機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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おはようございます。

今回は特に前置きは何もなし。続きをご覧下さい。

では、どうぞ。


NO.11 世界を変える出逢い

深淵の闇から意識が戻ってくる。どれぐらいそうしていたのだろうか、アンジュはいつものように目を開けた。そこは、見たこともない天井。

 

「…ハッ!」

 

意識があることを認識すると、自分の現在の状況を確認する。どうやら自分はベッドに寝かされているようだった。慌てて起き上がろうとするも動けない。何故なら両手とも縄で拘束され、ベッドに縛り付けられているのだ。

 

「えっ!」

 

もがきながら顔を反対方向に向けると更にぎょっとした。そこには自分と同年代と思しき青年が同じベッドに寝て寝息を立てているのだ。

 

「!!!」

 

思わず硬直するアンジュ。すると、タイミングが良いのか悪いのかはわからないが、寝ていた青年が目を覚まし、二人は自然と目を合わせることになった。

そのまま自分の身体に目を向けると、一糸纏わぬ姿であるだろうことが容易に予想できる露出した肌。

 

「えええええーっ!」

 

どこともわからぬ場所で、アンジュの悲鳴は木霊した。

 

 

 

 

 

時間は戻り、アンジュが気を失った頃。

凍結バレットの攻撃を浴びたブリック級は敗れ、力なく海へと落ちていった。

 

「目標沈黙、作戦完了」

 

パメラ・オリビエ・ヒカルたちオペレーターの報告が次々と読み上げられる。

 

「損傷状況。ロザリー機、右スラスター小破、飛行に問題なし。エルシャ機、右肩被弾、飛行に問題なし。アンジュ機、ロスト」

 

報告を聞くとエマは仕事は終わりとばかりに司令部を立ち去る。

 

「ご苦労だった。全機帰投せよ」

 

そして司令であるジルは帰投命令を下す。と、

 

『あ、あのっ!』

 

切羽詰った声でサリアから通信が入った。

 

「ヴィル…アンジュ機は、破壊されたわけではありません。捜索し、今すぐ回収すべきかと…」

「冗談でしょお!?」

 

それに真っ向から異を唱えたのはヒルダだった。

 

「戦闘でクタクタ。燃料はカスカス。なのにあの痛姫様とポンコツ機を探せって言うのかい? 隊長さん」

 

そう言われるとサリアも反論は出来ない。どう考えたって理はヒルダの方にあるからだ。

 

『ヒルダの言うとおりだ』

 

それを追認するかのように、再びジルからの通信が第一中隊へと入った。

 

『後ほど、回収部隊を出す。中隊は全機帰投』

「帰るよ!」

 

ジルの命令が重ねて告げられたこともあり、第一中隊は全機戦闘空域を離脱してアルゼナルへと帰投したのだ。

 

 

 

 

 

そして今、時間は戻りどこかの無人島。

奇跡的に一命を取り留めたアンジュは、恐らく全裸の状態で手を拘束されてベッドの上に横たわっていた。そして、自身の隣で寝ていた青年と言葉もなく見詰め合っている。

 

「ゴメン! 念のために、縛らせてもらった」

 

沈黙を破ったのは青年の方だった。雰囲気にいたたまれなくなったのだろうか、身を翻してベッドから起き上がるとコップに水を汲む。

彼がそうしている間に状況を理解しようとしているのか、アンジュはいたるところに視線を走らせた。生活空間を備えたどこかの洞窟らしいのはわかったがそれ以上のことはわからなかった。

 

「君は、どうしてここにぃっ!」

 

青年はアンジュに飲ませるためだろうか水を注いだコップを持って戻ってくる。が、間が悪いのか運が悪いのか、床に散乱していた空き瓶を踏んでしまい、バランスを崩してダイブしてしまった。それも、運が良いのか悪いのかアンジュの股間部分へと。

 

「なっ…!」

「へっ…?」

 

覗き込み覗き込まれ、時間が止まる。先に再起動したのは青年の方だった。

 

「ゴメン! これは「いやあああああっ!」」

 

慌てて謝罪の言葉を紡ごうとするも悲鳴を上げたアンジュの膝蹴りが青年の頬に入る。そのまま両足を青年の腹の下にもぐりこませると膝で蹴り上げ、ベッドの外へと放り出した。とても両手が拘束されているとは思えない運動神経だし早業である。

