機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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こんにちは。

今回は本編通り、またタイトルでもわかるでしょうが、皆さんお待ち兼ねぇ! の、あの忠誠心の塊の侍女が出てきます。

では、どうぞ。


NO.14 モモカが来た! 前編

アルゼナルにて補給用の物資が搬入され、慌しく受け取りが行われているその日、シュバルツは愛機であるシュピーゲルのコックピット内にいた。そして厳しい表情を浮かべながらデータを流してシュピーゲルの現在の状態を確認していく。

 

(やはり…)

 

目の前を流れる数々の数値やセンテンスの中で、ある項目を目にしたところでその流れを止めて再確認した。

 

(弾薬・エネルギー関係の消費がない。…いや、正確には消費したもののいつの間にか補給されていると言ったほうが正しいか)

 

そう認識して理解する。シュバルツが確認した通り、シュピーゲルの弾薬やエネルギーは完全な状態に戻っていた。先の戦闘で消費して、その後何の補給もしていないにも関わらず…である。

そしてその結果わかったこと。

 

(恐らくこれが自己増殖の能力なのだろうな)

 

決して確信を持って断言するわけではないが、それでも恐らくそうなのだろうとシュバルツは推論付けていた。

損傷が自動回復したのが自己再生によるものならば、自己増殖の特性はこういった弾薬やエネルギーなどの自動回復によるものではないかと思い、以前に自己増殖のゲージに全振りして様子を見ていたのだが、どうやらビンゴらしい。しかしそれでも腑に落ちないところはある。

 

(実体弾系統のメッサーグランツやアイアンネットなどはまあいい。恐らく自己増殖にクローンの技術を掛け合わせることで、現物が一つでもあればそこから複製して供給ということになっているのだろう。それはまだわかる)

 

そこまで考えを纏めるとシュバルツの表情が険を帯びた。

 

(問題はエネルギーだ。これは外部から供給しない限り回復するようなものではない。細胞核のある物質ならまだしも、例え自己増殖の機能といえど、粒子などのエネルギー体を増やすことは出来ないはず。なのに何故…いや)

 

そこでシュバルツはちらりと三大理論のゲージに目をやる。そこには三大理論の名の通り、自己再生・自己増殖とそしてもう一つの機能が当然の如く表示されていた。

 

(自己進化…)

 

そこに思い当たる。そう、自己進化によって自己増殖の機能が進化し、何らかの条件下によってエネルギー体を自己増殖できるように進化したのであれば…。

 

(ありえない話ではないが、しかし…)

 

やはりこれも推論の域を出ず、断定するには程遠かった。だが悲しいかな、想定外の事態にあまり愉快ではない憶測ばかりが次々に頭を埋めていく。

 

(あの悲劇だけは繰り返すわけにはいかん)

 

改めてそう決意する。とは言うものの、すぐに有効的な対処の方法が思いつくわけでもなく、こうなった原因がわかるわけでもない。

 

(せめてこれを詳しく調査できれば何かしらはわかると思うが、そのためのシステムや機械の類はアルゼナルの連中の協力を仰がんと使えん。しかし…)

 

それは出来ない相談だった。別に彼女たちに頭を下げるのがいやだとかいう理由などでは勿論ない。アルゼナルの設備を使うということはつまり、そのデータが彼女たちに渡ってしまうということである。シュバルツが危惧しているのはそこだった。

彼女たちと概ね良好な関係を気付いてきて、一方ならぬ世話になってはいるが、だからと言ってシュピーゲルのデータを彼女たちに渡すわけにはいかなかった。とは言え、調査しなければ不安の芽は残る。なんとも手の打ち用がないジレンマだった。

 

(まだ機はあろう。取り敢えずは現状維持で様子を見るしかあるまいが、万一の備えだけはしておいたほうがいいな)

 

現状これ以上のことは行えず、シュバルツはそう結論付けるしかなかった。救いは自己増殖の進化が悪い方向に行ってはいないということだけだろうか。

 

「ふぅ…」

 

額を押さえてやりきれない感じで一つ溜め息をつくと、ゲージに手を伸ばして三大理論を一度初期値に戻す。そしてそこで手が止まった。

 

(自己進化…)

 

