Plongez dans le "IS" monde.   作:まーながるむ

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「散りゆく思い」

電撃破局


79. Sensations aller

 さて、長かったドイツの一日目が終わりに近づいてきました。

 結局、ラウラさんとシャルが部屋割りを交換していたので私とシャルの相部屋です。

 そこで私はシャルに抱きついてみたり、キスをねだったり、体を触ったり、撫でてもらったり……ってはずだったのに……

 私の目の前には桃色の布。桃色はシャルが綺麗と言ってくれた私の髪の毛の色なので大好きなのですが……今は私とシャルを隔てるこのカーテンが憎くて憎くてたまりません。

 まぁ、何が原因かと言うと……私とクラリッサさんが人の恋愛を使って勝負をしていることをシャルが知ってしまって……いや、本気で応援する以上は仕方のないことだと思うんですけどね?

 ですが負けた方が勝った方の言うことを聞くなんて条件のせいで賭け事だとも思われてしまったようで、それからシャルは私に対して怒ってしまったのです。

 

「……こんなの、寂しすぎます……」

「………………」

 

 と、このようにわざとらしく呟いてみても無視されちゃいます。悲しいですね。寂しいですね。

 ……あぅ、泣きそうです。

 でも、鈴ちゃんのために我慢です!

 嫌われているわけじゃないと思うので心情的にも初めの頃より全然ましですからね。

 ……とはいってもこの問題に決着がつくまでシャルと話せないというのは少し勿体無い気がしますね。せっかくの旅行なので一緒に楽しみたいんですけどね。

 シャルはどうなんでしょう……?

 私と仲良くするような気分じゃないのかもしれません。

 

 コンコン

 

 気分がズズーンと落ち込んでいるまま床に()の字を書いていたら扉がノックされました。

 むむむ?

 時間はすでに深夜十二時を回っているのですが誰ですかね?

 まさか修学旅行のように寝ていない人を叱るわけでもないでしょうし……

 

「……どうぞー」

「失礼します……」

 

 結局、疑問に思いながらも声をかけました。

 ゆっくりと遠慮がちに開かれた扉の向こうには……エリーさん?

 こんな時間まで起きてたら私のように大きくなれませんよ?

 あ、違いますからね!

 私くらい大きく、ではなくて私同様に大きくなれないって意味ですからね!

 ……自分でいってて悲しくなってきました。

 

「それで、どうしたんですか?」

 

 パジャマ姿でくまの縫いぐるみを抱えているということはそろそろ寝るつもりなのでしょうが……

 しかしエリーさんはなにも言いません。もしかしてエリーさんまで私を無視するんですか!?

 

「……エリーさん?」

「えっ!? あ、いえ、その、ええと……こ、この宿舎ができる以前、この場所には共同墓地があったんです」

「はぁ……」

 

 共同墓地?

 それがどうかしたのでしょうか?

 あまりに唐突なエリーさんの怪談に頭がついていきません。

 

「それで、ドイツ軍部が強引に土地を買い上げて今に至るのですが……今も、この土地に縛られて幽霊がいるんです……」

「えっと、つまり?」

 

 ……私が怖がらなかったからでしょうか。エリーさんはなにやら口をモゴモゴさせて俯いてしまいました。

 なにやら少し顔が赤いような……?

 

「つ、つまり! お、お姉様が取り憑かれて殺されたりしないように私が側で守ろうかと……」

「……んー、そもそも幽霊相手に何かできるのでしょうか? 人数が増えただけでは意味がないような気もします」

「あぅ……で、ですがお姉様が取り殺される可能性が半分から三分の一に、」

「ダメです」

 

 そういうのはよくないと思います。

 だって、仮に私が襲われなかったとしてもシャルかエリーさんが襲われることになります。

 エリーさんの語り口がつたなかったので先程の幽霊は怖くないですが、また別の……例えば不審者が忍び込んでくる場合もあるんです。

 そのとき襲われるのは二人よりも私の方がいいです。暗殺とか強引な夜這いとかには慣れてますから……昔とった杵柄です。

 

「なのでエリーさんは部屋に、」

「嫌です!」

 

 む、私が優しくしてあげてるのに……

 

