ゴールデンウィークに突入ということで、少し頑張ってみました。
連休のお供の一つにでもなってくれれば幸いです。
では、どうぞ。
「はい、どうぞ♪」
「ああ、ありがとう」
日本茶を入れた湯飲みを自分の前に置いてくれたナオミに、シュバルツは礼を言う。ナオミははにかみながら嬉しそうにシュバルツの右隣に腰を下ろした。
部屋に入った一行は床の間に座布団を敷き、それぞれその上に座っていた。引き戸に板張りの床に座布団に湯飲みと、和風テイストのオンパレードである。
そんな中、少し熱めの湯飲みを手に取ると、シュバルツは軽くそれに口をつける。そしてシュバルツの目の前に居る二人…アンジュとタスクもそれを確認してからおずおずと湯飲みに手を伸ばした。
(毒など入ってはいないのだがな…)
警戒しての二人の行動だろうが、まあ仕方ないかとも思う。何せ二人にとってはここはまだ右も左もわからない世界なのだ。警戒してしすぎることはないだろう。
(当然の行動か)
納得すると、シュバルツはこれからする話を纏めるために頭を回転させ始める。
「さて…」
アンジュとタスクが湯飲みから口を離してホッと一息ついたタイミングを見計らって、シュバルツが口を開いた。当然ながら、周囲の視線がシュバルツに集まる。
「何処から話せばいいものかな…」
「決まってるじゃない。全部よ」
アンジュが真剣な面持ちで口を開く。
「それはわかっている。だが、どういった取っ掛かりで話せばいいかと思ってな。まあ、それはそれとして…」
そこでシュバルツは自分の左隣に目をやった。そこには、シュバルツやアンジュたちと同じように座布団の上に腰を下ろしてニコニコしているサラマンディーネとお付きの二人の姿があった。
「サラ、お前たちは別に席を外しても構わないぞ」
「あら? お邪魔ですか?」
「いや、そういう「邪魔よ」…」
そういうわけではないがと言おうとしたシュバルツを遮って、アンジュが短く切って捨てた。だが、そこは敵もさるもの。アンジュの言葉を黙殺したサラマンディーネ…サラがシュバルツに視線を合わせ、
「お邪魔ですか?」
と、もう一度聞いたのだった。
「別に邪魔ではないがな…」
その返答にアンジュはムスッとし、サラはニコニコと笑った。
「お前たちは当事者だし、それに一度話したことだ。別に目新しい話などないぞ。あまり賢い時間の使い方とは思わんが…」
だが、サラも大人しく退きはしない。
「それを決めるのは私たちですから」
そこで、サラは後ろを振り返った。
「ナーガ、カナメ、貴方たちはどうします?」
そして後ろの二人…ナーガとカナメに声をかける。
「勿論、姫様のお供をします」
「改めて言うまでもありません」
「…だ、そうです」
身体を元に戻すと、サラが自分たち三人の意思をシュバルツに伝えた。
「…まあ、お前たちがそれでいいなら構わないがな」
「では、決まりですね」
ニコニコしながらサラたち三人は仲良く湯飲みに口をつけた。自分の意見が通らなかったアンジュは目に見えて不機嫌の度合いが増したが、タスクが宥めているため何とか噴火を起こすには至らなかった。
(やれやれ、最初からこれではな。先が思いやられる)
そう思ったが仕方ない。とりあえず現状を打破するために、シュバルツはこちらの世界で己に起きたことを話し始めることにした。
「事の始まりは…」
シュバルツが口を開いたことで再び周囲の視線がシュバルツに集まる。そして、物語が始まったのだった。
(…の戦士よ、い…の戦士よ)
暗い闇の中で横になっているシュバルツの耳に、誰かが語りかけてきていた。
(聞こえますか、異世界の戦士よ)
(誰だ…?)
目も開かず、口もきけない上に動けもしないが、その声は直接脳に届いてきた。そして自分の脳内で返した返事にその声は答える。
(気が付かれたのですね。異世界の戦士よ)
(何者だ?)
相変わらず闇の中にいる感覚の中、脳内に響いてくる声と会話をするシュバルツ。だが、声の主はシュバルツの質問に答えるつもりはないようだった。
(まずは、我が呼びかけに応えてくださったことを感謝します)
(呼びかけ?)
