機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

さて今回からは少しの間外の世界ですね。

じゃじゃ馬二人を救うべく、兄さんが大立ち回りをする予定です。

では、どうぞ。


NO.22 新たなる力

シュバルツが独房に収監されて数日後のある日。見張りの交替の為に独房に来た一人の隊員がおもむろに鍵を取り出すと、独房の錠を外した。

 

(ん?)

 

今日もまた多くの面会の相手をして疲れていたシュバルツが顔を上げて視線を向ける。と、

 

「外へ」

 

その隊員がそう促した。

 

「……」

 

シュバルツは無言で立ち上がると、ゆっくりと独房を出る。久しぶりの外だった。…もっとも、このアルゼナル自体が巨大な監獄のようなものだから、大きい意味ではあまり変わらないが。

そんなことを考えていると、その隊員が次にシュバルツの手錠に鍵を差し込み、その拘束を解放した。

 

「ふう…」

 

久しぶりに自由の身になり、手首をプラプラさせたり首を左右に折り曲げて身体を解す。

 

「これは、どういうことだ?」

 

そうしながら、シュバルツは己の拘束を解いた隊員にそう尋ねた。

 

「司令からのご命令です」

「ほぉ…」

 

帰ってきたのは予想通りの答えであった。ここの最高責任者がジルである以上、彼女の命令なくしてこんなことはありえないからだ。知りたいのは、何故、そんな命令を下したかだ。

 

(セキュリティに音を上げたか? あるいはまた何か新たな問題でも起きたか?)

 

そんなシュバルツの予想が当たっているかどうかを確かめる機会を、その隊員がくれた。

 

「司令がお待ちです。至急、司令の自室まで来るようにとのことです」

「やれやれ。自分で私を独房にぶち込んでおいてその言い草か。相変わらずだな」

 

シュバルツは苦笑したが、隊員としてはそんなことに同調できるわけもない。ただ、

 

「お願いします」

 

と言葉を続けるしかなかった。

 

「わかった」

 

シュバルツは頷くと、早々にその場を後にした。そしてシュバルツを見送ると、見張りの隊員たちもその任が解かれたのか、独房を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

「失礼する」

 

一声かけると、シュバルツはジルの私室へと足を踏み入れた。そこにはジルの他に、珍しく監察官であるエマも一緒にいた。

 

「来たか」

 

ジルはいつものように紫煙をフーッと吐くとそう言った。まるで先日シュバルツを独房へぶち込んだことなどなかったかのように極自然な口調だった。あまりの自然さに、エマが掛けている眼鏡をずり落とさせたぐらいだった。

そんなエマを尻目にシュバルツはツカツカと前に進み、ジルの手前で歩みを止めた。

 

「待っていたぞ」

 

ジルがもう一度紫煙をこゆらせた。本当に先日シュバルツを独房にぶち込んだとは思えないほど極普通である。流石は司令官、面の皮の厚さも一級品というわけだろう。

 

「待たせたのは事情が事情だったからだ。仕方なかろう」

「そうだったな」

 

悪びれる様子もなくジルが答えた。そしてそのまま灰皿でタバコの火を消す。

 

「では早速本題に入ろうか。シュバルツ」

「何だ?」

 

シュバルツが尋ねる。それに対して、

 

「アンジュとヒルダが脱走した。二人を見つけてここへ連れ戻して欲しい」

 

そう、ジルはシュバルツに己の用件を伝えた。それに対し、シュバルツは怪訝な表情になった。

 

「あの二人が、脱走?」

「ああ」

 

ジルは頷いた。

 

「本当なのか?」

「本当だ。監察官殿」

「はい」

 

ジルの後を引き継ぎ、エマが事情を説明する。

 

「先日、フェスタという当該施設での年に一度のお祭りがありました。その日、ローゼンブルム王国より慰問の使者が来られたのですが、アンジュ、ヒルダ両名はその中の最重要人物であるミスティ王女を人質に取り、ローゼンブルム王国の方々が御出でになるときに使われた輸送機を奪取して脱走したのです」

 

要旨を聞いたシュバルツは呆れとも驚きとも付かない表情に変わった。

 

「何とも…大胆な真似をするものだ。一国の王女を人質に脱走とはな。…その後の消息は?」

 

シュバルツがエマに尋ねる。

 

