機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

今回は例のサリア回。何とか兄さんと絡ませましたが…

ごめんよパトラッシュ。僕の頭じゃ、こんなベタベタな展開しか思いつかなかったし、僕の文章力じゃ、こうやって纏めるのが精一杯だったよ…(´・ω・`)。


NO.17 サリアの秘密

モモカの侵入騒ぎがあってから数日後のある日。

その日、シュバルツは朝からシュピーゲルのコックピットに詰めていた。そして目の前のスクリーンと睨めっこしながら、機体に接続しているキーボードをかなりの速さで叩いていく。その速さは流石は優秀な科学者の卵だったといったところであろうか。

やがて作成していたものが組み終わると、エンターキーを叩いた。そして今度はそれをシステムに流して組み込んでいく。シュバルツが作っていたものはとあるプログラムだった。

 

「ふぅ…」

 

数分後、無事そのプログラムがシステムに組み込まれたのを確認すると、ようやく一息つく。目頭を揉み、トントン、トントンと自分の肩を軽く叩いた。そしてシステムをダウンさせるとハッチを開き、地上に降りる。と、

 

「う…」

 

急に足元がふらつき、シュバルツは片膝を着いた。

 

(少し根を詰めすぎたか…?)

 

疲労感とも倦怠感ともつかない感覚が身体を襲った。ここ数日、確かに今シュピーゲルに組み込んだプログラムを完成させるのに少し無理をしすぎた感があるのは否めなかった。だがやがてそれも去り、いつもの状態に戻っていく。

 

(やれやれ、寄る年波には勝てんか? 数年前は貫徹も大したことはなかったのだがな。情けない限りだ)

 

ガシガシと頭を掻きながら嘆く。とはいえ、時の流れはどうしようもない。口を押さえて欠伸を隠すと、休息を得るためにシュバルツは自室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

その数日後の夜、司令のジルの私室にゾーラやサリア、ジャスミンにマギーにメイとアルゼナルの主要な面々が集まっていた。

 

「ガリアの南端に到達。しかし仲間の痕跡はなし。今後はミスルギ方面に移動し、捜索を続ける。…生きてたんだね、あの洟垂れ坊主」

 

ジャスミンが伝聞を読み上げると心なしか嬉しそうな表情になった。ジルも口元に柔らかい笑みを浮かべる。

 

「タスク…」

「そうだ」

 

サリアが呟いた名前にジルが頷く。

 

「アンジュを助けたのが、あいつだったとはねぇ…」

 

揶揄するように言ったマギーの表情も、心なしか嬉しそうなものだった。

 

「じゃあ、ヴィルキスを修理してくれたのは、その騎士さんだったんだ!」

「多分ね」

 

メイにマギーが相槌を打つ。

 

「まさか…アンジュは男の人と二人っきりだったってこと!?」

「何頬染めてんのさ、副長。頭の中でどんな想像してんだよ」

「な、何も考えてません!」

「おや、そうかい」

 

むきになって食って掛かるサリアに、ゾーラは楽しげにクククと咽喉の奥で笑った。

 

「…ジャスミン、タスクとの連絡は任せたよ。いずれまた、彼らの力が必要になる」

「あいよ」

 

ジルの指示にジャスミンが頷いた。

 

「で、問題はこっちか…」

 

あまり乗り気でない感じでジルが呟いた。

 

「アンジュをヴィルキスから降ろせ…と」

 

その言葉に、サリアが真剣な面持ちで頷いた。

 

「ヴィルキスに慣れてきたことで、アンジュは増長してます。あの子の勝手な行動は、いつか部隊を危機に陥れるわ。そうなる前に…」

「……」

 

サリアの訴えに、ジルはタバコを吸って考えを巡らせる。そして、

 

「ゾーラ」

 

サリアの隣にいるゾーラに声を掛けた。

 

「はい」

「サリアはこう言ってるが、お前の見立てはどうだ?」

「…まあ、部隊間の連携では第二中隊や第三中隊に現時点では及ばないのは認めますよ」

 

ガシガシと頭を掻きながらゾーラが苦笑した。

 

「アンジュとヒルダたちの間に少なからずわだかまりが残っているのも確かですしね。あたしが目を光らせてるから表面上は落ち着いてますけど、それもいつバーストするかわかりません。けど現時点でバランスが取れてるのは事実です。だから、別に取り上げる必要はないと個人的には思いますがね」