シュバルツが内心で首を捻った。何のことを言ってるのかサッパリわからないが、それでも現実でも夢の中でも誰かに呼びかけられたことなどなかったからだ。しかし声の主はそんなシュバルツの心中を無視して話を進めていく。
(あまり時間がありません。一方的に言いたいことだけ言ってしまいますが、どうかご容赦下さい)
(待て、一体何を…)
(異世界の戦士よ。どうか、我が一族に力をお貸しください)
(何?)
“我が一族”…そのフレーズに引っかかったシュバルツが怪訝な声を上げた。自分が良く知るアルゼナルの面々は一族という繋がりで構成されているわけではない。ということは、この声の主はアルゼナルとは違うその一族のために助力を仰いでいることになる。
(どういうことだ? まるで話が見えんぞ)
(すぐにわかります。不躾なのは重々承知の上。それを承知で無理なお願いをしているのも。ですが、どうしても貴方の力が必要なのです、異界の戦士よ。我が一族の、そして貴方の大事な彼女たちのためにも)
そこで、声の主は苦しそうな悲鳴を上げた。
(どうやら、今はここまでのようです。どうか頼みます、異界の戦士よ)
(待て、一体誰に力を貸せと!)
(それもすぐにわかります。それでは、またいずれ)
(待て、せめて名ぐらい残してゆけ!)
(私は…)
残念ながらそこで声は途切れてしまった。そして、闇のように暗い中にあったシュバルツの意識も急に真っ白になり、一気に覚醒していく。
(誰…だ?)
尽きぬ疑問を浮かべたまま、シュバルツはゆっくりと目を開いたのだった。
「う…」
無意識の深淵から意識を浮上させ、シュバルツが呻いた。そしてゆっくりと目を開ける。そこはシュピーゲルのコックピットの中。未だぼんやりした意識を振り払うかのようにシュバルツが軽く左右に頭を振る。と、モニターがコックピットの外にいる見知らぬ三人の女性を映し出した。
『…誰だ? お前たちは?』
コックピットの中から外部向けの通信で外の三人に尋ねる。
「お前…たち?」
「! 貴様!」
シュバルツの言葉を聞いた左右の二人が表情を怒らせた。そして、最初に認識したときには気づかなかったが、二人とも得物を持っており、それに手を掛けていた。
「お止めなさい、ナーガ、カナメ」
そんな二人を、真ん中の女性が止めた。
「し、しかしサラマンディーネ様!」
「こやつ、姫様をお前などと!」
「いいから、お止めなさい」
『……』
中央の、サラマンディーネと呼ばれた女性が左右の二人…こちらはナーガとカナメと言うらしい…に重ねて念を押すと、不承不承といった感じではあったが二人…ナーガとカナメが矛を納めた。
「失礼いたしました」
中央の彼女、サラマンディーネがコックピット越しに軽く頭を下げたのが見えた。そのことにナーガとカナメはまた何か言いたそうだったが、今止められたのが効いているのか大人しく成り行きを見守っていた。
「お怪我はございませんか?」
重ねて尋ねたサラマンディーネの質問に、シュバルツは、ああ、と短く答えた。
『それより、お前たちが何者か教えてほしいのだがな』
シュバルツが再び口にしたお前という言葉にナーガとカナメの表情が再び険しくなる。が、サラマンディーネは気にする様子もなくニッコリと微笑むと、
「ここでは何です。こちらもお話したいことがあるのですが、とりあえずまずは出ていただいて場所を変えませんか?」
と、提案してきた。確かに現状ではコックピットの中と外でやり取りをしているので、頗る不恰好な形である。
『確かにな』
そのため、シュバルツにも反論はなかった。
「よかった。では、こちらへ」
『ああ』
そこで通信を切ると、ガンダムシュピーゲルにセキュリティを施し、懐からあのトリコロールのマスクを取り出して被るとシュバルツも外に出た。そして地上に降り立った瞬間、
(う…?)
足元がぐらつき、シュバルツは膝を着いてしまっていた。頭も少しクラクラして軽い目眩に襲われる。
(これは…?)
自身の身体の変調に驚いたシュバルツだったがそれも一瞬。すぐに回復して立ち上がった。
「大丈夫ですか?」
中央の彼女…サラマンディーネが心配そうに声をかけた。
「ああ、すまない」
しかし、すぐにシュバルツは返事を返す。
「どうやら少し疲れているらしい」
そう返事して顔を上げ、視線を前に向ける。そこには…
「! これは!」
目の前には見覚えのある三体の機体があった。忘れもしない、その機体はつい先程アルゼナルにドラゴンと共に攻め込んできた人型兵器だったのだ。それを理解した瞬間、シュバルツは先程の三人に瞬時に目を向ける。
パッと見、彼女たちはアルゼナルの面々と何も変わりはなかった。しかし、よくよく注意深く見てみると、アルゼナルの面々にはないある特徴が見て取れた。
それは、背中に小型だが羽が生えており、尻から尻尾が生えていることだった。
(そうか、思い出したぞ!)
