機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

ゴールデンウィーク最終日に投稿です。

連休の最後に花を添えることになってくれれば幸いです。

では、どうぞ。


NO.37 誘われて 中編

「…とりあえず、顔を上げてくれ」

 

顔を伏せ、土下座しているサラにシュバルツはそう声をかけた。

 

「ですが…」

 

サラが伏せていた顔を少しだけ上げてシュバルツと視線を合わせる。

 

「まだ話し合いが終わったわけではあるまい。頭を下げるのはこちらの話を聞いてからでもよかろう。さあ、座布団に座り直せ」

「そ、そうだよ。そうしなって」

 

ナオミも同意し、ナーガとカナメも当然同調したため、では…と、外した座布団に座り直した。

 

「さて、それでは今度はこちらだな」

 

しかし…そう続けると、シュバルツはククッとくぐもった笑いを上げた。

 

「どうかしましたか?」

 

笑いの意図が良くわからずにサラが尋ねる。

 

「いや、『私から話す』と言っておきながら、結局は先にそちらに話させてしまったと思ってな」

「あら、そう言えばそうですね」

 

口元に手を当て、クスクスとサラが笑った。

 

「シュバルツ、貴方、いい尋問官になれますわよ」

「嬉しくはないな」

「まあ♪」

 

そこで周囲からも笑いが起き、実にいい雰囲気となった。意図してかせずかはわからないが、土下座によって少し張り詰めていた雰囲気がなくなったのである。

 

「さて、では今度こそ本当にこちらの話をしようか」

 

シュバルツがそう言うと、四人の視線がシュバルツに集まった。

 

「とは言え、お前たちには私が何を言っているかはわからないだろうがな」

「ですが、聞かないことには始まりません」

「そうだね。さ、どうぞ」

「ああ」

 

サラとナオミに促されて頷くと、シュバルツは己の話を始めたのだった。

 

「私はネオドイツのガンダムファイター、シュバルツ=ブルーダーという」

「え?」

「一方でネオジャパンの科学者、キョウジ=カッシュでもある。それが、今の私だ」

「……」

 

ナオミを始め、ナーガとカナメの三人が頭を捻っている。そんな中、サラだけはわからないながらも黙ってシュバルツの話に耳を傾けていた。

 

「今言った固有名称の中で、私の名前以外に聞いたことのある単語はあるか?」

 

その問いに、質問者のシュバルツ以外の全員の首が左右に振られる。

 

「だろうな。つまりは、そういうことだ」

「そういうこと…って?」

 

要領を得ないのか、ナオミが口を開いた。本当は彼女もわかっているのかもしれないが、それを認めたくないというか、口に出すのも憚られるのだろう。

 

「この世界と、私やナオミ、お前がいた元の世界とは又違う世界。そこから時間と空間の壁を越えて私はこの世界にやってきたということだ」

 

さらっと、しかし彼女たちにとっては衝撃過ぎる発言を話すと、次いでシュバルツはアルゼナルで最初にジルに尋問されたときに答えたことを述べ始めたのだった。

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

一通りのシュバルツからの話を聞いた後、サラは湯飲みに口をつけた。そして、己を落ち着かせるために、また情報を整理するために大きく息を吐く。

 

「正直に言うと、半信半疑…といったところでしょうか」

「あ、あはは、そうだね」

 

ナオミの乾いた笑いが室内に響き渡る。彼女もサラと同じく、まだ信じられないといったところだった。ナーガとカナメにいたってはまだ理解が追いついていないのか、頭から湯気が昇りそうな状態の手前である。

 

「コロニー国家連合、ガンダムファイト、モビルファイター…」

「それに、未来世紀、シャッフル同盟、ガンダムファイター…だったっけ?」

「ああ」

 

彼女たちの出したそれぞれの名称に、シュバルツが大きく頷いた。

 

「我々の真なる地球と偽りの地球。それとは又全然違う、第三の地球…正確には地球圏ですか」

「…世界って、広いんだなぁ」

 

呆れとも感心ともつかない口調でナオミが呟いた。が、仕方のないことだろう。何せシュバルツの話は予想外どころか予想の範疇を超えているのもいいところだったのだ。呆けるのも仕方ないことだった。

 

「私はあの時、確かに死んだはずだった」

 

シュバルツが口を開き、四人の視線が又もシュバルツに集まる。

 