「ローゼンブルム王国郊外にヘリが乗り捨てられていました。ヘリ内部にて王女は確保しましたが、当然両名の姿はありません。その後の行方も杳として知れず、です」

「成る程な。行方の手がかりは?」

「恐らくは故国だろうな。あいつらと外の接点など、それぐらいしか思い浮かばん」

「アンジュはミスルギ皇国、ヒルダはエンデラント連合出身です」

「そうか」

 

あらかたの事情を理解したシュバルツが頷いた。

 

「そこでお前にあの二人の捜索と保護を頼みたい。アルゼナルは一般には知られていない存在だ。我々ノーマが大手を振って人間の住む世界へと行くわけにはいかない。単独行動を苦にせず、素の戦闘力の高さは言うに及ばない。隠密や潜入任務も得意で、何より男だ。お前以上の適任はいないからな」

 

そう説明すると、ジルが楽しそうに微笑んだ。

 

「確かに、私向きの仕事ではあるな。が、私がそれを受けると?」

「ん? どういうことだ?」

 

新たなタバコに火を点け、紫煙をこゆらせながらジルが尋ねた。

 

「つい先程まで独房にぶち込んでおいて、そちらの都合で一方的に解放して、そして仕事をしろだと? 都合が良すぎるとは思わんか?」

 

その言葉にエマはビクッと身体を震わせると、額にいや~な汗をかき始める。それは額だけではなく、背中にも滑り落ちていた。

対照的にジルはいつものふてぶてしい態度を崩さず、タバコを吸いながら楽しそうにシュバルツを見ている。

 

「仕事を頼むのはそちらの勝手だ。が、受けるかどうかはこちらの勝手だ。それに仕事を受けてもミイラ取りがミイラになりこともあるのだぞ」

「お前がそのまま同じように脱走するということか?」

「その通りだ」

「フッ」

 

ジルは表情を崩さず、タバコを灰皿で押し潰すとその火を消した。

 

「心にもないことを言うな」

「何?」

「お前は受けるさ。そして必ずここに戻ってくる」

「ほぉ…どういう根拠があるのか聞かせてもらおうか」

 

ジルはまた新たなタバコに火を点けると、いつものようにふーっと紫煙を吐いた。

 

「簡単さ。お前が甘いからだ」

 

少しだけシュバルツの眉が動いた。

 

「どういう…ことかな?」

「ふん、自分でわかっているだろうに、それでも私に説明させるつもりか。まあいい、言ってやる」

 

吸いかけのタバコを灰皿に置くと、ジルは正面からシュバルツの顔を見据えた。

 

「ノーマがこの世界でどういう扱いを受けるかはお前ももう十分知っているだろう?」

「ああ」

「あの二人はノーマだ。運良くそれがバレずに人間社会で生活していても、マナが使えない以上遅かれ早かれボロは出る。そうなればどうなると思う? 良くて暴行を受けてここへの送り戻し。悪ければそのままあの世行きだ」

「……」

 

シュバルツは黙ってジルの言葉を聞いていた。

 

「お前がそんな目に遭いかねない奴らを見捨てることが出来るものか。後方支援に徹しているだけとはいえ、何度その身を挺してうちの隊員たちを救った? 私は…我々はそれをこの目で実際に見ているのだぞ。お前が理不尽な暴力や脅威に晒される者を見捨てられるわけがない」

「…買い被られたものだな」

「そうかな?」

 

楽しげに表情を崩すと、ジルは灰皿に置いてあったタバコを取り、一度吸った。そしてまた灰皿にそのタバコを置く。

 

「それに、お前がアンジュたちと同じように脱走するのもありえん」

「何故だ?」

「お前のあの機体だ」

 

そこで一旦言葉を切った。出来れば触れたくない話題だろうに自分から触れてくるのは流石の女狐っぷりといったところだろうか。

 

「この世界に何の伝も情報もないお前でも、お前一人だけならばどうにかなるだろう。その超人的な能力でな。だが、あの機体はどうするつもりだ? どこかに隠すとして、それが見つからない保障など何処にもない。ならば破壊するか? エルシャたちから聞いたぞ。あの機体がどういうものか、お前自身にも見当がつかないそうではないか」

「そ、そうなんですか、司令!?」

 

そのことに余程驚いたのか、思わずエマが口を挟んだ。

 

「ええ。そんなブラックボックスの塊、どうやって破壊するつもりだ? 調査するにしても、相応の設備が外の世界で都合よく見つかるかな? …要するに、お前は我々と同じだ」