そこでシュバルツは意識を失う前のことを思い出す。自分はアルゼナルで、自分の直上に開いたシンギュラーから滑り降りてきた二体の機体に拘束され、シンギュラーの中へと引きずり込まれたのだ。であれば、目の前の三人は…
「お前たち、ドラゴンの…?」
それ以上の言葉は不要だった。何故ならば真ん中の彼女…サラマンディーネがクスッと笑みを浮かべたからだ。まるでその通りだと言わんばかりに。
「歓迎いたしますわ、偽りの地球の住人よ。…もっとも、貴方は偽りの星の民とは又少し違うのかもしれませんが」
「客人、まずはこちらへ」
「我らの指導者、大巫女様にお会いいただこうか」
左右のナーガとカナメも口を開く。予期せぬ展開にシュバルツは呆けていたがそれも一瞬のこと。すぐに覆面の下で表情を引き締めると、
「わかった」
頷いて了承し、身を翻して歩き始めたサラマンディーネの後に続いた。その背後を左右からナーガとカナメが固める。そして一向は、後にアンジュとタスクも案内されることになる神殿の中へと足を踏み入れたのだった。
「サラマンディーネ、只今戻りました」
『ご苦労であった』
「ありがたいお言葉」
神殿の中、御簾の向こうに姿を隠した幾つかの人影が見受けられる大広間で、サラマンディーネが帰還の挨拶をする。すると一番高いところに居る、距離的には遠く離れているが場所的にはシュバルツたちの真正面の御簾の向こうに居る人影が、サラマンディーネをねぎらうように声をかけた。
(あれが大巫女とやらか…)
シュバルツは真正面の人影に視線を向ける。自分の真正面にいる人物が間違いなく大巫女だと確定したわけではないが、場所的にも言葉遣いからもそうであることは恐らく間違いないだろうとシュバルツは思っていた。
『して、サラマンディーネよ。お主の後ろに居るその者が?』
「はい、リザーディアからの報告にあった、我らの一番の障害になりうる者です」
そのサラマンディーネの報告に、御簾の向こうの人影たちは一様にざわめきだした。
『静かにせぬか』
大巫女がその空気に釘を刺す。すると、他の連中はその意を汲んだかのようにすぐに静かになった。
『お主、名は何と申す』
「シュバルツ。シュバルツ=ブルーダーだ」
大巫女の問いかけにシュバルツもまた簡潔に答えた。それを皮切りに、大巫女以外から少々の質問がシュバルツに浴びせられることになる。
『何故、あの者たちに手を貸す?』
「成り行きでな」
『貴方、ホンモノの男?』
「? そうだが?」
『あの機体は一体何?』
「それに関してはノーコメントとさせてもらおう」
『その覆面は?』
「…まあ、こちらにも色々と事情があってな」
向けられる質問に素直に答えるシュバルツ。後に連れてこられるアンジュとは雲泥の差であるが、それもちゃんとした理由があった。自分が、今側に居る三人…正確にはナーガとカナメにだが…によってここ…まだここが何処かもわかっていないのだが…に連れてこられたというのはわかっている。
そして連れてこられたという事実を鑑みると、何らかの目的がこの三人にあったからと推測が出来た。ただ単に排除するためだったら、こんなまどろっこしいことはせずにこっちに連れてきた段階で実力行使に訴えればいいだけであり、もっと言えば向こうに居る段階で襲い掛かってきてもいいはずである。勿論、それで彼女たちの思惑通り排除出来るかどうかは又別問題ではあるのだが。
だが、そういうことはせずにわざわざ自分を攫ってこうやって自分たちの指導者、あるいは支配者階級と推測出来る面々に会わせている。と言うことは、何らかの意図…ないし、目的が彼女たちにあるということが理解出来たからだ。とは言え…
(先程の攻撃で第二中隊は全滅し、第三中隊は半壊に陥った。それを考えるとな…)
そう思わないではなかった。そしてそれをしたのは自分の目の前に居る人物…サラマンディーネである。苦楽を共にした仲間たちを殺され、怒りの感情がないはずはない。それを考えれば何も御簾の向こうの連中の質問に正直に答えてやる必要はなく、この場でサラマンディーネを害しても良かった。
それでもそうしなかったのは、彼女たちがドラゴンと何らかの関わりがあることがわかったからだ。その結果導き出される一つの推論。
(…恐らく大きく外れては居ないだろうが、それを確かめるまではな)
