機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

今回は前回の続き、アルゼナル攻防戦の終了までとなります。

今回、結末は同じですがそこに至るまでの過程がかなりオリジナルと変わっています。

どんな感じに変わっているかは、どうぞお楽しみに(楽しんでいただけるといいのですが…)。

では、どうぞ。


NO.33 双竜の逆鱗

整備デッキ。

未だ人間側の兵士たちとアルゼナルの面々との銃撃戦は終わりの様相を見せない。と、ある一部分で大規模な爆発が起きた。

 

「エレベーターシャフトが!」

 

爆破されたものを見てメイが歯噛みした。これでヴィルキスを初めとするパラメイルを地下に運ぶ手段が、少なくとも現時点では断たれてしまったのだ。

 

「これではパラメイルを…」

「クッ!」

 

部下に指摘され、メイは今一度そのことを痛感させられて悔しそうな声を上げる。

 

「どうするんです、お姉さま!?」

 

ロザリーが思わずゾーラに尋ねた。

 

「口動かす暇があるんなら、手を動かしな!」

 

ゾーラは至極簡潔にそう答える。そうしながら、ライフルで牽制しつつも着実に対象にヒットさせるところはさすが歴戦の猛者といったところだろうか。だが向こうはマナの力でシールドを展開できるだけにこちらに比べて有利なのは間違いがない。

 

(さて、どうしたもんか…)

 

ジリ貧になっていく状況にゾーラは思わず歯噛みする。と、不意に兵士たちの横から銃弾が飛び出してきて、何人かの兵士が横倒しに吹っ飛んだ。

 

「あん?」

 

眉を顰め、怪訝そうな表情になるゾーラ。だが、何故そうなったのかはすぐにわかった。

 

「モモカ!」

「はい!」

 

アンジュの意を汲んだモモカがマナの力でシールドを展開させる。それに護られたアンジュがこちらに移動してきた。そう、アンジュがようやくここに着いたのだ。先程の銃弾はアンジュによる援護射撃だったというわけだ。

 

「アンジュ!」

「ようやく御出ましかい、皇女殿下!」

「モモカをお願い!」

 

声を上げたメイとゾーラにそう答えると、アンジュはモモカを残して走り去った。そしてヴィルキスに跨るとエンジンに火を入れて起動させる。

 

「おい、滑走路は使えねえぞ!」

 

機体を動かしたアンジュに慌ててヒルダがそう叫んだが、

 

「邪魔」

 

小さくそう呟くとアンジュはヴィルキスから砲弾を発射させて兵士ごと滑走路上の瓦礫を吹き飛ばしたのだった。

 

「乱暴な女!」

「…いやいや、全く派手にやってくれるよ」

 

ヒルダが毒づき、ゾーラは肩にライフルを担ぎ上げて呆れた表情になった。

 

「進路クリア!」

 

話の俎上に上がっているアンジュはそんなことを言われているなどわかるわけもなく、表情を明るくさせると一直線に空へと舞い上がった。そこにようやくサリアが到着する。そして目当ての人物…アンジュの姿を捜し求めるが既に整備デッキ上にはその姿はなかった。

慌てて視線を周囲に走らせると、フライトモードのヴィルキスが空に舞い上がっているのを、施設の隙間から視認することが出来た。

 

「行かせない…!」

 

サリアは一段と厳しい表情になると己のパラメイルに向かって走り出した。

 

「さて…」

 

同じタイミングで、ゾーラも口を開く。周囲には既にヒルダ・ロザリー・クリスの三人が集まっていた。

 

「あたしらも出るよ。シュバルツが合流するまで、何としても持ち堪えないとねえ」

「別にやっちまっても良いんだろ?」

 

ヒルダがいつものように不敵な笑みを浮かべた。

 

「頼もしいじゃないか」

「ククク…」

「ふふ…」

 

その言葉通り、ゾーラは頼もしげな視線を送る。ロザリーとクリスも楽しそうに含み笑いで答えた。

その一方、ヴィヴィヴァンを攫った兵士たちの一団は脱出用の輸送機へと向かって急いでいた。が、ある程度まで近づいたところで不意に輸送機が爆発炎上する。

何が起こったのかわからず呆然とする兵士たちの後ろから、一つの人影が瞬時に走り寄ってきた。そして銃器やナイフなどでその場にいた兵士たちの全てを仕留める。

 

「今、アルゼナルの上面に来ている。アンジュはどの辺りだ?」

 

通信を入れたその人影はタスクだった。

 

『それがだな…』

 

通信先のジルが苦悩した様子で現状を説明した。

 

「もう! あのジャジャ馬め!」

 

通信で現状の説明を受けたタスクが苦虫を噛み潰したような表情で上空を見上げたのだった。が、何かが耳に入ってすぐに顔を戻す。

 

「ぽ…ポテチ…」

 

それは、未だ気を失っているヴィヴィアンが無意識で呟いた一言だった。

 

 

 

 

 

「くっそーっ! 放せ、放せーっ!」

 

未だ戦闘中の空では、新たな犠牲者が生まれようとしていた。メイルライダーの一人、ターニャが先程のイルマ同様、小型円盤に拘束されて何処かに攫われようとしていたのだ。

 

「メイルライダー定数確保! 基地内でも、確保完了との報告あり!」

 

