前回の続きになりますが、今回、ちょっとしたサプライズを用意してみました。
それが何なのかは、是非本文を読んでご確認下さい。
では、どうぞ。
「ありがとう、タスク」
久しぶりの風呂をたっぷりと満喫し、ガウンに着替えてゆっくりと寛いでいたアンジュが窓の外を眺めながらそう言った。降り出した雪はいつの間にか積もりだし、見えている光景を白く染め上げ始めている。ヴィヴィアンはその身体の大きさゆえ、アンジュたちとは別の部屋で、今はもうぐっすりと夢の中だった。
「ん?」
壊れてしまったのか、それとも元から使えないものを使えるようにしているのかはわからないが、床に座ってドライバーを片手にドライヤーを見ているタスクが顔を上げる。タスクも風呂を満喫したのだろう、アンジュと同じガウンに身を包んでいた。
「色々と」
背を向けたまま、アンジュが続ける。向かい合わないのは照れ臭さの裏返しだろうか。
「沢山のこと知ってるし、いつも冷静だし、優しいし、頼りにしてる」
だがすぐにアンジュが振り返って、タスクに穏やかな視線を向けた。
「ははは…」
突然そう言われて戸惑っているのだろうか、はにかむように微笑むとドライヤーのスイッチを入れた。使えるようになったのか、排気音を上げながらドライヤーが動作する。
「私はダメね。すぐに感情的になって、意地になって、パニックになって…」
「仕方ないよ。こんな状況なら、誰だってそうなるさ」
タスクがそう返す。二人の間に流れる穏やかな空気が、少し前までのわだかまりやぎこちなさを払拭しているのを感じさせた。
「皇女様がノーマになって、ドラゴンと戦う兵士になって、とんでもない兵器に乗せられて、気付いたら500年後」
「そうよね…。ちょっと、色々ありすぎよね」
アンジュは窓際から移動して、ダブルベッドにゆっくりと腰を下ろす。
「でも、悪いことばかりじゃなかったわ。貴方や、ヴィヴィアンにも逢えたし。色んなこともわかった。…最期まで、わかりあえなかった人もいたけど」
そこで、少し表情が曇った。思い出していたのだ、自身の兄であるジュリオのことを。
「お兄さんかい…?」
タスクもそれを察したからだろう、アンジュと同じように表情が曇り、悲しそうな口調になっていた。
「ねえ?」
少し時間を置いた後、雰囲気を変えるためだろうかアンジュが問いかけた。
「ん?」
「あの、エンブリヲって何者?」
するとタスクは、床に座ったまま身体をアンジュの方へと向けた。
「…文明の全てを陰から掌握し、世界を束ねる最高指導者。俺たちが打倒すべき最強最大の敵…だった」
「? だった?」
タスクの言葉が過去形になっていることに、アンジュが首を捻った。
「500年も前の話さ」
頭の後ろで手を組むと、タスクはおどけたようにそう言った。
「そうね」
アンジュも静かに微笑む。
「僕も一つ良いかな?」
「何?」
「あの人…シュバルツさんのことさ。あの人は一体、何者なんだい?」
「…詳しくは知らないのよ」
アンジュが軽く目を伏せた。それは、知らないことに対する申し訳なさなのか、悔しさなのか、それとも又別の感情からのものなのかはわからないが。
「だから、ジルから聞いたことを要約して話すわ」
「うん」
