機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

さて今回も幕間回。

最近多いですが、ストーリーの都合上、この話はここに入れるしかなかったので何卒ご容赦の程を。

では、どうぞ。楽しんでいただけるといいのですが…。


NO.18 幕間 アルゼナルの新たな日常その2 兄さんは遊びも一流

ジャスミン・モール内の一角、隊員たちが娯楽を楽しむゲームコーナー。そこに設えてあるビリヤード台の一つで今、熱い戦いが繰り広げられていた。

 

「外せー、外せー、外せー!」

「お願い、外して!」

「煩いよ二人とも! 他人のショットの瞬間は黙ってて!」

 

興じているのはオペレーター三人組。ショットを打とうとしているのはヒカル。そしてその周囲で不遜なことを願っているのはオリビエとパメラだった。

二人に釘を刺したヒカルはキューを構えると集中していく。そして十分に集中したところで手球を撞く。コンという心地よい音と共に手球は発射され、そして狙い通りに的球を捉えた。

 

「よし!」

 

成り行きを見守るヒカル。そしてオリビエとパメラ。的球はそのままポケットに向かったが、微妙に想定の進路から外れ、そしてクッションに当たって跳ね返った。

 

「あー!」

『やったあ♪』

 

頭を抱えて項垂れるヒカルに対し、オリビエとパメラは抱き合って喜んだ。そしてヒカルは次のショットで的球を全てポケットに入れた。

 

「はい、交代交代♪」

「うー、わかってるよ…」

「次は私ね」

 

ガックリと肩を下ろすヒカルと入れ替わりで、今度はパメラがキューを手にした。

 

「遠慮なく外してくれていいよ、パメラ」

「ご冗談♪」

 

ニコニコしながら位置取りを探るパメラ。戻ってきたヒカルはオリビエと色々となんやかんや言い合っている。そしてそんな三人から少し離れた場所に立って、遠巻きに見ている人影が一つ。

 

(…どうしてこうなった)

 

シュバルツだった。楽しげにはしゃいでいる三人をボーっと見ながら、ことの発端を思い出す。

 

(あれは確か…)

 

 

 

 

 

始まりはよくある日常の一コマだった。その日、シュバルツは日課になっている訓練を終えるとシャワーで汗を流し、アルゼナル内を目的もなくブラブラと歩いていた。

普段、何かしらで自分の時間を潰されているシュバルツにとっては珍しいことである。だからこそ、何をしていいものかということになり、自主的な見回りを兼ねてアルゼナル内部を散策していた。

そのまま歩いていると、シュバルツはいつの間にかジャスミン・モールに辿り着いていた。

 

(今は買い物の予定もないしな…)

 

モールを素通りしたところで、不意にゲームコーナーの一角に目がいった。筐体機のゲームも勿論あるが、シュバルツの目を捉えたのはダーツやビリヤードといったゲームだった。

 

「ふむ…」

 

少しの間足を止めてその光景を見ていたシュバルツだったが、不意にゲームコーナーに足を向けた。

思いがけぬシュバルツの姿に、ゲームコーナー内の隊員たちの多くが色めき立った。遠巻きに視線を集めているのを感じながら、シュバルツはさして気にも留めずに空いていた一台のビリヤード台の前に来るとコートを脱いだ。そしてボールとキューを用意する。

 

(暇潰しの遊びだしな。手軽なナインボールでいいだろう)

 

そう考え、ナインボール用のボールをセットした。そして手球を所定の位置に置くと、注目を集めながら手球を撞いた。ブレイクショットが見事に決まり、的球の半分近くがポケットへと落ちていく。

 

(久しぶりだが悪くないな、この感触)

 

思わず軽く笑みを浮かべながら移動して次々に的球を落としていく。その華麗なショットに結構な隊員たちが魅了されているのだが、そんなことわかるわけもなくシュバルツは全ての的球をポケットへと落としたのだった。

 

(腕はあまり鈍ってないようだな。戦いには関係のないことだが…まあ、何事も上手くこなせて損はあるまい)

 

もう一ゲーム楽しもうかと思い、的球をポケットから取り出してラックに収めて所定の位置に置く。そしてラックを外して手球をテーブルに置き、二度目のブレイクショットを打とうとして構えたところで、不意にテーブルに影が差した。

 

(ん?)

