Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
62. Un mariage heureux heureux.(1)
「まったくもう! 一夏のやつ……」
「鈴ちゃん、まだ怒ってるんですか? 寝る前にストレス貯めるとニキビできますよ?」
IS学園では昨日からやっと夏休みが始まりました。既に宿題も半分以上終わらせましたし、あとは最終日にまとめてやれば問題ないですね。
宿題なんかよりぷりぷり怒っている鈴ちゃんの方が重要です。
理由は分かってるんですけどね。
多分、あれでしょう。
臨海学校の帰りのバスが発車する前に
それだけで怒りを引きずるほど鈴ちゃんもしつこくないんですけど……まぁ今回は仕方ないです。
織斑君がずっとデレデレニヤニヤしてますから。鈴ちゃんとのキスなんて思い出しもしないのに。
「べ、べべ、別に怒ってなんてないわよ! ……一夏が歳上に弱いってことくらい知ってるし……」
「本音は?」
「殺してやりたいくらいよ。あの女……」
「織斑君じゃないんですね!?」
うーん……鈴ちゃんが病んでます。
このままだと誰にとっても嬉しくない事態になりそうですし……
「鈴ちゃん鈴ちゃん、お出掛けしましょうよ!」
「ん、そうね。休みの日くらい出歩かないとね。アリサ、髪やってあげる」
「じゃあ、そのあと鈴ちゃんのメイクアップします!」
「はいはい。時間あるし編み込みたくさん作ってみない?」
それだけで二十分かかると思いますよ……私、相当髪の毛長いですし。
なので実は髪の毛を編んだこともないんです。レゲエダンサーのような編み込みとか憧れますけどね。
「でもアリサって何でここまで伸ばしてるのよ? 邪魔じゃないの?」
「慣れればそれほどでもないですね……なんとなく切りたくないんです」
……シャルに私の正体がバレてしまうリスクを犯してまで伸ばすのは……多分、こころのどこかで、あの日の女性は私だと気づかれたかったのかもしれませんね。
私の中ではあの日、本邸の前でシャルに逢ったことは忘れられない嬉しい思い出ですから。
最初は恥ずかしいから隠していましたが、今もシャルに隠しているのは……怖いから、ですかね?
シャルに友人としてではなく恩人として接されるのが怖いです。私にとって尊重すべきはシャルですから。
シャルに気にしてもらえるのは嬉しくても、シャルに必要以上に感謝されるのは嫌です。
「よし、完成。どう?」
「おおー、可愛いです……あ、いえ、髪型が、です」
「アリサも可愛いわよ」
も、もうっ! 鈴ちゃん、あんまり人を口説かないで下さい!
左耳辺りから伸びる三条の編み込みと後頭部に作ったお団子からのびる八本の三つ編み。なんだかお姫様みたいです。お団子を作ったので久しぶりに髪の毛の先が上の方にありますよ。
えへへ……こうなったら鈴ちゃんのお化粧にも本気を出さないといけませんね!
◇
「あれ、二人とも気合い入ってるけど……おでかけ?」
朝食をとろうと食堂に鈴ちゃんときたらシャルがいました。
優しい笑顔もサラサラの髪もいつも通りですね。
「まぁ、ただ街を歩くだけだけどね。二人でどっちが相手を可愛くできるかなんてやってたら、ね。ご飯持ってくるわ、アリサもいつものでしょ?」
「ふーん。ならリンの勝ちだね」
「あ、鈴ちゃんありがとうございます。というか、あの、シャル……? なんでいきなりハグですか?」
「え? それは……なんでだろう?」
本気で分からないというような顔をするシャル。うーん……なんででしょうねぇ?
あ、もしかして!
「ホームシックですか? 人肌恋しい、みたいな」
「いや、別にフランスに会いたい人なんて……あの人くらいだしなぁ」
「そうですか……じゃあ、なんででしょう?」
「なんでだろうねー?」
うーん、と二人で首をかしげていたら鈴ちゃんが吹き出して、つられて私たちも笑ってしまいました。
まぁ、分からないことを考えても仕方ないですよね!
「シャルも一緒に出掛けますか?」
「ん? んー、準備に時間かかっちゃうけど……?」
「それくらい待ちますよ」
「じゃあ、急いで着替えてくるね。先にいくときは携帯でね」
じゃ、と言ってシャルが早足で寮に戻っていきました。
先に行くならって言っても私たちはこれから遅めの朝食なんですけどね。
さーて、鈴ちゃんも戻ってきましたしご飯ご飯。
「寂しそうな顔」
「鈴ちゃん、ありがとうございました……って、私のことですか!? べ、別にシャルがすぐに行っちゃったから、もう少しゆっくりしていってほしかったなんてことは思ってませんよ!?」
「語るに落ちるとはまさにこの事ね……というか、違うわよ。私が言いたかったのは……あー、まぁ、なんでもない」
……?
なにが言いたかったんでしょう。
鈴ちゃん、臨海学校から戻ってきてからずっとこんな感じなんですけど……言いたいことがあるなら言ってほしいです。
……もしかして、今日お誘いしたのも迷惑だったのでしょうか?
