今回から本編復帰です。今後とも宜しくお願いします。
で、今回ですが、ある意味原作で一番ネタ真っ盛りだと思われるあの回です。
大筋は原作とあまり変わりませんが、どうぞ。
「真か、リザーディア」
シュバルツとアンジュが再会したその夜、大巫女は彼女…リザーディアのもたらした報告に思わず大きな声を上げていた。
『はい、大巫女様』
リザーディアが答える。もっとも、彼女は今向こう側…偽りの地球にいるため、そこにいるのは当然本人ではなくホログラフなのだが。
『神聖ミスルギ帝国地下。アウラの反応は確かにここから』
リザーディアのもたらした情報に、大巫女以外の御簾の向こうにいる他の面々も思わず感嘆の声を上げていた。
「良くぞやってくれた」
一堂の総意を代表するかのように大巫女が労いの言葉をかける。
「時は来た。アウラの子よ、これよりエンブリヲの手から、全能の母アウラを奪還する」
大巫女はそう宣言し、そして、
「リザーディア、特異点開放のタイミングは手筈どおりに」
『仰せの…ままに…』
そこまででリザーディアの映像はこの場から消え失せた。
「これは、この星の運命をかけた闘い。アウラと地球に勝利を!」
『勝利を!』
「……」
大巫女の言葉を復唱する面々の中、一人サラだけは気になることでもあるのか真顔のままだった。だが、賽は投げられたのだ。後は止まることなく進むだけである。
決戦の時は、近い。
予期せぬ再会から一夜が明けた。
「ん…」
木漏れ日が目にかかり、アンジュはうっすらと目を開ける。それに伴って徐々に意識は覚醒していくが、まだ少し身体が重い気がしていた。
(色々あったものね、昨日は)
思い出す。廃墟と化したこの世界でまさかの言葉が通じる存在と出会い、彼女たちと話し合った。
そこで知ったドラゴンの正体。そしてアルゼナルの闘いの本当の意味。さらにはその後、自分たちを知ってほしいという意味も込めて行われた幻想的な祭り。しかし、それより何より
(シュバルツ…)
行方不明…いや、もっと言えば死すら覚悟していたシュバルツとの再会が一番の衝撃だった。再会した直後こそ少し気まずかったが、それでもすぐにそのわだかまりはなくなった。何故なら
(何も変わっていなかった)
そう、何も変わっていなかったのだ。昨日再会したシュバルツは、紛れもなくアンジュがよく知っているシュバルツだった。たったそれだけだが、アンジュにとっては言い表せないほど嬉しいことだったのだ。
「ん…」
不意に、横から息が漏れる。そこには、未だ眠りの中にいるナオミの姿があった。
(そっか、昨日…)
アンジュは昨日、寝る前のことを思い出す。就寝するに当たってこの部屋を使ってくれと言われ、四人で寝ることになったのだ。広さ的には十分な間取りなので男二人と女二人で別れて休むことになった。タスクは少々残念そうだったが、露骨に男女ペアで寝るわけにもいかないから仕方ない。
仮に男女ペアになったからといって、襖一つ隔てた向こうにはもう片方のペアがいるのだ。何も出来るわけはないのだが。
「っと」
ナオミを起こさないようにゆっくりと布団から出ると、外の空気を吸うためだろうかベランダに出る。と、空を大小数多くのドラゴンが飛んでいる光景がその目に飛び込んできた。
「ドラゴンの…星」
口に出し、それが現実なのを改めて認識するとアンジュは室内に戻った。そして、隣の部屋に行く。
不意に、近くにあった一輪指しに目がいった。
『貴方がたを、捕虜扱いするつもりはありません』
『貴方たちのことを知りたいと…。それが、サラマンディーネ様の願い』
何故かその脳裏に、昨日祭りのときにかけられた言葉が蘇る。
「……」
