機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

今回は前回戦闘後のアルゼナルのお話ですね。

今回と次回は、いつも以上に原作をなぞるだけのものだと思いますので、さらっと読み進めてもらって結構です。

派手な展開になるのはもう少しお待ち下さい。


NO.30 右腕の過去

この世界のどこかにある海辺の屋外にて、今この世界の各国家の元首が一堂に集まって円卓を囲んでいた。彼らは先程のアルゼナルでの戦闘の映像を次々と目の当たりにして、一様に難しい顔をしている。

 

「ドラゴンから攻め込んでくるなど…」

「このパラメイル、まさか、ドラゴンの?」

「シンギュラーの管理はミスルギ皇家のお役目。ジュリオ殿…いえ、陛下。ご説明を」

 

ヴェルダ王朝の女王がジュリオに促した。

 

「それが…暁ノ御柱には起動した形跡が全くないのです」

「バカな、ありえん」

「直ちにアルゼナルを再建し、力を増強せねば」

「だが、そうもいかんのだ」

 

そう言ってガリア帝国の皇帝が出した映像には、一機のパラメイルが映っていた。

 

「この機体…まさか!」

「ビルキスだ…」

 

その言葉に、元首たちが驚いて息を呑む。

 

「あの反乱の際に破壊されたはず…」

「アルゼナルの管理は、ローゼンブルム王家の役目。何故放置していた!」

 

思わず呟いたローゼンブルム王国の国王に、エンデラント連合の大統領が食って掛かった。

 

「監察官からは、異常なしと報告を受けていた」

「まんまとノーマにあしらわれていたということか、無能め」

 

そう批難すると、忌々しげにエンデラント連合の大統領が椅子の背もたれにどかっとその身を預けた。

 

「これでは一国の王女が、ノーマごときに誘拐されるのも無理はない」

「っ! み、ミスティのことを愚弄するならば、貴公とて容赦せんぞ」

 

ローゼンブルム王国の国王がダンと円卓を叩いた。

 

「お二人とも、落ち着いて」

 

見兼ねたからか、ジュリオが仲裁に入る。

 

「黙れ小僧! 私の娘を拐かしたのは、貴様の妹ではないか」

「あれはもう、妹ではありません」

「そんな言い訳が通じるか! この、罪人の一族が!」

「お止めなさい。今は世界をどう護っていくかを話し合うべきとき」

 

ヴェルダ王朝の女王がもっともな意見を述べ、実にならない言い合いはひとまず収束した。

 

「…ノーマが使えない以上、私たち人類が戦うしかないのでしょうか」

 

マーメリア共和国の書記長の言葉に、各元首はそのことに思い当たって二の句が告げなくなった。と、円卓の彼らから少し離れたところでパタンと本が閉じられる音がした。

 

「…どうしようもないな」

 

会議に加わらず、彼らから少し離れて本を読んでいた青年がおもむろに立ち上がる。

 

「え、エンブリヲ様…」

 

ローゼンブルム王国の国王がその青年の名を呼んだ。青年…エンブリヲはゆっくりと円卓に歩み寄る。

 

「本当に…どうしようもない」

 

薄く…ともすればこの場にいる国家元首たちを小バカにするような笑みを浮かべて彼らを睥睨した。そして、彼らに道を示す。

 

「選択肢は二つ。一、ドラゴンに全面降伏する」

 

その発言内容に、元首たちは表情を強張らせる。

 

「二、ドラゴンを全滅させる」

 

が、エンブリヲはそんな彼らを気にも留めずに次の選択肢を口に出した。

 

「そんな…」

 

示された選択肢に思わずヴェルダ王朝の女王が呟いた。

 

「だから、三、世界を創り直す」

 

それを受けて…というわけでもないだろうが、肩に乗った青い小鳥を指で撫でながら、エンブリヲは新たな選択肢を口にした。

 

「えっ!?」

 

エンブリヲが新たに示した選択肢にジュリオが思わず驚く。

 

