ゾーラ達第一中隊のいる場所を過ぎ、指示された奥へと向かったシュバルツ。言われた通り真っ直ぐ進むと、確かに奥へと通じるドアがあった。
「ここか」
ドアをくぐる。そこには、忙しそうにあちこちを動いている整備班の姿があった。
(ふむ…)
ドアをくぐった位置からでは、自分の機体らしきものはまだ見えない。勝手に探してもいいのだが、部外者がウロチョロしては働いている整備の者達の邪魔にもなりかねない。
(ここは誰かに訊ねるか)
首をゆっくりと巡らせて辺りを見渡す。と、
「グレイブは後! 先にハウザーから片付けて! ああ、それはあっちに! 弾薬補給も並行してね!」
先程少し言葉を交わしたヴィヴィアンと同じ位の女の子が大声を張り上げて各所に指示を出している姿が見えた。
(あの子に聞いてみるか)
他者に指示を出している以上、形は小さいが立場は上位の者なのだろう。忙しくしているところを邪魔するのは気が引けるが、こちらとしてもいつまでもここで棒立ちしているわけにはいかない。
決めると、シュバルツはゆっくりと歩き出した。丁度良いことに、近づいていく途中で段取りが一段楽したのだろう、指示を出す声が止んで大きく息を吐く姿が見えた。そして今度は手に持った書類と睨めっこを始める。
「今回平均して皆損傷率高めだなぁ。小破した方から片付けるか…? でも早いうちに出撃があったら頭数が揃えられないし、やっぱり状態の酷い機体から片付けた方が…」
書類を見ながら頭の中で今後の整備プランを練っているのだろう。ブツブツと独り言を言っている。集中しているところを邪魔するのは気が引けるが、とは言えこのままでいるわけにもいかず、申し訳ないと思いながらシュバルツは彼女に声を掛けた。
「失礼」
「んん?」
自分が集中しているところを邪魔されて不機嫌そうな顔を向ける。しかし、すぐにその顔は驚愕へと変わった。
「ひゃあっ! お、男!?」
驚きに書類を落として尻餅をついた。これがシュバルツと整備班のトップである彼女…メイとの初対面のやり取りだった。
驚き、尻餅をついているメイにチラッと視線を向けると、シュバルツは彼女が落とした書類を拾い上げた。
幸いにもバインダーで挟んであったので散乱することは無く、メイが落としたのはシュバルツが拾い上げた一つだけで済んだ。
「驚かせたようだな、すまん」
「へ? あ、い、いや…」
シュバルツが無造作に手渡した書類を受け取ると、メイは恐る恐るそれを受け取った。
(この男が、あの映像の…)
メイは自分の目の前にいるシュバルツに思いを馳せていた。要塞内の恐らく全員の目に触れたであろうジルとシュバルツの尋問の映像。勿論メイもそれを見ていた一人である。
(異世界から転移してきた男のノーマ、か…)
最初にそれを聞いたときは、失礼ながらこの男、気でも触れてるんじゃないかと思った。しかし、パラメイル中隊が回収してきたあの黒い人型のパラメイルを調査しているうちに、それは間違いだと思い知らされることになった。
材質から操縦方法からエネルギーから、何一つわからない。そもそもの設計思想が違いすぎ、こんな設計思想を持つ機動兵器をメイは知らない。アルゼナルでわからない、アルゼナルに無い兵器が外の世界にあるとは思えない。少なくとも、『この世界』の外の世界には。
それがわかったとき、メイは目の前の人物が…シュバルツが嘘を言ってないことを理解した。
(どう、付き合えば、いいのかな…)
司令であるジルはあくまで自分の目的を達成するためにシュバルツを利用しようとしている。無論、メイにもそのことに異論は無い。
だが、それだけで良いのかとも思っていた。何も知らせずに駒として、使い捨ての道具として使う。ジルは覚悟を決めているようだが、まだ子供といっても差し支えないメイにはどうしてもそう単純に割り切ることは出来なかった。
まして向こうは乗り手、こちらは直し手なのである。必然的に司令部のジルよりも係わり合いも多く、密接になる。それを考えれば、どうしてもシュバルツを駒や道具のようには見れなかった。少なくとも今の段階では。
(ゴメン、ジル。『仕事』はちゃんとするから、それ以外では少し私の我が侭を通させて)
心の中でそう決心すると、メイはシュバルツに話しかけた。
「機体を見に来たの?」
「そうだ。話が早くて助かる」
「上から聞いてるからね。…と、自己紹介が遅れたね。私は整備班を預かるメイ」
「そうか。私の名は…」
「知ってるよ。シュバルツでしょ。貴方以外はいない男のノーマだもん。アルゼナルの人員はもう皆知ってると思うよ」
「そうか」
「案内するよ。こっちだから」
「すまんな」
「ううん。さ、ついてきて」
「わかった」
他の整備班の好奇の視線を受けながら、メイとシュバルツは目的地へと向かった。とは言え、広いといっても格納庫の内部である。
「着いたよ」
少し歩いたところですぐに目的地に着いた。そこには確かに格納庫に横たわるシュバルツの愛機の姿があった。
(これは確かにガンダムシュピーゲル…)
漆黒の人型の機体。何度も共に戦場を渡り歩いてきた半身。しかし確かに爆発四散した筈だった相棒。それが何故か自分と共にここにある。しかも、完璧に復元された状態で。
(本当に、どういうことだ?)
