機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。そして、大分遅まきながら新年明けましておめでとうございます。今年も本作品を投稿していきますので、よろしくお願いします。

さて、新年一発目はサラたちの襲撃直後のお話です。

兄さんを失った彼女たち…そんな彼女たちがどうなっているのかを御覧下さい。

では、どうぞ。


NO.29 その存在は大きく 故にその喪失は更に大きく

「急げ! さっさと済ませな!」

 

格納庫に怒号が響き渡る。声の主はゾーラだった。

 

「ぞ、ゾーラ隊長、落ち着いてください!」

 

整備班の隊員の一人がそう言って何とか宥めようとした。

 

「そうですよ、いくらなんでも無茶すぎます!」

 

近くにいた、又違う整備班の隊員が彼女に加勢する。が、

 

「落ち着けだぁ!? あたしは十分落ち着いてるよ!」

 

言い放った言葉には欠片も説得力がなかった。それほど、今のゾーラは周りが見えていなかったのだ。しかし、それを認識しているのは皮肉にも自分以外の全員だった。

 

「いいからさっさとやれ! 金は言い値で払うって言ってるだろうが!」

 

ゾーラが宥めた整備班の隊員の胸座を乱暴に掴むと有無を言わせずそう凄む。可哀想に、彼女は青ざめて震えてしまった。と、

 

「ゾーラ!」

 

騒ぎを聞きつけたメイが慌てて現場に駆けつけてきた。

 

「メイ」

 

その姿を見つけたゾーラが胸座を掴んでいた隊員を解放する。拘束から逃れた彼女はゲホゲホ咳き込みながら大きく呼吸を繰り返した。慌ててもう一人の隊員が近寄ると、彼女の背中を擦った。が、ゾーラは既に彼女たちのことは眼中になく、視線はメイに移っていた。

 

「事情は聞いてるんだろ?」

「うん」

「だったら話は早い」

 

主語はなかったが、それで会話は通じた。

 

「さっさと用意を整えな! あたしには、こんなことしてる時間はないんだよ!」

「無理だって! 出来るわけないじゃない!」

 

メイが反論すると、今度は彼女の胸座にゾーラの腕が間髪入れずに伸びてきた。そして、自分の顔の目の前までメイを引きずり寄せる。

 

「こらメイ、お前、いつからあたしに説教できるほど偉くなったんだ!? お前らはあたしの言われた通りにやればいいんだよ!」

「出来ない!」

 

一触即発の睨み合いだった。そこに、

 

「…何をしている」

 

不意に、第三者が割って入ってきた。

 

「司令!」

「ジル!」

 

二人の言葉通り、そこにあったのは司令であるジルの姿だった。

 

「丁度いいやジル、ゾーラを止めてよ!」

「どうした?」

 

事の次第をジルが尋ねた。

 

「シュバルツを探しに行くって! だから補給と修理を大急ぎ済ませろってきかないんだ!」

「ほぉ…そうなのか? ゾーラ」

 

ジルが尋ねると、ゾーラは無言で頷いた。

 

「シンギュラーの向こう側に攫われたのに、探せるわけないじゃん!」

「やってみないとわからないだろうが! それに、さっきから金は出すって言ってるだろう!」

「そういう問題じゃないよ!」

「うるさい! どうせ補給と整備は済ませなきゃならないだろうが!」

「そうだよ! でも、今のゾーラにはしてあげたくない!」

「ふざけんなよ、こら!」

 

周りがハラハラしながら見守る中、二人の睨み合いは続く。そんな中、ジルはふぅ…と、一つ溜め息をつくと、

 

「ゾーラ」

 

彼女の肩に手をポンと置いてゾーラの名を呼んだ。

 

「何です!?」

 

ゾーラがイラついた様子でジルに振り返る。その瞬間、

 

「うっ!!!」

 

ゾーラが短く悲鳴を上げた。そしてその腹部には、ジルの義手がめり込んでいた。

 

「し、司令、何を…」

 

腹部を走る激痛に片目を瞑りながらゾーラはジルの制服に手を掛けた。

 

「少し寝ろ」

「ぐ…ちく…しょう…」

 