「同じ?」

「ああ。外の世界に居場所はない。居場所はここにしかないのだよ」

 

満足そうにそこまで言うと椅子に深く座り直し、腕を組んで再びジルはタバコを吸い始めた。切り札を全て切ったようだが、シュバルツは先程までのジルの指摘を冷静に分析していた。そして、

 

(50点だな)

 

そう、ジルの指摘に点数をつけていた。

 

(機体に関しての指摘は甘すぎる。隠密は私の得意中の得意分野だ。その気になれば余程ピンポイントで見つけようとでもしない限り見つけるのは不可能な隠し方は出来る。見聞きした情報によると、外の世界の連中は繁栄を謳歌するだけの、言っては悪いが堕落した連中がほとんどらしい。そんな連中の目を欺くことなど容易い)

(また、調査設備にしても一つ見落としている点がある。私が自前でそれらを造れないと思っているのか? 確かに私はまだ科学者としては父の足元にも及ばないが、それでも時間と資材があればそれなりの物は造る自信は有る。…もっともこれに関しては、技術の壁に隔たりがありすぎて、向こうで当然のようにあるものがこちらにはないために造れないという可能性が無きにしも非ずだがな。だが、その辺りに気付かないようではまだ甘い。しかし…)

 

シュバルツの頭を悩ませているのはもう一つの指摘だった。

 

(アンジュ、ヒルダ…)

 

二人の顔を思い出す。そして二人がノーマというだけで虐げられている光景も脳裏に浮かんでいた。それを考えると、

 

(見捨てることは…出来んよなぁ…)

 

内心で頭をガシガシと掻いた。最近関係が良好になったアンジュは当然だが、ヒルダとの関係はハッキリ言って悪い。だがそれでも、シュバルツはヒルダも見捨てられなかった。彼女たちが何かして…というなら百歩譲ってわからんでもない。が、彼女たちは何もしてないのだ。どうしてもというのならただ一点、ノーマとして生まれてきたことだけである。

しかし、これこそ理不尽な話であった。生まれはどうしたって変えようがないのに、それを認めようとせずにただ世界は排除するだけなのである。このまま放っておけば、間違いなく二人はジルの言ったように禄でもない結末を迎えるようになるだろう。そしてシュバルツは、それを変えることが出来る力があるのに何もしないで見過ごすような真似を良しとする男ではなかった。

この辺はシュバルツの人物を理解していたジルの勝ちである。

 

(良いように使われるのは業腹だが…)

 

それでも確かにあの二人を見捨てられはしない。単独の隠密任務なら確かに得意分野中の得意分野であり、先程ジルも言っていたがこのアルゼナルの存在は一般には知らされていないのだ。そんな連中が大手を振って捜索が出来るとは思えなかった。まして隊員たちはノーマなのだ。それこそ外の世界で虐げられる人数を増やすだけである。

 

(つまり、ジルの言った通り適任は私しかいないということか)

 

そこに思い至ると、シュバルツは諦めたようにふうっと息を吐いた。

 

「確かに、お前の言った通りだな」

 

せめてもの意趣返しに、半分だけはな、と、心の中で付け足したが。

 

「そういうことだ」

 

勝ち誇ったように、ジルがふーっと紫煙を吐いた。

 

「わかった。準備が出来次第、出よう」

「頼む」

「と、その前にだ。一つ確認したいことがある」

「ん? 何だ?」

「シュピーゲルのことだ」

 

シュバルツが刺すような視線でジルを見据えた。その言葉を聞いてもジルは態度を変えなかったが、代わりに傍らにいたエマは小さく身体を震わせたのだった。

 

「あれに手出しは…してないだろうな」

「ああ。もちろん」

 

ジルが鷹揚に頷く。

 

「言っただろう、悪いようにはしないと。大事に保管させてもらったよ」

 

そんなわけはないのはシュバルツも百も承知である。せっかく欲しいものを自由に出来るチャンスを得たのだ。ジルの性格から言って何もしていないわけはなかった。その結果どういうことになったとしても、それを正直に話はしないだろう。

 

(フッ、大した面の皮だ)

 

臆面もなくそう言いのけるジルに半ば感心してシュバルツは少しの間その顔を見据えていた。

 

「そうか、ならばいい」

 