その衝撃でアンジュを拘束していたベッドの一部分が壊れたために急いで起き上がると両手の縄を引きちぎる。そして荒い呼吸を繰り返しながら身体にかかっていた毛布をバスタオル代わりに身体を隠し、近くにおいてあった自分のライダースーツを回収して脱兎の如くこの洞窟から逃げ出した。

 

(何なのここ…。私、どうして…)

 

走りながら必死に頭を整理しようとする。と、

 

『助けてやろうかぁ?』

『失せろ、ゴキブリ!』

 

墜落する前のヒルダとの一悶着が思い出された。

そのまま適当な場所でライダースーツに着替えると息を弾ませながら進んでいく。視界の開けた場所に出ると、そこにあったのは白い砂浜とそこに横たわる自分の愛機、ヴィルキスだった。

息を切らせながら走って近寄りヴィルキスに乗り込むと起動させようとする。しかし、ウンともスンとも言わない。

 

「どうして動かないの…っ」

 

いらだたしげに臍を噛みながらコックピットから身を乗り出し外装を眺めてみる。すると、エンジン部分が妙に汚れているのが目に付いた。

コックピットから降りてエンジン部分に近づき、恐る恐る手を差し込んで探ってみる。すると、排気で汚れたと思われるカラフルなランジェリーが何枚か落ちてきた。

そしてそれを手に取り、真っ先に浮かんできたのがヒルダの姿だった。証拠はない。だが、乙女の第六勘が告げたのだ、それが真実だと。

 

「このお…っ!」

 

忌々しげに排気で汚れたランジェリーを握り締める。そして、

 

「このっ。このっ、このっ、このっ、このお…っ」

 

怒りが収まらないとばかりにそれを引きちぎり、叩きつけ、これでもかとばかりに踏みにじる。と、

 

「酷いじゃないか…」

 

と、自分以外の声が聞こえた。ハッとして顔を上げると、さっき蹴り飛ばしたあの青年がこっちに向かって来ていた。

 

「君は、命の恩人になんてことを…」

「ッ!」

 

その姿を見止めると、アンジュはホルスターから銃を取り出し、彼の足元に向けて発砲した。

 

「えっ、ええっ、えええっ!」

「それ以上近づいたら、撃つわ」

 

悲鳴を上げながら飛び退った青年に銃口を向ける。

 

「お、落ち着け! 俺は君に危害を加えるつもりはない! それに君もう撃ってるし…」

「縛って脱がせて抱きついておいて」

「だ、だからあれは…」

「目覚めなければ、もっと卑猥で破廉恥なことをするつもりだったんでしょう!」

「もっと卑猥で破廉恥ぃ!? はぁっ…」

 

大きく息を吐きながら、青年は肩を落とした。

 

「全く…あの男もムカつくけど、あんたも最低ね」

「君の言うあの男ってのが誰のことか知らないけど、僕はそんなことはしないよ」

 

と、言いながら

 

「女の子が気を失ってる隙に豊満で形のいい胸の感触を存分に確かめようとか、無防備な肉体を隅々まで味わおうとか、女体の神秘を存分に観察しようとか…」

 

青年はどんどん墓穴を掘っていく。アンジュの顔が赤くなっていき、表情がどんどん変わっていくことに気付いていないのがこの青年の不幸だった。

 

「そんなことをするような奴に見えるってゆうの「そんなことをするような奴だったの!?」」

 

墓穴が更に誤解を生んでいた。

 

「何て汚らわしい、この変態!」

「誤解だ! 俺は本当に君を助けようと!」

 

銃を構えながら距離を詰めてくるアンジュのプレッシャーに気圧されたのか、青年は後ずさる。と、青年の足元にいた蟹が彼の足の指を鋏で挟んだ。

 

「痛ったああああっ!」

 

痛みでバランスを崩し、アンジュの方へ倒れこむ。とっさのことにアンジュも対応できず一緒に倒れ、結果、青年はこの短時間に二回目の股間ダイブを成し遂げることになった。空気の読んだ蟹の非常にいい仕事である。

 

「はっ!」

 

青年は急いで顔を上げるも、時既に遅し。

 

「うわああああああっ!」

 

悲鳴の後には数発の銃声が鳴り響いた。そして、

 

「変態、ケダモノ、発情期!」

「あのー…もしもーし…今のは事故…」

 