当然、そこに思い至る。自己再生・自己増殖とくれば次は当然自己進化の番である。だがそれはためらわれた。三大理論で一番重要であるが同時に一番厄介な理論だからである。仮に自己進化に全てのパーセンテージを集約した結果、とんでもない魔進化に発展でもしたら目も当てられない。自分一人でケリが付くならまだしも、そんな優しいもので済むはずがないのはシュバルツが身をもって一番良く知っていた。

 

「……」

 

結局、シュバルツは自己進化のパーセンテージを自己再生や自己増殖のように全振りすることはせず、初期値通りに設定した。ただし1%だけ上乗せして、自己再生と自己増殖は33%、自己進化だけは34%に割り振った。これが現時点での最大限の譲歩であった。

 

(機体の調査に関しては何か手を打たねばならんな…)

 

メイを取り込む? いやそんなこと出来るはずもないなどと考えながらシステムをダウンさせると、シュバルツはシュピーゲルを降りた。と、

 

「シュバルツ」

 

見計らったのか偶然か、降り立つと同時に声を掛けられた。振り返ると、そこにはゾーラの姿があった。

 

「ゾーラか」

 

その姿に少し表情を緩める。と、いつもとその様子が違うのに気付いた。なくなっていたのだ、彼女の腕を固めていたギプスが。

 

「取れたのか?」

「ああ」

 

頷いて右腕で力瘤を作る。

 

「次の戦いから戦線復帰さ」

「そうか、それは何よりだ」

「まあ、あのジャジャ馬どもの手綱を握るのは大変なんだがね」

 

ゾーラの苦笑に、シュバルツも曖昧な笑みをもって返すことしか出来ない。それは後方支援だけにしか回っていない自分にも良くわかっているからだ。

 

「サリアも大変そうだったからな」

「副長には悪いことしたと思っているよ。でもまあ、いい経験になっただろうさ」

「だといいがな」

 

顔を見合わせるとお互いクツクツと笑う。と、いきなり警報音がアルゼナル全体に鳴り響いた。

 

『総員に告ぐ。総員に告ぐ。アルゼナル内部に侵入者あり。対象は上部甲板を逃走中。付近の者は確保に協力せよ』

 

そして続けざまの放送に、

 

「侵入者だって!?」

 

ゾーラは驚きを禁じえず、

 

「やれやれ、こんなところに侵入してくるとは、とんだ物好きがいたものだ」

 

シュバルツは呆れ気味に呟いた。

 

「のんきなこと言ってる場合じゃないよシュバルツ! …って」

 

ゾーラが振り返ったが、そこにはもう既にシュバルツの姿は影も形もなかった。

 

「ったく、相変わらず行動が早いんだよ!」

 

置いてきぼりにされたのが気に食わなかったのか舌打ちすると、ゾーラも急いで現場へと向かった。

 

 

 

その頃、現場では侵入者が放送を聞きつけて集まってきた隊員たちによって包囲されつつあった。

 

「そっちに行ったぞ!」

「逃がすな!」

 

包囲網はだんだんと狭まり、侵入者は次第に行き場をなくす。

 

「このっ!」

 

警備の隊員の一人が警棒で殴りかかると、その侵入者は驚いたことにマナの力でそれを防いだ。

 

「マナの光?」

 

警報を聞きつけて集まってきたアンジュがそれを見て、驚いたように呟く。と、音もなくいきなり侵入者の背後に現れたシュバルツが片方の手で侵入者の片腕を背中側に捻り上げて極め、もう片方の手でその頭を掴むとコンクリートの床に捻じ伏せた。

もう慣れてきた感があるが、それでもいきなり現れたこととその組み伏せる早業に、侵入者を包囲していた隊員たちは唖然として言葉を呑む。

 

「痛った…」

「何者だ、答えろ」

 

組み伏せた侵入者が年端も行かぬ少女なのを認識したシュバルツが拘束を少し緩める。が、何かおかしな真似をしたらすぐに身体の自由を奪えるように油断せずに尋ねた。

 

「や、止めてください。私は…私は、アンジュリーゼ様に逢いに来ただけですっ!」

「何?」

 

その言葉に怪訝な表情になるとシュバルツは顔を上げた。そして対象の人物…アンジュの姿を探す。

 

「モモカ!」

 

声のした方に顔を向けると、すなわちそこにはアンジュの姿があった。それに気付いた少女…恐らくモモカという名前なのだろう…が、何とか視線をそちらに向ける。

 