そしてここからは少しの間、狐と狸の化かし合いである。

 

「安心したぞ。嬉々として手を出して、大変なことになってるかと思ったからな」

「ほう? どういうことかな?」

「ちょっとタチの悪いセキュリティを最近組み込んでな。知らずに手を出せば大変なことになる代物だ。お前のことだからてっきり手を出して、大変なことになっていると思っていたが…」

「フッ、まさか。私はそこまで愚かではないぞ」

「だろうな。散々忠告はしたのだ。それでも欲求に負けて手を出すのはただのバカ者だ。お前がそうでなくて安心したぞ」

「おいおい、見くびってもらっては困るな」

「そうだな、すまん。そんなバカがてっぺんだったら、下で働く連中はたまったものではないからな」

「フッフッフッ、全くだな」

「はははははははっ…」

 

実に白々しいやり取りの応酬である。当事者の二人はお互いの腹がわかっているのだろうか、このやり取りを楽しんでいる節さえあるが、もう一人この部屋にいるのを忘れてはいないだろうか。

 

(だ、誰か、助けて! それが無理なら、もういっそ殺して!)

 

エマは青い顔を俯かせて震えながら、この場に己がいることを呪っていた。

 

「さて、それではそろそろ失礼するとしようか」

 

そんなエマの願いが天に通じたのか、シュバルツが退出を言い出してきた。

 

「そうか。では頼む」

「ああ」

「一応、向こうには助っ人も用意してある。何かあったら連絡を取ってみてくれ。連絡方法は追って伝える」

「わかった」

 

頷くと、シュバルツはジルの私室を退出した。

 

 

 

「はぁ~」

 

シュバルツが出て行って扉が閉まると、エマがもう限界とばかりにその場にへたり込んでしまった。

 

「どうされました、監察官殿?」

 

対照的に、先程までシュバルツと相対していたジルはいつもと変わらぬ様子でまたタバコに火をつけた。

 

「どうされましたって…」

 

文句を言う気力もないのか、エマは疲れたようにジルを見上げる。

 

「よくあんな臆面もなく堂々とした態度で対処できましたね、司令。一応、部外者の立場でしたけど私のほうがどうにかなりそうでしたよ」

「これは失礼」

 

エマの告白に、ジルが楽しそうに微笑んだ。

 

「ですがあいつもこっちが大嘘ついてるのは良くわかってたでしょう。ま、言葉遊びみたいなものですよ」

「そんな軽くて平和的なものじゃなかったですけどね…」

 

それだけ言うとエマはフラフラと立ち上がり、のそのそと歩き出した。

 

「どちらへ?」

「部屋に帰って休みます。まだ日は高いですが、もう今日は何もしたくない…」

「そうですか。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした、司令」

 

ゆっくりとドアを閉め、エマもジルの私室から退散したのだった。

 

「……」

 

誰もいなくなった私室で机に足を投げ出すと、ジルはまた新しくタバコに火を点け紫煙を吐く。ゆらゆらと上っていく紫煙を見上げながらボーっと天井を見つつ考え事を始めた。

 

(暫くの間は、静観するしかないか…)

 

考えているのはもちろんガンダムシュピーゲルのことである。実際大変だったのだ、シュピーゲルのセキュリティとの戦いは。

叩いても叩いても復活するわ増え続けるわ、それでさえ大変なのに気がついたらそれまでの対処方法を上回って侵入しようとしてくる。今までで一番の修羅場と化した格納庫には怒号がそこかしこに響き渡り、ついには泣き出す者さえ出る始末だった。あまりの惨状に、最後はケーブルを引っこ抜くという物理的な力技でどうにか食い止めたほどである。

 

(あんなものを組み込むとはな)

 

思わずギリッと歯軋りしてしまうジルだった。結果、ここ数日は整備班をはじめそれなりの人数の隊員たちが使い物にならなくなったのだった。ドラゴンたちの襲撃がなかったからいいようなものの、もし襲撃されていたら敗北しかねない危機だったのである。

…もっとも、それでもしっかりとフェスタを満喫するあたり、非常に逞しい隊員たちであったが。

 

(…違う、そんなことはどうでもいい)

 

思わず思考が横道にそれ、ジルはぶんぶんと頭を振った。

 

(いっそのこと、前にメイに言ったように正直に打ち明けて協力を仰ぐか?)

