機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

GW投稿二本目。久しぶりのオリジナルです。

カレンダー上では平日に投稿してしまうのがいかにも私らしいですが、では、どうぞ。


NO.13 幕間 アルゼナルの新たな日常その1 兄さんは料理も一流

行方不明だったアンジュとヴィルキスを無事収容して、アルゼナルに帰還してから数日後のある日のこと。

その日、シュバルツは朝からほぼ日課となっている鍛錬に勤しんでいた。

ここは戦場のため不慮の事態は起こるものであり、そうなったときはさすがに鍛錬できないが、それ以外のときは毎日欠かさず鍛錬に勤しむようになっていた。

軽く身体を解してから腕立てや腹筋などの地味な筋トレに始まり、木刀で素振りをしたり、走ったり飛んだりしながら手裏剣を目標に当てる訓練など、日々の精進に励む。

 

「ふぅ…ふぅ…ふぅ……」

 

上がってきた呼吸を整えながら額に滲んだ汗を拭う。そうして乱れた呼吸が整うと大きく深呼吸を繰り返す。

 

「…よし、仕上げといくか」

 

誰に聞かせるでもなくそう呟くと、アルゼナルを下へと降りていく。そして岩場の海岸まで来ると、上着だけ脱いで上半身裸になり、勢い良く海へと飛び込んだ。

 

(やはり綺麗な海だな)

 

何度目の当たりにしても抱く感想を今日も持ちながら、シュバルツは海に潜った状態で適当な岩場を探し、そこで座禅を組んだ。

 

「……」

 

そして心を落ち着け、森羅万象と一体化するかのように精神を集中させる。頭を無にして少しずつ精神を集中させて高めていく。と、水滴が水面を打つビジョンが浮かび上がってきた。

水滴が水面を打つスピードが次第に遅くなり、徐々にしっかりと見え始める。そしてそれと並行するかのようにシュバルツの身体が内面から金色に輝き始めた。

遅くなっていく水滴のスピードに徐々にその姿を捉え始める。そして

 

(! 見えた!)

 

ハッキリとその姿を捉えることができた瞬間、シュバルツは脳内でその水滴を正拳突きで叩いた。

 

(見えたぞ! 水の一滴!)

 

そしてそれを捉えたのを合図にするかのように金色の輝きはピークを迎え、海中を明るく照らした。

 

「っ!」

 

だが同時にそこまでで呼吸の限界を感じ、シュバルツは座禅を解くと浮上する。

 

「ハーッ…ハーッ…ハーッ…」

 

海面から顔を出すと荒い呼吸のまま岩場をよじ登り、なるべく平坦なところを見つけてその場で仰向けになって目を閉じて寝転んだ。そして先程の鍛錬のことを考える。

 

(この力、出来れば使わずに済めば良いのだが…)

 

そう思う。が、使わざるを得ないときに使えなかったら何もならないので万一の備えは必要だった。故に、こうして時々鍛錬で引き出すことをしているのである。

寝転がって休んでいたために大分呼吸も落ち着いてきた。そろそろ戻ろうかとシュバルツが思ったときである。

 

「あの…」

 

不意に、誰かに声を掛けられる。

 

(ん?)

 

誰かと思って目を開けて声のした方を見てみると、そこには隊長のエレノアを筆頭に第二中隊の面々がシュバルツを覗き込んでいた。

 

「エレノアか」

 

該当人物を確認したシュバルツが立ち上がった。海水で濡れた、引き締まった裸の上半身に、第二中隊の何人かは恥ずかしそうに顔を赤らめた。もっともそれ以上に、全員が全員うっとりとした様子だったのは隠せないが。

シュバルツはそれには気付いていたものの、いつものことなのでわざわざ指摘するまでもないと思って上着と一緒に用意していたバスタオルを手に取って身体を拭き始める。

 

「第二中隊が雁首揃えて何の用だ?」

 