 

顔を上げて見てみると、そこには珍しい取り合わせの三人が並んでいた。

 

「ゾーラ、エレノア、ベティ…」

 

思わず構えを解いて上体を起こす。そこにいたのは三中隊の隊長三人だった。

 

「よう、シュバルツ」

「こんにちは」

「やあやあ」

「珍しい組み合わせだな」

「あんたにはそうかもしれないね。けど、縦の繋がりだけでなく、ちゃんと横の繋がりもあるんだよ」

「今日は隊長間ミーティングだったんですよ」

「そーゆーこと」

「そうか。考えてみれば当然のことかも知れんな」

 

シュバルツが頷く。確かに縦の連携が取れていても横の連携が取れていないわけはない。ましてやここは軍事施設。生命に関わることだから、余計にそんなはずがあるわけはなかった。

 

「それより、面白いことをしてるじゃないか」

 

その言葉通り、楽しそうにゾーラが笑みを浮かべた。

 

「そう見えるか?」

 

シュバルツが問う。

 

「何だい、楽しくないのかい?」

 

ゾーラが今度は不思議そうな顔になった。

 

「いや、そんなことはない。ただそう見えるということは、自分で思っていた以上に楽しんでいたんだなと思い、少々驚いただけだ」

「自覚がなかったのかい? 怖いねぇ」

「そう言ってくれるな」

 

苦笑したシュバルツに、ゾーラも微笑んで返した。

 

「だが、一人遊びとは味気ないじゃないか」

「そうか? 確かに遊びではあるが、腕が鈍っていないかどうか確かめる目的もあったからな」

「で、どうでした?」

 

今度はエレノアに尋ねられる。

 

「まあ、それほど鈍ってはいないようだった。とは言っても、まだ一ゲーム終了しただけだから、何とも言えんというのが実際のところだが」

「ほほー。上手いの?」

 

今度はベティが興味深そうに聞いてくる。

 

「下手ではないとは思うが…」

「じゃあさじゃあさ、あたしたちと勝負しない?」

「何?」

「ベ、ベティ!?」

 

突然の申し出にエレノアが目を丸くしている。ゾーラはいつものように不敵な笑みを浮かべているが、迷惑というわけではなさそうだった。むしろ楽しげにしている。

 

「一人で淡々とプレイしててもつまらないでしょ? こういうのは対戦してこそだと思うなぁ」

「確かに一理あるが…。お前たち、この後何も予定ないのか?」

「あたしはフリーさ。この後、ヒルダたちと楽しもうと思ってたけど、そういうことならこっちのほうが面白そうだね」

「ぞ、ゾーラ!」

「お説教はなしだぜ、エレノア。それよりお前はどうなんだよ?」

「わ、私?」

「ああ」

「細々とした用事はあるけど、そんなに手間のかかるものじゃないから、空いてるといえば空いてるけど」

「ベティ?」

「予定なんてポイだよ! ポイ!」

「…というわけさ」

 

ゾーラが腕を組んでいつものように挑発的に微笑んだ。エレノアは申し訳なさそうに苦笑し、ベティはキラキラと目を輝かせている。

 

(…それでいいのかお前たち)

 

そう思わざるを得なかったシュバルツだが、どうやらもう外堀は埋められているようだった。それに確かに、ゲームを楽しむのならば一人遊びより対戦するほうが遥かに楽しいのも事実である。

 

「わかった。よかろう」

「そうこなくっちゃ」

「ふふふ」

「やりぃ!」

 

シュバルツの返答にゾーラが楽しそうに頷き、ベティはパチンと指を鳴らす。申し訳なさそうにしていたエレノアも、何処となく楽しそうだった。三人は善は急げとばかりにキューを見繕い、すぐに戻ってきた。

 

「お手柔らかに頼むぞ」

「さて、ね」

「こちらこそ」

「勝負の世界は厳しいのだよ♪」

「フッ…で、どういう形にする?」

 

互いの健闘を誓い合うと、勝負の形式についてシュバルツが尋ねた。

 

「あたしたち一人ずつとサシでいいんじゃないか?」

「つまり三回勝負か」

「そうですね」

「後、スタイルとしてはナインボールでいいけど、ルールはネオナインにしない?」

「私は構わんが…」

「あたしもいいよ。そのほうが手っ取り早くて済むしね」

「私も構いません」

「ならばそれでよかろう。で、誰からだ?」

「ああ、ちょっと待ちなよ」

 

