前回の続きですが、今回は久しぶりの幕間回です。
で、今回の主役ですが現在の舞台が真なる地球ということで当然彼女ですね。
では、どうぞ。
シュバルツがアンジュたちと再会した夜、神殿の前の広場において幻想的な祭りが繰り広げられていた。
「殺戮と試練の中、この娘を、彼岸より連れ戻してくれたことを感謝いたします」
サラマンディーネ…サラがそう口上を謳い上げる。そして、両手に持っていた紙か何かで出来た灯篭のようなものから手を離した。すると、どういう原理かはわからないが、たちどころにその灯篭のようなものが浮かび上がって空に吸い込まれていく。
「アウラよ」
両手を広げるようにして始祖の名を空に向けて紡ぐと、同じように祭りに参加している民衆からもアウラよ、と一斉に声が上がった。
「……」
その光景を、少し離れたところにあるガンダムシュピーゲルの上からシュバルツが見ていた。どうにも感じ入るところがあるのは、ここがかつては日本であり、そして彼自身がネオジャパン出身だからだろうか。そのまま視線を落として地上に目を向けると、穏やかな表情のこちらの世界の人々の姿が目に入る。
そんな中、アンジュとタスクの姿もその目に入ってきた。何を喋っているのか、ここからではわかるわけもないのだが、その姿に思わず微笑んでしまう。
「フッ」
そしてそのまま、視線をまた広場に向ける。すると又、こちらの世界では数少ない顔見知りの姿が目に入った。
(ヴィヴィアン…)
母と共にいる彼女、ヴィヴィアンの姿に、先程再会したときのことが思い出された。
『サラマンディーネ様』
アンジュたちとの話し合いが一段落着いた後の夕食を待っている間、不意に、引き戸の向こうからサラを呼ぶ声がしてきた。
『何か?』
部屋の中にいるサラが振り返って引き戸の方に向かって尋ねる。
『例の方をお連れしました』
『そう。処置が終わったのね。お通ししなさい』
『は』
そして引き戸がゆっくりと開き、部屋に入ってきたのは、
『やっほ♪』
いつもと変わらないヴィヴィアンの姿だった。
『ヴィヴィアン!』
その姿にアンジュが驚きの声を上げ、
『もう大丈夫なのかい!?』
タスクも身体を気遣うような言葉をかけた。
『うん、もうすっかり大丈…』
夫、と続けたかったのだろうが、ヴィヴィアンは部屋の中にいた面々の…正確に言えばそこにいた二人の顔を見て固まってしまった。
『あ! あ! あああーっ!』
その体格からは信じられないような大声を上げて、彼女にしてはらしくなくおっかなびっくりといった感じでフルフルと腕を上げて、その二人を指差した。
『な、ナオミ! それに、シュバルツ!』
『久しぶり、ヴィヴィアン』
『変わりなさそうだな、何よりだ』
『あはっ!』
少しの間呆けたように固まっていたヴィヴィアンだったが、すぐに再起動すると二人に向かって走り出した。そして、両腕で二人の首許に抱きつく。
『生きて、生きてたんだね! シュバルツも、ナオミも!』
『ええ』
『ああ』
『良かったぁ♪』
大げさでなく、ヴィヴィアンは涙を流して二人との再会を喜んでいた。そしてガバッと顔を上げると、まずはナオミに視線を向ける。
『何で、何で連絡してくれなかったんだよ~』
べそをかきながら、ヴィヴィアンはナオミを問い詰めた。もっとも、威厳も何もない可愛い尋問でしかなかったが。
『ごめんね。通信手段はあったけど、通信が繋がるような環境じゃなかったから』
『? どゆこと?』
『少し長くなるから、その辺りは又後でね』
『ん、わかった』
そして今度はその視線をシュバルツへと向けた。
『……』
そして恐る恐る片手を伸ばすと、シュバルツの頬をむにっと抓んだのだった。
『!』
周囲の面々がその行為に驚いて固まってしまう中、当のシュバルツは意に介した様子もなかった。
『どうした? ヴィヴィアン』
頬を抓まれているために少しいつもとは違った声色でシュバルツが尋ねた。
『ホントにシュバルツ?』
