機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

さて、今回は向こう側との戦いの後編ですね。その結末をご覧下さい。

では、どうぞ。


NO.28 LOST

「! これは…」

 

閃光が収まった後、無残に抉られたアルゼナルの姿にシュバルツも思わず息を呑んだ。しかしそれ以上にショックだったのは、第二・第三中隊のあらかたのメイルライダーが今の攻撃でパラメイルごと戦死してしまったことだった。

 

(おのれ…っ!)

 

悪寒は感じていたのに何も出来なかった己を悔やむシュバルツ。どうしようもなかった事態とはいえ、納得できるわけはない。刺すような視線で遥か上空のあの未確認機を睨む。すると再び肩のギミックを展開させ、先程の砲撃をしようとしているのが目に入った。

 

「いかん!」

 

それに気付いたシュバルツは瞬時に海の中へとガンダムシュピーゲルを躍らせた。それと前後して、未確認機から先程の攻撃が再び発射される。その進行方向の先にあるのは格納庫だった。

 

「隊長!」

「お姉さま!」

 

それを確認した隊員たちが縋るようにゾーラに視線を向ける。だが、彼女に出来ることはない。物凄い速さで先程の砲撃が自分たちに迫ってくるのだ。今更何が出来るわけもなかった。

 

(ここまでかっ…!)

 

唇を噛んで悔しさを露にするゾーラ。あと少しで自分たちもあの砲撃で跡形もなく粉微塵になるのだろう。そう思った瞬間だった。轟という轟音と共に海から渦巻きが吹き上がり、極太の水柱を形成する。そしてそれがシールドとなって竜巻の砲撃を防いだのだ。

 

『!?』

 

思いがけない展開に驚き、固まってしまう第一中隊。砲撃は渦巻きのシールドを破ろうと勢いを増すものの、一向に突き破ることが出来ない。やがて砲撃は勢いをなくし、ついには第一中隊やアルゼナルに届くことはなかった。そして役目を終えたその水柱が弾け飛ぶと、その中から姿を現したのは、言うまでもなくガンダムシュピーゲルだった。

 

「シュバルツ!」

 

歓喜の声を上げるゾーラ。ロザリーとクリスは抱き合って喜び、サリアは肺の底から大きく安堵の息を吐く。

 

「ミスター…」

 

エルシャは頼もしげにその後姿を見つめ、ヴィヴィアンはかっちょいーと目をキラキラとさせていた。

そのままガンダムシュピーゲルは地表に降り立つとシュピーゲルブレードを収納して腕を組み、遥か頭上の未確認機を見上げたのだった。

 

『……』

 

アルゼナルを見下ろすその未確認機は、自分の攻撃を防いだシュピーゲルをジッと見つめていた。瞬間、視線が交差する。互いにその心中に去来するものが何かはわからないが、双方は双方を睨んだまま、少しの間動かなかった。

 

 

 

 

 

「痛った~…」

 

他方、独房内。先程の攻撃でここにも多少の被害があったのか、アンジュが目を瞑ったまま額を押さえている。

 

「一体何が…」

 

ヒルダが窓の鉄格子に手を掛け、外の様子を確認する。と、咆哮と共に光が遮られて影が差した。

 

「だあっ!」

 

それに気付いたヒルダが慌ててその場から飛びのく。一瞬間を置いて影の正体…スクーナー級のドラゴンが外壁を突き破って独房に突っ込んできていた。ドラゴンは勢いそのままに鉄格子も破壊し、死んでしまったのか気絶しているのかはわからないが動かなくなってしまう。と、

 

「アンジュリーゼ様ー!」

 

内部で異変を感じたからだろうか、モモカが独房の入り口までやってきてアンジュの名を叫んだ。

 

「ご無事ならお返事をー!」

「モモカ!」

 

モモカの名を呼び、健在を示すアンジュ。

 

「開錠」

 

モモカもアンジュの姿を見つけると、マナの力で錠を開いて二人を独房から脱出させた。

 

「助かったわ、モモカ!」

「いえ、そんな…」

 

そこでモモカは少し顔を顰めた。

 

「モモカ…?」

 

モモカの態度にアンジュは怪訝そうになった。

 

「あの…失礼ですがお二方、少し臭います…」

 

言葉通り失礼なのはわかっていたが、しかしモモカは自分が何故そんな態度をとったのか説明した。

 

「ああ…そうよね…」

 

思わずアンジュも納得してしまう。

 

「まあ、シュバルツに蒸しタオル差し入れてもらってそれで身体拭ったから、いくらかはマシだと思うけど?」

「ええ」

「は、はい。少し臭う程度ですから、気にしようとしなければ気になるものではありません」

 