 

その考えに辿り着く。そしてそれが一番良いような気がしてきた。実際問題、シュバルツの組み込んだセキュリティはアルゼナルの総力を挙げても破れなかったのだ。その時点でシュピーゲルを独自に調査できる可能性は皆無になったといっていい。いくらすごいものであっても、絵に書いた餅ではどうにもならないのだ。懸念があるとしたら一つだけ。

 

(こちらが正直に手札を明かして、そしてあいつが素直に協力してくれるか、だ…)

 

そこだった。向こうが余計な情報を与えたくないのと同じように、こちらも余計な情報は与えたくない。それを晒して手を組んでくれるのならともかく、拒絶されたときのことを考えるとどうしても二の足を踏んでしまうのだ。

 

(まあいい)

 

最後にもう一度だけふーっと紫煙を吐いてこゆらせると、ジルはタバコを灰皿で潰した。

 

(取り敢えずはアンジュとヒルダを連れ戻して帰ってくるのを待つか。結論が出るか出ないかはわからないが、その間にゾーラやメイたちと諮って方針を決めるのも良かろう)

 

とりあえずそう結論付けると、ジルは固まった身体を解すように首を左右に捻ったのだった。

 

 

 

 

 

アルゼナル近海、海底。

海の底を真っ直ぐ進む影があった。もちろんそれは生身の人間でなければ潜水艦のようなものでもない。漆黒の人型の機影、ガンダムシュピーゲルである。

 

「……」

 

乗っているのは当然シュバルツである。ジルの私室を出てから用意を整え、久しぶりに見た愛機に機乗するとそのまま海に潜り、目的地に向けて海底を進んでいるのだ。

 

(しかし…)

 

思わず笑みが浮かぶ。シュバルツは出発する前のことを思い出していた。必要品を持ってきたり、機体のチェックなどの準備を整えていたら、不意にメイたち整備班に呼び止められ、思いっきり謝罪をされた。

ジルの言ったことなどハナから信じてはいなかったが、やはりシュピーゲルは調査されていたようだった。そしてそのことを謝ってきたのだ。

その勢いに少々圧倒されつつも、上が白を切ってるのに下がこれではなあと思ったが、その素直さに思わず笑みを浮かべて気にするなと言っておいた。

かと思えば、残ってる第一中隊の面々のうち半分ぐらいがやってきて、アンジュとヒルダのことを宜しく頼むと頭を下げてきた。

迂闊なことは言えないが、それでも全力は尽くすと答えて出撃したのだ。彼女たちにとって見ればあの二人は自分たちを裏切ったようなものなのに、それでも頭を下げてくるのだからなんとも人が良いことだと思い、また笑みが浮かんだのだった。

そんなことを考えながら海底を進むシュピーゲル。そうしながら、シュバルツは改めて各部のチェックをしていた。

 

「良くもってくれたな、ガンダムシュピーゲル」

 

自身の組み込んだセキュリティにそれなりに自信はあったが、それでも結果が出るまでは不安なものである。そしてその結果、自身の目論見通りに防ぎきってくれたことにシュバルツは改めて愛機に最敬礼した。そして引き続き各部のチェックをする。と、

 

「ん?」

 

一つ気になる箇所を見つけた。

 

(兵装欄に見たことない項目がある…)

 

不思議に思いながらもシュバルツはコンソールを操作してそれを確認する。そこには確かに、今までにはない兵装が追加されていた。

 

「ブレード…レーザー…?」

 

読み上げる。次にその、いつの間にか追加されていた兵装についての説明に目を通した。

 

(シュピーゲルブレードの先端から発射されるレーザー砲だと?)

 

立ち止まると、シュバルツはそれを試してみる。丁度少し先に岩礁があったのでシュピーゲルブレードを展開し、それに狙いをつけて発射してみた。

すると確かに照準通りにレーザーが照射され、ターゲットとした岩礁が木端微塵に破壊されたのだった。

 

「これは…」

 

思わず驚く。兵装としての威力も十分だが、それ以前に、何故こんな兵装が追加されたのかだ。

思い出す。一番最後に乗ったのは独房に入れられる前、あの重力ドラゴンが出てきたときだ。その時には確かにこんな兵装はなかった。いつものアイアンネットにメッサーグランツ、シュピーゲルブレードだけだったはずである。それは間違いない。

となると、この兵装が追加されたのはその後から今までの間である。そしてその間に起こったことと言えば…。

 

