…すみません、こうやって強引にでも押し切らないと約半年ぶりの更新が怖くて。
本当にご無沙汰してます。申し訳ありません。お詫びというわけではありませんが、GW中にもう一本投稿しますので、今回共々良ければ見てやってください。
ではでは(汗)。
補給を終え、再び大空へと飛び立つ回収班。しかしその船中は先程までとは少し違った空気に包まれていた。
「……」
「……」
「……」
「……」
会話がないのである。重い…というのとは少し違うが、あまり味わいたくない緊張感が船内を支配していた。そしてその空気を作っているのはシュバルツである。
と言っても、シュバルツ自身が不機嫌そうなオーラを出しているかというとそんなわけはなく、いつもと何一つ変わらない。では何が違うのかと言うと、原因はその頭に巻かれた包帯だった。
当事者…というかその場にいて何が起こったかわかっているエルシャは何を話しかけて良いのか、そもそも何か声を掛けるべきなのかもわからずに時折チラチラと、自分が手当てしたシュバルツの頭部に視線を向けるだけである。既に彼女の頭の中からは、シュバルツが先程ヒルダを殺しかけたことに対する怒りなどは消えていた。悪印象がより強い悪印象で塗り潰されてしまったのである。
(何があったの?)
(さあ…? 遠目に見てたから大まかにはわかるんだけど、どんなやり取りがあったかまでは…)
(そうよね…)
操縦席と副操縦席に座っているメイとサリアはそんなシュバルツたちをチラチラと見ながらヒソヒソと囁きあっている。二人とも補給の場に立ち会っていたために一応の顛末は知っているが、気付いたのが途中からだということと、距離が離れていたことで詳しいことはわからなかった。
詳しいことがわからないために口を挟むのもはばかられ、二人とも様子を見るだけにとどまっているのである。
「ねーねーシュバルツ、これ食べる?」
そんな中での救いはヴィヴィアンだった。彼女一人だけその場にいなかったことと、天性の性格もあいまってこの微妙な雰囲気にも関わらず普通にシュバルツに接していた。時と場合によってはこのことが裏目に出ることも多々あるのだが、今回に関しては良い方向に転がっていた。
「いや、それはお前のおやつだろう」
軽く微笑みながらシュバルツが答える。それだけで少し船内の空気が和らいだ。
(((ヴィヴィ[アン・ちゃん]ナイス!)))
三人が内心でサムズアップしたが、そんなのがわかるわけもなくヴィヴィアンが続ける。
「いいよ、あげる!」
「いや、しかし…」
「いーからいーから!」
「…そうか? では頂こうか」
「うん!」
いつもと変わらずニコニコしながら勧めてくるヴィヴィアンにシュバルツも無碍に断るわけにはいかず、差し出された彼女のおやつを受け取った。
「ありがとう」
「どういたしまして!」
元気良く答えると座り直し、ヴィヴィアンは幸せそうな表情でおやつをパクつき始めた。そんなヴィヴィアンを優しい眼差しで見つめながら、シュバルツも彼女から受け取ったおやつを口にした。
久々に口にした甘いものは、心なしか心身を楽にしてくれたような気がした。
他方、アンジュが漂流して流れ着いた無人島。ヴィルキスが横たわっている浜辺でアンジュを助けた青年がヴィルキスをいじっていた。
軍手をして工具箱を開けているところを見ると修理をしているのだろう。出来るかどうかは別にしても…だ。そこにアンジュが、砂を踏み締めながら近づいてきた。
「もう、動いて大丈夫?」
顔を上げ、青年が尋ねた。
「何してるの?」
砂浜に敷いてあるビニールシートに腰を下ろしながら、アンジュが青年に尋ね返した。
「修理…かな?」
内部をいじりながら青年が答えた。
「直せるの?」
少し驚いた様子でアンジュが再び尋ねる。
「ここには、たまにバラバラになったパラメイルが流れ着くんだ。それを調べてるうちに、何となくね。…そこのヘックスレンチ、取ってくれる?」
アンジュが指定のものを手渡す。そして、
「マナで動かせばいいじゃない」
今のやり取りでふと、頭に浮かんだ疑念を口にした。
「……」
青年の手が止まった。
「どうして使わないの? どうしてパラメイルのこと知ってるの? …貴方、一体何者?」
口に出した疑念は二つ、そして三つに増え、青年の答えを待つ。しかし、青年は答えない。いや…
「俺はタスク」