「全部壊してリセットする。害虫を殺し、土を入れ替え、清浄な世界へ」

 

が、そんなジュリオを無視してエンブリヲはその選択の概要を説明し始めた。

 

「壊して創り直す…そんなことが可能なのですか!?」

「全てのラグナメイルと、メイルライダーが揃えばね」

「素晴らしい!」

 

エンブリヲの第三の選択に、ジュリオが賞賛の声を上げて立ち上がった。

 

「創り変えましょう、今すぐに!」

 

そして他の元首たちを、賛同を求めるかのようにぐるりと見渡す。

 

「そもそも間違っていたのです。忌々しい、ノーマという存在も。奴らを使わねばならないこの世界も!」

「バカな! ここまで発展した世界を捨てろというのか!?」

 

当然反論の声が上がる。が、

 

「では、他に方法がありますか?」

 

そうジュリオが発言すると、皆一様に押し黙ってしまった。

 

「それしかないのならば仕方がない。が、一つ懸念がある」

「懸念? 何です?」

「これだ」

 

そう言ってガリア帝国の皇帝が出した映像、そこには戦場に立つガンダムシュピーゲルの姿があった。

 

「ヒッ!」

 

その姿にジュリオが悲鳴を上げて身体を小刻みに震わせる。対照的にエンブリヲは凄く楽しそうに不敵な笑みを浮かべた。

 

「これか…」

「監察官からの報告によると、ある日突然アルゼナルに墜ちてきたという。その後、協力体制を構築してドラゴンの掃討に使っているというが…」

「おや、どうしましたジュリオ陛下。顔色が悪いですぞ?」

 

マーメリア共和国の書記長がジュリオに水を向けた。

 

「い、いえ、そんなことは」

「…ああ、そういえばこの機体、お宅の国に一度現れたことがありましたな」

「そうだったな」

 

エンデラント連合の大統領が後を継いだ。

 

「な、何のことですかな?」

「とぼけるな。情報統制を敷いたところで人の口に戸板は立てられん。中々に滑稽な姿を晒したそうじゃないか。お前といい、末妹といい、国民といい、な」

「クッ!」

 

図星を指され、悔しそうな表情でジュリオが苦虫を噛み潰したような表情になった。

 

「その辺にしておけ」

 

ガリア帝国の皇帝が彼らの諍いを制す。と、

 

「懸念というのは…この機体のことかな?」

 

エンブリヲが映像のシュピーゲルを指差した。

 

「はい」

「何故だい?」

「無論、あの戦闘力です」

 

一度言葉を切ると、ガリア帝国の皇帝が再び口を開いた。

 

「世界を創り直すとなれば、アルゼナルは用済みになる。であれば排除することになりますが、この機体の戦闘力が尋常じゃないのはエンブリヲ様もご存知でしょう」

「確かにね。だが、あの機体はシンギュラーの向こうに連れ去られたはずだよ?」

「そ、そうですとも! ですから何ら懸念を抱く必要はありません!」

 

恐怖を無理やり振り払うかのようにジュリオが勇ましくエンブリヲの意見に追随した。

 

「確かにそうですが、現れたのが突然ということですので、突然戻ってくる可能性もなくはないのではないかと」

「心配性だね」

 

エンブリヲがふふふと笑った。

 

「でもまあ、わからない意見でもないかな。わかった、それならば後詰として僕も出よう。これなら文句はないだろう?」

「エンブリヲ様が!?」

「直々に…ですか!?」

 

元首たちが途端にざわつき始めた。

 

「ああ。…で、どうかな?」

「そ、それならば何も文句はありません!」

「ええ! 宜しくお願いいたします!」

「話は決まったね。じゃ、庭の道具を使うといい」

 

そう言うと、エンブリヲはジュリオの掌に何かの鍵を置いた。

 

「気を付けて、ジュリオ君」

「お任せ下さい、エンブリヲ様!」

 