「どうしてですか?」

「えっと……その、ほ、本当は私が怖いので……一緒に寝てください」

 

 そう言うエリーさんは逆立ちしてみても怖がっているようには見えませんけど……まぁ、いいでしょう。

 エリーさんは立場が偉いので一人部屋なのでしょうし寂しくなっちゃったのかもしれませんしね。

 

「分かりました。今夜は一緒に寝ましょうか。私もちょっぴり寂しかったことですし」

「わ、私は別に寂しかったわけではありません!」

「シーッ! 夜中なのであんまり大きな声だしちゃダメです! ……とにかく、もうお布団入りましょうか」

「はい……お姉様はまだ起きているのですか? ……それなら私も、」

「いえ、すぐ寝ますよ」

 

 シャルにおやすみなさいと言いたいだけです。あわよくばおやすみのキスも……

 シャルのベッドの周りにかけられている桃色のカーテンを少し開いて中の様子を伺います。

 シャル、壁側向いてますね……

 

「シャル……」

「…………」

「シャル?」

 

 もしかして、話したくないくらいに怒っているんですか……?

 私達、今日やっと付き合い始めたばかりなんですよ……?

 それなのに、おやすみと言い合うこともできないなんて……

 これなら、付き合わない方がよかったかもしれませんね。ちょっとした恋愛事での憧れが裏切られるだけでこんなに苦しくなるなら……夢だったんですけどね。恋人同士が寝る瞬間まで仲良くしているのって……

 

「くー……すー……」

 

 いくら待っても、シャルの寝息以外は聞こえません。

 まぁ、私の憧れをシャルに強制するわけにもいきませんしね。

 

「お姉様……?」

「あ、すぐ戻ります……シャル、おやすみなさい」

 

 しっかりしているとはいえ、まだ子供なエリーさんをいつまでも待たせてもいけないので私は諦めてカーテンを閉じました。

 そしてカーテン越しに一言。

 

「シャルも、早く寝てくださいね……?」

 

 狸寝入りなのは分かってるんです。

 ……いらない一言だったかもしれません。シャルの慌てた気配がしました。

 シャルだって、きっと悪意から寝たふりをしていたんじゃないと思います。気まずくて、その末に選んだ方法が寝たふりだというだけで。

 

「じゃ、エリーさん。寝ましょうか」

「は、はい…………あの、お姉様、私は普段抱き枕を使っているのですが……」

「ふふ……おいで?」

 

 顔を真っ赤にして恥ずかしがっているエリーさんを抱き寄せました。

 私も寂しさを紛らせたいと思っていたので都合のいいオファーです。

 

「おやすみなさい。エリーさん」

「はい……お姉様もおやすみください」

 

 おずおずと私の腰に手を、右足に両足を絡めたエリーさんはものの数分で寝入ってしまいました。やっぱりエリーさんには十分遅い時間だったのかもしれません。

 足まで絡めるとは……意外と遠慮のない子のようです。クールな普段とのギャップといい未来の彼氏さんは幸福者でしょうね。私がシャルに出会っていなかったらドイツから奪っちゃうところでした。

 

「私も……すぐに寝ますよ」

 

 それに、気も効く子みたいですしね……

 私がシャルのことを気にしているのを察していたようです。

 寝たふりをされて、おやすみを言ってもらえなかったことで……私の中の不安が大きくなりました。

 本当は最初からずっと不安だったんです。シャルは最初の……つまり告白してくれたときのキス以外、私に何も求めてくれません。ずっと、私からアプローチをかけないと何もしてくれません。

 まだ初日だからかもしれませんけど……私は一瞬たりともシャルから離れたくないのに……

 だから、考えちゃいます。もしかしたらシャルの好きと私の愛してるには大きな違いがあるんじゃないかって。

 私はシャルのことを一生護りたいと思っていますがシャルはそこまでではないのかもしれません。

 嫉妬もしてくれませんし……好きとは言ってくれても愛してるとは言ってくれません。シャルにとっては表現の違いかもしれませんが……もしかしたら、シャルは私への気持ちを少し特殊な友情と思っているのかもしれません。

