形させる。
『あっ!』
三人が思わず口を揃えた。というのも、すぐ目の前に地面が迫っていたからだ。二機はそのまま地面に突っ込むものの、何とか体制を整えて不時着に成功した。
「う…あ…」
「まさか、ここって…」
腹から息を吐きだすタスク。そしてアンジュは見覚えのある光景に思わず呟いていた。と、
「うわぁ…」
「随分と派手な着陸だな」
良く聞き知った声が三人の耳朶を打った。振り返ったその先にいたのは、シュバルツ、そしてナオミの二人の姿だった。
日が暮れて、夜。五人は浜辺で焚火に当たっていた。焚火の周りには何とも原始的な、串に刺した魚が音を立てて焼かれている。
「あ~…むっ♪」
ヴィヴィアンがいい感じに焼けたそのうちの一つを手に取ると、さっそく齧り付いた。
「すまなかったな、結局加勢はできなかった」
「いえ。…無事でよかったよ、ナオミ」
「ごめんね、心配かけて」
「気にしない、気にしない!」
一応、和気藹々といった雰囲気が一同を包む。そんな中、
「還ってきたんだ…アルゼナルに…」
会話に加わっていなかったアンジュが、その重い口を開いた。自然、視線がアンジュに集中する。
「皆、何処に行ったのかしら…? ! まさか!」
「脱出して、無事でいるはずさ」
アンジュが考えてしまったことを打ち消すためだろうか、タスクが半ば強引にアンジュの独白に割って入った。
「ジルが簡単にやられるわけはない」
「……」
それでも素直にそうは思えないのか、アンジュの緋い瞳は揺れ、少し俯いた。と、
「んー?」
(む)
ヴィヴィアンとシュバルツが何かに気付き、首を捻ってある方向…海へと向ける。連られてアンジュたちも首を向けると、そこには海中から突然姿を現した三つの人影があった。
そして人影は、真っ直ぐこちらへと向かってくる。
「な、何あれ!」
こういったものには弱いのか、アンジュが怯えながらタスクにその身を寄せた。思わずタスクも銃を抜く。
『……』
三つの人影は何か言葉を発するでもなく、ゆっくりとアンジュたちへと近づく。
「お化け? 幽霊? 海坊主?」
「ま、まさかそんな」
「いやーっ!」
恐怖からか、アンジュがタスクに抱き着いた。
「落ち着け」
ヴィヴィアン以外の動揺している三人を宥めるように、シュバルツが殊更冷静に諭した。
「あんなにハッキリとした実体を持つ化生や妖がいるものか」
そこでシュバルツは立ち上がると、四人をかばうようにその前に立った。
「…お前たち、何者だ?」
視線を鋭くしながら、返答は期待せずに尋ねる。人間たちは撤退したはずだから人間の可能性は低いが、それでも用心に越したことはない。と、
『アン…様…』
先頭の人影そう呟きながらその手を前に伸ばしてきた。対照的に、後ろの二つの人影は固まっている。
(ん?)
その声色、そして口に出した言葉に覚えがあるシュバルツが徐に半身をどかしてアンジュまでの道筋を開けた。
「いやあああああっ!」
『アン…ジュリーゼ…様?』
「ち、違う! 私…」
怯えていたが、ようやく何か変なことに気付いたアンジュがゆっくりと視線を先頭の人影に合わせる。そこには、ダイビングマスクを外したモモカの姿があった。
「モモ…カ…?」
「アンジュリーゼ様ーっ!」
久しぶりの主君との再会に、モモカは泣きながらその首筋に抱き着いた。
(やはりか)
自分の勘が当たっていたことにシュバルツは内心で冷静に頷いていた。
(であれば、残りの連中も…)
そう思った瞬間、今のモモカよろしくシュバルツの首筋に勢い良く抱き着いてくる人影が一つ。
「っと!」
ガンダムファイターであるから倒れることはなかったものの、不意を突かれてシュバルツは少しバランスを崩した。誰だと思って見下ろしてみる。
「ヒルダか」
「シュバルツ!」
泣きそうにも、満面の笑みにも見える表情でシュバルツの首筋に抱き着いてきたのはヒルダだった。
「生きて、生きてたんだな!」
「ああ。見ての通りだ」
「バカ野郎! 心配したんだぞ!」
そこでヒルダはシュバルツの身体に顔を埋め、小刻みに肩を震わせ始めてしまったのだった。
「…すまん」
そんな姿を見せられては今の状態のヒルダを振り払うことは流石にできず、シュバルツは謝ることしかできなかった。
「うわあ、ドラゴン女!」
「お」
「あ、ロザリー。久しぶり」
「えっ!? お、お前…ナオミか!?」
「うん」
三つ目の人影…ロザリーはヴィヴィアンを見て少し嫌悪の表情を浮かべていたが、すぐにその傍らにいるナオミの姿に呆然とした表情を浮かべていた。
こうして、帰還したアンジュたちは思わぬ形でアルゼナルの面子と再会を果たすことになったのであった。