今回は前々回の話の裏側になります。
対竜巻のときのシュバルツの行動ですね。
そして今回、一つの大きなターニングポイントを迎えます。
では、どうぞ。
「さて…」
とある大きな施設の中、そこでシュバルツが一言呟いた。
「始めるか」
そう続け、目の前にある機械を起動させていく。火の入った機械は独特の機械音を上げながら、自分の仕事を遂行し始めた。数多くのチューブやケーブルがそこかしこに縦横無尽に張り巡らされ、それらは全てあるものに接続されている。
それら接続器具の終着点にあるもの。それはシュバルツの相棒であり半身であるガンダムシュピーゲルであった。
「……」
厳しい表情で、モニターを流れていくデータに目を通し続けていくシュバルツ。そう、彼は今、ようやく自身の大きな目的の一つであるシュピーゲルの調査にかかり始めることが出来たのだった。
始まりは、昨日のことだった。
アンジュたちとの再会を果たした後サラに呼び止められ、シュピーゲルの調査に使用してもいい施設を宛がわれたのだ。そのことにシュバルツは深く感謝すると、ようやく夜が白み始めた頃に起床して、すぐに宛がわれた施設へとシュピーゲルともども移動し、調査のための準備を今までしていたのだった。そしてようやく、調査が始まったのである。
だからこそ、アンジュが目を覚ましたときにはもうシュバルツの姿はなかったのだ。
「……」
モニターを流れていくデータに、シュバルツは神経を集中させていった。そして気になるところがあったら止め、調査していく。それが解決するか、未解決ながらもある程度自分で、自分なりの納得のいく答えを手に入れることが出来たら又進めていく。
それを繰り返すことによって、少しずつ少しずつ、このシュピーゲルがどういうものかというのを探っていく。そして、どれぐらい経っただろうか。シュバルツは不意に空腹を覚えた。
「む」
施設に据え付けられている時計に目をやると、調査を始めてからもう結構な時間が経っている。もう少しで正午になろうとしている時間だった。
「ふむ、丁度いいか」
ある程度の成果を得たところで機械を止めると、シュバルツは施設を出た。そして、あらかじめ用意しておいた昼食を日の光の下で食べる。
「……」
一人しかいないので当然黙々と食事をするだけなのだが、それでもシュバルツは十分に今の状況を楽しんでいた。何故なら、ここでは向こうの世界では中々お目にかかれなかった天然の自然に包まれてるからだ。
日の光を浴び、風の薙ぎを受け、草の匂いを嗅ぎながらとる食事は、冷めていても格段に美味く感じた。アルゼナルも自然環境的にはまあまあよかったのだが、いかんせんあそこは“戦場”であるため、戦闘によって自然が削がれたり、無粋な兵器などが目に付くこともあって今一つ興醒めするものであったのも又事実だった。
そこへいくと、ここは本当に天然の自然が楽しめる。これが、世界的な大戦による大幅な人口の減少と、それを悔いた人類による地道な再生の賜物だというのはなんとも皮肉なものだったが。
だがよくよく考えれば、デビルガンダム…アルティメットガンダムの製造目的はそもそも地球環境の再生のためのものだった。それを考えると、この世界は本来ならばアルティメットガンダムが果たす役割を成している最中の姿だともいえる。まさか何の縁もゆかりもないこの世界で、自分たちの研究の結果を見せられることになるとは重ねて皮肉なものであった。
「ふっ…」
今更いくら考えてもどうにもならないのにやっぱり考えてしまう自分の性分を度し難いなと思いながら、シュバルツは昼食を食べ終えた。そしてそれを片付けると、立ち上がって軽く伸びをする。
「このまま戻ってすぐに再開してもいいが…」
腹ごなしに少し町並みを歩くのも悪くない。そう考えたシュバルツはゆっくりと周辺を散策することにした。ドラゴンの女性たちに囲まれ、ヴィヴィアンと少し話をしたのもこのときのことである。
「少し時間を取りすぎたか…」
ヴィヴィアンと別れ、施設に戻ってきたシュバルツがボヤいた。少し街並みを散策するだけだったのだが、予想以上に時間を取ってしまっていた。
己の認識の甘さに少々呆れながら、手早く調査を再開させる。とはいえ、やることは午前中となんら変わりない。抽出したデータを読みながら、気になった部分があったら一時停止させてその部分を詳しく調査していく。そうしてこのシュピーゲルがどういうものなのかを丹念に白日の下に晒していく。
