Plongez dans le "IS" monde.   作:まーながるむ

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「人の優しさ」


68. Bonne nature humaine

「シャルロットさん……? どうかいたしましたの?」

「セシリア……うん、ちょっと、上手くできなかった自分にがっかりしてただけ」

「……アリサさんのことですの?」

 

 さすがだね……最近はリンばかりがアリサをフォローしてたけど、セシリアもやっぱりアリサの親友だから……

 二人は、今の僕とアリサみたいな状況になったこと、あるのかな?

 ないだろうね……普段から仲良しだもん。

 二人と僕と、何が違うんだろう……?

 セシリアとアリサは入学前からの知己だったらしいけど、本格的に仲良くなったのは学園が始まってからだって聞いたし、リンも僕より少し早く転校してきただけだし……

 でも、もし僕とアリサがフランスで仲良くても、もし僕がアリサのルームメイトでも……今回のことは起きてたと思う。

 僕が来て、すぐに喧嘩しちゃったからかな……?

 アリサはそんな過ぎたことは気にしないと思ってたけど……ううん、それこそ僕の思い違いだよ。

 前に、僕とアリサの接触禁止例が出たとき……二木さんは、まだアリサに対するいじめが続いてるって、言ってた。

 その話題はアリサが嫌うから――それに、僕もしたくなかったから――一度も触れなかったけど、まだいじめが続いてるのかもしれない。

 もしそうなら、過ぎた話だと思ってるのは僕だけかもしれない。

 アリサからしてみれば僕との喧嘩が引き金で始まったいじめだから、まだ続いてるなら、その元凶の僕とは怒りたいのを我慢して仲良くしてくれてたのかもしれない。

 僕さえいなければ……アリサはもっと楽しく学園生活を送れたのかもしれない。

 優しくて、可愛くて……それに強い人だから、本来ならもっと人気でも不思議じゃない。それを邪魔したのが……僕。

 アリサは火事が原因で小学校の友達を亡くし、そのときにできた火傷がもとで中学校でいじめを受け、結局フランスでは友達がいなかった。

 そして、今度は自分が所属する会社の社長令嬢をサポートするために日本に送られて……しかもその僕が原因で周りから誤解されている。

 ……アリサはケーキ屋さんになってお客さんを笑わせるのが将来の夢だって、言ってた。

 なのに、僕のために日本でISのパイロットなんてことをやらされて……それで、戦争にも行った。

 結局、どこの戦場だったのかは分からないけど、重要なのは、それすらも、もとはと言えば僕が元凶だってこと。

 そして……アリサは隠してるけど、アリサはもう誰かを笑顔にするためのケーキを作れない。

 リンが教えてくれた。

 僕がシャルロット・デュノアとして再入学したとき、アリサはケーキを作ってくれようとしたらしい。

 らしい、というのは結局ケーキなんてなかったから、

 リンの話だと、アリサが生クリームをホイップしてるときに急に泣き出したんだって。

 私には、こんなこと許されてないのに……って。

 当時はリンもアリサの言葉の意味が分からなくて慰めるのにも苦労したって言ってたけど……

 でも、今になってみれば戦争で殺した人のことを思い出しちゃうんだと思う。沢山人を殺したことがトラウマになってて、自分が好きなことで誰かを喜ばせようとしたときに思い出しちゃうんじゃないかな……?

 だから、アリサは自分がしなければいけないとき以外、自分から誰かを喜ばせようとできないんじゃないかな……少なくとも、人のためにケーキを作ることはできないんだと思う。

 

「ねぇ、セシリア」

「はい?」

「例えばだけど……自分の人生をめちゃくちゃにした上、夢まで壊されたら、その原因の人のことを許すなんてこと、できないよね?」

「それは、そうでしょう……ですが、もちろん一般論(・・・)でしたら、ですわ」

「え?」

「アリサさんとあなたのことなのかは分かりませんけれど、アリサさんでしたら、そんな当たり前の感情で人を嫌うなんてこと、ありえませんわ」

「そんな……」

「あの子は……いいえ、あの人は自分の感情と他人との関わり合いを切り離して考えていますわ。だからアリサさんは特定の人物を憎んだりなんてこと、できませんわ」

 

 どういうこと?

 むしろ、誰かを憎まないなんてことこそ出来るわけがないよ。嫌なことがあったときに、誰のせいにもできないんじゃ辛すぎるよ……

 だって、それって全部自分のせいだって思うのと同じことでしょ?