その推論の正誤を確かめるまでは早まった真似をするのは躊躇われたのだ。そのため、まずは大人しく対話をして相互理解を深めることにしたのである。故に、こうやって向けられる質問に正直に対応していたのであった。
『よくわかった』
暫くの後大巫女がシュバルツに対してそう宣言すると、再び大広間は静寂に包まれる。
『して、サラマンディーネよ』
「はい」
大巫女が再びサラマンディーネに話しかける。
『この者、どうするつもりじゃ?』
その言葉にまた周囲がざわついた。だが、
「お静かに」
サラマンディーネがすぐに釘を刺す。その雰囲気に呑まれ、周囲は又すぐに静寂を取り戻した。
「取り敢えず、私にお預けいただきたいのですが」
『ほう?』
そういう行動に出るのは予想外だったがのか、驚いたような口調で大巫女が首を捻った。周囲も再びざわつく。
『静かに』
話を進めるため、大巫女が再び釘を刺す。
『理由を聞こうか』
「はい」
サラマンディーネが軽く首肯した。
「取り敢えずは三つほど」
『述べてみよ』
「はい。一つ、彼はまだこの世界のことを知りません。それを教えたいと思います」
『うむ』
「二つ、その結果、我らに協力してくれるかもしれません。未来の協力者となるかもしれない人物を排除するのは愚の骨頂」
『最後は?』
「三つ、今までの態度を見ていただければおわかりのように、話し合いが通じます。相互理解が可能ならば、そうするのが道理かと。その結果、交渉が決裂すればその時はその時です」
随分と大胆なことを言うと思ったシュバルツだったが、逆に言えば今後の話し合いでいい方向にもっていける自信があるということの裏返しなのかもしれないなと判断していた。でなければ、交渉が決裂した後のことなどこの場で素直に口にするわけはないからである。
『よかろう』
大巫女もサラマンディーネの口ぶりから事態をいい方向に持っていけることを理解したのか、肯定の言葉を発した。
「ありがとうございます」
サラマンディーネも深々と頭を下げて謝意を示した。
『では「待て」』
この場を閉めようと大巫女が口を開いた瞬間、質問に答えてからずっと黙っていたシュバルツが口を開いた。意外な展開に、又周囲がざわめき始める。
『何じゃ?』
大巫女がシュバルツに尋ねた。それを合図としたかのように、又周囲はすぐに静かになった。
「話し合いは構わない。こちらとしても望むところだ。だが、一つ条件がある」
『申してみよ』
「私の乗ってきたあの機体。あれには誰であろうと指一本触れるな。それだけだ」
シュバルツの言葉を聞いて又大広間がざわめきだす。
『静かにせい』
それを又、大巫女が牽制した。
『理由を聞いても構わんかの、シュバルツとやら』
「人様のものに手を出すな…そう言っているだけだが、それでは不足か?」
『不足じゃな』
「何?」
まさかそう返されるとは思っていなかったため、シュバルツが少し視線を鋭くする。その雰囲気に中てられた何人かがヒッと短い悲鳴を上げた。
「どういうことだ」
『お主の言う人様のものが、我らから見てどうでもいいようなものならばそれでも良いのだがな。我らの龍神器と同じような兵器であるならば話は別だ。違うか?』
「…成る程な。だが」
『だが?』
「あれは言うならばブラックボックスの塊だ。よく理解していない連中が下手に手を出せば、どんな被害を出すかわからんぞ」
シュバルツのその言葉に、何度目になるかはわからないが周囲が再びざわめきだした。
『静かにせい』
そして同じように、何度目かになるかわからない大巫女の叱責が飛ぶ。
「大巫女様」
それが落ち着いた段階で、不意にサラマンディーネが口を開いた。
『何じゃ、サラマンディーネ』
「はい。私の個人的な意見ですが、ここは彼の意を汲むべきかと」
『ほう?』
大巫女が驚いたような声を上げた。が、それは御簾の向こうにいる他の連中も大なり小なり同じなのだろう。戸惑っている様子がありありと窺えたのだ。
『理由を述べてみよ』
「そう大層なものではありませんけどね」
そう前置きして、サラマンディーネがクスッと笑った。
「話し合いを前に、臍を曲げられるのはいただけないだけですわ。それに彼は触れるなとは言いましたが、警戒するなとか周囲を固めるなとは言っていません。彼の乗ってきたあの機体の周囲を厳重に警備すれば宜しいかと。勿論、不可抗力にせよ何にせよ、何かしら起こったときには彼に責任を取ってもらいますが」
