機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

今回は真なる地球編の最終回となりますね。

次回からは舞台を再び向こう側…偽りの地球へと移しての物語となります。

では、どうぞ。


NO.43 皇女の帰還

「ミスルギ皇国に侵攻!?」

 

明くる日の早朝、屋外の温泉にゆったりと浸かっていたアンジュだったが、サラのその言葉に流石に驚きを隠せなかった。

 

「ええ」

 

サラが頷き、そして続ける。

 

「リザーディアから報告がありました。ミスルギの地下、最深の機密区画でアウラを発見したと」

「! 皇国の地下…?」

 

その事実に、アンジュが驚きを重ねた。

 

「私たちは明朝朱雀の刻、特異点を解放。アウラを奪還すべく総力をもってミスルギに進行します」

「…それを聞かせてどうするの? 私に戦線に加われ…とでも言うつもり?」

 

アンジュが至極当然な質問をした。

 

「まさか」

 

湯の中で肩を竦めながらサラがそう答える。

 

「貴方は自由ですよ、アンジュ。この世界に暮らすことも、あちらの地球に戻ることも。…勿論、私たちと共に戦っていただけるのであれば、それほど心強いことはありませんが」

 

そうして、軽く微笑みながらサラが重ねて尋ねる。

 

「明日の出撃の前に、貴方の考えを聞いておきたくて」

「私の?」

 

アンジュが尋ねると、サラが無言で頷いた。

 

「貴方には、民を救っていただいた恩があります。出来ることなら、何でもお手伝いしますわ」

「民を救ったっていうけど、それは私だけじゃ…」

「わかってます」

 

アンジュが何を言いたいのか察したサラが、その先を押し留めるように口を開いた。

 

「シュバルツのことでしょう?」

 

アンジュがコクリと頷いた。

 

「一応、同じ質問はしたのですけどね…」

 

そこでサラが苦笑した。

 

「『礼など不要』その一点張りですから」

「…あいつらしいわね」

 

その光景が手に取るように脳裏に浮かぶのだろう、アンジュもクスッと笑った。

 

「それでもしつこく食い下がったら、『それなら、アンジュたちに最大限の便宜を図ってやってくれ』って」

「え?」

 

予期せぬサラの言葉に、アンジュが驚いて振り返り視線を合わせた。

 

「本当に大切に思われてるのですね。羨ましい限りですわ」

「! な、何言ってるのよ! バカじゃないの!?」

 

付き合ってられないとばかりにそっぽを向いたアンジュ。が、その頬は赤く染まり、口元はどうしても緩んでしまってニヤニヤを抑えられなかった。

そして、アンジュがそういう状態なのが手に取るようにわかってしまったサラは、彼女に気付かれないように声を押し殺して笑ったのであった。

美女二人がそうやって湯船での会談をしているのと同時刻、

 

 

 

「た~すけて~!」

 

神殿内の某所に男の悲鳴が響き渡っていた。

 

「あ! ちょっと! ごめんなさい!」

 

悲鳴の主はタスクである。では何故、彼がそんな状況になっているかというと。

 

「やめろ! やめるんだ!」

 

顔を真っ赤にしながら周りに向かって制止するように訴えるタスク。彼の周りにいるのは当然ながらドラゴンの女の子…それもタスクと同世代といっていい歳の若い女の子たちだけだった。

彼女たちもタスクと同じように顔を真っ赤にしながら、それでもタスクの訴えなど聞かずに周りを取り囲んでいる。

 

「! ほわあああっ! こら! そこは…!」

 

タスクが悶える。女の子たちの中心部にいるタスクは素っ裸にひん剥かれ、ベッドの上に拘束されていた。そして女の子たちは興味津々といった感じでタスクの身体のある一部分をいじっている。

…どこなのかは、お察し下さい。

 

「ご協力感謝します、ミスタータスク」

 

少し離れた場所でその様子を満足げに見ていたドクターゲッコーが近づき、そしてタスクの頬を慈しむようにゆっくりと撫でた。

 

「人型の成人男性なんて珍しいから、とても勉強になりましたわ。性教育の」

「ぁ! っ!」

 

声にならない悲鳴を上げながら引き続き身体を弄ばれているタスクがゲッコーを見上げた。

 

「本当はあの人で実践するつもりだったのですけれど、逃げられてしまいましてね。ガッカリしていたのですが、貴方が現れてくれて良かったですわ」

「! シュバルツさーん!」

 