 だから、私が求めない限りはキスもしてくれないし好きとも言ってくれないとか……

 最悪なのは……私の気持ちが重すぎて嫌になってしまった場合です。だから私を遠ざけようとしているのかもしれません。

 私が重いのは自覚しています。

 常に私を見ていてほしいですし、一日に一番言葉を交わす相手も私であってほしいです。私といるときは笑っていてほしいですし、他のことも考えてほしくないです。

 そしてなにより……私を嫌わないでほしい。

 嫌われたくないから、なんでもしてしまいます。

 

「でも……シャルから、告白してくれたんですよね……?」

 

 行動だけを示したシャルに対し、無理に言葉にさせたのは私でしたが、それでもあれはシャルから私への告白だったはずです。

 ……それなのに、私が想像していたのと違ったからっていきなり距離をとろうとするなんてあんまりですよ……?

 しかも、シャルからじゃなくて私から別れ話をさせようとしてませんか?

 だから、私がシャルを嫌うように無視をしたりしてるんですよね?

 それなら……それは……

 

「ぐすっ……私は、シャルが望むならなんだってしますけど……それは、あんまりですよ……?」

 

 数年越しにやっと手に入れた幸せを自分で捨てろって言うんですか……?

 そこまでさせる程に、私は期待外れでしたか……?

 それとも、今さら私の身体の傷が醜く思えてきたんですか……そのうちの一つはシャルがつけてくれたものなのに……!

 でも……そうですよね。

 ……私は人の感情が変わりやすいことを知っています。

 親切にしてくれた人でも、私の傷跡のことを知ると手のひらを返すように私から離れていきましたし……それこそ、シャルが来た頃のように噂だけで判断して私を傷つけようとする人もいました。

 私のなにかが……シャルの気持ちを決定的に変えてしまった可能性はないとは言い切れません。

 それは鈴ちゃんとラウラさんのことでの意見の相違かもしれませんし、それこそ、私がシャルのものになった瞬間から、シャルにとって私の傷痕は私の価値を損なうものになったのかもしれません。

 一緒に入ったお風呂で私の傷痕を間近で見て、やっぱり受け入れられなくなったのかもしれません。

 だから……それなら……

 

「シャル……明日から友達に戻りましょうか……?」

 

 私、傷ついていないふりは得意なので気遣いは必要ないです。

 でも……少しでも長くシャルと恋人でいたいから……今日は眠りたくないですね。

 せめて、シャルと恋人でいられる最後の時間で……恋人と作り上げる未来の幸せを想像したいんです。

 

 ◇

 

「……眠れないな」

 

 アリサはもう寝たのかな……?

 どうして、こうなっちゃったんだろう。

 アリサ、明日から友達に戻ろうって言ってた。小さな声だったから独り言だったのかもしれない……でも、やっと一緒になれたのに。勇気を出して告白したのに。

 あの後、アリサは僕のことずっと好きだったって言ってくれた。

 それがすごく嬉しくて……その事だけで幸せになっちゃって。手を繋いだりキスをしただけで気持ちが溢れて苦しくなっちゃうくらいだったのに……それで、恥ずかしくてキスとか全然しなかったからなのかな?

 アリサはたくさん求めてくれたけど僕が応えきれなかったから……アリサは幻滅したのかもしれない。

 アリサから求めてくれたことにはなんとか応えたけど、僕からはなにもしなかったから。

 それどころか恥ずかしがって憎まれ口とか言っちゃったから、それがアリサを怒らせたのかも……

 きっと、ずっと僕のことを思ってくれてたアリサはいろんなことを期待してたんだと思う。ずっと手を繋いで、キスをして、笑いあって……でも、そういう経験がない僕は全然だめで……だからアリサも期待と現実との差にがっかりしたのかも。

 

「でも、仕方ないじゃん……」

 

 僕だって女の子なんだから……相手に嫌われるかもしれないって考えちゃって、思った通りにできなくなっちゃうんだよ……

 本当はキスもたくさんしたかったし一緒に寝たかった。さっきだって、一緒に寝ようって言おうと思って緊張してる間にエリーちゃんがきてアリサと一緒に寝ることになって……だから、アリサがおやすみって言ったときも、つい寝たふりなんてしちゃって……

 あれも、アリサに嫌われた原因かも……

 ううん、原因なんてたくさん思い付く。鈴とラウラのことで頭ごなしにアリサに怒ったのもそう。偉そうに戦わないでなんて言ったことも。

 アリサの行動はいつも周りのためなのにそれを否定するようなことを言っちゃったから……

 でも、僕にだって譲れなかった。

 アリサにはこれ以上傷ついてほしくなかったし、アリサに邪魔されたってラウラがアリサのことを嫌うのも避けたかったから……こんなこと言うべきじゃないんだろうけど、一夏がいなければ……!