「…私たちの住む世界とは全く違う世界から、ある日突然時間と空間を乗り越えてアルゼナルに現れ、この世界での居場所を提供する代わりにその見返りとしてドラゴン退治を手伝ってもらってる…そう言ってたわ」
「それは…」
アンジュの説明を受けたタスクが思わず苦笑した。
「凄いね…」
そうとしか言えなかったのだろう。そして、それは正しい。
「でしょ? 聞いたときは私も食って掛かったわよ。でも…」
「でも?」
「あのデタラメな強さ、それに私たちのパラメイルとは全く異なるあの機体、ガンダムシュピーゲル。あんなものを嫌というほど見せ付けられちゃね、信じるしかないでしょ。それに、500年後の未来に飛んだ今となったら、そんなことも有り得るかもねって気にもなるし」
「確かにそうかもね」
二人は顔を合わせると、クスクスと笑い合った。
「随分遠くまで来ちゃったな…」
笑い終わった後、振り返るかのように横を向いておもむろにタスクが口を開いた。
「でも、生きてる」
タスクの呟きを受けてそう言ったアンジュに、タスクは又視線を戻した。
「生きてさえいれば、何とかなるでしょ?」
そして、柔らかく微笑んだ。
「強いね、アンジュは」
タスクが素直な気持ちを口に出した。
「バカにしてる?」
「褒めてるんだよ」
そう言われ、アンジュが嬉しそうに微笑んだ。
「さて、と」
話はここまでというつもりだろうか、タスクが立ち上がった。
「久しぶりのベッドだ。ゆっくりお休み」
「タスクは?」
そのまま部屋を去ろうとするタスクの背中に、アンジュが声をかけた。
「廊下で寝るよ」
振り返ってそう答える。まあ、至極当然といえば当然の答えではある。
「ここで良いじゃない」
が、アンジュはそう答えて同室で寝るように促した。意識しての発言かどうかはわからないが、何とも大胆である。
「い、いや、でも…」
案の定、タスクが戸惑っている。男として嬉しいシチュエーションには違いないが、かと言って素直に頷けるほどタスクは豪の者ではなかった。
「いいでしょ?」
そんなタスクにアンジュが追い打ちをかける。上目遣いになり、寂しげな表情をしたのだ。どれだけ男勝りでも、やはり心細いのだろうか。
「う…」
そんな表情を見せられ、タスクは言葉に詰まってしまう。結果、
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて…」
こうなるのも当然のことだった。タスクはそのまま反転すると、ソファーに腰を下ろす。が、その瞬間、ソファーは音を立てて壊れてしまった。やはり経年劣化は否めなかったのだろう。その姿にアンジュは楽しそうに笑い、タスクの悲鳴とソファーが壊れた音で近くの部屋で休んでいたヴィヴィアンが思わず目を覚ましてしまっていた。
「もう! 何してるのよ♪」
「ははは…」
アンジュの突っ込みにタスクも苦笑するしかなかった。そしてひとしきり笑った後、アンジュは頬を染める。そして、
「こっち…来たら…?」
と、自分が座っているダブルベッドにタスクを誘ったのだった。
「いっ!? 流石に、そこまでは…」
アンジュの大胆な誘いにタスクも当然のように頬を赤らめる。さて、それでは結果どうなったかというと…
(何の音~?)
寝惚けた感じの口調でヴィヴィアンが音源であるアンジュの部屋を覗き込む。そしてその瞬間、ヴィヴィアンは固まってしまった。
何故かと言うと、
(わ、わ!)