何か感じ入るところがあったのか、神妙な面持ちになって少し伏せていた顔を上げる。と、
「あれ?」
あることに気がついた。
「シュバルツ?」
名前を呼べど姿は見えず。そう、シュバルツがいないのだ。昨日、確かにお休みの挨拶を交わしたからいるはずなのに、その姿は何処にもなかった。
もっとも、布団はきちんと畳んであったのでもう起きて何処かへ行ったのだろう。
「朝早いわね。…それに比べて」
チラッと、この部屋のもう一人の人物に目を向ける。彼…タスクはまだ夢の中の住人だった。
(まあ、無理もないけど…)
この数日は自分と同じ環境下の生活だったのだ。知らず、疲労も蓄積しているだろう。
(しょうがないわねぇ…)
ふっと柔らかな微笑を浮かべると、アンジュはタスクを起こすためにその枕元に近づいた。
「タスク、朝よ。ほら、起きて」
屈みこんで優しく語りかけながら軽く頬を叩く。
「ん…?」
やがて、タスクの意識が覚醒してきたのか小さく呟いた。
「ほら、朝だってば」
反応が返ってきたことに気を良くしたアンジュが更に語りかけながら、今度は身体を揺する。やがて、
「…アンジュ?」
タスクが目覚めた。
「ええ、おはよう」
「ああ、おはy」
そこでタスクは固まってしまった。
「? どうしたのよ?」
不思議に思ったアンジュがタスクの視線の先を覗き込む。そこには、寝間着のため肌蹴ていた自身の胸元があった。
「! やっ!」
それに気づいたアンジュが慌てて身体を離して胸元を隠す。そしてキッと睨みつけた。
「スケベ!」
「ち、違う! 誤解だって!」
慌てて釈明しようとタスクが布団を跳ね除けて跳び上がったが、アンジュと同様にまだ疲れが少し残っていたことに加え起き抜けということもあり、タスクはバランスを崩した。
「う、う、う、う、う、うわあああああっ!」
「きゃあっ!」
不可抗力ながらアンジュを組み敷いた格好になったタスク。ここでも彼のラッキースケベが当然のように発動したのだった。
「お早うございます♪ …あら?」
まるで見計らったかのようにサラがナーガとカナメを引き連れて部屋に入ってきた。そして、
「も~…な~に~…?」
今の騒ぎで目を覚ましたナオミが、眠い目を擦りながら襖を開けて何が起こったのかを確認する。自然、彼女たちはバッチリとタスクがアンジュを押し倒している形の格好を目にすることになってしまっていた。
「朝の交尾中でしたか。さ、どうぞお続けになって」
「わお、大胆♪」
そしてまあ、こういう誤解を生むことになるわけである。…とはいえ、状況だけ見ればもうそのまんまな二人の格好と体勢のためそう考えるのも無理はないが。が、
「ーっ!」
タスクがアワアワ震えているその下で、アンジュは顔を真っ赤にさせて唸っていた。そして、
「違っがーう!」
タスクの顎に掌底をブチかましながら起き上がると、親の敵も斯くやとばかりに何度もゲシゲシと蹴りを入れたのだった。
食堂。この時間、まだ人影も殆どないこの場所に、サラたちがアンジュたちを案内してやってきた。
「あ、ヴィヴィアン」
先客の顔を見て思わずアンジュが声を上げた。そこには、アンジュたちより一足先に朝食を食べていたヴィヴィアンたちの姿があった。少しの間離れ離れにされていたが、話し合いの後、アンジュたちは昨日のうちにヴィヴィアンとは再会していたのである。そこで、遺伝子操作によってもうドラゴンの姿になることはないとヴィヴィアンに告げられたのであった。
同時に、ヴィヴィアンもアンジュたち同様シュバルツとの再会に大いに驚き、そしてそれ以上に喜んでいたが。
さて、何故先程、ヴィヴィアン“たち”という表現になったかというと、当然のように同席者がいるからである。どことなくヴィヴィアンの面影を残す…逆に言えば、ヴィヴィアンが成長したらこんな容貌になるのではないかというその人物は、驚くべきことにヴィヴィアンの母ということだった。