未だアルゼナルへ向けて推進中の艦隊の中で、ジュリオが報告を受け取っていた。だが、その報告を受けても満足した表情にはなっていない。

 

「…アンジュリーゼは」

 

一番の標的のことに言及されていないのだから当然だろう。今は家族としての縁を切った妹の名を呟く。

 

「第一目標がアンジュリーゼ! 第二目標がヴィルキスと言った筈だろう!」

 

思わず身を乗り出してジュリオが語気を強める。と、不意に警報が鳴った。

 

「本艦に急接近する物体あり!」

 

それを捕捉した兵士がそれをモニターに映す。そこには、ヴィルキスを駆るアンジュの姿があった。

 

「第一目標と、第二目標です!」

「アンジュリーゼぇ…」

 

目標が二つ、わざわざ自分たちのところに来てくれることに満足したのか、ジュリオは椅子に深く座り直すと、下卑た笑みを浮かべながらアンジュの名を呟いたのだった。

 

 

 

 

 

フライトモードのヴィルキスが空を舞い、華麗に小型円盤を撹乱する。そしてその隙を見つけてアサルトモードに変化すると、ライフルを乱射して次々に目標を墜としていった。と、全く予期せぬ方向から援護射撃があり、幾つかの小型円盤を落としていく。

 

「!」

 

思わずその方向に振り返る。そこには、

 

「戻りなさい、アンジュ!」

 

爆炎の中から姿を現したサリアのアーキバスがあった。

 

「戻って使命を果たして!」

 

サリアがそう訴えるものの、アンジュは一向に従う気配もなく、ライフルで小型円盤を掃討していく。

 

「何が不満なのよ!」

 

一向に変化の見られないアンジュに業を煮やしたサリアが、正対して再度訴えかける。

 

「あんたは選ばれたのよ、アレクトラに!」

「……」

 

アンジュは答えず、ただジッと鋭い視線でパラメイルの中にいるサリアを見据える。

 

「私の役目も、居場所も、全部奪ったんだからそのぐらい「好きだったの」えっ…」

 

アンジュの返答の意味がわからず、思わずサリアが呟いた。

 

「私、ここが好きだった。最低で、最悪で、劣悪で、ごく一部の例外を除いて、何食べてもクソ不味かったけど。好きだった、ここでの暮らし」

 

主人の感情に呼応するかのように、アンジュの左手中指に嵌められた指輪が光り輝き始め、その光を増してゆく。

 

「それを壊されたの、あいつに!」

 

そしてアンジュはいきなりサリアに突っ込むと、ブレードを展開した。

 

「はっ!」

 

突然のことに驚いたものの後の祭り、サリアのアーキバスは反応することも出来ず、振り上げられたブレードで片腕を切断されてしまった。

 

「だから、行くの!」

 

返す刀でブレードを振り下ろし、もう一方の腕を切断する。故障した…というわけではないのだろうが、バランスを失って機体の推進が崩れたのか、サリアのアーキバスは真っ逆さまに墜落してゆく。

 

「邪魔したら…殺すわよ! …それに、さっき選ばれたって言ったけど、私が頼んだわけじゃない!」

 

真紅の瞳が鋭さを増した。その言葉通り、邪魔者は全て殺すと言わんばかりに。

 

「アンジュ、アンジュ!」

 

他方、今しがた排除されたサリアは墜落しながらしきりにアンジュの名を叫ぶ。

 

「許さない…勝ち逃げなんて、絶対許さないんだから!」

 

目尻に涙を浮かべ、まるで呪うかのようにそう吐き出した。

 

「アンジュの下半身デブーっ!」

 

アンジュが飛び去っていくのを背景に、まるで子供の喧嘩のような幼稚な言葉を叫びながら、サリアはそのまま海に着水したのだった。

同じ頃、整備デッキでは第一中隊の四人が発進するための準備を終えているところだった。

 

「ゾーラ、発進準備完了!」

「了解」

 

メイのゴーサインにゾーラが頷いた。シュバルツが攫われた直後にやりあったことに対する蟠りはどうやらお互いにもうないようである。

あるいは表面上そう見せていないだけかもしれないが、それでもそれが出来るだけ、流石に両者とも大したものである。

 

「行くよ、お前たち」

「ああ」

「はい」

「わかりました」

 

ヒルダ以下三人の返答にこれまた満足そうに頷くと、ゾーラは正面を向く。

 

「ゾーラ隊、出撃!」

『イエス、マム!』

 

三人の返答を受けるのを待っていたかのようにゾーラが発進し、その後を、ヒルダ、ロザリー、クリスと続く。が、不吉なことにそんな彼女たちから少し離れたところに瓦礫に潜んだ一人の兵士の姿があった。

兵士は銃を装填し、その時を待つ。まずゾーラが通り過ぎ、次いでヒルダ、そしてロザリーが続き、最後にクリス。

そして最初の三機をやり過ごし、最後のクリスが飛び立とうとしたところで兵士が銃を発砲した。その銃弾は無情にもクリスの頭部を捉え、コントロールの利かなくなったクリスのパラメイルはそのまま整備デッキ内の壁に勢いよく激突したのだった。

 

「クリス!」

「クリス!」

「クリス、今行く!」

 

その異変はゾーラたち先に出ていた三人もすぐに気づいた。ロザリーが慌てて機首を反転させてクリスの元へと向かう。が、それを阻むかのようにアルゼナルを攻めていた小型円盤の大軍が、三人に向かって飛んできたのだった。