自分の今の状況を招いた元凶(?)の名前を呼んだが、だからといって現状は何も変わらない。ただ女の子たちになすがままにされるだけである。

そんな彼女たちの教育(?)の状況に満足そうに頷きながら、ゲッコーはそのままタスクの耳に顔を寄せた。

 

(何だったら、このまま子作りの実演に入ってもいいのですけど…)

「ふえっ!?」

 

タスクが間の抜けた悲鳴を上げ、次の瞬間表情をさーっと青ざめた。健康な男子としてはその行為が嫌いなわけもない。が、タスクの頭には当然のようにアンジュの顔が浮かんでいた。

 

(も、もし、もしそんなことがアンジュにバレたら…)

 

脳内に浮かんだアンジュの表情が鬼の形相にもなり、次いでゴミを見るような蔑んだものにもなる。しかしどちらにしろ、そのバックには灼熱の業火がメラメラと燃え広がっていた。

 

「ヒッ!」

 

思わずその時のことを想像して悲鳴を上げてしまう。そんなタスクの様子を見てゲッコーはフフフと静かに微笑むと、

 

「ご安心を」

 

と、続けた。

 

「えっ!?」

「流石にそこまではしませんわ。一人だけ選んでも、他の子たちは納得しないでしょうし、かといって全員を相手にさせるわけにはいきませんものね」

「そ、そうですか。良かったぁ…」

 

未だ全身を弄られているが、とりあえず最悪の事態だけは避けられそうなことにタスクが心底安堵の溜め息をついた。が、それも一瞬のこと。

 

「その代わりといっては何ですが、まだまだご協力いただきますわ。宜しくお願いしますね、ミスタータスク」

「ええっ!?」

 

タスクが聞いてないよとばかりに素っ頓狂な声を上げたが、女の子たちはそれを黙殺してタスクの身体へと襲い掛かった。そして…

 

「あっ! あっ! ああーっ!」

 

タスクの悲鳴がその室内に響き渡ったのだった。そして数時間後…

 

 

 

「……」

 

死んだような表情で神殿内の廊下をふらつきながら歩いているタスクの姿があった。覚束ない足取りとはいえ暫く廊下を歩いていたタスクだったが、やがてその場にヘナヘナと膝を着いてしまった。

 

「…ごめん、アンジュ」

 

タスクはこの場にいないアンジュに謝り、そして、

 

「汚れちゃったよ…」

 

さめざめと泣いたのであった。…何があったかは言わぬが花というやつであろう。どうしても知りたければ脳内補完するのみである。

 

 

 

 

 

同日夕刻、神殿前の大広場にて。

 

「悪くないと思うよ。ドラゴンと一緒に戦うのも」

 

朝の惨劇から何とか立ち直ったタスクが、自機を修理しながらそう答えた。タスクに何ら落ち度はないとは言え、やはり後ろめたいところはあるのか、微妙に声が震えている上にあまりアンジュと顔を合わせようとはしなかったが。

 

「アウラを救い出せば、エンブリヲの世界に大打撃を与えられるのは間違いないからね」

「それでいいのかしら…」

 

アンジュが思わず呟いた。

 

「え?」

「信じられないのよ」

「サラマンディーネさんが…かい?」

 

そこでアンジュは静かに首を左右に振った。そして、

 

「何もかも」

 

そう続ける。

 

「ドラゴンが人類世界に侵攻している敵だってのも嘘。ノーマの闘いが、世界の平和を護るってのも嘘。あれもこれも嘘ばっかり。…もう、うんざりなの」

 

そこで一度言葉を切るとアンジュは静かに夕焼けの空を見上げた。

 

「ドラゴンと一緒に戦って、それが間違っていたとしたら? …大体、元皇女がドラゴンたちと一緒にミスルギ皇国に攻め入るなんて、悪い冗談だわ」

「わからないわ。何が正しいのか」

「…誰もわからないよ、何が正しいかなんて」

「え?」

 

背中からかけられたタスクの言葉に、アンジュが振り返った。

 

「大切なのは、何が正しいかじゃなくて、君がどうしたいか…じゃないかな?」

 

そこでタスクが軽く微笑んだ。いつもと比べれば、ぎこちないものではあったが。

 

「君は、自分を信じて進めばいい。俺が全力で支えるから」

「バカね…」

 

口では悪態をつくものの嬉しいのか恥ずかしいのか、アンジュの頬は朱に染まっていた。

 