そして用件を尋ねた。上半身だけとはいえシュバルツの裸身にポーッと見とれていたエレノアだったが、そう言われてハッとなる。

 

「え、ええ、ランチのお誘いに来たの」

 

改めるかのように一つ軽く咳払いをすると、簡潔に用件を伝えた。

 

「お前たち全員とか?」

 

シュバルツが上着を着ながら尋ねる。

 

「ええ。勿論良ければ、の話なんだけど…で、どうかしら?」

「構わんよ」

 

着替えを完了したシュバルツがそう返答した。着替えといっても上半身だけで下半身は海水で濡れたままだが。

そんなシュバルツの返答を聞いた第二中隊の面々はわあっと喜色に溢れた。

 

「いいの? ありがとう」

「礼などいらんさ。昼時になったら食堂の入り口で待つ。それで構わんか?」

「ええ」

「では、その時に」

「うん。楽しみにしてるわね♪」

「ふっ」

 

思わず軽くポンポンとエレノアの頭を二回叩くとシュバルツはその場を去った。後に残されたエレノアがその行為に赤くなり、隊員たちから突っ込まれたり羨ましがられたりするのだが、それは又別の話である。

 

 

 

 

 

「ふーっ…」

 

場面は変わって浴室。シュバルツは再び上半身裸の状態で脱衣場で一息ついていた。あの後顔馴染みになっている隊員や整備員たちと軽く二言三言交わしてからここに来たのである。無論、入浴するために。

実は、このことでも一騒動があった。知っての通り、このアルゼナルにいるのは女性だけである。そこに不可抗力とはいえシュバルツという異物…男が加わることになった。

同性だけの生活ならばどうにでもなったことが、異性が入ったことによって様々な制約を受けることは色々な面である。その一つであり、且つ大きな問題が風呂とトイレに関するものだった。

トイレに関してはアルゼナル内の数箇所をシュバルツ専用にすることで簡単に話はついたのだが、問題は風呂である。アルゼナルは基本、全員が共用の大浴場を使用する。そのために必然的に同じ浴場を使用せざるを得ないのだが、そこで一悶着あったのだ。

と言っても、問題を起こしたのはシュバルツではなく隊員たちの方である。ほぼ全ての隊員が男を見るのは初めてのため、積極的な何人かが一緒に風呂に入ろうとモーションをかけてきたのだ。

勿論シュバルツとしてはそんな誘いに乗って問題を起こすわけにはいかないので断っていた。と言うより、タチの悪い冗談だと思っていたのだが、彼女たちは本気だった。

取り敢えず一番簡単な手段として、最初は“男入浴中”と書かれた札をかけて入っていたのだが、これが逆効果だった。

男入浴中ということは裏を返せば、確実にその時風呂に裸のシュバルツがいるということである。そしてこの好機を逃すまいと、隊員たちの中でも前述の積極的な何名かが確信犯的に入浴中のシュバルツの元に突撃したのだった。互いにバスタオル一枚は巻いてはいるのだが、ほぼ裸といっても差し支えない状態である。

戦闘においては無類の強さを発揮するシュバルツも、このときばかりはどうしようもなかった。仕方ないので上がろうとしたら、逃がさんとばかりに引きずりこまれる始末。何とかお得意のゲルマン忍法で逃げ出したが、まさかこんな展開でゲルマン忍法を使うことになるとは思わなかったと後にシュバルツは述解している。

この騒動は当然の如くジルの耳に入ることになって、シュバルツを除いた当人たちは後日お説教役にエマも加わってこってりと絞られたらしい。

それで止むかなと思われたこの一件だったが、乙女の欲望はそんなことでは挫けないのかあるいは障害があったほうが燃えるのか、その後もちょくちょく乱入されることになった。

場所が場所だけに監視カメラなどを設置するわけにもいかず、認証システム的なものを導入するのもコストや手間隙の問題で当然の如く見送られた。

そこで苦肉の策として採られたのが清掃中の札をかけることであった。これならばシュバルツが入っているとは思われないし、清掃の邪魔をするのは悪いという考えが立つから隊員たちも無理に入ってこようとはしないだろう。コストや手間隙の問題を考えても軽くクリアできる。

試してみると効果は抜群で、シュバルツはようやく落ち着いた入浴時間を送ることが出来るようになったのだった。

そして今、その落ち着いた入浴時間を終え、冷風を浴びて火照った身体を冷ましているのである。

と、いきなり浴室のドアが音を立てて開いた。

 

(ん?)