「だが、こうして生きている。それも、自分がいた世界とは全く違う、縁もゆかりもないこの世界でな。それに何か意味があるのか。あるとしたらそれは何なのか。今まで何度か考えてきた疑問だ」

「正直、それがお前たちに手を貸すことなのかどうかはわからん。或いは、他にすべき本当のことがあるのかもしれん」

「だが…」

 

シュバルツはそこで一度言葉を切った。が、誰もその後口を開く者はいない。皆、シュバルツの次の言葉を待っているのだ。

 

「…だが、この世界の理を知ってしまった以上、見て見ぬ振りはできんな。それに、お前たちに与することがアルゼナルの連中のためになるのでもあれば尚更な」

「! では」

 

サラが詰め寄ると、シュバルツは頷いた。

 

「いいだろう。私の力でよければ、貸してやる」

「本当ですか!?」

「男に二言はない」

「ありがとう、シュバルツ!」

 

協力の言質を取ったサラが感謝の意を伝える。ナーガとカナメも嬉しさとホッとしたような気持ちが入り混じった表情になった。

 

「アルゼナル…かぁ」

 

そんな中、ナオミが一人呟いた。

 

「帰りたいのか? ナオミ」

「あ、聞こえちゃった?」

「ああ」

 

まさか聞こえるとは思ってなかったのか、恥ずかしそうにえへへと笑う。

 

「帰りたい、かぁ。どうなんだろうね?」

 

ナオミは複雑な表情を浮かべるとそう呟いた。

 

「懐かしいなとは思うよ。でも、帰ってもドラゴンとは戦う理由がなくなっちゃったから、メイルライダーとしてはもう復帰できないしね。でもだからって、私一人だけこうやって安全なところでのんびりしていいのかと言えば、それも違う気がするし…。正直言ってどうすればいいのかわからないっていうのが本音かなぁ…」

「そうか」

 

それも無理からぬことだった。だからそれ以上シュバルツはナオミに話の矛先を向けることはしなかった。彼女の問題は彼女自身でケリをつけるしかなかったからだ。そのため、サラへの会話にシフトチェンジすることにする。

 

「力を貸すことは吝かではない。だが、幾つか条件がある」

「何でしょうか? 我々にできることでしたら、何なりと」

「では、お言葉に甘えさせてもらう。まず一つ、私はやはりアルゼナルは見捨てられん。だから力を貸すといっても直接的にお前たちの戦力になるというよりは、アルゼナルに与してその結果お前たちの有利になるように物事を進めていくという形になることが大半になると思うが、そこは納得してほしい。その代わり、もしアルゼナルとお前たちが背反しあうことになったら、理のあるほうにつく。それで構わないか?」

「ええ、結構ですわ。私たちは徹頭徹尾自分たちのスタンスを変えるつもりはありませんもの。ぶれるとしたらアルゼナルのほうだと思いますから。そうなれば貴方がどういう行動を取るか、火を見るより明らかですからね」

 

随分と大きく出たものだと思ったが、それは言葉通り自分たちのスタンスを全く変えるつもりはないからであろう。だから自信を持ってこういうことを言えるのだろう。その点に関しては、残念ながらアルゼナルよりこちらのほうが余程信頼を置けた。

 

(てっぺんがあれだからな)

 

シュバルツの脳裏にジルの姿が浮かび上がる。彼女の真の目的が何なのかはまだわからないが、そのためにこちらを利用しようとしているのは流石に見え見えだった。

ああいう連中よりは、こちらのように赤心を曝け出してくれたほうが余程力になってやろうという気にもなるのだが。

 

(それが出来ない事情があるのか。それとも、それすら出来ないほど余裕がないのか…)

 

正解は闇の中である。そして、その正解が白日の下に晒される日が来るのかどうかもまだわからなかった。

 

「二つ。先程の会見でも少し言ったが、私の機体のことだ。一度あれを徹底的に調べたいと思っていたので、それが出来る施設を貸してほしい。贅沢を言えば、なるべくなら外部との接触がない、独立した施設を希望する」

(万が一DG細胞の侵食が起きたら目も当てられんからな)

 

最後のことについてはシュバルツは自分の内心にしまいこんでいた。先程手の内を明かしはしたが、それでもデビルガンダムとDG細胞については言及は出来なかったのだ。

しかしこうして施設の借用を申し入れる辺り、この点でもう信用度ではアルゼナルより上位にきているのがうかがえた。

 

