但し常に身に着けていた白手袋と、トレードマークである覆面はありません。覆面はアルゼナルの人員に脱がされたというわけではなく、最初から無い…つまり始めから素顔を晒している状態です。
どうでもいいことかもしれませんが、一応念のため。
「う…」
呻き声を上げ、シュバルツは目を覚ました。その耳に、微かに人の声やら物音が聞こえた気がするが、それが何なのかはわからない。
(ここ…は?)
未だハッキリしない頭を覚醒させようと軽く左右に振る。だがそうしながら、彼は一つの大きなことに思い至っていた。
(バカな! 意識がある…だと!?)
気がつく前に最後に見た光景は今でもハッキリ覚えている。光に呑まれ、この身は間違いなく死んだはずだった。しかし現実には、ここにこうして存在している。
(あるいはここがあの世だというのか…。しかし…)
徐々に覚醒してきた頭でゆっくりと辺りを見渡す。粗末な寝台に申し訳程度に付属しているトイレと洗面台。極めつけは窓にも入り口にも頑丈な格子が設えられている。一目で独房…あるいは牢屋と判断できるつくりの中に自分はいた。
そして己の身を顧みればその手には手錠が掛けられており、自由な行動を束縛されていた。
(足が自由なだけ、まだ幸いか。しかし…)
「ここがあの世だというのであれば、随分と味も素っ気もないものだな」
「それは残念」
「! 誰だ!」
誰に聞かせるでもなく呟いた言葉に返事が返ってきたため、シュバルツは思わず入り口の方に振り返った。と、すぐに声の持ち主であろう人物が姿を表した。
(女?)
そこには髪をポニーテールにした背の高い女が居た。軍服と思しき物を着てタバコを咥えて紫煙をこゆらせているが、もっとも特徴的なのはその右腕であった。機械で出来た義手なのである。
「ようこそアルゼナルへ。闖入者殿」
彼女…このアルゼナルの司令であるジルはそう言うと、にいっと楽しそうに笑った。
「さて、そこに座っていただこうか」
アルゼナル内のどこかの一室に入ってきたジルがそう言って指し示したのは、飾り気も素っ気も、ついでに背もたれもない簡素な丸椅子だった。共に入ってきたシュバルツは言われた通り、大人しくそれに腰を掛ける。
あの後、銃を持った警備兵に後ろを固められ、否応もなくシュバルツはこの部屋に連れてこられた。
たとえ両手が拘束されていたとしても、その気になれば実力行使に出ることはたやすい。そうしなかったのは余計な荒事をしたくなかったのと、自分が今置かれている状況下の情報が欲しかったからである。そのためシュバルツは抵抗することもなく大人しく従っていた。
「お前たちはもういい。持ち場に戻れ」
「しかし、司令」
「お一人では…」
「三度は言わんぞ、持ち場に戻れ」
『…イエス、マム』
一瞬逡巡したが二人いた警備兵は敬礼を返し、それぞれの持ち場に戻っていった。入り口の扉が閉まったのを確認すると、ジルはシュバルツの対面まで移動し、そこにあったシュバルツが腰掛けているものより立派な椅子に腰掛け、新しいタバコに火をつけた。
「ふーっ…」
美味そうに煙を吐き出すとさて、ジルはシュバルツに視線を合わせた。
「まずは自己紹介をしておこうか。私はこの軍事要塞アルゼナルの司令官であるジルだ」
「アルゼナル…?」
「ふっ、『人間』が知っているわけはないな。だが」
いきなり銃を抜くと、ジルはシュバルツの額にその照準を合わせた。
「貴様がどこの何者かは知らぬが、来てしまった以上生きて帰れるとは思わんことだな」
「……」
いきなり銃を突きつけられたものの、シュバルツは反応に困った。正直、一丁の銃ごときに恐れをなすわけもなく、かといって何も反応を見せないのもそれはそれでおかしい。だが、ではどういう反応をすればいいのかというと良いものが思い浮かばず、結局石のように固まるしかなかった。
「ふ」
シュバルツの無反応をどう捉えたのかはわからないが、ジルは軽く微笑むとその銃をしまった。
「安心しろ、いきなり手荒な真似はしない。お前にはあの機体のこととか色々訊きたいことがあるからな」
「何、機体だと?」
そこで始めてシュバルツは反応を見せた。そしていきなり椅子から立ち上がるとジルとの距離を詰める。
「教えろ、それはどんな機体だ!」
「黙れ」