フォローになっているのかいないのかはわからないが、とりあえずモモカがフォローを入れた。

 

「それにしても、誰よ! こんなことしたの!」

 

憤懣やるかたない表情でアンジュが吐き捨てた。

 

「せっかく帰ってきたのに…」

「パラメイルのところ行きゃあ、何かわかるだろ」

「急ぎましょう!」

 

結論を出すと、二人は走り始めた。

 

「アンジュリーゼ様ー! お待ち下さいー!」

 

モモカも慌てて二人の後を追ったのだった。

 

 

 

 

 

「第二中隊、全滅…」

「第三中隊、隊長以下四機ロスト!」

 

司令部。先程の一撃による被害状況が読み上げられる。それはまさしく甚大といっていい被害だった。だが、未だ戦闘中の今、感傷に浸っている時間はない。

 

「指揮系統を第一中隊ゾーラに集約。残存するパラメイルは、全てドラゴンの襲撃に当たらせろ」

『はい!』

 

オペレーターたちの返答が重なり、その指示がメイルライダーたちに瞬時に伝えられる。第一中隊はすぐさま出撃の準備にかかった。

 

『聞いた通りだ、ゾーラ』

 

通信を通して最終確認をするかのように、ジルがゾーラに指示を出した。

 

「了解」

 

状況が状況だけに、ゾーラも簡潔に返事を返す。

 

『それと、アンジュを原隊復帰させろ』

 

その言葉に、サリアが眉を顰める。秘匿回線ならば問題もなかっただろうに、残念ながら全員に指示を聞かせるためかオープンの回線だったために、聞きたくもないことをサリアは聞くハメになってしまっていた。だがそんなサリアの心情などお構いなく、ジルは彼女の心を抉るような指示を続ける。

 

『ヴィルキスでなければ、あの機体は抑えられん。アンジュを乗せるんだ』

「了解」

『ま、待ってください!』

 

ゾーラは先程と同じように了承したが、そこに慌ててサリアが割り込んできた。

 

『…何だ、サリア?』

 

ある程度、何を言い出しそうなのか見当がついているのか、少し億劫な感じでジルが尋ねた。

 

「アンジュは懲罰中です! だから、私がヴィルキスで出ます!」

『黙れ!』

 

予想通りの言葉だったため、ジルも声を荒げる。

 

『今は命令を実行しろ』

 

己の意見を切り捨てられ、サリアが悔しさに顔を歪ませる。

 

「私じゃ…ダメなの…?」

 

そして思わずその瞳に涙が滲む。

 

「ずっと、貴方の力になりたいって思ってたのに…。ずっと、ずっと、頑張ってきたのに…」

 

通信先で悲痛な叫びを聞いているジルの表情もまた優れない。その顔は、決してサリアを蔑ろにしている者の表情ではなかった。だがそれとは対照的に、口を挟まずに二人の会話を聞いていたゾーラは苦虫を噛み潰したような表情になって舌打ちをする。

 

「アンジュなの…?」

 

まるで呪いでもかけるかのような恨みがましい声でサリアが呟いた。

 

「アンジュなんて、ちょっと操縦が上手くて器用なだけじゃない! 命令違反して、脱走して、反省房送りなのに、なのにアンジュなのっ!?」

 

サリアの悲痛な叫びに、思わずパメラたちオペレーターもどうしたら良いのかといった感じの複雑な表情を浮かべる。だが、

 

『そうだ』

 

対照的にジルの返答は努めて冷淡で簡潔なものだった。いや、己の心の内を見せないようにわざと冷淡な振る舞いをしているのかもしれない。だが、今のサリアにはその返答は最悪と言っていいものだった。

 

「バカにして…っ!」

 

怒りや悲しみといった負の感情がサリアの全身を駆け巡る。と、

 

『副長』

 

突然ゾーラから通信が入ってきた。

 

「隊長」

 

正直今は全てのことに冷静に向き合う自信がないのでゾーラからの通信も邪魔でしかなかったのだが、生来の生真面目な性格ゆえかついつい対応をしてしまう。

 

『前に一度言ったことがあったね。こだわりすぎだよ、副長』

「! そ、そんなことありません!」

 

痛いところを突かれ、思わず否定するサリア。が、

 

『いいや、あるね』

 

ゾーラは追撃の手を緩めなかった。

 

『副長、あんたの司令との付き合いの長さ、それに濃さはみんなが知っている。それだけ関係の濃い司令が、何の理由もなくあんたにヴィルキスを回さないわけはないだろう? 司令があの機体にあんたじゃなくアンジュを乗せるのは、それが最善だからじゃないのか? 違うかい?』