真っ赤になって肩を怒らせながらジャングルから出てきたアンジュと、その後ろで簀巻きのようにグルグル巻きにされて吊るされる青年という構図が出来上がることとなったのだった。

 

 

 

 

 

「ヴィルキス墜ちたそうだね」

 

アルゼナル内、ジルの私室でジャスミンは溜め息をついた。

 

「やっと乗りこなせる奴が現れたと思ったんだけどねえ」

「機体の調子は良かったのに、どうして…」

 

メイが悔しそうにパンと手を打った。

 

「考えるのは後よ。今は機体の回収が最優先」

「わかってる。すぐに回収班を編成する」

 

サリアの言葉に、メイが同意する。と、

 

「アンジュもだ」

 

ジルがそう付け加えた。

 

「え?」

「アンジュも必ず回収しろ。最悪…死体でも構わん」

 

タバコに火を点けそう命令する。その言葉を聞き、サリアは眉根を寄せて何とも形容しがたい表情になった。そんな時だった、ジルの私室をノックする音が聞こえた。

 

「どうぞ」

『失礼する』

 

扉を開けて入ってきたのはシュバルツだった。もっとも、その声色を聞いただけで誰なのかは部屋にいた全員、わかっていたことだが。

 

「お呼びだそうだな」

 

そのままツカツカと歩いてジルの正面までやってくると、シュバルツは彼女にそう尋ねた。

 

「ああ。お前の力を貸してほしい」

「何があった?」

「既に知っているかもしれんが、先程の戦闘でアンジュが行方不明になった」

「ほぉ」

 

関心があるのかないのか判断のつかない声色である。

 

「これから回収班を出すのだが、お前にも参加してもらいたい」

「わかった、私向きの任務だ。いいだろう」

「頼む。最悪死体になっていても構わん。ヴィルキス共々必ず回収して欲しい」

「…了解した」

 

ジルのアンジュへのこだわりに引っかかったシュバルツだが、この場で突っ込むのはやめた。素直に口を割るはずもないし、遭難者の救助なら時間は惜しい。そんなことにかまけている場合ではないからである。

 

「シュバルツ」

 

不意に、別方向から声を掛けられた。

 

「ゾーラか」

 

そこにいたのはもう、良く見知った顔になっているゾーラだった。

 

「あのわがまま皇女殿下のこと、頼むよ」

「最善は尽くそう」

「あんたにそう言ってもらえりゃ安心だ」

「ふっ、あまり買いかぶるな」

 

軽口の応酬だが、シュバルツは不快な気分にはならなかった。それはゾーラもそうなのだろう、楽しそうに笑みを浮かべている。

 

「さて、ではお前達、頼むぞ」

『イエス、マム』

 

サリアとメイは敬礼をすると即座に出て行った。そしてそれを追いかけるように、シュバルツもジルの私室を後にした。

 

 

 

 

 

「司令」

 

サリア達が去った後、ゾーラが口を開いた。

 

「ん?」

「シュバルツの機体、探りを入れますか?」

「それは考えたのだがな…」

 

ふーっと紫煙を吐く。

 

「メイも出払うことになるからな。今回は止めておこう」

「宜しいので?」

「何だゾーラ、今回は随分と積極的じゃないか」

 

ふふっと楽しそうにジルが微笑んだ。

 

「べ、別にそういうわけでは…」

「ふふっ、まあいいさ。急いてはことを仕損じる。あまり悠長なことも言ってられないが、下手に手を出してバレたらまずい。ここは大人しくしておくさ。それに…」

「? それに?」

「あの機体に関してはメイに下駄を預けたからね。余計な手出しをしてメイが臍を曲げても困るからな」

 

それだけ言うと、ジルは再びふーっと紫煙をこゆらせた。

 

 

 

 

 

「メイち~ん!」

 

回収班を編成して今まさに旅立とうとするサリアとメイの足を誰かが止めた。二人が振り返ってみると、ヴィヴィアンとエルシャの二人が息せき切らせて走ってくる。

 

「回収行くんでしょ? あたし達も手伝う!」

「二人とも、さっき帰ってきたばかりじゃないか」

「すぐ行かないと死んじゃうから!」

 

二人を気遣うメイだったが、ヴィヴィアンの返答にサリアともども驚いて顔を見合わせた。

 