ジルはしまった銃を取り出し、威嚇のためか天井に向けて一発発砲した。そしてその銃口をすぐにシュバルツに向ける。
「質問するのはこちらだ。お前に発言を許可した覚えはない」
「私で答えられることなら喜んで答えよう。だがそのためにも、その機体の外観的特色について答えてくれ!」
(なんなんだ、一体)
どうにも尋常じゃない様子がシュバルツから見受けられたため、ジルは望み通り答えてやることにした。外観の形状を答えるぐらいなら大した問題ではないだろうという計算も働いてのことではあるが。
「黒い人型の機体だ。それがどうかしたか」
「黒い人型…。そうか、ならばいい」
ジルの答えを聞き、シュバルツがホッと胸を撫で下ろして先程までの椅子に座った。彼が危惧していたのは、まさかデビルガンダムが…ということであった。しかし、その可能性はないことにすぐに思い至った。
(もしもデビルガンダムならば、今頃ここはDG細胞で侵食されているはずだ。そんな様子はここに来るまでの間もここに入ってからもなかった。であれば、最悪の事態は避けられたということか…)
「もういいか?」
安堵しているシュバルツとは対照的に、ジルは鋭利な瞳でシュバルツを見る。まるでその心胆を見透かしてやろうとでも言うように。
だがそんなものに動じるシュバルツではない。軽く息を吐くと、
「ああ」
と、了承の返事を返した。
「すまなかったな。先程も言った通り、私が話せることは何でも話そう」
「そうか」
「但し、こちらからも質問することは許可してくれ。…もしかしたらだが、とんでもないことになるかもしれんからな」
「とんでもないことだと?」
「ああ」
それはどういう…と訊こうと思ったジルだが止めた。尋問の時間はたっぷりあるのだ。焦る必要はない。
「ではまず、あの機体…黒いパラメイルについて教えてもらおうか」
「よかろう。…と言っても、私の推論が確かならば何を言っているのかサッパリわからないと思うがな」
「御託はいい。言え」
「では…コロニー国家連合ネオドイツ所属モビルファイター、ガンダムシュピーゲル」
「…は?」
目の前の男が何を言っているのかわからず、ジルは思わず間の抜けた声を出してしまった。
(やはりな…)
その反応を見てシュバルツは、おぼろげながら組み立てていた自分の推論が強ち的外れではないことを確信する。しかしシュバルツの回答は、ジルの機嫌を損ねるのには十分だったようだ。
「…ふざけているのか貴様」
「ふざけてなどいない。一言一句違わず、正確な情報を渡した」
次の瞬間、シュバルツはジルに胸座を捻り上げられるとその横っ面に義手の一撃を食らって吹っ飛んだ。
両手を拘束されているとはいえ、シュバルツはガンダムファイターの中でもトップクラスの実力を持つ男である。普通の人間の攻撃であれば避けるなり捌くなりは当然出来るのだが、あえてその一撃をその身に受けた。
その方が今後の話し合いもスムーズに進むと思ったし、自分が逆の立場なら同じような行動を取りかねないと思ったからである。
「ならば貴様は狂人か」
ジルの侮蔑の含んだ視線は一発シュバルツの横っ面を殴ったぐらいでは戻らなかった。しかし、シュバルツはさしてそれを気にしてはいなかった。その言葉にある意味納得していたからである。
「狂人…か。確かにある意味、そうかもしれんな」
「っ! 貴様ぁっ!」
馬鹿にされたと思ったのか、ジルは再びシュバルツに近づく。が、シュバルツは立ち上がると、ジルを真っ直ぐ見据えてこう訊ねた。
「人類は宇宙に進出しているのか?」
「何?」
「答えろ。人類は宇宙に進出しているのか?」
「チッ!」
今までのやり取りで珍しく感情的になっているのか、ジルはまた銃を取り出した。
「貴様、そんなに鉛玉を食らいたいのか?」
「私を撃つつもりか? 止めておけ」
「フン、命乞いか?」
「お前こそ目的を忘れているのではないか? 情報の入手が本来の目的なのだろう? ここで私を殺してしまえば、目的は達成できなくなるぞ」
「…チッ! 忌々しい」
諭すように述べるシュバルツの口調が気に入らなかったものの、確かに言われた通りだと思い直し、ジルはまたも銃をしまった。向こうに理があるのが一段と気に食わなかったが、冷静になるように大きく息を吐くと新しいタバコに火を点けた。