「それならどうして、司令は…ジルは何も言ってくれないの!」

 

普段では考えられないことだが、サリアがゾーラにタメ口で食って掛かった。が、ゾーラはそんなこと気にする様子もなく、サリアを落ち着けるためだろうか、努めて冷静に受け答えを続ける。

 

『さあね。それは後で自分で直接本人に聞くんだね』

 

その言葉に悔しさからだろうか、サリアは唇をグッと噛んだ。

 

『それに副長、あんたの言い分を聞いてると、あの機体…ヴィルキスじゃなきゃ戦果を残せないとも聞こえるよ。あんたのことだ、最前線で目立ちたいってわけじゃないだろう? あの人型は確かに司令の言った通りヴィルキスじゃなきゃ太刀打ちできないかもしれないが、周りの露払い、サポートに回るのがそんなに嫌なのかい?』

「そんなことはありません! 私は、何で私じゃダメなのかって『いい加減におしっ!』っ!」

 

今の、ある意味駄々っ子より余程聞き分けのないサリアにとうとうゾーラも堪忍袋の緒が切れたのか雷を落した。あまりの剣幕に、当事者でもないのに他の第一中隊の面々がビクッと肩を震わせたほどだ。

 

『奴らはいつまでも待っちゃくれないんだよ! 今だって他の連中が必死に防いでくれてるのに、自分の私情で出撃を乱すんじゃないよ! 納得できないなら降りな!』

 

その叱責に肩を震わせ、サリアは涙を流した。が、今はゾーラもこれ以上は付き合っていられないのかサリアとの通信を遮断する。

 

「ゾーラ隊、出撃!」

『い、イエス、マム!』

 

矢継ぎ早に出撃の指令を出すと、ゾーラが先陣を切って大空に舞い上がった。そんな彼女を追って、他の隊員たちも次々に戦場へと出て行く。

 

「……」

 

そんな彼女たちを見送ったサリアは悔しさに表情を歪ませながら己の機体を飛び降りたのだった。

 

 

 

「出たか」

 

アルゼナルの大地を所狭しと飛び回りながらドラゴンの迎撃に当たっていたシュバルツが、空に舞い上がった第一中隊を見送るとそう呟いた。そうしながらも、次々にメッサーグランツやシュピーゲルブレードでドラゴンを落としていく。

 

「頼んだぞ、第一中隊」

 

最後に少し遅れて飛び立ったヴィルキスまで見送ると、シュバルツはその武運を祈ったのだった。

 

 

 

「うわあああっ!」

 

戦力の大半を削がれた第二・第三中隊の生き残り…というより、第二中隊は全滅してしまったため、第三中隊の生き残りというのが厳密には正しいが…が、形成を逆転したドラゴンたちに追い回されて悲鳴を上げる。と、彼方から彼女たちを護るかのようにライフルの弾幕がドラゴンたちに向かって放たれた。

 

「皆、一度下がって補給を!」

「ここはあたしらが引き受けたナリー!」

『は、はいっ!』

 

エルシャとヴィヴィアンの言葉に従い、第三中隊の生き残りは命辛々戦闘宙域を離脱することが出来たのだった。

 

「いくよ、お前たち!」

『イエス、マム!』

 

ゾーラの号令で第一中隊が交戦に入った。それは司令部にもすぐに伝えられる。

 

「第一中隊、出撃しました」

「よし」

 

パメラの報告を受けたジルが通信機を手に取った。

 

「アンジュ、お前の相手はあの所属不明機だ。未知の大出力破壊兵器を搭載している。注意して当たれ」

 

戦況をまだ理解していないと思っているジルが詳細な指令を出す。だが、通信機から返ってきたのは、

 

『わかってるわ、ジル』

 

アンジュのものとは全く違う声だった。

 

「サリア!?」

 

思わずジルも驚きの声を上げる。

 

「何をしているサリア、降りろ! 命令違反だぞ!」

 

思わず詰問するジル。しかし、

 

『黙ってて!』

 

サリアはジルに口答えしたのだった。そんな態度をとられるとは思ってなかったのか、思わずジルも言葉を呑んでしまう。

 

「わかってないから、見せてあげる…」

 

ヴィルキスを駆るサリアの脳裏には、幼い日にジル…アレクトラが大怪我を負って帰還してきたあの日のことが思い出されていた。

 

「アレクトラの代わりに、私が!」

 

覚悟を決め、敵陣に突っ込んで行くサリア。

 

「バカがっ!」

 