(ドラグニウムのことではないが、過ぎた力は必ず争いの元になり、身を滅ぼす。わざわざそんな存在を新たに提示してやる必要はあるまい)

 

争いの火種など、無いに越したことはないのである。

 

「そして最後。これは条件というよりは警告だが、もし私を謀っているのならばそれ相応の覚悟はしてもらう。以上、現時点では三点。呑めるか?」

「ええ…と言いたいところですが、さすがにそれだけのこととなると私の一存では決めかねます。一度、大巫女様や他の皆様に諮りたいのですが…」

「構わんよ。サラ…失礼、この呼び方で構わんか?」

「ええ」

 

勝手に略称で呼んだことに対して事後ながらシュバルツが同意を求め、サラは快く了承した。

 

「では改めて…サラ、お前がここでどれほどの立場なのかは知らんが、個人の一存で決めかねるのは当然のこと。そして、他の連中と諮りたいと思うのも当然のことだからな」

「ありがとう、シュバルツ」

 

礼を述べたサラに、気にするなとシュバルツは微笑んだ。そして次に苦笑する。

 

「? どうかしましたか?」

「いや…」

 

シュバルツが覆面の上からポリポリと顔を掻いた。

 

「本来ならこういった話し合いではもっとお互いに化かし合ったり、手の内の隠し合いをするべきなのだろうが、どうも私には向いていないようだな」

「そうですわね。尋問官ではなく、外交官や交渉人には向かないでしょうね、貴方」

「そうだな」

 

まさにその通りなため、シュバルツは頷かざるを得なかった。

 

「でも、そっちのほうがいいと思うよ」

 

そこにフォローを入れたのは今まで黙って耳を傾けていたナオミだった。思わぬ方向からのフォローに、シュバルツが覆面の下で驚いた表情になってナオミに視線を向けた。

 

「だって、必要もないのに腹の探りあいや化かし合いやっても疲れるだけじゃない? そりゃあ、そうしなきゃいけない事情があるときは当然あるだろうけど、しなくていいならそれに越したことはないと思うな。毎度裏を読もうとしても、そもそも裏がないことだってあるわけだし、それにそんなことばかりしてたら人間性も歪むと思うな」

「手厳しいな」

(だが、心当たりはある)

 

元の世界で言えばウルベやウォン、そしてこの世界で言えばジル。一癖も二癖もある連中の顔が即座に浮かんできた。

 

「簡単に考えすぎるのもよくありませんが、だからと言って難しく考えすぎるのもよくないといったところでしょうか」

「そんなところかな? シンプル イズ ベストっていう言葉もあるぐらいだしね」

「それで世界が回れば、どれだけ楽で簡単かはわからんがな」

「ええ」

「そうだね」

 

期せずして哲学的な話になってしまい、三人はほぼ同時に溜め息をついた。

 

「ま、とりあえず!」

 

自分の発言で妙な空気になってしまったことを打破しようとでもいうのか、すぐにナオミが明るく声を張り上げた。

 

「いい方向に話が纏まったんだし、今はこれでいいんじゃない?」

「まあ、そうだな。私としては、後はそちらの出方待ちでしかないしな」

「私たちも悪いようにはしませんわ。そもそも最初から貴方を排除するつもりなら、わざわざこちらに連れてくるなどといったまどろっこしい真似はしませんもの」

「違いない」

 

そこで三人は静かに笑い合った。そのときにはもう、先程までの妙な空気は霧散していたのであった。

 

「それじゃあさ」

 

続けてナオミがシュバルツに話しかける。

 

「何だ?」

「友好の第一歩…ってわけでもないけど、そのマスク、外す気はない?」

 

下から窺うようにナオミが覗き込んでいた。

 

「あら、それはいい考えですね♪」

「確かに」

「もっともな話ですね」

 

サラも乗り気だ。これに関してはナーガとカナメも口を挟み、二人の意見に賛同する。

 

「別に構わんが…」

 

四人の意見を聞いたシュバルツが答える。元々覆面を被ったのは、ここがどういう世界かわからないから、その用心のために過ぎない。死んだはずの身としては、万に一つもこの素顔を知ってる人間がいて話がややこしくなったら困るのである。

とは言え、ナーガとカナメが自分を連れてきたことを考えればその考えは杞憂であるのはすぐにわかることだった。なにせ、未来世紀の世界には彼女たちの乗っているような機動兵器はなく、それ以前に羽や尻尾の生えている人間はいなかったからだ。