「隊長!」

「前から思ってたけど副長、あんた何でそんなにあの機体にこだわるのさ?」

 

サリアがゾーラに食って掛かる。が、ゾーラはそんなサリアを軽くいなすと逆に尋ねた。

 

「! それは…」

 

サリアが口ごもる。

 

「司令がアンジュにヴィルキスを与えたってことは、それが計画に必要且つ最良だからだろ? ならあんたなら、それで納得できるんじゃないのかい? 副長の性格上、自分が物事の中心にいないと嫌だってわけでもないだろうに」

「……」

 

唇を噛む。こだわる理由は確かにあるのだが、人に明かせるような理由ではなかった。しょうもない理由というわけでは勿論なく、誓いだからである。

 

「こだわりすぎて周りが見えなくなって、結局いざってときに足を引っ張るのは自分…なんてことになるかもしれないよ?」

「! いくら隊長でも、今の発言は!」

「ああ、悪かったよ。確かに少し言い過ぎた。でも副長なら、あたしの言ってることもわかるだろ?」

「……」

 

答えられない。確かにゾーラの言ってることもわかるからだ。だがだからと言って納得できるかどうかはまた別の話であり、サリアとしては諭されても納得できることではなかった。が、この場では分が悪いのも事実。不承不承、サリアは矛を収めた。が、

 

(おやおや、まだ納得できてないみたいだね)

 

ゾーラにはその表情で心情を読まれていた。

 

(余程の理由かね。こりゃあ、暴走しないように少し目端を利かせておいたほうがいいかもしれないね)

 

言葉には出さず、内心でゾーラはそう判断した。

 

「隊長の見立てだ。わかったな?」

「…ええ」

 

肯定の言葉を紡いだが、ジルもゾーラと同様、サリアの表情や声色から納得できてないのはわかった。が、こちらはそれを黙殺する。

 

「例えヴィルキスでなくても、お前なら上手くやれる。…期待しているよ、サリア」

 

サリアが表情を曇らせる。そして含みを持たせたその発言と表情に、マギーとジャスミンは渋い顔でお互いを見合うことしか出来なかった。

 

「さて、もう一つ…」

 

そう呟くと、灰皿でタバコを潰すジル。

 

「メイ、ゾーラ、サリア。シュバルツの方はどうだ? 何か進展はあったか?」

 

その言葉に、三人はお互いの顔を見合わせた。

 

「…ゴメン、同じことの繰り返しになるけどこっちは何も進展はないよ」

 

先陣を切ったのはメイである。

 

「今のところ良好な関係は築けてるけど、ことシュピーゲルの技術や構造といった話になると、シュバルツは貝のように口を閉じて何も教えてくれないんだ。私たちが突っ込んでも、簡単にいなされちゃう」

「そうか」

「でも、今まで付き合ってきて人となりは十分信用できると思ってるよ。だから、こっちの手の内を素直に明かして協力を仰いだほうがいいと思うな」

「ゾーラ、サリア。お前たちは?」

 

メイの報告を聞いた後、ジルはゾーラとサリアに尋ねた。

 

「目新しいことを報告できなくて済みませんが、ほぼメイが言ったことと同じです」

「ええ。彼自身のことはともかく、機体に関しては異様にガードが固いです」

「おや。何か色々とパーソナルな情報聞いたのかい?」

「言葉の綾です! 言葉の綾!」

「わかったわかった」

 

食って掛かってきたサリアを宥めるように、どうどうとゾーラが両手を上下に動かした。

 

(進展はなし…か)

 

そんな三人を横目に、ジルはわかってはいたのだろうが残念そうな表情になった。とはいえ、それもほんの一瞬。ゾーラたちに悟られるわけにはいかないので、すぐにそれを消した。もっとも、ジャスミンやマギーは気付いていたようだが。

 

「タスクとの兼ね合いもあるし、もう少し様子を見たほうがいいか。両方進めようとして、万が一…なんてことになったら取り返しがつかないからな」

 

故に、ジルはもっともらしいことを言って煙に巻くことにした。

 

「わかった」

「はい」

「了解」

 

気付いているのかいないのか、ゾーラたちはその言葉に頷く。

 

「では、今日はここまでだ。解散」

 

その言葉に三人は敬礼するとその場を去っていった。残ったのはジルとマギーとジャスミンという年長組のみ。

 