シュバルツが対戦相手を促したところで、ゾーラが口を挟んできた。

 

「何だ?」

「せっかくだ。ただゲームするだけってのも味気ない。ここは一つ景品を賭けようじゃないか」

「景品?」

「ああ」

 

エレノアが小首を傾げ、それにゾーラが答える。

 

「金ならないぞ」

 

先日アンジュに貸したキャッシュがまだ全額返ってこないので難色を示すシュバルツ。しかしゾーラは楽しそうに首を左右に振った。

 

「いやいや、金なんかじゃないさ」

「じゃ、何?」

 

今度はベティが尋ねると、ゾーラは人差し指を立てた。

 

「勝者が敗者に何でも好きなことを一つ命令できる…ってのはどうだい?」

 

と、シュバルツにとっては想定もしていなかったことを提案してきた。そしてシュバルツは気付かなかったが、そのゾーラの提案を聞いた瞬間、エレノアとベティがピタッと止まったのだった。

 

「またお前はそういうことを…」

 

驚きとも呆れともつかない口調でシュバルツはゾーラを見る。

 

「大体、他の二人が了承せんだろう」

「おや? そうかい?」

 

確認の為にゾーラが振り返ると、そこには先程までとは雰囲気が一変したエレノアとベティの姿があった。

 

「勝負には適度な緊張感が必要よね…」

「さあやろう! すぐやろう! 今すぐやろう!」

 

何故だか二人は燃えていた。そしてそこには、先程まであった穏やかな雰囲気はなくなっていた。

 

「お、おい、お前たち…」

 

先程までとの雰囲気のギャップに思わず絶句するシュバルツ。そして、

 

「ここまできといて、まさか断るとか言わないよなぁ?」

 

ゾーラが追い打ちを掛けた。口調こそいつもと変わらないが、雰囲気は明らかにいつものものではなく、エレノアやベティが纏っているものと同種類になっていた。

 

(これは…ここで断るといった日には、私はもう二度と日の目を見れんかもしれんな)

 

実力では彼女たちよりもシュバルツのほうが何枚も上である。上ではあるのだがそれでもそう思わせるような雰囲気を今の三人は全身から醸し出していた。どうやら知らないうちにいつの間にか外堀だけでなく内堀までも埋められていたようだった。

 

(仕方ない)

 

シュバルツは観念すると、

 

「わかった」

 

と、短く了承の意を返した。それを受けたゾーラたち三人が無言で輪になると、

 

『最初はグー! ジャンケンポン!』

 

恐らく対戦の順番を決めるためだろう、ジャンケンを始めた。それを何となく遠目で見ながら、

 

(気のせいか、あいつら三人の背後にそれぞれ修羅が見えるような気がするのだが…)

 

思わずシュバルツはその目を擦ったのだった。

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

二戦目を終えたシュバルツが額に滲んだ汗を拭った。その横で、

 

「あーん、負けちゃったぁ…」

「泣かないで。貴方は頑張ったわよ、ベティ」

「あーん、エレノアぁ…」

「よしよし」

 

善戦空しく敗北したベティをエレノアが慰めていた。ここまでの経過は、

 

・ 第一試合 VS エレノア バンキングに敗北して先手は渡すものの、ビリヤードの経験自体はあまりないのかミスショットで交代し、残りの的球を全てポケットしてシュバルツの勝利。

・ 第二試合 VS ベティ 今回はバンキングに勝利し、着実に的球を落としていくものの、中盤で力みからかミスショットして交代。その後、ベティに全的球を落とされるものの、最後のショットがスクラッチとなったために交代。シュバルツが最後の的球をポケットして辛くも勝利。

 

という形になっていた。お互いの健闘を称えあうエレノアとベティを横目で見ながら、シュバルツは少し離れたところで水分を補給していた。そして十分に水分を補給すると、ドリンクを元の位置に置く。

 

(おかしい…最初はただの息抜きだったのだが、何故ここまで頭脳も体力も消耗せねばならん)

 

少々沸騰している感じのする頭で、シュバルツはそんなことをボーっと考えていた。が、休息の時間は長くは得られないようだった。

 

「さて、最後はあたしの相手をしてもらおうじゃないか」

 

キューを手にしたゾーラが不敵に笑った。何処から噂が広まったのか、第一試合の中盤辺りからはギャラリーがシュバルツたちのテーブルを囲んで黒山の人だかりになっており、そこかしこから歓声だの賭け事の声だのが聞こえる始末。