普段のシュバルツならすぐにでも気づきそうなものだが、ここに連れてこられたことで少なからず気が動転していたのか、それとも気がついてからすぐ行動したからか、半ば条件反射的に覆面を被ってしまっていたのである。

そんなわけで、覆面を外すことには何ら抵抗がないシュバルツであった。

 

「何の変哲もない顔があるだけだぞ?」

 

一応、先にそう言っておく。別に顔に大きな傷があるわけでも、目立つような痣があるわけでもない。ごくごく普通の顔があるだけなのだ。何かを期待しているとしたらガッカリさせるのは可哀想だと思って先に釘を刺すことにした。

 

「それならなおさら構わないでしょ?」

「ええ。これから共闘するのですから、隠し事はなるべくしてほしくないですわね」

 

ナオミとサラが言葉を重ね、ナーガとカナメはワクワクしてるような眼差しで見ている。

 

「まあ、それもそうか」

 

納得すると、シュバルツは覆面に手を掛けてあっさりとそれを脱いだ。

 

「ふぅ…」

 

酸素を求めるように大きく息を吸ってから吐くと覆面を懐に忍ばせて、少し俯き加減だった顔を上げる。

 

『……』

 

その素顔を見た四人は、一様に視線をシュバルツの顔に向けたままでいる。

 

「? ふっ、どうだ、別に普通の顔だろう?」

 

四人の醸し出す妙な雰囲気に少し戸惑ったシュバルツが、それを壊すために軽く微笑んで話しかける。そして、まるでそれが解呪の呪文であるかのように四人が再起動し始めた。

 

「え…う、うん」

「ま、まあ、悪い顔ではないぞ」

「そ、そうだね、その通りだよ」

 

しどろもどろになりながら、ナオミ、ナーガ、カナメの三人が口々にそう言った。が、

 

「……」

 

一人、サラだけは未だ固まったままだった。

 

「? サラ?」

 

シュバルツが顔を覗きこむ。と、

 

「っ!」

 

再び、それがスイッチになったかのようにサラが再起動した。が、そのまま俯いてしまう。

 

「? どうした?」

「い、いえ。お気になさらず」

 

そのまま口元に握った手を持っていくと、コホンと一つ咳払いをする。そして、

 

「失礼しましたわ」

 

ゆっくりと顔を上げた。その時にはもう、いつものサラに戻っていた。少なくとも、付き合いの短いナオミと、さらに短いシュバルツにはそう見えたのだった。しかし、

 

(姫様…)

(まさか…)

 

サラとの付き合いが長いナーガとカナメは何かを感じ取っていたようだった。

 

「そうか。では、一つ頼みがあるのだが」

 

幸か不幸かそれ以上突っ込むことはせずに、シュバルツは今度はそんなことを言ってきた。

 

「頼み…ですか?」

 

サラが聞き返す。

 

「ああ」

「何でしょう? 私に出来ることなら何でも…とは言いませんが、出来る限りの便宜は図りますわ」

「アルゼナルの様子が知りたい」

 

簡潔に、シュバルツが自分の頼みを述べた。

 

「ここで私がどれぐらい気を失っていたのかはわからないが、やはりアルゼナルが気になる。何せ戦闘終了直後につれられてきたのだからな。もし今第三勢力に攻められていたらひとたまりもないだろう。お前たち以外にアルゼナルとやりあう連中がいるとは思えないが、用心はしておくに越したことはないからな」

「わかりました。それぐらいのことでしたら」

 

サラが頷くと、後ろのナーガとカナメにあれを…と告げた。二人は短く返事をすると、すぐに部屋を出る。そして、少し時間を置いて戻ってきた。二人で少し大きめの鏡を抱えて。

 

「これは?」

 

自分の正面に設えられる格好となったその鏡について、シュバルツが尋ねた。

 

「遠くの映像を映し出す装置だ。まあ、大掛かりな覗き穴とでも思ってくれ」

「姫様が開発した技術の一つです」

「へー…」

 

知らなかったのか、ナオミも感心したような声を上げた。

 

「ほう…大したものだな」

「まだ開発段階のものです。装置としては不安定なので、まだ実用化は先のことになるでしょうけど」

 

