機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

今回は幕間回、アルゼナルの新たな日常シリーズの第三弾です。

が、今回は前二回とは少々毛色が違います。

そう、少々…ね。


NO.26 幕間 アルゼナルの新たな日常その3 蝕ム ~少シズツ ユックリト 確実ニ~

幾多のありえない奇跡が重なり、シュバルツがこのアルゼナルに落ちてきてから早数ヶ月が経った。

最初は自分たちと同じノーマ(厳密に言えばシュバルツはこの世界の人間ではないのでノーマとは違うのかもしれないが)とはいえ、男であるシュバルツに興味津々な連中もいたが、それと同じくらい警戒や戸惑いを見せる隊員たちもいた。

しかし日々寝食を共にし、その言動や行動を目の当たりにした隊員たちは徐々に徐々にそういった警戒や戸惑いを解いていった。そして今では、アルゼナルのほぼ全ての人員がシュバルツをかけがえのない仲間だと、頼りになる男だと認識していた。

ここで、時系列はバラバラではあるがシュバルツが過ごしてきた数ヶ月の足跡のほんの一部を見ていこう。

 

 

 

 

 

「やっているな」

 

アルゼナルの一角に造られた家庭菜園。そこに足を伸ばしたシュバルツは目当ての人物を見つけると声をかけた。

 

「あら、ミスター」

 

菜園から顔を出したのは作業着に身を包んだエルシャだった。シュバルツの姿を見止めると、嬉しそうに穏やかに微笑んだ。

 

「手伝いに来たぞ」

 

そう言うと、シュバルツは手早くコートを脱いだ。

 

「いいんですか?」

「ああ。今日は特に予定もないからな」

「そうですか。じゃあすみませんけど、よろしくお願いしますね」

「わかった」

「じゃあ、草むしりをお願いします。私は水撒きをしますので」

「了解」

 

エルシャの指示に従い、シュバルツは草むしりを開始した。エルシャも自分で言った通り、野菜の水撒きを開始する。

 

「♪~♪♪~」

 

エルシャが楽しそうに鼻歌を歌いながら菜園に水を撒く。その傍らで、シュバルツが黙々と草むしりに精を出していた。この一場面だけ切り取れば、ここがとてもではないが生きるか死ぬかの戦場の最前線とは思えないほどの長閑な風景である。と、

 

『ママー!』

 

幼年部の子供たちがエルシャに大挙として押し寄せてきた。

 

「あらあら♪」

 

その姿を見止めると、エルシャは水道の蛇口を捻って水を止め、彼女たちを迎える。

 

「みんな元気ね」

 

周囲を取り囲む子供たちは、うんとか勿論とか言いながらエルシャに答えた。その光景に、思わずシュバルツも目を細める。と、

 

「あ、お兄さんもいる!」

 

シュバルツに気がついた子がシュバルツに向かって走り出した。それに倣うかのように、半数近くの子がエルシャからシュバルツへと流れる。

 

「あらあら、人気者ですね、ミスター」

「よしてくれ。ガラじゃない」

「そんなことありませんよ」

 

駆け寄ってきた子供のうち、無造作に選んだ二人の子を左右の腕で抱えたシュバルツが苦笑した。それを見て他の子供たちが、私もー私もーとせがむ。

 

「わかった、わかった」

 

抱えていた子供たちを下ろすと、今度は又違った子を抱える。足元では又選ばれなかった子が早く私もーと駄々をこねていた。

 

「困ったな…」

 

苦笑しながらシュバルツが弱音を漏らした。そんなシュバルツを微笑ましく見ていたエルシャだったが、不意にくいっくいっと服を引っ張られる。

 

「?」

 

何かと思って見てみると、一人の子が自分の服を引っ張っていた。

 

「どうしたの?」

 

小首を傾げながらエルシャが問う。すると、

 

「ママー、お兄さんとまだ結婚しないの?」

 

と、本当に不思議そうな顔で聞いてきたのだった。

 

「なっ…!」

 

その言葉に、エルシャが真っ赤になってしまった。が、子供たちというものは追撃の手を緩めないものである。

 

「皆言ってるよ、ママとお兄さんならお似合いだって」

「うん。早くママの結婚式見たいな~」

「それで、私たちをママとお兄さんの本当の子供にして下さい」

 

次々に好き勝手なことを言い、エルシャは二の句が告げなくなる。そんな様子に、シュバルツが珍しく悪乗りした。

 

「私としてはいいのだがな、どうもエルシャがその気になってくれんのだ」

「み、ミスター!」

 

慌てて窘めるも時既に遅し、シュバルツの言葉を聞いた子供たちがわあっと歓声を上げながらエルシャの元へ群がった。そんな子供たちを必死になって相手しながらも、エルシャはチラチラとシュバルツに視線を送っていた。勿論、その顔は終始真っ赤になっていたのは言うまでもないことだった。

 

 

 

「やっほ、シュバルツ」

「ヴィヴィアンか」

 