「もしかして…アンジュリーゼ…様?」

 

髪は短くなり、服装も彼女…モモカと呼ばれた少女が知っているものとはかけ離れたものになっているが、それでもすぐにわかったのだろう。相好を崩して嬉しそうな表情になる。

急いで起き上がり駆け寄ろうとしたが、その身体はシュバルツに拘束されているために動けるわけがなかった。

 

「離して! 離してください!」

 

何とか拘束から逃れようともがくものの、モモカがシュバルツに敵うわけもない。ジタバタと蠢くだけである。

 

「お前の知り合いか? アンジュ」

 

そんなモモカを黙殺し、シュバルツはアンジュに尋ねた。

 

「え、ええ…」

 

ここにモモカがいるという状況に気が動転しているものの、アンジュは静かに頷いた。

 

「…ふむ」

 

二人の様子を見て双方の言葉に偽りがなさそうだと判断すると、シュバルツはモモカの拘束を解いて彼女から離れた。と、

 

「アンジュリーゼ様~!!!」

 

急いで起き上がるとアンジュの元へ走る。そしてその首筋に抱きついた。もっとも、アンジュの方はまだ戸惑っているのか、どう反応していいのかという微妙な表情だったが。

 

「…やれやれ、とんだ闖入者だ」

 

そんな二人の様子に呆れたように溜め息をつくと、シュバルツは姿を現したときと同じように瞬時にその場から姿を消した。そしてそれに倣うかのように、侵入者捕獲のために集まった隊員たちも呆れとも戸惑いとも付かぬ様子で、三々五々散っていった。

 

 

 

 

 

司令部。

 

「モモカ=荻野目」

 

監察官のエマがウインドウに映し出されたモモカのパーソナルデータを見ながら何処かと通信している。

 

「皇女アンジュリーゼの筆頭侍女です」

「は。元皇女に世話を」

「えっ…」

 

エマの驚いた様子に、隣のジルが一瞬だけ怪訝な表情になった。

 

「はい…はい…」

「わかりました」

 

そこで通信は終わり、エマは受話器を置いた。そしてガックリとした様子で椅子にその身を預ける。

 

「委員会は何と?」

 

そんなエマを横目で見ながらジルが尋ねる。が、返答はない。

 

「予想通り…ですか?」

 

いつものようにタバコの煙をフーッと吐きながらジルが続けて尋ねた。

 

「…あの娘を国に戻せば、ドラゴンやそれと戦うノーマ。最高機密が世界に漏れる恐れがある……」

 

そこで一度言葉を区切る。彼女の言葉の意味するところは余程鈍い人間でない限り誰にでもわかるだろう。

 

「何とかならないのですか?」

 

だからこそエマは、身を乗り出してジルにそう尋ねた。

 

「彼女はただ、ここに来ただけなのに」

「ただ、来ただけ、ねぇ…」

 

複雑な表情でジルが灰皿でタバコの火を消した。

 

「ま、ノーマの私に、人間が決めたルールを変える力なんてありませんよ」

 

半ば予想された答えに、エマは再びガックリと椅子にその身を預ける。

 

「せめて、一緒にいさせてあげようじゃありませんか。今だけは」

 

それがジルに出来る最大限の譲歩だった。

 

 

 

 

 

司令部でそんなやり取りが行われている同時刻、そのモモカはアンジュの後を付いてアルゼナル内の廊下を歩いていた。会話もなく、静かな歩みである。

 

「あn…」

「えっt…」

 

間が持たないのか、この空気の居心地が悪いのか、モモカがアンジュに何か話しかけようとするもアンジュが全身から醸し出す雰囲気を察して途中で口を噤んでしまう。

 

「お、御髪、短くされたのですね」

 

それでも健気にモモカがようやくアンジュに話しかけた。しかし、アンジュから返答が返ってくることはない。一瞬、チラリと目線を向けただけである。

 

「良いと思います。大人の雰囲気というか…これまでの姫様から脱皮されたような、そんな感じがします」

 

モモカの言っていることは間違ってはいない。但しそれがいい意味でか、悪い意味でかはまた別である。

そんなモモカが今はうっとうしい存在なのか、アンジュは表情を曇らせるだけだった。そんなギクシャクしたかつての主従関係のままやがてとある一室の前に来ると、アンジュはその部屋の扉を開けた。