「それじゃ、あたしらも帰るけど、ジル」

 

口を開いたのはマギーだった。

 

「ん?」

「さっき引っかかったんだけど、あんたまさか、都合のいいこと考えてないだろうね?」

「都合のいいことって、何だい?」

「シュバルツのことさ」

 

ジルがまたタバコに火を点けた。煙を吐き出すのを待ち、マギーが話を続ける。

 

「メイたちの報告で進展がないってことがわかったとき、あんた一瞬だけ残念そうな表情をしただろ。残念って思うってことは、裏返せばそれだけ期待してたってことでもある。だからって、暴走するような真似はするなよ?」

「暴走?」

「無理やり接収するような真似さ」

「あたしも同意見だね」

 

それまで黙って聞いていたジャスミンも同意した。

 

「ジャスミン、あんたまで…」

「ジル、もう何度言ったかわからないけど何度でも言うよ。あの男は決して敵に回しちゃならない。計画を成功させたいんならね」

「……」

 

ジルは何も言わず、黙って聞いている。

 

「あんたの焦る気持ちや逸る気持ちは理解してるつもりだよ。だからといって、見極めを誤っちゃならない。もしあの男が敵にでもなったとしてごらん、恐ろしく厄介な敵が一つ増えて二つになる。その両方を相手に勝てる自信があるのかい? とてもじゃないがあたしには無理だね」

「わかっているさ」

 

頷きながら、ジルは灰皿でタバコを潰した。

 

「心配しなくても、そんな馬鹿な真似はしないよ」

「本当かい?」

 

マギーが尋ね、

 

「信じていいんだね?」

 

ジャスミンが念を押した。

 

「ああ」

 

対してジルの返答はそっけないものだった。が、長い付き合いからこれ以上の反応は期待できないことがわかるマギーとジャスミンは、心もち眉を顰めながらもそれ以上突っ込むことはしなかった。

 

「わかったよ。それじゃあ…」

 

まだ納得していない感じだが、まずマギーが出て行き、

 

「……」

 

ジャスミンもバルカンを引き連れて出て行った。もっとも、ドアを開ける前に振り返り、暫くジルを見ていたが。何か言いたいことはあったのだろうが、しかしそれでも何も言わず、ジャスミンはジルの私室を後にしたのだった。

 

(……)

 

二人が出て行き一人きりになった後、ジルは再びタバコに火を点けた。そして紫煙をこゆらせながら思考の海に没頭していく。

 

(何か理由があればいいのだが…あの機体を好きに出来る理由が…)

 

考えていたことは、先程までの自身の発言、そしてマギーとジャスミンを裏切る内容のことだった。

 

 

 

 

 

翌日、昼食時。

 

「ありえない…ありえないわ! 人間がノーマの使用人になるなんて!」

 

食堂にエマの怒声が響き渡る。標的になっているのはアンジュ。そしてモモカだった。

 

「ノーマは反社会的で好戦的で無教養で不潔で、マナを使えない、文明社会における不用品なのよ!」

「はいはい」

 

どうでもいいとばかりにおざなりな返事をアンジュは返した。エマの視線はアンジュからモモカへと移る。

 

「モモカさん、貴方自分が何してるかわかっているの…?」

「はい! 私、幸せです♪」

 

屈託のないその返答に、エマは溜め息をつくことしか出来なかった。

 

「よかったねモモカン。アンジュと一緒にいられて」

「そうね」

 

そんなアンジュたちから少し離れたところで、彼女たちの様子を見ていたサリアたちは、そんな会話をしながら食事をしていた。

 

「しかし監察官殿も懲りないねぇ。本人が好きでやってるんだから、ほっとけばいいものを」

 

ふと横から別人の声がして振り返ると、そこにはいつの間にかゾーラが立っていた。

 

「およ、ゾーラ」

「隊長」

「こんにちは、隊長」

「ああ」

 

サリア、エルシャ、ヴィヴィアンの三人に返答を返す。後ろにはいつものようにヒルダたち三人が付いていた。

 

「無様だねぇ…」

「ホント」

 

口々にエマに対しての酷評を述べるゾーラたち。そんなゾーラたちをヴィヴィアンはきょとんとした表情で見ている。エルシャはエルシャで返答に困るようなゾーラたちのやり取りに苦笑することしか出来なかった。しかしサリアだけは、

 

(アンジュ…)

 

モモカの給仕を受けながら食事をしているアンジュを厳しい視線で睨んでいた。

 

(どうしてあなたなのよ…!)