遺伝子照合でそれが立証されたラミアと言う名前の彼女は、昨日、久しぶりに娘と感動の再会を果たし、そして今日も一緒にいるのであった。
「うほぅ、おはよーさん!」
アンジュたちに気づいたヴィヴィアンが元気よく手を振った。
「サラマンディーネ様」
振り返ったラミアが軽く会釈をする。
「昨日はよく眠れましたか?」
「それが…朝までミィとお喋りしていて…」
苦笑しながらラミアが答える。“ミィ”というのは、ヴィヴィアンの本名らしい。まあ、母親がそう呼んでいるのだからそうなのだろう。
「だから寝不足~」
ヴィヴィアンが、まるでムンクの叫びのように両手を頬に当てておどけて見せた。
「それは何よりですわ。…さ、お掛けになって。私たちも朝食にいたしましょう」
「え…ああ…」
「ほら、こっちこっち」
サラの言葉に生返事をしたアンジュだったが、その直後ナオミに促されて席に着いた。
「さ、どうぞ召し上がってください」
「い、頂きます…」
サラに促されてタスクが箸を伸ばした。そして醤油に刺身を浸けると恐る恐るそれを口に運んだ。
「ん?」
タスクが顔を綻ばせる。
「お口に合いまして?」
「凄く美味しいです! ずっと、非常食だったもんで!」
そのままタスクはモリモリと朝食を平らげていく。微笑ましい表情でそれを見ていたサラたちも自分の分に箸をつけ始めた。そんな中ただ一人、
「……」
アンジュだけは難しい顔をしながら箸に手を伸ばそうとはしなかった。
「毒なんか入ってないよ」
そんな彼女を見かねたのか、ナオミがクスクス笑いながらそう言う。
「そうは言われたって…」
それでもアンジュは躊躇した。シュバルツが緩衝材になってくれたことで随分サラたちに対してわだかまりはなくなったが、それでもどうしても疑ってかかってしまう。アルゼナルに送られてからの激動の人生を考えれば仕方がないかもしれないが。
それ以上に、サラたちにいつの間にかシュバルツの隣を取られたような気がして、それが気に入らないというのもあったが。これは完全な私情だが、それでも納得できないものは納得できないし、気に入らないものは気に入らないのである。これは別に自分だからというわけではなく、もしここにいたのがアルゼナルの他の面々でも同じように面白くはないだろう。
「大丈夫だって」
そんなアンジュの心中を察してかどうかはわからないが、ナオミが言葉を続けた。
「もし毒なんか盛ってたら、シュバルツに激怒されちゃうよ。せっかくの心強い味方を、わざわざ敵に回すようなことすると思う?」
ナオミの言葉に、サラたちが三人揃ってうんうんと頷いた。
「でも…」
アンジュはまだ戸惑いがあるようだった。そのため、ナオミが更に駄目を押す。
「ホントに大丈夫だから。だって、少なくとも今の時点ではドラゴンよりアルゼナルの方がシュバルツにとっては大切なんだからさ」
「えっ…」
その言葉に、思わずアンジュが顔を上げた。
「よーく昨日の話し合いを思い出してみて。シュバルツが口に出してたじゃない、『やはりアルゼナルは見捨てられない。だからスタンスとしては、アルゼナルに与しながらドラゴン側にも有利になるように物事を進めていく』って。全面的にこっちの味方になってくれなかった理由は、アルゼナルを見捨てられないからなんだよ? 現時点ではそれだけ、ドラゴンたちよりアルゼナルの方が大切ってことなんだよ?」
そこで一度区切ると、ナオミはアンジュをジッと見つめた。