こうして、神経の磨り減るような作業はまだ暫く続いたのだった。
「ふぅ…」
再開してからどれだけ経っただろうか、シュバルツが大きく息を吐いた。そして、
「終わった。一応だがな…」
調査を終えたのだった。流石に完全に…というわけにはいかなかったが、それでもあらかたこのシュピーゲルがどういうものかというのは知ることができた。そして、それについての率直な感想。
「…有り得るのか? こんなことが」
色々と思うところはあるが、それが一番端的で素直な感想だった。
「…いや、『有り得るのか?』ではない。現実にここにあるのだ。ならば私に出来るのは、それを素直に受け入れるだけだ」
シュバルツはそう思い直す。結論から言えば、この機体を構成しているのはDG細胞ではない。DG細胞の元となったもの…そう、UG細胞だった。
何故DG細胞だったものが元のUG細胞に戻ったのか。あくまでも推論でしかないが、アルティメットガンダムがデビルガンダムと化したときのことを思い出し、シュバルツはそれを今回の事例に当てはめてみた。
アルティメットガンダムがデビルガンダムへと変貌を遂げたのは、地球に逃れたときの落下の際の衝撃でプログラムが狂ってしまったのが原因だった。それに倣うとするのならば、DG細胞で構成されたはずのガンダムシュピーゲルの構成因子がUG細胞に戻ったのは、同じようなことが起きたから…つまり、物理的な落下の衝撃などではなくそのもう一段階も二段階も上の事象…時間と空間を越えてこの世界に墜ちてきたときの衝撃でデビルガンダムと化したアルティメットガンダムが、再びアルティメットガンダムに戻った。シュバルツはそう結論付けるのが一番妥当な気がしていた。
無論、唯の一推論であるとはいえ暴論であることは百も承知だし、都合が良すぎるのも確かである。しかし実際、全ての有機体、構成物を支配下に置いて感染者を意のままに操るあのDG細胞の恐ろしい特性に関しては確認できなかった。念のため何度か繰り返し調査したのだが、それでもその特性は確認できなかったのである。
故に、デビルガンダムが元に戻ったと考えるのが一番理に適うものだった。つまりこの機体は、ガンダムシュピーゲルの姿をしたアルティメットガンダム…言うなれば、
「アルティメット・シュピーゲル…」
思わずシュバルツが呟いたが、確かにそう命名するのが一番妥当と言えるものだったのだ。そして調査の結果得ることが出来た、新しい事実。
大分前から知っていた三大理論の増減の他に、どうやらこの機体…アルティメット・シュピーゲルは、自身を構成する部品の一つ…わかりやすく細胞という言葉に置き換えるが…に三大理論を集約させることが出来るようだった。そしてそれを、有機体、無機体に関わらず他者に移植させることが出来るらしい。その結果、移植された他者は三大理論の力を得ることが出来るようだった。但し、移植という行為ゆえか、オリジナルよりはその力は劣ることになるが。
加えて、DG細胞ではなくUG細胞であるため意識を乗っ取られたり支配下に置かれることなく、逆に自分の意志で己自身を強化…再生し、増殖して、進化させるという真似ができるようだった。
もっとも、そんなことが出来るもそのことを知っていればの話に過ぎない。この事実を知っているのはシュバルツだけで、シュバルツ自身も他の人間に他言する気持ちはさらさら無いので、他者が知りえることは永久にないだろう。仕組みを知らなければせいぜい細胞を活性化させて増殖させ、傷を超回復させるぐらいのものだろう。
ただ、その弊害というわけではないだろうが、何故だかわからないがそうやって他者に三大理論を集約させたUG細胞を移植すると、元々の母体であるアルティメット・シュピーゲルの三大理論の機能は失われてしまうようだった。そんな便利な機能はホイホイ使えないということだろうか? それはわからない。文字通り、神のみぞ知るということなのだろう。
そして三大理論に話を戻すと、シュピーゲルにもある変化…進化が起こっていた。それは、空を飛べるようになっているというものであった。