そうしながら、ヴィヴィアンはもう一方の手を伸ばすと今度はシュバルツの頬をぺたぺたと撫でたのだった。
『ああ』
『ほ、ホントにホント!?』
『無論だ。故に、そろそろ手を離してくれるとありがたいのだが』
『! ご、ゴメン!』
遠慮会釈なく顔を触っていることを注意され、慌ててヴィヴィアンが手を離した。が、
『う…』
すぐに顔をくしゃっと崩す。そして、
『うえええええ…』
首筋に抱きつくと、いつも元気で明るいヴィヴィアンらしくなく涙を流して泣き始めたのだった。
『ヴィヴィアン!?』
『貴方…』
思わずナオミが驚く。付き合いはそれなりに長いといっても、泣き顔など見たことはなかったからだ。ナオミより付き合いは短いとはいえ、今まで一緒にいたアンジュもヴィヴィアンの泣き顔に同じように驚いていた。
『どうした? お前らしくもない』
シュバルツも、表現こそナオミやアンジュとは違って平静だが驚きを隠せないでいた。
『あーん、シュバルツが生きてたー。良かったよぉ…』
ヴィヴィアンはしゃくりあげながらも何とかそう伝えると、ヒックヒックと泣き続けたのだった。
『……すまん』
その姿にシュバルツはこれ以上何も言えなくなり、背中をポンポンと優しく叩いてヴィヴィアンの気が済むまで好きにさせることしか出来なかった。
当事者がそうなのだからそれ以外の面々はどうすることも出来ず、シュバルツと同じようにヴィヴィアンの気が済むのを待つことにしたのだった。
『ゴメンね』
少し後、ヴィヴィアンがシュバルツから離れた。大泣きしていたから収まるまでは大分時間がかかるかと思われたが、そうならなかったのは流石は歴戦のメイルライダーだからだろうか。
『いや…』
シュバルツもそうとしか言えず、首を軽く左右に振って、
『これは、向こうに戻ったら覚悟しておかなくてはならんかな?』
と、軽口を叩いて雰囲気を和らげることしかできなかった。
『そうね』
アンジュがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。
『生き残った隊員たちに責められて泣かれて殴られるぐらいは覚悟しなさい』
『手厳しいな…』
『自業自得よ。貴方がいなくなったことで、どれだけ皆が酷い状態になったか想像できるの、シュバルツ?』
『それは確かに申し訳ないが、元を糺せば…』
そしてシュバルツはサラたちへと視線を向けた。
『わ、私たちですか!?』
サラが面食らった表情になる。
『違うか?』
『いえ、違いはしませんけど…私たちだって必要だからこそ貴方をこちらにお連れしたのですから…』
『ならば、責任の半分は取ってもらおうか』
『え!?』
冷や汗を掻いてサラが固まってしまった。
『ふふふ、本気にするな。冗談だ』
『…は、はぁーっ……』
固まっていたサラが大きな息を吐いて再起動する。
『もう、冗談が過ぎますわ』
『ならば、本気だったら良かったか?』
サラと、少し後ろにいるナーガとカナメが揃ってぶんぶんと首を左右に振った。
(本当は冗談ではないのだがな)
サラたちをあしらいながらも、シュバルツは内心ではそう思っていた。互いの事情を交換し、手を結ぶことを選んだとはいえ、先程のサラたちの襲撃で死んだ隊員たちにとっては関係のない話である。
彼女たちの無念を思えば、シュバルツの心中に全くドス黒い感情がないわけはない。サラたちの怨敵とアルゼナルを躍らせていた者が同じだから納得はしてはいるが、それでもこれぐらいの意趣返しは許されるだろうと思っていた。
(度し難いものだな、我ながら…)
そういう感情を抱くのが正しいのか間違っているのか未だわからないまま、話を戻す。
『それよりヴィヴィアン』
『んー?』
いつの間にかアンジュの横に腰を下ろしたヴィヴィアンが、いつもの調子に戻って首を捻った。
『お前、どうやってドラゴンから戻ったのだ?』
『あ、そ、そうよ! 一体どうやって?』