疑問の種は尽きない。それが表情に出ていたのだろうか、メイに指摘された。
「どうしたの?」
「ん?」
「何か難しい顔をしてるけど、どうかした?」
「…いや」
誤魔化す。言葉足らずなためにその否定の言葉に説得力はない。少し突っ込んでみようかと思ったメイだったが、いきなりそんな真似をしたら下手を打ちかねないと思い、とりあえず引くことにした。
「お前たちが回収してくれたそうだな」
「正確には、第一中隊の連中だけどね」
「ゾーラたちか」
「え? 知ってるの?」
「ここに来る前に会った。そうか、奴らが」
先程会った第一中隊の面々の顔を思い出す。
「知っていれば、それの礼もしたものを…」
残念そうにシュバルツが呟いた。それを聞いてメイが少しだけ驚きの表情を見せる。
自分達と立場が同じとは言え、やはり長年の刷り込みは簡単に拭えない。男が自分たちに礼を言うなんてと思ってしまったのである。しかし、それはすぐに笑顔へと変わった。
「今度改めてお礼をすれば良いじゃない」
「そうだな」
シュバルツが微塵も躊躇せずに頷いたのを見て、メイはやはりこの人を駒として道具としてだけは見れないとの思いが強くなった。そしてシュバルツはジャンプしてシュピーゲルの胴体部分に上がると、胸部のハッチを空ける。
メイには一瞬でそこまで移動したように見えたために目を白黒させるが、シュバルツが、
「今から各部を点検して問題が無ければ動かす。危ないから少し下がっていろ。それとすまないがジルにそう報告してくれ」
と言ったので、
「うん、わかった」
と頷くと、メイは急いでその場からある程度退避した。
メイが退避し、周囲にも他の整備班がいないのを確認するとシュバルツはシュピーゲルへと乗り込む。そして手馴れた作業で起動させた。その頃には他の整備員も何が起ころうとしているのかわかったみたいで、自分の作業を二の次にしてメイの周りに集まっていたが。
ヴヴヴヴン…と鈍い機動音が静かに周囲に轟いた後、システムが起動する。それを確認してからシュバルツは各部の確認を始めた。
「配線関係…異常なし」
「計器類…動作正常」
「エネルギー伝達…問題なし」
「各武装の損耗率、消費率…ゼロ」
結果は異常なし。…どころか、新品といっても差し支えないものである。爆散したはずがこんな状況で復活している己の機体に、シュバルツは戸惑いを隠せなかった。
(何故…いや、考えるのは後だ)
「とにかくここから出んとな」
頭を軽く左右に振ってモビルトレースシステムを起動させる。すぐにシュピーゲルの目に光が点った。
「おお!」
シュピーゲルの目に光が点ったのはメイ達からでも確認できた。生命の無い機械が生命を灯したことにそこかしこから感嘆の声が上がる。…が、その後のシュピーゲルの行動を見て全員微妙な表情になった。
「か、カッコ悪い…」
誰の発言かはわからないが、それはそこにいる整備班全員の思いと一致していた。まあ、そう思うのも仕方ないことかもしれない。何せシュピーゲルは両手を使いながら背中をズリズリと滑らせて出口部分へと移動を始めているのである。目の前が天井であり、起き上がれないからどうしようもないことなのかもしれないが、それでもあまり見たくはない光景であった。
「ふぅ…」
ようやく狭い格納庫から脱出すると、疲れたとばかりにシュバルツが一息つく。そして周囲を見渡し、
「取り敢えずあそこでいいか」
と、近場にある平地へと移動した。
「ふっ! はっ!」
目標地点に移動したところでシュバルツは拳を握ったり開いたり、正拳付きをしたり足を振り上げたりとモビルトレースシステムに異常が無いか確認した。結果は特に異常なし。いつものように搭乗者の動きを機体へと滑らかにフィードバックさせていた。
「どこもかしこも全く異常は無し…か」
これから戦いの渦中に身を置く身としてはありがたいが、その反面考えてしまうのは仕方の無いことであった。
(一体何故…)
どうしても思考はそこに辿り着いてしまう。考えたところで正解が導けるわけではないのも、納得のいく答えを出せるわけでもないのは重々承知しているが、それでも考えずにはいられなかった。
「仕方ない。一旦考えるのは止めるか」
未練はあるがいつまでもここでこうしていても仕方ない。システムをダウンさせようとしたその時、シュバルツは見慣れぬものを見つけた。
(ん?)