「アンジュ、まだ生きてる! わかるもん!」

「早く見つけてあげなくちゃ。きっとお腹空かせてるわ」

「ほらほら、レッツラゴー!」

 

そのままメイたちの返答も聞かず、二人はヘリへと乗り込んだ。

 

「お、シュバルツ発見!」

「あら、ミスター」

「お前達か」

 

先にヘリに乗り込んでいたシュバルツに気付いたヴィヴィアンとエルシャが、お互いに挨拶を交わした。

 

「お前達は回収班に入っていなかったはずだが…」

「志願しました!」

 

いつものように元気一杯にそう言うと、満面の笑みでヴィヴィアンが敬礼した。

 

「そうなのか?」

 

顔を動かし、シュバルツがエルシャに尋ねる。

 

「ええ。ヴィヴィちゃんが、アンジュちゃんが生きてるからって」

「そうなのか? ヴィヴィアン」

「うん!」

「ヴィヴィちゃんの勘、良く当たるんですよ」

「それは…何となくわかる気がするな」

「うふふ」

 

楽しそうに微笑みながらエルシャはシュバルツの右隣に腰を下ろす。そしてヴィヴィアンは左隣に腰を下ろした。

 

(いいなぁ…)

 

役割上、操縦席や副操縦席に座るしかないメイとサリアはそんな二人を羨ましそうに見るが仕方ない。

こうして、若干の追加人員を乗せて回収班のヘリは空へと旅立った。

 

 

 

 

 

他方、アンジュが意識を取り戻した無人島。

自分を回収するための回収版が編成され、それが飛び立ったなどとは知るわけもなく、アンジュは一人ヴィルキスが動かないか悪戦苦闘していた。

 

「どうして非常食も積んでないの!?」

 

毒づく。と同時に、

 

「ノーマの棺桶…か」

 

以前サリアがそう言っていたことを思い出し、思わず呟いた。と、いつの間にか潮が満ちてヴィルキスの大部分を隠すまでになってきていた。

 

「嘘!?」

 

慌ててヴィルキスから離れて島に戻る。更に折の悪いことに空を覆っていた黒雲が雨を降らせ始めた。

ジャングルの中を当てもなく歩く。傘のような気の利いたものは当然携帯しているわけもなく、木々が覆っているだけまだマシだったがそれでもその身体は容赦なく冷たい雨に晒されることとなった。しばらく歩いていると突如雷が目の前の木に落ち、真っ二つに裂けて炎上する。

 

「ヒッ!」

 

思わず頭を抱え込んでしゃがんでしまうアンジュ。一時的にでも良いからどこか避難する場所はないかと周りを見渡すと、丁度良く木の洞が大きく開いて雨風をそれなりにしのげる場所があった。

背に腹は変えられぬとばかりにそこに入ると腰を下ろして一息つく。寒さに身を震わせていると、突然内腿に刺すような痛みが走った。

 

「痛った!」

 

顔を顰めながら見てみると、そこには自分の内腿に噛み付いている蛇の姿があった。

 

「ひうっ! えいっ!」

 

急いでそれを引き剥がすと地面に叩きつける。そしてこれまた大急ぎでその場から立ち去った。

足を引きずりながらジャングルの中を当てもなく進む。雨で体温は奪われ、悪いことに先程の蛇は毒蛇だったらしく体調不良に拍車をかけていた。患部の血は収まってきているものの、顔色はどんどん悪くなっていく。

ついにアンジュは一歩も動くことが出来ず、その場に倒れこんでしまった。

 

「誰か…」

 

降りしきる雨、その遥か上空にかかる空を覆う分厚い黒雲を見上げながら、蚊の鳴くようなか細い声で訴える。だがすぐに、

 

「誰も…誰も来るわけ…ない」

 

その絶望に涙を流しながら思わず目を閉じる。

 

『少しは弁えるのだな。いずれ手痛いしっぺ返しを喰らうぞ』

 

その脳裏に浮かんできたのは、シュバルツ。そしてつい先日、キャッシュの支払い窓口で彼に言われた言葉だった。

 

(あの男の言ったとおり…ってわけか)

 

そして次に浮かんだのは、徹底的に周りを拒絶して来た自分の姿だった。そのことに涙の筋が太くなるが、だからといって現状を嘆いても何にもならない。現状を変えるために行動しようと力なく身体を起こしたところで、

 

「あのー、大丈夫?」

 

