今回は前置きは特になし。続きをご覧ください。
では、どうぞ。
「……」
シュバルツを独房まで連行してきた警備班の隊員が黙って独房のドアを開ける。そして、その中に入るように促した。
「……」
シュバルツも無言でゆっくりとその中に入る。そして入ったところで施錠され、そのままその警備班の隊員たちが見張りに付いた。
(久しぶりだな、ここも)
この世界に落ちてきて以来の独房に妙な感慨にふけると、シュバルツは備え付けの簡素なベッドの上に腰を下ろしたのだった。
「こっちに移動させてー! …よーし、いいよ!」
場所は変わり、こちらは格納庫。詰め寄ったり憮然としたり、ショックを受けていた第一中隊の面々を何とか送り出し、メイは今陣頭指揮を執っていた。
各パラメイルをいつもの定位置から移動させ、少々広いスペースを作る。そして、あるものを格納庫に運び込んでいた。
それは言うまでもなく、ガンダムシュピーゲルである。シュバルツが拘束されて連れて行かれた後、すぐにジルからシュピーゲルを解析・調査するように指示があったのだ。
そのため、こうやって整備班の人員を総動員してパラメイルを移動させてスペースを作り、その開いたスペースにシュピーゲルを誘導して今、所定の場所に設置したのである。
「はぁ…」
シュピーゲルを見て、メイは思わず溜め息がこぼれた。と、
「班長!」
部下の整備班員たちがメイの元にやってくる。
「移動、完了しました」
「うん、そうだね。それじゃあ、続いて準備して」
そう指示するものの、いつものメイらしくない沈んだ口調だった。
「あの、班長…」
気になった一人がメイに尋ねる。
「んー?」
「ひょっとして、あまり乗り気じゃないんですか?」
「まあね」
苦笑すると、メイはシュピーゲルを見上げた。
「こんな火事場ドロボーみたいな真似、本当ならしたくないよ。ジルの…司令の言うこともわかるんだけどさ。でもねぇ…」
そしてまたメイが一つ溜め息をついた。
「シュバルツにはこれまで何度もお世話になってきたのに。いっぱい皆を助けてくれたのに。その恩を仇で返すような真似、したいわけないだろ?」
そして弱々しく微笑む。その表情からはメイの苦悩が手に取るようにわかった。
「班長…」
「心配しないでよ、仕事はちゃんとやるから。さ、皆で準備に取り掛かろ? ね?」
「は、はい。それでは失礼します」
「うん」
班員たちがその場を立ち去ると、メイはもう一度シュピーゲルを見上げる。そして三度目の溜め息をつくと、作業をするために自分も重い足取りで歩き出したのだった。
程なく準備も完了して、アルゼナルのシステムとコードで繋がったシュピーゲルがその姿を現すことになった。
「皆、どう?」
メイが通信を開いて各所の隊員たちに状況を尋ねる。
『頭部周り、オッケーです!』
『腕部、準備完了しました!』
『こちら胴体周り、いつでもどうぞ!』
『脚部、接続完了!』
「わかった。それじゃあ起動させるよ」
各所の報告を聞き、準備が整ったことを知るとメイはシステムを起動させる。すぐに動き出すと、システムが唸りを上げてシュピーゲルを分析し始めた。が、それはすぐに中断することになる。警報と共に、エマージェンシーを告げる赤いランプが明滅しだしたのだ。
「な、何!?」
メイを始め、隊員たちが驚いたように周囲を見回す。セキュリティプログラムは当然組み込んでいるはずだから行き止まることがあるのは重々承知していたが、それでもいきなり止まるのは予想外だった。と、幸か不幸かメイの目端がシステムのモニターを捉えた。
「な、何だよこれー!?」
驚いたメイの叫び声に、隊員たちが慌ててメイの元へと集合したのだった。
「司令!」
再び場所は変わって司令部。一仕事を終えて戻ってきたジルにエマがムッとした様子で立ち上がった。
「いきなりいなくならないで下さい!」
「申し訳ありませんでした、監察官殿」
先程、後のことをいきなりぶん投げられたエマは怒っているが、ジルは一向に意に介した様子はない。表面的に頭を下げただけですぐに自分の席に戻った。
「どちらに行かれていたんです?」
当然ながらエマが行き先を尋ねた。ジルはタバコに火をつけ、ふーっと煙を吐き出すと、