(あの変化と、未遂とはいえアルゼナルによる調査か…)

 

その二つだった。そしてどちらが関係ありそうかといえば、言うまでもなくあの変化のほうである。

 

(…いや待て)

 

それと関連付けて考えようとしたところで不意にある要素を思い出した。第三の選択肢、それは…

 

(自己進化…)

 

そこに思い至ると、あの三つのメーターのうちのOEに視線を向ける。自己増殖・自己再生より1%だけ高い数値のそれが、第三の選択肢だった。

 

(これまでの戦闘データから自己進化を起こし、遠距離兵装が追加された…。ありえない話ではないが)

 

それでもやはり一番に来るのはあの変化だった。

 

(あるいはその複合技か)

 

あの変化が起こったことで自己進化に何らかの影響を与え、そしてそれによりこの兵装が追加された…。

 

(これもありえない話ではないな)

 

というより、この機体のことを考えれば十分にありえる話だった。が、取り敢えずそれは置いておくことにする。

 

(調査が出来ない以上、いくら頭を捻っても推論の域を出ん。全ては一度全体を調査してからだ)

 

取り敢えず今は、この新たなる力に感謝することにしよう。シュバルツはそう結論付けて再び潜行しだしたのだった。

 

 

 

 

 

同じ頃、この世界にある国家の一つ、エンデラント連合にて。

とある長閑な田園風景の道を一人歩くヒルダの姿があった。その格好はアルゼナルの制服でもなければパイロットスーツでもない、淡いピンクのワンピースである。いつもとは違う穏やかな雰囲気に、実にマッチした装いだった。

 

「……」

 

11年ぶりの外の世界、それも懐かしの我が家に程近い場所である。ふとヒルダは足を止めると、近くに生えていた林檎の木から実を一つもぎ取り、口に運んだ。

母親が良く作ってくれたアップルパイ。懐かしい味と共に、昔の記憶が蘇る。

 

『ヒルダ!』

『返して! 娘を返して!』

 

降りしきる雨の中、連行されていく自分を追い求めて走ってくる泥だらけの母親の姿を。

 

「……」

 

そのことを思い出して沈んだ表情になったヒルダだが、すぐに顔を上げた。その表情は先程とは違い、穏やかなものになっていた。

 

「ママ…」

 

歩き出す。故郷はもうすぐである。そしてどれだけ歩いただろうか、今でもよく覚えている近所の風景が目に飛び込んでくる。そして…

 

「……」

 

ヒルダはある一軒の民家の前でその歩を止めた。11年前と同じ、いや、月日の分だけ古びてはいるものの、それ以外は自分の記憶の中と同じ姿の懐かしの我が家だった。

確かめるようにキョロキョロと辺りを見渡す。そして間違いないことを悟ったのだろうか、

 

「ママ、ママ!」

 

ヒルダは嬉しそうに顔を綻ばせると早足で玄関へと向かった。そしてドアノブに手を伸ばす。一瞬険しい表情で躊躇するが、それでもアルゼナルを脱走したときからとっくに腹は決まっていたのだ。ヒルダはドアのノブを回すと、11年ぶりに生家への帰還を果たしたのだった。

中に入り、懐かしの我が家を見回す。所々古びているが変わってはいない。

 

「あ…」

 

ヒルダはあるものを見つけると、小さめのテーブルの上にあるそれ…オルゴールに歩み寄った。そして蓋を開く。すると、昔と変わらない懐かしい音色が流れ出した。

 

(帰って…きたんだ…)

 

昔を懐かしむようにその音色に耳を傾ける。その時だった。

 

「どなた?」

 

家の奥から声が聞こえる。ハッと息を呑むとヒルダは声のした方に振り返った。そこに現れたのは、実に11年ぶりに顔を合わせることになった彼女の母親だった。その姿にヒルダは思わず息を呑む。

 

「マ、ママ…」

 

目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 

「え?」

 

対して母親…インゲは不思議な表情になって首を傾げる。

 

「あたし…あたし…」

「ああ、娘のお友達?」

 

ヒルダは思いを伝えようと近寄る。が、インゲは勘違いしたのかヒルダをそう判断した。まあ、実の娘とはいえ11年ぶりの再会では仕方のないことといえる。

 

「い、いえ、あたしは…」

「まあまあ、いらっしゃいませ」

 

