機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

今回は中盤の要のアルゼナル襲撃回です。まだ正体は不明ですが、あの機体たちのお目見え回ですね。

では、どうぞ。

※追伸:最近、微妙にアクセスが増加しているのは、スパロボ参戦決定による影響なのだろうかと思う今日この頃であります。


NO.27 異界からの来訪者

「いやああああああああああっ!!!」

 

あの一件が終わってから数日後の、一応の平穏を取り戻したミスルギ皇国のとある夜、大きな悲鳴と共に目を覚ましたのはシルヴィアだった。呼吸は乱れ、寝汗は激しく、瞳孔は大きく開かれている。

彼女は夢を見たのだ。自分たちが誘き出したアンジュがまんまと逃げ失せるとき、ジュリオの頬に傷を負わせたときのことを。しかし、それだけならばまだ良かった。

それ以上に恐ろしいのはその後突如として現れたあの漆黒の機体だった。そしてその肩に立つあの覆面の男。

 

(アンジュがどうするかまでは知らん。奴を裏切った者、嵌めた者、売った者…心当たりがある連中は楽しみに待っているのだな)

 

そして思い出されるこの一言。いつそれが実行されるかと思うと生きた心地がしなかった。あれから、皇宮の警備は以前よりも厳重にしてあるが、それでもそれがどれだけ役立つのだろう。流石にまだ幼いシルヴィアでも、それぐらいの判断は出来た。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

顔を覆うように額に手を当てると、乱れに乱れた呼吸を整えるために大きく深呼吸を繰り返す。が、その間中も当然頭の中から恐怖は消えなかった。

 

「あの人…」

 

姉であったアンジュが去り際に見せた一点の曇りもない微笑みがとてつもなく怖かった。

 

(ありがとう、シルヴィア。薄汚い人間の本性を見せてくれて)

 

今でも身体に震えが走る。そしてそれ以上に恐ろしかったのがあの覆面の男…シュバルツだった。

漆黒の闇の中、腕を組んでこちらをゴミでも見るかのように見ているあの男。そしてその背後にはあの機体。そしてそれが更に得体の知れぬ何かへと変化し、自分を何処までも追いかけてくる…そんな悪夢だった。

 

「悪魔…」

 

ぼそりと呟いた自分の一言が、実は非常に的を射ているなどとはシルヴィア自身も思っていないだろう。だが、そんなことは今の彼女にはどうでも良かった。

 

 

 

(あの人…もう来ませんよね…)

 

専用の車椅子に乗って移動しながら、心中でそう問いかける。その相手は今向かっている先にいる人物…兄のジュリオだった。

 

(あれで良かったんですよね、お兄様…)

 

恐怖から逃れるために自身の考えを肯定してもらいたかったのだろう。夜の皇宮をシルヴィアは兄の部屋に向けて真っ直ぐに進む。しかし、程なく辿り着いた兄の部屋で、シルヴィアはとんでもないものを見ることになった。

 

『うふふ、可哀想なジュリオ』

 

そこにいたのは近衛長官であるリィザだった。それに驚いたシルヴィアだったが、それだけならまだ良かった。何故なら、二人はベッドの上で全裸で睦み合っていたからだ。そして…

 

『このぐらいへっちゃらだよ、ママ。でも悔しいなぁ…。悪いノーマを退治できなかった』

『良くやったわよ、ジュリオ』

『ホント!? 僕、良くやった!? 嬉しいなぁ…。母上は僕のこと、全然褒めてくれなかったから。いつもアンジュリーゼばかり依怙贔屓して、アンジュリーゼを庇って死んじゃっ…うああっ』

 

それ以上、ジュリオは声を紡げなかった。何故ならリィザの指先から毒のような紫色の液体が滑り落ち、それが口に入って悶えだしたからだ。毒々しいことこの上ない不気味な液体だった。

 

『うふふふふ…あははははは…』

 

ジュリオの上に跨り楽しそうに笑うリィザ。雷が走り、一瞬だけ部屋の中を照らしたその姿は、普通の人間のそれではなかった。その背中には大きな翼が生え、そして臀部からは細いが立派な尻尾が生えていたのだ。

 

(お兄様っ!?)