かろうじて三番目の質問の答えだけは返した。もっとも、その答えはアンジュが望んだ回答とは全く違うものであり、それはアンジュにもそして青年…タスクにもわかりきったことだが。
「えっ」
「ただのタスクだよ」
それだけ言うと再び修理に向き合うタスク。
「いや、そうじゃなくて…」
はぐらかされたのは丸わかりなので詰め寄ろうとするアンジュ。が、
「あーっ!」
タスクが大げさに声を上げた。恐らく話を遮断するために。
「やっぱり出力系の回路がダメになってるのか。でも、これさえ直せば無線が回復する。そうすれば仲間と連絡が取れるよ」
「…直したって無駄よ」
タスクの言ったことに、アンジュが伏し目がちになった。紅い瞳が悲しげに揺れる。
「えっ?」
「連絡しても、誰も来ないし」
さっきの場所まで戻ってシートに腰を下ろす。そして、
「帰ったって、誰も待ってないもの」
寂しげにそう、呟いた。
「…そうか」
アンジュの重い言葉にタスクも吐き出すようにそう答えるだけだった。
「あの、良かったら…しばらくここにいたらどうかな? その…変なことしたり、しないし」
顔を赤らめ、照れながらアンジュにそう伝えるタスク。そんなタスクの様子が微笑ましかったのか、
「そうね」
軽く微笑んでそう答えた後、アンジュは海を見つめた。この場合、少し表現がおかしいかもしれないが、それから一つ屋根の下での二人の生活が始まった。
ベッドで寝息を立てるアンジュと縄で近くの木に縛り付けられているタスク。良く見ればその頬には平手打ちされた痕が赤く残っていた。
釣りをするタスクとそれを見ているアンジュ。
釣果を串に刺して焼き、それを食べる二人。
何かの布で部屋に仕切りを作って別々に床に就く二人。
アンジュが料理を作っていたら何故かそれが爆発し、間一髪で助けるものの見事にラッキースケベが発動して股間にダイブするタスク。そしてそんなタスクに容赦なく発砲するアンジュ。
別々に水浴びをしながら偶然タスクの水浴びの姿を見てしまい、顔を赤らめるアンジュ。
降りしきる雨の中、アンジュが差す葉っぱの傘の下、ヴィルキスの修理に勤しむタスク。
疲労からか椅子に座って居眠りをしているタスクに毛布をかけるアンジュ。その目は随分と慈愛に満ちたものになっていた。
こうしてどれくらいの期間かはわからないが、二人は濃密な時間を過ごしていったのだった。
「わあっ、こんなに星が見えるなんて…」
「気付かなかった?」
二人で過ごし始めてから何度目の夜だろうか、その日、アンジュとタスクは川縁に来ていた。
「空なんて、ずっと見ていなかったから」
見上げるアンジュの頭上には、どこまでも広がる夜空と無数の星々が瞬いていた。そしてそのうちの一つが、流れ星となってどこかへと墜ちる。
「綺麗…」
思わずアンジュが呟いた。そんな彼女の手の上に手が重ねられる。振り向いたその先にいるタスクの顔が少し赤くなっていたのが、夜の闇の中でもわかった。
「君のほうが…綺麗さ…」
口説き文句としては使い古された感じが否めない口説き文句ではあるが、それでもこの雰囲気か、それともアルゼナルに来るまでは王族として何不自由ない生活をしてきてこういうストレートな感情表現に免疫がないからか、効果は抜群だった。アンジュの顔もそれと判るぐらいに赤くなった。
見つめ合った二人の顔と顔が近づく。そしてあと少しというところで何かの気配を感じ取ったタスクが顔を背けると、いきなりアンジュを押し倒した。
「あ、あの…」
「静かに」
いきなりの急展開で頭が追いつかないのか、タスクにされるがままに押し倒されたアンジュ。そんなアンジュを制するタスクは、もう既に先程までの甘ったるい表情ではなくなっていた。
と、いきなり上空からスポットライトが降り注ぐ。そしてそれがまるで探し物をするかのように地上を動き回った。
そしてアンジュは気付いた。その源を。上空を軍用と思われるヘリが編隊を組んで飛んでいたのだ。しかもただ飛んでいるのならばともかく、それはあるものを輸送していた。そのあるものとは、恐らくパラメイル中隊によって倒されたドラゴンである。その証拠に、その個体は氷付けになっていた。凍結バレットによって倒されたという何よりの証拠だろう。
「あれって…ドラゴン? 連れて行くの? 何処に? どうして?」