 

清掃中の札はかけてあるはずだがと思いながらシュバルツが振り返る。と、他愛もない話をしながら入ってきたのはベティ率いる第三中隊であった。

 

「あれ、シュバルツ?」

 

隊長のベティがその姿を見止めると、驚きの声を上げた。他の隊員たちにも驚いた者がいたようだが、それと同じぐらいかあるいはそれよりも多いぐらい嬉しそうな声を上げる者もいた。

 

「訓練終わりか? 第三中隊」

「え、う、うん」

「そうか」

 

彼女たちの姿を見止めるとシュバルツは上着を着始める。ここでもやはりシュバルツの身体に興味津々といった隊員たちが何人かいたが、シュバルツはあっさりそれを黙殺して手早く上着を着込んだ。

 

「清掃中の札はかかっていたはずだが…」

 

いつもの格好に戻ったシュバルツが向き直って不思議がる。

 

「知ってますよ」

「でも、早く汗流したいからって隊長が」

「ちょっとちょっとあんたたち、あたしのせいにするの!?」

「だって、ホントのことですし」

「ね~?」

「あんたたちだって賛成したじゃないか!」

 

女三人揃えば姦しいというが、その言葉通り途端に騒がしくなった浴場にシュバルツは仕方ないなといった表情になって歩き出した。

 

「ごゆっくり」

「ありがとうございます」

 

答えてくれた副隊長に軽く手を上げて答えると、シュバルツは浴場を後にした。ドアが閉まってもまだ、浴室内の喧騒は収まる気配が見えなかった。

 

 

 

 

 

時は流れてお昼時、ランチの時間。シュバルツは約束通り食堂の前で第二中隊を待っていた。

 

「あ、こんにちは」

「ああ」

 

「あ、シュバルツ。またうちに遊びに来てよ」

「わかった、近いうちにな」

「うん、皆楽しみに待ってるから」

 

「シュバルツさん、先日はありがとうございました」

「いや、気にするな。少し手伝っただけだ」

「うふふ、お優しいんですね」

「そんなご立派なものじゃないさ」

 

「お昼、一緒に食べませんか?」

「すまん、今日は先約があってな」

「そうですかぁ…残念。じゃ、又今度」

「ああ、喜んで」

 

その姿を見止めた者のうち、結構な数の人間がこうして挨拶をしてくる。それに対応しながらお目当ての連中を待った。と、

 

「あ、シュバルツだ」

 

遠くから聞きなれた声がした。振り返ると、そこには第一中隊におけるヴィヴィアンのようなポジションの、第二中隊の花丸元気娘の姿があった。

たたたっとこっちに向かって小走りで近づいてくるその後ろには、お目当てである第二中隊の姿があった。

 

「はっけーん!」

 

そのまま飛び込んできた彼女を受け止める。

 

「相変わらず元気だな」

「えへへ♪」

 

嬉しそうにすりすりと頬ずりしてくる彼女を優しい目で見つめながらポンポンと頭を叩いた。と、

 

「お待たせ」

 

他の面々も二人のいるところへと到着していた。

 

「ほらアリシア、いい加減シュバルツから離れなさいな」

 

隊員の一人がシュバルツの足元に引っ付いている彼女の名を呼び、離れるように促した。

 

「え~っ…」

 

指摘された彼女、アリシアが不満げな声を上げる。

 

「それじゃいつまでたってもランチに行けないでしょ? 隊長命令です、離れなさい」

「…はぁい」

 