悔しさに顔を歪め、一滴落涙させながらゾーラは気絶した。ジルは彼女が床に寝そべってしまわないようにそのまま抱えると、側にいたさっきの二人の隊員にゾーラを預けた。

 

「医務室へ連れていって、マギーに預けろ」

『い、イエス、マム!』

 

二人は別の隊員に担架を用意してもらうと、それに気絶したゾーラを乗せて格納庫から出て行ったのだった。

 

「驚いたね…」

 

不意に、又違う方向から声が聞こえてきた。

 

「ジャスミン…」

 

ジルが振り返る。そこにいたのは言葉通りジャスミンだった。

 

「エルシャか…あるいはヴィヴィアン辺りだと思ったが、まさかゾーラ、あの子が一番あの男に入れあげていたとはね」

「…全くだな」

 

ジルはいつものように懐からタバコを取り出すと、それを咥えて火を点ける。そして、まるで自身の気持ちを落ち着かせるように大きく紫煙を吐いた。

 

「けど、どうするつもりだい?」

 

そんなジルに、ジャスミンが問いかけた。

 

「ん?」

 

ジャスミンの質問に、ジルがピクリと片方の眉を動かした。

 

「あの子だけじゃないよ。一番取り乱してたのはあの子なのは間違いないだろうけど、皆光が消えたように沈んじまってる。こんな状態で今攻め込まれたら…」

「わかっている」

 

それ以上は聞きたくないとばかりにジルが遮った。

 

「…言われずとも、わかっているさ」

「…そうかい。それじゃあ、後は頼んだよ。こっちでも、出来ることはしてみるけどね」

「頼む」

「あいよ」

 

そこまで会話をすると、ジャスミンは身を翻して戻っていった。

 

(どうすれば良いのか…それはこちらが聞きたいぐらいだ)

 

そんなジャスミンの背中を眺めながら、ジルは素直にそう思っていた。そう思わざるを得ないほど、シュバルツを失ったことは途方もない痛手だったのだ。

 

「…ったく」

 

打開策の見えない状況にイラつきながら、ジルはアルゼナル内の様子を見るために格納庫から立ち去った。

そして、シュバルツを失った彼女たちは…

 

 

 

 

 

「……」

 

格納壕…とでも言えばいいのだろうか、今は主のいないその壕の前で、俯きながら膝を抱えて体育座りをしている整備班の隊員の姿があった。

 

「は、班長…」

 

その姿に、思わず整備班の一人が声をかける。が、

 

「シッ」

 

違う隊員がその隊員の肩に手を置いて、力なく首を左右に振った。

 

「そっとしておいてあげようよ」

「う、うん…」

 

二人ともしょんぼりしながらその場を後にした。

 

「……」

 

自分から少し離れたところでそんなやりとりがあったとは気づかず、膝を抱えてたその人物…整備班の班長であるメイが物憂げにゆっくりと顔を上げる。その先にある壕には、やはりいつもそこにある機体の姿がなかった。

 

「シュバルツ…」

 

思わず、その機体の操者の名を呟く。と、不意にツナギの隙間から何かが零れだした。

 

「あ…」

 

力なく呟いてそれをゆっくりと握る。それは、何の変哲もないただのペンダントだった。そして思い出す。あれは少し前…

 

 

 

『メイ』

『あ、シュバルツ』

 

その日、いつものように職務に精を出していたところに、不意にシュバルツがやってきた。

 

『相変わらず大変そうだな』

 

喧騒に包まれ、あちこちで忙しなく動き回っている整備班の人員たちの姿を見たシュバルツが少し辟易とした様子で尋ねた。

 

『まあね』

 

鼻の頭を擦りながら、メイが答える。

 

『でもしょうがないよ。これが私たちの仕事だし』

『…全く、頭が下がるな』

『えへへ♪』

 

自分の仕事に対する姿勢を評価され、メイは嬉しそうに笑った。すると、

 

『そんな良い子のお前たちにプレゼントだ』

 

そう言って、シュバルツはその手に持っていた紙袋をメイに渡した。

 

『えっ?』

 

思わず受け取ったメイが中を見てみると、そこには整備班の人数分の、ラッピングされた細長い箱があった。

 