 アリサは今までずっと、そうやって生きてきたの?

 自分が嫌われて当然だって、そう言ってたのは嫌われたときのための言い訳じゃなくて……本心?

 

「それに、シャルロットさんも見たでしょう? 臨海学校の帰りのバスでの一件は」

 

 帰りのバス……そう言われて思い当たる出来事は一つしかない。

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の操縦者がバスにやって来たときのこと。

 彼女と戦った専用機持ち全員が彼女の登場に戸惑い訝しんでいたとき、アリサは真っ先に動いた。

 あの一夏でさえ彼女に対して隔意を感じてたのに……アリサはすぐに立ち上がって深く腰を曲げて謝った。

 そのことになんの疑問も持っていないかのように自然に……

 そして、壊してしまってすみませんでした、と言った。

 むしろ、相手の女性の方が驚いていた節すらあった。

 ……あれも、本気?

 なら……

 

「アリサは……」

「なにかおっしゃいました?」

「ううん、なんでもない」

 

 僕は……何を期待してるんだろうね。

 アリサは僕を許してくれるかもしれないなんて。

 

「……はぁ」

 

 ここまできて、まだアリサの優しさに甘えようとしてる……ダメだなぁ。

 僕から、動くべきなのに……

 

「シャルロットさん。あなた、アリサさんと一対一で話す覚悟はありますの?」

「え? ……どうかな。分からない」

 

 うまく話せるか分からない。

 なにを言っても、アリサを泣かせちゃう気がする。

 それは、嫌だ……って、あれ? セシリア、怒ってる?

 

「そこは、頑張ってみるとか言うべきところですわ!」

「え?」

 

 ……そう言われてみればドラマとかだと、不安だけど頑張る、とか王道だけど……

 セシリアもだけどアリサもそういう王道っぽいのが好きだよね。

 ここは○○する場面じゃないんですか!? みたいに。

 

「で、どうですの?」

「え、えと、不安だけど頑張る……?」

「では、わたくしがセッティングして差し上げますわ。ぴ・ぽ・ぱー……と」

 

 ……ぴ・ぽ・ぱーと言いながらセシリアはただ目を瞑る。

 プライベート・チャネルで誰かに連絡するのかな?

 

「あ、アリサさん? 今すぐ来てください。え、シャワー? そうですか、それならこちらから向かいますわ……シャルロットさんが」

 

 えぇ! と叫びそうになってとっさに口を手で塞いだ。

 いや、プライベート・チャネルでの会話だから周りがうるさくても関係無いんだけどね。

 それでも話してる間は携帯電話と同じように方耳を塞いでみたり、お店なら外に出たりしちゃうこともある。

 本来なら声に出す必要もないんだけど

 

「いえ、アリサさんの事情とか関係ありませんわ。え? 酷い? わたくしのことですの? ……困りましたわ。わたくし、どうしてもシャルロットさんをアリサさんに会わせたいので……」

 

 難航してる……?

 そうだよね。僕よりも、アリサの方が僕に会いたくないだろうし……

 

「けれどシャルロットさんと会わせるのは酷いことなのですわね? ……そうですの。ではアリサさん、」

 

 このあとセシリアが楽しそうに言った一言は僕を大いに驚かせた。

 

「なら、友人関係を解消しましょう? わたくし、他人に優しくする必要はないと思いますの。では五分後にシャルロットさんが向かいますので服でも着ていてください。二人が仲直りできればわたくしもアリサさんと仲直りさせていただきますわ」

 

 ◇

 

「……アリサとシャルロットが仲違い、か」

 

 アリサをスカウトしようとしているシュヴァルツェ・ハーゼの隊長としてなら喜ばしいことなのだが……どうにも、もやもやする。

 二人とも友人だからだろうか?

 互いの誤解を利用するようで心苦しい……

 

「待て……誤解か?」

 

 状況をまとめよう。

 まず、箒がアリサのことをびっちな淫乱女子高生だと叫んだ。

 それに怒ったアリサが箒一人を飛行機内で一番離れた席にした。

 それをやりすぎだとシャルロットが諫めて、箒に謝るよう言った。

 それでアリサは自分は悪くないのに、とショックを受けながらも渋々謝罪、さらに箒と席を交換した。

 

「これが、第一の事件だな。第二が……」

 

 部屋を決める際に仲直りの提案ともとれるシャルロットの誘いをアリサが過剰な態度で振り払った。

 あれは……どう受けとるべきだろう。

 私の気持ち、とは恋心のことだろう。シャルロットが意識していなかったにせよ、都合のいい存在として扱われるのが嫌だった?