しかしジルはそんなサリアの暴走に感謝するわけもなく、苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てたのだった。

 

 

 

「ないっ!? どうして!?」

「まさか、吹っ飛んだのか!?」

 

遅ればせながら格納庫に到着したアンジュとヒルダが驚く。ヒルダのグレイブこそ健在だったが、アンジュのヴィルキスは影も形もなかったのだ。

 

「違う、サリアが!」

 

二人の姿を見止めたメイが近づいてきて空を指差した。アンジュとヒルダ、それにお供のモモカが見上げるとそこには、戦場に舞う第一中隊とヴィルキスの姿があったのだった。各人、フライトモードからアサルトモードに変形して迎撃に当たっている。全員が全員の務めを果たす中、サリアの乗ったヴィルキスだけは戦力として機能していなかった。

 

 

 

「あの動き…?」

 

その異変は地上でドラゴンを迎撃をしていたシュバルツにもすぐに感じ取れた。いつものヴィルキスの動きとは比べ物にならないほど今のヴィルキスの動きは緩慢なものだったのだ。

 

「! まさか!」

 

顔をヴィルキスに向けたまま彼方にメッサーグランツを放ち、近づいてきたスクーナー級を当然のように落とす。そうしながらもシュバルツの視線はヴィルキスに釘付けで、脳裏には何故あんな状態になっているのか理解できる答えが自ずと浮かび上がっていた。

 

「サリアか!? あの愚か者め、こだわりすぎるなと釘を刺していたというのに!」

 

援護や迎撃に手一杯の今の状況では助太刀するわけにもいかず、シュバルツは舌打ちしてドラゴンの相手をすることしか出来なかった。

 

 

 

「もっと! もっと早く! 飛べるでしょう!?」

 

戦場宙域を飛んでいるサリアにも、その異変は当然のように感じ取れていた。スピードが想像していたよりも遥かに出ないのだ。そんなサリアを亡き者にしようと、スクーナー級のドラゴンが襲い掛かる。

 

「邪魔!」

 

機体を滑らせてアサルトモードに変形しようとするサリアだったが、その隙を突かれて叩き落される。黒煙を上げながら錐揉み回転して墜落していった。が、これもヴィルキスがその能力を十分に発揮できなかったことがそもそもの原因だった。

 

「きゃああああああっ!」

「サリアちゃん!」

 

エルシャが叫び、サリアもやっとのことで体勢を立て直す。その呼吸はいつも以上に荒い。

 

「変よ…ヴィルキスがこんなにパワーがないわけ…」

 

顔を上げ、予想だにしていなかった状況にサリアも困惑する。が、だからといって敵の攻撃の手が休まるわけではない。

 

「…あっ!」

 

三機のスクーナー級のドラゴンが自分に向かってくるのを見つけ、機首を下げて降下して攻撃をかわす。その生命を刈り取ろうと、当然のようにドラゴンたちも追いかけてきていた。

 

「アンジュのときは、もっと…」

 

困惑の度合いを増すサリア。そんな彼女の周りを飛んでいた三機のドラゴンを落したのは、フライトモードのヒルダの乗るグレイブだった。

 

「はっ!」

 

それに気がつきサリアが振り返る。と、

 

『ちょっと、胸苦しい!』

『狭いんだから我慢しろ!』

 

通信を通して聞こえてきたのはヒルダと、そしてアンジュの声だった。

 

「アンジュ!」

「ヒルダちゃん!」

 

二人の戦線復帰を喜ぶヴィヴィアンとエルシャ。と言っても通信でわかるとおり、実際にはヒルダのグレイブにアンジュがタンデムしているので一機戦列に加わっただけなのだが。

 

「サリア、私の機体返して!」

 

サリアが乗っているヴィルキスに並走すると、アンジュが当然そのことを訴えた。その後、あの赤い未確認機に視線を向ける。

 

「あいつは、私がやるわ」

『副長、もう十分だろ? アンジュの言ってる通り、返してやんな』

 

ゾーラも通信を開いてそれを促す。今までは迎撃や指示に精一杯でサリアの勝手を諌める余裕もなかったが、ようやく少しは落ち着いてきたので通信を開くことができたのだ。

だが、それを素直に受け入れられるような今のサリアではなかった。

 

「私のヴィルキスよ!」

 

そう言うと、己の実力を証明しようとでも言わんばかりにフライトモードのまま加速して未確認機の方へと突っ込む。

 

『! バカが! あんたじゃ性能を発揮しきれないのはもう十分わかっただろうが!』

 