『どれでもいいから一つ選んで開けてみるといい』

『う、うん…』

 

プレゼントを、しかも異性から貰えるなどと思ってもいなかったメイが少し戸惑い気味に、言われた通りにその中の一つを選んでラッピングを剥がすと箱を開けた。

 

『わぁ…』

 

そこに入っていたのは、赤いジュエルのペンダントだった。メイは思わず手に取ると、しげしげとなだめる。

 

『気に入ってくれたか?』

『あ、う、うん!』

 

気遣わしげに自分を見ているシュバルツに気づくと、メイはいつものように元気よく返事をした。

 

『それは何より。実を言えば、迷惑かもしれんかなと少し心配していたのだが…』

『め、迷惑だなんて、そんなことないよ!』

 

ブンブンと首を左右に振って慌ててシュバルツが言ったことを否定する。

 

『つ、着けてみて…いい?』

『ああ。是非そうしてくれ』

『♪♪♪』

 

シュバルツの返答に上機嫌でメイはペンダントを着けた。

 

『わぁ…』

 

胸元が赤く輝き、ペンダントがその存在を主張する。

 

『ありがと♪』

 

これ以上ない極上の笑顔でメイがシュバルツに礼を言った。

 

『でも…どうして?』

 

だが、すぐに首を傾げた。確かにプレゼントを貰うような心当たりはないのだから、当然といえば当然なのだが。

 

『お前たちはいつも頑張っているからな。それに対するささやかなご褒美だと思ってくれればいい。それに、金だけ死蔵してても仕方ないしな。金は有効に使って初めて生きる。それだけのことだ』

『……』

 

説明したシュバルツの理由に、メイは万感の思いだった。シュバルツとは打算もあるにせよ良い関係を築けているが、まさかこんなことまでしてくれるとは思わなかったからだ。

そんなメイの思いに気づいたかどうかは知らないが、シュバルツが柔らかな笑みを浮かべる。

 

『それに、お前たちももう立派なレディなんだ。装飾品の一つや二つ持っていてもバチは当たるまい?』

『れ、レディって…』

 

まさかそんな表現をされるとは思わず、メイは頬を真っ赤に染めた。そんなメイの様子を、シュバルツは微笑ましく見ている。そして、

 

『いずれ…』

 

小さな声でそう呟いた。

 

『ん? 何か言った?』

 

メイが首を傾げる。小声で呟いたのだから、耳に入らなかったのは当然のことだろう。

 

『…いや、何でもない』

 

そんなメイにシュバルツは軽く頭を左右に振ると、身を翻した。

 

『整備班の他の連中にも渡しておいてくれ。私はこれから急ぎの用があるのでな』

『そうなの?』

 

メイが尋ねる。

 

『ああ』

『なんだ、残念。皆も、シュバルツから手渡されたほうが喜ぶのに』

『すまんな。不義理を詫びていたと伝えておいてくれ』

『うん、わかったよ』

 

そしてシュバルツが去った後、メイは隊員たちを集合させて事の成り行きを伝える。突然のプレゼントに戸惑った隊員たちもいたようだが、それでもそれは一瞬ですぐに皆嬉しそうな笑顔を浮かべた。一人一箱ずつ選んで開けてみると、それはメイのものと全部同じデザインのペンダントだった。ただ違うのはジュエルの色だけで。

皆、喜んでそれを着け、その日の残務は異様に士気が高かったのであった。

 

 

 

「バカぁ…」

 

ペンダントのジュエルを握り締めながら、涙声で弱々しく呟くメイ。そして再び頭を抱え、体育座りのまま項垂れてしまったのだった。

 

 

 

 

 

『ママ!』

 

某所。エルシャの姿を見つけた幼年部の子供たちが慌ててエルシャに駆け寄る。

 

「あらあら皆、どうしたの?」

 

対してエルシャは、いつもと変わらない雰囲気で子供たちに声をかけた。

 

「ママ、お兄さんはだいじょぶなの!?」

 

一人の子が声を上げたのを皮切りに、他の子たちも次々と声を上げる。

 

「お兄さん、何処行っちゃったの!?」

「まさか、死んじゃったの!?」

「そ、そんなことないもん! …ないよね、ママ?」

 