まぁ……私の秘密を知ってしまった皆さんとの関係性は大なり小なり変わってしまいましたが……
特にラウラさんは私を軍に誘わなくなりましたし……それでも皆でドイツには行きます。もちろんシュヴァルツェア・ハーゼにもお邪魔しますし。
「あの、鈴ちゃん、もしかして今日のお出掛けは乗り気じゃないんですか?」
「っえ? あぁ、そうじゃないから心配しないで」
「ですが、やっぱり私が……?」
「あのねぇ……私がアリサのことをどうこう思うわけないじゃない。アリサがいてほしいって言うんならいつまででも一緒にいてやるわよ」
「は、はい」
な、なんだかドキドキしました。
だって、一緒にいてやるなんて……なんだかプロポーズみたいじゃないですか。鈴ちゃん、たまに私のことをドキッとさせるんですよね……なんというか、私のツボにはまるような言葉を言うんですよ。
ダメですねぇ……私、本当に“一緒に”という言葉に弱すぎです。
言葉がなくても皆さんを信じられるようになりたいんですけどね……
「でもさ、何で連絡手段が携帯なのよ? 普通にプライベート・チャネル使えばいいじゃない」
「えっ、と……その、わ、私が、携帯の方が嬉しくて……」
「なんで?」
「それは、えっと……な、なんでもですっ!」
携帯電話の方が一手間あるだけ会話が大事に感じられるというか……うぅ~、いいじゃないですかっ!
そうですよ!
交換手紙とか、電話の留守録とか、わざわざ呼び出しておしゃべりしたりとか大好きですよ!
悪いですか!
……でも、シャルに迷惑かかってないですよね?
臨海学校からこっち、皆さんが私に対して気を遣いすぎなんです。
鈴ちゃんは織斑君に死ねと言わなくなりましたし、他の皆さんも織斑君にISの装備を向けなくなりました……あれ、常識的になっただけかも知れないです。
……はぁ。
悩むのはやめです。
とにかく一日一日を皆で楽しく過ごせるように頑張りましょう。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした……シャル、意外とゆっくりですね」
「お洒落してるんでしょ。というかさっきも思ったけどあんた達、最近仲いいわね」
「……そうですか?」
そんなことないと思うんですけどね。
でも、そう見えることはシンプルに嬉しいです。
シャルと私は単純な友達になるのは難しいですから。
関係性がどんなに変わっても、私はシャルの恋人になりたいと思ってますし、守りたいと思います。
そういう感情は、やっぱりシャルが誰かに恋したときには邪魔になりますから……
せめて、今だけは……近くにいたいです。
多分、シャルに恋人ができたら私は近付けませんから。
「アーリサ、おまたせ!」
「待ってませんよ。あ、シャル、髪の毛降ろしたんですねー」
「う、うん……どうかな?」
「可愛いですよ?」
「えへへ、ありがとう。アリサの三つ編みも可愛い。リンがやったんだよね?」
「ん、まぁね」
か、かわ、可愛いねってそんな……髪型のことだとしても勘違いしちゃうじゃないですか。
うー……私、紅くなっちゃダメですからね!
「ところで目的って決まってるの?」
「アリサ、行きたいところある?」
「あ、えと、とりあえず少し遠出して南武と北武にでも行ってみようかと思ってます」
「どこそれ?」
「僕も知らないなぁ」
あれ、鈴ちゃんなら知っているかもと思ったんですけどね。
まぁ、そういうことなら案内しながら楽しめるでしょう。
「電車で二十分ほどの繁華街のショッピングモールですよ。それで、南武と北武はそれぞれこういう字を書くのですが……」
「ふむふむ」
なんでか知らないんですけど北に南武、南に北武があるんでよね。
ある電気屋さんのご当地テーマソングでも突っ込まれてます。
あと見所は……サンライズ48でしょうかね。水族館に展望台、スイーツビュッフェなどいろいろ揃ってます。
「へー……そういえば昔、まだ中国に戻る前に一回だけ行ったことあるかも」
「僕は聞くのも初めてだから楽しみだよ。アリサ、案内よろしくね?」
「はい♪ ……時に二人ともお化けとか平気ですか?」
「ん、あんまり好きじゃないわ」
「僕もちょっと苦手かな……」
ふっふっふ……それならちょうどいい逸話が……!
「さっき言ったサンライズ48の前の広場、昔は絞首台があったんですよ。それで、」
「怨念が残ってて幽霊がたくさん出るって言うのね」
「……アリサ、ちょっとセンスないかも」
か、勝手に先を予想した挙句、センスないとか言わないでください!
というかそんなありきたりな話じゃないですし!
「いえ、幽霊が出るかは知りませんけど広場から三百メートルくらい離れた土地を少し掘り起こすと人骨が出てきます」
「……アリサ……そういうリアルな話は嫌ね」
「怖くないですか?」
「怖いというか、夢に出てきそうだよ……」
あれ?