そこで、サラマンディーネはチラッと背後のシュバルツに視線を向けた。
「如何?」
譲歩なのかそうでないのか判断の付き難い提案である。だが、
「いいだろう」
シュバルツは一も二もなく頷いた。シュバルツにとっては未だどういう状態にあるのか全容を把握出来ていないガンダムシュピーゲルに手を出されるのが一番困るのである。それを回避できるのならば、多少の不利や無理に目を瞑るのは吝かではなかった。
「決まりですね。カナメ、すぐに触れを出しなさい」
「はい」
サラマンディーネの意を受けたカナメが軽く頭を下げると、その場から即座に立ち去った。
『では、これにてお開きとする』
大巫女が場を閉め、取り敢えずのファーストコンタクトは終えたのであった。
「こちらへ」
「わかった」
大巫女たちとの顔合わせの直後再びサラマンディーネたち三人に神殿内を先導され、シュバルツはある一室に通された。そしてその部屋の内装に思わず目を見張る。
(これまでのこの建物内の様子からもしやと思っていたが、まさか予想通りだとはな…)
そこには、シュバルツ自身が予想したのとそう変わらない部屋の光景があった。
(板張りの床に引き戸に畳か。どう見ても和風建築だな…)
何故だと思ったシュバルツだが、すぐに考えるのを止めた。その辺りのこともこれからの話し合いでわかると思われるからだ。と、
「誰?」
不意に、部屋の中にあるついたての向こう側から女性の声が聞こえてきた。その声にまさか人がいるとは思わず、シュバルツは一瞬驚いた。
「私ですわ」
「あ、サラ」
恐らくサラマンディーネの愛称だと思われる名前を呼んでからついたての向こうからひょっこりと顔を出したのは、ピンクの髪の柔らかな雰囲気の少女だった。同じピンク色でも、こちらの少女はエルシャより濃い目のピンクだった。
「? その人は?」
と、少女もシュバルツを見てサラマンディーネ…サラに尋ねた。
「客人ですわ」
「へえ、そうなんだ」
少女がシュバルツに視線を走らせる。まあ、覆面をしたガタイの良い男が自分の目の前に現れたら、誰だって訝しがるのは当然だろう。
「ええ。でも、ただの客人ではありませんわ」
「え?」
二人の間に入る形となっているサラがそう口を開いた。意味がわからず、少女が首を傾げる。
「貴方のお仲間ですわ、ナオミ」
「???」
ナオミと呼ばれた少女はサラの言葉の意味がわからないのだろう、しきりに首を傾げていた。対照的にシュバルツはその言葉であることに思い至った。
「貴方が以前所属していた兵器工廠…アルゼナルの一員です」
「ええっ!?」
その一言に、ナオミは必要以上に驚いていた。が、それも仕方のないことであった。おかしな覆面を被っているものの、何せ目の前の人物はどう見ても…
「あの…貴方、男ですよね?」
「ああ」
シュバルツが頷き、ナオミはその答えを予想はしていたものの驚きを禁じえなかった。何故なら彼女が居た間、アルゼナルに男は居なかったのだ。それなのに、目の前の人物はアルゼナルの一員だという。驚かないわけはなかった。
「貴方…一体何者です?」
ナオミが当然抱くべき疑問を口に出した。
「その辺りのことを話し合うために、この三人にここに連れてこられたのだがな」
「ええ。そして貴方もアルゼナル出身だから聞きたいでしょう? 彼のお話」
「それは勿論だけど…いいの?」
「構いませんよ」
サラが微笑みながら頷いた。
「いくら緘口令を敷こうが、人の口に戸板は立てられません。彼のことはすぐさま広まってしまうでしょう。隠すだけムダ、というものです」
「まあ、そうかもしれないけど…」
「それにナオミ、貴方今更我々に敵対する気もないでしょう?」
「それはね。そっちの話を聞いてこの世界を見た今となっては、そんな気も起こらないよ」
「と、言うことです」
そして今度はサラがシュバルツへと振り返る。
「話し合いの当事者が一人増えることになりますが、宜しいですか?」
「構わんよ。私としても、元アルゼナルの一員が何故ここにいるのか、興味もあるしな」
「決まりですわね♪」
楽しそうな表情で、サラがパンと一つ拍手を打った。
「ではナーガ、カナメ、お茶とお茶請けのお菓子でも持ってきてください」
「は」