やはり話題はシュバルツのことだった。目の前で姿を消したとあっては、情報規制も何もないのだから当然だが。

 

「だ~いじょうぶよ♪」

 

そんな子供たちを落ち着かせるように、いつも以上に穏やかな口調でエルシャが答えた。

 

「ミスターがあんなことで死ぬわけないでしょ?」

「ほ、ホント?」

 

一人の子が疑わしげに、尋ねた。

 

「ええ」

 

そんな彼女の不安を取り除こうとするかのように、これもいつも以上に穏やかに微笑むとその子を抱きしめる。そしてゆっくりと解放した。

 

「ミスターがとっても強いのは、皆良く知ってるでしょ? だから大丈夫。すぐに帰ってくるわ」

「ホントに?」

「ええ」

「ホントにホント?」

「約束するわ。ママ、嘘ついたことないでしょ?」

「う、うん」

 

そこでようやく本当に不安を払拭したのか、子供たちに笑顔が戻った。子供たちの笑顔を見たエルシャもまた、変わらず優しい微笑を浮かべたままだった。

 

「さ、皆、ここは危ないから、安全なところに行ってなさい」

「うん!」

「ありがとう、ママ!」

「バイバ~イ!」

 

手を振って戻っていく子供たちを、エルシャも手を振って見送った。そして、最後の一人が視界から見えなくなる。その瞬間、

 

「っ!」

 

エルシャは様子を一変させた。自らを抱きしめるように己の身体を掻き抱くと、足を小刻みにブルブルと震わせてその場にへたり込んでしまった。子供たちの前では気丈な姿を見せていたエルシャだったが、本当は自分も限界だったのだ。

 

「だ、大丈夫ですよね、ミスター…」

 

呼吸を荒くし、身体全体を小刻みに震わせながらエルシャが呟く。自分が呟いたその言葉に、今のエルシャは縋るしかなかった。

 

 

 

 

 

「…んー?」

 

食堂。腹が減ったのか、ヴィヴィアンが食事を口に運んでいた。が、一口放り込んで怪訝な顔をすると、そのままトレイを持ってカウンターへと向かう。

 

「ねー」

 

そして、当番の隊員に声をかけた。あんなことがあったのに…いや、あんなことがあったからこそだろうか、食堂は普通に営業していた。

どんな事態であっても、生きている以上は腹が減り、故に食事を取らないわけにはいかないのである。

 

「なんだい?」

 

当番の隊員の一人が答えた。と、ヴィヴィアンはトレイをカウンターに置くと、ちょいちょいとトレイを指差した。

 

「美味しくないよ、これ」

 

そして、思ったことを率直に告げた。

 

「そんなわけないだろう? シュバルツさんのレシピ通りに作ったんだよ」

 

対応した隊員が答える。アルゼナルでも最近は食に対するこだわりが強くなってきたのか、徐々に改善の兆しを見せていた。その風潮の中、シュバルツのレシピが多大な役割を担っていたことは言うまでもないだろう。そのレシピ通りに作ったのだから、少なくとも不味いわけはなかった。

ヴィヴィアンもそれは承知しており、確かにここ最近のいつもの味である。だが、

 

「でも、いつもより美味しくない」

 

それが、正直な感想だった。だが、作った本人としては面と向かってそう言われて面白いわけはない。

 

「…ならいいよ。とっとと戻して帰りな」

「うん。そーする」

 

素直に頷くと、ヴィヴィアンはトレイを戻した。その行為に、当番の隊員が忌々しげに舌打ちしたが、自分からそう誘導した以上は仕方ない。そのまま、ヴィヴィアンは食堂を後にした。

 

 

 

「おっかしーにゃー…」

 

自室に戻る途中、頭の後ろで腕を組みながら、ヴィヴィアンは本当に不思議そうに呟いた。

 

「いつもと同じ味だったのに、何で美味しくなかったんだろ…?」

 

解けぬ疑問を考えながら、ヴィヴィアンは自室に戻るまでずっとそのことを考えていたのだった。

 

 

 

 

 

「クリス…ここにいたのかよ」

「ロザリー…」

 