自分を気遣うよう声が聞こえてきた。幻聴かと思ったが、それにしてはハッキリと聞こえ、声のした方に顔を向ける。

そこには、昼間自分が簀巻きにして吊るし上げたあの青年が、変わらぬ格好のままこっちを見ているのに気がついた。

 

「助…け…て」

 

最後の力を振り絞って青年に向かって弱々しく手を伸ばし、アンジュはそのまま気を失った。その様子に彼女が尋常な状態ではないことを悟った青年が、急いで拘束を解いてアンジュに駆け寄る。

頭の下に手を忍ばせて抱き上げて様子を見る。顔は赤く、呼吸は荒く、熱も高い。身体に視線を向けると、内腿に蛇に噛まれた跡があるのを青年は見つけた。

青年は応急処置の用意を整えると、急いで患部に口を付けて毒を吸い出す。そしてあらかた吸い出したところでアンジュを抱きかかえると、雨の中を走り出した。

着いたところは自分の生活拠点であるあの洞窟である。青年はアンジュをベッドに寝かせると、汚れを拭い衣服を脱がせて楽にした。荒れた呼吸が予断を許さないが必死に看病を続ける。と、アンジュがいつも自分の指にはめている指輪がふと青年の目に留まった。

その瞬間、青年は思い出す。忘れたくても忘れられない苦い記憶を。

 

炎上する街並み

その中で石に埋め込まれて亡骸となった自身の両親

両親に必死に呼びかける自身

負傷しながらも近づいてくるライダースーツ姿の女性

そして、その後ろに見えるパラメイル

 

忘れもしない、あれは―――

 

「ヴィルキス…」

 

ランプの明かりに照らされ、青年がその名を呟いた。そして再びアンジュに目を向ける。

青年の必死の看病が実を結んだのか、荒い呼吸も落ち着き、熱も下がったようだった。

 

「……」

 

安らかな寝息を立てるアンジュを、青年は複雑な表情で見ていた。

 

 

 

 

 

「うっ…」

 

どれだけ眠っていたのだろうか、アンジュが目を覚ます。そこは少し前に目を開けたときに見たのと同じ光景だった。

 

「ッ…!」

 

内腿の痛みに顔を顰めながら起き上がろうとする。が、

 

「無理しないほうが良いよ」

 

不意にどこからか声が掛けられた。そこに視線を向けると、そこにはあの青年の姿があった。

 

「毒は吸い出したけど、まだ痺れは残ってるから」

 

それでも上半身を起こすアンジュ。そして自分の姿がライダースーツではなく、白無地のワイシャツ一枚になっているのに気付いて青年を睨みつけた。

 

「言っておくけど、動けない女の子にエッチなことなんてしてないからね」

 

先にそう釘を刺すと、煮込んでいたスープを皿にとり、アンジュに向かって近づいてきた。

 

「もう少し治療が遅かったら、危ないところだったんだ。これに懲りたら、迂闊な格好で雨の森に入っちゃダメだよ」

 

そして、アンジュの横にあった椅子の上に腰を下ろした。

 

「…余計なお世話だわ」

 

気恥ずかしいのか照れくさいのか、アンジュは青年からぷいっと顔を背けると悪態をついた。

 

「はい」

 

が、それが本心からの言葉ではないとわかっているのだろう。青年は気分を害した様子もなく、スプーンでスープを掬ってアンジュにそれを寄せた。

 

「な、何!?」

「食事。君、何も食べてないだろう?」

「いらないわよ。そんな、わけわからないもの…」

 

顔を遠ざけ、拒否反応を示すアンジュ。しかし身体は正直なのかまるでタイミングを見計らったかのように彼女の腹の虫が鳴った。

 

「あ…」

 

顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに俯くアンジュ。

 

「変な物なんて入ってないよ。ほら」

 

そんな彼女を気にした様子もなく、青年はアンジュにスープを食べることを促す。少しの間逡巡したアンジュだったが、やがて背に腹は変えられないとばかりに青年のスプーンに齧り付いた。モグモグと咀嚼し飲み込む。そして一言、

 

「不味い」

 

と言った。

 

「えっ…?」

 

予想外の感想だったのか、驚いたような表情を見せる青年。しかし、アンジュがすぐさま口を開けたことで彼女の軽口だとわかったのだろう、安心したように二杯目を差し出した。

 