ある日の夕食、厨房に立つシュバルツにいつものように元気に挨拶するヴィヴィアンの姿があった。

食事を配膳されると、目一杯匂いをかぐ。そして目をキラキラと輝かせた。

 

「今日も美味しそうだにゃ~♪」

 

犬や猫のように尻尾があれば間違いなくパタパタと左右に振っているだろう。それぐらい嬉しさの感情をヴィヴィアンは爆発させていた。

 

「不味くはないと思うがな。…というより、ここの連中の食に対するこだわりの低さが私としては未だに信じられんのだが」

 

作ろうと思えばこのように普通にそれなりのものは作れるのだが、どうもそれに対してアルゼナルの人員は能動的ではない。最近はそれでもチラホラと意識を改善する人員も出てきたのだが、それでもまだまだ道のりは遠いと言わざるを得なかった。

が、ヴィヴィアンにとってはそんなことどうでもいいのだろう。全身で嬉しさを爆発させている。そして、

 

「ねーねーシュバルツ、何かおまけして?」

 

と、厚かましいお願いをしてきた。

 

「またか?」

 

呆れながらも苦笑するシュバルツ。ヴィヴィアンのこのおねだりはいつものことだったからだ。

 

「いいでしょ? いいでしょ?」

「しかしな…」

 

チラッとある一点に視線を向けるシュバルツ。そこには、何処となく不満そうな顔をしてシュバルツとヴィヴィアンのやり取りを見ている、配膳待ちの隊員たちの姿があった。

 

「そんな贔屓はしたくないのだがな」

「いいじゃんいいじゃん! お願いだよぅ…」

 

そして今度は泣き落としにかかるヴィヴィアン。シュバルツとしてもそれが作戦なのは重々わかっているのだが、とは言え無碍に断れないのも事実だった。

 

(私もつくづく甘いな)

 

そうは思うものの、断れないのだから仕方ない。一つ大きく溜め息をつくと、厨房の隅にある業務用の大きな冷蔵庫のところまで下がり、何かを持ってきた。

 

「これで我慢しろ」

 

ヴィヴィアンのトレイに追加されたのは、お手製のプリンだった。

 

「やっりい♪」

 

今にも踊りだしそうなほどヴィヴィアンが喜ぶ。そして、

 

「あんがと、シュバルツ。大好きだよ!」

 

それだけ言い残すと、タタタとトレイを持って走り去っていった。

 

(さて…)

 

ヴィヴィアンを見送った後で振り返る。案の定、そこにはジト目や不満そうな顔でこっちを見ている、配膳待ちの隊員たちの顔があった。

 

「……」

 

内心ではゲンナリしたが、先程のやり取りからこういうことになるのは当然のことだった。彼女たちを説得…あるいは宥めすかすか、同じようにサービス品をつけることになるかはわからないが、落としどころを見つけるためにシュバルツは彼女たちのところに向かったのだった。

 

 

 

「あっ、あっ、あっ…」

「あっ、そこ、そこぉ…」

 

とある私室になんとも艶かしい声が木霊する。声の主はロザリーとクリスの二人だった。二人は横になってビキニの水着を纏っただけの格好で顔を真っ赤に上気させると、とろけるような笑みを浮かべてなすがままになっている。さて、二人が何故こんな状態かというと…

 

「やれやれ…」

 

ふうっと一息ついて呟いたのはシュバルツだった。その手はロザリーとクリスの二人の身体を交互に滑り、彼女たちの身体を解している。

 

「あー、気持ちいい…」

「ホントだね。病み付きになるのも無理はないよ…」

 

うっとりとしながら歓喜の声を上げる。シュバルツが何をしているか…いや、厳密に言えば何をさせられているかというと、マッサージであった。

シミュレーターの自主訓練を終えた二人は自室に戻る途上で偶然シュバルツに出会い、そのまま頼み込んで自室に来てもらったのである。

 

「全く、こんなこと誰から聞いたのだ?」

 

ロザリーの肩を揉み解しながらシュバルツが尋ねた。

 

「んー? オペレーターの連中…」

 

恍惚のままロザリーが答える。第一中隊の中ではシュバルツとの距離感が遠い部類に入るロザリーだったが、今は愉悦の只中にいるからか随分と気安い感じになっていた。

 

「あの三人か…」

 

引き続きロザリーの肩を揉み解しながら、シュバルツがパメラ、オリビエ、ヒカルの三人を思い浮かべた。

 

(恐らく、ビリヤードのときに施してやったマッサージのことを言い触らしたな)

 

すぐにそれに思い至った。

 

「…口止めしておくべきだったな」

 

現状を鑑み、シュバルツが溜め息をついた。そして一度ぎゅっと強く揉むと、今度はクリスへと手を滑らせる。

 

「あふぅ…」

 

腰や脇腹周辺を揉み解され、クリスも喜悦の溜め息を上げる。うっとりと上気したその表情が、どれだけこのマッサージが気持ちいいのかを雄弁に物語っていた。

 