「そんな自分勝手な理屈が通じるわけないでしょ」

「そう?」

「でも、救われるわ、そういう能天気なところ」

「お褒めに預かり、光栄で、すっ!」

 

近寄って恭しく礼をしようとしたところでタスクは足元においてあったドライバーを踏んでしまい、バランスを崩した。そして当然のようにアンジュを巻き込んで盛大にすっ転ぶ。

すると当然お約束。

 

「アンジュアンジュ! お母さんがお礼したいって!」

 

タイミングよくやってきたヴィヴィアンが見たのは、いつものようにアンジュの股間にダイブしているタスクの姿だった。

 

「いやん♪」

 

ヴィヴィアンが軽い口調で頬を赤らめた。同じように、アンジュの頬も赤くなる。勿論、その理由は全く違うが。

 

「この! 永久発情期が!」

 

あーという叫びと共にタスクは吹き飛ばされ、神殿の近くを流れる河の上に着水したのだった。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

アンジュはというと、肩を怒らせながら荒い呼吸を繰り返していた。

 

「大丈夫? アンジュ」

 

そんなアンジュにヴィヴィアンが気遣って声をかける。

 

「え、ええ…」

 

まだ憤懣やるかたない感じだったが何とか気持ちを落ち着ける。と、

 

「ねえ、ヴィヴィアン」

 

振り返ってヴィヴィアンに顔を合わせたのだった。

 

「何?」

「シュバルツ、何処にいるか知らない?」

 

そして、質問を投げかける。が、

 

「うんにゃ」

 

ヴィヴィアンは顔を左右に振るのみだった。

 

「あたしも探してるんだけどね~」

「そう…」

 

ガッカリした感じでアンジュが溜め息をついた。

 

(少し相談しようと思ってたのに…)

 

これから自分のなすべきことに対するアドバイスを貰いたかったアンジュだったが、少なくとも今はそれは叶わず、アンジュは残念な表情を浮かべることしか出来なかったのだった。

 

 

 

 

 

その夜、神殿前の大広場…先程アンジュとタスクが語らっていた場所で、今は盛大にバーベキューが催されていた。

 

「本当にありがとうございました」

 

その一角で、アンジュはヴィヴィアンの母であるラミアに礼を言われていた。

 

「街と私たちを護っていただいて」

「私はサラ子…サラマンディーネを少し手伝っただけです。それに…」

 

アンジュの表情が沈痛なものに変わる。

 

「助けられなかった人も、たくさんいます…。でも何より、一番の功労者は…」

 

アンジュがある方向に顔を向けた。それに追随するようにラミアも同じくその方向に顔を向ける。

そこには数多くの女性に囲まれ、極上且つ丁重にもてなされているシュバルツの姿があった。シュバルツはその現状に少し気後れしているのか、時折辟易した表情を見せていたが。

 

「そうですね」

 

アンジュの言いたいことを察したラミアもコクリと頷いた。

 

「…不思議な人ですね」

 

そして、そう続けたのだった。

 

「え?」

 

アンジュが思わず尋ね返す。

 

「強くて頼りになるのは十分わかっていましたけど、それ以上にいつの間にか人の輪の中心にいる。人を惹きつける力があるというのか、人に慕われる魅力があるというのか、あの人の存在は不思議な安心感があるような気がします」

「…ええ」

 

頷いたアンジュの脳裏には、つい先日の人間たちのアルゼナル侵攻の場面が浮かび上がっていた。確かに戦力差はあったかもしれないが、それ以上にシュバルツの不在が大きく響いた戦いだったからだ。

あの惨劇を目にしてしまった以上、今の言葉には同意せざるを得なかった。

 

(…っていうか)

 

女性たちに囲まれているシュバルツを見ていると、不意にアンジュの心がざわつきだした。

 

(もう少し上手くやり過ごしなさいよ。みっともない顔しちゃって…!)