 

『待ってろクリス、今すぐ助けてやるからな!』

「うん…ありがとう…ロザ」

 

そこで通信は途絶えた。何故なら整備デッキが爆発してしまったからだ。幸いにもクリスは全壊に近いパラメイルに乗っていたものの、死ぬことはなかったのだが。

が、上空から見ていたゾーラ、ヒルダ、ロザリーの三人にはそんなことがわかるわけもなかった。出来たのは黒煙を上げる整備デッキを、呆然と見下ろすだけであった。

 

「っ!」

「あ…」

「クリ…ス?」

 

ロザリーが呆然とクリスの名前を呟く。状況を確認しようにも向かってくる小型円盤の掃討に忙殺され、三人は現場に近寄ることも出来なかった。

 

「ちくしょう…」

 

ロザリーが呟く。

 

「テメエら全員ブッ殺す!」

 

流す涙を拭わず、ロザリーはライフルを発射した。だが、弔い合戦にはまだ早かった。

 

「……」

 

爆発によって投げ出され、ほぼ全壊に近いパラメイルに乗ったまま落下したクリスは、生死の狭間でロザリーたちの救援を待っていた。そんなクリスに、ゆっくりと近づく人影が一つ。

 

「……」

 

足音だけを立てながら無言で近づいてくるその人影は、先程アンジュの前から姿を消したエンブリヲだった。

 

 

 

 

 

その頃、一人第一中隊の全員と別行動を取っていたエルシャは、ようやく自分の邪魔になる最後の一人の兵士を倒したところだった。

 

「ぐわっ!」

 

マシンガンに撃たれて兵士が吹き飛ばされる。手向かってこないことを確認したエルシャは、すぐに目的地へと向かって走った。目的地の部屋は程近く、そこからは聞き覚えのあるオルゴールの音色が奏でられている。負の感情に責め立てられるように、エルシャは走った。そして、

 

「うっ!」

 

目的地に辿り着いたエルシャが口と鼻を押さえてしまう。オルゴールは床の上で無情に鳴り響いていた。そしてエルシャの目の前には、彼女が口と鼻を押さえてしまった原因…無残な死骸となった子供たちの姿があった。

 

「あ…あ…あ…」

 

目の前の光景にエルシャは立つことすら叶わずにその場にへたり込んでしまう。

 

「ごめんなさい…ごめんな…」

 

最後はもう言葉にもならず、エルシャはとめどなく涙を流すことしか出来なかった。そんな彼女たちを、部屋の外から見ている一つの人影がまたあった。

 

「……」

 

声をかけるでもなく静かに佇むその人影は、誰あろうエンブリヲその人だった。

 

 

 

 

 

一方、アサルトモードに変形して艦隊に迫るアンジュ。ミサイルの一斉砲撃をブレードの横薙ぎで一閃するも、その爆炎が弾幕となって新たなミサイルが直撃する。

 

「うあっ!」

 

被弾してダメージを受けるヴィルキス。性能としては抜きん出ているものの、やはり物量の差は如何ともしがたいものがあった。

 

「数が多すぎる…でも、やらないわけにはいかないのよ!」

 

キッと正面を見据えるとフライトモードに変形し、スピードで圧倒しようと空を滑り始めた。が、艦隊からの機銃の掃射に加えて大量の小型円盤が迫り、アンジュは次第に身動きが取れなくなっていった。

 

「くっ、この!」

 

フライトモードでの突破が難しくなったアンジュはヴィルキスをアサルトモードに変形させる。そして群がる小型円盤を掃討しようとしたのだが遅かった。

 

「しまった!」

 

変形完了とほぼ同時に、数個の小型円盤に取り付かれてしまったのである。急いで排除しようとするものの、その間に他の小型円盤にも取り付かれ、アンジュは先のターニャやイルマと同じように拘束されて身動きが取れなくなってしまった。

 

「ピレスロイドにより第一目標、アンジュリーゼ。並びに第二目標、ヴィルキス確保しました」

「良くやった」

 

咽喉の奥でクククと笑いながら、ジュリオが下卑た笑みを浮かべる。報告の内容から鑑みるに、ピレスロイドというのがあの小型円盤の正式名称なのだろう。

 

「戦線を離脱させます」

「いや、この艦のブリッジの前に移動させろ」

「は? しかし…」

 

命令を受けた兵士が怪訝そうな表情で振り返る。

 

「末期の別れの前に、ノーマの分際で我々に逆らった身の程を思い知らせてやる」

「了解」

(それに、メイルライダーは定数を確保したのだ。ならばアンジュリーゼがいてもいなくても、大した違いにはなるまい)

 

勝者の余裕からだろうか、腹の中を真っ黒な思考に染め上げたジュリオが狂気の笑みを浮かべていた。その間に小型円盤…ピレスロイドに拘束されたヴィルキスが、エンペラージュリオⅠ世のブリッジの前に拘束されてきていた。

 

 

 

『久しぶりだな、アンジュリーゼ』

「お兄様…っ!」

 

突然入ってきたモニター越しの通信に、アンジュは怒りに顔を歪める。今の状況で通信が入ってきたことで相手が誰かは予想はしていたが、それでも現実のものになると怒りは抑えられない。

 

『その呼び方は止めてもらおうか。薄汚いノーマ風情が』

「っ!」

 