アンジュが矢継ぎ早にタスクに尋ねる。が、ここでアンジュがその回答を得ることはなかった。何故なら鋭いいななきが聞こえたからである。そして姿を表したのは、ヘリが運搬しているのとは又違う個体のドラゴンだった。
「あれは」
その姿にアンジュが思わず呟く。手傷を負っているそのスクーナー級のドラゴンには見覚えがあった。ここに来る原因の一つとなったあのドラゴンである。
ドラゴンは滑空しながら運搬用ヘリに近づく。接近を防ぐためにヘリも迎撃するものの効果はない。そしてドラゴンがヘリの周囲を旋回したかと思うと、ヘリは次々に爆発・炎上してアンジュたちのいる島へと運搬しているドラゴンごと墜落していった。
遠くで赤々と炎が燃え上がり、昼間には遠く及ばないが周囲を照らしていた。
「逃げるよ!」
「えっ」
タスクはアンジュの手を取ると走り出した。が、間の悪いことにその進行方向に先程のスクーナー級が墜落してきた。残念なことにまだ生きている状態で。
「「っ!!!」」
息を呑む二人、スクーナー級は鈍い動きながらも起き上がると二人を威嚇するかのように翼を広げて雄叫びをあげた。
「!」
ホルスターから銃を抜くとアンジュはすぐさま発砲する。着弾はしたのだがしかし、スクーナー級には効いてる様子はなかった。
「そんなので倒せる相手じゃない!」
「じゃあ、黙って食い殺されろって言うの!?」
口論する二人。そんな二人をそれこそ食い殺すためだろうか、スクーナー級が突進してくる。しかし二人はそれをかわして距離を取る。
「! パラメイル、あれでなら!」
閃いたアンジュがタスクに向き直った。
「でも、まだ修理が!」
「直して! 今すぐ!」
「わかった」
頷くと、タスクとアンジュは走り始めた。目指すはヴィルキスのあるあの浜辺である。
「何、あれ」
「爆発?」
同じ頃、アンジュを探す回収班もその光景を目にしていた。一番最初に気づいたのは操縦席と副操縦席にいたメイとサリアである。とは言っても、随分離れていたために何が原因で爆発が起きたのかまではわからなかったが。
「ん? …くんくん、くんくん」
その光景はシュバルツたち三人にも見えた。と、何かに気付いたヴィヴィアンが鼻をヒクヒクさせる。
「どうしたの? ヴィヴィちゃん」
エルシャが尋ねるがしかし、ヴィヴィアンは答えようとせずに鼻をヒクヒクと動かし続ける。そして、
「アンジュだー!」
パッと顔を輝かせた。
「えっ?」
「本当か、ヴィヴィアン?」
「うん! あの炎上してる島からアンジュの匂いがする! ほらほらメイちん、レッツラゴー!」
ヴィヴィアンはこともなげに答えると、操縦席のメイの元へと駆け寄った。
「確かにヴィヴィアンの勘は良く当たるけど…」
「でも他に当てもないし…とりあえず行ってみる?」
「そうね」
サリアとメイが指針を決めたときだった。
「待て、あれは」
シュバルツが呟き、全員が視線を前方に向ける。そこには空を滑るように舞うピンク色の物体が二つほど見えた。
慌ててメイがそれに照準を合わせてスクリーンに映し出すと、読み通りというか何と言うか、それはスクーナー級のドラゴンだった。
「ドラゴン!?」
サリアが驚きの声を上げる。そして二体のスクーナー級はそのまま目標とする島へと降りていった。
「メイ、このまま飛んでいって目標までどのくらいかかる」
「! ちょ、ちょっと待って!」
シュバルツの問いかけにメイは瞬時に進路を該当する無人島に向けて、スピードを上げ始めた。そして速度や相対距離、風向きやその強さなどをシステムに入力して到着までの時間を求める。
「…ダメ、どんなに急いでも十分以上かかるよ!」
「十分か…」
提示された答えにシュバルツの表情が曇った。もしヴィヴィアンの勘が正しいとして、あの二体のドラゴンがアンジュを見つけて降りたのだったら、十分はいかにも長すぎる。実際は既に一体いるから全三体であり、タスクもいるから二人なのだがそんなことは機上のシュバルツたちにわかるわけはなかった。
「で、でも、あそこにアンジュがいると決まったわけじゃ…」
「いるの!」
サリアに否定され、ヴィヴィアンがちょっとムッとした表情になった。
「いや、こういうときは最悪の事態を想定して動いたほうがいい。あのドラゴンたちが皇女殿下を見つけて降りたのだとしたら、いかにも十分は長すぎる。…仕方ない」
厳しい眼差しになったシュバルツが、彼女たちからしてみればとんでもないことを言い出した。