 

ムカムカムカと苛立ち始めてくる。と、

 

「ふふふ…」

 

すぐ傍のラミアが口元に手をやって上品に微笑んだ。

 

「? どうかしました?」

 

その笑い声に気づいたアンジュが不思議そうな表情で振り返る。

 

「いえ、ごめんなさいね」

 

ラミアが謝り、そして、

 

「彼があの状況にいるのが面白くないって、貴方の顔に出てたから」

「えっ!?」

 

慌ててアンジュが己の顔の両頬に両手を添えた。

 

「わ、私、そんな顔してました?」

 

そして、探るような視線でラミアに尋ねた。

 

「ええ」

 

ラミアはニッコリ微笑むと、アンジュのその言葉を肯定する。

 

「随分お慕いなのですね?」

「そ、そんなこと! し、失礼します!」

 

アンジュはこのやり取りから逃げるかのように、足早にその場を後にした。その後ろ姿を、ラミアは先程から変わらぬニコニコした笑顔で見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

「はい、あーん」

「あー…」

 

一方その頃別の一角では、タスクがシュバルツほどではないにせよ何人かの女の子に囲まれていた。そして、手ずから肉を食べさせられている。その身体はアンジュの制裁を受けたからだろうか、身体の結構な部分が包帯で覆われていた。

 

「いやー、食べてくれた♪」

「男の人って、可愛い♪」

「そ、そう?」

 

モテモテである。健康な男子としては異性にモテるのに気分が悪いわけはない。それはタスクとて同じことである。その緩みきった表情を見れば一目瞭然だった。が、

 

「…楽しそうね」

 

その、文字通り楽しい一時に終焉を打つ使者が現れた。タスクを始めとするその集団が声のした方に顔を向けると、そこにいたのは言わずと知れたアンジュである。

 

「……」

 

両手に串に刺したバーベキューを持っているアンジュは徐に口を開くと、その先端に刺さっている焼けたキノコに思いっきり齧り付いた。

 

「! いたいー!」

 

それが何かを連想させたタスクが、思わず自分の股間を抑える。そしてその剣幕に慄いた女の子たちは、悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。

 

「フン」

 

鼻を鳴らすと、アンジュはそのままタスクに近づく。

 

「あぁ…」

 

流石に逃げることも出来ず、タスクはビビリながら大人しくしていた。まるで蛇に睨まれた蛙である。と、

 

「はい、あーん」

 

タスクの横に腰を下ろしたアンジュがそのバーベキューをタスクにむかって差し出した。

 

「えっ?」

 

まさかそういう展開になるとは思ってもいなかったのだろうか、タスクは思わず驚きの声を上げていた。

 

「何? いらないの?」

 

対してアンジュはそんな態度をとられたのが不満だったのだろうか、ムッとした表情で口を尖らせた。

 

「え! いや…え? 何で?」

 

疑問をタスクが素直に口にした。

 

「手、使えないんでしょ? …ちょっとやりすぎたわ」

 

表情を赤らめて少し節目がちにアンジュがそう言った。幾許かは責任を感じているらしい。

 

「こ、これぐらい何ともないさ。アンジュの騎士は不死身だからね」

 

出来てしまった後ろめたい秘密を無理やり押し殺してタスクがおどけると、そのまま差し出されたバーベキューに齧り付く。

 

「ん~、美味い! やっぱりアンジュに食べさせてもらうと格別だねぇ」

「バカ」

 

憎まれ口を叩くものの穏やかな表情になって微笑むと、アンジュは周囲の様子を見渡した。広場だけでなく、近隣の建物でも皆、屋外でバーベキューを楽しんでいた。

 

「いいところだね」

「…モテモテだもんね」

「い、いや、そういう意味じゃ…」

 

先程までの状況を皮肉ったアンジュに、タスクが困り顔で答えた。

 

「…でも本当に、いいところ。辛いことがあっても、マナなんてなくても、皆生きてる。力一杯」

「! そっか!」

 

そこで不意に何かに気付いたアンジュが声を上げた。

 

「ん?」

「アルゼナルみたい…なんだ」

 

そして目の前の光景をこう評したのだった。そして徐に立ち上がる。

 

「私、帰るわ。モモカが待ってるもの」

「アンジュ…」

 

タスクはその決意を頼もしげに、アンジュを見上げたのだった。

 

「そう…それが貴方の選択なのですね」

 

不意に、全く違う方向から声が聞こえてきた。二人がそちらに顔を向けると、ナーガとカナメを従えてやってくるサラの姿がそこにはあった。隣には、ナオミの姿もある。

 

「また…戦うことになるのかもしれないのですね、貴方と」

「サラ子…」

 

その姿に、アンジュも真面目な表情になった。

 

「やはり危険です!」

 

納得がいかないのだろう。アンジュの答えを聞いたナーガが腰の得物に手を掛けながら前に進み出てきた。

 