「わかりました」
ナーガとカナメの二人は軽く頭を下げるとそのままこの部屋を出て行った。
「我々はのんびりと座って待つことにしましょうか」
「ああ」
「そうだね」
三人はそのままサラに先導され、部屋の中に設えられた桟敷に上がったのだった。
「ふぅ…」
誰ともなくお茶の入った湯飲みを口から離すと一呼吸置いた。ポリポリとお茶請けのお菓子を齧る音も聞こえている。ワンクッション置いたことで、部屋はまったりとした雰囲気に包まれていた。だが、このままこの心地よい雰囲気に浸っているわけにはいかない。それぞれすべきことがあるのだから。
「さて…」
口火を切ったのはサラだった。
「まずは改めてもう一度自己紹介させていただこうかと思います。私は神祖アウラの末裔にしてフレイアの一族が姫。近衛中将、サラマンディーネと申します」
軽く頭を下げると、次に彼女の少し後ろの左右に控えている二人に視線を向けた。
「この二人は私の従者。貴方から向かって右がナーガ。左はカナメです」
「ナーガだ」
「カナメです。宜しく」
ナーガとカナメもサラと同じように軽く頭を下げる。
「…とは言え、貴方には不要な自己紹介ですけどね、ナオミ」
「そうだね。でもしょうがないよ。私への自己紹介じゃないんだし」
そしてそのままナオミは、サラからバトンを引き継いだ。
「私はナオミ。宜しくね」
「シュバルツ。シュバルツ=ブルーダーだ」
彼女たちに応えるようにシュバルツも名乗ると、同じように軽く頭を下げた。これで、互いの自己紹介は終了した。
「さて、それではまずはこちらから手の内を明かすとしましょうか」
再びサラが口火を切る。しかし、
「いや、私から話そう」
それを遮ったのはシュバルツだった。
「それは…こちらとしてはありがたいのですが、良いのですか?」
「構わん」
シュバルツが頷いた。
「先程私の要求を聞き入れてくれた礼だ。それに、お互い遅かれ早かれ手の内は明かすことになるのだ。それが前後するだけのこと」
「まあ、確かにそうですけど…」
こうすんなり話が進むとは思わなかったのか、珍しくサラが戸惑っている様子だった。
「いいじゃない、サラ」
そこに割って入ったのがナオミである。
「こちらが…えっと、シュバルツって呼んでいい?」
「ああ」
「じゃ、改めて。シュバルツがそう言ってくれてるんだから、お言葉に甘えようよ。それに、とっくに知ってるこの世界のことよりも、シュバルツの話のほうが私も興味あるしね」
良いよね? と念を押すナオミに、サラも柔らかな笑みを浮かべて答えた。
「そうですね。それではシュバルツ、お願い出来ますか?」
「ああ」
ナオミが了承を得たことでサラもシュバルツを名前で呼んだ。そしてシュバルツは頷くと、口を開き始めたのだった。
「話をすると言っておいて何なのだが、まず聞きたい。ここは一体どういう世界なのだ?」
「真なる地球…我々はそう呼んでいます」
サラが答える。
「で、私や貴方が居たアルゼナルのある向こうの世界。それをこっちの住人は偽りの地球って言ってるんだよ」
ナオミが補足する。
「そこのところ、もう少し詳しく説明してもらえるか?」
「わかりましたわ」
サラが頷くと説明を始めた。
「貴方方の居た地球は、平行宇宙に存在したもう一つの地球です」
「ほう?」
覆面の下で軽く眉を動かし、シュバルツが興味深げな声を上げた。
「一部の人間が、この星を捨てて移り住んだのが、別宇宙にある貴方たちの地球なのです」
「…その理由は?」
静かにシュバルツが問う。
「世界規模の戦争と…それによって引き起こされた、こちらも世界規模の環境汚染ですわ」
(やはりな…)
サラの返答を聞き、シュバルツは内心で納得していた。簡単に言っているが星を捨てて移り住むなどそれこそ簡単に出来ることではない。そうするだけの理由があるのは当然だった。それに何より…
(そっくりではないか。私の居た元の世界…未来世紀の世界と)
サラの説明を聞き、一番初めに浮かんできたのが元の世界のことだった。未来世紀のあの世界も環境汚染が進み、度重なる戦争で地球は人が住むには適していないという表現では生ぬるいほど荒廃してしまった。そんな地球に見切りをつけた連中が新しい世界…スペースコロニーへとその生活の場を移した。