「先行する。後から来い」
「え?」
一瞬聞き間違えたかと思ってサリアが彼女らしくもない間抜けな声を上げた。が、シュバルツはすぐさまヘリの内壁に背を預ける。と、驚いたことにシュバルツの身体はそのままその内壁へと沈んでいき、ついには姿が見えなくなった。
「へえ!?」
誰の声だったかわからないが驚愕の声が上がる。固まった室内の空気を再び動かしたのは
「あ!」
ヴィヴィアンだった。続けて、
「あそこ!」
前方を指差す。三人が振り返るとそこには、いつの間に移動したのか外に出て、ヘリの窓に足をかけて風の抵抗と戦っているシュバルツの姿があった。が、それもほんの一瞬。
「はあっ!」
機内の彼女たちには聞こえないが身体を低く沈め、気合を入れて勢い良く蹴りだす。するとその身体は逆風を切り裂いて目標とする島へと向かって飛んでいった。まるでロケットのように凄まじいスピードで。
機内に残された四人は、その姿を呆然として見送った。
「い、今、壁をすり抜けたよね!? ね!? ね!? ね!?」
メイは錯乱し、
「…ヘリのスピードより速いって、どういう身体構造してるのよ。物理法則も何も、あったもんじゃないわ」
サリアは信じられないものを見たとばかりに呟き、
「み、ミスター、いくらなんでも無茶苦茶すぎ…」
エルシャは引きつった笑みを浮かべ、
「ほえー…ほんと、すっげー!」
唯一ヴィヴィアンだけがいち早く自分を取り戻すと、キラキラした目になってシュバルツが消えていった方を見ていた。
他方、アンジュたちのいる無人島。
パラメイルのあるあの砂浜に行くため、アンジュとタスクは必死に走っていた。と、突然轟音と共にその行く手が塞がれる。
「ドラゴン!? こっちにも!?」
「このクソ忙しいときに!」
二人の前方を新手のドラゴンが塞いだのだ。それも二体。後ろから追いかけてくるドラゴンを含め、計三体に囲まれることになった。
「行って!」
さっきのことで無駄とはわかっていてもホルスターから銃を抜いて、前に現れたドラゴンに発砲しながらアンジュが短く叫ぶ。
「えっ!?」
「早く行って! ここは私が引き付けるから!」
「そんな、無茶だよ!」
思わずタスクが叫ぶ。
「勘違いしないで! 戦うわけじゃない、あくまでも時間を稼ぐだけ!」
新手のドラゴンの体当たりをかわしながら銃を撃つ。
「私には修理なんて出来ない! だから早く!」
「…わかった! 死ぬなよ!」
「当然!」
軽く微笑を浮かべて答えると、二人は又ドラゴンの体当たりをかわした。そのまま茂みに突っ込んだタスクは後ろ髪を惹かれる思いを感じながらも、今自分に出来ることをするためにヴィルキスの元へと走った。
「…ああは言ったけど、流石にキツイわね」
他方、タスクを送り出したアンジュは呼吸を整えながら呟く。自分の前方には三体のドラゴン。回り込んでいるということはないためにそこは安心することが出来たが、それでもパラメイルに…ヴィルキスに乗っているならばともかく、生身では勝てる自信はなかった。
(でも、こんなところで私は死ねない!)
決意を新たにドラゴンたちの動きに神経を集中させるアンジュ。目的はドラゴンを倒すことではなく、ヴィルキスを修理する時間を稼ぐこと。回避や防御に徹するのであれば、相手が三体でも何とかなると思っていた。
(と言うより、何とかするしかない!)
決意を胸にドラゴンたちの攻撃をかわす。単発の攻撃をいなし、波状攻撃は地形を利用して隠れながら時間を稼ぐ。神経が張り詰めているために体力の消費は普段の比ではなく、短時間の攻防でアンジュの息は上がってきていた。
(まだなの!?)
思わず意識をタスクの走って行った方に向けるアンジュ。それが命取りとなった。一体のドラゴンに、その長い首でかち上げられたのだ。
「きゃあっ!」
悲鳴と共に吹き飛び、したたかに全身を打ち付ける。いつつつ…と身を起こしたときには、三体のドラゴンがもう身近まで突進してきていた。
(やられる!)
思わず目を瞑り、顔を背けるアンジュ。死ぬわけにはいかないと思っても、いよいよのときにこうなってしまうのは人間として仕方ないことなのかもしれない。しかし彼女を襲うはずの死は、予想に反して訪れなかった。
代わりに感じたのは心地よい風と空を飛んでいるような浮遊感。そして、暖かな温もりだった。
(えっ?)