驚きでパニックになりながらそのまま更に顔を近づけて覗き込む。そこには、枕を並べてダブルベッドに入っているアンジュとタスクの姿があったからだ。
「ホント、静かね…」
「う、うん」
「世界には、私たちしか居ないんだ…」
「う、ぅん」
なんともぎこちない会話である。いや、この場合は初々しいと言ったほうが正しいかもしれない。身を硬くしたまま、タスクがロボットのようにアンジュに顔を向けた。
「こんな穏やかな気持ち、何時ぶりだろう…」
そして寝返りをうつと、アンジュはタスクに背を向けた。
「…私たちを逃がしてくれたのかも」
そしてそのまま、独り言のように口を開く。
「えっ?」
「ヴィルキスが。戦いのない、世界に…」
そして、アンジュは目を閉じると寝息を立て始める。
「あ…」
タスクは上半身を起こすとアンジュの顔を覗き込んだ。気持ち良さそうに眠りに就いている。その顔を見たタスクはゆっくりゆっくりと、アンジュを起こさないように慎重にベッドから出て立ち上がる。が、
「…しないの?」
いきなりアンジュが呟いた。どうやら狸寝入りだったようだ。
「ええっ!?」
その言葉にタスクが顔を真っ赤にして驚いた。狸寝入りもそうだが、何より発言の内容に度肝を抜かれたのだ。
「いやいやいや!」
パニクりながら何とかタスクが言葉を続ける。
「俺は、ヴィルキスの騎士だ! 君に手を出すなんて、そんな!」
「もしかして私のこと、嫌いなの?」
「そんなことあるわけないだろう!」
「じゃあ…」
「だから、えーと…」
一瞬口籠ったタスクだったが、顔を真っ赤にしたままアンジュから背けると、
「お、畏れ、多くて…」
蚊の鳴くような声でそう答えたのだった。
「はぁ?」
思わずアンジュが布団から跳ね起きた。
「10年前…」
そんなアンジュに、タスクが己の心境を吐露し始める。
「えっと…正確には548年前か、リベルタスが失敗した。右腕を失ったアレクトラは二度とヴィルキスに乗れなくなり、俺の両親も仲間も死んだ」
アンジュはタスクの言葉を邪魔することなく黙って聞いている。
「俺にはヴィルキスの騎士としての使命だけが残された。でも、俺は怖かった。見たことも会ったこともない誰かのために戦って死ぬ…その使命が」
「俺は逃げた。あの深い森に。戦う理由、生きる理由も見当たらず、ただ逃げた」
「そんなときに、君と出会った!」
アンジュがハッと息を呑んだ。
「君は、戦っていた。抗っていた! 小さな身体で」
「目が覚めたんだ。俺は何をやってるんだろうって」
「あの時、やっと騎士である意味を見つけたんだ。俺は歩き出せたんだ。押し付けられた使命じゃない、自分の意志で!」
「だから俺は、君を護れればそれで良いっていうか、その…」
「ヘタレ」
タスクの独白を、アンジュは容赦なく斬って捨てた。
「えっ!?」
振り向いたアンジュは不満そうな表情をしている。
「でも、純粋」
だがすぐにその表情は微笑みに変わった。そしてそのままベッドの上に立ち上がるとガウンを緩め、胸こそ手を交差させて隠していたものの、肩からすべり下ろす。
「あっ…あっ…」
あまりの展開に、思わずタスクは何も言えなくなってしまう。
「私は、血塗れ…」
今度はアンジュが独白する番だった。その表情は曇っているが。
「人間を殺し、ドラゴンを殺し、兄ですら死に追いやった。私は血と、罪と、死に塗れている。貴方に護ってもらう資格なんて…」
「そんなことない!」
自然とタスクはアンジュの側に駆け寄っていた。
「アンジュ、君は綺麗だ!」
その言葉にアンジュの瞳が揺れる。勢いそのままに、タスクはアンジュの両肩に手を置いた。素肌に触れられ、アンジュの身体が一瞬だけ震える。
「君がどれだけ血に塗れても、俺だけは君の側に居る!」
「暴力的で、気まぐれで、好き嫌いが激しいけど…それでも?」
「ああ、それでも」
不安げに揺れていたアンジュの瞳だったが、タスクのハッキリとした返事を聞いて救われたのか、諭された後は優しく微笑んでいた。そしてそのまま目を閉じる。
「……」
タスクも同じように目を閉じると、二人はそのまま唇を重ね合わせたのだった。
(ぎやーっ!)