侮蔑の表情を浮かべて偉そうにほざく目の前の兄だった人物に、アンジュはギリリと歯軋りをした。が、現在の状況からジュリオは余裕を崩すことなく、好き勝手に喋りだす。

 

『全く、手間をかけさせてくれたな。苦労したぞ』

「…保護なんて大嘘、私たちが信じるとでも思ったの?」

『勘違いしてもらっては困る。先に戦闘態勢に入ったのはそちらだ』

「じゃあ聞くけど、保護目的で来たのに、何でこんなに戦闘兵器や兵員を積んでいるのよ」

『こうなった場合の防衛のためさ』

 

いけしゃあしゃあとジュリオが返した。

 

「もうちょっとマシな言い訳しなさいよ。防衛目的なのに、何で侵攻してきたのよ」

『おイタする子供には、躾が必要だろう? 我々も心苦しかったのだが、仕方ないのだよ』

「…嘘ばっかり」

 

ジュリオに聞こえないように小声でアンジュが吐き捨てた。その一方で、絶対的優位、安全を後ろ盾に、ジュリオがますます増長する。

 

『しかし、ノーマというのは実にバカ揃いだな』

「は?」

 

アンジュの表情が鋭さを増した。

 

『大人しく降伏すればいいものを、無駄に抵抗するから被害が出るということすらわからんのか』

「ふん、降伏したところで、どうせ殺されるか、いいとこ違う場所で又違う殺し合いさせられるだけじゃない」

『当たり前だ。ノーマなど、我らの盾でしかない。寧ろ我々人間の盾になれて光栄だと思ってもらわねば困る』

(これが…これが兄なの? 血を分けた実の兄妹?)

 

今までのジュリオの言い様に、アンジュは頭がクラクラしてくるのを禁じ得なかった。あまりの気持ち悪さに、吐き気まで催してくる。

 

『そうそう、バカと言えば…』

 

アンジュの表情の変化を見過ごさずにジュリオが畳み掛ける。無抵抗の相手を嬲るという、皇族としては失格もいいところの言動であった。が、ジュリオは禁忌を犯してしまった。

 

『あの男は残念だったな』

「あの男…?」

『知らぬわけではあるまい。先日、我が国に押し入って貴様を助け出したあの覆面の男だ』

「シュバルツ…」

 

パンドラの箱を開けてしまったのだ。

 

『情報は得ているぞ。あの男、直前のドラゴンとの交戦で死んだそうではないか』

「! 死んでないわよ!」

 

思わず反論するアンジュ。が、それを無視してジュリオが話を続ける。アンジュを更に絶望の淵へと叩き込むために。

 

『全く、バカな男だ。ノーマを護って死ぬとはな。映像は見たことはあるがあれだけの戦闘力だ、大人しく我々に従って駒になればいいものを。繰り返すがノーマなんぞを護って死ぬとはバカにも程がある』

「っ!」

 

アンジュが身体を小刻みに震わせながら俯いた。その様子を見て心を折ったと思ったのか、ジュリオが更に畳み掛ける。

 

『まあ、貴様らノーマを護って死ぬようなお目出度い頭の男だ。盾の役にも立たんだろうがな、ハッハッハッ…』

「……」

 

アンジュは何も返さない。が、ここで忘れてはいけないのはジュリオはパンドラの箱を開けてしまったことだった。

この世の全ての災厄が詰まったパンドラの箱。だが、良く知られる神話では最後に希望は残った。しかし、

 

「…ったわね」

 

身体を震わせながら、アンジュがぼそりと呟いた。

 

『ん? 何か言いたいことがあるのか? 特別に聞いてやってもいいぞ。もっとも、本当に聞くだけだがな』

 

挑発するジュリオ。だがこの後、ジュリオは嫌というほど思い知ることになる。自分が開けてしまったパンドラの箱には、最早希望すらも残っていないということを。

 

「あいつを、シュバルツを嘲笑ったわね!」

 

顔を上げ、涙を流しながら怒りを爆発させるアンジュ。そして、それに呼応するかのように再び指輪が光り輝くとヴィルキスはその身を瞬時に紅に染め上げた。それと同時に、ヴィルキスを拘束していたピレスロイドが全て爆発四散する。

 

「ヒッ!」

 

その光景に慄き、つい先程までとは打って変わって情けない悲鳴を上げたジュリオ。

 

「あんたに…あんたに、あいつの何がわかるっていうのよ!」

 

対照的に怒りを爆発させたアンジュはヴィルキスをフライトモードに変形させると瞬時にその目の前から飛び去った。

 

「! な、何をしている! 早くあいつを墜とせ!」

 

恐慌状態に陥ったジュリオが慌てて命令した。

 

「は? しかし…」

 

離脱させるはずではなかったのかと思った兵士が訝しげに振り返る。

 

「構わん、後の責任は私が取る! だから早くあいつを殺せ!」

「はっ!」

 

そう言われてはそれ以上逆らうことも出来ず、兵士はその旨を各艦へと通信していく。しかし、一足遅かった。その時にはもう、アンジュがフライトモードからの体当たりで一隻めを轟沈させていたからだ。

 

(許さない!)