単発的、短距離航続ならばモビルファイターも飛行が出来るがそういうものではなく、このシュピーゲルは永続的、長距離の航続が可能になっていた。エネルギーの消費は当然するのだが、それも三大理論…おそらくこれは自己増殖にあたる部分だと思うが、それによって恐ろしくエネルギー効率のいい飛行・航続が可能になっていたのであった。このことは以前、自己増殖をフルにしたときにエネルギーや武器弾薬が減っていないことに繋がるのだろう。とにもかくにも、考えようによってはデビルガンダムより余程恐ろしい機体となっているのが今回の調査でわかった。
再生し、増殖し、進化するといった三大理論の特性は当然残り、しかも一段と強化されているというとんでもない機体になっていたのである。
だが、どれだけの機能を持った機体でも、とどのつまりは一つの道具に過ぎない。大事なのはそれをどう使うかであり、そして誰が使うかということであった。
そしてこの機体の操者はシュバルツ=ブルーダー…開発者の助手であるキョウジの意思を持つ人物…いや、融合した以上はキョウジそのものと言っても過言ではない。本来のアルティメットガンダムの使用方法・目的を知っている者である以上、使い方を誤ることはないであろう。
(何の因果か、今はまだ闘いの渦中に身を置いている。だが、全てが終わった後ならば、この機体を本来の目的のために使用することも可能になるだろう。おあつらえむきというべきか、アルゼナルのあった世界はともかくとして、こっちの世界はまさに自然環境の再生中なのだ。ならば、事成った暁には存分に本来の目的のために使用するのもよかろう)
サラたちの許可を取る必要があるがな。心中でシュバルツはそう付け足した。
とにもかくにも、取り敢えずの調査は終わったのだ。まだ解明できていない面もあるが、それでもこのシュピーゲルがどういったものなのかは大方把握することができた。そして、把握できた大方のことだけでも、十分な成果といえるものだった。
「…闘いはまだ続くだろう」
誰に聞かせるでもなく、シュバルツが呟いた。或いは自分自身に言い聞かせているのかもしれない。
「お前が真の役割を果たすのは、まだ先になるかもしれん。だが、その日のためにもう暫く私にその力を貸してくれ」
「頼んだぞ、ガンダムシュピーゲル。…いや」
そこで一度区切った。そして、
「アルティメット・シュピーゲルよ」
今のシュピーゲルに相応しい名で呼びかけた。こうしてガンダムシュピーゲルはこの瞬間、シュバルツの中ではアルティメット・シュピーゲルというものに認識されたのだった。と、
「? 何だ?」
不意に、施設内に衝撃が走った。
「地震か?」
一瞬そう思ったのだが、それに反比例するかのように振動は収まらず、徐々に強くなっていく。
「何かあったのか?」
妙な胸騒ぎを覚え、シュバルツは施設から出て外の様子を確認しに行ったのだった。
「! あれは!」
そこで目にしたもの。それは、エンブリヲが時空融合の実験の過程で創ったあの竜巻だった。プラズマを纏った巨大な竜巻が、猛威を奮いながら徐々に周囲を浸食していくのを遥か彼方に確認することが出来た。だがそれよりも、
「!!!」
シュバルツが度肝を抜かれたのはその竜巻に飲み込まれた人々であった。吹き飛ばされるとか風圧で周囲に叩きつけられるといった被害にあうわけではなく、何と瓦礫や石に埋め込まれていったのである。普通の竜巻ならば、どう考えてもこんな死因に結びつくわけはなかった。
「何だ、あの竜巻は一体…」
少しの間呆然としていたシュバルツだったが、そうしている間にもその目には竜巻に飲み込まれ、瓦礫と一体化していく人々の姿が入り込んできていた。
「! いかん!」
目に映る惨状を見過ごすことなど出来るわけもなく、シュバルツは考えるのも早々に走り出した。自分が出来ることなど高が知れているが、それでも黙って見過ごすことなど出来なかったのである。
「ッ!」
逸る心を抑えながら、一人でも多くの被害者を救うべく、シュバルツは竜巻に向かったのだった。ガンダムファイターの脚力を十二分に披露して真っ直ぐ竜巻の近辺に辿り着いたシュバルツは、すぐに周囲に視線を走らせる。
初動が早かったせいかこの近辺には殆ど人影は見当たらなかったが、それでもちらほらと逃げ遅れた人影は窺えたのだった。そんな中、足がもつれて倒れてしまった女性が目に入った。
「た、助けてーっ!」
「っ!」