力強く返事をするとそれに満足したのか、エンブリヲの姿がその場から消えた。だが、消えたのはエンブリヲだけではなかった。その後、各国の元首たちも次々と姿を消し、ジュリオだけがその場に残った。すると、今度は彼らが今までいた海辺の屋外の光景も消えたのだ。代わりに出てきたのはジュリオの私室の光景であり、側に控えていたリィザの姿だった。

そう、先程の光景も、自分以外の全ての人物も、全部ホログラフィだったのだ。

 

「出るぞ、リィザ」

 

側に控えていたリィザにそう告げると、ジュリオは彼女を伴って自室を後にした。そんな彼の執務机の裏に盗聴器が仕掛けられてあるなどとは、ジュリオは思いもしなかっただろう。

 

 

 

「随分乱暴な手に出てきたもんだ…」

 

どこかの水路内部にて、盗聴器で先程までの各国の元首たちの密談を盗み聞きしていたタスクが呆れたように呟いた。ジュリオの私室の盗聴器は言わずもがな、タスクが仕掛けたものである。

 

「全部壊して創り直す…か」

 

タスクにしては珍しく怒りに満ちた表情で呟くと、アンジュを助けるときにも使った自機に跨る。

 

「急がなきゃね」

 

マシンに火を入れると、タスクは飛び立ってその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

アルゼナル。

世界のどこかで、一部の連中がそんな悪巧みをしていることなど露知らず、隊員たちは戦後処理に追われていた。

あの正体不明機の攻撃によって抉られた大地に更に大きな穴を掘り、ジャスミンがそこに死骸となったドラゴンをブルドーザーで次々に落していく。

食堂や生活区域の片付け作業。格納庫ではパラメイルの整備、補給。医務室では怪我人の救護。先の戦闘でショックを受けたのか、エマを気遣おうとしたマギーがそのエマに拒絶されて溜め息をつくシーンもあった。そして、彼女たちの表情は皆一様にして暗い。

そんな中、ジルはメイルライダーたちを一箇所に集めていた。

 

「生き残ったのはこれだけか…」

 

心なしか気落ちした声色でジルが呟いた。だがそれは隊員たちも同じこと。シュバルツの件が糸を引き、場は恐ろしく沈んだ雰囲気になっていた。

 

「この中で、指揮経験者は?」

 

ジルの質問に手を上げたのはヒルダだった。そして、彼女以外は誰もいなかった。

 

「全パラメイル部隊を統合、再編成する。暫定隊長はヒルダ。エルシャとヴィヴィアンが補佐につけ」

「はあ? こいつ脱走犯ですよ。脱走犯が隊長って!」

「お姉さまがいるじゃないですか!」

 

ジルの裁定にロザリーとクリスが不服の声を上げる。

 

「ゾーラは今医務室で休養中だ。無論、意識を取り戻せばゾーラに任せる。…精神状態が落ち着きを取り戻していれば、だがな」

 

先程の取り乱していたゾーラのことは皆知っているのか、それ以上はクリスも何も言えなかった。代わりに、

 

「じゃ、じゃあサリアは!?」

 

尚も食い下がる。余程ヒルダの裏切りが許せないのだろう。

 

「あいつなら、命令違反で反省房の中だ」

「文句あんならあんたがやればぁ?」

 

それまで大人しくしていたヒルダが、気だるい感じでロザリーやクリスに振り返った。

 

「し、司令の命令だし、仕方ないし、認めてやるよ。なっ、クリス!」

「う、うん」

 

慌ててそう言い繕うロザリーにクリスが同調する。こうなるだろうことは予想していたとはいえ、ヒルダは面白くなさそうにそっぽを向いた。

 

「パラメイル隊は部隊編成の後、警戒態勢に入れ」

『イエス、マム!』

 

総員敬礼を返すと、解散する。命令を下したジルは一服するためだろうか、いつものようにタバコに火を点けた。そして、懐から一枚の紙を取り出すとそれに目を走らせる。

 

「壊して創り直す…か」

 

そして、恐らくその紙に書かれているであろうことの一部分を呟いた。と、

 