「シュバルツのところへ」
と、隠すこともなく答えた。
「先程の件の事情でも聞きにいったんですか?」
行き先を知ったエマが続けて尋ねる。と、
「まさか」
ニヤリと笑うとジルはもう一度タバコをふかした。
「拘束してきました。今頃は独房の中でしょう」
「えっ!?」
エマが驚きの声を上げたが、これはオペレーターの三人も同じだった。声こそ上げなかったが、一斉に振り返ってジルを見上げる。
「…よく、拘束できましたね」
それがエマの偽らざる本音だった。シュバルツの実力の高さはエマも十分理解しているからである。実力行使をする展開になったらこちらが勝てるとは思ってもいなかった。なのに拘束できたということは…
「ええ。大人しく従ってくれましたのでね」
果たしてエマの予想通りの答えがジルの口から返ってきた。
「あいつも色々と思うところはあるのでしょう。それに…」
「? それに?」
「あ、いえ」
軽く首を左右に振ると、ジルはタバコを灰皿で潰した。
(それに、あいつも随分とうちの連中に情が移ってたみたいだからな)
先程、警備班を引き連れてシュバルツを包囲したときのことをジルは思い出していた。さすがに相手が相手だけに感情を読み取るのは困難だったが、それでも隊員たちに手を上げたくないというのは感じ取ることが出来た。表情からだけではなく、全身の雰囲気からであったが。だがそれだけでも、判断するには十分な材料だった。
「でも、大丈夫ですか?」
まだ心配事があるのか、エマが再び質問を重ねた。
「何がです?」
ジルが聞き返す。
「脱獄とかされません? その気になれば彼ならいくらでもその手のことは出来そうですけど…」
「その心配はないと思いますよ」
エマの懸念にジルは首を左右に振って否定した。
「何故です?」
「簡単です。そんな気があるなら最初から捕まるような真似はしないでしょう。監察官殿もご存知のように、あいつの力量・実力の高さは折り紙つきです。その気になれば私が拘束しに行ったときに我々を蹴散らして離脱することも十分可能なはずです。しかし奴はそれをせずに、こちらの要求に大人しく従った。それは逃亡をするつもりがないということの、何よりの証拠になりませんか?」
「成る程…」
ジルの説明にエマも納得いったのか、顎に手を当てて何度も頷いた。
(もっとも、それもブラフかもしれんがな)
こちらを油断させておいて隙を見て…確かにありえる話である。が、ジルは反面、それはないとも確信していた。
(シュバルツのことだ、そんな回りくどい真似はしないだろう)
今までそう深くはないがジルなりにシュバルツと付き合い、シュバルツの人となりを見てそう判断していた。先程、シュバルツに情が移った云々と考えていたジルだったが、それは自分たちも同じことだった。知らぬ間にシュバルツは随分とアルゼナルに溶け込んできていたのである。
『ジル!』
そんなことを考えているときだった。メイから急に通信が入ってきた。
「メイか。早かったな。もう終わったのか?」
『それどころじゃないよ!』
その口調、その表情からは唯一つ、焦りの色しか伝わってこなかった。
「どうした?」
流石にジルも異変を感じて重ねて尋ねる。
『応援よこして! システムが乗っ取られそう!』
「何だと!?」
いくらなんでもそれは予想外だったのか、ジルも驚愕に目を見開く。さらに現状を正確に伝えるためだろうか、メイは詳細を報告し始めた。
『システムと接続して起動してからすぐにエマージェンシーになったんだ! そしたらシステムのモニターにアルファベットで“UG”っていう文字が無数に浮かんできて、そしたらいきなりこっちのシステムに介入してきて、分析・解析を弾くどころかこっちを乗っ取ってきたんだよ!』
「現状は?」
冷静さを欠いたら終わりだと判断したのだろう、ジルは努めて口調を抑えながら尋ねた。
『私をはじめ、皆で対処に回ってるけど、防戦一方! どころか、徐々に圧されてる!』
そのメイの言葉を裏付けるかのように、彼女の後ろでは怒号が飛び交い、慌しい様子なのが手に取るようにわかった。
『だから悪いんだけど、非番中の他の整備班をよこして! それと出来れば、隊員の中で機械に詳しい連中も!』