外からデバガメしていたヴィヴィアンがその展開に思わず叫ぶ。それが合図というわけでもないだろうが、予想だにしない来訪者が三人(二人と一匹?)の元に舞い降りてきた。突如、空をつんざくような咆哮が響き渡ったのだ。その直後、地面が振動してアンジュたちが泊まっているラブホも激しく揺れた。
「きゃあーっ!」
「アンジュ!」
足場が柔らかいベッドの上だったということもあり、アンジュはバランスを崩して床に投げ出されてしまう。そんなアンジュともつれるかのようにタスクも床に投げ出された。そしてその直後、窓が粉々に砕け散ったのだ。
「ちょっとタスク! あんたまた!」
「ごめん」
二人には何が起こったかというと、最早お約束のようにタスクがアンジュの股間に頭を突っ込んでいたのである。タスク本人は不意の衝撃からアンジュを護ろうとしたのだが、結果としてこうなってしまっては弁明の余地はない。そんな二人だったが、一体何がと思って先程の衝撃で亀裂が入って外を覗けるようになった外壁に視線を外に向ける。そこには
「救難信号を出していたのはお前たちか?」
二人の女性が居た。そしてそのうちの一人が尋ねてきたのだ。そのことに驚いたアンジュとタスクだったが、それ以上に驚いたのが…
『ど、ドラゴン!?』
アンジュとタスクがハモった。が、それも仕方のないことであろう。何故なら彼女たちはドラゴンを従え、それを足場にして二人を覗き込んでいるからだ。
「ようこそ、偽りの民よ」
先程の女性が再び口を開く。そして、
「我らの世界、本当の地球に」
そう、告げたのだった。
アンジュとタスクがドラゴンを従えた女性たちと出会って少し後、何処かへ向かって空を飛行するドラゴンの集団があった。そのうちの一体がヴィルキスを足で掴み、もう一体が身体からコンテナをぶら下げている。そのコンテナの中には
「何処に連れて行く気だろう…?」
タスクが呟いた。そう、アンジュたちご一行が収容されていたのだ。と、何かあったのかコンテナが揺れる。その衝撃に、軽い悲鳴と鳴き声を上げるアンジュとヴィヴィアン。タスクは慌ててアンジュの元に駆け寄った。
「ゴメン、ヴィヴィアン」
「女の子が乗っているんだ、もっと丁寧に飛んでくれ!」
思わずヴィヴィアンにぶつかってしまったアンジュが謝り、タスクは外に向かって怒鳴る。が、聞こえることはないだろう。
「大丈夫だ、アンジュ」
一応釘を刺した後、タスクがアンジュに振り返る。
「えぇ?」
「例えここがどんな世界でも、俺が君を護るから」
そのやり取りが恥ずかしくて見ていられないのか、それとも、あたしはどうでもいいの? という不満からだろうか、ヴィヴィアンが両目を隠しながら軽く吼えた。
「そうね」
自分を落ち着かせるためだろうか肩に置かれたタスクの手を払い除けると、アンジュが口を開く。
「あいつら、私たちの言葉を喋ってたわ。話しさえ出来れば、この世界のことも何かわかるかもしれない…」
「あぁ…そ、そうだね…」
タスクは頷いたものの、何処か肩透かしを食ったように苦笑している。当然のように、アンジュはそれに気付いた。
「何よ?」
「あ、いや、いつものアンジュだなって…」
「はぁ? エッチ出来なくて欲求不満なの?」
何とも辛辣である。
「えっ?」
「いいところで邪魔をされたもんね」
次には蔑んだような表情になった。何処までも辛辣である。
「えっ!? ええええーっ!? いやっ」
「今はそんな場合じゃないってのに、ホントに男って…」
呆れたように吐き捨てたアンジュに、同意するかのようにヴィヴィアンが頷いた。と、またもコンテナ内に振動が走る。
「ちょ、ちょっと、何処触ってんのよ!」
「ふ、不可抗力だって!」
「何時まで発情してる気!?」
「そんな! してない、してないよ!」
「終了! 閉店! お座り!」
アンジュに同意するかのようにヴィヴィアンがいななく。そんなくんずほぐれつのドタバタ劇がコンテナ内で起こっているとは知る由もなく、ドラゴンの一団は目的地へ向かって飛んでいるのだった。
「着いたわ。出なさい」
くんずほぐれつのドタバタ劇の余韻も覚めやらぬ中でコンテナが開くと、先程の女性がそう言って一行を促した。その手に得物を持っているのがどうにも恐ろしいが。