「ゴメン。でも、前の花見酒のときの話じゃないけど、真面目に訓練しての疲労だから、少しは大目に見て欲しいな…」

「そうだぜ。ケチ臭いこと言うなよ…」

 

顔をだらしなく緩ませたままロザリーもクリスに追随した。施術を受けているクリスは先程までと同じようにあはぁとか、あふぅとかいう悩ましい声を上げながらシュバルツのなすがままになっている。

 

「…そう言われては如何ともしがたいな。わかった、毒を食らわば皿までだ。セクハラにならない程度に満遍なく全身を揉み解してやる」

「あは、あは、あはは、頼むぜ…」

「えへ、えへ、えへへ、お願い…」

 

全身を絶え間なく走る気持ちよさに身を任せながらロザリーとクリスは上気した顔で心底嬉しそうに答えた。その証拠というわけではないだろうが、口元がだらしなく広がって呂律も回らなくなっている。

そして二人はそれから暫くの間、この極上で至福の時間を味わえたのだった。

 

 

 

図書室。

この部屋を結構な頻度で利用するサリアが今日も訪れていた。目的は新たな戦術書や兵法書などである。

 

(これも読んだ…これも読んだ…)

 

何か目新しい、あるいは読み落としている本がないかとサリアは書棚に目を走らせる。その手には既にお目当ての本が幾つかあるようだが、まだ足りないのだろう。真剣に背表紙に目を走らせていた。そして上段の本棚に目を向けるために少し下がる。と、ドンと誰かの背中にぶつかってしまった。

 

「っ! ごめんなさい」

「いや、こちらこそ」

「えっ!?」

 

その声色に驚いて振り向くと、そこには予想通りの人物の顔があった。

 

「シュバルツ」

「サリアか」

 

シュバルツも手にしていた本をパタンと閉じるとそれを書棚に戻し、サリアに向き直った。ジャスミン・モールで何か買い物をしたのだろうか、手に小さな紙袋を持っている。

 

「勉強か?」

 

シュバルツがチラッと視線をサリアの持っていた本に向ける。場所が場所だけに、随分声のトーンを落として尋ねていた。

 

「え? え、ええ…」

 

サリアが手に持っていた幾つかの本を、ぎゅっと抱きしめるように抱え込んだ。

 

「…別に奪うつもりはないのだがな」

 

その行為に、少し呆れながらシュバルツが答えた。人様に所有権があるものを分捕るような真似をする気は毛頭ないからだ。

 

「え、ええ、わかってるわ。気にしないで」

「? まあ、いいがな」

 

本当にどうでもよいのだろう、シュバルツが全く興味なさ気に答えた。

 

「シュバルツこそ、ここに何しに?」

 

今度はサリアが尋ねる。

 

「無論、読書だ。この世界の歴史がどんなものか少し学んでいるところだ」

「そうなの」

 

何の為にと思わないでもないサリアだったが、向こうもこちらを察してか深く突っ込んでこなかったので、こちらも深入りするのは止める。

すると、今度はその手に持っている紙袋に自然と目がいった。

 

「ところで、それは?」

「これか?」

 

シュバルツが視線を紙袋に向けると、サリアがコクコクと頷いた。

 

「丁度いい」

 

紙袋を手から外すと、シュバルツはそれをサリアに差し出した。

 

「えっ!?」

 

何のことかわからず、サリアはシュバルツと紙袋に交互に視線を向ける。と、

 

「プレゼントだ」

 

と、まさかの言葉をシュバルツがその口から紡ぎだした。

 

「えっ!? プレゼント!?」

「ああ」

「わ、私に!?」

「? そうだが?」

 

思わぬ成り行きに驚くサリア。そのため思わず大きな声になってしまい、周りから冷たい視線を浴びることになってしまった。それに気付いたシュバルツが少し声を落せと言い、慌ててサリアが片手で口を押さえたのだった。

 

「珍しいな。お前らしくもない」

「ご、ごめんなさい…」

 

不可抗力で注目を集めてしまい、サリアは耳まで真っ赤になった。

 

「で、でも、何で? い、いや、嬉しくないわけじゃないのよ?」

 

らしくもなくあたふたしているサリア。全くの予想外なのだから、いくらいつも沈着冷静な彼女といっても仕方のないことではあるが。そんな彼女とは全く対照的に、シュバルツはいつもと変わらぬ様子だった。

 

「いや、特に理由はない。ただこれが思わず目に入ったとき、何となくサリア、お前に似合うだろうなと思ったのだ。お前、可愛い系が好きなようだしな」

「そ、その話はもう止めてよ…」

 

不意にシュバルツに精神的メンテナンスを見られたときのことを思い出し、サリアは真っ赤になってしまった。照れ隠しのためだろうか、シュバルツが差し出した紙袋を素直に受け取る。

 

「み、見てもいい?」

「ああ」

 

シュバルツの了承を得、サリアが中を覗き込んだ。

 

「わぁ♪」

 