 

「ここが、ノーマの更生施設なのですか…」

 

その部屋を覗いたモモカが心なしか表情を曇らせながら呟く。

 

「何だか、さっきからずっと鉄の匂いが「入って」」

「あ、はい!」

 

アンジュの言葉に弾かれたように返事をすると、モモカはおずおずとその室内に足を踏み入れた。

 

「何ですか…ここは?」

 

室内をキョロキョロ見渡しながらモモカが疑問を口にする。が、

 

「あ…まさか…」

 

ある可能性に気付く。

 

「アンジュリーゼ様のお部屋なのですか!? こんなに狭いところが!?」

 

そして振り返りながら尋ねた。それを肯定するかのように、アンジュが制服を着替えようとしている。

 

「あ、お召し替えですね。お手伝いしま」

 

急いでアンジュの元に駆け寄ったモモカだったがそこまでしか言えなかった。何故ならアンジュに伸ばしたその手を乱暴に払われてしまったからである。モモカを無視して着替えを進め、アンジュは乱雑に制服を脱ぎ捨てた。

 

「あ、畳みます。マナの光よ」

 

右手を前に差し出し、マナの力によって次々に脱ぎ捨てられた制服を畳む。

 

「そうやって使うんだ。マナって」

 

アンジュのその言葉に、モモカが一瞬で凍りつく。マナの光を失った制服はことごとくもとの乱雑な状態へと戻った。

 

「す、すみません…」

 

ある意味アンジュに対しての最大の禁忌を犯したことに、モモカは力なく謝ることしか出来なかった。が、少なくとも表面上は気にした様子もなく、制服を脱ぎ終わって着替えたアンジュはそのままベッドに腰を下ろす。

 

「で…何しに来たの?」

 

そして感情なく問う。

 

「アンジュリーゼ様のお世話をするために、です」

「誰? それ?」

 

アンジュの言葉に感情は戻らず、その口から出てくるのは冷たく跳ね除けるような文句だけだった。

 

「私はアンジュ。ノーマのアンジュよ。命令だから、明後日まで貴方のお世話をさせてもらうわ。だから、私には構わないで」

 

そう言って自分で制服を畳もうとするアンジュ。と、

 

「止めてくださいっ!」

 

この状況にか、それともアンジュの言ったことに対してかはわからないが、耐え切れなくなったモモカが弾かれたようにその制服を奪った。

 

「アンジュリーゼ様は、アンジュリーゼ様ですっ! 私、帰りません! 離れません!これからは、ずっとずっと私がお世話いたします!」

「…帰る場所、ないものね」

 

モモカの必死の訴えにも、アンジュは寂しそうにそう呟くことしかできなかった。

 

「え…?」

「聞いたわ。ミスルギ皇国…もう無いんでしょ?」

「あっ…」

 

その言葉に、モモカが少しだけ柳眉を下げた。

 

「私が…潰した」

 

自嘲気味に呟くアンジュ。その脳裏には、母を失ったときのあの光景がリフレインされていた。

 

「私が、ノーマだったから。お母様は死に、国は滅んだ」

「ち、違いますっ! それは「ねえ、いつから?」」

 

否定しようとするモモカを遮り、アンジュが尋ねる。

 

「いつから知ってたの? 私がノーマだって」

 

その言葉に息を呑み、返答が出来ないモモカ。

 

「最初っからに決まってるわよね。私にマナを使わせないために、お父様が連れてきたのが貴方。…でしょ?」

 

やはり答えることは出来ない。そしてそれはこの場合においては、発言を裏付ける行為に他ならなかった。

 

「…どうでもいいか、今となっては」

 

本当にどうでもよさそうにそれだけ吐き捨てた。

 

「寝るわ。そっちのベッド、好きに使っていいから」

 

そう告げてベッドに横たわるアンジュ。

 

「…私の居場所は、アンジュリーゼ様のお傍だけです」

 

しかしどれだけ否定され、拒絶されてもモモカの芯は折れなかった。

 

「追いかけて、追いかけて、やっとお逢いできたんです。…どうか、ここに置いてください!」

 

土下座して必死で頼み込むモモカ。

 

「…ここは、人間の住むところじゃない」

 

そんなモモカに、アンジュは一言こう呟いただけだった。

 

 

 

 

 