「ねえ」

 

不意に、声がかけられる。振り向くと、そこにいたのはモモカを従えたアンジュだった。

 

「私の謹慎、終わったのよね?」

 

アンジュが確かめるようにジルに問う。

 

「ああ」

「じゃあ、全部教えて。約束でしょ」

「このクソ忙しいときにか?」

 

ジルが鬱陶しそうにタバコの煙を吐いた。

 

「皆が助かったの、誰のおかげ?」

 

少しの間その場を沈黙が包んだ。が、すぐに、

 

「…いいだろう」

 

諦めたのかジルが了承した。

 

「但し侍女はなしだ」

 

そう切り捨てられ、モモカがあうぅ…と本当に悲しそうな声を上げた。そしてアンジュはジルの後をついていく。

 

「おい、何処行くんだ、アンジュ!」

 

そんなアンジュに、ヒルダが毒づく。が、二人の歩みを止めることにはならなかった。

 

「ったく、クソ忙しいってのに!」

「あら、ヴィヴィちゃんは?」

 

ヒルダの横にいたエルシャがその時始めて、この場にヴィヴィアンがいないのに気づいたのだった。

 

 

 

大破した居住区にあるサリアとヴィヴィアンの私室。ヴィヴィアンがいつも寝床にしているハンモックがグラグラ揺れると地面に落ちた。

 

「痛ったい…」

 

寝惚けた様子でヴィヴィアンが呟く。招集がかかっていたにもかかわらず私室で寝ていたらしい。いい加減というか大物というか、流石はヴィヴィアンである。

 

「落ちてる…何で…?」

 

ゆっくり目を開けながら、まだ完全に覚醒してないためか周囲を見渡す。と、

 

「わわっ、寝過ごしング!」

 

時計が目に入ったのだろうか、慌てて起き上がったのだった。

 

 

 

時を同じくして露天浴場。ジルの後を着いてきたアンジュは何故かジルと一緒に露天風呂に入っていた。

 

「何でお風呂!?」

 

アンジュが当然ながら怪訝そうな表情で噛み付いた。

 

「秘密の話は曝け出してするもんだ」

 

対照的にジルは余裕綽々といった態度で風呂を堪能していた。

 

「で? 何から聞きたい?」

「最初から全部」

 

ジルの質問にアンジュが素直にそう口に出した。

 

「ドラゴンとあの女。私のパラメイルとお母様の歌。貴方とタスクの関係。全部よ」

「わかった」

 

同意すると、ジルが口を開き始めた。

 

「むかーし昔、あるところに神様がいました」

 

語りだしたジルの表情に、一瞬だが翳りが射したのは気のせいであろうか。

 

「繰り返される戦争と、ボロボロになった地球に、神様はうんざりしていました」

「! ちょっと、何の話!?」

 

どう考えても自分の聞きたいこととは無関係そうなその内容に、アンジュが不満そうに口を開く。が、

 

「初めから全部…だろ?」

 

ジルは一向に意に介した様子はなく、そのまま話を続けたのだった。

 

「平和・友愛・平等…口先では美辞麗句を謳いながら、人間の歴史は戦争・憎悪・差別の繰り返しです」

 

その時、ジルの脳裏に一人の人物の姿が映し出される。その人物は元首たちの会談で、元首たちにエンブリヲと呼ばれていた人物、その人だった。

 

「それが人間の本質。何とかしなければ、いずれ滅んでしまいます。そこで神様は、新しく創ることにしたのです。新しい人類を」

「争いを好まない、穏やかで賢い人間たち。あらゆるものを思考で操作できる、高度情報化テクノロジー…マナ」

「あらゆる争いが消え、あらゆる望みが叶い、あらゆるものを手にすることが出来る、理想郷が完成したのです」

「後は、新たな人類の発展を見守るだけ…のはずでしたが」

 

そこで一旦区切ると、少しだけジルの表情が厳しいものになった。

 