そこには、爆散する前のシュピーゲルにはなかったゲージのようなものが三つあった。三本のゲージは同じ長さで、それぞれの左端にはOR・SM・OEという表示がある。
「これは一体…」
ここにシュピーゲルがある。その謎を解き明かす鍵になるかもしれないと思い、少し調べてみることにした。
手間取ることは特に無く、すぐにそのゲージにアクセスすることが出来た。色々試してみるとどうやらこの三つは連動しているらしく、100%を超えない数値の中で自由に数値を変えることが出来るようだった。
初期状態では各33%ずつの割合で割り振られていたためにゲージは同じ長さだったが、どれかの数値を引き下げればどれかの数値を合計値100%を超えない範囲内で上げることが出来る。とりあえず現段階でわかったのはそれだけだった。が、
(これは、もしや…)
その結果にシュバルツはある可能性を思いついた。しかし、早合点は危険と思い直してそれを胸のうちにしまった。ただ、自分の推論が当たっているのかどうかは確かめる必要はあった。
(次の戦闘で、上手く立ち回ってみるか)
そう考え、シュバルツは全システムをダウンさせるとハッチを開き、外に出た。
モニターから見えていたのでわかっていたが、そこには恐らく今の時間仕事がなく、シュピーゲルがここにあるのを知ったほぼ全員であろう女性の姿があった。彼女たちはシュバルツが姿を現すと、様々な感情を向けながら一様にどよめいた。
(やれやれ…)
この基地を取り巻く環境下では仕方ないとは言え、こうも続くとさすがに少し辟易せざるを得ない。だがだからといって邪険に扱うことも出来ず、シュバルツは無視を決め込むことにした。
ハッチを閉めるといつものようにジャンプを繰り返して地上に降りる。その動きに居合わせた女性陣たちは皆一様に目を丸くしていた。
「すまん、どいてくれ」
呆気に取られている彼女たちはシュバルツの言葉に黙って従った。やがて一筋の道が出来ると、シュバルツはそこを通って急いでこの場を脱出しようとした。と、
「シュバルツ!」
誰かから声を掛けられる。あまり立ち止まりたくなかったのだが声を掛けられては仕方ない。足を止めて声のした方を見ると、そこにはメイの姿があった。
「お前か。何だ?」
「あの、訊きたいことがあるんだけど…」
「すまん、後にしてくれ。少ししたら戻ってくるから」
「あ、わ、わかった」
「すまん」
片手を上げて謝罪すると、シュバルツは足早にその場を去っていった。
アルゼナル司令部。
いつものように三人のオペレーターと司令のジル、監察官のエマが詰めていた。
敵襲があればここもてんやわんやの忙しさだが、敵襲が無いときは実にのんびりしたものである。生命を張った職場にいる以上、平時にのんびりしているのは許されることだろう。と、
「失礼する」
一人の客人が入ってきた。誰あろうシュバルツである。
(わ♪)
(ねえ、あれって)
(きゃ~♪)
三人のオペレーターたちはシュバルツの姿を見て嬉しそう、楽しそうな反応をしたが、対照的に監察官であるエマは顔を引きつらせてヒッと短い悲鳴を上げた。
「シュバルツか。どうした?」
「ジル、土木工事をしたい。許可をくれ」
「は? 土木工事?」
シュバルツの…男のノーマに恐れを抱いて悲鳴を上げたエマだったが、その口から出た言葉に思わず首を傾げた。
「そちらは?」
シュバルツがジルの隣にいるエマに視線を向ける。
「実際に会うのは初めてだったな。紹介しよう、彼女はエマ=ブロンソン。以前話の俎上にも上げた監察官殿だ」
「ああ…」
納得したシュバルツがエマに向かって軽く頭を下げる。
「シュバルツだ、宜しく頼む」
「…宜しく」
エマはシュバルツに一瞬だけ視線を向けたが、すぐにぷいっと顔を反らせた。
(やれやれ、嫌われたものだな。まあ、人間のノーマに対する差別意識は凄まじいものだと聞く。この監察官はまだマシな方だと言っていたが、女しかいないはずのノーマなのに男が入ってきてはな。距離感が掴めないのも仕方の無いことか)
内心で苦笑しながらも、今度はオペレーターたちに顔を向けた。