ゾーラからの通信を強制的に遮断するとそのまま突っ込む。アンジュとタンデムしているヒルダのグレイブもそれに続いた。

中央の赤い未確認機の左右に控える緑と青の未確認機がそれを迎え撃とうとライフルを構えようとする。が、中央の未確認機がそれを制した。そして何か指示を出したのだろうか、左右の二機がシンギュラーへと戻っていく。二機の行動を見送ると、赤い未確認機はそのままヴィルキスとグレイブに突っ込んだ。

受けて立つかのようにライフルを発射しながら突っ込むヴィルキス。しかし、未確認機はそれを軽くあしらうかのようにこともなげにかわす。

 

「! バカにしてえっ!」

 

あまりに軽くあしらわれることに激高するサリア。彼女の脳裏に、先程のジルの言葉が思い出された。

 

アンジュとヴィルキスでなければ、その機体は抑えられん…

 

歯噛みするが、それを否定するかのように頭から振り払う。

 

「アンジュなんて、ちょっと操縦が上手くて器用なだけよっ!」

 

自分にそう言い聞かせるかのように呟くと果敢に攻撃を仕掛けるサリア。だが結果はかわることなく、その攻撃は未確認機を捉えるどころか、同じように簡単にあしらわれるだけだった。

 

どんなに頑張っても出来ない奴は出来ない…

 

「違う、そんなことない!」

 

まざまざと見せ付けられる現実。そしてそれを予言していたかのようなジルの言葉に、サリアは頭を振って否定した。

そして攻撃を続けるものの、やはり先程までと同じように軽くあしらわれるだけで、有効打どころか掠らせることすら出来ない。

 

(誰より頑張ってきたのよ、私は!)

 

が、

 

無駄だ

 

そして、

 

こだわりすぎだよ

こだわりすぎだ

 

そのジル、そしてゾーラとシュバルツの一言が頭を掠めた瞬間、未確認機の蹴撃をまともに食らい、ヴィルキスは錐揉み回転しながら墜落していった。

 

「追って、ヒルダ!」

 

その光景を見ていたアンジュが、タンデムしているグレイブのシートで、操縦桿を握るヒルダに頼んだ。

 

「何する気!?」

「飛び移るわ!」

「はあーーーっ!?」

 

これは驚いたときの彼女の癖なのだろうか、いつものように大仰に驚くヒルダ。

 

「まあ、あんたらしいか…。突っ込むよ!」

 

だがすぐに気を取り直すと、そう宣言した。するとアンジュも振り落とされないようにヒルダの腰に手を回してしっかりと抱きつく。

アンジュの用意が整ったことを背中越しに感じる胸の感触で理解すると、ヒルダは言葉通りグレイブを突っ込ませた。

 

「どうして動いてくれないの!?」

 

フラフラと落下しながらヴィルキスに呼びかけるサリア。受け入れたくなかった現実をまざまざと見せ付けられたためであろうか、その表情は先程までと違って弱々しいものとなっている。

 

「動いてくれないと、ダメなのよ…」

 

目にはいつの間にか、涙も滲んでいた。

 

「大好きなアレクトラの役に、立てなくなっちゃう…」

 

サリアにとっては残酷な話だが、命令に背いてヴィルキスで戦場に出てきただけでも、もう十分役に立てないどころか足を引っ張っているのだが、そんなことを今のサリアが理解できるわけもなく、己を見失って心が折れかけていた。そんなフラフラのヴィルキスにようやくヒルダのグレイブが追いつくとスピードを合わせて併走する。そして機体全体を少し傾けて、アンジュが飛び降りやすいように調整した。

 

「今だ! 行け、痛姫!」

「はああああっ!」

 

ヒルダの合図と同時にアンジュが気合を入れながらグレイブを飛び降りる。風に流されるものの、何とかシートの端っこに手を掛けて飛び移ることが出来た。

 

「よし!」

 

頷くと、それを確認したヒルダはその場から離れる。アンジュはというと、操縦桿を握っているサリアの手に己の手を重ねた。

 

「よいしょっと」

 

体勢を整える。と、

 

「無理よ、もう…」

 

絶望したようにサリアが呟いた。

 

「はぁ!?」

「落下限界点を超えてる。墜ちるしかないわ」

 

何のことかと訝しんだアンジュにサリアが冷静に説明した。本来ならばその通りに墜落するしかないのだろう。本来ならば。だが、

 

「無理じゃないわよ、この機体なら!」

 

アンジュが操縦桿を握り直してヴィルキスに再び火を入れる。すると、それに呼応するかのようにヴィルキスが本来の力を取り戻した。

 

「っ?」

 