 

思わずシルヴィアは口を押さえて声が出ないようにする。

 

『じゃあ、今度はママのお願いね』

 

誘導するように、催眠術をかけるようにねっとりとリィザがジュリオを唆す。

 

『わかってるよ。シンギュラー・ポイントを開けばいいんでしょう?』

『良い子ねぇ…』

 

そんな、決して見てはいけないものを見てしまったシルヴィアは、押さえた口の隙間から、あっ、あああっ…!と悲鳴が上がるのを抑えられなかった。

 

「!」

 

それに気付いたリィザが入り口に振り返る。

 

「近衛長官、貴方、一体…」

「あら…うふふふふっ」

 

不敵に笑みを浮かべるリィザに恐怖を感じたシルヴィアが慌てて踵を返す。しかし、時既に遅し。

 

「誰か!」

 

助けを呼んだシルヴィアの細い首にリィザの尻尾が巻きついて締め上げる。

 

「助けて…」

 

しかし、助けが来るはずもない。苦しくなっていく中、シルヴィアが助けを求めたのは、

 

「助けて、アンジュリーゼお姉さまーっ!」

 

姦計を用いて陥れ、自分たちで殺そうとした実の姉だった。全くもって、実に、実に都合のいい愚か者としか言いようがなかった。

 

 

 

 

 

「シフト変更~?」

 

アルゼナルにて、第一中隊が食事を兼ねてミーティングをしていた。疑問符を浮かべたのはヴィヴィアンである。

 

「ああ。詳しくは副長」

「はい」

 

ゾーラに促されたサリアが口を開く。

 

「戦力的不安から、第一中隊はバックアップに回されたわ。今日の当直はエレノア隊。明日はベティ隊に変更よ」

 

サリアの説明を聞きながらヴィヴィアン、ロザリー、クリスは同時に箸を出した。食事のメニューはすき焼き。そして三人は当然のように肉を取っていく。その光景に、ゾーラがピクリと眉を上げた。

 

「ま、六人しかいないんじゃ、戦闘どうこうじゃないものね」

 

言いながらエルシャも鍋をかき回し、これまた大量に肉を取っていく。サリアが箸を伸ばすも既に鍋に肉はなく、野菜の欠片を摘んだだけだった。眉を顰め、悲しそうな顔になるサリア。と、

 

「この、バカども!」

 

いきなりゾーラがダンと机に拳を叩きつけた。その迫力にサリアを始め、全員がビクッとなって固まってしまう。

 

「遠慮会釈なくメインの肉だけ掻っ攫っていくんじゃない! ちょっとは副長のために残してやれないのか!」

 

その言葉に、サリア以外の四人が箸を置いてシュンとしてしまった。

 

「全く…」

 

呆れた表情になってゾーラが肉を追加する。そして食べ頃になったところで、

 

「ほれ、副長。持っていきな」

 

と、促した。

 

「い、いいんですか、隊長?」

 

他の隊員の様子を伺いながら、サリアが尋ねた。

 

「いいんだよ。早い者勝ちっていうのは確かにあるだろうさ。けどだからって、根こそぎ持っていくのはどうなのよって話だろ? 特にロザリーとクリス」

『は、はいっ!』

 

名指しされ、二人が又ビクッと身体を震わせた。

 

「あんたらは普段から、アンジュに得物を掻っ攫われてるじゃないか。それが気分悪いんだろ? だったら、自分らも同じような真似はしないと思ったんだがねぇ…」

「あ…う…」

「そ、その…」

 

二の句が継げず、更にシュンとなってしまう二人。そして、

 