11年ぶりの再会にもどかしいぐらいに上手く自分の気持ちを伝えられないヒルダを、インゲはもう客として認識していた。マナの力を使い、締め切っていたカーテンを開けて室内に光を入れる。

ドアにかかっていたカーテンが開いたのと同時に庭へと続くドア自体も開き、穏やかな光と風が室内に入り込んできた。

 

「ゆっくりしてってくださいね。あの子、もうすぐ帰ってくるから」

「えっ…?」

 

その言葉に思わずヒルダが首を傾げる。ここで少しでもこの言葉に違和感を覚えることが出来ればあるいはその後の惨劇は回避できたかもしれない。事実、いつものヒルダなら出来もしただろう。しかし今のヒルダは戦士ではなく一人の少女に過ぎなかった。そんな彼女にそんな芸当を求めても、それはどだい無理というものだった。

 

「あ、そうそう。もうすぐアップルパイが焼きあがるの。あの子の大好物なのよ」

 

うふふと笑うと、インゲはそのまま家の奥へと入っていく。

 

「アップルパイ…ママ」

 

ヒルダは嬉しそうな懐かしそうな表情で笑みを浮かべた。そしてそのまま庭に出る。

お茶やお菓子を楽しむテーブルセットも、植えられていた林檎の木も変わってはいなかった。ヒルダはその林檎の木にこつんと額をつける。

 

「帰ってきたんだ、あたし…」

 

自然と涙が溢れ出すのを止められなかった。どれだけそうしていただろうか、ヒルダはようやくに涙を拭うと椅子の一つに腰を下ろした。先程まで晴天だった空だが、いつの間にか厚い黒雲が空を覆い始めていた。感動の再開には似つかわしくない空模様に変わっているが、

 

「わからないよね。こんなに大きくなっちゃったんだもん」

 

ヒルダはそんなことは構わず成長した己の身体をしげしげと見下ろしていた。

 

「ごめんなさい、お待たせしちゃって」

 

その声に弾けるように顔を上げると、インゲが焼きあがったアップルパイと共にティーセットを持ってヒルダのところへとやってきた。

 

「さあ、召し上がれ」

 

テーブルの上にそれらを置く。

 

「気をつけて、焼き立てだからね」

「うん」

 

切り分けられたアップルパイをさらにナイフとフォークで一口サイズに切り、ヒルダが口に運ぼうとする。が、そこで不意に動きを止め、母親であるインゲを見た。

 

「ん?」

 

ヒルダの視線に気付いたインゲが微笑みながら顔を向ける。

 

「あの、あたし、あたしは…」

 

フォークとナイフを置いたヒルダが、困ったような表情で自分のことに言及しようと口を開いたその時だった。

 

「ヒルダ」

 

インゲが彼女の名前を呼ぶ。が、おかしなことにその視線の先は目の前のヒルダではない。

 

「えっ?」

 

どういうことなのかわからずに思わず口を噤んでしまう。すると、家の中から見知らぬ女の子が走って出てきた。

 

「只今、ママ!」

 

インゲにヒルダと呼ばれたその少女は、インゲに帰ってきたことを告げる。

 

「お帰りなさい。学校早かったのね、ヒルダ」

 

そう言われ、突然現れた少女のヒルダは嬉しそうに微笑んだ。その一連のやり取りに、ヒルダは思わず口を噤んでしまった。

 

「ママ、お誕生日おめでとう」

「まあ、覚えていてくれたの?」

 

少女のヒルダは後ろ手に隠し持っていた、ラッピングされた一輪の花束を渡す。受け取ったインゲは嬉しそうにすると少女のヒルダを抱きしめた。

 

「どうして…」

 

その後、仲むつまじい親子のやり取りが暫く行われた後、呆然とした様子でヒルダが立ち上がった。

 

「何で、何でこの子がヒルダなの?」

 

そう言われても何のことかわからず、インゲと少女のヒルダは訝しげにヒルダを見ることしか出来なかった。

 

「ヒルダはあたしよ! あたしがヒルダ! ヒルデガルド=シュリーフォークト!」

 

ヒルダが名乗ったその名は、インゲを驚愕させるのに十分だった。息を呑むと大きく目を見開く。

 

「11年前に離れ離れになった、ママの娘よ…」

 

少しの間その場に沈黙が流れる。そして、

 

「生きて、いたの…?」

 

インゲの手から少女のヒルダに渡された花束が落ちた。

 