「この者は、我々のことを知りすぎました。あちらに返せば、どのような脅威になるか!」

「でも、アンジュさんは都の皆を救ってくれたわ!」

 

まだアンジュに対して肯定的な立場なのだろうか、カナメがそれを制するように己の意見を述べた。

 

「それでも、この間まで殺しあっていた相手だぞ! 拘束すべきだ、今すぐ!」

 

それでも様子を窺うように発言するナーガに対するかのように、タスクもその場から立ち上がった。が、

 

「私はもう、貴方たちとは戦わないわ」

 

アンジュはハッキリと、そう言いきったのだった。

 

「ほら! やっぱり私たちと…えっ!?」

 

自分たちと戦うと決め付けていたナーガはアンジュの答えに当然のように驚いていた。

 

「貴方たちとはもう…戦わない」

 

まるで宣誓するかのようにもう一度同じ言葉を発するアンジュ。その気持ちが通じたのだろう。

 

「…では、明日開く特異点よりあちらにお戻り下さい。必要ならば、カナメとナーガを護衛につけましょう」

 

少しの間黙っていたサラがそうアンジュに告げたのだった。その内容にカナメが驚いた表情を見せ、そして、

 

「さ、サラマンディーネ様!」

 

ナーガも納得いかないといった表情を見せていた。しかし、

 

「友を信じるのに、何の不思議が?」

 

と、サラはにべもなかった。

 

「サラ子…」

 

逆にアンジュはサラのその言葉に嬉しそうな表情を見せる。

 

「お達者で、アンジュ」

 

そう言いながら、サラはアンジュのすぐ正面まで歩を進めた。そして、その右手を差し出す。

 

「戦いが終わった暁には、今度こそ決着をつけましょう?」

「次はカラオケ対決でね!」

 

そして二人は再会を誓ったのだった。

 

「それはそれとして…」

 

サラはコホンと一つ咳払いをするとすばやくアンジュの周囲に視線を走らせた。

 

「ご一緒ではなかったのですか?」

「シュバルツ?」

 

サラが何のことを言ってるかすぐに理解したアンジュが簡潔に尋ねる。

 

「ええ」

 

サラが頷くと、アンジュは無言である一点を指差す。そこには、相変わらず黒山の人だかり状態で群がられている中心にいるシュバルツの姿があった。

 

「まあ…!」

「…って言うか、ナオミが一緒にいる時点である程度予想できそうなもんじゃない?」

「それはそうですけど…」

 

その…まあ一言で言ってしまえばモテモテの状況を見たサラが驚きの声を上げ、次に彼女にしては珍しいことに、軽く頬を膨らませて口を尖らせた。

 

「あはは…」

 

サラの姿とシュバルツの状況に、思わずナオミも苦笑せざるを得なかった。世話人とはいえ、流石にあの状況に割って入る度胸はナオミにはなかった。

 

「気に入らないみたいね?」

 

サラのそういう姿を目ざとく見つけたアンジュが揶揄するように尋ねた。恐らく自分と同じようにわたわたと否定するかと思ったのだろうが、サラから返ってきたのは、

 

「ええ」

 

と、素直に肯定する言葉だった。

 

「え…」

 

揶揄するつもりが素直に受け入れられ、アンジュが逆に絶句してしまった。

 

「面白くありません」

 

そして立て続けに、自分の気持ちを素直に吐露したのだった。

 

「ふ、ふーん」

 

予想していなかったサラの反応にアンジュの方が歯切れが悪くなる。

 

「随分素直じゃないの」

「いけませんか?」

 

サラがアンジュに向かって振り向くと、首を傾げた。

 

「い、いけないことはないけど…」

 

そして又、アンジュが言葉に詰まった。今回に関しては終始旗色はサラが優勢である。そして、

 

「アンジュ、一つ伺いたいのですが…」

 

と、続けざまに質問をしてきた。

 

「な、何?」

「シュバルツのことなのですが、彼は向こうの世界…貴方たちの元居た世界に良い人が居るのですか?」

「はぁ!?」

 

予想もしていなかった質問にアンジュが面食らった。が、サラはそんなことに構う様子もなく、

 

「どうなのです?」

 

と、重ねて尋ねてきた。

 

「知らないわよ!」

 

サラの質問を聞いたアンジュは何故か思わずムカムカして語気も強くなっていた。

 

「て言うか、そんなこと聞いてどうするのよ。婿にでもしたいわけ?」

「ええ」

「な!」

 