「生まれてくるのです。何度システムを創り直しても、マナが使えない女性の赤ん坊が。古い遺伝子を持った突然変異が」

 

ここの箇所だけは、ジルの口調も吐き捨てるようなものだった。

 

「突然変異の発生は、人々の不安を駆り立てました。ですが神様は、逆にこの突然変異を利用することにしたのです」

「彼女たちは世界を拒絶し、破壊しようとする反社会的な化け物、ノーマである…という情報を植えつけたのです」

「世界はノーマに対処するために、絆を強めました。人々も差別できる存在がいることに安堵し、安定しました」

「生贄・犠牲・必要悪…言い方は何だって構いません。私たちもまた、創られた存在なのです…。世界を安定させるため、差別されるためだけの」

「……」

 

語り始めのときこそ、ジルが誤魔化そうとでも思っていたのか噛み付いたアンジュだったが、今は黙っていた。

 

「どうした? 言葉も出ないか?」

「バカバカしくてね…」

 

ジルに水を向けられ、アンジュは絶句していた。

 

「よくもそんなくだらない話、思いついたわね」

「聞いたからな。本人に」

 

発言の内容からするに、アンジュはまだ話半分といったところだろうか。だが、ジルは別に取り乱すこともなくそう答えたのだった。

 

「で? 続き、あるんでしょう?」

「まあ、そう急かすな」

 

そこで一旦言葉を区切ると、ジルは続きを話し始める。

 

「こうしてマナの世界は安定し、今度こそ反映の歴史が始まるはずでした。しかし、それを許さない者たちがいました」

「古の民…突然世界から追放された、マナが使えない旧い人類の生き残りです」

「彼らは自分たちの居場所を取り戻すため、何度も神様に挑みました。仲間たちの死を乗り越え、永きに渡る戦いの末、遂に手に入れたのです。神の兵器…ラグナメイル。破壊と創造を司る、機械の天使。…パラメイルの原型となった、絶対兵器だ」

「それが…ヴィルキス?」

 

アンジュが尋ねたがジルは返答をしなかった。が、今までの話の流れからそうであることは疑いの余地のないものだった。

返答の代わり…というわけでもないのだろうが、ジルは話を続ける。

 

「これで神様と同等に戦える…古の民はヴィルキスに乗り込んだ。だが、彼らにヴィルキスは使えなかった。鍵がかかっていたんだ。虫ケラ如きが使えないようにな」

「生き残った仲間たちは後僅か。古の民たちは、滅びを待つだけだった」

「そんな時だ。世界の果てに送られたノーマが、パラメイルに乗ってドラゴンと戦わされていると知ったのは」

「彼らはアルゼナルに向かった。そこで出逢ったんだ、古の民とノーマ…捨てられた二つの人類が」

「彼らは手を組み、その時に備えた。鍵を拓く者の出現を。そして遂に現れたんだ」

「アレクトラ=マリア=フォン=レーベンヘルツ。…王族から生まれた、初めてのノーマだ」

「アレクトラ=マリア=フォン=レーベンヘルツ…」

 

ジルの口に出した名前を、アンジュが鸚鵡返しで返した。

 

「聞いたことあるわ。確か、ガリア帝国の第一皇女よ。でも、10歳で病死したって…」

「…バレたのさ。ノーマだとな」

 

自嘲気味にジルが呟いた。

 

「アルゼナルに放り込まれ、自暴自棄になっていたアレクトラだったが、彼女の高貴な血と皇族の指輪がヴィルキスの鍵を拓いた」

「彼女の元に、多くの仲間が集まった。ヴィルキスを護る騎士、ヴィルキスを直す甲冑士、医者に武器屋に犬」

「始まったんだ、捨てられた者たちの逆襲…リベルタスが」

 

涼やかな風が、二人の肢体を撫でるように駆け抜けていった。

 

「地獄のどん底で、私は仲間と使命を得た。この造り物のクソッたれな世界を壊すという使命をな」

「…だが、私には足りなかった」

 