エレノアにまで説得され、アリシアは不満げな表情で渋々シュバルツから離れた。

 

「よろしい♪」

 

微笑むと、エレノアがシュバルツに向き直る。

 

「待たせたかしら?」

「いや、そんなことはない」

「そう、良かった。それじゃ、早速行きましょ」

「そうだな」

 

その言葉を皮切りに、第二中隊とシュバルツは食堂へと入っていく。その道中、アリシアがシュバルツにせがんでちゃっかりと手を繋いでいたのを、それに気付いた隊員たちがいいなぁ…といった表情で後ろから羨ましそうに見ていた。

 

 

 

「みんな、席に着いたわね?」

 

エレノアがテーブルを見渡す。そこにはいつもの第二中隊の面々と、ゲストのシュバルツの姿があった。

 

「はい、隊長」

 

副隊長が代表して返事をする。

 

「そう、それでは頂きましょうか」

『頂きます』

 

全員が綺麗に食前の挨拶を揃えると、楽しいランチの時間が始まった。が、

 

(ふぅ…)

 

質問に答えたり、会話を楽しみながらもシュバルツは内心で一人溜め息をついていた。この雰囲気が嫌だというわけではない。辟易とさせている原因は、今食べている食事である。

 

(やはりあれだな、ハッキリ言ってしまえば不味いな、ここの食事は)

 

その一言に尽きた。ここに墜ちてきてからずっと思っていたことだが、アルゼナルの食事は不味いのだ。自分が美食家などとは露ほどにも思っていないシュバルツだが、それでもここの食事が不味いのは揺ぎ無い事実だと思っていた。子供の頃からここでの食事に慣れ親しんでいるアルゼナルの人員にはこれが当然なのだろうが、どうにもシュバルツには未だに慣れ親しむことが出来なかった。

 

(どうしたものかな…)

 

つんつんと料理を刺しながら考える。と、

 

「…ルツ、シュバルツ!」

 

誰かに呼ばれているのに気がついた。

 

「ん? ああ」

 

顔を上げると、第二中隊の面々全員が自分を覗き込んでいるのに気がついた。

 

「どうしたの?」

 

エレノアが心配そうな表情で問いかける。

 

「ん? 何がだ?」

 

しかしシュバルツは質問の意図がわからずにそう尋ね返した。

 

「だって今、何回かアリシアが呼んだのに気がつかなかったみたいだから」

「そうなのか?」

「うん」

 

アリシアが頷く。他の隊員たちもそれに同調するようにうんうんと頷いていた。

 

「そうか、すまなかったな。少し考え事をしていてな」

「何々?」

 

興味津々といった感じでアリシアが尋ねてくる。他の隊員たちも同じく興味津々と言った様子だった。

 

「大したことじゃない。気にするな」

 

そんな隊員たちにシュバルツは苦笑気味に笑う。それでも食い下がってくる第二中隊の面々だったが、あるものを発見すると、いきなりトントンと自分の鼻の頭を叩いた。

 

『???』

 

いきなりのこの行為に第二中隊の面々が頭を捻る。そんな彼女たちを尻目にシュバルツはアリシアに視線を合わせた。

 

「鼻の頭にソースが付いてるぞ」

「へ? ホント?」

 

指摘され、ようやく何のことか合点がいった第二中隊の面々。慌ててアリシアが制服の袖口で鼻の頭を拭おうとする。

 

「よせ、それでは制服が汚れるだけだ」

「でもぉ…」

「やれやれ、仕方のない奴だな」

 

そう言うとシュバルツは内ポケットからハンカチを取り出し、彼女の鼻の頭を拭ってやった。

 

「これでいい」

 

綺麗になったのを確認するとハンカチを折り畳んで内ポケットにしまう。

 

「あ、ありがと…」

「どういたしまして」

 

気恥ずかしくなったのか、顔を赤らめていつもとはまるで様子の違うアリシアの礼に、シュバルツは微笑んで返した。本来の世界ではあんなことになってしまったとは言え、その根っこの部分は変わらない。基本は優しくて面倒見のいいキョウジお兄ちゃんなのだ。