 

真紅のヴィルキスで空を突き抜けるアンジュは、一隻目を落とすとアサルトモードに変形し、ブレードを展開させると次の艦のブリッジを斬り裂いた。その脳裏には、黒焦げの消し炭になったアルゼナルの仲間たちの姿が浮かんでいた。

 

(許さない!)

 

そのまま次の艦に取り付くと、今度は船体を横薙ぎにして沈める。次に脳裏に浮かんだのは、この侵攻を命じた先程の下卑た言動の兄の顔。それといつも自分たちを支え、護り、導いてくれたシュバルツの姿だった。

他の隊員たちの例に漏れず、アンジュもシュバルツには一方ならぬ想いがあった。戦闘要員として戦場を共にするからか、それこそ非戦闘員の隊員たちより並々ならぬ感謝も、恩も、そして思慕の情だってある。そんな大事な人を、あの兄だった男は

 

バカにして

嘲笑って

踏み躙った

 

「絶対に…許すもんかーーーっ!」

 

袖口で涙を拭いながらアンジュは感情に身を任せて次々と艦を沈めていく。その、ジュリオに対しての絶望的な状況は次々とエンペラージュリオⅠ世のブリッジに届けられていた。

 

「デファイアント、マリポーサ、撃沈!」

「フォーチュネイト、オーベルト、大破!」

「何をしている! 相手は一…」

 

機。とジュリオは続けたいところだったのだろうが、それは出来なかった。何故なら次の瞬間、ブリッジが切断されて通信していた兵士たちのいる前方部が滑り落ちるように落下していったからである。

 

「はっ、ははっ…」

 

つい先程までには考えもよらなかった状況に、随分と風通しのよくなったブリッジでジュリオは腰を抜かしてへたり込む。そしてその目の前に、真紅の鬼神…ヴィルキスが審判者宜しく舞い降りた。そしてその状況下、遂に見限ったのだろうかリィザがブリッジから脱出したのだが、アンジュもジュリオもお互いそれを気にかける余裕はなかったのか、そのことには気付いていなかった。

 

「……」

 

コックピットが開き、アンジュが姿を現す。

 

「あ、アンジュリ…」

 

ジュリオがその先を言う前に銃声が響き、自身の左足が撃ち抜かれた。

 

「ああーっ! あっ! ああーっ!」

 

悲鳴を上げ、傷口を押さえてのた打ち回るジュリオ。図に乗った上に勘違いし、パンドラの箱を開けた愚か者には相応しい巡り会わせだった。

 

「今すぐ虐殺を止めさせなさい!」

 

対するアンジュは銃を構えたまま鋭い視線をジュリオに向けている。その表情は怒りに満ち満ちていた。

 

「今すぐ! さっさとしなさい!」

 

アンジュへの恐怖心からか、痛みに顔を歪ませながらもジュリオはマナの力で通信を開いた。

 

「神聖皇帝ジュリオⅠ世だ。全軍、全ての戦闘を停止し、撤収せよ!」

『撤収!? ノーマたちは!?』

 

通信の内容を聞いた兵士の一人が尋ね返すものの、それには答えずジュリオは自分の言いたいことだけ言って即座に通信を切った。

 

「止めさせたぞ! 早く医者を!」

 

その瞬間、二度目の銃声が響いた。今度はその銃弾はジュリオの右肩を貫通していった。だが尚も、アンジュの銃口はジュリオから離れない。

 

「ま、待て、話が違う!」

 

腰砕け、激痛に耐えながらもジュリオは両手を開いて前方に差し出し、アンジュを制止しようと努める。

 

「早まるな! 要求は何でも聞く! そうだ、お前の皇室復帰を認めてやろう! アンジュリーゼ! どうだ、悪くない話だろう! だから、殺さないでくれーっ!」

 

神聖皇帝の称号が大笑いするほどのみっともない命乞いをするジュリオ。対して、アンジュは何処までも冷徹だった。いや、目の前の愚物がそうすればするほど、どんどん冷めていく。

 

「言うことはそれだけ?」

 

冷たく吐き捨てると、アンジュは銃口の照準を静かにジュリオの額に合わせた。

 

「生きる価値のないクズめ…くたばれーっ!」

 

引き鉄に手を掛けるとそれに力をかける。ジュリオはアンジュの殺意の前に何ら抵抗も出来ず、悲鳴を上げて最期の時を待つしか出来なかった。そして、もう少しで終わるというところで、二人にとって予想もしない不思議なことが起きた。

突然、ジュリオとアンジュの間の丁度中間点ぐらいの空間がぐにゃりと歪んだのだ。そして…そう、例えるならば人型サイズのシンギュラーのようなものが現れた。そして、そこから無数の光の粒子のようなものが出てきたのである。

 

「な、何!?」

 

突然の展開に驚いて思わず銃を外すアンジュ。その間にも光の粒子のようなものが次々に出現してその場に集合し、そして、突然強い輝きを放った。

 

「ッ!」

 

思わず目を瞑り、顔を背けるアンジュ。するとその脳裏に、

 

(久しぶりだな、アンジュ)

 

直接、誰かの声が響いてきた。

 

「えっ!?」

 

その現象に驚くアンジュ。だがそれ以上に驚いたのはその声色だった。その時にはもう光が収まっており、慌ててアンジュは顔を戻すと先程の現象が起こった場所…光の粒子のようなものの収束地点に目を向ける。そこには…

 

(……)

 

無言だが、こちらを見て微笑んでいるシュバルツの姿があった。

 