義手自身が自壊してしまうのではないかという程強く、ジルは己の義手に力を込めて拳を握った。

 

「全部吹っ飛んでしまった。指輪も仲間も右腕も全部な」

「だが、リベルタスを終わらせるわけにはいかない。死んでいった仲間たちのためにも」

「そこにアンジュ、お前が現れたんだ」

「……」

 

言葉にならないと言った表情でアンジュが息を呑んだ。

 

「ヴィルキスの、最後の鍵は拓いた」

 

言うべきことはほとんど言ったからなのだろうか、ジルが湯船から出る。

 

「お前が壊すんだ、アンジュ」

 

そして未だ湯船に浸かっているアンジュに首だけ振り返り、ジルはそう告げた。

 

「あの歌で、この世界を」

 

そこで何か思い至ったアンジュが己の手を見る。そこには、自身の指輪が輝いていた。

 

「この指輪を戻したのも、貴方だったのね?」

「そうだ」

 

ジルがアンジュの言葉を肯定した。

 

「私を生かしたのは、そのリベルタスのため?」

「その通り。お前には、強くなってもらわねばならなかったからな」

「皇女アレクトラ…か」

 

アンジュが目の前の人物の、在りし日の名前を口に出した。

 

「貴方には感謝してる」

 

そして、自身も湯船から立ち上がる。

 

「貴方のおかげで、自分がどれだけ世間知らずで、甘ったれで、人生をナメていたのか、思い知ることが出来たから。…だから、答えはノーよ」

「ほぉ…」

 

髪に隠れ、その表情は見えない。アンジュの答えを聞き、一体、どんな顔をしたのだろう。

 

「神様とかリベルタスとか、百歩譲って今の話が全部本当だとしても、私の道は、私が決める!」

 

その決意を聞いたジルがアンジュの顔をジッと見つめた。

 

「それがどんなに崇高な使命でも、自分の目で見て考えて、自分で決める。誰かにやらされるのは御免なの!」

「では、リベルタスには参加しないと?」

「…嫌いじゃないの」

 

アンジュはジルから顔を背けると、少し俯いてそう呟いた。

 

「ドラゴンを殺して、お金を稼いで、好きなものを買う。そんな今の暮らし」

「そうか」

 

薄い笑みを貼り付け、ジルが揶揄するように答えた。

 

「それはそれとして、もう一つ聞かせて」

 

伏せた顔を上げると、アンジュはジルに新たな質問を投げかけた。

 

「何だ?」

「シュバルツのことよ」

 

その内容に、ジルの動きが止まった。

 

「…奴がどうかしたのか?」

 

ジルが尋ね返すと、アンジュが黙ってコクリと頷いた。

 

「教えて。あいつ一体何者なの?」

「誰かから聞いていないのか?」

「生憎…ね。ここに来たばっかりの時は間抜けもいいところだったし、己自身を受け入れてから今まで、色々とあったからつい聞きそびれちゃって…。だから知りたいの。あいつ、一体何者?」

「何者…と言われてもな」

 

困ったようにジルがボリボリと頭を掻いた。

 

「それはこちらが教えて欲しいぐらいだ」

「はぁ!? それ、どういうことよ」

「その前に…だ。アンジュ、お前に一つ聞いておきたい」

「何よ」

 

アンジュが怪訝そうな表情になった。

 

「もしかしてだが、お前、奴のことを古の民の一人だと思ってないだろうな?」

「え!? 違うの!?」

 

アンジュが素っ頓狂な声を上げた。

 

「やはり…か」

 

その反応を見て、ジルが溜め息をついた。

 

「だって、今の話の流れからしてみたら、そう考えるのが普通じゃない!」

「普通はな。だがお前も良く知っての通り、奴は普通じゃない」

「それはまあ、そうだけど…」

 

機体でも生身でも、あの戦闘力の高さは尋常ではない。それに加えてこれは蛇足だが、家事のスキルも高い上に包容力も十二分にある。確かに普通ではないが、それでもまさかアンジュは自分が全く考えもしていなかった答えが返ってくるとは思わなかったのだ。