忙しい両親の代わりに手のかかる弟の世話を見てきた身にとって、この手の世話はお手の物だった。

意図したものではなかったのだろうがそこから矛先がシュバルツからアリシアへと変わり、内心悪いことをしたかなと思ったが、これ以上追及されなくてホッとしたのも事実だった。

そうしてこの日のランチは実に賑やかなまま終了したのである。

 

 

 

 

 

(ふーむ、しかし本当にどうしたものか…)

 

エレノアたちと別れた後、アルゼナル内をぶらつきながらシュバルツはまだ食事について考えていた。栄養さえ取れればいいという考えもあるのだろうが、せっかくなのだから美味しく栄養が取りたいと思うのは人として自然な欲求だろう。

だが、ならばどうすればと思いながらどこへ行くでもなく考える。と、いつの間にか周囲が賑やかな喧騒に包まれているのに気付いた。

 

「ん?」

 

顔を上げてみると、いつのまにかジャスミンモールまで出てきてしまっていた。

 

「やれやれ、こんなところまで出てくるほどに悩む問題ではないだろうに」

 

己に苦笑しながらシュバルツは踵を返そうとする。と、その瞬間に頭にあることが閃いた。

 

「! そうか!」

 

もう一度翻ると、シュバルツはそのままジャスミンモールへと消えていった。

 

 

 

 

 

同日夕方、夕食の時間より少し早い時間。本日の食事当番たちがせっせと今日の夕食作りに精を出していた。

 

「ふぅ、これで仕込みは良いかしら」

 

その中の一人、サリアが軽く額を拭う。今日は彼女も当番の一人だった。と、そこに、

 

「サリア」

 

彼女を呼ぶ声がした。振り返るとそこには予想通りの人物が立っていた。

 

「あら、シュバルツ」

 

男の声色だったので当然といえば当然だが、そこに立っていたのはシュバルツだった。その姿に、普段余りシュバルツとは接点のない人員が色めき立つ。

 

「まだ夕食には少し早いけど」

「ああ、わかっている。今日はお前が当番の一人なのだな?」

「ええ」

「ならば話が早い。一つ頼みがある」

「頼み?」

「ああ」

「貴方が、私に?」

「そうだ」

「珍しいわね。何かしら?」

「うむ、厨房の一角を貸してほしい」

「へ?」

 

シュバルツからの頼みという言葉に少しワクワクしていたサリアだったが、予想もしていなかったその内容に、普段の彼女からは考えられないような間の抜けた声を出した。

 

「厨房を借りてどうするの?」

「厨房を借りてやることなど一つだ。料理に決まっているだろう」

「え!? 貴方、料理できるの!?」

 

予想もしていなかった言葉にサリアは更に大きく驚いていた。

 

「必要に迫られてな。だが、そこまで驚くことはないだろう」

 

逆にシュバルツとしては何でそこまで驚かれるのかが理解できなかった。

 

「ご、ごめんなさい」

 

慌ててサリアが謝る。

 

「いや、別に構わん。それよりどうだ、貸してくれないか? この通り、食材も用意してある」

 

その手には、ジャスミンモールで調達した食材を詰め込んだ袋が入っていた。料理に対するシュバルツが出した答えがこれである。満足する料理がないのなら、自分で作ればいいという、実にシンプルな答えに辿り着いたのだった。

戦闘員である以上はさすがに毎食は作れないが、それでも気の向いた時に自分で好きなものを作ればいい。これで随分と食糧事情は良くなると思っていた。

 

「あ、そ、そうね。私一人の独断じゃ決められないから、私以外の面子と相談してみる」

「頼む」

 

軽く頭を下げたシュバルツを後にしてサリアは固まって自分達を遠巻きに見ている当番の面々のところへ走っていった。そして言葉を交わす。途中、驚きの声が上がったのは恐らくサリアと同じことで驚いたのだろう。そのまま続けて更に二言三言かわすと、タタタッとサリアが戻ってきた。