 

最終的にはどうしてもそこに行き着く。それはやはりヴィルキスのことだった。

 

(あれは私が…私の機体なのにっ!)

 

やはりどうしても納得はできなかった。そのために自然視線は鋭さ、厳しさを増す。と、

 

「どうしたよ、副長?」

 

不意にゾーラから声を掛けられた。

 

「え?」

 

ハッとなって振り返ると、ゾーラ以下全員が自分を見ている。

 

「おっかな~い顔してアンジュ睨んでたけど、どうかしたの、サリア?」

「え…そ、そうだった?」

「うん」

 

ヴィヴィアンの返答に、ゾーラ以外の全員が頷いた。ゾーラだけは何とも言えない表情でサリアを見ていた。

 

「何でもないわ。ごちそうさま」

 

これ以上は探られたくないのか食事を切り上げると、サリアはそそくさと食堂を後にした。

 

「? 変なの」

「確かに、ちょっとおかしかったわね」

「ほっとけよ。本人が何でもないって言ってるんだから」

「そーそー」

「うん」

 

隊員たちがそんなことを言ってる中で、隊長のゾーラだけは苦虫を噛み潰したような表情に変化していた。

 

(こりゃあ、随分と根が深そうだね。取り返しの付かないようなことにならなきゃいいけど…)

 

一抹の拭いきれない不安が、ゾーラを襲ったのだった。

 

 

 

 

 

今日も今日とて隊員たちで繁盛しているジャスミン・モール。そんなモールに、昼食を切り上げたサリアがその足でやってきていた。そして、

 

「いつもの」

 

ジャスミンに無造作にキャッシュを投げ、視線を背けてそれだけ言う。

 

「一番奥を使いな」

 

それだけでわかるのだろう。ジャスミンもその一言しか言わなかった。そしてその一言を受け、サリアは真っ直ぐとモールの奥へと消えていった。そんなサリアを見送り、ジャスミンがキセルを吹かしていると、

 

「ジャスミン」

 

不意に声を掛けられた。男の声に顔を上げると、そこには当然シュバルツがいた。

 

「おや、シュバルツ」

 

軽く挨拶をする。

 

「以前頼んでいたものが入ってきたとの連絡を受けてな。受け取りに来た」

「ああ。そろってるよ」

 

そう言うと、脇に置いてあった少し大きめのダンボールを傍のテーブルの上に置いた。シュバルツがそれを開けると、その中の品を確認していく。

 

「確かに」

「それと、これだね」

 

中身を確認したシュバルツに、そう言ってジャスミンが新たに手渡したもの。それは一振りの刀だった。シュバルツはそれを受け取ると、鞘から抜いて状態を確認する。

以前自分が使い、その後弟のドモンに渡したような錆び付いた刀ではなく、今手にしているのは研ぎ澄まされた本身だった。

 

「どうだい?」

 

ジャスミンが尋ねる。

 

「見てくれは申し分ない。後は切れ味だが…」

 

何かで試し切りがしたいなと考えるシュバルツ。と、

 

「あら、シュバルツ」

 

不意に声を掛けられた。

 

「アンジュか」

 

もう聞きなれた声だった。振り返るとそこにはアンジュと、当然のようにモモカの姿があった。

 

「こ、こんにちは」

 

モモカがきちんとお辞儀をする。シュバルツについてはアンジュから説明されたのだろう。この環境下に男がいるにもかかわらず、普通にシュバルツの存在を受け入れていた。

 

「ああ。先だってはすまなかったことをしたな」

 

それを受け…というわけでもないだろうが、シュバルツは最初に拘束して床に叩きつけたことをモモカに侘びた。

 

「い、いえ。不法侵入してきたのはこちらですし」

「フッ…」

 

ワタワタと手を振るモモカに好感を持ち微笑むシュバルツ。と、

 

(…ん?)