言われるがままにアンジュたちが外に出ると、そこには今まで見たこともない光景がアンジュたちの目の前に広がっていた。長い階段の上に巨大な、何処からどう見ても和風建築の建物があったのである。もっともアンジュたちは、この建物が和風建築という工法・技法のものだとは知らないだろうが。
そしてその前には、先の戦闘で闘い、シュバルツを連れ去ったあの二体の機体が立っていたのだ。
「! あれって!」
「大巫女様がお会いになる。こちらへ」
その機体を見て衝撃を受けるアンジュ。対照的に、素直にこちらの言うことにアンジュたちが従ったことで少し警戒を解いたのか、二人は得物を外した。そしてそれとほぼ時を同じくして、ヴィヴィアンが突然悲鳴のような鳴き声を上げると意識を失ったのだった。
「ヴィヴィアン!」
異変に気づいたアンジュがすぐに振り返る。何故こんなことになったかというと、アンジュからは見えない位置に、麻酔と思われる注射器が刺さっていたからだ。
そして脇から、数人の新たな顔ぶれがヴィヴィアンの元に走ってきた。
「ヴィヴィアンに何をしたの!」
アンジュが強く詰る。が、二人は外していた得物を構え直して威嚇した。それを見て、アンジュは悔しそうに唇を噛んで口を噤んだのだった。
『連れて参りました』
建物内に入り、彼女たちの言う“大巫女様”の御前までアンジュとタスクを言葉通り連れてきた二人が報告した。
「ご苦労」
アンジュたちの正面にいる、一番高い場所に鎮座している人物が労をねぎらった。御簾に隠れて姿こそ見えないものの、声質からそう年齢がいっていないことが推測される。しかしその座っている場所と、真っ先に口を開いたことから、彼女が二人の言う大巫女様であるのだろうということは容易に推察されるものだった。
「異界の女」
アンジュは不満そうに少し顔を上げ、
「それに、男か…」
タスクは緊張した面持ちで唾を飲んだ。
「名は何と申す」
尋問としてはある意味当然の質問をする。が、こういう真似をされて大人しくしていられるような性格のアンジュではない。
「人の名前を聞くときは、まず自分から名乗りなさいよ!」
この状況下で臆せずにそう言えるあたり、流石に肝が据わっている。あるいは長い皇族生活の影響かもしれない。が、いくら納得できなくてもこの場合の初手としてはあまり賢い選択ではないかもしれない。
案の定、御簾に姿を隠したその他の連中がザワザワとざわめきだしたからだ。
「大巫女様に何たる無礼!」
後ろの二人のうち、一人が激高して自分の得物に手を掛けた。
「アンジュ!」
タスクが窘める。まあ当然だろう。話し合いでいきなり喧嘩腰では纏まるものも纏まらない。だが、アンジュは不満そうな表情を崩さない。
「…特異点は開いておらぬはず。どうやってここに来た」
だが大巫女様は意に介する要素もなく、違う質問を投げかけた。自分の言葉を無視されたのが気に入らないのか、アンジュは不満そうな表情を隠そうとはしない。
「大巫女様の御前ぞ、答えよ!」
そして更にアンジュをイラつかせることに、他の連中も口々に質問を向け始めたのだった。
「あの機体、あれはお前が乗ってきたのか?」
「あのシルウィスの娘、どうしてそなたたちと一緒に「うるっさい!」」
元々高くないアンジュの沸点がすぐに噴火する。
「聞くなら一つずつにして! こっちだってわかんないことだらけなの! 大体ここは何処!? 今は何時!? 貴方たち何者!?」
「ちょ、ちょっとアンジュ!」
慌ててタスクが宥めようとする。そんなアンジュの態度に、御簾の向こうの人影が一つ楽しそうに口元に笑みを浮かべた。
「威勢のいいことで」
そしてそのまま立ち上がると、その影はゆっくりと御簾の先から姿を現した。
「! 貴方!」
引き続き不快な表情に染まりながらもアンジュが驚いたのは無理はない。何故なら、その姿には見覚えがあったからだ。そう、先程の人間たちによる侵攻の前に戦った人型兵器のパイロットだったからだ。
「神祖アウラの末裔にしてフレイアの一族が姫。近衛中将、サラマンディーネ」
名乗りを上げる彼女…サラマンディーネに、アンジュは敵意を隠さずにぎりりと歯軋りをすると睨みつける。まあ、ついこの間殺し合いをした相手が目の前に居るのだから当然ではあるが。
「ようこそ、真なる地球へ。偽りの星の者たちよ」
「知っておるのか?」