「! シュバルツ!」

 

先程までの険しい表情から一変、心の底から嬉しそうに破顔するとすぐに駆け寄ろうとする。が、すぐに異変に気づいた。確かにシュバルツの姿だったが、全体的に薄いというかぼんやりとしているのである。その証拠に、シュバルツの後ろにいるジュリオの姿がシュバルツの身体を通して透けて見えるのだ。

 

「あ、貴方、一体…」

 

どういうことか聞こうとしたがシュバルツは答えない。その代わり左手を突き出すと、その手の平を開いてアンジュに向けたのだ。

 

「なっ!」

 

その挙動が何を意味するかわかってしまったアンジュ。故にシュバルツがそうすることが信じられなかった。アンジュは再び下ろしていた銃を構えると、その銃口をジュリオに向ける。

だが、アンジュとジュリオの間にシュバルツがいるために、自然、その銃口はシュバルツにも向けられることとなったのだった。

 

「…何のつもり?」

 

厳しい表情になって刺すような口調でアンジュがシュバルツに尋ねた。それを受けた上でのシュバルツの答えは、

 

(止めにきたのだ。お前が何をしようとしているか、それを承知の上でな)

 

そうだとは思っていたが、実際に聞きたくない答えが再び脳裏に直接流れ込んできたのだった。

 

「っ!」

 

シュバルツの返答を受け、アンジュがより険しい表情になってシュバルツを…正確に言えばシュバルツの後ろにいるジュリオに銃口を固定したままにする。その殺気に、ジュリオは再びヒッと短く悲鳴を上げると恐怖に顔を引き攣らせて必死に命乞いをし始めた。が、対照的にシュバルツは、左手を前に差し出したまま動こうとはしない。

 

「ど、どいて!」

(それは出来ん)

「どきなさいよ!」

(断る)

 

アンジュは必死で訴えるものの、シュバルツは微動だにしない。そんなシュバルツが今のアンジュにとっては憎らしくもあり、悲しかった。

 

(な、何だ? アンジュリーゼの奴、一人で何を…)

 

必死で命乞いをしながらジュリオはそう思っていた。どうやらこのシュバルツはジュリオには見えていないようである。まあ、取るに足らない虫ケラ以下の部外者なのでどうでもいいのだが。

 

「…どうして、どうしてよ!」

 

納得いかないのだろう、アンジュが叫ぶ。

 

「そいつは…あんたの後ろにいるその下衆は、あんたをバカにしたのよ!」

(知っている)

「それだけじゃないわ! アルゼナルの皆を虐殺して…」

 

あの消し炭になった死体の数々を思い出したのだろうか、アンジュの目から又涙が零れた。それを見、そしてアルゼナルの人員を虐殺したという事態が琴線に触れたのか、初めてシュバルツの表情が悲しそうな、申し訳なさそうなものになった。が、

 

(それでも…だ)

 

シュバルツの答えは変わらなかった。

 

「な、なんで…」

 

シュバルツが何を考えているかわからず、アンジュは怒りや悲しみや不信感や戸惑いなどで頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。

 

(すまんな、これは私のエゴだ)

 

そんなアンジュに返ってきたシュバルツの返答がこれだった。

 

「どういう…意味?」

 

引き続き銃を構えながら、アンジュがシュバルツに尋ねる。

 

(…少し、昔話をさせてもらう)

 

シュバルツの言葉に、アンジュは答えるでもなく銃を構えたままジッと立っていた。

 

(昔…ここに来る前のことだ。私は弟に私自身を討たせてしまってな)

「えっ?」

 

その昔話の内容に、思わずアンジュが声を上げる。

 

(それはどうしようもない状況下でのことでな。無論、私も弟もそれを望んだわけではない。だが、そうせざるを得なかったのだ)

「……」

 

アンジュは声を上げた後、黙って脳内に響くシュバルツの言葉に耳を傾けていた。

 

(意識を失う前、大泣きしていた弟の顔は今でも覚えている。…やりきれんよ、兄としてはな)

「……」

(似ているとは思わんか?)

「な、何が…」

 

探るようにアンジュが答えた。

 

(今のこの状況が…だ)

 

そしてシュバルツは続ける。

 

(弟が兄を討った構図。そして妹が兄を撃とうとしている構図。どうだ? よく似ているだろう?)

「ち、違うわよ!」

 

アンジュは銃口を固定させたまま再びジュリオを睨みつけた。一層の殺気に中てられたジュリオは、またみっともない悲鳴を上げながら必死に命乞いを続ける。

 

「貴方の弟さんは貴方を討ちたくなかったでしょうけど、私は!」

(わかっている。この男の所業や今までお前の受けた仕打ちを思えば、私の弟とは違って兄であっても殺したいほど憎んでいるのは良くわかっている)

「だったら!」

(だから最初に言ったはずだ。これは私のエゴだと)

 

シュバルツがそう、切って捨てた。

 

(私の時と立場や心情が違うとはいえ、妹が兄を撃つことなど見逃せるものか)

「…だから、止めに来たの?」

(そうだ)

 

シュバルツが頷いた。が、当のアンジュの表情は納得がいっていないのがありありと見て取れた。

 

(だが、お前の気持ちも良くわかる。故に…)

 

シュバルツは突き出していた左手を下ろすと腕を組み、肩幅に足を開き直した。

 