「気に入ってもらえてよかったよ。海蛇のスープ」

 

それを聞いたアンジュは驚いたような表情になりスープをのどに詰まらせかけたが、何とか飲み込むと大きく息を吐いた。

 

「少しは信用してくれた?」

 

そう尋ねる青年にアンジュは憮然とした表情で返す。

 

「出来れば、もう殴ったり撃ったり簀巻きにしたりしないでくれると嬉しいけど…」

「考えとく」

 

空腹には勝てないのか、アンジュが再び口を開けてスープを食べさせるように促す。と、咀嚼しているときにあることに思い至り、顔を赤くして伏せた。

 

「どうしたの? 痛む?」

 

それを体調の悪化と判断したのか、青年が気遣うようにアンジュの顔を覗き込む。

 

「さっき、毒を吸い出したって言った?」

「うん」

「口で?」

「うん…。! あああっ!」

「ここから?」

 

そう、アンジュの患部は内腿なのである。そこから毒を吸い出したということは無論そういうことになるわけで、青年もアンジュが何を言わんとしているかに気付き、目に見えてうろたえ始めた。

 

「そ、それは…」

 

何とか釈明をしようとするも時既に遅し。

 

「痛だだだだだだっ!」

「噛まないとは言ってない!」

 

青年の悲鳴が、夜の帳が降りたジャングルに響き渡った。

 

 

 

 

 

「補給完了まで、30分です」

「遅い! 15分でやれ」

「了解!」

 

一方アルゼナルでは回収班が補給のために一時帰航していた。メイたちのやり取りをBGMに聞きながら、外に出ていたエルシャが壁に背を預けながら束の間の小休憩を過ごしている。

 

「精が出ることで」

 

そこに近づいてきたのはヒルダだった。

 

「ヒルダちゃん」

「わっかんないねー、何であんな奴助けようとしてんのか」

 

そして同じように壁に背を預けて腕を組んだ。

 

「エルシャお得意のおせっかいってやつ?」

「ヒルダちゃんたちがアンジュちゃんを許せないのはわかるわ」

 

エルシャがいつものように柔らかく微笑む。しかしすぐに、

 

「機体を墜としたくなるのもね」

 

そんな言葉と共に、彼女にしては珍しく厳しい表情でヒルダを睨んだ。が、そんなものどこ吹く風とばかりにヒルダは不敵な笑みを浮かべる。

 

「…でも、誰かが受け入れてあげないと、彼女はずっと一人ぼっち。そんなの寂しいじゃない? 同じノーマ同士なのに」

 

そして先程のように柔らかく微笑む。バツが悪いのかヒルダはぷいと顔を背けた。

 

「それにね、アンジュちゃんって似てるのよ。昔のヒルダちゃんに」

 

ムッとした表情でヒルダがエルシャを睨んだ。

 

「だからお姉さん、ほっとけないの」

「ハハハッ、似てるぅ? あんなクソ女と?」

 

壁に預けていた身体を起こす。そして、

 

「殺しちゃうよ? アンタも」

 

忌々しげにそう吐き捨てると、踵を返す。が、すぐに何かにぶつかった。

 

「って! ったく、何だよ…」

 

鼻の頭を擦りながら自身がぶつかったものが何なのか見上げる。そこには、厳しい表情で自分を見下ろしているシュバルツの姿があった。

 

(ゲッ!)

 

その姿を見止め、ヒルダは内心で毒づいた。対してエルシャは、

 

「あらミスター」

 

と、いつものように微笑んだ。

 

「いつからそちらに?」

「ついさっきだ。それより、今の話は本当か?」

「は!? 何のことだよ?」

「とぼけるな。貴様が皇女殿下を墜としたのかと聞いているのだ」

「さぁね~?」

 

挑発するように肩を竦め、挑戦的な眼差しをシュバルツに向けるヒルダ。

 

「…見下げ果てた奴だ」

 

それはその態度に対するものか、あるいはその性根に対するものかはわからない。が、シュバルツは救いようがないとばかりに侮蔑の言葉を吐き捨てた。が、ヒルダはそんなことに何の痛痒も感じない。

 

「ハッ、何のことかわからないね~。あたしを糾弾したいなら証拠を持ってきなよ。もっとも、そんなモンがあればの話だけどね~」

 