訓練室、パラメイルのシミュレーターの前に佇んでいるクリスを見つけたロザリーが、クリスに歩み寄る。

 

「どうかしたのか? こんなところで」

「うん…」

 

一基のシミュレーターを軽く撫でながら、クリスが返事ともつかない言葉を返した。そして、

 

「ねえ、ロザリー」

 

ゆっくりと口を開いた。

 

「あん?」

「あの差し入れ、誰がしてくれたと思う?」

「あー…」

 

額に手を当て、ロザリーはどうしたもんかといった感じの表情になった。クリスが話題に上げた差し入れというのは、少し時間を遡る。

シュバルツと花見酒をして以降、二人はその時に宣言したようにたびたび自主訓練に励むこととなった。あるときは生身で、あるときはシミュレーターを使って。

そうして自主訓練に励んでいるといつの頃からだろうか、二人の気づかないうちに差し入れが置いてあるようになったのだ。

最初は自分たちの記憶にないその差し入れに、誰かの忘れ物か何かかと思っていたが、自主訓練をしていると、いつの間にかいつもその差し入れが置いてあった。そのため不思議に思いながらも、訓練を終えて空腹になっている二人にとってはその差し入れはとても魅力で、ありがたく頂戴するようになっていたのだ。

 

「あれは…なぁ。そのー…やっぱりー…」

 

煮え切らないことを言うロザリー。…いや、本当は彼女もよくわかっているのだ。

 

「あの人」

 

名前こそ言わなかったが、ロザリーはクリスが誰のことを言ってるのかよくわかっていた。

 

「…やっぱりそうだよなぁ?」

 

一度溜め息をついてからロザリーが尋ねてみると、

 

「うん」

 

クリスが小さく頷いた。

 

「最初はお姉さまかもと思わないでもなかったけど、お姉さまがお休みのときも差し入れがあったから。それに、あの食べ物の味は…」

「あいつにしか作れねえ…だろ?」

 

又も肯定するように、クリスが小さく頷いた。

 

「本人に聞いても否定するだろうけどね」

「だろうな」

 

そこで二人は顔を見合わせると、小さくクスッと笑った。が、すぐに表情が曇る。

 

「あの機体が変化したとき拒絶しちゃったのに、それでも影ながら見ててくれたんだよね…」

「そう…だな…」

 

クリスが呟いた一言に、ロザリーが、そして又クリス自身も気持ちを沈ませた。シュピーゲルの見せた底知れなさに恐怖し、独房に面会に行ったときに己の抱いている感情を見透かされ、指摘された。

あれ以来、勿論恐怖もあるが、それと同じぐらいどんな顔をすればいいかわからずに二人は意識的にシュバルツを避けていた。こちらはそんな態度だったのに、向こうはそんなことは意に介していなかったどころか、影ながら見守っていてくれたのである。

 

「正直…私はまだ怖いよ。あの機体も、あの強さも。…ロザリーは?」

「あたしだって怖いさ。でも…」

「…でも?」

「…いずれ、折り合いがつけば一度ゆっくり話したかったんだ。色んなことを…さ」

「そうだよね。私もそう思ってた。まだ向き合うには時間がかかるだろうけど、それでも色々話したかったんだ。でも…それも出来なくなっちゃった」

「! それは…」

 

クリスの呟きにロザリーが言葉を詰まらせる。

 

「ねえ、ロザリー」

 

ロザリーに顔を向けたクリスの目には、涙が浮かんでいた。

 

「死んじゃったのかなあ? やっぱり…」

「クリス…」

「ロザリー。私、どうすればいいの? 何も伝えられなかった…」

「それは…」

「どうすれば…いいの?」

 

我慢できたのはそこまでだった。それから先は泣き出してしまい、クリスは何も言えなくなってしまったのだ。

 

「……」

 

そんなクリスにロザリーはかけてやる言葉も見つけられずに、呆然と立ち尽くすしかなかった。いや、もらい泣きをしないように精一杯気持ちをしっかり持って強がるしかなかったのだった。

 

 

 

 

 

アルゼナル内、シュバルツの自室。

他の隊員たちと同じように宛がわれたその簡素な部屋の中に入り込んでくる人影があった。室内に入ると、彼女は内側からロックをする。

 