褒められたのが嬉しかったのか、軽く頬を染めながらサラがその鏡のあちこちを色々といじくる。そして、

 

「できましたわ」

 

そういって頷くと、メインスイッチと思われる場所をいじった。すると、その鏡に現時点でのアルゼナルの様子が映し出された。そして、

 

「! これは!」

 

そこに映った映像は、シュバルツを驚かせるには十分なものだった。だがそれも仕方のないことだろう。何せ、自分が先程言ったことがまさかの現実になっていたのだから。

そこには、まだシュバルツの与り知らぬことではあるが人間の軍勢に攻められて半壊状態になりながらも何とか持ちこたえているアルゼナルの様子が映ったからだ。

 

「嘘…アルゼナルが…」

 

次いで、ナオミも呆然とした様子で呟く。彼女にとってアルゼナルは故郷である。呆然とするのも当然であった。

 

「これは…偽りの地球の人間たちの軍ですわね」

 

二人を落ち着かせるためだろうか、サラがその軍容を見て呟いた。

 

「だろうな」

 

努めて冷静になりながら、シュバルツが返す。アルゼナルの敵といえばドラゴン…こちらの世界の連中だが、今は向こうに攻めていない。である以上、攻めているのはあの世界のアルゼナル以外の存在。言い換えれば、ノーマ以外の存在ということになる。

流石に、他の時空からそれこそ本物の第三勢力が攻めてきた…という事態ではないだろう。そうなられたら、それこそお手上げではあるが。

その間も、サラが装置をいじくって色々な角度からアルゼナル内部の様子を見せる。

瓦礫の山となったジャスミンモール、整備デッキ上での必死の攻防戦、不安に慄きながら避難するアルゼナルの人員と、それを探索する人間側の戦闘員などなど。

 

「あ…あ…あ…」

 

その惨状に、ナオミが声をなくしている。シュバルツも厳しい表情でその戦況を睨んでいた。そして鏡は、二人にとってもっとも映してはいけないもの…黒焦げの消し炭状態になった、哀れな隊員たちの姿を映し出してしまった。

 

「……」

 

その映像を見たナオミは本当に言葉をなくし、そして、

 

「! ナオミ!」

「いけない!」

 

そのまま気を失って倒れてしまった。ナーガとカナメが慌ててナオミの元に駆け寄る。

 

「カナメ、そのままその場にナオミを横たわらせなさい。ナーガ、貴方は奥に布団を敷きなさい」

『はい』

 

二人はサラの指示通りに動いた。

 

「そのまま二人でナオミを抱えて、布団に寝かせなさい」

『わかりました』

 

ナーガが戻ってきたタイミングで次の指示を出す。二人はその指示通り、ナオミを抱えて奥へと運んでいった。

 

「…何処の連中が攻めているか、わかるか?」

 

指示を出し終わるのを見計らってか、シュバルツがサラに尋ねた。

 

「ミスルギ皇国です。リザーディアから報告がありましたから」

「リザーディア? そう言えば先程の会見で、一度その名が出てきたな」

「ええ、我々が向こうの世界に放っている“草”ですわ。向こうでは、ミスルギ皇国近衛長官、リィザ=ランドックという人物になっています」

「近衛長官…」

 

その言葉に、一人思い当たる人物がいた。アンジュを救出しにミスルギ皇国に潜入してシュピーゲルで脅しをかけたとき、あの愚兄と愚妹が盾にして後ろに逃げ隠れていた人物がいた。

 

「女か?」

 

名前からして恐らく間違いないだろうなと思いながら、シュバルツがサラに尋ねた。

 

「ええ」

(やはり…か)

 

サラが頷いたのを見て、あの女がそうなのだろうという結論に達する。切れ長の目をした、冷たい雰囲気だがいかにも才色兼備といった感じの女性だった。

…だがそれ以前に、この世界の男が全てドラゴンなのだから当たり前ではあるが。

 

「…もう一つ、頼みを聞いてほしい」

 

直後、シュバルツが重ねてそう言ってきた。その頃にはナーガとカナメもサラの指示を終え、戻ってきていた。

 

「何か?」

 

シュバルツが何を言うか半ば予想がついたが、それでもサラは一応聞いてみた。

 

「私を向こう側に戻してくれ。出来れば今すぐに」

(やはり…ね)

 

自分の予想が当たったことにサラは内心で溜め息をついた。シュバルツの気持ちは良くわかるが、それでも少しがっかりしたのだ。

 