あっさり頷いたサラにアンジュは又絶句してしまった。

 

「貴方には…そちらのタスク殿が居るようですからそういう対象には見えないのかもしれませんが、我々のような決まった相手のいない女なら、シュバルツを婿に迎えたいと思うのは別に不思議ではないと思いますが…」

「…あんたたちもそうなの?」

 

アンジュはサラの左右に控えているナーガとカナメにも視線を走らせた。

 

「まさか」

「我々は姫様の従者だぞ。主が想いを寄せている御仁に懸想するわけないだろう」

「じゃあ、そういう立場じゃなかったら?」

 

途端にナーガとカナメは視線を外した。しらばっくれてはいるものの、そのぎこちない表情と微かに赤くなった顔から、手に取るように答えはわかってしまった。

 

「あらあら、別に構わないのに…」

 

二人の様子の変化を見た口元を押さえるとサラはクスクスと笑った。が、すぐに表情を戻すと再び視線をシュバルツに向ける。

 

「あれほどの使い手の上、人格も申し分ないのですからそう考えるのも当然だと思いますわ。だから、良い人が居るのか知りたいと思うのは当たり前のこと。流石に、決まった相手が居るのに横から奪うわけにもいきませんものね。貴方がご存知なら良かったのですが…」

「フン!」

 

アンジュはこれ以上聞きたくないとばかりに、彼女たちに背を向けるとずかずかと歩き出した。

 

「タスク、行くわよ!」

「え? ちょ、ちょっとアンジュ!」

「ほら、早く!」

「あ、う、うわあああああ!」

 

そして、強引にタスクを引っ張るとその場を後にしたのだった。

 

「あらあら…」

 

その姿に又サラが口元に手を当ててクスクスと笑った。

 

「怒らせてしまいましたわね」

 

少しの間、二人の背中を目で追ったが、やがてアンジュたちとは別方向に向かって歩き出した。その先にいるのは勿論、シュバルツであった。

 

 

 

 

 

「では、明日の朝発つのですね」

 

パーティーが終わった後、ラミアの家でそう呟いたのは家主のラミアだった。そこにはヴィヴィアンだけでなく、アンジュ、ナオミ、タスク、シュバルツといった錚々たる面子が揃っていた。

 

「おお!」

 

その言葉に、お茶を飲んでいたヴィヴィアンが湯飲みから口を離す。そして、

 

「じゃあ、あたしも支度しなくっちゃ!」

 

と、当然のように宣言したのだった。

 

「皆どうなったか心配だし~」

「でも、ヴィヴィアン、貴方…」

 

アンジュが気遣わしげに眉を顰めてある一点に視線を向ける。それを目で追って振り返った先にヴィヴィアンが見たものは、少し寂しげな表情になっているラミアの姿だった。

 

「あ…」

 

その姿に、思わずヴィヴィアンもそれ以上何も反応することは出来なかった。

 

「…いいの?」

 

違う方向から、今度はナオミがヴィヴィアンに尋ねた。

 

「あー…うー…」

 

失念していたのだろうか、母親の姿を見たヴィヴィアンが思わず口篭る。と、

 

「……」

 

ラミアは無言で立ち上がると、奥へと引っ込んでしまった。

 

「お母さん…」

 

その後ろ姿を、ヴィヴィアンは寂しげな見つめることしか出来なかった。

 

「ヴィヴィアン…」

「あー…」

 

そんな、沈んだヴィヴィアンに何と声をかけたらいいかわからず、アンジュとナオミは気遣わしげに呟いた。タスクもどうしたらいいのかわからないといった表情になる。

そんな中、一人シュバルツだけはいつもと変わらぬ様子でお茶を嗜んでいた。と、

 

「ここでクイズです」

 

ラミアが戻ってきた。どうやらヴィヴィアンのクイズ好きは母親からの遺伝らしい。そして、

 

「これは何でしょう?」

 

と、あるものを見せて尋ねた。

 

「え?」

 

母親の意図がわからないのか、それともクイズの答えがわからないのかは定かではないが、その場に立ち上がったヴィヴィアンが頭にクエスチョンマークを浮かべる。

 

「正解は…貴方が小さかった頃の服でした」

 

対照的にラミアはそう告げると、ピンク色のその服を広げてヴィヴィアンに見せた。

 

「大きくなったわね。この服なんか全然入りきらないぐらい…」

 