恐る恐る目を開ける。そこには、
「大丈夫か?」
自分をお姫様抱っこで抱えているシュバルツの姿があった。気付けばドラゴンとは少し離れた位置に移動していた。
「あ、貴方、どうして…」
今の状況が理解できずに混乱しながらアンジュはやっとそれだけ尋ねる。
「話は後だ。しっかり掴まっていろ」
「え、きゃっ!」
シュバルツはアンジュの問いに答えずに、アンジュを抱きかかえたまま迫り来るドラゴンの攻撃を次々にかわす。流石にこの状況下では大人しくしているしかなく、アンジュは小さく丸まってシュバルツに身を預けていた。
(これでは埒が明かんな)
一方、アンジュを抱きかかえたまま回避に専念しているシュバルツはそう思い始めていた。シュバルツの技量を持ってすれば例え三対一でなおかつ人一人ぐらい抱きかかえていても回避専念ならばどうと言うことはない。だが、攻撃が出来ないために状況を好転もさせられなかった。
足技だけでもどうにでも出来る自信は十分にあるものの、抱きかかえている人間…アンジュにかかる負荷を考えるとあまり選択したい手段ではない。そのため、シュバルツは何度目かの攻撃をかわすと大きく後ろにジャンプし、十分にドラゴンたちから距離を取った。
「立てるな?」
そして、アンジュを丁寧に地面に降ろしながらそう尋ねる。
「え、ええ」
「結構。行け」
「え?」
何を言われたのかわからず、アンジュが思わず呟いた。…いや、本当はわかってはいたのだが、頭が理解しきれない…あるいは理解することを拒んでいたのだろう。
「行け。ここは私が引き受ける」
しかしシュバルツは同じ言葉を繰り返すのみ。
「なっ、バカ言わない「生身の貴様がいては足手纏いになると言っている! それがわからんのか!」…っ!」
反論しようとしたアンジュにそれを許さず、シュバルツが強い口調で押さえ込んだ。アンジュは最初こそ驚いた顔をしていたが、すぐに顔を真っ赤にしてシュバルツを睨む。が、シュバルツがそんなものに動じるわけはない。
「そのナイフだけ借り受けるぞ!」
言葉通り、シュバルツはアンジュが携行しているナイフを素早く手にしてドラゴンたちに正対して構える。
「どうしてもというのなら、パラメイルを持ってこい!」
「っ! わかったわよ!」
苦々しい表情になりながらも走り出すアンジュ。その目には悔しさからか悲しさからか、涙が浮かんでいるように見えた。
「…全く、世話の焼ける皇女様だ」
遠くなっていくアンジュの走る音を聞きながら、シュバルツは軽く笑みを浮かべた。
「おーいっ!」
「タスク!」
ヴィルキスを求め走るアンジュの前方から、聞きなれた声が聞こえてきた。
「良かった、無事だったんだね」
アンジュの元まで走ってくると額に滲んだ汗を拭いながら乱れた呼吸を整えるタスク。
「ヴィルキスは!?」
そんなタスクにアンジュは切羽詰った様子で詰め寄った。
「直ったよ。だから君を呼びに「わかったわ!」…って、ちょっと!」
全て話し終わる前に自分の横をすり抜けてヴィルキスの下へと向かうアンジュを追いかけてタスクは走った。
「ドラゴンは?」
アンジュと併走する形になったタスクが走りながら尋ねる。
「まだ残ってるわ」
「そうか。でも、良く抜けられたね」
「…抜けてきたんじゃない」
アンジュが苦々しげにギリッと唇を噛んだ。
「え?」
「早く、助けに戻らないと…」
「助けるって…誰をさ?」
「…いっつも居丈高で、偉そうで、大っ嫌いな男だけど」
「へ? 男?」
予想もしていなかった意外なその一言に、タスクが驚いたような素っ頓狂な声を出す。
「それでも、死なせるわけにはいかないのよ!」
歯を食いしばると、アンジュはギアを一段上げた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
自分を残してスピードを上げたアンジュに追いつくべく、タスクも気合を入れて走り続けた。
(急がないと…っ!)