「さっきの質問の答えだがな…」
タバコを吸って幾らか落ち着いたのか、ジルが口を開いた。
「人類は宇宙には進出してはいない」
「本当だな」
「こんなことで嘘をついて何になる。…それで、それがどうかしたのか?」
「ふっ…ふふふふふ…」
不意にシュバルツが笑い出した。その行為にギョッとしたジルだったが、お構いなしにシュバルツは笑い続けた。そしてひとしきり笑った後、自分が座っていた椅子に座り直すとジルに顔を向けてこう言った。
「私は、この世界の人間ではない」
と。
「何と言うべきか…」
何本目になるかわからないタバコを吸いながら、ジルは呟いた。その声色には先程までの怒気は既に無く、今のこの感情をどうしたらいいのか、持て余している感じだった。
「信じられんな。全く」
「それはこちらとて同じこと」
ジルより幾分は冷静とはいえ、その思いはシュバルツも一緒だった。
「コロニー国家連合、ガンダムファイト、モビルファイター…」
「マナ、人間とノーマ、ドラゴン…」
二人で指折り、それぞれがそれぞれに与えられた情報を指折り数えていく。均衡を破ったのはジルだった。
「時間と空間を越えた異世界…か」
そう呟いたとき、一瞬だけ彼女の脳裏に倒すべき宿敵の姿が浮かんだ。が、すぐにその姿を振り払う。目の前の男が…シュバルツがあの男とは全くの無関係であることは今までの話でよくわかったからだ。
嘘をついている可能性も考えたが、その理路整然としている返答や整合性があり破綻の無い情報に、その可能性もないと判断していた。
(あの男が、女はさておき男をどうこうするとは思えんしな)
忘れたくても忘れられない忌々しい過去を思い出し、ほんの一瞬だけ苦虫を噛み潰したような表情をした。が、それも本当にほんの一瞬。
「お前には、ここで我々と共に戦ってもらう」
これは決定事項だとでも言わんばかりにジルがそう宣言した。
「…随分と一方的だな」
提供された情報から恐らくそういうことになるのではないかと思っていたが、それでもこちらの意見も聞かずにハッキリとそう言いきったジルに、シュバルツは少し辟易とした表情を見せた。
「では他に選択肢があるか?」
「いや、普通に考えればないだろうな」
アルゼナルの存在を知ってしまったこと、自分がこの世界で言うところのノーマだということ、この世界ではノーマである自分にとって外に居場所がないこと…諸々の条件を考えれば、ここで生きていくしかないのである。普通に考えれば、の話だが。しかし…
「だが、断る」
シュバルツはそれでもジルにNOを突き付けた。
「貴様…」
まさか断られるとは思わず、ジルは怒気を含んで何度目になるかわからないが、また銃を抜いた。
「そんなに死にたいのか」
何度も銃を突き付けられているが、今度は間違いなく本気だろう。シュバルツはそう思ったが、特に感慨は湧かなかった。そして、
「従わなければ私を殺すつもりか。よかろう…」
シュバルツは椅子から立ち上がるとジルに背を向けて再び座り直した。
「好きにするといい」
そして、ただ一言それだけ伝えるとゆっくりと目を閉じた。その返答にジルは内心驚いたが、椅子から立ち上がるとシュバルツの背後に回る。そして、その後頭部に銃口を当てた。
「そんなに我々に協力するのが嫌か」
忌々しげに呟く。しかし、シュバルツから返ってきたのはそれを否定する言葉だった。
「そういうわけではない。お前たちに協力するのは吝かではない」
「何? …では何故断る?」
「理由は三つある。一つ、私の機体は単独運用を前提に考えられていて、小隊単位・中隊単位での戦闘は考えられていないということ」
「……」
「二つ。一つ目の理由に被るが、先程見せてもらった戦闘映像を見る限り部隊で連携を取って戦うのがお前たちの戦闘だろう。しかし、私の機体とお前たちの機体…パラメイルでは運用方法や設計思想など、規格があまりにも違いすぎる。そんな兵器同士で連携を取るためにはあまりにも手間がかかるということ」
「…最後は」
「三つ。空中戦が主体なのだろうが、私の機体は空を飛べんのだ。単発的な飛行やホバリング程度なら出来るが、航続的・永続的な飛行は出来ん。空中戦が主体なのにそれでは、何の役にも立つまい」
「……」