この状況にさすがに辟易としないわけではないが、だからといって強引に逃げるわけにもいかず、彼女たちの楽しみになるならと己を押し殺してシュバルツは道化になることにした。

正直、棄権して不戦敗でもよかったのだが、相手がゾーラだけにエレノアとベティ以上にどんなお願いをされるかわかったものではないので、もう一踏ん張りする。

 

「お手柔らかに頼むぞ」

「手加減はしないよ。正直、エレノアとベティに先を越されていたらと思って不安だったんだ。それに、あたしまで負けちゃあパラメイル中隊の隊長としての面目が丸潰れなんでね」

「そんなもの、犬にでも食わせてしまえ」

「アハハ、言ってくれるじゃないか。だから、手加減はしないよ」

「こちらこそ。負けたらどんな命令をされるかわからんからな」

「ふふん、面白くなってきたじゃないか♪」

 

言葉通りに楽しそうに笑うと、ゾーラはバンキングの構えに入った。少し遅れてシュバルツもバンキングの構えに入り、お互いショットする。その結果、

 

「先攻はあたしだね」

「そうだな」

 

僅かの差でゾーラが勝利した。やはり、緊張感に支配された勝負を長時間続けるのは、いかなシュバルツでも相当に消耗するようだった。

そしていよいよ試合開始。ブレイクショットをゾーラが衝き、的球の数個がポケットする。ゾーラは手球と的球の配置を考えながらゆっくりとテーブルの周囲を回り、そしてここと決めた場所でショットして確実に的球を落とす。それを数回繰り返し、みるみるテーブル上の的球が減っていく。

 

(マズイな…)

 

どんどんと的球が減っていく状況に、シュバルツはそう思わざるをえない。冷静な判断力だけでなく、ビリヤードそのものの腕前もゾーラは高かった。

 

(これは…ある程度覚悟はしておくべきかもしれんな)

 

このまま完封されることもありえると覚悟し、ゲームの推移を見守っていると、ゾーラは後一個の状態まできていた。残りは9番ボール一つのみ。

 

「ふふん♪」

 

チラッと横目でシュバルツに視線をやった後、ゾーラは構える。シュバルツを含めたギャラリーが静かに見守る中、キューを引き、そして、

 

「うっ!」

 

ゾーラが短く悲鳴を上げたのとショットしたのはほぼ同時だった。手球は9番ボールへと向かっていき、そして捉えたのだが微妙に中心から外れ、ポケットに収まることはなかった。その結果に、周囲から溜め息とも悲鳴とも取れる喚声が上がる。

 

「チッ!」

 

忌々しげに舌打ちするゾーラ。

 

「惜しかったわね、ゾーラ」

「残念だったけど、何かあった?」

「ああ。ショットの瞬間に汗が目に入りやがった。おかげで微妙に軌道がズレてこの有様だよ。それさえなければ沈めていたものを…」

 

本当に悔しいのか、ゾーラは今までに見たことないぐらい忌々しい表情で髪を掻き揚げるとテーブル上を睨んだ。そこには残念ながら何度見ても、手球とポケットしなかった9番ボールが鎮座していた。

どうにも諦めきれない表情だったが、もうどうしようもない。やがて諦めたようにフーッと息を吐くと、ゾーラはシュバルツに向き直った。

 

「あんたの番だよ、シュバルツ」

「ああ」

 

シュバルツがキューを手に取る。

 

「出来れば外してほしいけどねぇ」

「すまんな。そうしてやりたいのは山々だが、そうも言っていられんのでな」

「わかってるよ。さ、トドメを刺してくれ」

「ああ、遠慮なく」

 

言い残してシュバルツはポジションを探して構えると、難なく9番ボールをポケットに落とし、隊長三人との三連戦の勝負を辛くも三連勝で切り抜けたのだった。

 

「ふぅ…」

 

周囲から喚声や拍手が沸き起こる中、シュバルツは額に滲んだ汗を拭った。

 

(あるいはどこかの連中に振り回されていたほうが、余程休まったかもしれんな…)

 

率直な感想を頭に思い浮かべながらキューを置く。と、

 

「やるじゃないか」

 

振り向いた先には、対戦相手のゾーラたち三人の姿があった。

 