フライトモードに変形したヴィルキスでとんぼ返りするアンジュ。目指すのは勿論さっきの現場、シュバルツがドラゴンと対峙しているはずのあの場所である。
嫌な予感は時間が過ぎるほど大きくなっていく。自分は全力をつくしていてもそれでもやっぱりある程度の時間は過ぎていた。そのため、ドラゴンに嬲られる、あるいは捕食されるシュバルツの姿がどうしてもその脳裏に浮かんできてしまう。
そのたびにアンジュは何度も頭を振ってその映像を追い払うのだが、それでも次から次へと良くないビジョンばかりが頭に浮かんできた。
「あーもう! 全部あの男のせいよっ! 戻ったら一回殴ってやる!」
自らを奮い立たせるようにそう言うと、アンジュは飛行を続けた。やがて現場付近に到着し、上空から探索する。と、
「え…」
あるものを発見し、呆然としながら思わず呟いた。そしてアサルトモードに変形すると、その地点へと降りていく。そしてそこに着陸すると、ハッチを開けて外に出た。
「遅かったな」
そこにはシュバルツが立っていた。別れたときと同じ、何一つ変わらない様子で。変わっているのは周囲の光景だった。三体のドラゴンたちが物言わぬ肉塊と化しているのだ。そしてシュバルツはナイフについた血をピッピッと払うと、懐からハンカチを取り出してそれを拭った。
「…これ、全部貴方が?」
肉塊となったドラゴンに視線を走らせながらアンジュが尋ねる。三体とも見事に一刀両断で首を切断されていた。その身体に無駄な傷跡がないことから、恐らくほぼ初撃で命を奪ったのだろう。
「そうだが?」
対するシュバルツは、それがどうしたとばかりに尋ね返す。そして、血糊を拭ったナイフをアンジュに差し出した。
「返しておこう」
「え、ええ」
呆然とした表情のままナイフを受け取り、アンジュは鞘に納めた。と、
「ひ、酷いじゃないか…」
どこかから息も絶え絶えな様子の声がする。シュバルツとアンジュがそちらに首を向けると、やがて死にそうな表情のタスクが姿を表した。
「タスク!」
その姿に駆け寄るアンジュ。対してシュバルツは何をするでもなく二人をジッと見ていた。
「何も言わずにパラメイルに乗って飛んで行っちゃうんだもの。おかげで僕は又ここまで走ってくるハメになったんだよ…?」
「あ…う…」
完全にタスクのことを失念していたアンジュは何も言い返すことが出来ず、顔を真っ赤にして言葉を詰まらせるのみ。どうフォローしたものかと思い悩んでいると、
「あああーっ!」
タスクが突然素っ頓狂な声を上げた。
「な、何?」
驚いて声を上げるもタスクの視線はアンジュではなくその後ろのドラゴンの死骸へと向かっていた。
「こ、これ、まさか君が…?」
その光景を指差しながら恐る恐る尋ねる。
「違うわよ」
疲れたようにそう言うと、後ろ手である方向を指差した。そこには、血の海の中で佇みながらタスクたちを見ているシュバルツの姿があった。
「あの人が?」
「ええ」
アンジュが頷く。が、それでも信じられないといった様子でタスクは呆然とシュバルツを見ていた。
「ひょっとして、君が助けたいって言ってたのってあのひ「は?」」
タスクが言い終わる前にアンジュが言葉をかぶせて遮った。
「いや、だから「誰もそんなこと言ってないわよね?」…へ?」
アンジュの豹変振りにタスクは間抜けな声を上げる。が、そんなタスクに構わずアンジュはニコニコ微笑んだままその襟首を捻り上げ、そして、
「言っ・て・な・い・わ・よ・ね?」
と、一言一言区切って念を押す。
「ソ、ソウデスネー」
有無を言わさぬ迫力に、タスクは壊れた楽器のようにそう発言するしかなかった。そんな二人のやり取りを、シュバルツはクツクツと笑いを殺しながら見ていた。
「やれやれ、とんだ無駄足だったわ」
ヴィルキスが漂流したあの砂浜まで戻ってくると、アンジュはヴィルキスを降りて呟いた。そして振り返る。だがそこには、タスク一人の姿しかなかった。一緒にいるはずのシュバルツの姿がなかったのである。
「あれ? あいつは?」
アンジュが尋ねた。
「ああ、あの人なら念のため周囲を見てくるって言ってジャングルの中へと入って行ったよ」
「ああ、そう」
シュバルツの動向がわかって内心でホッとするアンジュ。そんな彼女の思考などわかるわけもなく、タスクは振り向いて随分火勢は落ち着いてきたものの未だ炎上を続けるジャングルに目をやった。