 ……ううん、こんなのは責任をなすりつけただけだよね。

 悪いのは僕。

 大した事情も知らないでアリサを勝手に恨んで傷つけたから、きっとこれはその報いなのかも。あの時から既に僕のことを好きだったってアリサは言ってたけど……それならアリサはどれだけ傷ついてたんだろう……

 好きな人に応えてもらえないどころか嫌われて恨まれて……僕だったら耐えられない。あの時のアリサは今の僕以上に心が痛かったはず……それに、僕のせいで今でも陰口を言われてる。

 アリサはどれだけ苦しんできたんだろう。

 謝りたいけど、たぶん謝ることでさえ僕には許されない。だって、僕がアリサの幸せを狂わせたんだから……

 恥ずかしくて言えなかったけど……愛してるって、伝えたかったな……

 初めて好きな人と幸せになれると思ったのに……いざとなったら全ての立場を捨ててアリサ過ごす覚悟も決めて……なのに、一日も続かないなんてね。悲しすぎて笑えてくるよ。

 やっぱり、女の子同士なんて無理だったのかなぁ……?

 好きって気持ちだけじゃダメだったの……?

 僕は、どうすればよかったの……?

 

「もう、遅いけどね……」

 

 アリサは僕と別れることを決めちゃったみたい。

 本当は泣いて抱きついて嫌だって言いたいけど……そんなことしたらアリサはもっと僕のことを嫌うだろうから。

 こんなことなら……恥ずかしがらないでアリサの近くにいればよかった。

 嫌われるかも、なんてアリサを疑うようなことを考えてたから、それが本当になっちゃったんだね。

 アリサが望むなら……僕には止める権利がない。今まで僕のせいで散々嫌な目にあったアリサをこれ以上縛りつけるわけにはいかないから。

 アリサには幸せになってもらいたいから……

 本当は僕の手でアリサを幸せにしたかったけど、アリサがそれを望んでいないんだからできるわけないよね……

 最後は……せめてアリサが気まずい思いをしないように気丈に笑っていたいな。

 辛いのは苦手だけど、アリサのためになら頑張れるから……泣くのも我慢するから……

 

「ふぐぅっ……ありさぁ……ぐすっ」

 

 やだよぉ……!

 なんでよぉ……僕は、アリサのこと好きなのに……やっぱり、今までアリサを辛い目にあわせてきたから?

 アリサにばっかり、大変なことをさせてたから?

 誰か……教えてよ……

 僕は、どうすればよかったの……?

 …………今夜だけだから……朝には泣き止むから……せめて今だけは泣くことを許して。

 これだけアリサのこと好きだったって示させて……?

 

 ◇

 

「シャル。やっぱりただのお友だちに戻りましょうか?」

「うん、そうだね。そうしようか」

 

 ……どういうことでしょう。

 朝、二人に遅れて目を覚ました私が耳にした会話です。

 昨日、想いを確認しあったばかりだったのでは……?

 …………二人とも、私が起きたのに気付くとそそくさと部屋を後にしてしまいましたが……

 

「枕が濡れています……それも、両方とも?」

 

 事情は全く分かりませんが二人がこの結末に納得できずに泣いていたことは分かりました。お姉様もシャルロット・デュノアも悪い方向へ思考を進めることがあるというのは隊長の評ですが、そういうことなのでしょう。

 昨日まであれだけ仲がよかったのに今朝になったらいきなり破局というのは不自然が過ぎます。きっと誤解かなにかがあったのですね。

 ……なら、解決するだけです。

 

「ドイツに来たからには最高の思い出を作っていただかないといけません」

 

 まずは怪しい動きをしているクラリッサと隊員たちを巻き込みましょう。


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