「ふぅ…」

 

ホッとしたように一つ溜め息をついたのはヒルダだった。落ち着くと彼女は改めて、室内に目を走らせた。その印象は一言で言えば、物がほとんど置いてない部屋である。簡素と言うよりは、雑然と言ったほうがいいかもしれない。

 

「あたしらの部屋とは、全然違うな…」

 

始めて中に入って思わずそう呟いた。少しの間室内各所に視線を走らせると、ヒルダはゆっくりと歩き出す。そして、いつもシュバルツが休んでいるであろうベッドに腰を下ろし、そのまま仰向けに横たわった。

 

「……」

 

しばらくそのまま何をするでもなく焦点の合ってない目でぼんやりと天井を眺めていたヒルダだったが、やがて戦闘後の疲れからか急激に眠気が襲ってきた。朦朧とする意識の中、ヒルダは近くにあった毛布を手に取って包まると横向きになり、身体を丸くして目を閉じる。

 

「やっぱり…いないんだな…」

 

思わず口に出してしまった言葉にヒルダが後悔するものの後の祭り。認めてしまったことで、一瞬で途方もなく彼女の心は恐怖や寂しさといった感情で埋め尽くされていった。

 

「怖い…よ」

 

毛布をぎゅっと掴み、更にヒルダが身体を丸くする。その身体は先程のエルシャのように小刻みに震えていた。

 

「逢いたいよ…還ってきてよぉ…」

 

そのまま目を閉じて意識を手放す。その頬には涙の筋が通った跡が残っていた。

 

 

 

 

 

暗い闇の中。自分に向かって伸びている手がある。

自分はそれを失いたくない。そのため、必死に手を伸ばす。

そしてもう少しで手が届くというところで、その手の主は恐ろしい勢いで闇に呑まれ、その姿を消したのだった。

 

「…はっ!」

 

そこで気がついた彼女は、額に脂汗を滲ませ、荒い呼吸を繰り返しながら周囲に視線を走らせた。そこには、意識を落す前と変わらない周囲の景色があった。

 

「夢…」

 

額に手を当てながらそう呟いたのはサリアだった。彼女は命令違反を犯したことにより、今反省房に入っていた。そして、今さっきの悪夢を振り払うかのように頭を左右に振ると、先程の戦闘について思いを巡らせ始めた。

 

(私じゃ…ダメだった…)

 

しかしどうしても、最終的にはそこに思考が行ってしまう。自分が乗ったときとアンジュが乗ったときであれだけの差を見せ付けられてはもう、ぐうの音も出なかった。そのことに未だ心は沈んでいる。そしてもう一つ、

 

(シュバルツ…)

 

サリアの心に、もしかしたらヴィルキスの件以上に暗い影を宿しているのは当然シュバルツのことについてだった。シュバルツがあの二機に攫われるときの光景は、未だに脳裏に焼きついている。それ故の先程の悪夢なのだろう。

 

(何も…何も出来なかった…)

 

サリアは苛んでいるが、あのときの彼女には何も出来なくて当然なのだ。なにせ、自分のパラメイルは格納庫の中にあり、ヒルダのパラメイルに二ケツしていた状態だったのだから。

とはいえ、その原因を作ったのは間違いなく自分である。ジルに否定されたにもかかわらず、意地になってヴィルキスで出撃したためにああなったのだ。悔やんでも悔やみきれるものではなった。

 

(こだわりすぎるなって言われてたのに…隊長にも、シュバルツにも…。もしこだわりを捨てて最初っから自分の機体で出ていれば、もしかしたらシュバルツが攫われることもなかったかもしれないのに…!)

 

根が真面目なサリアは一旦考え出すと、どんどんどんどん思考の深みにハマっていってしまう傾向がある。それは彼女の長所でもあり、短所でもあった。そして今は言うまでもなく、後者の面が出ていた。

 

(私さえ己の職分を全うしていれば、ああはならなかったかもしれないのに! 私さえ!私さえ!)