 

「良いって」

 

簡潔にそれだけ告げる。

 

「そうか、すまんな」

「別に良いわよ。こっちは仕込みは終わってるから」

「そうか。では、遠慮なく貸してもらうぞ」

「ええ」

 

サリアが入り口を開けるとシュバルツが厨房内に入ってくる。と同時に、他の当番の面々もシュバルツたちの元にやってきた。

 

「すまん、少し借りるぞ」

「あ、は、はい」

 

声を掛けられ、当番のうちの一人がコクコクと頷いた。

 

「炊いた白米と調味料だけ分けてもらいたい」

「わかったわ」

 

サリアから了承をもらったシュバルツがそのまま隅へと移動する。民族大移動というわけではないが、その後をサリアたちも付いていった。

厨房の隅の一角に移動すると食材を入れてある袋を側にあったテーブルに下ろす。そしてコートを脱ぐと袋の中から布を取り出してそれを身に纏った。取り出したそれは何のことはない、ただのエプロンである。が、

 

「ぷっ…」

 

思わずサリアが噴き出してしまった。が、それはサリアだけではない。他の当番の面々も多少の違いはあれど同じようなものだった。必死に堪えてはいるものの、肩が上下に小刻みに動いている者もいる。

 

「むぅ…」

 

シュバルツとしては珍しく戸惑っている。まあ、原因はわかっているのだが。

 

「仕方ないだろう、これしかないと言われたのだから」

 

己の身体を見下ろした後、サリアに首を向けた。

 

「い、いえ、良く似合ってるわよ…」

 

ジャスミンの言ったことは九分九厘嘘だとわかったサリアだったが、そんなことを伝えるわけにもいかずに必死に堪えながらそれだけ答えた。

 

「笑いながら言われてもな」

「だ、だってしょうがないじゃない…。シュバルツが、貴方がそんな、キャラクターに似合わないエプロンしてるんだもの」

 

その一言がスイッチになったのか、それまで堪えていた当番たちが一斉に笑い出した。まあ、それも仕方ないことだった。ショッキングピンクのフリル付き、更にこの世界のユルキャラのマスコットであるぺロリーナという熊のキャラがででんとプリントされたエプロンを成人過ぎた男が纏っているのである。似合わないというかアンバランスなことこの上ない。笑われるのも当然といえた。

 

「…まあ良い。エプロンとして機能してくれれば私は一向に構わん」

 

サリアたちが笑うのも仕方のないことなのでそれ以上責めることもなくシュバルツは調理を開始した。

 

「な、何を作るの?」

 

サリアが視線をシュバルツから外しながら尋ねる。下手に視界に入れてしまうと、また笑ってしまいかねないからだ。

 

「大したものじゃない。チャーハンと餃子だ。何故だかわからないが無性に食べたくなってな」

「そう。まあ、そういうことはあるわよね」

「理解いただけて助かる」

 

喋りながらも手際よく調理を続けていく。エプロンは目にしないようにしながらも、集まった当番の人員はその手際の良さに見とれていた。特に包丁の使い方は上手い。

 

(お世辞じゃなく、エルシャよりも上手いんじゃないかしら)

 

サリアはシュバルツの包丁さばきに、そんな感想を抱いていた。その間にも調理行程はどんどんと進んでいく。

 

「ねー、ちょっとー!」

 

そんな時だった、カウンターのほうから声を掛けられたのは。調理しているシュバルツ以外の面々が振り返ると、いつの間にかカウンターに長蛇の列が出来ていた。

 

「早くしてよ!」

「うわっ、いつの間に…」

 

いつの間にか出来ていた惨状に慌ててサリアたち当番が配膳に戻る。列に並んでいる連中もシュバルツが厨房の隅っこで調理しているので気が付かず、食堂は食事時のいつもの光景に戻っていた。

 

 

 

 

 