(自分たちで弄んでおいて、どうしようもなくなったら捨てて新しい寄る辺に立つ…か。どの世界でも、人間とは度し難いものだな)
今に始まったことではないが人間のエゴに嫌気が差す。それでもシュバルツ…キョウジが元の世界でドモンの師匠である東方不敗マスターアジアのようにならなかったのは、一番近くでそれに抗おうとした人物を見てきたからだった。
(父さん…母さん…)
脳裏に在りし日の両親の姿が蘇る。そして、両親と共に完成させたあの機体…アルティメットガンダムの姿も。
運命の歯車を狂わされたせいで残念ながらアルティメットガンダムはあの恐ろしいデビルガンダムと化してしまったが、本来どおりの運用をされていれば地球の環境を改善する機体になるはずだったのだ。もっとも、先述の通り運命は皮肉でしかなかったのだが。
(…よそう、最早過ぎてしまったことだ。今となっては仕方のないこと)
まだ色々な感情が渦巻いてはいるが、シュバルツは無理やりにそう自分を納得させた。
「では、お前たちはこちらの…言い方は悪いが捨てられた世界に残った者たちか」
「ええ。正確に言えば、その末裔…ですが」
シュバルツの後を継いで再びサラが語り始める。
「残された人類は穢された地球で生きていくため、一つの決断を下します。自らの身体を作り変え、環境に適応すること」
「作り変える?」
「ええ」
軽く湯飲みに口をつけた後、サラがホッと息を吐いて頷いた。
「遺伝子操作によって、生態系ごと。その魁となった存在を、アウラと言います」
「アウラ? …そういえば先程の自己紹介で言っていたな。『神祖アウラの末裔にしてフレイアの一族が姫』と」
「ええ、その通りです」
「では、そのアウラとは?」
「大体は予想がついているかもしれませんが、汚染されたこの世界に適応するため、自らの肉体を改造した偉大な始祖。…貴方たちの言葉で言うなら、最初のドラゴン、ですね」
予想通りのサラの説明に、シュバルツが軽く頷いた。
「私たちは、罪深き人類の歴史を受け入れ、贖罪と浄化のために生きることを決めたのです。アウラと共に」
「男たちは巨大なドラゴンへと姿を変え、その身を世界の浄化のために捧げた。ドラグニウムを取り込み、体内で安定化した結晶へとするのです」
「ドラグニウム?」
再び出た聞きなれない言葉に、シュバルツが首を傾げた。
「それについてはまた後ほど。とにかく、男はそういった存在になり、女たちはときに姿を変えて男たちと共に働き、時が来れば子を宿し、産み、育てる。アウラと共に、私たちは浄化と再生への道を歩み始めたのです。ですが…」
そこでサラの表情が険しくなった。
「アウラは、もう居ません」
「居ない?」
「ええ」
険しい表情のまま、サラが頷く。
「天寿を全うしたのか?」
「いいえ、連れて行かれたのです。ドラグニウムを発見し、ラグナメイルを生み出し、世界を破壊し、捨てた、全ての元凶、エンブリヲによって」
「エンブリヲ…」
シュバルツがその名を呟いた。
「それが、本当の敵か」
「そうです。我々の、そして貴方たちが倒すべき本当の敵なのです」
「では、そのエンブリヲとは何者だ?」
シュバルツが当然な質問をサラに浴びせた。
「一言で言えば、天才的な科学者…でしょうか」
その言葉に、シュバルツの脳裏に父であるカッシュ博士の姿が浮かんだ。
(ベクトルは正反対だがな)
一人は世界を見捨てて新しい世界を創り、もう一人は世界を見捨てず再生させようとする道を選んだ。天才的な科学者という共通点はあるものの、そのベクトルは確かに正反対だった。
「先程から何度か話の俎上に上げていましたが、ドラグニウムというのはあの男…エンブリヲが発見したエネルギーの一種です。多元宇宙に働きかけることが出来るという、信じられない特性を持っています。が、同時に使い方を誤るととんでもない環境汚染を引き起こしてしまうのです」
「では、この世界での環境汚染の直接の原因は、戦争というよりはそのドラグニウムというエネルギーの暴走が原因か」
「ええ」
(まるでDG細胞だな。ますます、未来世紀に似ているではないか…)
幾つかの、未来世紀にも重なる符合に流石にシュバルツも内心で驚きを隠せなかった。この世界と自分が元いた世界とでは随分類似点があるように感じたのである。