「す、すみませんでした…」

「ごめんなさい、お姉さま…」

 

泣きそうになりながらゾーラに謝罪した。

 

「謝る相手が違うだろ?」

 

そう言われ、二人はサリアに視線を移す。

 

「その…悪い、サリア…」

「ごめん、やりすぎた…」

 

そして先程と同じように、見ているほうが居た堪れなくなるぐらい肩を落しながらサリアに謝罪したのだった。

 

「ごめんナリ…」

「ごめんなさいね、サリアちゃん。隊長の仰るとおり、少し配慮が足りなかったわ」

 

続けてヴィヴィアンとエルシャも謝罪の言葉を紡ぐ。

 

「い、いいわよ。もう気にしないで」

 

ゾーラを除く全員から謝られ、サリアは慌ててぶんぶんと手を振った。

 

「全く…お前たち、二度とするんじゃないよ?」

『はーい』

 

四人が仲良く口を揃えた。

 

「よし。それじゃあ続きといこうじゃないか」

 

いつもの雰囲気に戻ったゾーラにサリア以下全員が内心でホッと胸を撫で下ろしながらミーティング兼食事を再開する。と言っても通達はこれぐらいのため、後はシフト変更を招く事態となったアンジュとヒルダに対するロザリーとクリスからの恨み言ぐらいしか出なかったのだが。

そして、その噂の二人はどうしているかと言うと…。

 

 

 

「腹減ったぁ…。ま、ダイエットと思えばいっか」

「それよりもお風呂よ。今日で何日?」

「一週間」

「どうりでそんな臭い…」

「あんたも同じ臭いだよ」

「贅沢言わないから、せめて水浴びしたいわ…」

 

とこのように、頭はボサボサ、目の下には隈、げっそりとした雰囲気で、独房にてすっかりやさぐれていた。二人とも支給された硬いパンを齧っている。ほぼ同時刻、モモカがアンジュに差し入れをしようとしていたのだが、見張りの隊員ににべもなく追い返されていたことなど二人が知る由もない。

だがその代わり、

 

「どうした、いつもの見る影がないぞ」

「シュバルツ…」

 

こうして代わりの面会が来ていた。

 

「何か用かぁ?」

 

ヒルダが気だるそうに答える。普通ならこんな姿、気になる男に見せたくはないのだろうが、時間が経ったことで顔の腫れや痣が治ったこと。そして、長期に渡る軟禁生活でそんな気も失せていることから、今はどうでも良くなっていた。

そんな二人の現状は良くわかっているのだろう。シュバルツもさして気に留めず、以前のようにチラッと入り口の方に視線を向けて、見張りの隊員がこちらを見ていないことを確認すると、又懐から、今回は紙包みを二つ取り出して格子の隙間から独房の中に投げ入れた。

 

「差し入れだ」

「ありがと。今回は何?」

 

アンジュが立ち上がると、ヨロヨロと覚束ない足取りでそれの一つを手にした。すると、

 

「あれ…?」

 

それのある特長に気付いたアンジュが思わず呟く。

 

「温かい?」

「え?」

 

呟きを耳にしたヒルダももう片方の紙包みに視線を送る。

 

「蒸しタオルだ。恐らく、お前たちが今一番欲しい類の物ではないかと思ってな」

「わ♪」

「マジかよ!」

 

ヒルダも慌ててそれを拾い上げた。

 

「ありがと、これはホント嬉しい! でもどうして?」

「この前…一昨日だったか、様子を見に来たときに少し臭ったのでな。そう言えばこの状況では風呂はどうしようもないだろうなと思ったのでな」

「さっすが~! 出来る男は違うね♪」

 

(やれやれ、調子のいい奴だ)

 

ウインクを送ってきたヒルダに内心で少し呆れながらも、この差し入れは間違いではないことを確信したシュバルツは内心で安堵していた。

 