自分が操縦していたときと明らかに違う変化に驚くサリア。そのままヴィルキスは海中にダイブするものの、すぐに体勢を立て直して浮上した。

 

「サッパリしたわ!」

 

そう呟くと、アンジュは続けざまシートに片方の手を滑らせてサリアの尻の下を通すと、股間に手をやる。そしてもう一方の手で胸の辺りを拘束するとサリアを抱え込んだ。

 

「えっ!? ふわあああっ!?」

「邪魔!」

 

予想だにしない感覚にサリアが顔を赤らめて可愛い悲鳴を上げる。そしてそのままアンジュが通信を開いた。

 

『ヒルダ!』

「今度は何?」

 

億劫な感じでヒルダが通信を返す。と、

 

『落すから拾って!』

 

と、とんでもないことを伝えてきた。

 

「はぁ?」

 

思わずいつもの口癖を口に出して上空を見上げる。と、

 

「うわ、うわ、うわあああああっ…」

 

先程と同じような可愛い悲鳴を上げながら言葉通りサリアがヴィルキスから落っこちてきていた。

 

「えええええっ!」

 

驚いて悲鳴を上げたのはヒルダも同じである。慌ててグレイブを操るとサリアに接近して紐なしバンジー状態のサリアに手を伸ばす。サリアも目いっぱい手を伸ばすと何とかヒルダの手を掴んだ。そしてそのまま先程までアンジュが据わっていた場所…ヒルダの背後のシートに腰を下ろす。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

無事にサリアをキャッチしたヒルダだったが、予期せぬ事態に当然のように呼吸が乱れていた。

 

「別料金だぞ、バカ姫!」

 

上空のヴィルキスを見上げるとヒルダは思わず悪態をつく。それが聞こえたからだろうか、それともサリアが無事にキャッチされたのを確認して安心したからだろうか、アンジュが不敵な笑みを浮かべた。

 

「じゃ、やりましょうか」

 

そしてヴィルキスをアサルトモードへと変化させる。本来の主を戴いた白亜のその機体は先程までとは違って いつもの力強さを取り戻していた。そのままブレードを展開させると、滑るように空を飛んであの未確認機との距離を一瞬で詰めたのだった。

未確認機も右腕に収納してあるブレードを展開させ、突撃する。二機は自由に空を飛びながら互いにライフルで牽制しあい、距離を詰めては鍔迫り合いを繰り返す。

 

「すっげーや!」

 

動きを止めて見とれていたのはヴィヴィアンだった。

 

『動きを止めるんじゃないよ、ヴィヴィアン。見物は片がついてからにしな』

「あ、アイサー!」

 

ゾーラに注意され、後ろ髪を引かれながらも早々にヴィヴィアンは戦列に復帰した。少し離れた場所では相変わらず二機の鍔迫り合いが続いている。

ライフルの砲撃をかわしたヴィルキスが迫り、ブレードを振り下ろす。当然、未確認機は受け止めたが、それによってがら空きになった腹に蹴りを入れて吹き飛ばす。吹き飛んだ未確認機だったがすぐさま体勢を立て直すと再びヴィルキスに相対する。その後ろには、未だシンギュラーが展開していた。と、

 

風に征かんEl Ragna 轟きし翼…

 

あの未確認機から歌が聞こえてきたのだ。それと呼応するかのように未確認機の全身が金色に染まり、アンジュは知らないことだが第二中隊と第三中隊をほぼ壊滅に追いやった攻撃のあのギミックが展開される。

 

「っ、この歌…」

 

コックピットの中のアンジュがその音色に思わず言葉を詰まらせた。何故なら知っているからだ、彼女自身もこの歌を。普通はするはずのないことだが、敵と正対したアンジュは目を閉じ、そして、

 

始まりの光 Kirali Kirali…

 

後を継ぐように口ずさむ。すると何と彼女の指輪が光り、それに呼応するかのようにヴィルキスに変化が起こり始めたのだ。相対している未確認機と同じように機体が金色に染まり、そしてこれも同じように両肩が変化してギミックが展開する。

 

「あれは!」

 

その変化を司令部で目の当たりにしたジルも思わず驚愕に目を見開いていた。二機はまるで鏡に映っているかのように同じ動きをし、そしてその両肩からあの砲撃を放った。

もちろん、今度は両方ともが放ったので先程のように一方的に蹂躙されることもなく、丁度両機の中央で拮抗して相殺する。そして、

 

「あ…」

 

ゆっくりと目を開けたアンジュの目の前にはあの機体が迫っていた。と言っても、目の前の機体からは敵意を感じられない。いやそもそも、これが現実なのかと疑いたくなるほど、全てが淡い感覚だった。と、