「お前から近い順に、オリビエ、パメラ、ヒカルだ」
「シュバルツだ」
「存じてますよ」
「宜しくお願いしますね」
「仲良くしましょ♪」
こちらはエマとは打って変わって友好的な態度で臨んでくる。自分たちと同じ立場の男ということに興味津々といったところなのだろう。
「それで? 土木工事とはどういうことだ?」
「そ、そうですよ。どういうことです?」
ジルが本題に話を戻す。エマも説明を求めた。
「私の機体の格納庫を造りたい。パラメイルの格納庫では私の機体は寝かせておいて置くことしか出来ないのはお前も知っているだろう」
「ああ」
「それでは発着進に時間も手間も取られるし、何よりパラメイルの発着進には邪魔だろう。そこで格納庫を造りたい。と言っても、風雨がしのげて発着陸がスムーズに出来ればそれでいいと思っているので、岸壁を掘り進んでそれらしい壕で間に合わせたいと思っている」
「だから土木工事か…」
「ああ」
「いいだろう。お前の言ったことはこちらも早急に解決しなければならないと思っていたところだ。整備班には話を通しておくので、場所や重機等の使用についてはあいつらと相談してくれ」
「わかった、邪魔をしたな。では、失礼する」
用件を片付けると、シュバルツはすぐさま司令部を後にした。
(ねえねえ、彼って中々カッコ良くなかった?)
(うんうん♪)
(年上の男って、素敵…)
シュバルツに始めから好感を持っていたオペレーターたちはヒソヒソと好意的な感想を述べる。
とは言え互いの席が離れている以上、どうしてもそれはエマとジルの耳にも入ることになるが。
「っ! これだからノーマは…」
「……」
三者の内輪話の内容を耳にしたエマは半ばお決まりのセリフを言いながら眉間を押さえ、ジルは対照的に何も言わずにふーっとタバコの煙を吐いた。
「ふぅ…」
シュバルツが軽く息を吐く。目の前には本日分の作業工程を終えた工事現場があった。
ジルからの許可を得て格納庫に戻ったシュバルツはメイたち整備班に相談。言った通りに話が通っていたメイたちからの協力を得て、シュピーゲルの格納庫となる塹壕作成に着手。そして先程、その第一日目の工程が終了したところである。
「お疲れ様」
「ん?」
振り返ると、メイがコップを両手に持って立っていた。そしてその内の片方をシュバルツに差し出す。
「はい」
「すまんな」
ありがたく受け取るとシュバルツは口を付けた。コーヒーの苦味が舌を通って脳に伝わっていく。それが作業を終えた身体には何とも心地良く感じた。
「ブラックか」
「あ、ダメだった?」
「いや、美味いぞ」
シュバルツの返事を聞いてホッとしたのか、メイが隣に立つと渡さなかった方に口を付けた。
「ゴメンね」
少しの間何も喋らずにゆっくりとティータイムを楽しんでいた二人だったが、不意にメイが謝罪の言葉を口にした。
「ん?」
何故謝られるのかわからず、シュバルツは少し怪訝な表情になる。
「どうした。何故謝る」
「だって、あんまり作業進んでないし…」
申し訳なさそうにしているメイに
「何を言う」
シュバルツは優しく微笑んだ。
「元々こちらが無理を言っているのだ。感謝こそすれ、恨み言など言うものか。むしろ、余計な仕事を増やした私の方こそ詫びねばならん」
「い、いいよ、そんなこと!」
慌ててメイがぶんぶんと両手を振った。その様が微笑ましく、シュバルツは先程ヴィヴィアンにしたようにその頭に手を乗せてゆっくりと優しく撫でた。
(あ…)
いきなりのことに驚くメイだったが不思議と嫌な感じはしなかった。むしろ心地良くて気持ちが落ち着いていくのを自覚していた。
(温かい…それに大きいなぁ…)
随分前に亡くなってしまったが、覚えている姉のそれとはまた違う感触に、メイは不思議と心が安らいでいた。父や兄がいたらこんな感じなのかなぁと、メイはぼんやりと考えていた。
因みにその光景を見ていた他の整備班や作業従事者の多数は、
(いいなぁ…)
と、羨ましそうにその光景を見ていたのだが、恥ずかしさからか顔を俯かせているメイには、彼女たちがそんなことを考えているのは幸か不幸かわからなかった。
「落ち着いたか?」