「もうこの森にはいられないな。急がなくっちゃ。…君は、どうする?」
顔を戻したタスクがアンジュに尋ねた。そして表情を和らげながら、
「一緒に来ない?」
と、続ける。
「君は、ちょっと乱暴だけど、その…綺麗だし、可愛いし、美人だし…君の裸も見ちゃったし、あんなこともしちゃったし、責任取るからさ…」
顔を赤らめながらも精一杯アピールするタスク。そんなときだった、無線から通信が入ってきたのは。
『アンジュちゃん、応答願いまーす。もう死んじゃってますか? 死んじゃってるなら死んじゃってるって言ってくださーい』
「何だ?」
突然の無線に戸惑うタスクだが、アンジュは表情を柔らかくすると無線に答えた。
「こちらアンジュ。生きてます」
『アンジュ、ホントにアンジュなの!? やっぱり生きてたんだー!』
「救助を要請します」
『りょ、りょうかーい!』
そして通信を切ると機体を降り、タスクの元へと戻ってくる。
「私、帰るわ」
「ええっ!?」
そう言われるとは思ってなかったのだろうか、タスクが驚きの声を上げた。
「今はあそこが…あそこしか、私の戻る場所はないみたいだから。…それに、やられたらやり返さないと」
「そっか」
返す言葉は多くを語らない。
「ありがと。私一人じゃ、死んでた」
でも、意思は十分伝わったのだろう。それはこの返答だけで十分にわかることだった。
「どういたしまして」
笑顔で答える。と、アンジュがゆっくりとタスクに近づいた。
「ごめんね。一緒に行けなくて」
「へっ!?」
突然距離を詰められて顔を赤くするタスク。が、次の瞬間、いきなり襟首を引っ張られた。そして、ビシッと指を指される。
「いいこと!? 私は貴方とは何もなかった!」
「ええっ!?」
「何も見られてないし、何もされてないし、どこも吸われてない! 全て忘れなさい、いいわね!」
「ああっ、はいっ…」
良く見ればわかるのだがそう言って凄んでいるアンジュの顔は赤く、自分で自分の言っていることに照れているであろうことが良くわかる。しかしタスクには余裕がないのかわからないのか、アンジュの迫力にしどろもどろになりながら賛成することしか出来なかった。
「アンジュ」
本気なのか冗談なのかはわからないがタスクの返答を聞いて拘束を解くと、アンジュは始めて自分の名を名乗った。
「え?」
「アンジュよ、タスク」
「…いい名前だ」
タスクは微笑むと身を翻す。
「またね、アンジュ」
そして手を振りながらその場を走って去っていった。
「変な人」
微笑みながらタスクを見送るアンジュ。と、走り去っていくタスクと入れ替わるかのようにヘリのローター音が聞こえてきた。
「ここでクイズです! 墜ちたのに生きてるのってだーれだ? 答えは、アーンジュー!」
ドアから身を乗り出して、ヴィヴィアンが手を振っていた。後ろにはエルシャの姿もある。実に久しぶりのアルゼナルの面々との再会だった。
(収まるべく所に収まったようだな)
そんなアンジュとタスクのやり取り、あるいはアンジュとヴィヴィアンたちとのやり取りを偵察から戻ってきていたシュバルツが見守っていたのには、誰も気付いてはいなかった。
探索に出る前にジルにああ言われ、それに応ずる返答はしたものの、アンジュがタスクと一緒に行くつもりがあるならシュバルツは黙認しようと思っていたのだ。
普通の神経をしていれば、誰だって殺るか殺られるかの戦場に身を置きたくはないはずである。ましてやその対象となる人物はつい先日まで何の不自由もなく暮らしてきた皇女様。全てを捨てて逃げたいと思っても仕方のないことだと思っていたし、そうしても何ら不思議なことはない。
だがアンジュはそれを選ばなかった。それが幸か不幸かは別にして、だ。そして本人が決めた以上、他人である自分がとやかく口出しする資格はない。
そう考えを纏めて、一連のやり取りを見届けると自分も合流するべく、シュバルツはアンジュたちのいる場所へと歩いていった。
場所は変わり、同無人島のどこかの岬の突端近く。幾つものライフルが突き立ち、その上にヘルメットが置かれた簡易的な墓と思われる場所の前で佇むタスクの姿があった。そのいでたちは今までのものとは違い、軽装とはいえ戦闘服と言って差し支えない格好だった。片方の肩に鞄をかけ、反対側の手に同じく鞄を持ったタスクは別れを告げるかのようにその墓所の前から立ち去った。