アンジュも言われるまで忘れていたのだろうか、ヴィヴィアンに詰め寄る。引き離された後、禄に会うことも出来ずにようやく再開したのがこの場なのだ。その間に、ヴィヴィアンはドラゴンの姿からいつもの少女の姿に戻っていた。ならばその間、何かあったと考えるのは当然のことだった。
『んっとそれはねー…』
人差し指で顎を支えながら、答えを言おうとする。が、
『…あれ? 何だっけ?』
…答えを忘れてしまったようだった。しかし代わりに、
『D型遺伝子の制御因子を調整したのでしょう?』
思わぬ方向から答えが返ってきたのだった。
『あー! そうそう、それ!』
予想外の方向からの回答に、ヴィヴィアンがぽんと手を叩いて頻りに頷いた。
『知っていたのか、サラ?』
『ええ』
その回答を発した人物…サラがシュバルツの言葉に大きく頷く。
『ゲッコーがそういった処置をするといってましたから』
『成る程。ドクターがそう言っていたのなら間違いないな』
シュバルツが頷いたところで、
『ねえ』
アンジュが面白くなさそうな表情で尋ねてきた。蚊帳の外に置かれたのが不満なのだろうか。
『ん?』
『ゲッコーって誰?』
『ここのドクターだ。向こうで言うところのマギーみたいな存在だな』
『先程、貴方たちも会っていますよ』
『え?』
思いもよらない言葉にアンジュが首を傾げた。
『先程彼女を麻酔で眠らせたとき、近づいてきた者の中に白い服の女性がいたでしょう? 彼女がゲッコーです』
『…ああ』
それを聞いてようやく思い当たったのか、アンジュが二・三度頷いた。
『あの女か』
言い回しがキツイなと思ったシュバルツだが、そこを突っ込むとまた話が長くなりそうなので避けた。
『さて…では…』
今度はサラが口を開いた。コホンと一つ咳払いをすると、徐に立ち上がる。
『少々、この場でお待ちいただけますか?』
全員に向けての言葉だろうが、代表して顔を向けたのはやはりシュバルツだった。
『構わないが…どうした?』
シュバルツが尋ねる。
『ええ、そちらの彼女に紹介したい人がいまして』
手を向けられたヴィヴィアンが、ほぇ? と呟きながら自分で自分を指差した。
『わかった』
そういうことならとシュバルツが了承する。
『申し訳ありません。恐らく、夕餉の少し前には戻るかと…』
『ん』
シュバルツが頷いた。
『私も行こうか?』
思わずナオミが手を上げて発言する。
『いえ。せっかくの再会なのですから、久しぶりに旧交を温めていて構いませんよ』
『あ、そう?』
そう言われ、ナオミもすんなりと引き下がった。サラたちが何かするような連中でないのは良くわかっていたし、確かにヴィヴィアンとは話したいことも一杯あったからだ。
『では』
それだけ言い残すと、サラはナーガとカナメを引き連れ、軽くお辞儀をすると部屋を出て行ったのだ。
『ホント、久しぶりだね、ヴィヴィアン』
『うん! ちょ~久しぶり! 元気だった、ナオミ?』
『ええ。ヴィヴィアンは…って、聞くまでもないか』
『そーゆーこと♪』
そしてナオミとヴィヴィアンはきゃいきゃいと喋り始めた。火の点いたガールズトークはとどまるところを知らず、一瞬で部屋は賑やかになった。
(やれやれ…)
毎度のことながらこういうときの女性のパワフルさに圧され、シュバルツは内心で苦笑しながら穏やかな表情を浮かべていた。アンジュは呆れ顔を隠そうとはせず、タスクも苦笑しながら二人を見ている。そしてナオミとヴィヴィアンのお喋りは、サラたちが戻ってくるまで続いたのだった。
『お待たせしました』
どれぐらい経ってからだろうか、サラたちが引き戸を開けて戻ってきた。そして最後尾に、始めて見る女性を連れている。恐らく彼女が、ヴィヴィアンに会わせたいという人物なのだろう。
『そちらの御仁が?』
『ええ』
シュバルツが尋ねると、サラは頷いた。そして、
『ラミア、彼女です。遺伝子照合で確認しました』
その彼女…ラミアへと促すように話しかける。
『貴方の娘に間違いありません』