喜色をたたえ、表情を崩す。中に入っていたのはシルバーのブレスレットだった。

 

「気に入ってもらえたようだな」

「うん♪ ありがとう、嬉しい♪」

 

本当に嬉しそうに紙袋を抱きしめるサリア。まさかこのアルゼナルでこんな経験が出来るとは思っていなかったのだから、喜びも一入だろう。

 

「金だけ持っていても仕方ないしな。特に欲しいものもないし、であれば、こういう使い方も悪くはない」

 

サリアの様子にシュバルツもふ、と軽く笑みを浮かべた。

 

「ではな」

 

軽く手を上げるとシュバルツがその場を後にした。ニヤニヤが止まらないサリアは、その姿が見えなくなるまでシュバルツの後姿を目線で追ったのだった。

 

 

 

「ほれ!」

 

ゾーラが酒を注いだグラスをずいっとシュバルツの目の前に差し出した。

 

(…やれやれ)

 

内心で呆れながらも、シュバルツはそれを手にする。そしてゆっくり味わうようにチビチビと飲み始めた。

 

「なんだい! みみっちい飲み方だねぇ」

 

シュバルツの飲み方が気に入らないのか、ゾーラが唇を尖らせる。

 

「そーだそーだ!」

 

そんな彼女に加勢するかのような囃し立てが、二人の脇から聞こえてきた。

 

「ベティ…」

 

声の主である第三中隊の隊長、ベティに苦笑するシュバルツ。

 

「そーだよな! そう思うよな、ベティ!」

 

対してゾーラはそんなベティに迎合して好き勝手なことを言い出した。

 

「男のくせにみみっちい!」

「そーだ、みみっちい!」

「飲みが足りない!」

「そーだそーだ、飲みが足りない!」

 

二人は肩を組んで酒を飲みながら、据わった目でシュバルツを刺すような視線で見ていた。これまでの言動からわかるように、随分出来上がっている。

どうしてこうなっているかというと、少し前に遡る。この日、隊長間ミーティングがあったのだが、それが終わって隊長三人でダベりながら歩いていると、シュバルツを発見したのだ。そして有無を言わさぬままゾーラの部屋になだれ込み、あれよあれよと酒盛りが始まったのである。

ちなみにそんなわけでヒルダは追い出されてしまい、この日はロザリーたちの部屋で過ごすことになったのだが、それはどうでもいいことである。

酒盛りが始まってから既に結構な時間が経ち、隊長たちは程よく酔っていた。ちなみにゾーラの名誉の為に言っておくが、彼女はそう簡単に酔うほど酒には弱くない。それなのに程よく酔っているのは、シュバルツが一緒ということを嬉しく思い、そのムードに酔わされている面が多分にあるためだと言っておく。

 

(やれやれ…)

 

仕方がない連中だと思わないでもないが、まあたまにはこういうのも悪くはないかと思い、ゾーラとベティを適当にあしらいながらシュバルツは酒を嗜んでいた。しかし、忘れてはいないだろうか。隊長はもう一人いることに。

 

「どうぞ」

 

ずいっと又新たに横からグラスが差し出された。視線を向けると、正面にはいないもう一人の隊長の顔があった。

 

「エレノア…。いや、今はまだこれが…」

 

まだ飲み干してないグラスを指差すシュバルツ。が、エレノアはニコニコ笑いながら、

 

「どうぞ」

 

と、同じ言葉を繰り返した。

 

「いや、だからな」

「どうぞ」

「まだこっちがな」

「どうぞ」

「私が手にグラスを持っているの、見えてるだろう?」

「どうぞ」

「……」

 

何を言っても同じ言葉しか繰り返さず、シュバルツは黙るしかなかった。仕方がないので明後日の方向を向いて、今手に持っているグラスを傾ける。と、

 

「! うおっ!」

 

いきなり物凄い力で引っ張られた。流石のガンダムファイターも、不意を突かれたためになすがままになっている。

そこには、ニコニコ微笑んだまま手にグラスを持っているエレノアの姿があった。

 

「私の酒が飲めないって言うの?」

 

表情こそ微笑んではいるものの、目が一切笑っていない。返答次第では捻り潰すわよと、その視線は雄弁に物語っていた。

 

「いや、そんなことは…」

 

身の危険を感じたシュバルツが慌てて持っているグラスを飲み干すと、エレノアからの振る舞い酒を手にし、それも結構なハイペースで飲み干した。

 

「…っく!」

「うふふ、嬉しい♪」

 

自分の振る舞い酒を飲み干したのを見て、エレノアは軽くパチパチと手を叩きながら楽しそうに(今度は本当に)笑った。が、当のシュバルツは速いペースで飲んだために少し頭がぐらついていた。

 

(く…)

 

軽く額を押さえると新鮮な空気を求めて大きく呼吸を繰り返す。と、目の前にどかどかとボトルが二本並んだ。

 

「……」

 

嫌な予感を感じながらも見上げる。すると、そこには相変わらずの据わった目でシュバルツを見ているゾーラとベティの姿があった。

 