「サーリア」

「あら、ヴィヴィアン」

 

どれぐらい人員を捌いただろうか、不意に自分の名前を呼ばれて顔を向けると、そこにはトレーを持っているヴィヴィアンの姿があった。

 

「今日は随分遅めね」

「ちょーっとモールで遊びすぎちゃってさ。お腹減ったよ」

「仕方ないわね」

 

苦笑するサリア。と、

 

「ん? …くんくん、くんくん」

 

不意にヴィヴィアンが鼻をヒクヒクさせる。

 

「どうしたの?」

「何か…奥の方から凄くいい匂いがする」

「え?」

 

サリアにはまだ感じられない。しかしヴィヴィアンは目を輝かせていた。

 

「何作ってるの? 入ってもいい?」

「だ、ダメよ!」

 

慌ててサリアが拒絶する。

 

「えー、どうしてさ?」

「どうしてって、それは…」

 

どう言ったら良いものかと思い、逡巡するサリア。と、

 

「あー!」

 

厨房の奥を見ていたヴィヴィアンがいきなり大声を上げた。

 

「な、何!?」

 

いきなりのことにサリアは思わず身体をビクッとさせた。が、ヴィヴィアンはもうサリアを見ていない。

 

「シュバルツ!」

 

ヴィヴィアンのその一言に、サリアだけでなく当番の他の隊員や列に並んでいた隊員たちも一斉に目を向ける。そこには調理が一段落したのか、エプロンを外して奥から出てきたシュバルツの姿があった。

 

「やっほ」

「相変わらず元気がいいな、ヴィヴィアン」

「もっちろん!」

 

快活な笑顔で力瘤を作るヴィヴィアンにシュバルツは優しい目を向けた。

 

「ねーねーシュバルツぅ」

「何だ?」

「奥で料理作ってたの?」

「そうだが」

「わぁ。じゃあ、あの良い匂いはシュバルツが作ってた食べ物なんだね!」

「ここまで匂ってきていたのか?」

 

シュバルツがヴィヴィアンではなくサリアに尋ねると、サリアは黙って首を左右に振って否定した。

 

「やれやれ、大した鼻だな」

 

少し呆れたような感じでシュバルツが呟いた。が、ヴィヴィアンは気にする様子もなく、

 

「良いな~、美味しそうだな~」

 

と、目をキラキラさせながら繰り返した。

 

「ちょ、ちょっとヴィヴィアン!」

 

彼女の意図するところを察したサリアがヴィヴィアンを窘めるものの、最早そんな言葉は耳に入ってこないのか、キラキラと目を輝かせながら先程の言葉を呪文のように繰り返す。

そんなヴィヴィアンに苦笑すると、シュバルツは一度奥へ引っ込んだ。そして、皿を一枚持って再び姿を現す。

 

「持っていけ」

「いいの!?」

 

餃子が六個ほど乗ったその皿を差し出すと、ヴィヴィアンはパッと顔を輝かせた。

 

「涎を垂らしそうな顔でせがんでおきながら、今更何を。他の人間の邪魔にもなるから、早く配膳を済ませて食事にするといい」

「うん!」

 

受け取ったヴィヴィアンはこれ以上ないほどご機嫌な様子になって再び配膳の列に並んだ。羨ましそうな視線を一身に集めたのだが、気づいていないのか気にしていないのか、ご機嫌なヴィヴィアンは楽しそうに鼻歌を歌っていた。

 

「ありがとう、ごめんね。でも、良かったの? シュバルツ」

 

申し訳なさそうにサリアが尋ねる。

 

「構わんよ。厨房を使わせてくれた礼代わりではないが、お前たちのために多めに作ったからな。それを少し渡したまでだ。その分、お前たちの取り分は少なくなるがな」

「あ、そ、そうなんだ…」

 

その言葉に内心で少しガッカリするサリアだったが終わってしまったことである。仕方がなかった。

 