 

「では概略だけかいつまんで説明してやる。奴はある日、我々の前に突然現れた。まるで空から堕ちてきたかのようにな」

「続けて…」

 

ジルの説明にのっけから思わず口を差し挟もうとしたアンジュだったが、とりあえず先を促すことにした。

 

「で、尋問したところ、こことは全く違う世界から時間と空間の壁を乗り越えてこの世界に偶発的にやってきたらしいのだ」

「はぁ!?」

 

再び素っ頓狂な声を上げるアンジュ。

 

「で、居場所のない奴にこちらが居場所を提供し、その見返りとしてドラゴン退治を手伝ってもらってるというわけだ」

「…バカバカしい」

 

疲れたような表情でアンジュが溜め息をついた。

 

「そんな話、信じると思ってるの?」

「お前が信じようが信じまいが、これは事実だ。何だったら尋問のときの様子はアルゼナル全体に流したから、記録はあるはずだ。それを見せてもいい。…それにな、アンジュ」

「何よ」

「お前とて内心では認めているのではないか?」

「何がよ」

「奴がこの世界の人間ではない…ということをさ」

「…何でそう思うのよ」

 

ぶっきらぼうにアンジュが答えた。まるで、己の心の中を見透かされまいとするかのように。

 

「理由は二つある。まず一つは、奴がマナを使えないということだ」

 

ジルが人差し指を立てた。

 

「マナが使えない突然変異…ノーマは何故か女だけだ。だが奴はマナを使えない。男であるにもかかわらず…だ。それだけでも、奴がこの世界の人間でないと証明するのに十分だと思うが?」

「でも、さっきの貴方の話が全て本当だったらの前提になるけど、古の民がそうなんでしょ? だったら、マナが使えないってだけじゃこの世界の人間じゃないっていう証拠には…」

「そこで出てくるのがもう一つの理由。シュバルツのあの機体だ」

「ガンダム…シュピーゲル」

「そうだ」

 

アンジュの言葉にジルが頷いた。

 

「アンジュ、お前、あの機体をどう思う?」

「どう…って、どういう意味でよ」

 

質問の意図が把握できずにアンジュが尋ね返した。

 

「我々のパラメイルとシュバルツのあの機体。同じ設計思想の基に造られたと思うか?」

「それは…」

 

アンジュが言葉に詰まった。そのことで、アンジュはさっきジルが指摘した、内心ではシュバルツがこの世界の住人ではないというのを認めているということを、はからずも追認することになってしまったのだった。

 

「飛行や変形が可能で集団戦闘を想定して造られたパラメイルと、特に変形などせず、単独運用を前提に造られたあの機体、モビルファイター。言ってみれば正反対の特性の機体だ。そもそもの絶対数が少ない我々が、相反するような二種類の機体をわざわざ造るような余裕があったと思うか? それも一機だけ特別に。仮に造ったとして、その性能を十全に発揮できるような操者が都合良く我らの中にいたと思うか?」

「……」

 

アンジュが言葉に詰まってしまった。確かにあの機体…ガンダムシュピーゲルが自分たちの…もっと言えばパラメイルの規格とは全く違うのは良く理解していたからだ。

ガンダムシュピーゲルにパラメイルのような戦い方をしろといっても無理な話だし、逆にパラメイルにガンダムシュピーゲルの動きをトレースしろといってもそちらは余計に無理な話である。そこを考えると、確かにジルの言ったことは嘘ではないような気がする。

それに、尋問のときの映像を見せてもいいと言っていた。仮にそれが修正や編集をしてあったとしても、その内容は他のアルゼナルの人員なら殆ど見ているのだ。聞けば、どんな内容だったかは普通に教えてくれるだろう。

そしてもし修正や編集してあれば内容に齟齬が生じるのは間違いないはずである。ジルがそんな愚を冒すとは到底考えられない。であれば、ジルの言ったことに嘘偽りはないのだろう。

 