「そんなアルゼナルからの来訪者である貴方や、向こうにいるヴィヴィアンを害したらどうなるかなんて火を見るより明らかじゃない。そんな、せっかく纏まった話を流す上に、強力な味方をわざわざ失うような真似、すると思う?」
「その通りですわ」
サラが言葉を継いだ。
「元から貴方がたを害するつもりはありませんでしたが、シュバルツという要素が絡んだ以上は尚更です。…それに正直、羨ましいですわ」
「え?」
サラの発言の意味がわからず、アンジュは首を傾げた。
「シュバルツにとって、我々より貴方がたの方が優先順位が上だということがです。確かに付き合いの長短はあるにせよ、それでも羨ましいのです。正直、妬けますわ」
「な、何言ってるのよ! バカじゃないの!」
これ以上付き合ってられないとばかりにアンジュがようやく箸に手を伸ばすと朝食に手をつけ始めた。
一心不乱に朝食を食べているその頬は僅かに赤く染まり、表情も先程までの堅いものとは違って柔らかく、時折物凄く嬉しそうに微笑むのだった。
「家に…帰る?」
朝食後、一行は外へと足を運んでいた。そこでラミアとヴィヴィアンが申し出たことに、アンジュが素っ頓狂な声を上げていた。
「この子が産まれた家を見せてあげたくて」
「おぉー! 見る見る!」
ヴィヴィアンもすっかり乗り気である。
「ってことで、ちょっくら行ってくるねー!」
ラミアに抱えながら大空に舞ったヴィヴィアンはそう言い残し、母と共に生家を見るために旅立ったのであった。
「親子水入らず…か」
タスクは心なしか嬉しそうだ。幼い日に両親をリベルタスによって失っているだけに、思うところがあるのだろう。対照的にアンジュはまだ何処か納得しきれない様子だったが、それでも悪態の類をつくことはなかった。
「ふうーっ…」
そして大きく息を吐き出すと、
「で?」
サラに顔を向けた。
「はい?」
「わざわざここまで私たちを引っ張ってきた理由は何? まさかヴィヴィアンたちを見送らせるため…ってだけじゃないでしょ?」
「勘のいいことで」
サラがクスッと笑う。
「腹が減っては戦が出来ぬと申します。お腹は一杯になりましたか?」
「え? い、一杯だけど…」
「結構。では、参りましょう」
質問の意図がわからずにとりあえず返答したアンジュに、サラが不敵な笑みを浮かべたのだった。
「何…ここ?」
アンジュが思わず呟く。あれからアンジュはサラたちによってとある施設に連れてこられた。その見たことのない外観と内装に、アンジュは思わず言葉を詰まらせるのであった。
「古代の競技場ですわ」
アンジュの疑問にサラが答えた。
「かつては多くの武士たちが集い、強さを競い合ったそうです」
「まさか、500年前の施設!? 完璧な保存状態じゃないか」
施設の保存状態の良さに、タスクが驚きの声を上げた。
「姫様自らが復元されたのだ」
「ええっ!?」
そのことに、更にタスクが驚く。
「サラマンディーネ様は、その頭脳をもって旧世界の文献を研究し、様々な遺物を現代に蘇らせておられる」
「へぇー…」
素直に感心するタスク。興奮しているのか恍惚としているのか、説明するナーガの頬も赤く染まっていた。
「我々の龍神器も、サラマンディーネ様がっ!」
そこでナーガの雄弁は途切れた。何故ならカナメに足を踏まれていたからである。
「それ、機密事項でしょ!?」
「あっ! ご、御免なさい」
カナメに指摘され、ナーガはシュンとして縮こまった。だが、彼女たちは知らない。誇らしく語っていたが、この施設はただの複合型アミューズメントパークに過ぎないということを。
そして、武士が強さを競い合うようなことに使用されたことは決してなく、家族や恋人や仲間内で気楽に楽しむためのものだということを。