 そのあと、シャルロットなんていらないと、アリサがシャルロットを愛称で呼ばなかったのは別離を意識してのことだろうか?

 あの発言に一番驚いていたのはアリサ自身だろう。

 アリサは、すぐに撤回しようと思ったに違いない。

 でも、それをシャルロットが遮って……

 

「ままならないな……」

「隊長?」

「いや、なんでもない」

 

 近くに座っていた仲間が気にかけてくるがあまり話しても仕方のないことだろう。

 軍人としてなら所詮はフランス内部の問題だと片付けるものだしな。

 

「それより、このまま彼女を引き抜いていいんですかぁ?」

「まぁ、後味は悪いだろうが……」

「いえ、そうじゃなくてですねぇ……ここだけの話、訓練中だった若い子たちが彼女相手に飛びかかったらしくぅ……」

「……なるほど。トラウマになったか」

「ザッツライッ!」

 

 嬉しそうに肯定するな。

 ……まぁ、アリサのことだ。必要なだけの手加減はしているだろう。

 

「えとですねぇ、一人は背中から床に叩きつけられ、一人は後頭部を踏み抜かれ、一人は肩口に強烈な踵落としを貰ってます。他にも気絶したのが四人、腱が麻痺して腕や脚が動かせなくなっているのが八人だそうでぇす」

「そうか」

「そうかって、そんな危険人物、隊に入れない方がぁ……」

 

 問題ない。その程度なら十分手加減している。

 

「ちなみに私は掌底でアッパーを喰らった上、顔面を捕まれて後頭部から地面に叩きつけられ、さらに頭を蹴飛ばされたことがあるが生きている」

「うげぇ……体長もよく生きてましたねぇ」

「うむ、レーゲンがなければ死んでいた」

 

 あの後、個人的にアリサに謝られたのだが……私も瀕死だったとはいえ殺しかけるのはやりすぎでした、ごめんなさい……そう謝られたときは肝が冷えた。

 不謹慎だが、あの時、アリサが怪我していてよかったと思ったものだ。

 

「まぁ、隊長が負けるほどなんですから逸材なんでしょうけどぉ……なーんか、気に入らないっていうかぁ」

「ん? お前が人を嫌いになるなんて珍しいな」

「まぁ、そうですけどぉ……ああいう素直じゃないというか捻子曲がっているというか、そういうのはちょっと……」

 

 そんなものか。

 確かに、こいつみたいな正直者にはアリサは組しにくいだろうな。

 

「ふむ……アリサにやられた部下の様子でも、」

「隊長! 失礼します!」

「騒がしいな。どうした?」

「それがその――――――――です」

 

 このタイミングで……か。

 そろそろだとは思っていたが……面倒なことにならなければ良いが。

 

「いいだろう警報を鳴らして全員集めろ」

 

 ◇

 

「ちょ、セシぃ!? ……切られちゃった」

 

 シャルが来るって、しかも一瞬友達やめるだなんてどういうつもりですか……

 でも、感謝しないといけませんね。

 セシぃはわざわざ私にシャルと会うための言い訳まで作ってくれましたし……セシぃと友達に戻るには、シャルと仲直りしないといけないみたいですからね……

 

「とりあえず、早くシャワーを浴び終えて服を着ないといけませんね」

 

 早くしないとシャルが着ちゃいます。

 女の子同士でも……体の傷なんて関係なしに好きな人に裸を見られるのは恥ずかしいですから。

 不安は残りますけれど……いえ、お膳立てをしてもらったのです。ここでやらなきゃ一生公開するでしょうし。

 ほほをバシバシ叩いてシャワーを止めます。

 

「よしっ! では、そろそろ、」

 

 ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 

「うひゃぁっ!?」

 

 って、警報ですか……もう驚かせないで下さいって警報ですか!?

 いったい何が

 

『キンキュウジタイデス。ゼンイン、シキュウ、テロリズムタイサクシツニシュウゴウシテクダサイ』

 

 ……緊急事態です。全員、至急、テロリズム対策室に集合してください?

 テロ!?

 

「……人がせっかく覚悟したときに」

 

 そーですか……そーですか。

 誰だか知りませんけど覚悟してくださいね?


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