「わかった。すぐに手配する」
『お願い!』
そこまで伝えるとメイは慌しく通信を切った。恐らくこれからすぐに対処に回るのだろう。
「オリビエ、非番中の整備班に伝達。すぐに格納庫に向かうように伝えろ。それと、機械関係に強い連中も格納庫に向かうように合わせて伝えろ」
「はい」
オリビエが言われた通りにアルゼナル全域に通信を入れた。指示を出したジルが額を押さえると椅子に身を預け、ふーっと大きく長く息を吐いた。
「だ、大丈夫なんですか、司令!?」
ジルの横にいるため、嫌でも通信の内容がわかってしまうエマが尋ねた。
「打てる手は打ちました。後はメイたちに任せるしかないでしょう。こちらに出来ることは格納庫から連絡があったとき、その都度適切な処置をするだけです」
「で、でも…」
エマはまだ不安そうだ。
「ご心配なく。総員で取り掛かればきっと解決しますよ。それにいざとなれば、シュバルツに対処させるだけです」
「あ、そ、そうか。その手がありましたね」
そこでようやくホッとしたかのようにエマが一つ息を吐いた。そんなエマを横目で見ながら、ジルはタバコに火を点ける。そして、
(シュバルツめ…!)
表情には億尾にも出さずに、内心でシュバルツを罵っていた。
(あれは単なる釘刺しか負け惜しみだと思っていたが、細工は流々だったということか!)
そしてあることを思い出していた。それはシュバルツを拘束し、連行される前にジルに言い残していたことだった。
『ジル』
連行される足取りを止め、シュバルツが振り返った。
『何だ?』
ガンダムシュピーゲルを見上げていたジルが首を向ける。
『シュピーゲルに手を出すのか?』
『悪いようにはせん』
返したのは先程と同じセリフだった。肯定でも否定でもなく、答えを曖昧にしている。どうやらそれ以上の答えは返ってきそうになかった。
それがわかってしまったシュバルツが疲れたようにふーっと溜め息を一つ吐く。そして、
『一つだけ忠告しておく。シュピーゲルには決して手は出すな』
そう、ジルに告げた。そして続けて、
『後悔したくないのならな』
そう一言付け足したのだった。
『言っておくが、脅しではないぞ』
『そうか、わかった。おい』
『ハッ!』
そこでシュバルツを連行していた隊員たちが再び歩みを始めた。それに伴い、シュバルツも歩を進める。
『忠告はしたぞ』
それが、シュバルツが連行される前に言った最後の言葉となったのだった。
(ナメた真似をしてくれるじゃないか!)
表情には出さずに罵るジル。しかし押さえきれないのか、義手で荒々しくタバコを握り潰していた。幸いにも司令部の他の面々にそのことは気付かれていなかったが。
しかしジルは先程からシュバルツを罵っているが、これが自業自得だということには目を向けようとしない。今回の一件に関わらず、シュバルツはかたくなに己の機体に関しての情報提供は拒んできていた。それを無視して今回のような行動に出れば、こういったリスクもあることは覚悟しておくべきだったのだ。
それなのに都合のいいことだけ考えていればこういったしっぺ返しを食らう可能性も十分あったし、それも仕方のないことだった。だが、目的のためには手段を選ばないジルにはそれが見えなかった。というより、その可能性がわかっていても、それはないものと勝手に排除していたのだ。まさに自業自得だった。
そんなジルが身勝手な感情に身を焦がしていた頃、当の本人であるシュバルツは独房の中でベッドに座って考え事をしているところだった。
(さて…)
独房にて、シュバルツはぐるりと周囲を見渡していた。そして己自身に目を向ける。手錠によって手の自由は奪われているが、最初のときとは違い、足枷はその足にはめられていなかった。
(決して望んだ状況ではないが、ある意味丁度良いかも知れんな。ゆっくりと考え事が出来る)
そう思い、思索に耽り始めるシュバルツ。考えることは勿論、自身の愛機であり先ほど異形の変化を遂げ、ここに入る原因ともなったガンダムシュピーゲルのことであった。
(あの姿…)
先程の変化した姿を思い出すシュバルツ。