…まあ、それを知ったからどうなるというものでもないのだが。それに知ったところで、自分たちの使用方法と本来の使用方法の落差に愕然とするか赤面するかのどちらかになるだけであろうし。
とにもかくにも、今彼女たちがいるのは古代の競技場と言ってはいるが、実際はただの複合型アミューズメントパークに過ぎないことを記しておく。
「んで、ここで何をするの?」
至極もっともな質問をアンジュが更にぶつけた。
「その前に、私から一つ貴方に聞きたいことがあります」
「何よ?」
怪訝そうな表情を浮かべるアンジュに、
「答えは出ましたか?」
サラは、なんとも抽象的な質問を投げかけた。
「えっ…? 何の話よ」
「昨日、シュバルツが聞いたでしょう? 貴方の今後の身の振り方です」
「! それは…」
思わずアンジュが口ごもった。正直に言えばまだ出ていないのだから当然だ。
「まだ、決心は付きかねているようですわね」
アンジュの口ごもった様子にサラがすかさず突っ込んだ。
「だと思って、こちらへお連れしました」
「え?」
まだ要点のつかめないアンジュに対し、
「勝負しましょう? アンジュ」
と、彼女が思ってもみなかったことをサラが言ってきたのだ。
「勝負!?」
思いがけないその言葉に、アンジュが当然怪訝な表情になる。
「ええ。私が勝った暁には、貴方には我々と共に戦ってもらいます。勿論、我が軍に組み込むことはしません。所属はアルゼナルでも、アルゼナルを離れたフリーの立場としても結構。とにかく、我々と共に戦ってもらいます」
「ちょっと!」
あまりに一方的な物言いに思わずアンジュが口を挟む。が、
「その代わり、貴方が勝てばこの件に関して今後一切我々は口を挟みません。戦おうが逃げようが、或いは我々の敵…つまりエンブリヲに寝返ろうが、好きにして結構。…どうです?」
『っ!』
間髪入れずそう続けられ、アンジュと、アンジュの隣のタスクが息を呑んだ。
「アンジュ…」
「……」
タスクが振り返ってアンジュを窺うが、驚いているのかそれとも何か考えているのか、厳しい表情でサラを睨んだまま口を開かない。
「ふふ、今の貴方には、こうするのが一番と思ったのですけれど」
対照的に、サラはたまに見せる不敵な笑みを又浮かべてアンジュの目を射抜いた。
「どういう…ことよ」
その視線の鋭さに怯むことなく、アンジュがサラに尋ね返す。
「『選択肢』をあげたのですわ。…いえ、『大義名分』といったほうが宜しいかしら?」
「選択肢? 大義名分?」
「ええ」
タスクの言ったことに、サラが頷く。
「勝負に負けたから『仕方なく』戦った。…自分が納得できるか、或いは他人を納得させられるかは別として、立派な理由の一つになるじゃありませんか」
「! ちょっと!」
その物言いにアンジュも流石に黙ってられないのか、反論しようとする。
「わかっています」
だが、サラは反論させようとせずに手でアンジュを制した。
「これまでの言動から、貴方がそんな後ろ向きの理由で物事を決めるようなタイプの者ではないことは」
「ですが、少なくとも今の貴方には迷いがあり、己の道を決めるのに何かしらの切欠が必要。…そう思ったからこそ、こうして選択肢…いいえ、大義名分を一つ差し上げたのですが、気に入りませんか?」
「…ええ、気に入らないわね」
そこではじめて、アンジュが自分の意志を口に出した。
「へぇ…? 何がです?」
挑発、揶揄するようにサラがまた不敵な笑みを浮かべる。
「何もかも…と言いたいところだけど、特にあんたが、よ」
アンジュがサラに向ける視線が厳しくなった。
「私の何処が…ですか?」
「今言ったでしょ、何もかもが、よ」
「ふふふ、ハッキリ仰っても良いんですのよ」
そこで一度区切ると、
「シュバルツのことでしょう?」