「見張りには見つからないようにな」

「ええ、勿論」

「わかってるって」

 

それなりに入り口とは離れているのだが、それでも声を落してシュバルツが注意する。それに倣うかのように、二人も声を落した。

 

「結構。ではな」

 

用件を終えたシュバルツは当然のようにこの場を後にしようとする。が、

 

「えっ?」

「もう帰っちゃうのかよ?」

 

アンジュもヒルダも不満そうだった。と、シュバルツは足を止め、

 

「私がいたら困るだろう?」

 

と、二人にとっては思いもかけない言葉を投げかけてきた。

 

「そんなことあるわけないじゃない」

「そうだぜ。何言ってんだよ」

 

二人は即座に否定するも、シュバルツはやれやれといった感じで、

 

「お前たちは何もわかっちゃいない」

 

と、溜め息をついた。

 

「何よ、どういうことよ」

 

不満げなアンジュが口を尖らせる。と、シュバルツは彼女の持っている蒸しタオルの入った紙包みを指差した。

 

「それ、使いたいだろう?」

「勿論、今すぐにでも」

「では聞くが、私がここにいて、お前たちがそれで自分たちの身体を拭っているシーンをジッと見てても良いのか?」

『あ』

 

ようやくシュバルツの言いたいことがわかったアンジュとヒルダの声が重なった。それを理解したことに気付いたシュバルツが楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「こちらとしては眼福だから、構わないというのであれば遠慮なくもう少し滞在するが」

「あ…」

「うう…」

 

二人とも真っ赤になって俯いてしまった。その光景に再びシュバルツは笑みを浮かべ、

 

「つまりはそういうことだ」

 

と言い残すと、今度こそ本当にその場を後にした。流石に今回は、アンジュもヒルダもその足を止めようとはしなかった。

 

 

 

(しかし…)

 

見張りの隊員に軽く会釈をして独房を後にし、シュバルツはアルゼナル内を歩いていた。

 

(あまり考えることもなく奴らに何度か差し入れしたが、よくよく考えてみれば軍事基地、そして独房という場所柄、監視カメラの一つや二つあって当然のはずだ。ならば差し入れている場面を記録されていても不思議ではない。なのに何もお咎めがないということは、ひょっとして見逃されているということか?)

 

不意に、シュバルツはその可能性に思い至っていた。

 

(案外、ここもお人よしが多いのかもしれんな)

 

クスッと微笑むと、シュバルツはカツカツと靴音を立てながら通路を歩いていったのだった。

 

 

 

 

 

その頃、食事兼ミーティングを終えたサリアは外に来ていた。そして、小さな花の群生地でその花を摘んでいた。その腕には、シュバルツからプレゼントされたブレスレットが光っている。と、

 

「あー、サリアお姉さまだー」

 

幼い声が不意に聞こえてきた。サリアが顔を上げると、教員に引率された幼年部の子供たちの姿があった。

 

「サリアお姉さまに、敬礼!」

『敬礼!』

 

一人の子が号令をかけると、残りの子も同じように敬礼! と口にして敬礼をする。立ち上がったサリアもそれに対して同じように敬礼を返した。

 

「やっぱり綺麗でカッコイイ!」

「あたし、絶対第一中隊に入る! サリアお姉さまみたいになるんだもん!」

 

そんなことを口々に言いながらその場を後にする子供たちを優しい表情で見送るサリア。その脳裏には、幼い頃の自分の姿が思い出されていた。

 

『あたし、絶対お姉さまみたいになる!』

 

憧れの人物を見上げながらそう告白し、彼女はそんな自分を慈しむように撫でてくれた。今のあの子たちと幼き日の自分が重ね合わされ、計らずも感傷に浸ったサリアだったが、その手に摘んだ花を持ったままやがてその場を後にした。

辿り着いた先にいたのは、ある一つの墓に花を供えているメイだった。その墓標には、フェイリンと刻まれている。

 