「忙しいところを邪魔して悪かったな。皿に盛っておいたんで、良ければ皆で合間にでも摘んでくれ」

「あ、う、うん」

「ではな」

 

軽くサリアと他の当番の面々に頭を下げると、シュバルツは自分で作った料理を持って厨房を出て行った。ふぅ、と溜め息をついたサリアが自分の持ち場に戻ろうとした時、

 

『うんまーいっ!』

 

座席の方からいきなり大声がして思わずビクッと身を震わせた。それがヴィヴィアンのものだと瞬時にわかったサリアは、奥に行って早速シュバルツの置き土産を一つ摘んでみた。

 

「! 何これ、すっごい美味しい…」

 

思わず二つ目に手を伸ばす。そして三つ目、四つ目…その時には他の当番の面々も来ていて、さながらちょっとした奪い合いになっていた。

 

「ねー、早くしてよ!」

 

カウンターの方から誰かが呼ぶ。しかし、

 

「ちょっと待ってて!」

 

当番の誰かがそう言って撥ねつけた。結局彼女たちが持ち場に戻ってきたのは、シュバルツの置き土産を全て平らげた後だった。

 

 

 

「頂きます」

 

自作の料理を持って適当な席に着き、手を合わせて軽く頭を下げると、シュバルツは早速レンゲで自作のチャーハンを口に運んだ。

 

(うむ、良い味だ。米のパラパラ具合も悪くない。贅沢を言えば白米は冷ご飯だったら申し分なかったんだが、それは仕方がないな)

 

餃子も良い出来上がりだった。久しぶりの調理だったが腕が鈍っていないことに内心でホッとしながら食事を続ける。

そんな状態のシュバルツだからか、自分を遠巻きに見ている食堂の全員が、羨ましそうな視線を送っているのに気付かなかった。ヴィヴィアンが歓喜の声を上げて食べていたものがシュバルツの手作りによるものだということはもう既に食堂中に知れ渡っていた。

そんなシュバルツが自分たちと違うものを食べているのだ。それもシュバルツの自作であることは簡単に察することが出来た。

 

(いいなぁ…)

(美味しそう…)

(食べてみたい…)

 

シュバルツ…というより、彼の食べているものに更に視線が集まる。さすがにそれだけ視線が集まればいやでも気付くことになり、申し訳ないなと思いながら、シュバルツは久しぶりの食事らしい食事を堪能した。

 

「ふーっ…」

 

やがて完食すると満足そうに一息つき、シュバルツは食器を返して足早に食堂を後にした。

 

 

 

 

 

翌日、シュバルツの調理した料理のことは早くもアルゼナルでの一番の話題になった。

実際に食べることの出来たヴィヴィアンやサリアたちは良かったが、収まらないのは他の連中である。自分たちにも食べさせてほしいという意見がそこかしこから噴出したのだ。

この件に関しては放っておいて事態の収束を待とうかと思っていたジルだったが、収束するどころか盛り上がっていく状況にシュバルツを呼び出し、事態を説明した上で一品、料理を作らせてみた。

そこまでのことになってるとは思わなかったシュバルツだが、取り敢えず言われた通り一品作ってジルに提供した。メニューは何の変哲もないただのカニクリームコロッケである。

 

「成る程な」

 

一口齧ってこんな騒動になるのも仕方ないとジルは悟った。アルゼナルで通常配給されている食べ物の比ではないぐらい美味いのだ。そしてそこからのジルの行動は早かった。出撃がなかった日の夕食に限り、シュバルツを厨房に立たせると発表したのだ。

その発表を聞いたアルゼナルの面々は暫くの間、これまでで一番ではないかという程の熱狂をもって喜びを表した。無論、この一連の流れにシュバルツの意思は全く尊重されない。

 

「ではお前が皆を説得しろ」

 

こう言われては如何ともしがたく、シュバルツは諦めの表情で首を縦に振るしかなかった。

 

こうしてシュバルツには、アルゼナルでの大きな…そしてとてもとても大事な仕事が一つ増えたのであった。


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