「まさか三人揃って負けるとは思わなかったわ。一人ぐらいは勝てると思ってたんだけど…」

「強いねー、シュバルツ」

「そうでもなかろう。実際、紙一重だった。運が少しだけこちらに味方してくれただけだ」

「運も実力のうちさ。そこをひっくるめて、あんたのほうが上だったってことさ」

「では、そういうことにしておこうか」

 

そしてシュバルツは熱戦を繰り広げた三人とそれぞれ握手を交わすと、休息を得ようとゲームコーナーから切り上げた。

そこで終われば良かったのだが、何処でどのように曲解されたのかはわからないが、次の日にはシュバルツにビリヤードで勝つと一つだけ何でもお願いを聞いてもらえるという噂がアルゼナル中に広まっていた。そしてシュバルツは次から次へと勝負を申し込まれることになってしまったのである。

馴染みの隊員数人から話しを聞いて現状を把握したシュバルツは呆然とし、とりあえずダメ元でジルのところに行ってみたのだが案の定、

 

「隊員たちのガス抜きになってやってくれ」

 

と、取り合ってもらえなかった。仕方ないので文字通りガス抜きになることにしたが、その代わりに幾つか条件を出した。即ち、

 

一、 後攻が一度もショット出来ないで負けるのを防ぐため、ファウルしてもその人物が続けてプレイし、9つのボールを全てポケットするまでのショットの回数での勝負とする。(無論、ショット回数が少ないほうが勝ち)

二、 挑戦回数は各自一度のみ。

三、 挑戦は個人でも団体でも可能だが、どちらか一度だけ。

四、 引き分けの場合は再試合。

五、 団体で挑んできた場合、挑戦順は隊員たちで平和的に話し合って決めること。

六、 挑戦を受けるかどうかはその日のこちらの状況や気分によって判断する。異論は認めない。

七、 挑戦者が勝った場合のお願いの内容の如何によっては、拒否権を行使する。

八、 隊員間でこのことに関するトラブルがあった場合、即座に打ち切って、以降は本案件は復活しない。

九、 誰かが勝利し、そのお願いが遂行された時点で本案件は終了とする。

 

と、結構細かい上に厳しい条件を出した。案の定、文句を言う隊員もいたがシュバルツとしても己自身の安寧のために引く気はさらさらない。結局、呑まなければ勝負が出来ないために渋々ではあるが隊員たちは条件を呑んだのである。

そしてその日以降、ちょくちょくシュバルツはこうして餓えた狼達に挑まれることになったのだった。

幸いにも、今のところの挑戦者は退けている。もっとも、本気度が高ければ高いほど勝利するために練習を重ねているので挑戦が遅くなっているだけ…という側面もあるのだが。

そのため、現在アルゼナルではビリヤードが大流行し、その影響でジャスミンがホクホクしているのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

(そうだったな…)

 

長い長い回想を振り返り、シュバルツは現状を思い出していた。そのままビリヤード台に目を向けると既にパメラの番は終わっていて、今はオリビエがショットしている。

今日の対戦相手はこの三人だったのだ。程なくオリビエもゲームを終えると、三人揃ってシュバルツに向き直る。

 

「さて、あたしたちは終わったよ」

「今度は貴方の番よ、シュバルツ」

「手加減してくれると嬉しいなぁ」

「ああ…」

 

頷くと、キューを手にとってシュバルツが歩み出た。

 

「で、誰がトップだ?」

「え? 見てなかったの?」

 

ヒカルが驚きながらも尋ねる。

 

「すまん」

「しょうがないなぁ…」

 

オリビエが苦笑すると、ヒカルと共にパメラを指差した。

 

「お前か、パメラ」

「ええ」

「そうか」

 

頷いたパメラの脇をすり抜けると、シュバルツはブレイクショットを打つためにラックにボールを収めてセットし、手球を所定の位置に置いて構えた。

三人が見守る中シュバルツはキューを引く。そして、

 

「ふっ!」

 

短く息を吐くと同時にブレイクショットを撞いた。

 

 

 

 

 

「くっ…」

 

ゲームが終了した。そして勝ったのは、

 

「やったあ!!!」

 

パメラだった。そう、シュバルツはここにきてとうとう敗北してしまったのだ。

 

「ちぇっ…」

「いいなあ、パメラ…」

 

羨ましそうに、本当に羨ましそうにオリビエとヒカルがはしゃいでいるパメラを見る。

 

(ついにこのときが来たか…)

 