 

あることを思いつき、視線をモモカに固定した。

 

「あ、あの、何か…?」

 

自分に視線が固定されているのに気付いたモモカがシュバルツに尋ねる。

 

「ああ。…アンジュ」

 

軽く頷くと、シュバルツは今度はアンジュへと視線を動かした。

 

「何?」

「お前に頼みがある」

「頼み?」

 

珍しい展開に、らしくなくアンジュが驚いた。

 

「ああ」

「珍しいわね。何よ」

 

尋ねる。するとシュバルツは彼女の横にいるモモカをスッと指差した。

 

「お前の侍女、少し貸してくれんか?」

「え? モモカを?」

「わ、私…ですか?」

 

内容がそんなものだとは思わなかったのだろう。アンジュも、そして指名を受けたモモカ自身も目を白黒させていた。

 

「貸す…って言われても…」

 

困惑顔でモモカに目をやるアンジュ。当のモモカもどうしましょう…といった感じでアンジュをチラチラと見ていた。

 

「何、心配するな。別にどこかに連れ回そうというわけではない」

『え?』

 

シュバルツが言ったことに対して二人の声が重なり、また疑問符を浮かべる。

 

「このモール内で、一つ手伝ってもらいたいことがある。それだけだ」

「何だ、そういうこと。それなら別に…いいわよね、モモカ?」

「は、はい。そういうことでしたら」

「すまんな」

 

了承を得たシュバルツは、今度は再びジャスミンに顔を向けた。

 

「ジャスミン、あそこにある5キロの鉄アレイを一つ」

 

そう言って、規定のキャッシュを渡す。

 

「毎度あり」

 

受け取ると、ジャスミンは先程までのようにキセルを吹かせた。シュバルツは自分が買い求めた鉄アレイを手に取ると、それを持ってきて今度はアンジュたちの目の前の床に置いた。

 

『???』

 

何なのかわからずにアンジュとモモカが首を傾げる。と、

 

「モモカ…で良かった筈だな?」

「は、はいっ!」

 

不意に自分の名前を呼ばれ、モモカが驚いたように返事をした。が、シュバルツはさして気にも留めず、

 

「私が合図をしたら、この鉄アレイを私に向かって投げてくれ」

 

と、モモカにやってもらいたいことを告げた。

 

「へ?」

「では、頼んだぞ」

 

予想だにしない内容に驚いたモモカを残してシュバルツは背を向けた。と、

 

「む、無理です無理です無理ですっ!」

 

慌てて否定するモモカ。その否定の言葉に、シュバルツが歩を止めて振り返った。

 

「? 何故だ?」

 

簡潔に問う。すると、

 

「だってこんな重いもの、持ち上げられても禄に投げられませんよ!」

「そ、そうよ! 何考えてるのよ!」

 

モモカは理由を述べ、予想だにしない頼みの内容に少しフリーズしていたアンジュも己を取り戻すとそれに追随した。そんな二人の様子を見て二人が何を考えているのか何となくわかったシュバルツが、しょうがないなとばかりに頭を掻いた。そして一言、

 

「お前たちは勘違いをしている」

 

それだけ告げた。

 

「え?」

「は?」

 

意味がわからないとばかりに二人揃ってフリーズするアンジュとモモカ。そんな二人を無視してシュバルツが続けた。

 

「誰がこれを持ち上げてぶん投げろと言った」

「え、だって」

 

アンジュが口を差し挟もうとするが、シュバルツはそれをさせなかった。

 

「マナの力があるだろう」

『あ』

 

その一言でようやく合点のいったアンジュとモモカが同時に口を開いた。

 

「だから、お前の侍女を貸してくれと言ったのだ、アンジュ。マナを使えるのは監察官殿とお前の侍女のモモカ以外、ここにはいないのだからな。自分より明らかに力のない者に、私がそんな真似をさせるか」

「あ、そ、そうですよね」

 

ようやく事態が飲み込めてホッとしたモモカが照れ笑いを浮かべながらも決まり悪そうにしていた。

 

「…もう、それならそうと最初から言いなさいよ!」

 

こちらも決まり悪いのか、アンジュがプイッと顔を背ける。その頬は勘違いを指摘されたためか真っ赤に染まっていたが。

 

「では、頼むぞ」

 

ようやく二人が理解したことに安心し、シュバルツはアンジュたちから少し離れる。そして周囲に物や人のいない少し広めの一角に来ると、その中心で蹲踞の姿勢をとって刀の柄に手を掛けた。モール内部にいる他の隊員たちも、遠巻きながら何が起きるのか興味津々といった感じでアンジュたち…正確に言えばシュバルツだが…を見ていた。