メイが大人しくなったので、シュバルツはその手をゆっくりと離した。
「へ…あ…う、うん…」
「結構」
名残惜しそうな表情をしていたメイだったが、シュバルツは気にすることも無く差し入れられたコーヒーを飲み干す。そして手近にあった何かの資材が入っているであろう木箱の上にコップを置いた。
「そう言えば、お前私に何か訊きたいことがあったのではなかったか?」
「え…あっ!」
作業に移る前のことを思い出したのだろう、メイがしまったという表情になって軽くパンと手を合わせた。
「そうだった!」
「何だ? 私で答えられることなら何でも答えるが」
「ホント!?」
「ああ」
「えっと…あの機体のことなんだけど…」
「だろうな」
口角を上げたままシュバルツは頷いた。
「やっぱり…わかってた?」
少し気まずそうにメイがシュバルツを上目遣いで覗き込む。
「無論。メカニックとしては当然のことだろう。推測するまでも無い」
(まあ、ジルから探りを入れるように指示も出ているのだろうが…)
ここが軍事施設であり、自分をまだ扱いあぐねている以上は当然のことだとシュバルツは思っていた。一日二日で信頼が得られるとは思ってもいないし、逆に得られたのなら上層部の危機管理が無いこと甚だしい。未知のものに対する対処としては極めて当然の処置である。
もっとも、少し調べたところでどれだけのものが得られるものかとは思っていたし、例えそれなりのものを得ていたとしても実際に技術に転用できない以上は絵に書いた餅に等しい。そして現段階では、そう簡単に解明も転用も出来ないと踏んでいた。そうでなければ、こうやって突っついてくることも無いからだ。
(まあ、モビルファイターの技術がそれほどここで役に立つとは思えんしな…)
戦闘映像の記録を見た限りでは、パラメイルの技術でモビルファイターに有用になりそうなものは無い。であれば逆もまた然り。例えば自身が操縦桿を握って操縦することも、パラメイルの搭乗者たちがモビルトレースシステムを使うことも、共に百害あって一利なし。無駄とは言わないが、こちらの技術を有用なものとして確立するのに相当な時間がかかるだろう。そしてそんな時間を確保している間に全滅といったことになってしまっては元も子もない。
故にシュバルツは、ある程度のことは素直に教えるつもりでいた。
「で、何が聞きたいのだ?」
「ええっと…あれってどうやって動かすの?」
恐らくは一番気になっているであろうことを訊いてきた。
「モビルトレースシステムを採用している」
「も、モビルトレースシステム???」
頭上に?が多数出現しているような表情でメイが腕を組んで首を捻った。
「わかるわけはないだろうな。システムの名前だけ言っても」
そんなメイが微笑ましかったのだろうか、シュバルツはくつくつと笑いながら言葉を続ける。
「モビルトレースシステムとは搭乗者の動作をセンサーによってトレースし、その動きをフィードバックさせて機体を動かすシステムだ。モーションキャプチャーを想像すればわかりやすくなるかもしれないな」
「ああ!」
それでなんとなく外郭がつかめたのか、メイがポンと手を打った。
「つまり搭乗者がパンチをすれば機体も同じようにパンチをして、キックをすれば同じようにキックをするって感じでいいのかな?」
「そうだ。さすがに飲み込みが早いな」
褒められ、むず痒そうな表情でメイがえへへと笑った。
「そっか。道理でコックピットらしき場所に操縦桿もペダルやレバーの類も無いわけだ」
「そういうことだ」
疑問が氷解し、メイがうんうんと納得いったように何度も頷く。そんなメイを見て、シュバルツはこの子は根っからのメカニックなんだなと感心していた。
「他には何かあるのか?」
「えっとねぇ…」
それから幾つかの質疑応答を交わしながら、二人は穏やかな時間を過ごしていた。
「ありがと。大分疑問点が解けたよ♪」
「それは何より」
どれだけ話していただろうか、ようやく二人の話し合いは一段落ついた。既に日は水平線に沈みかけている。
「そろそろ引き上げた方がいいだろう。夜風は身体に悪い。これでお前が体調を崩した日には、私は立つ瀬が無いからな」