明くる日の昼どき、食堂にて。アンジュとモモカは昼食を摂るために食堂に来ていた。

 

(何という不衛生な環境! 何という貧相な食事! アンジュリーゼ様は、こんなところでずっと…)

 

アンジュの後ろに並ぶモモカはアルゼナルの環境にカルチャーショックを受けているのか、どう反応していいのかわからないといった様子である。

 

「やっぱり私たちとは住む世界が違うのね、アンジュちゃん」

 

そんな二人を遠目で見ながら、サリアやヴィヴィアンと一緒に食事を摂っているエルシャは寂しそうに呟いた。

 

「侍女って何ぞ?」

「高貴な身分の方を、お世話する人のことよ」

 

ヴィヴィアンの問いにサリアが答えた。

 

「へぇー、凄いんだねぇ!」

 

侍女が何なのか理解したヴィヴィアンがエルシャに振り返る。と、

 

「ケチャップ付いてるわよ、もぅ…」

 

ヴィヴィアンの頬に付いていたケチャップを、エルシャがハンカチで拭った。

 

「お!」

 

エルシャにお世話されたヴィヴィアンが何かに思い至ったのか表情を変える。そして、

 

「じゃあ、エルシャとサリアはあたしの侍女ってことだね!」

『違いますっ!!』

 

ヴィヴィアンの発言は即座に否定されたのであった。と、

 

「何たることっ!」

 

いきなり食堂にモモカの叫び声が響き渡った。モモカの視線の先を追うと、ヒルダたちが食事しているテーブルの前でトレイを持って立っているアンジュの姿があった。

 

「アンジュリーゼ様をお待たせするなんて! 席を譲りなさい! アンジュリーゼ様ですよ!」

 

大仰に振りかぶってそのテーブルの連中に席を譲るように指図する。

 

「余計なことしないで」

 

対照的にアンジュは実に冷めた口調でモモカを制した。

 

「席を譲れだって? い~いご身分だねぇ、ゴミ溜め女が!」

「調子に乗ってんじゃねえぞ! ああ!?」

「ホント目障り」

 

ヒルダたちの揶揄する言葉にモモカが目尻を吊り上げる。

 

「今、何と言ったのですか!」

「はぁ!?」

「アンジュリーゼ様に何て無礼な! いかにノーマが低俗で好戦的とはいえ、今の言葉は断じて「そいつもノーマだけど」」

 

ヒルダの指摘にモモカが言葉を詰まらせる。が、それも一瞬。

 

「ち、違いますっ! アンジュリーゼ様はアンジュリーゼ様です!」

「その辺にしときな」

 

今まで口を挟まずに食事を続けていたゾーラがヒルダたちを制する。そして丁度タイミング良く食事を終えると、軽く口元を拭いてからモモカを見、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「忠誠心が厚いのはご立派だが、少し考えてから発言した方が良いね。筆頭侍女さん」

 

そして立ち上がると、モモカの前まで歩みを進める。

 

「な、なんですか、貴方…」

 

体格差で見下ろされる形になり、妖艶な雰囲気に気圧されたのか二・三歩後ずさる。まるで蛇に睨まれた蛙のようだった。

 

「あんたにとっては今も大事な大事な皇女殿下なんだろうけど、そいつはただのノーマのアンジュだ。現状認識がちゃんとできないのは、無様以外の何者でもないよ」

「ち、違います!」

「違わないさ。マナが使えないんだろ、あたし達と同じように。だからここに放り込まれた」

「っ!」

 

ゾーラの指摘に、さすがにモモカも反論できなかった。

 

「忍び込んできたってことは、ここがどういうところかそれなりにわかってるんだろ? そいつはもう、皇族には戻れないんだよ。もう一度言うけど、忠誠心が厚いのはご立派だが、ちゃんと現状を認識してから発言したほうがいい。じゃないと、道化同然の無様の一言に尽きるよ。あんたの大事な姫様が大切なら、尚更ね」

「ど、どういうことですか」

 

ゾーラが再びシニカルな笑みを浮かべる。

 

「あんたにとっては、ノーマは暴力的で反社会的な化け物っていう教科書通りの価値観しかないんだろうが、あんたと監察官殿を除くここにいる人員の全てがそのノーマだってことを忘れちゃいけない。面と向かって低俗で好戦的だなんて言われて、皆が皆笑って許してくれるなんて思ってるのかい?」