(どうしてもというのならば止めん。このまま私ごとこの男を撃つがいい)

「えっ?」

 

そのシュバルツの言葉に、アンジュが短く絶句した。

 

(とっくにわかっていると思うが、今お前の目の前にいる私は実体ではなく精神体…言わば幻のようなものだ。だから、頭を撃ち抜こうが心臓を撃ち抜こうが本物の私が死ぬことはない。故にどうしてもこの男が許せないのなら遠慮は要らん、このまま私ごと撃ち抜け)

「っ!」

 

アンジュの視線が鋭さを増し、シュバルツの先にいるジュリオを貫く。相変わらず恥も外聞もかなぐり捨てて命乞いをするジュリオにアンジュは虫唾が走った。

引き鉄に指を掛けると力を入れていく。が、その手は先程までと違って小刻みに震えていた。何故なら…

 

(……)

 

シュバルツが微動だにせずこちらを見ているからである。その後ろにいるジュリオとは違い、表情が変わることもなければ微動だにもしない。涼しい顔で腕を組んで仁王立ちしていた。その姿にますます鋭い視線を向け、引き続き小刻みに震えながら、アンジュは引き鉄にかける力を徐々に徐々に強めていく。そして、

 

「うおおおおおおっ!」

「ヒッ!」

 

アンジュが咆哮した直後、数発の銃声が鳴り響き、短い悲鳴を上げながら思わずジュリオが目を瞑ってしまった。が、自分の身体には何処も新たな痛みもなければ意識もある。

恐る恐るジュリオが目を開けると、そこには銃口を真上に向けて顔を伏せているアンジュの姿があった。

 

(どうした?)

 

対照的に、変わらぬ様子でシュバルツがアンジュに尋ねる。

 

「…きるわけ、出来るわけないじゃない」

 

ボソッとそう呟くと、アンジュは伏せていた顔を上げてシュバルツに向き直った。その目尻にはまた、うっすらと涙が溜まっている。

 

「例えどんな状態でも、あんたに向かって銃を撃つなんて出来るわけないじゃない!」

 

悔しいのだろう、アンジュはそれだけ吐き捨てると再び顔を伏せてしまった。その光景に、シュバルツとしては嬉しいような居たたまれないような不思議な心情になる。

 

(…安心しろ)

 

その、後味の悪い心情を打ち消すかのようにシュバルツがアンジュに語りかけた。

 

(この男はもう終わりだ。お前が手を下すまでもなくな)

「えっ?」

 

どういう意味かと思って顔を上げる。するとそこには、先程まで確かにそこにいたシュバルツはもういなかった。代わりに、

 

「アンジュ」

 

不意に、横から声をかけられる。そこには、先程アルゼナル内で見た金髪の青年…エンブリヲの姿があった。そして驚くべきことに黒いパラメイルを従え、その肩の部分に立っている。

 

「! あなた、さっきの!」

 

まさかこんなところで再会できるとは思わず、アンジュは驚きに眼を見開いた。

 

「え、エンブリヲ様!」

 

突如現れた救世主にジュリオが当然のように縋りつく。

 

「こいつを、アンジュリーゼをブッ殺してください! 今すぐに!」

「! うるっさい!」

 

その、先程までとは打って変わった物言いに又一気に怒りの頂点に達したアンジュがジュリオに向かって銃を乱射した。先程までならいざ知らず、シュバルツという防壁が無くなった今はジュリオに発砲するのになんの躊躇いもなかった。

 

「ヒッ!」

 

逆鱗に触れ、思わず頭を抱えるジュリオ。アンジュは致命傷こそ与えなかったが、バランスが良くなるようにとでも言うのだろうか、ジュリオの右足と左肩を撃ち抜いていた。

 

「あ、ああ、あああ…」

 

白煙が散った後、ジュリオが呆けたように呟く。

 

「次、何か一言でも喋ったら、その脳天撃ち抜くわよ」

「ヒイッ!」

 

痛む両腕でジュリオは口元を押さえるとコクコクと壊れた人形のように頷いた。あまりの恐怖と迫力だったのだろう、その股間部は湿っていた。どうやら失禁してしまったようだ。

そんな醜態を晒したジュリオから視線を切ると、即座にアンジュはヴィルキスのコックピットに乗り込む。と、役目は終わったかのように紅だったヴィルキスのボディーは純白に戻っていた。

 

「エン…ブリヲ?」

 

そして、その名を呟く。

 

「アンジュ、君は美しい」

 

アンジュの意識が自分に向けられていることを悟ると、エンブリヲが語りだした。

 

「君の怒りは純粋で、白く、何よりも熱い。理不尽や不条理に立ち向かい、焼き尽くす炎のように、気高く美しい。つまらないものを燃やして、その炎を汚してはいけない」

「……」

 

雰囲気に呑まれ、アンジュは何も言えない。そして彼女は与り知らぬことではあるが、エンブリヲはここに来る前にクリスとエルシャの元に立ち寄ってそれぞれ瀕死の重傷を負っていたクリスと、死んでいた幼年部の子供たちを助けていたのであった。

 

「だから…私がやろう」

 

エンブリヲが薄く笑い、その言葉にアンジュは息を呑んだ。

 

「君の罪は、私が背負う」

 

それだけ言い残すと、エンブリヲは…彼を肩に乗せたパラメイルは上空へと舞い上がった。何かを謳い始めながら

 