周囲の視線をよそに、シュバルツはそのまま静かに眼を閉じる。そして一言、

 

「よし、いいぞ」

 

合図をモモカへと送った。

 

「はい! マナの光よ」

 

合図を受け取ったモモカがマナの力によって鉄アレイを浮かせる。その横では、アンジュが腕を組んで成り行きを見守っていた。

 

「行きます、えい!」

 

シュバルツが頷いたのを確認してモモカがマナの力で鉄アレイをシュバルツに向かって飛ばす。スピードは指定されなかったので、普通のゴムボールを投げるときと同じようなスピードにした。シュバルツと鉄アレイの彼我の距離はどんどんと詰まっていき、そしてとある距離…正確に言えば刀の範囲内に来たときだった。

 

「はあっ!」

 

シュバルツが動いた。と言っても、あまりの高速の為にアンジュをはじめとする隊員たちには誰一人その姿を追えなかったが。だが確かに高速で刀を揮い、そして次の瞬間には鞘に刀を納めて立ち上がっていた。その間、一秒もかかっていない。しかし結果、鞘に刀を納めたのが合図だったかのように鉄アレイは何重にも斬られ、そしてマナの力を失ってその破片は次々に床へと落ちていったのである。

 

「ふむ…」

 

周りが驚愕の視線で彩られる中、シュバルツはそんなものは気にも留めずに、一度鞘に納めた刀を再び取り出してその刀身に目を移した。

 

(刃こぼれはなしか。切れ味も申し分ない。上々だ)

 

満足そうに頷くと、もう一度鞘に納める。それから切り刻んだ鉄アレイの欠片を全て拾うと、それを近くのゴミ箱に捨てた。

 

「いい刀だな」

 

ジャスミンのところまで戻ってきたシュバルツが試し切りを終えた感想を述べた。

 

「お気に召したようだね」

 

ジャスミンが何処となく誇らしげに答えた。品物の確かさを認められて嬉しかったのだろうか。

 

「ああ。これなら十分使用にも耐え得る。感謝するぞ、ジャスミン」

「ヒッヒッヒッ、金さえ出せば何でも揃えるのがここの売りだからね。また何かあれば是非ご利用を」

「フッ、商売上手だな」

「ヒッヒッヒッ、お褒めの言葉をありがとうよ」

 

楽しそうな表情でキセルを吹かし始めたジャスミンから視線を移し、今度はアンジュとモモカへと向き直った。

 

「協力感謝する」

「あ、は、はい…」

 

簡単に礼を述べると、モモカは先程の光景がまだ信じられないのか呆然とした様子であり、

 

「貴方、相変わらずとんでもないわよね…」

 

アンジュは驚きとも呆れとも付かない様子で軽く溜め息をついていた。

 

「褒め言葉として受け取っておこう。足を止めさせて悪かったが、お前たちも何か目的があってここへ来たのではないのか?」

「あ、そうだった。行くわよ、モモカ」

「あ、は、はい!」

 

モモカはシュバルツに軽く一礼すると、ツカツカと先導するアンジュを追いかけていった。

 

(さて、目的の品も手に入ったことだし、私も退くか)

 

そう考えてダンボールを手にしようとしたときだった。不意に、地面がグラリと揺れた。

 

(ん?)

 

先日、疲労からか足元がふらついたこともあってそれがまた出たかと思ったシュバルツだが、どうやらそうではないらしかった。というのも、周囲もその揺れを感じ取っているようだったからだ。

 

「地震か?」

 

結果、そういう結論に辿り着く。その言葉を裏付けるかのように、感じた揺れが大きく、持続的になっていた。

 

「おやまあ、珍しいねえ」

 

その言葉通り、ジャスミンが実に珍しげといった表情でキセルを吹かせた。ただ慣れているのか肝が据わっているのか、その表情からは焦りの色は皆目見られない。モール内の何人かの隊員たちが少しパニックになりかけているのとは実に対照的だった。

落ち着いているのはシュバルツも一緒だった。何度も死線を潜り抜けている経験から、この程度のことは何の脅威にも感じていなかった。ここから強くなってくればまた別なのだろうが、どうもそんな感じにはなりそうにない。そしてシュバルツの予想通り、地震は間もなく収束して揺れは収まった。

 

「さて」

 

揺れが収まり、今度こそ本当にモールを辞しようとしたときだった。不意に、そこかしこから悲鳴が上がった。

 

(ん?)