 

『何故偽りの民が、真なる星歌を…?』

 

その機体の操縦者であろう人物の声が聞こえてきたのだ。そして胸部が展開し、その姿を現す。現したその姿は、アンジュとそう年の頃の変わらない少女だった。

 

「っ!?」

 

まさかの展開に、驚いて息を呑むアンジュ。そして彼女も、同じように胸部を展開させてその身を現した。

 

「貴方こそ何者! その歌は何!」

 

問い詰める。それとほぼ同時に二機の間に光が弾け、そしてまるで映画のように色々なビジョンが二人の周囲を滑るように流れていった。

年代も文化レベルも状況も全く異なるいくつものビジョン。ただ共通しているのは、立場を変えつつもこの二人がそれぞれのビジョンに必ずいることだった。学校や戦場、何もない台地などで、あるときは味方、又あるときは敵としてその場にいる二人。そんなビジョンが少しの間彼女たちの周囲を流れていく。それを破ったのは、未確認機から流れてきた警報の音だった。

 

「はっ」

 

少女がそれに気付き、次いでアンジュが彼女に視線を向けた。

 

「時が満ちる…か」

 

軽く微笑んで少女がそれだけ告げると、再び機体の中へと戻る。

 

「あ、ちょ、ちょっと!」

 

慌てて叫ぶアンジュ。だがもう遅く、彼女は姿を現すことはなかった。そしてそのまま退いていく。

 

『真実は、アウラと共に』

 

それだけを言い残して。そしてそのまま、シンギュラーの中へと戻っていってしまった。

 

『未確認機、全ドラゴン、共に撤退しました!』

 

そう通信が入るものの、アンジュは立ち尽くしたままだった。そして、

 

「真実…?」

 

思わずその一言を呟いていた。

 

 

 

「成る程…」

 

司令部で事の顛末を見届けたジルがタバコを咥える。

 

「最後の鍵は、歌か」

 

そして誰に聞かせるでもなくそう呟くと、難しい表情でそれに火を点けたのだった。

 

 

 

戦い終わり、帰投する第一中隊。ヒルダのグレイブのシートにタンデムしているサリアはなんとも表現しがたい表情をしていた。

 

(あれが本当のヴィルキス…ふふっ、ジルの言う通りだった…)

 

表情が崩れ、悲しげなものになる。

 

「やれやれ、何とか終わったみたいね」

 

言葉通り、やれやれといった口調でヒルダが呟く。そんな彼女にサリアが後ろから身を預けた。

 

「お…アンジュと全然違う感触…」

 

背中に感じるその感触に、思わずヒルダがそう口に出していた。

 

「ええ…違うわ。全然、違った…」

 

ヒルダの言ったことを肯定するサリア。実は二人が何のことを言ってるかは全然違うのだが、それでも会話が成立してしまったのは不可抗力の恐ろしいところである。

 

「ヒルダ…」

 

ややあって、サリアがおもむろに口を開いた。

 

「何?」

「ちょっと臭い」

「はぁー!?」

 

実に、先程まで生き死にの戦場にいたとは思えないやり取りであった。そんな彼女たちを迎えるのは、彼女たちの家であるアルゼナルと、その守護神。

 

 

 

 

 

「……」

 

彼女たちを迎えるシュバルツの表情は冴えなかった。しかし、それも無理もないこと。自身の獅子奮迅の働きと、アルゼナルの隊員たちの必死の防戦によってアルゼナルの人的被害は皆無だった。それは喜ばしいことであるが、

 

「残存兵力は三分の一強か…」

 

やはりどうしてもそこに考えが行ってしまう。アルゼナルの大地もかなり削られたが、それは代えがきく。暴論かもしれないが、失ったパラメイルも同じく又造ればいいだけのこと。しかし、失った生命は…

 

「…っ」

 

シュバルツが唇を噛んだ。あれは確かにどうしようもなかったことかもしれない。だがそれでも思ってしまうのだ、何とか出来たのではないかと。傲慢な考えかもしれないが、それでもそう思わずにはいられないのも事実だった。

 

(エレノア…ベティ…)

 

彼女たちの顔が脳裏をよぎる。そしてそれ以外の第二・第三中隊の面々の顔も同じようにその脳裏をよぎった。その度に、シュバルツはやるせなくなる。シュバルツ自身は負けてはいない。負けてはいないが、その全身は敗北感に包まれていた。

 

「……」

 

ハッキリ言ってガックリきているが、それでももうすぐ第一中隊は戻ってくる。こんな冴えない表情を、せめて彼女たちに見せるわけにはいかない。

 