(上半身だけだったが、あれは間違いなくデビルガンダムの姿。恐らく私があのまま乗っていれば、下半身も同じように変化して私の良く知るデビルガンダムとなっていたことだろう)
あの変化の流れから、それは疑いようのない事実だった。思わずシュバルツの眉間にしわが寄った。
(あの存在感、威圧感、迫力。だが…)
同時にシュバルツは一つの疑問も抱いていた。それは、
(意志が…もっと端的に言えば、悪意が感じられなかった)
この一言だった。確かにあのときの変化したシュピーゲルからは圧倒的な力や存在感を感じたものの、ただそれだけだった。デビルガンダムが醸し出す悪意や負のオーラといった、あまりにも抽象的だがそういった禍々しいもの…デビルガンダムの意思を感じられなかったのだ。
(考えられる選択肢は二つ。一つはそんなものなど表面に出さないほど進化したということ。そしてもう一つは、あるべき姿に戻ったということ)
正解はどちらなのか、現時点では分からない。ひょっとしたら第三の選択肢もあるかもしれない。だが、それを知るためにはあまりにも時間が少なすぎたのだ。戦い済んですぐ拘束されここに連れてこられた。禄に調べる時間が取れなくてはどうしようもない。まさしくお手上げだった。
(…まあいい)
一旦、そう結論付ける。
(ついこの間組み込んだ新しいセキュリティプログラム。手前味噌だがそう簡単には破れんはずだ。何しろ三大理論を応用して作ったセキュリティだからな)
少し前、何日か徹夜をして作成して組み込んだプログラムのことを思い出す。転ばぬ先の杖というわけではないが、万一のことを考えて新しいセキュリティプログラムを組んで機体に組み込ませていたのだ。この世界の技術レベルがどの程度なのかまだハッキリとはしないが、増殖して再生して進化する相手に容易に勝てるレベルにあるとは思っていなかった。
(あれは手強いぞ。下手にちょっかい出せば手痛いしっぺ返しを食らう。が、そんなことを親切に教えてやる義理はない。忠告もしたしな。それなのに手を出して痛い目を見ても、自業自得・身から出た錆・因果応報だ。存分に後悔するがいい)
シュバルツにしては珍しく底意地の悪い笑みを浮かべた。どうやらシュバルツ自身も知らない間に、それなりに鬱憤が溜まっていたようだった。
(考えてみればこの世界に落ちてきてからというものの、いつも働き詰めだったからな。日々の雑務から開放され、ゆっくり思索に耽ることができると思えば今のこの状況も悪くない)
自由を奪われて軟禁されている今の状況だが、逆に言えばそういう利点もあるのだ。必要とあればいつでもここから脱出することも出来るのだから、今はゆっくりと身体を休めながらじっくりとシュピーゲルについて考えようとこの状況をありがたく受け入れることにした。
しかし、そうは問屋が下ろさなかった。多くの隊員たちが結構な頻度でシュバルツを訪ねてきたからである。
「シュバルツ」
「ゾーラか」
最初にここを訪れたのは、やはりというか何と言うかゾーラだった。二人は格子越しに会話を交わす。
「…驚いたよ。まさか、あんたが、本当に…」
そこまででゾーラは思わず言葉を詰まらせた。
「事の顛末は知っているのだろう?」
ゾーラがこくんと頷くと、
「ならば、私の口から新たに何か言うこともない。こうなった理由も当然のこととして私は受け入れている。その結果、今のこの状況と言うわけだ」
「でも、あんたはあたしたちを助けてくれたのにっ!」
ゾーラが悔しそうに唇を噛んだ。
「それは結果論に過ぎん。私としてもああなるとは思わなかった。少なくともジルの判断は間違っているとは思っていない。だからこそこうして大人しくしているのだからな」
「…そうかい。わかったよ」
もう用は済んだのだろう、後ろを向く。
「一応、司令には掛け合ってみるよ。ただ、あの司令のことだからね。芳しい結果が出るとは思えないけど」
「厚意は受け取ろう。が、無理はするなよ」
それに納得したのかしていないのかはわからないが、少しの間だけ立ち止まっていたゾーラはそのまま振り向かず独房を出て行った。
「こんにちは、ミスター」
「やっほ」
「エルシャ、ヴィヴィアン」