シュバルツは一つ溜め息をつくと、キューを所定の位置に戻した。腕前は決して低くはないのだが、元々趣味の一環程度のものであり、プロ級の超絶テクニックの持ち主というわけではない。事実、これまでの対戦でも何度か危うい場面はあった。

今まではそれを何とか切り抜けてきたものの、ここにきてとうとうそれも叶わなくなったということだ。

 

(人間、諦めも肝心よな)

 

仕方ないとばかりに思い直すと、シュバルツはパメラのところまで歩を進めた。

 

「おめでとう、パメラ」

 

そして勝者を称える。

 

「あはっ、ありがと、シュバルツ♪」

 

本当に嬉しいのだろう。パメラは上機嫌だった。その様子が微笑ましかったシュバルツだが、さてこれで終わりというわけにはならない。

 

「で、お前の望みは何だ?」

 

単刀直入に尋ねる。

 

「えっとねぇ…」

 

ニコニコ顔のまま、パメラがお願いを伝えた。

 

 

 

 

 

翌日、司令部。

今日も今日とて、いつものように司令のジルと監察官のエマ。そして三人のオペレーターが詰めていた。しかし、今日はそこにもう一人。

 

「失礼する」

 

入ってきたのはシュバルツだった。片手にはらしくもなく、バスケットが握られていた。

 

「おや、シュバルツ」

 

ジルがその姿を見止めると、声を掛ける。

 

「何か御用ですか?」

 

重ねてエマが尋ねた。

 

「ああ。今日一日、彼女たちの側仕えをすることになってな」

 

そしてシュバルツがオペレーターたちに顔を向けると、三人ともニコニコ顔でこちらを見ていた。中には手を振っている者もいる。

 

「成る程な…」

 

その一言で全てを察したのか、ジルが楽しそうに口元を歪めた。

 

「ガス抜きの結果がこれか」

「そういうことだ」

「? ガス抜き?」

 

事情を知らないのか、エマが首を傾げる。

 

「ああ、実はですね…」

 

ジルが説明のために口を開いた。ということで、エマはジルに任せてシュバルツは三人の下へ駆け寄る。

 

「よく来てくれたね♪」

「待ってたよ♪」

「でも、ちょっと遅くない?」

 

途端に三人が姦しくなり、シュバルツは苦笑した。

 

「まあ、そう言うな。ちょっと手土産を用意していてな」

 

持っていたバスケットを軽く持ち上げる。

 

「手土産?」

「何々?」

「いいもの?」

 

途端に三人の目が輝いた。そんな三人を宥めすかすと、手近にあったテーブルの上にそれを置き、バスケットの中身を見せた。

そこにあったのは焼きたてのアップルパイとお茶でも用意してあるのだろう、一本の水筒と人数分の紙コップだった。

 

『わあっ!』

 

三人の顔が輝き、その反応にまたもシュバルツは苦笑せざるを得なかった。

あの日、パメラからお願いされたこと。それは一日だけ、自分たち三人の世話役になってほしいというものだった。それを側で聞いていたオリビエとヒカルは最初驚きの声を上げた。

というのも、まさか自分たちにも関わってくることだとは思わなかったからだ。てっきり独り占めするかと思っていたオリビエとヒカルだったが、そうすると後々変にギクシャクしかねないから、ここは三人で分かち合いましょう? というパメラの提案に、嬉々としてオリビエとヒカルも同意した…というわけである。

 

「まあ、こういうわけだ。少々の遅刻は勘弁してくれ」

「うんうん♪」

「おっけー♪」

「全然いいよ♪」

「ねえねえシュバルツ、摘まんでもいい?」

「ああ、もちろん。ティータイムには少々早いがな」

「やったあ!」

 

シュバルツからの了承を得ると、三人は次々とアップルパイに手を伸ばした。そんな彼女たちのために、シュバルツは水筒を開けると紙コップにお茶を注いだのであった。

 

 

 

 

 

早めの、思いがけないティータイムが終わった後、三人はそれぞれ自分の職務に戻る。その頃にはエマもジルからの説明が終わり、二人とも所定の位置についていた。エマはこれだからノーマは…という、ある意味お馴染みのフレーズを吐きながら額を押さえていたが。

さて職務中になったが、三人はここぞとばかりにシュバルツに甘えていた。

 

「シュバルツ、肩揉んで」

「かしこまりました、お嬢様」

 

そう言われれば肩を揉み、

 