と、ズバリ踏み込んできた。
「! 何を!」
アンジュが頬を赤らめて反論しようとするも、サラはふてぶてしい態度は崩さない。
「どういう意味でかはわかりかねますが、大好きなお兄ちゃんの横にわけのわからない女がいつの間にかいるのが気に食わない…貴方の今の我々に対する心境はそんなところではないですか?」
「な、何言ってるのよ、バカじゃないの!?」
必死になって反論するアンジュだったが、その顔は先程までよりも赤くなっていた。そんなアンジュを揶揄するためか挑発するためか、更にサラが続ける。
「誤魔化してもムダですよ。貴方、我々の誰かがシュバルツの近くにいると面白くなさそうにしてたじゃないですか。必死に表には出さないようにしようとしてましたけど、雰囲気でわかりますわ。それに、『目は口ほどに物を言う』という諺の通り、その目が言葉以上に雄弁に物語っていましたもの」
「う、うるさい!」
少しは自覚があるのか、図星を指された格好になったためアンジュも感情的に否定するだけで、論理的な否定は出来なかった。
「で、これまでのところ、我々の中で一番シュバルツの側にいたのが私。だから気に入らないのでしょう? 私のことが」
「このっ! さっきから聞いてれば!」
アンジュが膨らませる怒気をサラは柳に風とばかりに受け流している。むしろ周囲のタスクやナオミのほうがオロオロしていた。と、
「もう少し簡単に考えてみて下さい」
不意に、サラが話の方向を変えた。
「え?」
サラに含むところは山ほどあるが、急に転換した言葉の意味がわからないアンジュは戸惑うしかない。
「未来を決めるというのは確かですがもっとシンプルに、これからの勝負で目の前の気に入らない女を合法的に打ち負かすことが出来る…こう考えてはいかが?」
「…成る程」
そこで初めてアンジュが、彼女らしい不敵な笑みを浮かべたのだった。
「そう考えれば悪くないわね」
「ふふふ…無論、貴方が勝てば、の話ですが」
「いいわ。やってやろうじゃない!」
「そうこなくては♪」
アンジュとは対照的に、了承を得たサラは今までの不敵なものと違い、実に楽しげな笑みを浮かべた。こうして、アンジュは己自身の未来を賭け、そしてそれ以上に溜まった憂さを晴らすためにサラとの勝負に挑むことになったのであった。
「その球を打ち返して、枠の中に打ち込めばいいのね?」
ルール説明を受けたアンジュが確認のためにサラに聞き返す。まず最初にアンジュたちがやってきたのは、屋外にあるクレーのテニスコートだった。当然というかご丁寧にテニスウェアに着替えたその格好は、何処をどう贔屓目に見ても多くの武士たちが集って強さを競い合ったというお題目からはかけ離れている。
…まあ実際、これからやるのはテニスなので当然なのだが。
「その通り。では、始めましょう」
サラが硬球を手に持って宣言した。ちなみに形式としてはダブルスで、サラはナーガとペアを作り前衛がサラ、後衛がナーガという配置。対してアンジュはナオミとペアを組み前衛がアンジュ、後衛にナオミという配置だった。
「サービス、サラマンディーネ様」
審判を努めるカナメがそう宣言する。いよいよ、大勝負が始まりを迎えようとしていた。
…ちなみに、姿の見えないタスクはどうしているかというと、
「……」
悲しいかな炎天下の中、一人コートの外に追いやられていた。その理由はただ一つ、フェンスを越えてボールが飛び出していったときの球拾いのためである。
タスクは何も言わないものの、るーるーと悲しみの涙を心中で流しているのが容易に推測できるような表情をしていた。が、言っては悪いが部外者の男は置き去りにして、女たちの戦いは着々と始まりを迎えようとしていた。