「そこで先程の話に再び戻るのですが、男たちは自らの身体を遺伝子操作することによって体内にドラグニウムを取り込み、安定化した結晶することによって環境汚染を少しずつ浄化しているのです」
そこでサラがチラッと一瞬ナオミに視線を送る。それに気づいたナオミは沈んだ表情になった。それは、これからの話の内容を知っているからかもしれない。
その一方で、何も知らないシュバルツは説明を待つしかなく、サラが再び口を開くのを待った。
「貴方たちの世界…すなわち、我々が偽りの地球と呼んでいる世界は、どんな力で動いているか知っていますか?」
「マナ…か?」
はぐれ者のアルゼナルの連中にはない力。人間とノーマを分ける決定的な違い。それがマナだ。シュバルツの答えを聞いたサラが軽く頷く。
「では、そのエネルギーは?」
シュバルツの目を見つめながら、サラが尋ねる。シュバルツはその問いに直接的な返答はしなかった。その代わり、
「そう…か」
そう呟いた。
「そういうこと…か」
「どういう結論に至ったのか、教えていただけますわね?」
「ああ」
軽く頷いて、今度はシュバルツが話の中心に立つ。
「ドラゴンが体内で安定化したそのドラグニウムの結晶。それがマナの力の源なのだな? とんでもない特性を持つエネルギーだというのであれば、それを転化・応用して人類の新たな力と錯覚させるのもたやすい。そして…」
「そして?」
「そのシステムの核となるのがそのアウラ…なのだろう? 例えが適当かどうかわからないが、全身隅々までを送られる血液をマナと見立てると、それをポンプとして身体の隅々まで送る心臓の役割を果たすのが、アウラ。だが、永久機関でない限りは消費したエネルギーは外部から新たに供給する必要がある。その供給するエネルギーというのがドラゴンの…この世界の男たちが体内で安定化させたドラグニウムの結晶。もう一つ言えば、アルゼナルの闘いの真実というのはこの茶番。アルゼナル…いや、人間側から見れば単なるドラグニウムを補給するための作業にすぎんのだろう?」
「お見事です」
サラがシュバルツの慧眼に感服し、ナーガ・カナメ・ナオミの三人は驚きを隠せないといった表情でシュバルツを見ていた。まさかここまで見事に言い当てるとは思っていなかったのだろう。
「…凄いね」
思わずナオミが呟いたのも当然の結果だった。
「何が凄いものか」
が、シュバルツの反応はそっけない。いっそ嫌悪感すら感じさせる態度だった。
「え」
思わずナオミが絶句する。が、賞賛したのにそんな態度で返されては仕方のないことであろう。しかし、何故シュバルツがそんな態度を取ったのかはすぐにわかることになる。
「そんな茶番のために、こちらの連中もアルゼナルの連中も無理やり道化にされているのだ。推測が当たったところで気分が悪いだけだ」
自分の世界と幾つも重なると感じる箇所があるから余計腹立たしいのだろう。それが、シュバルツが憤っている理由だった。
「…貴方は、とんだ掘り出し物だったようですね」
そんなシュバルツの姿に、サラが嬉しそうに微笑んだ。
「どういう意味だ?」
シュバルツが尋ねる。意味がわからないから当然だろう。
「貴方をこちらに連れてきたのは、私たちの一番の妨げになると思ったからというのと、ヴィルキスを始めとするパラメイルとは全く違うあの機体に惹かれたからなのです。正直、アルゼナルの戦力をダウンさせられればそれでいいと思っていました」
「それで?」
「ですが、操者で在る貴方は私が予想していたよりずっと適応力があり、理解力も高く、実りのある話し合いが出来る人物です。何より、その戦闘力は卓越すべきものがあります。ですから」
そこでサラは居住まいを正すと座布団を外しゆっくり、深々と畳みの上に手をつき、次いで頭を下げた。要するに、土下座である。
「ひ、姫様!」
「何を!?」
主人のその姿に狼狽するナーガとカナメ。しかし、
「静かになさい、ナーガ、カナメ」
土下座の体勢のまま背後の二人に視線を送って彼女たちを落ち着かせる。主人にそう諭され、ゆっくりとではあるが二人は平静を取り戻した。
二人のその様子を確認すると、サラは頭を戻して話を続ける。
「失礼しました。そこで、改めてお願いします」
「…何をだ?」
サラの覚悟を感じ取ったシュバルツがゆっくりと口を開いた。
「我々にその力、貸していただけませんか?」
それが、土下座までしても叶えたいサラの願いだった。