大巫女がサラマンディーネに尋ねると、彼女はクスッと笑って、
「この者ですわ。先の戦闘で、我が機体と互角に戦ったヴィルキスの乗り手は」
そう、答えたのだった。
「ヴィルキスの乗り手…」
その事実に、大巫女は思わず息を呑む。
「この者は危険です! 生かしておいてはなりません!」
「処分しなさい、今すぐに!」
御簾の先にいる他の面々が次々と好き勝手なことを言う。言葉通り、アンジュが危険要素だと判断したからだろうか。
「やれば? 死刑には慣れてるわ」
対してアンジュはぶっきらぼうにそう言い放つ。が、
「…但し、タダで済むとは思わないことね」
ドスを聞かせて釘を刺すのも忘れない。その迫力に飲まれたのか、御簾の先にいる連中は思わず息を呑んだり、二の句が告げなくなった。
「お待ち下さい、皆様」
そこにサラマンディーネが割って入る。そして、アンジュたちの元へと歩を進めて降りてきた。
「この者は、ヴィルキスを動かせる特別な存在。あの機体の秘密を聞き出すまで、生かしておくほうが得策かと…」
その言葉に、御簾の向こうの面々がザワつく。
「この者たちの生命…私にお預けくださいませんか?」
そして間髪入れずに提案する。その結果、大広間は静まり返ったのであった。しかし納得出来ない人物が一人。
「ちょっと、勝手に決めないでよ!」
言うまでもなくアンジュである。
「悪い話ではないと思いますが」
サラマンディーネは首だけ後ろに向けて静かに答えた。
「だから納得しろって? 悪いけど、こっちの意思を無視されるのはもうこりごりなのよ」
「ではどうします? 実力行使にでも訴えますか?」
「…そうね。それもいいかもね」
アンジュとサラマンディーネの間に火花が散る。二人の間にあるただならぬ雰囲気を悟った御簾の向こうの面々がざわめき始めた、そんな中だった。
「フフフフフフフ…」
不意に、ある一点から笑いが起こる。その場にいる全員の視線がそこに集まった。そこは、先程までサラマンディーネが鎮座していた場所だった。遠かったためにアンジュもタスクも気付かなかったが、そのすぐ横に立っている人影があり、その人物が笑っていたのだ。そしてその人物の笑い声を聞いた途端、アンジュとタスクは固まってしまったのだった。
その声の主が男ということもあるが、それ以上に何よりも…
「! こ、この声!」
「これって、まさか!」
思わずアンジュとタスクはお互いの顔を見合わせていた。
「どうするかと思って見させてもらっていたが、それではな…」
そして、御簾の先の影が動き出す。やがて、姿を現したその人物こそ
『! シュバルツ(さん)!』
そう、紛れもないシュバルツ=ブルーダーその人だった。驚きに動きを止めたがそれも一瞬。顔を綻ばせて思わず駆け寄ろうとするアンジュだったが、サラマンディーネたちに後ろから羽交い絞めされてその場から動けなくなってしまった。
「放して! 放しなさいよ!」
獰猛な…言うならば吼えるという表現が適切な勢いでアンジュがもがく。が、拘束は解けない。傍らのタスクはどうしたら良いものかといった表情でオロオロしている。
「やれやれ、変わらんな…」
そんな二人をシュバルツは、苦笑しながらも変わらぬ優しい眼差しで見つめていたのだった。
先程の建物の中を歩く集団が居た。先頭に立って集団を先導するのはシュバルツである。
あの後、シュバルツが姿を現したのが契機となったのか話はすんなり纏まり、とりあえずアンジュたちはサラマンディーネが最初に提案した通りに彼女に預けられることになった。そして今、話し合いのために場所を移しているところというわけである。
布陣としては先述の通りシュバルツが先頭に立ち、その左右をアンジュとサラマンディーネが固め、その少し後ろをタスクと例の二人が付いてくるというものになっていた。
で、今の雰囲気だがけして芳しいものではなかった。といっても、問題があるのは一人。アンジュである。というのも、自分の反対側にいるサラマンディーネがニコニコしながら半歩下がりながらも寄り添うようにシュバルツの後ろを歩いているのが気に入らないのだ。
詳しい話は落ち着いた場所に移ってからなと言われたために大人しくしていたが、当然のようなその、アンジュにしてみれば近すぎる距離感にムカムカしているのだ。
(馴れ馴れしく近づいてるんじゃないわよ!)