(あのトカゲ女、ぎゃふんと言わせて…)
これまでの鬱憤を思い切り晴らそうと意気込むアンジュだったが、それを見透かしたかのようにサラがサーブを打つ。アンジュもエアリアで活躍した運動神経があるからか反応はするものの、そのラケットの先を抜けていった。
「あっ!」
ナオミも反応こそしたものの残念ながら拾えずにボールは転々と後ろへと転がっていった。
「フィフティーン、ラブ! サラマンディーネ様!」
スコアボードをめくり、カナメがサラのコートに向かって手を差し出した。
「っ!」
少しの間固まっていたアンジュだったが、すぐにサラを睨みつける。…それにしても、ここだけ見ればどこをどう見てもスポコンである。競技がテニスだけに、『エース○狙え』の焼き直しといっても過言ではないが、それはとりあえず置いておこう。
「あら、速すぎました?」
手でポンポンとテニスボールを軽く上に投げながらサラが挑発する。
「手加減しましょう、か!」
そして再びサーブを打った。唸りを上げて硬球がアンジュに襲い掛かる。しかし、
「結構、よ!」
今度はアンジュも追いつき、ジャンプしながら打ち返す。
「!」
それに反応できなかったのか、或いはどうせ取れるわけないという油断からか、サラは一歩も動けずにその脇をボールが通っていくのを見送るだけだった。
「フィ、フィフティーン、オール!」
驚きながらも審判の役目を忠実にこなすカナメ。そして今度は、アンジュが不敵な笑みを浮かべる番だった。
そして、それに呼応するかのようにサラも不敵な笑みを浮かべる。これを皮切りに、二人の勝負は延々と続いていくのであった。
野球
F1
ゴルフ
卓球
と、ここまではまだよかったのだが、この後は、
UFOキャッチャー
ツイスターゲーム
と、何処をどう見ても勝負というよりはただの遊びにしか見えない競技へとシフトチェンジしたのである。
…まあスポーツ競技にしても、何処をどう見ても『巨人○星』、『サイバー○ォーミュラ』、『プロゴ○ファー猿』等といったもののオマージュがふんだんに見え隠れしていたのだが、メタな突っ込みはこの辺で止めるとしよう。
「サラマンディーネ様、右手、緑!」
「アンジュ、左手、赤!」
そして今、彼女たちはツイスターゲームで雌雄を決しようとしていた。動きやすい格好…つまりは水着なのだが…に着替えたアンジュとサラが、シートの上で身体をプルプルと震わせながら、汗を掻いて悶えていた。
「予想以上ですわ、アンジュ」
「何が!?」
両者とも顔を真っ赤にさせながら言葉を交わす。
「少し、楽しみだったのです。今まで、私と互角に戦えるものはいませんでしたから」
(手も足も出なかった人はいましたけど)
後半部は内心に秘め、サラが素直にアンジュを称えた。
「サラマンディーネ様、左足、赤!」
「ですから…凄く、楽しいのです」
そう言いながら指示通り左足を赤い部分に持っていく。その結果、彼女の尻がアンジュを圧迫する形になった。
「! こんのーっ!」
負けじと、肩の筋肉を使って掬い上げるアンジュ。体勢を崩して潰れそうになったサラだが、尻尾を使ってバランスを保つことに成功した。
「ふふっ」
「尻尾使うの反則でしょ!?」
余裕の笑みを浮かべたサラが又癇に障ったのか、アンジュが尻尾に噛み付いた。
「いやーん!」
「ちょ、ちょっと!」
可愛い悲鳴を上げながら一度は保ったバランスを崩してしまうサラ。それに巻き込まれる形でアンジュもバランスを崩してしまい。そして両者共にシートの上に崩れ落ちた。
「尻尾を噛むのは反則ですっ!」
サラが涙を流しながら抗議する。起き上がったアンジュがこれまでと同じように反論するかと思ったが、
「ぷっ、あはははははは…」