自分に近づいてきたヴィヴィアンに優しい眼差しを向けながら、ラミアが感慨深げにそう呟いた。

 

「その分、たくさんの人たちと出会って、たくさんの思い出も出来たんでしょう?」

「え…う、うん」

 

ラミアの質問に、ヴィヴィアンが頷いた。と、

 

「じゃあ、帰らなくちゃ。皆のところへ」

 

当然のようにラミアがそう言ったのである。

 

「えっ!?」

 

そう言われるとは思っていなかったのか、思わずヴィヴィアンが驚きの声を上げた。

 

「お母さんなら大丈夫よ。お母さんは強いんだから!」

「お母さん…」

 

ラミアが無理から空元気を出しているのがわかったのだろう、ヴィヴィアンが気遣うように話しかけた。すると、そのままラミアはヴィヴィアンに抱きついた。その手に持っていた、ヴィヴィアンが小さい頃着ていた服がするりと滑り落ちる。

 

「…帰ってきてくれてありがとう、ミィ。貴方ともう一度会えて、本当に嬉しかった。…もう一度、お帰りって言わせてくれると嬉しいな」

「うん。絶対、ただいましに帰ってくる!」

 

ヴィヴィアンもラミアに応えるようにその身体を抱きしめた。その親子の姿を、アンジュを始めとする四人が優しい眼差しで見つめていた。

 

 

 

 

 

一夜明け、翌日の早朝。

 

「ビーベルの民、シルフィスの民、待機完了」

 

作戦に備えて次々とドラゴンが神殿前の広場に集結していた。

 

「ジエノムスの民はまだ?」

「河を渡るのに、後数刻かかるようです」

 

状況が次々と報告されていく。

 

「おぉー! ドラゴンのフルコースなりぃ!」

 

壮観な光景に、ヴィヴィアンも驚きを禁じえなかった。

 

「まさに壮観…ってやつだね」

「ホントだね」

 

タスクとナオミもそれに追随した。と、

 

「タースークーさん」

 

不意に、タスクの耳元に色っぽい声が聞こえてきた。

 

「ぞぞぞぞぞっ!」

 

悪寒に身体を震わせながら振り返ると、そこにいたのは当然というべきかゲッコーの姿だった。ゲッコーはそのままタスクに寄りかかる。

 

「もっと成人男性のお身体を観察させていただきたかったのに、残念です…」

「あ、いや、そ、そうですか…?」

「次回は是非、私と交尾の実験を…」

 

そこまで迫ったところで、不意にタスクの身体が引っ張られてゲッコーから離れた。

 

「ごめんなさいね、ドクター」

 

引っ張ったのは当然というべきかアンジュである。何故かはわからないが楽しそうに微笑んでいた。

 

「これは実験用の珍獣じゃなくて、私の騎士なの」

「ええっ!?」

 

思わずタスクが驚いていた。ハッキリとアンジュにそう言われたのは初めてだから、無理もないかもしれないが。

 

「あ…はい」

 

その、何とも言えない威圧感に、ゲッコーはらしくもなく素直に頷いてしまっていた。

 

「ヒューヒュー♪」

「言うよね~♪」

 

囃し立てるヴィヴィアンとナオミに恥ずかしくなったのか、

 

「ほら、行くわよ三人とも!」

 

それだけ告げるとさっさと歩き出してしまった。

 

「あ、ああ…」

「おー!」

「はいはい♪」

 

アンジュの後を追いかける三人。

 

「緊張感のない奴らだな。…いや、らしいといえばらしいか」

 

そんな四人を、シュピーゲルの肩に座っていたシュバルツが、仕方ないとばかりに溜め息をついて見ていたのだった。

 

 

 

「誇り高きアウラの民よ」

 

程なく戦力が整ったところで、大巫女が眼下の大舞台に向けて演説を始める。

 

「アウラという光を奪われ幾星霜。遂に、反撃のときが来た」

 

そこで、一瞬だけ言葉を切ったが又すぐに続ける。

 

「今こそエンブリヲに、我らの怒りとその力を知らしめるとき」

 

そして、天を仰ぐようにその両腕を空に向かって突き出す。

 

「我らアウラの子! 例え地に墜つるとも、この翼は折れず!」

 

そこで、広場のそこかしこから歓声が上がった。それに乗って、ヴィヴィアンもヤッホーと腕を突き上げた。

大巫女の演説で士気が上がったのを受け継ぐかのようにサラがすぐさま自分の愛機に乗り込んだ。

 