「これ、お姉さんに」

 

サリアが同じようにその墓に花を供える。

 

「毎年ありがとう、サリア」

 

メイが感謝の言葉を紡いだ。

 

「ふうっ…」

「どうしたの?」

 

珍しく溜め息をついたサリアにメイが尋ねる。

 

「幼年部の子たちに、お姉さまって呼ばれた。…私、もうそんな年?」

「まだ十七じゃん」

「もう十七よ。同い年になっちゃった、アレクトラと…」

 

サリアが寂しそうに微笑む。そして昔のある記憶を思い出していた。

 

 

 

『アレクトラ!』

 

黒煙を上げて砂浜に不時着するヴィルキス。まだ司令の立場にあったジャスミンが心配げに搭乗者の名前を呼ぶ。

降り立ったアレクトラ…現司令官である若き日のジルは、己の右腕を抑えていた。しかしその右腕は、二の腕から先がなくなっている。

 

『マギー、鎮痛剤だ! ありったけの包帯を持って来い!』

『イエス、マム!』

 

慌てて医務室へと走るマギー。

 

『あの機体、お姉さまの…』

 

そんな修羅場の光景を見下ろしているのはまだ幼き日の自分だった。その横には、自分以上に幼い姿のメイが眠そうに目を擦っている。

 

『しっかりしろアレクトラ! 何があった!?』

 

アレクトラを抱きかかえ、ジャスミンがヴィルキスから彼女を降ろす。

 

『みんな…みんなが…。そうだ、フェイリンからメイに伝言があるの…。三番目の引き出しの二重底に、一族の伝承が…』

『バカ、そんなのは後だ!』

『…ごめんね、ジャスミン』

 

アレクトラの瞳が潤んで大粒の涙を流し始めた。

 

『私じゃダメだった…』

 

その言葉に、ジャスミンは思わず息を呑む。

 

『フェイリンも、ヴァネッサも、騎士の一族も、みんな死んじゃった…。使えなかったよ、私じゃ、ヴィルキスを…。私じゃダメだったの…!』

『アレクトラ…』

 

何と声をかけていいのかわからず、ジャスミンはアレクトラの名前を呼ぶことしか出来なかった。と、

 

『そんなことないよ!』

 

突然、予期せぬ方向から幼い声が聞こえる。そこには、メイの手を引いてこの場へ来ていた己の姿があった。

 

『アレクトラは、強くて綺麗でかっこいいもん! ダメなんかじゃないよ!』

『誰だい? この子』

 

まだ面識がなかったのか、ジャスミンが尋ねる。

 

『初等部の…サリアよ』

 

アレクトラが答えた。

 

『どんなドラゴンだった!? 大きさは!? 硬さは!?』

 

矢継ぎ早に尋ねる。

 

『えっ?』

『許さない。お姉さまをこんな目に合わせるなんて、絶対許さない!』

 

そして、目に浮かんでいた涙を袖口で拭う。

 

『私が、アレクトラの敵を討つんだから!』

 

それを聞き、弱々しくも嬉しそうにアレクトラが微笑んだ。

 

『期待してるわよ、サリア』

 

そうして撫でられたあの感触を、自分は生涯忘れないだろう。

 

 

 

「覚えてないや、全然」

 

昔話を聞かされたメイが、寂しそうに呟く。

 

「仕方ないわ。まだ三つだったもの」

「でも、一族の使命。お姉の想いは受け継いだよ」

 

メイは改めて姉の墓標に誓う。

 

「甲冑士の一族として、ヴィルキスと一緒に世界を解放する。お姉の分まで…。サリアは、ライダーとしてアレク…じゃなかった、ジルの分まで!」

「そうね」

 

メイの言葉に頷くと、二人は連れ立って歩き出した。

 

 

 

『どうして!? どうしてダメなの!?』

 

その脳裏に又、ある光景が思い出されていた。

 