悲鳴に反応してシュバルツが走り出した。そして間一髪、竜巻に飲み込まれる寸前のところで彼女の手を取ると強引に引っ張る。そして彼女を自分の胸の中に収めると、いつものように瞬時に移動して距離を取った。
「大丈夫か?」
「え、は、はい…」
生命拾いした安堵感からか、それとも何が起こったかわからないからか、女性はぼおっとした様子でたどたどしく答えただけだった。
女性の様子が気になるものの、とりあえず無事と思われるその様子にシュバルツは彼女を丁寧に地面に降ろした。
「立てるな?」
「は、はい」
「結構。すぐに走って逃げろ」
「は、はい。あ、あの…」
女性が何か言いたそうだったが又近くから悲鳴が聞こえ、シュバルツはそちらに首を向けた。
「いいな、すぐに走って逃げろ!」
そう強く念を押すと、シュバルツはすぐさま先程の悲鳴が聞こえた方向へと走り出した。女性は少しの間その後ろ姿を見送っていたが、目の前に迫ってきている竜巻の姿にさあっと顔色を青くすると、慌てて立ち上がって走り出したのだった。
女性を助けたシュバルツは、その後も引き続き瓦礫の街を駆け抜けながら救助活動に勤しんでいた。だが、いくら超人的な力を持つガンダムファイターでも神であるわけはなく、間に合わなかった者や、誰かを助けている最中に犠牲になった者などを数多く目にすることになってしまった。
その度に自責の念に駆られもするが、それに浸っていられるほど現状は生易しいものではない。そうしている間にも竜巻はどんどんと大きくなりながら周囲を侵食しているからだ。そのため、少しでも多くの生命を助けるため、シュバルツは心を鬼にして瓦礫の街を駆けずり回っていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
どれぐらいの時間が経ったであろうか、シュバルツは肩で息をしていた。作業が作業なため、流石に超人的な力を持つガンダムファイターであっても疲労が蓄積されていた。しかも、竜巻は一向に消滅する気配を見せない。
「どうすれば…」
珍しく弱音を吐いたシュバルツだったが、その視界の端にあるものを捉えた。慌てて首を向けるとそこには予想通り、アンジュ・サラ・タスクの機体があったのだった。
「! 来たか!」
その姿を見止めるとシュバルツは大きく舵を切って走り出した。その途中、瓦礫の下敷きになっていたヴィヴィアンの母親を助け、その他にも目に付いた助けを求める女性たちを助けながら、シュバルツは目的地に辿り着く。
そこは当然、シュピーゲルを調査していた施設だった。幸いにも竜巻の発生地から離れていたために、シュピーゲルはいまだ無傷で頼もしげにその威容を放っていた。シュバルツは急いでシュピーゲルに乗り込むと火を入れる。すると、アンジュとサラの通信のやり取りが流れ込んできたのだった。
『どうするのよサラマンリキ! 退くの!?』
『それはできません! 退いたところであれが自然消滅してくれるわけはないですし、放っておけばさらに被害は拡大します! 援軍はこちらに向かっているのですが…』
『そんな悠長なこと言ってる場合!?』
『わかってます! 私だって出来ることならどうにかしたい!』
『だったらやっぱり、私たちがあれをブチ込むしか!』
『しかしそれでは、先程も言った通り威力が強すぎて神殿をはじめ都までも消滅してしまいます! それでは「いや、その手で行こう!」』
シュピーゲルを操って施設から外に出たシュバルツが通信に割り込んだ。
『シュバルツ!』
『何処行ってたのよ、全く!』
「すまん! だが、話は後だ!」
両者の、叱責とも歓喜ともつかない通信に謝罪しながら会話を続ける。
「サラ、お前とアンジュのあの両肩から放たれる砲撃なら、この竜巻を吹き飛ばせるのだな!?」
『え、ええ。でも、貴方が聞いていたのかはわかりませんが、それでは神殿をはじめとする都までも吹き飛ばしてしまうのです! ですから…』
「心配いらん、それは私が何とかする!」
『し、しかし『オッケー!』アンジュ!?』
サラが逡巡しようとした様子を見せたところで、アンジュがそれを遮って通信に割り込んできた。
『時間がないわ、すぐやるわよ!』
「承知した!」
そこで通信が切れる。詳細な説明を要せずとも阿吽の呼吸だったのは、流石に付き合いの長さからだろう。
(だが、こういう状況下では助かる!)