次に訪れたのはエルシャとヴィヴィアンである。ジルなりメイなりから状況は説明されているだろうに、エルシャは普段とは何も変わらずに優しい笑顔を浮かべ、ヴィヴィアンもいつもと変わらない人懐っこい素振りは変わらなかった。
「おおー、ホントに牢屋にぶち込まれてるんだね」
「ちょ、ちょっとヴィヴィちゃん!」
ヴィヴィアンのあけすけな物言いにエルシャだけでなく見張りの隊員たちもギョッとしていた。慌ててエルシャがたしなめる。
「そんなこと言わないの」
「えー、だってホントのことじゃん」
「そうだけど…」
「何、構わんよ」
横目でチラチラと様子を窺っていたエルシャを気遣うかのようにシュバルツが声を掛けた。
「確かにヴィヴィアンの言う通りだしな」
「ほらね♪」
「もう…」
しょうがないわねとばかりに苦笑したエルシャが見張りの隊員に何かを告げると持っていた荷物を渡した。隊員はその中を確認してから頷くと独房の鍵を開け、その荷物を入り口付近に置いて退出し、再び鍵をかけた。
「…それは?」
シュバルツが入り口付近に置かれた荷物にチラッと目をやる。
「差し入れです。日持ちする食べ物とか、お茶とか、大したものは入ってませんけど」
「そうか。せっかくの御厚意だ。ありがたく受け取るとしよう」
「そうしてください」
シュバルツは立ち上がると、荷物に近づいて中身を確認する。確かに乾き物の食べ物やお茶や水などの飲料が数本入っていた。
「いずれ礼は改めて」
「そんな!」
エルシャがぶんぶんと首を左右に振った。
「いつも助けていただいてるのはこちらですし、お礼なんて」
「では、貸し一つということで」
「だから、そういうのは別に…」
「そこまでいうのなら、好きにするがいいさ」
「もう、ミスターったら…」
エルシャは苦笑して曖昧に返すしかなかった。
「ねーねー、シュバルツ」
今度はヴィヴィアンが口を開いた。
「ん?」
「シュバルツのあの機体、どうなってんの?」
前置きも何もなく核心を突く質問に、またまたエルシャたちがギョッとした。微妙な空気が流れ出す。
しかし流石はヴィヴィアンというべきか、そんなものは感じた様子もなく続けざまに尋ねた。
「あんなふうに変形するんだね。あたしたちのパラメイルより凄いじゃん! いいな~」
ヴィヴィアンが目を輝かせる。裏表のない彼女だからこそそれが本心からのものだということがわかり、シュバルツは苦笑せざるを得なかった。
「ヴィ、ヴィヴィちゃん」
エルシャがどうしようといった感じでオロオロしている。そんな対照的な二人を楽しみながら、シュバルツは答えた。
「あの機体がどうなっているのか、それは私にもわからんのだ」
「え…?」
絶句したのはエルシャだった。警備班の隊員たちも姿勢こそ変わらないが、耳をそばだてて聞いている。
「へ? どーゆーこと?」
ヴィヴィアンも頭に疑問符を浮かべる。
「色々と込み入った事情があってな。全貌を把握してはいないのだ。一度徹底的に調べたかったのだが、それが出来ぬままに今日を迎え、そしてああなったというわけだ」
「よくわからない機体に乗ってたの?」
「まあ、そういうことになる」
「ふーん。変なの」
「そうだな。全くだ」
シュバルツは何気なく言っていることだったが、エルシャは背中に冷や汗が流れるのを感じていた。呼吸も心なしか速くなる。
(そ、それって…)
とんでもない代物なんじゃとの結論に至ったときだった。
「エルシャ、ヴィヴィアン」
シュバルツが表情を真面目なものに戻して二人に語りかける。
「は、はい」
「なになに?」
「今私が言ったこと、そのままジルに伝えてくれるか?」
そう、頼んだ。そして続けて、
「…もっともあの司令殿のことだ。もう手遅れかもしれんがな」
「わ、わかりました。ヴィヴィちゃん、行くわよ!」
「え、ちょっと、エルシャ! …あ、シュバルツ、またね!」
エルシャがヴィヴィアンの手を握ると珍しく引っ張っていく。引きずられながら挨拶してきたヴィヴィアンに手を上げて返し、シュバルツは二人を見送った。
「よ、よう…」
「あ、あの…」
続けてやってきたのはロザリーとクリスの二人だった。
「お前たちか」
シュバルツは視線を二人に向ける。と、それだけで二人の身体がビクッと震えたのがわかった。
(ん?)