(…未練だな。我ながら女々しいことだ…)

 

ふうっと大きく息を吐くと、いつものように壕に戻ろうとする。が、その時だった。

 

 

 

「! ちょっと待ってください、これは!」

 

最初にその異変に気付いたのはパメラだった。

 

「どうした、パメラ?」

 

ジルが尋ねる。

 

「は、はい。…っ! 間違いありません、新たなるシンギュラーの反応を確認!」

「ええっ!?」

「何だと!?」

 

そのことにエマが悲鳴を上げるが、ジルも流石に動揺を隠せない。今のアルゼナルは半壊に近いのだ。この状態で攻め込まれては流石に持ちこたえるのは至難の業だった。とはいえ、泣き言を言ってもその事実がなくなるわけではない。

 

「場所は?」

 

自身を落ち着かせるように、いつも以上に冷静に確認を取る。

 

「場所は…先程と同じくアルゼナル上空! …いえ、正確にはシュバルツ!」

 

それに気付いたパメラが慌てて通信を開いた。

 

「貴方の直上よ!」

『何…?』

 

通信を受けたシュバルツが慌てて上空を仰ぎ見る。そこには確かにそう遠くない距離にシンギュラーが開いていた。そしてそこから二体の人型…先程の未確認機の左右に控え、先に撤退したあの機体が滑り落ちるように姿を現すと、すぐさま両脇からガンダムシュピーゲルを拘束したのだ。

 

「な!」

 

突然のことに、らしくなく動転するシュバルツ。いつもの彼ならばここまで無防備に敵に近づかれることはないだろう。が、今は何しろ第二・第三中隊の大半を失ったことを気に病んでおり、その精神状態がためにこうなってしまっていた。タイミングとしては最悪だったのである。だが、アルゼナルにとって最悪なのはここからだった。

 

「貴様たち、一体な」

 

そこで、通信が途絶えてしまったのだ。

 

「え…」

 

不幸にもその場面を見てしまった誰かが思わず絶句する。そしてそれは司令部でも同じだった。

 

 

 

「…報告」

 

やはりと言うべきか、一番最初に己を取り戻したジルが指示を出す。そして自分を落ち着けるためだろうか、ふーっと紫煙を吐いた。

 

「! は、はい!」

 

指示を受けたパメラが慌てて報告を始める。その身体は、小刻みに震えていた。

 

「し、シンギュラー、閉じました…」

「…それだけか?」

 

ジルが促す。その先を言えと。パメラにもそれはわかっている、わかっているのだが言いたくないのだ。言ってしまえばその事実が本当に確定してしまうような気がしたから。

…いや、もう事実は確定しているのだが、それでもそれを言葉にして認めたくなかったのだ。その想いは両隣のオリビエとヒカルも同じなのだろう、二人ともパメラと同じように小刻みに震えながら泣きそうな表情でパメラを見ている。まるで、その先は言わないでと訴えるかのように。

だが、パメラは報告しないわけにはいかなかった。それが職務だし、何より目の前に起こったことは事実だからである。

 

(…っ!)

 

口の中が急速に渇く。全身から嫌な汗が吹き出て止まらない。身体の小刻みな震えもまだ続いている。そんな状態ではあったが、パメラは己の職分をちゃんと遂行したのである。

 

「が、ガンダム、シュピーゲル、ロスト…」

 

その事実は、帰投しようとしている第一中隊も既に知っていた。いや、彼女たちは実際にそのシーンを見てしまったとあって、ショックはジルたち司令部の面々より更に大きかった。皆、呆然とした表情でその場に固まっていた。

 

「嘘…」

 

呟いたそれは誰のものだったかわからない。しかし、それを否定する者は誰もいない。ただその呟きは風に乗って消えただけだった。

 

静けさに包まれた戦場は、戦い終わりいつもの平静さを取り戻していた。ただ聞こえるのは波の音と風の音のみ。そしてしばらくの間、アルゼナルは時が止まっていたのだった。




読了、ありがとうございます。作者のノーリです。

今回はちょっとしたお知らせを。

今話で、年内の投稿は終わりになります。で、次なのですが少し間が開くかと思います。

と言うのも、ずっとこればかり書いてきたので、息抜きに他の作品を書きたくなったので、そっちを書こうと思っているからです。

そちらは短編なので長くはなりませんが、それでも次話は年明けて一月中に一本投稿できればいいかなぐらいに思ってます。

ですので、続きを楽しみにされている方は申し訳ありませんが、暫くお待ち頂けると有り難いです。

では、本年も色々と有り難うございました。また来年、お会いしましょう。

作者のノーリでした。

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