「シュバルツ、お茶頂戴」

「かしこまりました、お嬢様」

 

そう言われればお茶を注ぎ、

 

「シュバルツ、髪梳かして」

「かしこまりました、お嬢様」

 

そう言われればブラシで髪を梳いた。実に忠実な遣いっぱしりぶりだが、無茶な命令がないだけ可愛いものである。それに手のかかる弟がいただけにこういうのは慣れているのか、全くもって手馴れたものだった。

そんなシュバルツの様子を、後ろからジルは実に楽しそうにニヤニヤ笑いながら見ていた。エマも基本は渋い顔をしているものの、時々、いいなぁ…みたいな羨ましそうな表情になり、そのたびに顔を細かく左右に振って自分を戒めているようだった。

そんなこんなで時間は過ぎていき、昼食時になる。すると、三人は交代で食堂に食べに行くのだがその人員がシュバルツを伴っていった。目的は当然、シュバルツに食事を振舞ってもらうためである。

食堂に着いたら食べたいものを告げてそれをシュバルツに作ってもらう。そして出来上がると、シュバルツに手ずから食べさせてもらう。その時の食堂内の羨望の視線を一身に集め、優越感に浸りながら旨い食事に舌鼓を打つ。それを各人一回の計三回、そして昼食と夕食の二度とも行った。

おかげで三人は大満足だったものの、シュバルツとしては視線が痛く、妙な気疲れをして随分と精神的に削られたのだった。

その後、三人から一緒に入浴して背中を流してとのお願いもあったのだが、さすがにそれは頑として断った。三人は実に不満そうだったが、その代わりに風呂上りに全身をマッサージすることで譲歩を引き出した。

だが、そのマッサージにおいて、ローブ越しとはいえ彼女たちの瑞々しい肉体に触れ、また施術の間中々に色っぽい声をあげたことで思わず赤面して意識してしまったのは仕方のないことであり、シュバルツは何も悪くないことをここに記しておく。

とにもかくにもこうやって(シュバルツにとっては)激動の一日が終わり、そして別れのとき。

 

「今日は楽しかったよ」

 

彼女たちそれぞれの私室前、三人を代表してパメラが口を開いた。

 

「そうか。それは何より」

 

シュバルツが答える。肉体的な疲労は大したことはないが、精神的な疲労でかなり削られたために内心では随分疲れているのだがそのことは億尾にも出さない。流石の一言である。

 

「本当は今日一日だけじゃなくってもっと独占したかったんだけど、そんなことすると他の連中から刺されかねないしね」

「そこまでの沙汰に発展するかどうかは疑問だが、賢明な判断だ」

「ふふふ…」

 

オリビエがクスクスと笑った。

 

「あー、でも、こんなに満たされちゃったら明日からが怖いなぁ…」

「そうねぇ…」

「ま、仕方ないわ。今日はスーパーボーナスステージだと割り切るしかないでしょ」

 

ヒカルの呟きにパメラとオリビエも同調するものの、流石にここからどうすることも出来はしない。諦めるしかなかった。

 

「ではな」

 

シュバルツが軽く手を上げる。

 

「ええ」

「今日はありがとう、シュバルツ」

「また機会があったら、是非」

「私としてはもう勘弁してほしいのだがな」

 

そこで四人は軽く微笑むと、オペレーターの三人は自室へ戻り、シュバルツも自室へと歩を進めたのだった。

 

 

 

 

 

開けて翌日、朝からシュバルツのところには第二回開催を嘆願する声が次々に届いていた。実は昨日の司令部内での様子を、ジルがリアルタイムでこっそりとアルゼナル内に流していたのである。

それを見たほぼ全ての隊員たちは、オペレーターたちの下にも置かない丁寧な扱いに羨望の眼差しを向けていた。中には血涙を流す者までいたという噂だが、真偽の程は庸として知れない。が、そんな映像が流されては隊員たちが次こそは自分が! と、色めき立つのは仕方のないことだった。

そんな映像が流れていたことなど知らないシュバルツは彼女たちの勢いの前にひとまず戦略的撤退を図った。そしてアルゼナル外部、誰もいないところまできて一息つく。

 

(やれやれ、厄介なことになったものだ…)

 

その場に寝転んで透き通るような青い空と太陽を見上げた。このまま我が身が溶けてなくなってしまえばいいのにと一瞬思わざるを得ないほどの朝からの騒動だった。


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