「エレノアの酒が飲めて、あたしの酒が飲めないわけはないよなぁ?」

「同じく。あたしの酒が飲めないわけもないよねぇ?」

 

二人は、先程空になったグラスにそれぞれ新たに酒を注ぐ。そして、それを先程のエレノアと同じくずずいっとシュバルツの前に差し出した。

 

(この、酔っ払いどもめ…)

 

酔いが回ってき始めたシュバルツが内心で三人に悪態をつく。が、退路は断たれている以上選択の余地はない。半ばやけになりながらシュバルツは二人からグラスを受け取ると、先程と同じぐらいのペースでそれを飲み干したのだった。

 

『おぉー!』

 

三中隊の隊長三人から拍手をもらうがちっとも有難くない。狂宴はまだ始まったばかりなのだ。つい先程、たまにはこういうのも悪くはないと思ったシュバルツだったが、早くもそのことに後悔していた。

 

(明日の日の目は見れるのか…)

 

酔いの回ってきた頭で、シュバルツは今はそう考えることしか出来なくなっていた。

 

 

 

とある日の厨房、夕食仕込み時の一コマ。

その日、出撃のなかったシュバルツはいつものように夕食の調理に駆り出されていた。本日のメンバーもこの場で、あるいは他の場所で何度も顔を合わせたことがある連中ばかりであり、楽しく談笑をしながら仕込みを続けていた。無論、話題の中心となるのはシュバルツである。そんな和気藹々とした雰囲気の厨房だが、その空気にそぐわない当番が一人だけいた。

 

「チッ!」

 

その輪から少し離れた場所で、シュバルツと他の隊員たちを横目で見ながら忌々しそうに舌打ちしたのはヒルダであった。

 

「ホント鬱陶しいな、あいつ」

 

以前首を絞められて殺されかけたこともあって第一中隊の中で唯一明確にシュバルツを嫌っているだけに、ヒルダは本当に嫌そうな顔をしていた。

 

(大体、あの連中もあの連中だよ)

 

横目のまま、シュバルツに群がる隊員連中を冷めた目で見る。

 

(男だからってどいつもこいつも簡単に尻尾振りやがって。バカどもが)

 

シュバルツを中心に楽しそうに仕込みをしている隊員たちをイライラしながら横目で睨み、ヒルダも仕込みをしていた。と、

 

「あ痛!」

 

思わず指先に激痛が走り短い悲鳴を上げてしまった。見てみると左手の親指から血が滲んでいる。

 

(うわ、やっちまった…)

 

野菜の皮むきをしていたのだが、シュバルツたちに気を取られて自分の手も切ってしまったというわけだ。それほど深い切り傷ではなかったのが不幸中の幸いといったところだろうか。

 

(ったく、これもあのクソヤローのせいだ!)

 

八つ当たり以外の何物でもない悪態を内心でつきながらヒルダは傷口を舐めた。と、

 

「どうした?」

 

当の本人であるシュバルツがやってきた。

 

「あぁ!? 何でもねえよ!」

 

怪我した指を見られないように隠しながらヒルダはシュバルツをキッと睨み捨てて吐き捨てた。遠巻きにその様子を見ていた他の当番の隊員たちは、オロオロした様子で二人の様子を見ている。

 

「…成る程」

 

ヒルダとは対照的にシュバルツはいつもと変わらない。それが妙に余裕のある態度というかふてぶてしく見え、余計ヒルダをイラつかせるのだった。

が、そんなことなど思い至るわけもないシュバルツはヒルダを一瞥すると、

 

「指を刻んだか」

 

と、実に的確に正解を当てたのだった。

 

「ば、バカ言うな! ちげーよ!」

 

図星を突かれてヒルダが慌てて否定する。しかし、

 

「床に血痕が着いているぞ」

 

と、ヒルダの足元を指差した。その指摘にヒルダが慌てて見てみると、確かに小さいのだが床に血溜まりが出来ていたのだった。それも新鮮な。

 

(ゲッ!?)

 

有無を言わせぬ証拠を見せられ、ヒルダは思わず顔を顰めた。だが、シュバルツはそんなことはどうでもいいとばかりに振り返ると、

 

「すまんが、救急箱を持ってきてくれんか」

 

と、当番の隊員たちに声をかけたのだった。

 

「うん、わかった」

 

その中の一人がバックヤードに向かう。

 

「バカ、いいよ!」

「構わん、持ってきてくれ」

 

ヒルダが慌てて止めようとするが、即座にシュバルツがもう一度頼む。結果、隊員はバックヤードへと引っ込んだのだった。

 

「あっ、おい!」

「こっちはもういいぞ。仕込みを続けていてくれ」

 

その足を止めようとするヒルダ。対照的にシュバルツは仕込みの続行を隊員たちに告げる。隊員たちもそう言われ、次々に仕込みの作業に戻った。

 

「チッ!」

 