「要するに、私の機体とお前たちの機体…パラメイルでは兵器としての相性が最悪なのだ。無理やり混ぜて編成したところで、相乗効果を生み出すどころか足の引っ張り合いになって損害が増すだけだろう。それでは意味がない。だからこそ、私はお前たちには協力出来ん」
「…死ぬことになってもか?」
「元々私は死んだはずの身。それが何を間違ったのかこうして生きているが、死んだはずの存在が本当に死ぬだけだ。何を恐れることがある」
「……」
そこまで言われてジルは困ってしまった。内心、ジルはシュバルツを『リベルタス』達成の為に手に入ったいい手駒だと思っていたのだが、その手駒は手駒になるのを拒否した。しかも脅しも効果がない。彼女にとって、目的達成の為に使える手駒は一つでも多いほうが良いのに越したことはなかった。
(どうしたものか…)
シュバルツの扱いに悩んだジルだったが、以外にも助け舟はシュバルツ自身が出してきた。
「…まあ、どうしても私を運用したいというのであれば、この要塞を護るための移動砲台か、後は近場で敵襲があったときに飛び道具を使ってパラメイルたちを援護するぐらいのことしか出来ん。無論、スタンドアローンでの運用が前提としてだ。だがそれでは…な」
その言葉を聞いてジルがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「それでも良いと言ったら?」
「何?」
目を開け、シュバルツが振り返った。ジルは突き付けていた銃をしまい、更に言葉を続ける。
「だから、お前が今自分で言った運用方法で構わないとこちらが言ったら、協力してくれるのか?」
「先程も言ったが、吝かではない。…しかし、そこまで形振り構ってられないというのか?」
「殺し合いをしているところに、余裕なんてものはないんだよ。使えるものは何でも使うさ。…で、返答は?」
そこまで言われてはシュバルツに返す言葉は一つしかなかった。
「…よかろう。どうせ死んだはずのこの身だ。それがこうして時間も空間も違う場所とはいえ、生きているのであればまだやり残した仕事があるということなのだろう。死ぬのはそれを片付けてからでも遅くはあるまい」
「決まりだな」
ジルは軍服のポケットから鍵を取り出すと、それをシュバルツの手錠に掛けて開錠し、シュバルツの拘束を解放した。
「…いいのか?」
「協力してくれる人材をいつまでも拘束しておくわけにはいかんだろ。これからたっぷり働いてもらうしな」
「これは…早まったかな」
「今更拒否は許さんぞ」
「参ったな…」
シュバルツとジルがお互い軽く微笑みあった。先程まで殺伐とした雰囲気の渦中にいた二人とは思えない雰囲気だった。が、あることに思い至ったジルがすぐに表情を戻す。
「そうだ、色々ありすぎてすっかり忘れていたが…」
「?」
「お前、名は何と言うのだ」
「! そうだったな。よく考えれば、名乗るのをすっかり忘れていた」
「ああ。…で?」
「うむ。私の名はキョ…」
そこで言葉を止めてしまう。
「? キョ?」
「ああ、いや…」
言い淀み、考えた。
(今の私はキョウジ=カッシュの記憶もあり、シュバルツ=ブルーダーの記憶もある。すなわちキョウジでもあり、シュバルツでもある。母体であるキョウジ=カッシュの名を名乗ろうとしてしまったが、必要とされているのはファイターである私だ。ならば名乗るべきなのは…)
「…シュバルツ。私の名はシュバルツ=ブルーダーだ」
「そうか。では、宜しく頼むぞ、シュバルツ」
「わかった」
実際は名前などどうだっていいのだろう。シュバルツが言い淀んだのをジルは気にも留めなかった。
「さて、ではもう一度付いてきてもらおうか」
「? どこへだ?」
「来ればわかる」
それだけ言うと、ジルは振り返りもせずにさっさと歩き始めた。話し合いが終わった以上、ここにいる意味はないと感じたシュバルツはジルの後に続いた。
ジルに先導されて辿り着いたのは、シュバルツが最初に目を覚ました独房の前だった。
「部屋は明日には用意する。すまないが今日はここで過ごしてくれ」
「わかった」
反対する理由もないので、シュバルツはすんなりと独房に戻った。
「念のため、鍵は掛けさせてもらうぞ」
「好きにすればいい」
了承を得たジルは独房に鍵を掛けた。
「では、失礼する」
「ああ」