 

指摘され、モモカがハッと息を呑むと辺りを見渡す。周囲のほぼ全ての視線が敵意を持って自分を射抜いているのを感じ取った。

 

「う…あ…」

 

思わず身じろぐ。

 

「低俗で好戦的で反社会的な化け物らしく、ここでフクロにしてもいいんだよ? それとも、月の無い晩に闇討ちされるのがお望みかい?」

「……」

 

モモカは無言で首を左右に振った。

 

「で、躾がなってないと今度は飼い主に迷惑がかかるわけさ。飼い主に迷惑かけるのがペットの本分じゃないだろう?」

 

そこまで言うと、ゾーラはモモカの胸座を掴んで自分の目の前まで引っ張った。

 

「いいかい小娘、これは脅しじゃないよ。今後は考えて発言しな。それと、主人が大事なのはわかるが、分を弁えるんだね」

 

ドスの利いたゾーラの迫力と発言に、モモカは黙ってコクコクと頷くしか出来なかった。

 

「フン」

 

つまらなそうに鼻で笑うと、ゾーラはその手を離す。瞬時にモモカはアンジュの元に戻り、その腕にしがみついた。

 

「行くよ、お前たち」

 

ゾーラがトレイを持って立ち上がると、ヒルダたちもその後に続いた。黙ってその後姿をアンジュが見送る。と、腕に感じていた圧力が不意に途切れた。

 

「ん?」

 

見てみると、モモカが目を回して倒れていた。極度の緊張と空腹から気を失ってしまったのであった。

 

 

 

 

 

機械のチンという電子音と共に、自販機が開かれてハンバーガーが姿を現した。

ここは場所を移してジャスミンモール。あの後アンジュに引っ張られたか自分の足で歩いてきたかはわからないが、ここにアンジュと共に移動してきたモモカは今、自販機の前にいた。

 

「あのー」

「それ、貴方の」

 

モモカが聞こうとしたことに、簡潔にアンジュが答える。

 

「い、頂きます!」

 

アンジュと並んでバーガーに齧り付くモモカ。

 

「三日も食べてないなんて聞いてないわ」

 

食べながら、呆れ気味にアンジュが口を開いた。

 

「も、申し訳ありません。アンジュリーゼ様にお逢いすることで、頭が一杯で」

 

するとアンジュは、キャッシュをいくらかモモカに手渡した。

 

「これからはそれで何とかしなさい」

「これが、お金というものなんですね」

 

受け取り、始めてみるキャッシュをまじまじとモモカは見つめてそう呟いた。

 

「ありがとうございます。…貨幣経済なんて不完全なシステムと思っていましたけど、これはこれで何だか楽しいですね」

「そう?」

 

モモカの感想に、アンジュはよくわからないといった感じだ。と、モールにそぐわない悲痛な金切り声がいきなり響いてきた。そこにいるのは戦闘で負傷して大怪我を負い、搬送されている一人の隊員だった。

 

「ほれほれ暴れんな。腕くっつかなくなっても知らんぞ。…あれ、腕は?」

「こっちです」

 

随行しているマギーの指摘に隊員がシーツを捲った。

 

「こうしたらくっつかないかな?」

 

なんとも不穏当な言葉を残し、マギーたちは立ち去っていった。その光景にバーガーのケチャップが血を連想させ、思わずモモカは口を押さえた。

 

「何なのですか…ここは、何をするところなのですか?」

 

半ばわかっていても、それでも聞かずにはいられなかったのだろう、モモカが尋ねる。

 

「狩りよ。ある程度はわかってたんでしょ?」

 

その時にはもう既に歩き出しているアンジュが背中で答えた。そして、丸めたバーガーの包み紙をゴミ箱に投げ捨てる。

 

「私もいつああなることか…」

 

それだけ言い残すと、アンジュはそのまま去っていった。

 

「アンジュリーゼ様…」

 

モモカは力なくその名を呼ぶしか出来なかった。

 

「傷ついておいでなのですね。おいたわしや、アンジュリーゼ様…。お救いしなければ!」

 

と、次の瞬間にはモモカは使命感に燃える顔つきに一変していた。

 

「私が、アンジュリーゼ様を!」

 

そしてここに又一人、少女が世に言うフラグを立てたのであった。


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