シュバルツの指示通り動く厨房内に、ヒルダは大いに不満そうな顔で舌打ちした。

 

「バカが、大袈裟なんだよ」

 

せめてもの意趣返しか、いつものように悪態をつく。

 

「お前一人の問題ならば、好きにさせたのだがな」

 

対してシュバルツは、こちらもいつものように落ち着いて答えた。

 

「食事を作る場所である以上、衛生的に放っておくわけにはな。お前も、他人の血が入ったかもしれない食事を食べたくはないだろうが」

「ケッ」

 

近くにあった丸椅子に腰掛けると、ヒルダが不満そうに吐き捨てた。と、救急箱を取りにいった隊員が戻ってきた。

 

「はい」

「すまんな」

 

受け取って礼を言うと、その隊員ははにかんだ様に微笑んでトコトコと仕込みの輪へと戻っていった。

 

「さて、患部を見せろ」

 

同じように近くに合った丸椅子に腰を掛けると、シュバルツが救急箱を開けながらヒルダにそう言った。

 

「ざけんな、自分でやるよ。テメェはもう戻れよ」

 

そう答え、救急箱に手を伸ばそうとするヒルダだったが、シュバルツがそれを遮った。

 

「何すんだよ!」

 

睨むヒルダ。が、シュバルツは些かも動じることなく、

 

「あまり手間をかけさせるな」

 

と、疲れたように溜め息をついた。

 

「はぁ!?」

 

相変わらずケンカ腰でヒルダがシュバルツを更に睨む。

 

「何なら、お前の身体の自由を奪って手当をしてもいいのだぞ。以前、アンジュがジャスミン・モールで転がっていた話、お前も聞いたことはあるだろう」

「うっ…」

 

そう言われ、実際に見はしなかったが確かに思い当たる節はあった。後で話を聞いて、思いっきり大笑いしたものである。だが、今度は自分がそうなるのなら話は別である。

 

「ほれ…」

 

ムスッとした表情のまま、ヒルダは手を差し出した。やっと差し出された患部をまずは消毒すると、シュバルツは絆創膏を貼って、包帯を巻いてとテキパキと手当てを施していく。

 

「…随分とうちの連中を手懐けたじゃないか」

 

手当てしている間、不敵に微笑んだヒルダがそんなことを言い始めた。

 

「一体、どうやって誑しこんだんだよ? ええ?」

 

ニヤニヤ笑いながら重ねて尋ねる。が、シュバルツは何も返答せずに手当てを終えると、蓋を閉めた救急箱で軽くゴンとヒルダの頭頂を叩いた。

 

「痛って!」

 

思わず頭頂を抑えるヒルダ。

 

「何すんだよ!」

「それだけ口が達者なら、もう心配は要らんな」

 

立ち上がったシュバルツは呆れたようにヒルダを見下ろしながら、救急箱を戻すためにバックヤードへと戻っていった。その背中に向かって、ヒルダは思いっきり舌を出して中指を突き立てたのだった。

 

 

 

「はああっ!」

「甘い」

「きゃっ!」

 

短い悲鳴を上げて、アンジュが地べたに転倒した。

 

「アンジュリーゼ様!」

 

傍らで二人の様子を見ていたモモカが慌ててアンジュに駆け寄ろうとする。が、

 

「余計な手出しは無用」

 

手を広げ、シュバルツはモモカにそれ以上こちらに来ないように押し止めた。

 

「で、でも…」

 

シュバルツとアンジュに交互に視線をやりながらモモカは何とかしてアンジュの元へと向かおうとする。しかし、

 

「そうよ。黙ってそこで見てなさい、モモカ」

「アンジュリーゼ様…」

 

当のアンジュにもそう言われ、モモカは渋々了承したのだった。口の中に砂でも入ったのだろうか、アンジュはペッと唾を吐くと、もう一度得物…格闘訓練用の木刀のようなものを手にした。

場所はアルゼナル郊外のある空き地、時間は昼下がりのとある一日。今日この時間、シュバルツはアンジュに請われて格闘戦の稽古をしていた。

ロザリーやクリス、エルシャのような後衛と違い、アンジュは前衛である。であれば、遠距離攻撃もそうだがそれと同じぐらい近距離攻撃も大事になってくる。それを磨くための鍛錬だった。そして格闘戦となれば真っ先に浮かんでくるのがシュバルツである。そのため、彼女がシュバルツに手ほどきを頼んだのは至極当然のことと言えた。

だが、もう始めてからそれなりの時間が流れているものの、一敗地に塗れるのはアンジュだけだった。しかしそれでもアンジュは怯むことなく、シュバルツに立ち向かってきていた。

 

(いい目をしている)

 

ファイターの血が騒ぐのか、一瞬だけだがシュバルツは嬉しそうに微笑んだ。

 

「さて、まだやるか?」

「当然!」

 

シュバルツをキッと睨み、アンジュが走りながら木刀を振りかぶった。

 

「やああっ!」

 

そして気合と共に振り下ろす。が、シュバルツはこともなげにそれを受け止めた。

 

「えいっ! やあっ! このっ!」

 

そして右から左から上からと連続で斬りかかる。しかし当然ながらその刃はシュバルツを捕捉することはなく、空しく空を斬るばかりだった。

 

(何でよ!? 何でただの一度たりとも掠らせることすら出来ないのよっ!?)