「ママ…」

 

呟くように母を呼ぶヒルダ。しかし、返ってきたのは到底彼女の望んだ言葉ではなかった。

 

「何で、帰ってきたの…?」

「な、何でって、逢いたかったから! …ママに」

 

とても感動の親子の対面とは思えない不穏な空気が周囲に流れる。そして、

 

「帰って」

 

それは現実のものとなった。

 

「早く帰って! 二度と来ないで!」

「! ママ…」

 

母親からの拒絶の言葉に目を剥いて絶句するヒルダ。

 

「ママじゃないわ。私の娘はこの子だけよ!」

 

追い打ちを掛けるようにインゲは傍らにいる少女のヒルダに抱きついた。

 

「ママの娘…生きていた…? ! まさかこの人、私のお姉さん!」

 

呟くように口にする少女のヒルダ。そんな彼女に対する返答は、血の滲むような苦労をしてここまで辿り着いたヒルダを再び奈落の底へと叩き落すものだった。

 

「違うわ。こいつは化け物よ!」

「化けも…の?」

 

母親からのまさかの言葉にヒルダが真っ青になって呟く。

 

「いやあああっ!」

 

少女のヒルダが思わずマナの力で防壁のようなものを作る。が、当然のようにそれはヒルダに触れると薄いガラスのように音もなく割れてしまった。

 

「ノーマ…いやあっ、ノーマぁっ!」

 

そして叫び声を上げた少女のヒルダは、そのまま気を失ってしまった。慌ててインゲが膝を着き彼女を抱きかかえる。

 

「ヒルダ! ヒルダ!」

 

声を掛けるが当然のように反応はない。インゲはその場にゆっくりと彼女を横たえた。

 

「ま、ママ…」

「来ないで!」

 

インゲに近づこうとしたヒルダの足を、そのインゲの刺すような怒号が止めた。

 

「やっと悪夢を忘れて、幸せになれたのよ…。その幸せを奪わないで」

 

そしてゆっくりと振り返る。

 

「…ねえ、どうしようもないことってこの世の中にあるわよねぇ。あるでしょ!?」

 

振り返った母の顔に、ヒルダの瞳が揺れた。インゲは立ち膝のままヒルダに二・三歩近づく。

 

「私がノーマを生んだのも。貴方がノーマなのも」

 

そしてゆっくりとそのまま土下座をする。

 

「帰って。貴方が来たのは誰にも言わない。約束するから。約束…」

 

必死に懇願するその姿は、母が娘にするそれにはとても見えない。言うなればそれはまさしく化け物に許しを乞う姿だった。広がっていた黒雲から雨が降り始め、当事者たちを瞬く間に濡らしていく。

 

「っ…っ…」

 

ヒルダはその目に涙を浮かべてガックリと膝から崩れ落ちると、言葉にもならない嗚咽を漏らした。

 

「ママ…酷いよ…」

「帰れって言ってるでしょ!」

 

耐えられなくなったのか、突然インゲが暴発した。そして幽鬼のようにフラフラと立ち上がる。

 

「あんたなんか…あんたなんか、生まれてこなきゃ良かったのよ! 早く私の前から、消えてよーっ!」

 

そう言って投げつけたのは、かつての思い出の一品であるアップルパイ。ヒルダは動くことすら出来ず、それを雨に濡れたワンピースの胸元で受け止めることとなった。

 

「…っ!」

 

ヒルダはもう何も言えず、涙を堪えながら立ち上がるとその場を走って後にする。敷地内を出たところが限界だった。ヒルダは大粒の涙を流しながら大声で泣いたのだった。

 

 

 

 

 

「……」

 

絶望の中、ヒルダが虚ろな表情で当てもなくフラフラと歩く。降りしきる雨は止むことなく、ヒルダの全身を濡らしていく。

そんな彼女の横をサイレンを鳴らしながら二台のパトカーが通り過ぎていった。と、少し離れたところでそのパトカーが停車し、警官が下りてくる。そしてヒルダに走って近寄ると有無を言わさず殴る蹴るの暴行を加えた。何故こうなったのか…それは言うまでもないことだろう。

ボロ雑巾のようになったヒルダが灰色の空を生気のない遠い目で眺める。

 

「妹に…逢えたかな…アンジュ…」

 

その一言と共に、ヒルダは己の意識を手放したのだった。


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