その変化に気付いたシュバルツが訝しがる。
「何か用か?」
が、取り敢えずそのことに触れることなく用件を尋ねた。
「ちょ、ちょっと様子を見にな」
照れくさいのかロザリーが視線を外し、後頭部を掻きながらそう答えた。
「そうか。面白くなくて申し訳ないが、変わったことなど何もないぞ」
「そ、そうみたいだな。安心したぜ」
「そうか」
「あ…っと」
そこで会話が途切れる。この二人とはそれまでの来訪者と違ってどうも会話が続かなかった。その証拠に…というわけでもないかもしれないが、未だクリスは禄に口を開いていない。どころか、ロザリーの陰に隠れてしまっていた。まるで最初の頃の状態に戻ってしまったかのようである。
(そうか…)
その表情からあることに思い至ったシュバルツは、ストレートに聞いてみることにした。
「怖いか?」
「え?」
思わずロザリーが聞き返してしまう。
「私が…だ」
「は、はぁー? な、何言ってるんだよ?」
口調こそいつもと変わらないものの、その表情はとてもぎこちないものだった。どうしようかとばかりに目が泳ぎまくっている。
「無理をするな。お前たちも事の顛末は知っているのだろう? ならば、恐怖を感じても仕方のないことだ」
「だ、だから別にあたしは…」
「目が泳いでいる」
指摘され、ギョッとしてロザリーは二の句が告げなくなった。
「よく見れば小刻みに足も震えているし、顔色も悪い。それにロザリー、お前の後ろにいるクリスにいたってはお前の背中に引っ込んだまま出てこないではないか」
「あ、その、それは…」
「フッ…」
そこでシュバルツはベッドから立ち上がる。それだけでロザリーとクリスはビクッと身体を震わせた。そしてそのままゆっくりと二人のほうへと歩みを進める。
「あ、あ…」
「ヒッ!」
近づいてくるシュバルツに気圧されるようにロザリーとクリスは固まってしまう。シュバルツと彼女たちの間には勿論格子があり、なおかつシュバルツの手には当然手錠が掛けられている。
にもかかわらず、ロザリーとクリスは蛇に睨まれた蛙のように固まってしまっていた。
「フッ…」
その反応でもう十分だった。シュバルツはそのまま踵を返すと、もう一度ベッドの上に腰を下ろした。そのことに心底ホッとしたようにロザリーとクリスが息を吐き出す。
「強がることもないだろうに」
そんな二人に、シュバルツはいつものように声を掛けた。
「怖いものは怖くて当然だろう。無理に虚勢を張ってもいずれメッキは剥がれるものだぞ」
「あ、う…」
見事に見透かされ、最早ロザリーは何も言えなくなってしまった。そんなロザリーを後ろからクリスがクイックイッと引っ張る。
「クリス…」
「ろ、ロザリー、もう行こうよ」
「で、でも…」
「いいから」
そしてクリスは今までロザリーの後ろに隠れていた身体を出す。そして、
「ご、ごめんなさいっ!」
大急ぎで深々と頭を下げると慌てて頭を上げ、そのままロザリーを引っ張るようにここを立ち去っていった。
「あ、おい、クリスっ!」
引っ張られる形になったロザリーの声がどんどんと遠ざかっていった。慌しい訪問者を見送ると、シュバルツは疲れたように溜め息をつく。そして、
(もしかしたら、これであの二人とは切れてしまったかもしれんな)
寂しげにそう思ったのだった。
さてお次の訪問者はサリアである。
「シュバルツ…」
「今度はお前か、サリア」
ここまで来るとこの展開も予想でき、シュバルツは特に目新しい反応もしなくなっていた。
(第一中隊で残っているのはヒルダとアンジュか)
あいつらも来るのかな? と思いながら、今は真正面にいるサリアに視線を合わせた。
「……」
サリアは今までの来訪者と違い、初手から無言である。だがその視線が雄弁にシュバルツに訴えかけていた。
(目は口ほどにものを言うとは、よく言ったものだ)
そう思ったシュバルツは、単刀直入にサリアに尋ねた。
「何か言いたいことがありそうだな」
「ええ」
サリアが頷いて答える。