 

何だと思い、振り向いた瞬間だった。物凄い轟音と、先程以上の、しかし単発の上下動がモールを襲った。

 

「な、何事だ!?」

 

振り向いたその先にあった光景。それはパラメイル用の武装の一つが拘束を外れてモールの一角に倒れこんでいたのだった。砂煙というか土煙というか、それがもうもうと上がっている。不幸にもその瞬間着弾点の周囲にいることになった隊員たちは、腰を抜かしたりへたり込んだり泣いていたりと、とんでもない状況になっていた。

 

(地震で展示してあった武装の拘束が外れ、倒れてきたといったところか。しかし今ここにいるものにとっては、何たる運の悪さ!)

 

誰もが呆然としている中、シュバルツはいち早く現場へと走った。幸いなことに血が流れている様子はない。そのことにホッとしながら、

 

「大丈夫か?」

 

と、付近の隊員たちに声を掛けて回った。恐怖の中、気丈にも隊員たちの多くが答えてきたのは、腐っても軍事施設といったところだろうか。手早く周囲を見て回り、シュバルツは目に見える範囲での人的損失がないのを確認した。

 

(後はあそこか)

 

目を向けた先は着替えに使うために設えられた、簡易試着室だった。その一角が押し潰されているのだ。幸いにもその範囲は極一部とは言え、犠牲者がいないとは言い切れない。そのため、周囲の無事を確認したシュバルツは今度はその足で試着室へと向かっていた。

 

「誰かいるか!」

 

カーテン越しに外から声を掛ける。状況が状況とは言え、流石にいきなりカーテンを開けるような真似ははばかられた。着替え中で下着姿かもしれないからだ。しかし、返ってくる反応はない。だからといって確認するためとは言え、先述したようにカーテンを開けるわけにもいかず、シュバルツは後の対応に任せることにした。そろそろ話も回って処理班的な人員がやってくるだろう。

次々に移動しながら試着室へと声を掛ける。そして一番奥の試着室。こことその前の試着室は事故の影響かカーテンが少々破れ、一部分とは言え中の様子が見えるようになっていた。そしてそれが、ちょっとした偶然を生むこととなる。

 

「誰かいる…!」

 

今までと同じように声を掛けようとしたところで、シュバルツは止まってしまった。何故ならカーテンの切れ目から中に誰かがいるのがわかり、そしてその人物と目が合ってしまったからである。

 

「サリア…」

「シュバルツ…」

 

お互いの名前を呼ぶ。しかしシュバルツにはもう一つ驚いたことがあった。それはサリアの格好だった。

試着室を使っているのだからいつもと違う格好をしているのは当然のことだ。だがその格好が、フリフリというかブリブリというか、おおよそ普段のサリアからでは考えられない、とにかく物凄く可愛い格好だったのだ。

 

(子供の頃に何度か見た魔法少女系のアニメの格好に似ているな…)

 

それが率直な感想だった。対してサリアは、表情を引き攣らせながらも固まっている。どう反応していいのかわからないのだろう。

と、周囲が急に賑やかになってきた。ハッと思って視線を走らせると、処理班らしき人員が駆けつけてきていた。それを見たシュバルツは試着室の中のサリアに一言、

 

「着替えを持て」

 

とだけ言った。

 

「え?」

 

いきなりそんなことを言われ、固まるサリア。が、シュバルツはそんなサリアには構わず、

 

「いいから、着替えを持て」

 

と、重ねて告げた。

 

「あ、う、うん…」

 

素直に従うサリア。まだ気が動転しているのかもしれない。ノロノロとした動きだが、言われた通りに着替えを手にした。

 

「結構。しっかり掴まっていろ!」

「え? …きゃっ!」

 

着替えを手にしたサリアを確認すると、シュバルツは音もなく試着室の中へ入った。そしてサリアをお姫様抱っこすると、瞬時にその場から消え去ったのだった。

 

 

 

 

 

「ここでよかろう」

 

サリアをお姫様抱っこしたままシュバルツが辿り着いた場所。それはアルゼナル内部で一番奥まったところにあるトイレの前だった。シュバルツが出現したことで幾つか専用トイレにされたうちの一つである。

シュバルツはここでようやくサリアを下ろした。

 

「大丈夫だったか?」

「え、ええ…」

 