何しろ一分一秒を争うのだ。話が早いに越したことは無かった。シュバルツはそのまま、竜巻を挟んでアンジュとサラの対角線上の、人工物のないエリアに移動した。後ろを見てみると、確かに神殿や都がその背後にはあった。
その神殿内や広場では、避難に集まった民衆たちが祈るような縋るような目で漆黒の機体の背中を見つめている。それは、神殿内の大巫女たちも一緒だった。
「大巫女様!」
大広間にいつものように鎮座しているうちの一人が仰ぎ見るように振り返った。
「あやつ…一体どうするつもりじゃ?」
先程の通信は彼女たちも傍受していたのか、シュバルツを怪訝な表情で見ている。
「ここは危険です、御身だけでも脱出を!」
他の一人がそう促す。が、
「よい」
大巫女はそう言って断った。
「民を見捨てて一人だけ逃げるなどという恥知らずな真似ができるか」
「し、しかし!」
「それに、もう間に合わん」
『えっ?』
何人かの声が重なったのと、焔龍號とヴィルキスから収斂時空砲とディスコード・フェイザーが発射されたのはほぼ同時だった。
「来たか!」
一瞬たりとも気を抜くことなくシュバルツは推移を見守っていた。何せタイミングを外したら後ろに控えているだろう民衆は収斂時空砲とディスコード・フェイザーの餌食になってしまう。ミスは絶対に許されなかった。
そうこうしている間に、二門の連弾は竜巻を徐々に圧し始める。そして程なく、竜巻を跡形も無く消し去った。が、サラの危惧したとおり、連弾のため威力は相殺しきれず減免されたとはいえ、いまだ凶暴な力を持った二つの猛威がその背後…神殿や都に襲い掛かった。
「今だ!」
シュバルツはシュピーゲルブレードを展開させると両手を開き、高速回転して己自身を竜巻へと変貌させる。そう、彼の必殺技であるシュトゥルム・ウント・ドランクを放ったのである。
漆黒の竜巻は空へと舞い上がり、収斂時空砲とディスコード・フェイザーの連弾を見事に受け止めた。
「おお!」
その光景に、思わず大巫女がらしくない歓声を上げた。しかしそれは何も大巫女だけではなく、大広間でもそこかしこから同じような歓声が上がり、神殿や広場に避難してきた民衆たちも歓喜の声を上げていた。
が、コックピット内部では、
「くうっ!」
シュバルツが、珍しく苦痛に顔を歪めていた。
「いくら二門同時とはいえ、あの竜巻でいくらか相殺され、威力が減免されてこれか!」
彼女たちの機体の力を見誤ったのだろうか、今は何とか耐えているものの、このままでは耐えられないのがシュバルツには明白に理解できてしまった。
それを裏付けるかのように、シュトゥルム・ウント・ドランクを展開しているシュピーゲルが弾き飛ばされそうになった。そんなシュバルツを励ますように、避難してきた民衆たちが口々に頑張れー! と、シュバルツを応援する。
「ならば!」
それが聞こえたわけではないだろうが、シュバルツはシュトゥルム・ウント・ドランクを展開させながら目を閉じた。そして、意識を急激に落ち着かせていく。その脳裏には、あるビジョンが浮かんでいた。
それは、水が水面を打つ場面だった。意識を集中させるのに比例して水面を打つ水のスピードはどんどん遅くなり、そして、
「! 見えた!」
水ではなく水を構成する水滴の一つ一つが水面を打つまでにその動きが落ちた。
「見えたぞ! 水の一滴!」
イメージの中でその水の一滴一つ一つに手刀を直撃させることが出来るようになった。その瞬間、目を開いたシュバルツはそれを合図としたかのようにその身ごとガンダムシュピーゲルを金色に染めていく。
「うおおおおおおっ!」
そして、漆黒から金色に変化した竜巻…シュトゥルム・ウント・ドランクが収斂時空砲とディスコード・フェイザーの連弾を押し返していき、接触点を中心に目映い光が辺りを覆い始めた。
「はああああああっ!」
光の中、シュバルツが収斂時空砲とディスコード・フェイザーを押し返す。
「はあっ!」
そして光が止んだときには収斂時空砲とディスコード・フェイザーの連弾は跡形も無く消え、シュピーゲルはシュトゥルム・ウント・ドランクを解除していたのであった。