言いたいことは言ったのだろうか、スッキリした表情で話は終わりとばかりにシュバルツの脇を抜けようとしたヒルダ。が、その瞬間、物凄い圧力で先程まで自分が背を預けていた壁に叩きつけられた。

 

「がっ!」

 

何が起こったのかわからずに痛みに顔を顰める。だが次の瞬間、

 

(っ! い、息が…)

 

今、自分は呼吸が非常に厳しい状態なのを認識した。激痛に顔を歪めながら薄く目を開ける。そこには、能面のような表情で自分を壁に押し付けているシュバルツの姿があった。そしてその右手が自分の咽喉に伸びで押しつぶすように圧迫しているのを、ヒルダはわかってしまった。

 

「み、ミスター!?」

「て、てめっ、何を…!」

 

やっとのことでそれだけ悪態をつくヒルダ。だがシュバルツは眉一つ動かさずに宣告する。

 

「気に入らない奴を殺してもいいのならば、私がここで貴様を殺しても構わんよな? 何故なら、私は貴様が気に入らんのだからな!」

 

そう言って、咽喉を握っている右手に更に力を込めるシュバルツ。呼吸が苦しくなる中、何とかその拘束を解こうとヒルダがシュバルツの右手に自身の両手を持ってきて戒めから逃れようとする。

 

「や、止めっ…!」

 

しかし戒めは解けない。どころか、更に力が入った。

 

「どうした!? 言いたいことがあるならハッキリ言え! 死にたくなければ足掻いてみせろ!」

 

表情は全く変えないまま語気だけは鋭くなる。その力、その気迫に抗うことは出来ず、ヒルダの四肢の緊張が解け、もう少しで永久に意識を手放しそうになった。

 

「み、ミスター、もう止めて!」

 

それを阻止したのはエルシャだった。シュバルツの右手に体重ごと圧し掛かると、必死にヒルダの拘束を外そうとする。

 

「……」

 

そんなことではシュバルツの拘束は破れない。だが必死で止めようとするエルシャの姿に思うところがあったのか、シュバルツは不意に力を緩めてヒルダの拘束を解いた。

 

「ガハッ! ゲホッ! ゴホゴホッ…!」

 

ヒューヒューと咽喉を鳴らしながら大急ぎで新鮮な空気を肺に送り込むヒルダ。

 

「ヒルダちゃん、大丈夫!?」

 

苦しそうなヒルダを気遣うエルシャだったが、肩が上下動しているのを見てホッと一息つくと、すぐにシュバルツに険しい表情を向けた。

 

「ミスター、どういうつもりですか!」

「……」

 

だがシュバルツは答えない。そんな彼らはいつの間にか周囲の耳目を集めることになっていたが、当事者達にはそんなことわかるわけはなかった。

 

「もう少しでヒルダちゃん死ぬところだったんですよ!」

「……」

「答えてください!」

「……」

 

だがシュバルツはやはり何も答えない。それに苛立ったエルシャが更に詰め寄ろうとしたところで、どこからか大きめな石が投げられ、シュバルツの左側頭部を直撃した。

 

「ぐっ!」

 

不意をつかれて避けることができず、シュバルツは顔を顰めて患部を押さえる。

 

「み、ミスター!?」

 

つい先程まで鬼の形相で詰め寄ろうとしたエルシャだったが、予想もしない展開に一瞬でシュバルツを気遣うように声を掛ける。

シュバルツ、そしてエルシャが石の飛んできた方向を見ると、そこには大きく呼吸を繰り返しながら膝を笑わせつつもシュバルツを睨んでいるヒルダの姿があった。

 

「ヒルダちゃん…」

 

呆然としたような表情でエルシャが呟く。と、

 

「ふざけんなクソヤロー! てめぇなんかとっとと死んじまえ!」

 

唸り声を上げながら憎しみの篭もった目でシュバルツを睨み、そう捨て台詞を残してヒルダは立ち去っていった。後には呆然と立ち尽くすエルシャと、患部を押さえながら佇むシュバルツだけ。

 

「補給♪ 補給♪ あれ? エルシャ、シュバルツ、どったの?」

 

戻ってきた、何も知らないヴィヴィアンが一層目立っていた。

 

 

 

 

 

その頃、アンジュと青年がいる無人島では二人は疲れからかすっかり眠りこけていた。そのため、その島に上陸しようとしているドラゴンの姿があるなど、二人には知る由もなかった。


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