(もう起こってしまったことは変えようもないのに…)

 

鏡に視線を移す。残念ながらもう攻防戦は終盤に入ろうとしていた。今からシュバルツが戻ったところで、大勢に影響はないだろう。それぐらいはわかると思っていたのだが…。

 

(好意的に解釈すれば、それでも仲間を見捨てられないといえるのでしょうが、ここは冷静な判断をしてほしかったですわね)

 

サラはそう思わざるを得なかった。冷たい言い方だが、時にはあらゆるものを切り捨てる覚悟も必要なのである。無論、寝覚めは良くないし、良心に苛まれることだってあるだろう。だがその結果、もっと大きな被害を出してしまっては元も子もない。どちらが正しいというものでもないし、どちらが間違っているというものでもない。それこそ個人の考え方や資質にも寄るのだろうが、どちらも正しいしどちらも間違っているのである。そしてサラはこの件に関しては、自分勝手な立場に立っての判断だということを理解していながらもシュバルツとは正反対の立場を選択していたのだ。そのために勝手ながらシュバルツの言動にがっかりしていたのである。

 

「落ち着いてください」

 

そのため、少しだけサラの口調が今までのものより固くなっていた。

 

「貴方が今帰ったところで、戦局はもう決まったようなものです。大勢には影響を与えません」

「わかっている」

(え?)

 

だからこそ、サラはシュバルツのこの言葉に不意を突かれてしまった。ならば何故、すぐにでも戻りたいというのだろうか。

 

「では何故、すぐにでも戻りたいと?」

 

素直に、サラが聞いてみた。

 

「奴に、私の弟と同じ徹を踏ませたくないからだ」

「奴?」

「アンジュだ。ミスルギに草を放っているなら、お前も知っているだろう? ヴィルキスの乗り手であり、元皇女殿下のノーマ。そして、お前が先程手を合わせた人物だ」

「ええ。知ってますわ」

 

名前を聞いてサラが頷いた。あの見事な金色の髪と真っ直ぐな紅い瞳は今も脳裏に焼きついている。

 

「攻めてきたのは、ミスルギの連中だと言ったな?」

「はい」

「そのてっぺんに立っているのは、言うまでもなく皇帝であるあの男だろう。アンジュの兄でもある…な」

「そうなりますね」

 

サラが同意する。

 

「このままいけば、アンジュは兄を討つことになってしまう。肉親を殺すような業を奴に背負わせたくない。私の弟と同じ十字架を背負わせるわけにはいかんのだ。これがまだ、攻めて来たのが他国の連中か、特攻したのがアンジュ以外だったらそうするつもりはなかった。が、皮肉にもそうはいかないようだ。故に頼む」

 

今度はそこでシュバルツが座布団を外して頭を下げた。先程のサラと同様、土下座したのである。

 

「こんな頭でよければいくらでも下げる。一時的でもいい、私を向こう側に戻してくれ。重ねて言うが、奴に私の弟と同じ業を背負わせるわけにはいかんのだ。例え、討とうとしている相手がどんな下衆であったとしても」

「……」

 

シュバルツの、額を畳に擦り付けんばかりの土下座を見下ろしながら、サラは黙っていた。ナーガとカナメは後ろから、どうするのだろうといった様子でサラが反応するのをジッと待っている。では、当のサラはどういう心境かというと、

 

(羨ましい…)

 

それが、率直なサラの心境だった。何のことかというと、シュバルツにここまでさせるアンジュやアルゼナルの存在が、である。

まだ会ってほんの少ししか経ってないサラが同じ立場だったら、シュバルツはここまではしてくれないだろう。それは仕方ないことなのだが、だからこそ思ってしまうのだ、羨ましいと。そして同時に、

 

(…妬けますわね)

 

そういった感情もその心中には渦巻いていた。それはまだ小さな炎だったが、心の中に灯ったそれは燻り、決して消えようとはしてくれなかった。

とは言え、サラは私情で判断を鈍らせるような浅はかな女ではない。せっかく纏まった話が御破算になるのは避けたいし、アルゼナルの戦力は自分たちの目的を達成するためにも必要なのである。それに何より、ヴィルキスとその乗り手であるアンジュ。彼女たちを万に一つも失うわけにはいかないのだ。

 

「わかりましたわ」

 

まだ忸怩たる想いは抱えているが、サラはシュバルツの頼みを了承した。

 