向かった先は同じく島のどこかにある洞窟を改造した格納庫。そこにあった、シートをかけられているある物体のシートをはがす。姿を現したのは黒いカラーリングの、パラメイルのフライトモード形態に良く似た機体だった。
その機体のパイロットシートの先にある一部分にタスクは目を向ける。そこには、眉目秀麗なパイロットスーツを着た二人の男女。そして、まだ幼いタスクが一緒に写った写真が飾ってあった。
それに乗り込んだタスクはエンジンを起動させる。そしてそのまま発進して大海原へと滑り出した。
その目は強い決意に満ち、前だけを向いていた。
「はい、アンジュちゃん」
「ありがとう」
アンジュ、並びにヴィルキスを無事に回収した回収班が帰路に着く。その途上でエルシャがアンジュにコーヒーを手渡した。
「あら、あらあら」
まさか礼を言われるとは思っていなかったのだろう、エルシャが一瞬驚く。が、すぐに嬉しそうな顔になった。
「ねえヴィヴィアン、あの変なマスコット、まだある?」
「え…」
「アンジュ、今、名前…」
続いてのセリフに名前を呼ばれたヴィヴィアンも、それを聞いたサリアまでも驚いたような表情になった。
「私のコックピット、何もないから」
その言葉に、ヴィヴィアンの表情が今度は見る見る嬉しそうになる。
「カレー臭いけど、いい?」
「…ヤダ」
オチがついたところで、アンジュが立ち上がった。今度は何をするつもりなのかと周囲が見守る中、ゆっくりとある方向へ歩いていき、そして目的地…シュバルツの前で立ち止まった。
「…ん?」
壁際に立って窓から流れる外の景色を見ていたシュバルツが気配を感じ振り返る。と、
「あ、あの…」
何か言いたいことがあるのだが言いにくいのだろうか、アンジュにしては珍しく口ごもった。
「何だ?」
先を促す。と、
「さっきは、その…」
「ん?」
「あ、ありがとう。おかげで助かったわ…」
そう言って、アンジュはエルシャから渡されたコーヒーをそのまま差し出した。その行為に周囲がビックリした様子でアンジュを見ている。そしてそれは当のシュバルツも同じだった。
「…驚いたな」
差し出されたコーヒーを受け取り、シュバルツが呟いた。
「な、何がよ…」
気恥ずかしいのか、顔を赤らめ、視線を逸らしながらアンジュが尋ねた。
「いやお前、礼を言ったり、感謝したり出来るのだな。今までの態度から、そういうのとは無縁なものだと思っていたのだが…」
「なっ、失礼なこと言うんじゃないわよ!」
余りといえば余りな言い草に思わずカッとなったアンジュが平手を打つために振りかぶる。それを見て皆、ああ、又軽くあしらわれるだけなのに…と思っていた。当の本人ですらしまったと思っていたが、今更止めることはできない。が、
パーン
乾いた音が船内に響き渡った。アンジュの平手がシュバルツの頬を打ったのだ。
「え…」
皆が驚いていたが、中でも一番驚いているのはアンジュだった。
「何…で?」
自分の手とシュバルツの顔を交互に見ながら呆然と呟く。
「非は私にあったからだ」
そんなアンジュに答えたのは、当然シュバルツだった。
「え?」
どういう意味かわからず、重ねて呟くアンジュ。
「礼を言ったり、感謝したり出来るのだななどと、確かに失礼過ぎる言葉だった。普通に考えれば怒るのも当然だろう。だから甘んじて平手を受けた」
そして近くにコーヒーを置くと、シュバルツはアンジュに深々と頭を下げた。
「すまなかったな、皇女殿下」
続けて驚きに包まれる船内。そんな中、
「…アンジュよ」
当の本人のアンジュだけは、そうシュバルツに向かって呟いた。
「ん?」
頭を上げると、シュバルツが聞き直す。
「いい加減、もう皇女殿下っていうのはやめて。わたしはもうアンジュリーゼ=斑鳩=ミスルギじゃない。ただのアンジュよ。わかった? シュバルツ」
改めてそう自己紹介する。そしてこのとき初めて、アンジュはシュバルツの名前を呼んだのだった。
「…そうだったな。では改めて、すまなかったな、アンジュ」
シュバルツは改めてもう一度頭を下げる。
「ふ、ふん、わかればいいのよ!」
方向転換すると、肩を怒らせながら戻るアンジュ。後ろを向いたためにシュバルツにはわからなかったが、それ以外の面々にはアンジュの頬が真っ赤になっているのが丸わかりだった。
「……」
軽く平手を食らった頬を擦りながら、シュバルツは置いておいたコーヒーを飲む。いつもと何も変わらないはずのそれは、いつもより少しだけ美味く感じた。