その言葉に、ヴィヴィアンがほぇ? と、自分を指差した。
『行方不明になった、シルフィスの一族。貴方の子…ミィよ』
『ミィ…本当にミィなの!?』
そこで感極まったようにラミアが走り出し、ヴィヴィアン…彼女たちが言うところのミィへと抱きついた。
『ミィ…』
『いや、だから、あたしはヴィヴィあ…』
そこでヴィヴィアンが止まった。そして、クンクンと鼻をヒクヒクさせる。
『この匂い、知ってる。エルシャの匂いみたい。あんた誰?』
『お母さんよ…』
『お母さん…さん? 何それ?』
『貴方を産んでくれた人ですよ』
サラがそう、ヴィヴィアンに説明した。
『ヴィヴィアンの…お母さん?』
『ええ』
アンジュの呟きに、サラが頷いて肯定した。
『彼女もお母さんを追って、あちらの地球に迷い込んでしまったのでしょう』
そして、すぐ背後に控えているカナメとナーガを睥睨する。
『皆、祭りの準備を。仲間が十年ぶりに、還ってきたのですから』
そして夕食を済ませた後、現在、この祭りが行われているのであった。
(母…か…)
ヴィヴィアンと、そして彼女の母親であるラミアの姿を見ていると、どうしてもそこへと思考が行ってしまう。自分の…自分と弟の母親は…。
(……)
未だに、ハッキリとあのシーンを思い出すことは出来た。
(直接私が手を下したわけでは勿論ないが、半分は私が殺したようなものか…)
どうしようもなかった事態かもしれない。だが、それでも自責の念に駆られるのは仕方のないことだった。シュバルツの…キョウジの性格を考えれば。故に、
(羨ましいものだな…)
シュバルツは素直にそう思いながら、ヴィヴィアンとラミアの姿を何時までも見つめていたのだった。
翌日。
「フーッ…」
早朝からとある用事に忙殺されていたシュバルツが、街並みを散策していた。今までずっと根を詰めすぎていたので、休憩兼気分転換といったところである。
とはいえ、基本、ドラゴンの女性しかいない街で成人の男の姿は非常に目立つ。そのためシュバルツのいるところにはすぐに人だかりが出来るため、純粋な休憩というわけにはいかなかった。
(やれやれ…)
内心では仕方ないなと思いつつも、彼女たちとの交流はそれはそれで気が紛れるため、休憩にはならなかったが気分転換の役目は十分に果たしてくれた。そんな中、
(ん?)
遠くの方に、見知った人影を見つける。
(あれは…)
その人物の様子が少し気になったシュバルツは、彼女の元に向かうことを決めた。
「すまんな、少々野暮用が出来た。これ以上は次の機会に」
そう言って周りを取り囲む彼女たちに軽く頭を下げると、いつものように瞬時にその姿を消したのだった。
「ヴィヴィアン」
遠くから見えたその人影…ヴィヴィアンに近づくと、シュバルツは彼女の名前を呼んだ。
「あ、シュバルツ!」
シュバルツの姿を確認したヴィヴィアンは嬉しそうに微笑むとぶんぶんと目一杯手を振った。ちょっとした高台の縁に腰を下ろし、足をブラブラさせながらそうするその姿は、まるで小型の犬や猫を連想させるものであった。
なんとも和む光景に自然と微笑みながらシュバルツがゆっくり歩み寄ってその隣までやってきた。
「ここ、構わないか?」
「いいよー♪」
了承を得て、シュバルツがヴィヴィアンの隣に腰を下ろした。
「えへへ♪」
腰を下ろしたシュバルツに擦り寄って、ヴィヴィアンが嬉しそうな表情を浮かべた。
「どうした?」
そんなヴィヴィアンを見下ろしながら、シュバルツが尋ねる。
「ん? 何が?」
見上げると、ヴィヴィアンがシュバルツに尋ね返した。
「何やら浮かない顔だったのでな」
「え~♪ そんな風に見える?」
ヴィヴィアンがいつものニコニコ笑顔でシュバルツに尋ねた。
「いや、今は違うがな。少し前、どうにも寂しげな表情で遠くを見ていたのが気になってな」
「…やだなあ、見てたの?」
ヴィヴィアンが少し困ったような顔になってポリポリと頬を掻いた。