 

今まで幾度となく繰り返してきた光景にアンジュが歯噛みする。そんなアンジュの心の乱れが手に取るようにわかったのか、シュバルツが瞬時にしゃがむとその足をスパーンと払った。

 

「わっ!」

 

思わぬ攻撃に横倒しになり、アンジュは又も土に塗れた。

 

「注意力が散漫だな。剣の打ち合いとはいえ、体術を使ってはいけない決まりなどない」

「くっ!」

「アンジュリーゼ様!」

 

又もモモカが悲鳴を上げて近づこうとするも、

 

「来ないで!」

 

アンジュの鋭い言葉に、モモカの足は石のように固まってしまった。身体を起こすと、自分を見下ろしているシュバルツを見上げる。

 

「…して」

 

アンジュが小さい声で何かを呟いた。

 

「ん?」

「どうして、何度やっても同じ結果になるのよ。私ってそんなに成長してないの…?」

 

俯き、悔しさからだろうか、アンジュが地面をぎゅうっと握り締めた。

 

(成長はしている。が、いくら成長しているとはいえ、ただの戦士がガンダムファイターに格闘戦で勝てるわけはないのだがな)

 

それだけ、ガンダムファイターは常識や理解の範疇を超えた存在なのである。が、そんなことを言っても今一つ理解できないだろうし、それ以上に納得出来ないだろう。なので代わりに、今回の少し気がついた点をアドバイスすることにした。

 

「無駄なモーションが多いな。そんなものは文字通り無駄だ。削ぎ落として最小限の動きで攻撃をかけるように心がけろ」

「……」

「それともう一つ、心が千々に乱れすぎだ。心を乱せば勝てるものも勝てぬと知れ」

「……」

 

シュバルツの言葉は確かに届いてはいるのだろうが、それでもどこかしら納得はいってない様子だった。アドバイスは心がけてはいるが、それでも満足に立ち合えないのだから仕方ないのかもしれないが。

 

「さて、まだ続けるか?」

「当然!」

 

土の付いた顔を拭うとアンジュは立ち上がろうとする。が、その瞬間、

 

グ~ッ…

 

と、その腹の虫が鳴いた。

 

「やっ!」

 

真っ赤になって慌てて自分の腹を押さえるアンジュ。しかし、残念ながら後の祭りだった。

 

「ふふっ、丁度いい。一息入れるか。続きは休憩の後だ」

 

それだけ告げると、シュバルツはさっさと観戦者であるモモカに向かって歩き出した。

 

「ま、待ちなさいよ!」

 

アンジュも立ち上がると、慌ててシュバルツの後を追ったのであった。

 

 

 

「失礼する」

 

自動ドアが開き、シュバルツが司令部に入ってきた。

 

「おや、シュバルツ」

 

いつもの席に座り、これまたいつものようにタバコをふかしているジルが出迎えた。同じように、これまたいつもの定位置に座っているオペレーター三人がにこやかに手を振る。

 

「…監察官はどうした?」

 

パッと見て司令部内にその姿が見えず、シュバルツがジルに尋ねた。

 

「今日はもうお帰りだ。…何だ? 監察官殿に用があったのか?」

「いや、そうではないがな」

「そうか。…で、その手のビニール袋は何だ?」

 

ジルが指摘した通り、シュバルツの右手にはビニール袋が握られていた。ジャスミン・モールで買い物をした帰りなのであろう。

 

「これか?」

 

軽くその手を上げると、そのままシュバルツは真ん中の席の主任オペレーターであるパメラの元に向かった。

 

「あら、どうしたの?」

 

身体ごとシュバルツに向き直る。と、シュバルツが件のビニール袋をパメラに受け取るように促した。

 

「差し入れだ、お前たち三人にな」

「まぁ♪」

 

パメラが受け取ると顔を綻ばせる。そしてシュバルツの言ったことに、ヒカルとオリビエもすぐさまパメラの元へと飛んできた。

 

「わぁ、お菓子が一杯♪」

「嬉しい、ありがと♪」

 

その後は当然の如くきゃいきゃいと姦しくなった。

 

「随分と優しいじゃないか」

 

そんなシュバルツに司令席からジルが声をかけた。揶揄するかのようにニヤニヤと笑っている。が、こちらもいつものようにシュバルツは気にも留めた様子はない。

 

「そうか? 真面目に働いている者の労をねぎらうのは、別に悪いことでもないだろう」

 

そしてシュバルツは懐から何かを取り出すと、それをジルに向かって投げた。条件反射的にジルもそれをキャッチする。

 

「お前も少しは身体に気を使うのだな」

 