『私、頑張るから! 今よりもっと!』

 

場所は司令室。身体の各部に包帯が巻かれた痛々しい姿でサリアが訴えていた。モニターにヴィルキスが砂浜に突っ込んでいるところが映し出されているのを見るに、サリアが搭乗したはいいが本来の性能を発揮できず、砂浜に不時着したのだろう。身体の怪我はその時のものと推測できた。

 

『ムダだ』

 

そんなサリアを、ジルが一刀両断に切り捨てる。

 

『どんなに頑張っても、出来ない奴は出来ない』

『そんな…』

『それが理解できない奴は…こうなるぞ』

 

ジルが己の右腕を軽く上げて見せた。機械の義手であるその腕を。

 

『私に…私に何が足りないの!?』

 

それでも納得できないのだろうか、サリアが食って掛かる。しかし、それとは対照的にジルは悠然とタバコの煙を吐いた。

 

『私たちに…だ』

 

その答えに、サリアは悲しげに表情を曇らせることしか出来なかった。

 

 

 

(じゃあ、アンジュには何があるっていうの…?)

 

格納庫を歩きながら思わずそう考えてしまう。その足は自然とヴィルキスの前で止まり、そして視線を向けた。

 

(あの子にヴィルキスは渡さない…)

 

嫉妬に駆られ、険しい表情でサリアはヴィルキスを…そしてその先に浮かんだアンジュの顔を睨みつける。

 

(こだわりすぎだぞ)

(そんなわけない!)

 

脳裏に以前聞かされたある言葉を思い出し、サリアはそれを打ち消すかのように強く頭を左右に振った。

 

 

 

 

 

同日午後。

今のところ敵襲もなく、ゆったりとしていた時間を過ごしていたアルゼナルだが、それは不意に破られることになる。

 

「シンギュラー反応です!」

 

レーダーに映った異変に気付いたパメラが、振り返ってジルに報告した。

 

「場所は?」

「それが…アルゼナル上空です!」

 

その報告が終わるのを待ってたかのようにシンギュラーが開き、いつものようにドラゴンが姿を現す。

 

「敵捕捉。スクーナー級6…21…65…128…敵、大量にて測定不能!」

「電話も鳴ってないのにどうして!?」

 

エマが戸惑いながら司令部に姿を現した。そんなエマを尻目に、ジルが管内放送用のマイクを手に取る。

 

『司令官のジルだ、総員聞け。第一種戦闘体制を発令する。シンギュラーが基地直上に展開。大量のドラゴンが降下接近中だ。パラメイル、第二・第三中隊全機出撃。総員、白兵戦準備。対空火器・銃火器の使用を許可する。総力を持って、ドラゴンを撃破せよ!』

 

ジルの出した命令で途端にアルゼナル内が慌しく動き始める。メイルライダーたちは格納庫に向かい、それ以外の隊員たちはそれぞれ銃器を手にする。

 

「パラメイルを全機出したら、基地は誰が護るのですか!?」

 

ジルに詰め寄るエマにパメラがマシンガンを投げて渡した。条件反射的に受け取ったものの、これで…自分の手で護れということを暗に示され、エマは顔を引き攣らせた。

そうこうしている間にもドラゴンとの彼我の距離は詰まっていき、各所から砲座が姿を現す。そして、砲座からの砲撃を合図にドラゴンとの戦いが始まったのだった。

 

「直上に出現するとはな。本気で潰しに来たということか?」

 

コックピット内で起動の準備をしながらシュバルツが呟く。今回の戦場はほぼアルゼナルのため、勿論シュバルツも出撃をしていた。

 

「ガンダムシュピーゲル、出るぞ!」

 

誰に聞かせるでもなくそう気合を入れると、シュピーゲルを起動させる。目に赤く光が灯り、シュピーゲルが発進した。状況を確認しながら、砲座が撃ち漏らしたドラゴンにメッサーグランツを投擲して沈めていく。