その顔を見て思わず噴き出していた。
「泣くことないでしょ、別に」
「そうですけど…ふっ、あはははははは…」
拗ねた表情を見せたサラだったが、おかしくなってしまったのかアンジュと同じように笑ってしまっていた。
「姫様、笑ってる…」
「あんなお顔、始めてかも」
「いい顔するじゃない、二人とも」
ナオミたち三人の発言を聞きながら、今回に関しては全く良いところの無かったタスクも又、彼女たちの横で微笑んでいたのだった。
戦い終わりシャワー室。二人の戦士がシャワーを浴びて汗を流していた。
「感服しましたわ、アンジュ。見事な腕前でした」
髪を洗い流しながらサラが素直にアンジュを湛える。
「貴方もやるじゃない。…サラマンデイ」
「サラマンディーネです」
ムッとした表情になって口を尖らせる。
「エアリアでも、ここまで追い詰められることはなかったわ」
「エアリア?」
「私たちの世界のスポーツよ」
「では、今度はそのエアリアで勝負しましょう」
サラがそう言うとアンジュは沈んだ顔になり、
「無理よ」
と、寂しげな表情で呟いた。
「何故?」
「…ノーマには、出来ないから」
その答えに、サラは思わず絶句した。
「ノーマ、マナが使えない、人間ならざるもの…ですか」
「……」
アンジュは答えを返すこともせず、じっとシャワーを浴びていた。
「何と歪なのでしょう。持つ者が、持たざる者を差別するなど。私たちはどんな苦しいときも、アウラと共に学び、考え、互いを思う絆と共に生きてきたのです。…貴方は何も思わないのですか? そんな歪んだ世界を知りながら…」
「……」
アンジュはやはり黙ったまま、微動だにしなかった。
「知っていますよ。貴方がかつて皇女として、人々を導く立場にいたことを」
「!」
そこで初めてアンジュが反応を見せた。と言っても、俯き気味だった顔を上げたぐらいの些細なものだったが。
「世界の歪みを糺すのも、指導者としての使命では?」
「…勝手なことばかり言ってくれるじゃない」
サラの意見に、苦虫を噛み潰したような表情でアンジュが吐き捨てる。
「私はもう皇女じゃない。指導者だの使命だの、知ったことじゃないわ。大体、歪んだ世界でも満足してる人間がいるんだからいいじゃない。結局世界を変えたいのは貴方たち。エンブリヲもアウラも、私には関係ないわ」
「…では、これからどうするのですか?」
内心を吐露するアンジュを慮るような表情で見ていたサラがアンジュに問う。
「え?」
「真実を知りながら、何処へも行けず、何もしないつもりですか?」
「…フン」
アンジュは返答することなく、そっぽを向いただけだった。
「…今の言葉、あの人が聞いたらどんな顔をするでしょうね」
「! シュバルツのこと?」
「ええ」
シュバルツの名前が出て鋭さを増したアンジュの語気だったが、サラは気にする様子もなく頷いた。
「あの人のことですから、貴方の意見を尊重はするでしょうけど…」
「…随分と知ったような口きくじゃない」
「そんなことはありませんよ」
二人の視線が絡む。そこには、先程までとは一変した雰囲気が張り詰めていた。
「…まあいいわ。ところで」
「はい?」
それ以上突っかかってこなかったことに内心で少し驚きながら、サラが首を傾げた。
「そのシュバルツだけど、何処に行ったか知らない? 朝起きたときはもう姿が見えなかったんだけど」
「恐らく…」
自分の推論ではあるがサラがシュバルツの居場所を伝えようとしたところで、不意に突然の地震が二人を襲った。
『!?』
慌てて周囲に視線を走らせる。と、
「サラマンディーネ様!」
「大変だよ、二人とも!」
ナオミたち三人がこちらも慌てた様子でアンジュたちの元に駆けつけてきたのだった。