「! これは!」

「永遠語り!」

 

その歌詞、そしてメロディにアンジュとジュリオが思わず呟いた。そしてアンジュのところに向かうため、タスクが自機を飛ばしていたのも丁度その頃だった。

 

「この歌…知ってる」

 

タスクの後ろに、括り付けられるように乗っていたヴィヴィアンが永遠語りを聞いて思わず呟いた。兵士たちを蹴散らしたとはいえ、流石に捨て置くことは出来なかったのだろう。

 

「! あれは! まさか!」

 

永遠語りの発信元に視線を向けたタスクが、その姿を遠目に見て思わず呟いた。同じ頃、同海域上空で、背中に翼を生やして滞空しているリィザもその視線の先を固定する。

 

「エンブリヲ…」

 

そして、その名を呟いたのだった。その間も、永遠語りは謳われていき、そして、それに呼応するかのように彼のパラメイルのギミックが展開されていく。

 

「ヴィルキスと同じ武器!?」

 

驚きに、アンジュは思わず声を上げた。そしてその直後、あの竜巻のような砲撃…正式名称はディスコード・フェイザーと言う名の砲撃が放たれ、眼下のエンペラージュリオⅠ世へと向かっていく。

そして直撃を受けたエンペラージュリオⅠ世は光に呑まれた。

 

「あっ、あっ、ああああーっ!」

 

ディスコード・フェイザーの直撃を受けたジュリオが悲鳴を上げる。それを末期として、ジュリオはこの世界から完全に消滅した。そして直撃地点から広い範囲で、まるで巨大な隕石でも落ちたかのように海が円球状に割れたのであった。その光景に、アンジュとリィザは思わず息を呑まざるを得なかった。

 

 

 

 

 

その頃、アルゼナル最下層では、あの戦艦が今まさに発進しようとしていた。

 

「注水、始め!」

「注水、始め!」

 

ジルの号令にパメラが復唱する。それと同時に、アルゼナルの生き残りを収容したこの戦艦に注水が始まった。ジルの大嘘により、本来辿るべき歴史よりもかなり多くの人員が無事にこの艦に収容されているのは、喜ぶべきことなのだろう。

 

「アルゼナル内に生命反応なし。生存者の収容、完了しました」

「メインエンジン臨界まで、後10秒」

「水位上昇80%」

「防水隔壁、全閉鎖を確認」

「交戦中のパラメイル各機には、合流座標を暗号化して送信」

「了解」

 

ブリッジでは、次々と報告や指示が飛び交う。

 

「フルゲージ!」

「拘束アーム解除。ゲート開け。微速前進」

 

エンジンに火が入る。そして、

 

「アウローラ、発進!」

 

ジルの号令と共に戦艦…アウローラはアルゼナルを後にして発進したのだった。

 

 

 

 

 

「……」

 

先程の洋上、エンブリヲが怪訝な顔をして視線だけ脇に向けている。その先にあるのは、アルゼナル。

 

「何なの」

 

そんなエンブリヲに、アンジュがコックピットを開けてその身を現すと端的に尋ねた。

 

「さっきのシュバルツのことといい、貴方、一体何者!?」

 

鋭く質問を投げかけるが、エンブリヲは答えるでもなくアンジュに向き直ると静かに微笑んだ。と、突然予想だにしない方向から機銃が発射されてきた。が、当然のようにエンブリヲとそのパラメイルを捉えることはなく、僅かにバックステップしてかわしたに過ぎなかった。

 

「アンジュ! そいつは危険だ!」

 

機銃を発射したのはタスクだった。洋上を滑りながら通信を入れる。

 

「タスク!」

「離れるんだ、今すぐ!」

「無粋な」

 

被害は受けなかったものの実力行使で邪魔をされたのに気分を害したのかエンブリヲが吐き捨てると、永遠語りを謳いながらパラメイルをタスクに向けて正対させる。当然の如く永遠語りに反応し、パラメイルはディスコード・フェイザーのギミックを展開させた。

 

「! いけない!」

 

その姿に一瞬で事態を察知したアンジュは瞬時にヴィルキスをタスクに向かって滑らせる。

 

「タスクーっ!」

「アンジュ」

 

自分に向かって物凄いスピードで迫ってくるアンジュに、タスクは思わず顔を上げた。

 

「ダメーーーっ!」

 

先程の、ジュリオを沈めた光景を思い出したのだろうか、タスクに向かいながらアンジュが叫ぶ。と、それに呼応したように指輪が再び光り、今度はその身を瞬時に純白から青に染め上げた。その直後、ディスコード・フェイザーが放たれる。だが不思議なことに、それがアンジュとタスクを捉える直前、二機はその場から瞬時に消えてしまったのだ。結果として、ディスコード・フェイザーは海を穿つだけで終わってしまった。

 

「ほぉ…」

 

エンブリヲが少し驚いた表情になる。

 

「つまらん筋書きだが、悪くない」

 

だがすぐに、彼が良く見せる薄く笑った表情になると、そう呟いたのだった。そして、

 

「さて、取り敢えずはここまでか。では、彼女たちを可愛がりにいくかな」

 

薄笑いを浮かべたままそう呟くと、エンブリヲもまた瞬時に姿を消したのだった。そして当事者たちが全て姿を消した海は、いつもの穏やかな姿に戻ったのであった。


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