(…そう言えば、最初から私たちに対する偏見なんて欠片もなかったわね)

 

格納庫でのファーストインプレッションや、敵前逃亡の時に自分の顔のすぐ脇に風穴を開けられたときのことを思い出した。あれが異世界から来たからという理由ならばすぐに得心もいく。

 

「…全く、厄介な奴さ」

 

湯冷めを避けるためか、ジルがもう一度湯船に浸かる。それに倣うかのようにアンジュも再び湯船に腰を下ろした。

 

「厄介?」

「ああ」

 

ジルの言った一言に引っかかったアンジュ。が、ジルは気に留めた様子もなく続ける。

 

「自身の戦闘力も、機体を駆ったときの戦闘力も並外れている。恐らくだが、うちの全パラメイルと戦っても引けをとらないどころか、あいつが勝つだろう」

「こっちとしては、あまり面白くない話ね」

「だが、事実だろう?」

「…ええ。癪だけどね」

 

ジルが水を向けると、アンジュは淡々と認めた。言葉通り確かに癪に障るのだろうが、事実なのだから仕方ないと割り切っているのだろう。

 

「でも、それの何処が厄介なの? むしろ有り難いことじゃない。実際、私たちだって何度生命を救われたことか…」

 

シュバルツの後方支援によってどれだけ物的にも人的にも被害が抑えられたことか。それはジルが一番良く知っているはずである。

 

「問題はそこじゃない。厄介なのは奴の影響力…いわゆるカリスマだ。お前も見ただろう? 奴が攫われた後のこのアルゼナルの様を」

「…あぁ」

 

そこで、ようやくアンジュが得心いった声を上げた。確かに施設も大きな被害を受けたが、それ以上に生き残った人員たちの表情が酷かった。

絶望や悲嘆に染まり、泣いている者を見たのも一人や二人どころの話ではない。光が消えたかのようにアルゼナル全体が沈んでいた。

光…比喩表現だが言いえて妙かもしれない。シュバルツが存在しているという安心感がどれだけ大きなものだったのか、アンジュはその身に詰まされていた。

 

「いつの間にか、隊員たちの大きな拠り所になってしまったんだよ、あいつは。アンジュ、お前だってそうだろう?」

 

そう言うと、ジルはスッと手を伸ばしてアンジュの胸をつついた。

 

「ちょ、何!?」

 

ビックリして思わずアンジュは少し距離を取る。そんな様子にジルはクククと笑いながら、

 

「その胸の内…心の中には少なからずあいつへの想いがあるはずだ。それがどういう感情かは別として…な」

 

そう、指摘した。

 

「それは…」

 

ジルに指摘され、シュバルツとのこれまでのことを思い返す。確かに色々な思い出があり、それはアンジュの中ではかけがえのないものになっていた。だからこそその次に湧き上がるもの…

 

寂しい、怖い

 

それは仕方のないことであった。気丈に振舞っていたが、アンジュにだって喪失感はある。そしてその大きさは、誰と比べても引けをとらないと思っていた。

 

「頼りすぎたのかもしれんな」

 

そう言うと、ジルは再び湯船から立ち上がった。

 

「ここは戦場だ。何があってもおかしくないのに、いつの間にか我々は皆、あいつに限ってはそんなことは起こらないと錯覚していたのだろう。無様にも程があるな」

「……」

 

ジルの分析にアンジュは何も言えなかった。確かに一々その通りだったからである。

 

「ねえ、待って。もう一つだけ」

 

代わりに、アンジュの頭にふとあることの疑問が浮かんだ。

 

「今度は何だ?」

「さっきの話、神様の方の話ね。あの話、ドラゴンが出てきてないけど…」

 

アンジュの言ったことを受け、ジルが薄く笑う。そして口を開きかけたその時、

 

『総員、第一種戦闘態勢! ドラゴンです! 基地内に、ドラゴンの生き残りです!』

 

サイレンと共に、けたたましい管内放送がアルゼナルを駆け巡ったのであった。


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