サリアが答えるも、その口調は覚束ない。どこかポーッとした感じでシュバルツを見上げていた。

 

「? どうした?」

 

そんなサリアに違和感を感じ、シュバルツが尋ねる。と、サリアはハッとした表情になって何度も小刻みに顔を左右に振った。

 

「な、何でもない!」

「? そうか。では、こんな場所で悪いが着替えてこい」

「えっ…? あっ!」

 

そこでようやく自分が今どんな格好をしているか思い出したサリアが、慌ててトイレの中に入る。それを確認した後、シュバルツは一旦どこかへと行き、サリアが着替えてくる前にあるものを手にして戻ってきた。

シュバルツが戻ってきて少し後、サリアもトイレから出てくる。そのときにはもういつものサリアに戻っていた。

 

「終わったようだな」

「え、ええ…」

 

シュバルツの顔を見て少し表情を赤らめる。いつもの状態に戻ったとは言え、それはまだ表面上。内心ではまだ気恥ずかしいのだろう。そんなサリアに、シュバルツは持ってきたものを差し出した。

 

「着替えはここに」

 

サリアが受け取ったそれは、取っ手の付いた少し大きめの紙袋だった。

 

「あ、ありがとう」

 

受け取ると、サリアはきちんと折り畳んでいた先程までの衣装をその紙袋の中に入れた。

 

「あ、あのっ!」

 

衣装を紙袋にしまうと、サリアは意を決したようにシュバルツを見上げる。

 

「ん?」

「その、このことは…」

 

意を決したのだろうが、それでも実際に口に出そうとすると心が折れてしまいそうになるのか口ごもってしまう。そんなサリアの心情が手に取るようにわかるのだろう。

 

「安心しろ、誰にも言わんよ」

 

シュバルツは恐らくサリアが一番欲しいであろう返答を返した。

 

「ほ、ホン…ト…?」

 

サリアが上目遣いで尋ねる。シュバルツを信用していないわけではない。むしろ信用度は顔見知りの中でもトップクラスなのだが、それでもやはりことが自分の秘密に関わるために慎重になるのは仕方なかった。

 

「ああ」

 

そんなサリアにシュバルツが短く返す。

 

「人間、誰しも一つや二つや三つや四つは脛に傷を持っていたり、他人には知られたくない部分があるものだからな…」

 

そして続けたシュバルツの声色に、怒りとも諦観とも付かない感情を感じ、サリアは怪訝な表情になる。だがそれも一瞬で、次の瞬間にはいつものシュバルツに戻っていた。

 

「それに私が、他人の秘密を嬉々として言い触らしたり、それをネタに強請るような真似をする人間に見えるか?」

「う、ううん!」

 

サリアが慌てて首を横に振り、否定の意を表す。その反応に、シュバルツはホッとした表情になった。

 

「安心したぞ。そう見えると言われた日には、とてもではないが立ち直れん」

「プッ…」

 

シュバルツのおどけた口調にサリアも思わず噴き出した。

 

「しかし話は変わるが、先程のお前の格好、中々に可愛かったぞ」

「えっ!?」

 

予想だにしないことを言われ、サリアは驚きの声を上げつつ固まってしまった。

 

「や、やだもう、からかわないでよ…」

 

そして真っ赤になって俯いてしまう。

 

「からかってなどいるものか。それに、方向性が少し違うとはいえ、おしゃれに興味があるのはお前たちの年頃では当然のことだろう? 他人に見られたくないから個室で一人で楽しんでいたのだろうが、可愛かったのは事実だしな」

「も、もう! わかったから! あ、ありがとねっ!」

 

それだけ言い残すと、サリアは顔を真っ赤にして俯いたままその場を走り去ってしまった。ただその表情だけはとても嬉しそうなものになっていて、ニヤニヤを止められなかったが。

 

「あ、おい、サリア」

 

その背中に呼び止めるもその足は止まらなかった。そんなサリアを心ならずも見送る形になると、シュバルツは彼にしては珍しく不思議そうな表情でポリポリと頬をかいた。

 

「からかってなどいないのだがな…それに顔が真っ赤だったが、そんなに恥ずかしかったのか?」

 

微妙にズレていることを呟きながら、シュバルツは少しの間腕を組んで首を傾げていた。だがいくら考えても答えが出るわけはなかったので、ジャスミン・モールに置いてきた自身の荷物を取りに戻ったのだった。


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