「…いえ、正確には言いたいことではなく、聞きたいことがあると言った方がいいかしら」
「何だ? 私で答えられることならば、喜んで答えよう」
サリアは一歩身を乗り出す。そして、
「シュバルツ」
「何だ?」
「貴方は私たちの敵なの? 味方なの?」
と、端的に尋ねた。
(成る程な。そう来たか)
何を聞いてくるかと思ったシュバルツは、サリアの尋ねてきたことに内心で頷くと返答する。
「敵ではない…といったところかな」
その答えを聞き、サリアの眉がピクリと反応した。
「それは、味方でもない…ということかしら?」
「それは、お前たちの出方次第だ」
重ねて聞いてきたサリアの質問に、シュバルツはそう答えた。
「正直なところを話そうか? 私としてはお前たちを敵に回すつもりはないし、回したくもない。妙な縁とはいえ、これまで寝食を共にしてきたのだからな。が」
「…が?」
「そちらの出方次第ではそうも言ってられんということだ。私にも退けない一線はあるし、探られたくない腹もある。そちらがそれを侵そうとするならば、是非もないということだ」
「成る程ね。…貴方がどういう立場になるかの主導権は、こちらが握っていると解釈していいのかしら」
「ああ」
シュバルツはゆっくりと頷いた。
「わかったわ。それだけ聞きたかったの。そして、その答えで十分だわ」
サリアはそう告げると、くるりと振り返って独房を出て行った。心なしか、その歩みはいつものものより心なしか速く思えるものだった。
「へッ」
侮蔑とも嘲笑とも取れる感じに鼻で笑ったのはヒルダである。彼女がお次のお客様だった。独房に閉じ込められているシュバルツを見て、開口一番に口にしたのが今の嘲笑であった。
「見たぜ、何があったのか」
「そうか」
対してシュバルツはこれまでと態度を変えない。その必要もないからだ。
「ザマァないね。その姿」
ヒルダは拘束され、軟禁されているシュバルツに嫌味を言う。第一中隊で唯一シュバルツとの関係が良くない…もっと端的に言えば悪いのが彼女である。それに加え彼女の性格もあり、ヒルダは非常に楽しそうだった。
対してシュバルツは目を剥いた。が、それは怒りからではなく、驚きの色をその顔に浮かべていた。
「? それだけか?」
「あ?」
シュバルツの問いにヒルダが聞き返した。
「用件はそれだけかと聞いている」
「ああそうさ。独房にぶち込まれたテメエの間抜け面拝みに来たんだ。悪いかよ」
「別に悪くはないがな…」
そこでシュバルツは呆れたように大きく溜め息をついた。
「貴重な時間を割いて? わざわざ? それだけのために? ここまで?」
「う、うっせーな。自由時間をどう使おうがあたしの勝手だろーが!」
馬鹿にされていると思ったのか、ヒルダの声が大きくなる。だが無論シュバルツにはその意図はまるでなく、ただ単に呆れているだけであった。
「ならばもうよかろう。お前の望みどおり、こうやって私の収監されている姿を拝めたのだ。こんなところで油を売ってないで、もっと有効に時間を使うのだな」
「っ! ったく、一々ムカつく野郎だ。そのまま二度と出てくんな!」
ヒルダはシュバルツに対して中指を突き立てると、肩を怒らせてその場を後にした。
(やれやれ、嫌われたものだな)
苦笑して、シュバルツは彼女を見送ったのだった。
「シュバルツ…」
第一中隊最後の訪問者となったアンジュが独房の外から声を掛けた。傍らには当然のようにモモカがいる。
「お前も来たのか、アンジュ」
「ええ」
「こ、こんにちは」
「ああ」
ペコリと頭を下げたモモカに、シュバルツは軽く手を上げて応えた。
「……」
「……」
「……」
会話が続かない。従者であるモモカは自分から発言するつもりはないようなので除外するが、アンジュは何から話せばいいのかといった感じで逡巡し、シュバルツは自分から話しかけることなどなかったので、そのままジッとしていた。
とはいえ、こうしていても埒は明かない。それに加え、
(? いつもと雰囲気が違うな。…何か迷っている?)