「! 本当か!?」

 

シュバルツが勢いよく頭を上げる。その、嬉しいともホッとしたともつかないその表情にサラは又ほんの少しだけ心がチクリと痛んだ。

 

「ええ。ですが、特異点を開くにはそれなりの下準備がいります。今からそれを行ったとしても、終結にはとうてい間に合わないでしょう。あの機体を通すほどの特異点となれば尚更です」

「では、どうするつもりだ?」

「要するに、あのヴィルキスの乗り手…アンジュが、兄であるミスルギの皇帝を討たないようにすればいいのでしょう?」

「そうだ」

「では、必ずしも機体ごと戻る必要はないわけです。シュバルツ、貴方自身に彼女を止められる自信があるのなら」

 

そこでサラはシュバルツを試すかのように、スッと目を細めてシュバルツの瞳を射抜いた。

 

「どうです? 貴方にその自信、覚悟がありますか?」

「自信はない。だが、覚悟ならある」

「そうですか。では、その覚悟で見事、彼女を止めてみせるのですね」

 

そう言うと、サラは座布団から腰を浮かせた。

 

「ここでは特異点を開くことはできません。こちらに」

「わかった」

 

頷いたシュバルツも同じように立ち上がり、サラの後をついていった。そしてナーガだけその後に続き、カナメはナオミを見るために部屋に残ったのだった。

 

 

 

 

 

「それから先はお前が知っているだろう、アンジュ」

 

シュバルツがアンジュに水を向けた。周囲の視線を集めたアンジュがこくりと頷く。

 

「私を助けに来て…いえ、止めに来てくれたのね」

「ああ」

 

同様にシュバルツも頷いた。

 

「こちらも驚きましたけどね」

 

そこで周囲の視線が今度はサラに集まった。

 

「確かに機体を通すだけの巨大な特異点は開けませんでしたが、まさか精神だけを飛ばすなんて真似、出来るとは思いませんでしたわ」

「そう…ね。確かに、驚いたわ」

 

アンジュも同意する。ここに来て初めて、サラとアンジュの意見が一致した。それがシュバルツに対してのものだというのがまた、らしいと言えばらしいのだが。

 

「あの程度、ガンダムファイターにとっては大した芸当ではない」

「…どこまで外れてるんですか、ガンダムファイターって」

 

シュバルツの当然のような答えにタスクが乾いた笑いを浮かべているが、それはこの場にいるシュバルツ以外の全員の総意でもあった。

 

「聞きたいのか?」

「い、いえ、遠慮しときます」

 

決して踏み入れてはいけない領分のような気がして、タスクは丁重に断ったのだった。

 

「ふむ。…まあとりあえずその後のことを少々補足するとアンジュ、お前を止めた後は彼女…ナオミを世話人としてつけてもらい、この世界を少し見て回らせてもらっていた。そんな時にこちらで救難信号をキャッチし、サラのお付きのナーガとカナメがお前たちを回収に向かった。そしてお前たちを回収して帰ってくる帰路でナーガたちから報告をもらい、救難信号を出していたのがお前たちだということがわかって、サラの隣でお前たちの様子を見させてもらった…と、簡単に言えばこういうわけだ」

「そ。わかったわ」

 

アンジュが答える。

 

「…でも、覗きなんてあんまり感心しないわね」

「確かにな。そこのところは気分を害したのなら謝ろう。だが、お前とて誉められたものではあるまい。尋問に近い話し合いとはいえ、早々に感情を爆発させるようではな」

「悪かったわね」

 

フンとアンジュがそっぽを向いてしまった。

 

「まあ、らしいと言えばらしいが。だからこそ、私が抑止力としてあそこにいたのだがな」

 

拗ねたアンジュに苦笑しながら、シュバルツが付け足した。

 

「さて、そこで…だ」

 

だがすぐに真剣な面持ちとなると、シュバルツはまた口を開いた。その雰囲気に、再び周囲の視線が否応なしにシュバルツに集まる。

 

「お前はどうする? アンジュ」

「どう…って?」

 

アンジュがシュバルツに尋ね返した。

 

「決まっているだろう。お前の今後の身の振り方だ」

「……」

 

シュバルツのその言葉に、アンジュはすぐに返事を返すことができなかった。

 