「た…すかったの…?」
大広間に詰めている面々の誰かが声を上げた。
「そのようじゃの」
そして、それに答えたのは大巫女だった。
「すぐに神殿、都、民衆の被害を調べよ」
『は、はいっ!』
傍仕えの者が数人走っていく。そんな中、大広間では安堵の溜め息や歓喜の声が上がっていた。
「ふぅ…」
大巫女が疲れたように溜め息をついた。
「借りが出来てしまったな」
そう呟いて、視線を走らせる。その先にあったのは、地に膝を着いているガンダムシュピーゲルの姿だった。
「防ぎきったか…」
一方、シュピーゲルのコクピット内部ではシュバルツがシュピーゲルと同じように地に膝を着けていた。
「くッ!」
そして痛みに顔を歪める。切り札のあの力を使ったものの、所々に損傷が見られる。操縦系統がモビルトレースシステムゆえ、その損傷部のダメージが痛みとして自身に降りかかって来た。
が、それも一瞬のこと。シュピーゲルは見る見るうちにその傷を再生させていく。損傷が損傷だけに少々時間がかかったが、それでも驚異的な短時間でその身の修復を終えたのだった。
「ふぅ…」
やがて、出撃前と変わらない姿に戻ったシュピーゲルと共に、シュバルツは神殿前の広場…この世界に連れられてきたときに最初に姿を現した場所へと戻る。そして電源を切ると、一息ついたのだった。
最後はゴタゴタに巻き込まれたものの、考えてみれば収穫の多い一日だった。何せ、このシュピーゲルがどういうものかわかったのだ。
完全に解明というわけではないのだろうが、それでもあらかたどういうものかを把握できたのは大きな収穫だった。シュバルツの大きな目的の一つなのだから、尚更である。
「良くもってくれたな、シュピーゲル」
コクピット内で機体内部を触りながら思わずシュバルツが呟いた。
「まだ暫くは闘いの日々だ。せめてそれが終わるまでは、その力を貸してくれ」
三大理論が搭載されている機体なのだから、実質、完全に破壊し切ることは不可能に近い。だが、油断は禁物である。何せ敵は“神様”なのだ。こちらの理解の範疇を超えた手段で対抗してくることだって十分考えられる。そう思えば、油断できるような相手ではなかった。しかし今は…
「……」
表情を引き締めると、シュバルツはコックピットを開いた。と、次の瞬間、大きな歓声が辺りに響き渡る。
「なっ!」
何事かと驚いたシュバルツの目の前には、神殿に避難してきたり、神殿の近くに住んでいる女性たちが大勢詰め掛けていた。そう、自分たちを救ってくれた救世主を出迎えていたのである。
「これは…」
その光景に、思わずシュバルツも絶句する。電源を切ってから少ししか経っていないが、その少しの間にこれほど人が集まっているとは思わなかったのだ。そして次に、シュバルツはこの状況をどうしようかと考える。
流石にシュバルツも、こんな状況下で地上に降りる気はなかった。降りたら最後、どんなことになるかは簡単に予想がつくからである。行儀がいいのか礼節をわきまえているのかはわからないが、機体によじ登ってくる人影こそ無い。とはいえ、いつまでもこうしているわけにはいかなかった。
「よし」
シュバルツは呟くと、コックピットを閉めると同時にジャンプしてシュピーゲルの右肩に乗った。その行動があまりにも一瞬だったため、女性たちはシュバルツを見失ってしまった。
そしてそのまま、シュバルツはジャンプを繰り返して広場から少し離れた場所に降りると、そのままある方向へと走り出した。目指す目的地は、先程ヴィヴィアンの母親を助けたあの場所である。恐らくは皆あの近辺にいるだろうと予想しての行動だった。
そんな行動を取ったのは勿論連中の安否を確認したいからというのともう一つ、
(流石にあの数は相手に出来ん)
これだった。要するに、逃げたのである。
(すまんな、勘弁してくれ)
心の中で何の意味もない謝罪を彼女たちに向けると、シュバルツはそのまま広場から距離を置いたのだった。文字通り逃げるように。