実際には言えないので、心の中で精一杯怒鳴って毒づく。と、不意にサラマンディーネと目が合った。すると、サラマンディーネはアンジュを挑発するかのように薄くニヤリと笑ったのである。
「っ!」
睨みつけ、思わず怒鳴りそうになったが、
(アンジュ!)
タスクがアンジュの手に自分の手を重ねて囁き、何とか制止することに成功した。
(抑えて!)
(わかってるわよ!)
囁きあうとアンジュはタスクの手を払い除け、フンとサラマンディーネが居る方向とは逆方向にそっぽを向いてしまった。その姿に、サラマンディーネは口元に手を当てるとクスクスと笑った。そんなサラマンディーネの様子に、後ろの二人は全くもう…と言った感じで溜め息をついたのだった。
(やれやれ…)
そして先導しているシュバルツも内心で溜め息をつく。一番先頭に居るので普通は後ろの様子がわかるわけはないのだが、そこはそれ、歴戦のガンダムファイター。自分の後ろで何が起こっているのか大体わかってしまったのだった。そしてそのため、内心で溜め息をついたのだった。
そんな奇妙な雰囲気の中、一向は目的地に向かって歩を進める。そして、ある一室の前に辿り着くと、シュバルツはそこにある引き戸を開けたのだった。
「戻った」
「あ、お帰りなさい♪」
引き戸を開けて部屋に入ると、中から一行を迎える声が返ってきた。
「…誰?」
アンジュがシュバルツに尋ねる。そこには、座布団を敷いて和室の上にちょこんと座っている見慣れない女性が一人いたのだ。
「世話人だ。別に必要なかったのだがな、何かと不自由もあるだろうからとここの連中が付けてくれたのだ」
「ふーん…」
シュバルツの返答を聞き、一応は納得したアンジュ。その彼女に向けている胡散臭そうな眼差しから、あくまでも一応なのが良くわかる。
「気持ちはわかるがそう胡乱気な顔をするな」
その声色に、シュバルツが苦笑しながら答える。
「お前の先輩なのだからな、アンジュ」
「えっ!?」
その言葉に、どういうこととばかりにアンジュがシュバルツを見上げた。
「元、アルゼナルの一員だそうだ」
「あ、やっぱりその格好、アルゼナルの子だったのね」
女性がアンジュの格好を見ながらそう答えた。アンジュはアルゼナルのパイロットスーツ姿なのだから、分かるものが見れば当然だろう。
「ああ」
シュバルツが首を縦に振って頷いた。
「じゃ、始めまして後輩さん。私の名前はナオミっていうの。宜しくね」
そう言って彼女…ナオミは簡単に自己紹介すると、ニッコリと笑ったのだった。
読了、ありがとうございます。作者のノーリです。
今回、読者の皆様に教えて頂きたいことがあるので後書きを追記しました。
詳細は活動報告に上げてありますので、よければご協力下さい。
宜しくお願いします。