「私の立場は先程明かした。アルゼナルに与しながら、ドラゴンの益になるような立場として今後は動く。そして、その過程でアルゼナルとドラゴンが袂を分かつならば理のある方につく。そしてお前にも、そう遠くない未来に選択を求められる時が来る。お前にとっては気に入らないかもしれないが、両者にとって鍵であるヴィルキスの操者である以上、どちらもお前を放ってはおかんだろう。その時、お前はどういう選択をするつもりだ?」

「そんなこと、急に言われても困るわ…」

 

アンジュが現在の心境を素直に吐露した。天秤にかけて判断するには材料が足りないし、自分の意思を無視されて利用されるのはアンジュにとって一番嫌いなことでもある。何より、どちらも選ばない第三の選択だってあり得るのだ。

だが、それを見極めるには今の彼女には無理だった。先述のように判断材料は足りない上、いきなりの急展開で精神的にも肉体的にも疲労しているのである。今の状態では正常な判断を下せるかどうかは怪しいものだった。

 

「まあまあ」

 

それを察したのか、サラがパンと一つ柏手を打って話の流れを無理やりに自分へと持ってきた。

 

「とりあえず、今日のところはこれぐらいにしませんか? そちらの二人もお疲れのようですし、ゆっくり休んで続きはまた明日ということにしては?」

「だ、そうだが、どうする?」

「え、ええ…?」

 

サラとシュバルツに促され、アンジュは珍しく口ごもった。と、

 

グウウウウウウウウッ…

 

腹の虫が鳴ったのだった。が、鳴らせたのはアンジュではなく、

 

「あ、あはははは…」

 

アンジュの隣に座っているタスクだった。

 

「タスク、あんたねぇ…」

 

まるで計ったかのようなタイミングでの腹の虫にアンジュは呆れながらため息をつく。が、対照的にサラは楽しそうにニッコリと笑った。

 

「話が少し長かったようですわね。夕餉にしましょうか」

「賛成! 腹が減っては戦はできぬってね」

 

ナオミが追随する。

 

「もっとも、今の私たちを取り巻く状況だと、誇張でも何でもない表現なんだけどね」

「上手い!」

「だが、笑えんな」

 

タスクとシュバルツのツッコミに、言葉に反して周囲からは笑いが起こった。

 

「それでは、支度をさせましょう。しばしお待ちください」

 

そう言ってサラが座を外し、ナーガとカナメも後に続いた。そして彼女たちを見送った後、

 

「あの、トイレどこかな?」

 

タスクがナオミにそう尋ねたのだった。

 

「案内するよ。ついてきて」

「ゴメン、頼むよ」

 

ナオミはニッコリ微笑むと、サラたちと同じようにタスクを伴って出て行ったのだった。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

次々に部屋を後にする面々の背中に声をかける。だが、誰も振り返ることはなく、結果的に部屋にはアンジュとシュバルツだけが残されることになった。

そしてシュバルツはというと…

 

「……」

 

ゆっくりと、今はもうずいぶんと温くなってしまったお茶の入った湯飲みに口をつけてそれを味わっているところだった。

 

(う、気まずい…)

 

勿論、無事に再会できたことについては当然嬉しいのだが、つい先程身の振り方を聞かれた相手と二人きりにされてアンジュは対応に困っていた。彼女らしなく目線をあちこちに走らせたり、忙しなく指先を動かしたりしている。と、

 

「アンジュ」

 

お茶を飲んでいたシュバルツが沈黙を破った。

 

「は、はい!」

 

いきなり声をかけられ、アンジュとしてはらしくない返事をする。そんなアンジュを見てシュバルツはいつものようにフッと微笑み、

 

「無事でよかった」

 

そう、慈しむように声をかけたのだった。

 

「あ…」

 

その一言で呪縛が解けたようにアンジュが落ち着く。正直、ここにきての急展開に未だ色々混乱することはあるし、何よりあの気に入らない女たちについてキッチリ説明してもらいところもある。だが、

 

(とりあえず今は、こうして再会できたことを喜ぶべきなのでしょうね)

「ありがとう、シュバルツ」

 

そういう結論に至り、短い返答を返すとアンジュは同じように湯飲みに口をつけた。中に入っていたお茶は予想通り温くなっていたが、もうそんなことは気にならなかった。

こうして、あくまでもアンジュだけが感じていたのだがギクシャクした雰囲気は霧散し、代わりにいつもと変わらない雰囲気が二人を包んだのだった。


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