「そうだね。でも、私はそんな軟弱者じゃないよ」
えっへんとメイが胸を張った。先程までのやり取りで大分気心が知れたのだろう、二人は随分と気安い間柄になっていた。
「そうか。それは失礼したな」
苦笑しながらシュバルツが軽く頭を下げた。
「ホントだよ。後ね」
「うん?」
「今後はお前って言うのは止めてくれないかな? メイって呼んで」
「…いいのか?」
「うん! その代わり私も遠慮なくシュバルツって呼ばせてもらうけどね」
「わかった。では今後とも宜しくな、メイ」
「こちらこそ。宜しくね、シュバルツ!」
互いが互いを認めて握手を交わす。ここにまた一つ、新しい縁が誕生した。
「では今日のところは失礼する。また明日逢おう」
「うん! じゃあね、シュバルツ」
「ああ」
手を振るメイに軽く手を上げて答えると、シュバルツはその場を去っていった。
「ふぅ…」
シュバルツがその場からいなくなると、メイは疲れたように溜め息をついた。
「ジルに報告しなくちゃなぁ…」
戦果と呼べる戦果はほとんどない。確かに色々と話は聞けたが、それが自分たちにとって有用なものというわけではなかった。
シュバルツが嘘をついている可能性も確かにあるが、もしそうならまだまだ子供のメイには大人の腹芸に太刀打ちできるわけは無い。しかしメイにはシュバルツが嘘をついているようにはどうしても思えなかった。
(私が甘い…のかなあ?)
ジルなら間違いなくそう言うだろう。あるいはサリアもそうかもしれない。でもメイにはどうしても、シュバルツを良いように利用するためだけに向き合うことは出来なかった。
「……」
不意に手が髪に伸びる。今もまだ、大分前にシュバルツに撫でられた感触が残っているような気がした。
確かにシュバルツは何もかも話してくれたわけではないだろう。明かせない・明かしていない情報もあるはずだ。でも、だからと言ってそれを即、不実とか裏切りに繋げていいものだろうか。
(もし同じ状況下だったら、私だって慎重になるだろうし…)
右も左もわからない世界に放り出されたのだ。まず己の立ち位置を確保するのが最優先だろう。そのためにはある程度の駆け引きや立ち回り、腹芸だって当然必要になる。それを責めるのはあまりにも身勝手な気がするし、酷だと思った。
そしてだからこそ、シュバルツには誠実に向き合うのが一番だという気もした。
「うん」
メイが頷く。そして彼女は決めた。やはり自分には、シュバルツに対して企みを持って臨むことは出来ない。誠実に相対するのが自分のやり方だと。そしてそれが、一番間違ってない対処法のような気がした。
(それでいいよね、お姉…)
(仇は絶対に討つから。だから私のやり方を見守っていてね)
そう心中で決心すると、メイはジルに報告すべく通信を開いた。
(メイ…か)
帰路、シュバルツもメイのことを考えていた。
(立場上仕方の無いことかもしれないが、あんな子供に重荷を背負わせねばならんとはな…)
機体のことについての色々な質問は、メカニックとしての純粋な興味と上からの命令の半々だろうなとシュバルツは考えていた。調べてもわからないことは、わかる人間に訊くのが一番簡単で手っ取り早いからだ。
別にそのことを責める気は無い。未知に対しての対処方法を講じておくのは必要なことだし普通のことだ。ただその手のものが暴走したときにどうなるか…。
身をもってそれを知っているだけに、その矢面に立たされている(本人にその自覚があるのかどうかはわからないが)メイが不憫でならなかった。
これが悪意を持って近づいてきているのなら割り切って対処も出来るのだが、そうではないと思われるだけに悩ましいところだった。
(ジル…)
その視線の先に浮かぶのは、このアルゼナルの司令官。
(モビルファイターの技術を貴様がどうするつもりかは知らん。有用なものとしてパラメイルに転用できる技術もほぼ無いだろう。が、くれぐれも後進を踏み台にするような真似はするなよ…)
「先に立つ者は、後に続く者の標となるが道理…」
そう呟き、シュバルツは自室への帰路を進んでいった。