「総司令。近衛中将サラマンディーネである。全軍、出撃!」

 

勇ましい号令と共にサラの焔龍號が大空へと飛び上がった。それに続いて、各ドラゴンたちも飛び上がる。

 

「行ってきまーす!」

 

その中には当然アンジュたちの姿もあった。崖下に見送りに来たラミアへとそう言い残し、ヴィヴィアンもタスク、ナオミと三ケツして空へ舞い上がったのだった。

 

 

 

「ふ、ふふ、ふふふふふ…」

 

空に舞い上がって程なく、アンジュの通信機からタスクの気味の悪い笑い声が聞こえてきた。

 

「何!? 気持ち悪い!」

 

アンジュは率直な感想を述べる。

 

「あ、いやあ、嬉しくてさ。君が俺のことを、騎士として認めてくれたのが」

「ねえねえ!」

 

タスクが、これまた率直な気持ちを伝えたのとほぼ同時に、今度はヴィヴィアンが口を開いた。

 

「どうしたの? ヴィヴィアン」

 

ナオミが尋ねた。

 

「うん、ドラゴンさんたちが勝ったら、戦いって終わるんだっけ?」

「え、ああ…」

「そうなるでしょうね」

「そしたら、暇になるね。そしたら、どうする?」

「えっ?」

 

シンプルだが、確かに重要なことであった。

 

「あたしはねぇ、サリアたち皆をご招待するんだ! あたしんちに! ナオミは?」

「え? …うーん、まだ考えてないなぁ」

「そっか。じゃ、タスクは?」

「お、俺?」

 

すぐには出てこないのか、タスクが言いよどんだ。

 

「俺は…」

 

そして少しの間考えていたが、やがて徐に口を開く。

 

「…海辺の綺麗な街で、小さな喫茶店を開くんだ。アンジュと二人で」

 

何気なく、タスクが自分の夢を語り始めた。

 

「店の名前は、“天使の喫茶店アンジュ”。人気メニューは海蛇のスープ。二階は自宅で、子供は四人「ヴィヴィアン、突き落としていいわよ」」

「おう、合点!」

 

ヴィヴィアンがすぐさまタスクの襟首を掴んだ。

 

「あ! いや! そうじゃなくて!」

 

危機感を覚えたタスクが慌てて口を噤む。そのやりとりに、ナオミが楽しそうにクスクスと笑っていた。

 

「…穏やかな日々が来ればいい。ただ、そう思ってるだけさ」

「そうだね」

 

タスクの真面目な答えに、笑っていたナオミも真面目にタスクの意見に賛同したのだった。

 

「じゃあ、アンジュは?」

 

タスクとナオミに挟まれた形のヴィヴィアンが尋ねる。

 

「私は…」

 

確たる返答が浮かばないのか、今度はアンジュが言いよどんだ。と、

 

『特異点、解放!』

 

通信が入ってきて、特異点…シンギュラーがその口を開けた。

 

「おぉー! 開いた!」

 

その光景を見た率直な感想をヴィヴィアンが漏らす。

 

『全軍、我に続け!』

 

勇ましい号令と共にサラが口を開けた特異点に突っ込む。そして、それに従うかのようにドラゴンの軍勢も次々にシンギュラーへと突っ込んでいった。

 

(悪くないかもね。喫茶、アンジュ)

 

その光景を目の当たりにしながら、先程タスクが言っていたことに対して満更でもない感想を抱くアンジュ。そしてスピードを上げると、ドラゴンたちと一緒に特異点…シンギュラーを潜り抜けたのだった。

 

 

 

「ここは…」

 

今までとは様変わりした周囲の光景にアンジュが思わず呟いた。と、

 

「ここでクイズです!」

 

ヴィヴィアンが人差し指を立ててお得意のクイズを出す。

 

「ここは一体、何処でしょうか?」

 

そうすると、ヴィヴィアンがクンクンと鼻をヒクヒクさせた。そして、

 

「正解は、あたしたちの風、海、空でしたー!」

 

他者の解答を待つまでもなく、自分で正解を言ったのだった。

 

「…何だろ、何か懐かしい匂いがする」

 

それに同意するかのように、ナオミも呟いた。

 

「戻ってきた…戻ってきたのね!」

 

アンジュもまた、その事実に喜びの表情を浮かべたのだった。


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