「覗いていたわけではないのだがな。それに正確に言えば、見ていたというより、見えてしまったというのが正しいのでな」
「んー、そっかぁ…」
そこでヴィヴィアンは一旦口を噤んでしまった。
「…母親のことか?」
無粋かとは思ったが、シュバルツが切り込んでみた。現在の状況でヴィヴィアンが頭を悩ませるといったらそれぐらいしか思い当たらないからだ。
「んー? うん」
案の定、ヴィヴィアンはシュバルツの問いかけに素直に頷く。
「お母さんさんがあたしを産んでくれた人だっていうのはわかったけど、今一実感がなくてさ。勿論、一緒にいると楽しいし落ち着くんだけど、その…どうも…距離の取り方っていうか、接し方っていうか…あああ、もう!」
ヴィヴィアンがくしゃくしゃと己の頭を掻く。
「上手く言えないよ~…」
「心配するな。何となくだが言わんとしていることはわかる」
その姿を微笑ましく思いながら、ヴィヴィアンを落ち着かせるかのようにシュバルツが優しく語りかける。
「ホント?」
ヴィヴィアンにしては珍しく、縋るような視線でシュバルツを見上げていた。
「ああ」
シュバルツが頷いた。そして、
「戸惑っているのだろう?」
「! うん! それ、それだよ!」
自分の現在の状況を的確に表現したシュバルツに、ヴィヴィアンが嬉しそうな表情になって頻りに頷いた。
「お前の気持ちはわかる」
「ホント!?」
ヴィヴィアンが又シュバルツの顔を見上げた。
「ああ。物心ついてから今までずっと天涯孤独だったのに、いきなり母親が現れてはな。戸惑うのも当然だろう」
「そっか。…ねえ、シュバルツ?」
「ん?」
「あたし、どうしたらいいのかなぁ?」
純粋な疑問である。だが、
「それは、お前が決めることだ」
シュバルツはあえて明言を避けた。
「え~…」
ヴィヴィアンは何となく不満そうに口を尖らせた。きっと、いい方法が聞けると思ったからだろう。
「すまんな。とは言え、親子のことに他人が口を挟むわけにはな。だが、一つ忠告しておこう」
「何?」
「大事なのはどうすればいいかではなく、お前がどうしたいかだ」
「あたしが、どうしたいか…」
「ああ」
そこで又シュバルツが頷く。
「親であれば、子の決めたことなら受け入れるはずだ。自身を持って向き合え」
「う…ん」
それでもまだ決め兼ねているのか、いつものヴィヴィアンらしくなく反応が鈍い。だが、ここから先はシュバルツの出る幕ではないのもまた事実だった。
と、少し離れたところからこちらを伺っている女性、ラミアの視線にシュバルツが気付いた。
「…どうやら、ここまでのようだな」
「ほぇ?」
間の抜けた返事を返すヴィヴィアンに、シュバルツがラミアのいる方向を指差した。その先に目を向けたヴィヴィアンが、ラミアの姿を見つける。
「あ、お母さんさん…」
「さ、行け」
軽くポンと背中を叩き、シュバルツがヴィヴィアンを促した。
「ん、わかった」
ヴィヴィアンが立ち上がる。まだ心中を決めかねている様子だったが、それでもその表情は先程までと比べたら明らかに明るいというか吹っ切れたものだった。
「シュバルツ」
少しラミアに向かって歩き出したところでヴィヴィアンが立ち止まると、シュバルツへと振り返る。
「どうした?」
名前を呼ばれ、シュバルツも振り返った。
「その…ありがと。少し楽になったよ!」
「そうか」
その言葉に、シュバルツ自身も少し嬉しくなった。
「それは何よりだ。さ、もう行け。あまり人を待たせるもんじゃない」
「ん、わかった。じゃあね!」
「ああ」
手を振ってラミアの元に戻っていくヴィヴィアンを見送るシュバルツ。やがて二人は合流すると、肩を並べて家へと戻っていった。
「……」
その姿を、シュバルツは見えなくなるまで見送っていた。その視線に羨望の色があったのは、自分にはもう二度と出来ないからだろうか。
「親は大切にな…」
口の中でそう呟くと、シュバルツもその場を立ち上がった。そして、休憩は終わりとばかりに目的地へと戻っていったのだった。