 

目を瞑って己の頭を抱え、出口のない思考の迷路に入り込む。今更悔やんだところでどうにもならないのはサリア自身も重々承知していたが、だからといって開き直れるほどの、いい意味でのいい加減さは彼女には持ち合わせていなかった。苦悩の中、再びシュバルツの顔がサリアの頭に浮かぶ。

 

「どう…すれば…いいの?」

 

壁に身を預けながら、力なくサリアが呟いた。ヴィルキスの問題は彼女だけに影響を及ぼすからまだいい。だが、シュバルツを失ったという事態はアルゼナル全体に、それも計り知れないほどの影響を及ぼす。事実、ここに来るまでに目にした隊員たちは例外なく沈んでいたり、絶望的な表情をしていたのだ。

それだけ、シュバルツという存在は今のアルゼナルにとっては大きな存在となってしまっていたのだった。

 

「許して…」

 

我知らず、サリアの口からそんな言葉が零れた。

 

「今の私には、何も出来ない…。貴方を探しに行きたくても、この状況じゃそれも叶わない…。いや、それどころか…」

 

その先の言葉を、サリアは慌てて飲み込んだ。例え心中でそう思っていても、言葉にしたら本当にそうなってしまうような気がしたからだ。

 

死んでしまった

 

などと、思っていても、決して口には出せなかった。

 

「…どうしよう。どうすれば…いいの?」

 

呟きは虚空に消え、ただ寂寥だけが心に残る。己が原因で何も出来ない今の状況を招いたことにサリアは絶望し、唇を噛んでうな垂れてしまった。

そしてその腕に輝くブレスレットは、持ち主の心情を表しているかのように暗く、寂しく光り輝いていたのだった。

 

 

 

 

 

外部のとある草原。風に吹かれながら、今ここに二つの人影が立ち尽くしていた。

 

「あ、アンジュリーゼ…様」

 

二つの人影の一つ、モモカがもう一つの人影…アンジュに話しかけた。アンジュは目を閉じ、風に吹かれたまま少しの間ジッとしていた。

 

「モモカ…」

 

どれぐらい時間が経ってからだろうか、アンジュがゆっくりと目を開くとモモカの名を呼んだ。

 

「は、はい!」

「悪いんだけど、少し一人にしてくれないかしら…」

「あ…」

 

何とも素っ気無い反応だが、モモカ自身も内心ではこんな感じになりそうなのは何となく予想していた。そのため、

 

「は、はい。では、後ほどお迎えに上がります」

 

そう告げると、大人しくアンジュの言葉に従ったのだった。

 

「悪いわね」

「いえ。では、失礼します」

「ええ」

 

アンジュの背中に向かって軽くペコリと頭を下げると、モモカはその場を後にした。そして望み通り、アンジュは一人きりになった。

 

「……」

 

モモカが立ち去った後、アンジュは再びゆっくりと目を閉じる。そして、脳裏にシュバルツの姿を思い浮かべた。

すると今度は、次々に自分が稽古で打ちのめされている姿が浮かんでくる。ここは、アンジュがシュバルツに稽古をつけてもらうときに使っている場所なのだ。

 

(結局…)

 

脳裏に浮かんでくる自分の姿を客観視しながらアンジュが脳内で呟く。

 

(何度となく挑まさせてもらったけど、一撃たりともクリーンヒットは与えられなかったわね)

 

ほとんど軽くあしらわれ、こちらの攻撃がシュバルツを捉えたのはラッキーヒットだけだった。何度挑もうと、その結果は大して変わらなかった。

 

「…逃がさない」

 

再び目を開くと、アンジュは小さくそう呟いた。

 

「例え何処に行ったとしても、必ずまた挑んでみせる。そして今度こそ、一本取ってみせるわ。だから…」

 

一度言葉を区切る。そして、

 

「…待ってなさいよ。このまま勝ち逃げだなんて、絶対に許さないんだから」

 

宣言するように言い聞かせると、青い空を見上げた。だが、他の隊員たちよりは幾分マシとはいえ、その表情にはやはり不安げな、ともすれば泣いてしまいそうな影を指していたのだった。

 

 

 

 

 

大きな光を失った、檻の中の彼女たち。そんな彼女たちにこの先どんな運命が待ち受けているのか…それは誰も知らない。

 

そして、彼女たちを照らすべき、護るべき光は今、何処に…。


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