シュバルツはアンジュの纏っている雰囲気からなんとなくそんなものを感じていた。目が泳いでいるし、表情も明るいとは言い難い。時折伏目がちになって、指先を忙しなく動かしていた。
(らしくないな。まあ、向こうから切り出してくるのを待つか)
あれこれ勘繰るのも下種なので、ゆっくりと待つことにした。
「げ、元気そうね」
どれぐらいそうしていただろう。やっとアンジュが口を開いた。
「おかげさまでな」
シュバルツは当たり障りもない返答をした。
「そ、そう。よかったわ」
そしてそこでまた会話が切れる。さてどうしたものかとシュバルツが考え始めたときだった。
「シュバルツ」
アンジュがもう一度シュバルツの名を呼んだ。
「ん?」
「その…今までありがとう。感謝してるわ」
「…そうか」
思わず別れの挨拶みたいだなと言おうとしたところで、シュバルツは慌ててその言葉を呑んだ。ここには自分たちだけではない。警備班の隊員もいるのだ。その彼女たちに、余計な情報を与える必要はない。
「用件はそれだけ。それじゃ」
「あ、アンジュリーゼ様!」
本当にそれだけだったのだろうかはわからないが、アンジュはシュバルツに背を向けると振り返りもせずに歩き出した。その後を慌ててモモカが追う。と、
「アンジュ」
シュバルツがその背中に声を掛けた。
「…何?」
振り返らずも足を止め、続きの言葉を待つアンジュ。
「無理はするなよ」
「…ええ、ありがとう」
なんとも大雑把な忠告だが、それでも十分だったのだろう。アンジュは礼を言うと今度こそ独房を後にした。モモカが深々と一礼すると、アンジュの後を慌てて追いかける。
(杞憂ならばいいのだが…)
そう思ったシュバルツだが、恐らくそうではないのだろうなとアンジュの背中を見て半ば確信していた。何をするつもりなのかは知らないが、言葉通り無理をしないように、今は祈るしかなかった。
その後何日かをシュバルツは独房で過ごすことになった。その間も、第二・第三中隊の面々や整備班・幼年部の子供たちを始め、数多くの隊員たちがひっきりなしに面会に来ていた。
そのため、彼女たちの相手をしなくてはならないシュバルツとしては最初の思惑通りゆっくりと思索に耽る時間など取れなかったのが誤算であった。
そして独房で軟禁されていたため、その間、年一のお祭りであるフェスタという行事があり、その最中にアンジュとヒルダがアルゼナルを脱走したことも知ることはできなかったのだった。
「ほう…」
シュバルツが軟禁される少し前、遥か遠くからその様子を見ている一つの影があった。
「アウラの様子がどうも変だと思ったら、こんな面白いものが見れるとはね」
不敵な笑みを浮かべながらその影は後ろに振り返った。そこには、巨大などという表現では生易しいほどの大きなカプセルの中に鎮座している一匹のドラゴンの姿があった。
影はそのドラゴン…アウラから視線を外すと再び前を向く。そして、
「ガンダムシュピーゲルと…」
スクリーンにシュピーゲルの姿を映し、続けて、
「シュバルツ=ブルーダーか…」
シュバルツの姿を映し出し、実に楽しそうに微笑んだのであった。