ジルが独房を出て行き、それを見送ったシュバルツは寝台に腰を下ろした。
「妙なことになったものだ…」
寝台に腰を下ろしたシュバルツは座禅を組んで目を閉じ、意識を取り戻してからのことを纏めるために瞑想を始めた。
(死んだはずが、気がついたら時間も空間も違う異世界とはな)
(万能の力『マナ』を持つ人間と、それを持たない突然変異のノーマ)
(その実体は、持つ者が持たざる者に護られている世界とはな)
(歪、あまりにも歪)
(なればこそ、あのドラゴンにも何か裏がありそうだな)
(いや、きっとある)
(ジル…あの司令も手札をいきなり全て明かすような馬鹿者ではないようだしな)
思い出したのは自分が自身の運用について述べ、その後に一瞬だけジルの雰囲気が微妙に変化したことだった。目を閉じ、背中を向けていたシュバルツには実際に何があったのかを見ることが出来なかったが、感じたのだ。ジルの気配が確かに変わったのを。
(まあ、それは今は良かろう。それよりも腑に落ちんことがある。我が身のことだ)
シュバルツは今度は自身について考え始めた。
(確かに死んだはずなのになぜ生きている。しかも、肉体も完全に生身に戻って)
(なぜ、シュバルツの記憶もありながらキョウジの記憶もあるのか。光に呑まれていく中で、融合でもしたというのか)
(気になるといえば機体のことだ。ジルが嘘をついていないのが前提だが、外見的特長からいえばその機体というのはガンダムシュピーゲル)
(何故ある。あの機体はデビルガンダムの攻撃を受けて確かに爆散したはず。それが何故ここにある)
(私を…いや、私たちを解放してくれた弟の…『ゴッド』の采配だとでもいうのか。あるいはその真反対である『デビル』の、ただでは死なぬという執念の賜物か)
(こればかりはわからんな。実際に見て確認してみぬことには)
(どちらにせよ、そのうちこの歪な世界の裏も見えてくるだろう。私は己の立ち位置を間違えないようにすればいい)
(それまではとりあえずは流れに身を任せることにしよう)
そう結論付けると瞑想を取り止め、シュバルツは寝台に横になって休むことにした。一方で、廊下を歩きながらジルもこれまでのことに思いを馳せていた。
(正体不明の黒いパラメイルとその当事者と見られる男)
(どんなことが聞けるかと思っていたが、まさかあんな話が聞けるとはな)
(コロニー国家連合にモビルファイターにガンダムファイトか)
(普通ならば一笑に付すべきところだが…)
『ジル』
とそこで、整備を預かるメイから通信が入った。
「何だ」
『あの機体のことだけど、今いい?』
「ああ。…で、何かわかったか?」
『結論からいうと、サッパリ』
困ったように眉根を寄せると、メイは申し訳なさそうに首を左右に振った。
『武装や装甲に使われている金属も、操縦方法も、エネルギーの種類も、何一つわからない。技術者としては悔しいし失格だけど、反面、ここまで何もわからないとある意味気持ちいいよね』
「そうか」
『ゴメン』
「気にするな。先程本人とは一応の話がついた」
『えっ!?』
「明日にでもそちらに向かうように手配する。そのとき、それとなく探りを入れてみてくれ。無論、怪しまれないようにな」
『わかった』
「頼んだぞ。ただ、決して無理はするな」
『うん』
通信が切れると、再び思考の中に没頭する。
(これで、あの男が異世界から来たということの裏づけがまた一つ。…いや、もう間違いないといっていいだろうな)
(異世界から来た戦士…か)
ふーっと大きく息を吐く。
(このタイミングで現れるとは、何か意味があるのか? 考えたところでわかるわけもないが…)
(まあいい)
(せいぜい利用させてもらうとしよう。『リベルタス』のためにな)
(その結果生き残れば良し。ダメなら死ぬだけのことだ。『あいつ』も含めてな)
脳裏に浮かび上がったのは、これから顔を合わせることになる皇女殿下のことだった。現時点では我々の希望になるかもしれないがならないかもしれない、ある意味シュバルツ以上の不確定要素である人物…いや、ノーマだ。
「…少し急ぐか。あまり監察官殿を待たせるわけにもいかんしな」
そう呟くと、皇女…アンジュリーゼ=斑鳩=ミスルギの尋問が行われる部屋に向かって、ジルは歩を進めた。