 

(とりあえずまだ対処は出来るが、物量作戦でこられたらまずいかもしれんな)

 

戦場を飛び回りながら冷静にそう判断し、司令部に向かって突入しようとしていたスクーナー級をメッサーグランツで沈めたのだった。一方、独房でも空気の変化は感じ取られていた。

 

「何が起きてるの?」

 

それを感じ取り、アンジュとヒルダは怪訝そうな表情になって立ち尽くしていたのである。

他方、格納庫。

基地内部に侵入しようとするドラゴンを迎え撃つのは待機している第一中隊だった。彼女たちの奮戦もあり、まだ基地内部への侵入を許してはいない。

 

「大分減ってきたみたい」

 

敵の勢いが弱くなったのを感じ取り、クリスが呟いた。

 

「エレノア隊とベティ隊に感謝ね」

「あたしらの分も稼ぎやがって!」

 

思わず悪態をつくロザリーだったが、

 

「静かに」

 

隊長であるゾーラの命令で慌てて口を噤んだ。

 

「どうしました、隊長?」

 

傍らのサリアが尋ねる。

 

「何か…聞こえる」

「え?」

「耳を澄ませてみな」

 

全員が耳に神経を集中させる。

 

「歌…?」

 

最初に気付いたのはエルシャだった。そう、どこからか歌が聞こえてきたのだ。

 

「あれ? 逃げるよ?」

 

そして不思議なことに、ヴィヴィアンが指摘した通りその歌に従うかのようにドラゴンたちは退いていき、シンギュラーの周囲を旋回し始めたのだった。

 

「ふん、誰かは知らないが中々の余裕を見せてくれるじゃないか」

「吟遊詩人でも出てくるんですかねぇ、お姉さま?」

「さてね。まあ、そんな可愛げのあるもんじゃないだろうが…」

 

そしてシンギュラーから姿を現したのは、自分たちのパラメイルと同じような人型の機体だった。それも三機。

 

「パラメイルだと…」

 

姿を現したその機体に、思わずジルも絶句していた。が、驚いていたのは何もジルだけではない。

 

「何こいつ!? 何処の機体!?」

 

出撃していた第二・第三中隊も思わず足を止める。そして、

 

(人型の機動兵器…であれば、あれを操っているのは十中八九…)

 

シュバルツも動きを止め、その機体を見ていた。そしてこの機体が姿を現したことで、何となくだがドラゴンがどういったものかわかったような気がした。ドラゴンたちはその機体を襲おうとはせず、従うように空中で旋回を続けている。

 

(私の推論、外れていてくれればいいのだが…)

 

そう願うことしか今のシュバルツには出来なかった。と、三機のうち、中央の真紅の機体の全身が黄金に色づいていく。

 

(ハイパーモードか!?)

 

一瞬そう思ったシュバルツだが、あの機体からはハイパーモード独特の感覚は感じ取れない。だがそれでも、嫌な予感を感じ取らせるには十分な変化だった。肩の部分が不気味に展開する。

 

「! 気をつけろ!」

 

思わず通信を入れたシュバルツ。

 

『えっ?』

 

答えたのは誰かわからない。しかし結果的に、それが彼女の最後の言葉となった。未確認機の展開した両肩から、竜巻のような砲撃が発射されたのだ。

それは迎撃に当たっていた第二・第三中隊を飲み込む。そしてまともに食らったパラメイルは全て、跡形もなく粉微塵に粉砕されてしまったのだ。

そして砲撃は勢いが弱まることもなくアルゼナルに着弾して閃光と共にその大地を抉る。

 

「一体何が…」

 

閃光が収まった後に格納庫から外を見たゾーラが絶句した。先程の砲撃でアルゼナルの地表の半数近くがゴッソリと削られていたからだ。

そしてそれを合図にしたかのように、再びドラゴンの襲来が再開したのだった。


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