それだけ言い残すと、シュバルツは司令部を出て行った。シュバルツが出て行った後、ジルは自分が思わずキャッチした物の正体を確認する。

その手の中にあったのはタバコの形をしたチョコレート、シガレットチョコだった。

 

「…あいつめ」

 

ジルは吸っていたタバコを潰すとその箱を開ける。そして一本取り出すと口に咥えてみた。当然、何の味もしないのだが。

 

「フッ」

 

口から外すと、ジルはカバーを剥く。そしてポリポリと食べ始めた。

 

(久しぶりだな、チョコレートなんて)

 

思わずその味を懐かしみながら、ジルは一本目を食べ終えたのだった。

 

 

 

「それはそっち! これはこっちねー! 損傷が酷い奴から始めるよー!」

 

格納庫にメイの指示が響き渡る。そうしながら、メイは自分の肩をトントンと叩いた。

 

「ふぅ…」

 

思わず溜め息をつく。今日もまた、仕事は山積みである。

 

(こりゃ、あがるのはいつもより遅くなっちゃうかな…)

 

現時刻と現在の状況からそう判断すると、仕方ないかとばかりに諦めた表情を浮かべた。と、

 

「やっているな」

 

不意に声が聞こえ、メイが振り返った。

 

「あ、シュバルツー!」

 

その姿を確認すると、パタパタとメイが駆け寄る。いつもと違い、左右の手に風呂敷で包まれた結構大きな荷物を持っていた。

 

「どうかしたの?」

 

シュバルツの目の前まで来ると、メイは嬉しそうに微笑んだ。その様子に思わず笑みを浮かべたシュバルツは、

 

「差し入れだ」

 

と、その両手に持っていた大きな風呂敷包みをそれぞれその場に置いた。

 

「わ、ありがとう♪ 何なの?」

「夜食を作ってきた。文字通り、腹が減っては戦は出来ぬからな」

「シュバルツのお手製?」

「無論だ」

「みんなー、作業中断、集合!」

 

シュバルツの返答を聞くと、すぐにメイは号令をかけた。整備班の面々がすぐにメイの元へと飛んでくる。

 

「あ、シュバルツさん」

「どうしたんですか? 班長」

「ちょっと休憩! シュバルツが差し入れ作ってきてくれたんだって!」

 

メイのその言葉に、わあっと格納庫が喜びに包まれた。皆すぐに手や顔を洗いにいくと、即効で戻ってくる。その間に、シュバルツは風呂敷を開いて中にあったお重を取り出していた。

整備班の面々はウキウキとした様子で車座になる。そんな彼女たちに振舞うため、シュバルツはお重を崩して蓋を開けていった。

そこには主食のおにぎりを初めとして、卵焼きやソーセージ、唐揚げにポテトサラダや肉団子といった数々のおかずがぎっしりと詰められていた。

 

「はああああん…」

「いい匂い…」

「美味しそう…」

 

メイを初めとして整備班の面々が皆表情を崩す。そうしている間にシュバルツは、今度は紙コップを床の上に置くとそれに、これまた持参していた水筒からお茶を注いだ。そして、各隊員に渡していく。

 

「用意は出来たな。では、いただきます」

『いただきまーす』

 

計ったわけではないのだろうが見事に全員の声が重なり、格納庫は楽しい夜食の時間となった。談笑を楽しみながら、美味しい食事に舌鼓を打つ。

 

「ほらメイ、がっつきすぎだ。頬にご飯粒がついてるぞ」

 

そう言ってシュバルツがそのご飯粒を取ると、そのままぱくっと食べてしまう。そのことにメイは真っ赤になり、隊員たちはニヤニヤする。それに気付いたメイが真っ赤な顔のまま怒るが、隊員たちのニヤニヤは止まらない。

そんな一コマもありながら、和気藹々と楽しい食事は進んでいったのだった。

 

 

 

 

 

幾多のありえない奇跡が重なり、シュバルツがこのアルゼナルに落ちてきてから早数ヶ月。

最初は自分たちと同じノーマ(厳密に言えばシュバルツはこの世界の人間ではないのでノーマとは違うのかもしれないが)とはいえ、男であるシュバルツに興味津々な連中もいたが、それと同じくらい警戒や戸惑いを見せる隊員たちもいた。

しかし日々寝食を共にし、その言動や行動を目の当たりにした隊員たちは徐々に徐々にそういった警戒や戸惑いを解いていった。そして今では、アルゼナルのほぼ全ての人員がシュバルツをかけがえのない仲間だと、頼りになる男だと認識していた。

…そう、いつの間にかシュバルツという異物は、単なる異物からこのアルゼナルになくてはならない存在になっていたのである。

まるで病魔のように、少しずつ、ゆっくりと、確実にシュバルツという存在はアルゼナルを蝕んでいたのだ。

 

 

 

…しかし、彼女たちは知らない。知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別離のときがもう、すぐ目の前までやってきていることなど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当の本人であるシュバルツですら知らないのに、彼女たちが知っているわけはなかった。


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