まぁ、ただの作り話なんですけどね。
先月この話を知ってから掘り起こしに行きましたけど何もありませんでしたし、図書館で調べてみても広場の近くに埋葬所があったなんて記述はなかったですし。
というか日本はそもそも火葬が基本ですからね。たとえ死刑囚でも、です。
……でも今の話は怖くなかったですか?
「あ、これ有名な話なんだけどさ」
「おぉ、鈴ちゃんの怖い話ですか?」
「うん。中国では地溝油っていう油が露天の食品を作るのに使われてるんだけどね?」
ふむ。これはさっきの仕返しをするいいチャンスです!
油なんですから……
「死体からとった油なんですね!?」
「いや、下水を流れる工業廃油」
……えっと。
「…………それは、リアルな話ですか?」
「うん。だから中国では露天の揚げ物食べちゃダメよ?」
「怖い! 中国怖いですよ!? 国のことをとやかく言いたくないですけど狂ってます!」
「私も地溝油に関しては否定できないわぁ……まぁ、レストランでも使われてたりするらしいけど……」
こ、こんな誰も得しないような怖い話聞きたくなかったです……いえ、役にはたつかもしれませんけど。
「あ、それなら僕もあるよ」
シャルまでですか!?
というか、あなた達怖い話苦手だったんじゃないんですか?
何でそんなに嬉しそうにしてるんですか?
「これはインターネットの掲示板で見たんだけど。スレッドを立てた人の家に変な手紙が届いたことが始まりだったんだ」
「あ、あれ……意外と本格的?」
「だから怖い話だって言ったじゃん。それで内容なんだけど、確かすごい汚い子供みたいなの字で『おはようございます。覚えてますか? みーちゃんです。私は見ています。今日は何日目ですか? 思い出せるといいです。あなたが消えてから半年、おにんぎょうさんはまだわらいません。楽しいです』とか、もっと長いんだけどそんな感じの文章が書いてあって……その手紙の裏にやっぱり下手くそな子供の絵で女の人が描いてあったの」
「お、女の人、ですか?」
「うん。赤黒い肌で、口を大きく開けてる髪がすごい長い、それこそアリサより長いくらいの女の人。しかも背中が逆向きに曲がってるし、足は一本しかなかった」
こ、ここで名前とか出さないでくださいよぉ……私が関係無くても怖くなってきます。
「そ、それで、どうなるんですか?」
「うん、それから毎日手紙と絵が届くんだ。内容は似た感じなんだけど絵の方はどんどん非現実的なものになっていくの」
「あー、セイシンビョウ、みたいな?」
「うん、その掲示板でもそう考えてる人が多かったみたい。手紙の方には必ずおにんぎょうさんが出てくるんだけど、七日目、ちょうど掲示板が二スレッド目に入って少しした頃に、とうとうおにんぎょうさんが笑うんだ。内容は『わらったよ。片目のみーちゃんのおにんぎょうさんがわらったよ。でもお腹がすいちゃって血が止まらないの。痛い。痛い痛い。ごめんなさい。もうわらいません。ごめんなさい。お腹がすきました』……って」
「…………そ、その後はどうなったんですか?」
「わからない」
「へ?」
「その手紙の写真がアップされて二時間くらいしてから……他の人のコメントにスレッドを立てた人が反応してる時にいきなり、その人が書き込まなくなっちゃったんだ」
「いきなり、ってどういうことですか?」
「その日は日曜日で人が多かったからコメントも多くてね……ちょうど半分くらいまでのコメントに反応が返されてからずっと音沙汰なくて……」
「あ、飽きちゃったんですね。釣りだったんですよ!」
思い付いたはいいものの途中でめんどくさくやっちゃったんですね!
「うん、最初はなんだ釣りだったのかっていう流れだった。でも……」
「でも、なによ?」
「そのスレッドが埋まる直前にごめんなさいって延々と書かれた血のシミがついた手紙と、片目と片足のない、口から血を垂らしてるフランス人形の写真がアップされたんだ。他になにも言わないで」
「だ、誰かの摸倣犯的な行動では……?」
「今までの手紙と筆跡がよく似てるって、図説つきだったから信用できるって……」
「「…………」」
怖っ!?
え、スレ主さんどうしちゃったんですか!?
まさかおにんぎょうさんに食べられちゃったとかですか!? だからごめんなさいごめんなさいって謝られてたとか……
う、うわぁ!
怖すぎです!
写真とか絵とかが実際にアップロードされてるのがまたなんとも……
「あ、あの、鈴ちゃん…」
「な、なによ?」
「今晩、一緒のベッドで寝てもらってもいいですか……?」
「し、仕方ないわねっ! アリサってば怖がりなんだから!」
夢に出てきませんように……
「っと、目的地も決まってるみたいだし、そろそろ出発しないと門限に間に合わなくなっちゃうね……あれ、二人ともどうしたの?」
「そ、そうですね、早いところ出発しちゃいましょう……!」
楽しいことがあれば忘れられるはずです!
私、怖い話には耐性があると思っていたのですが……白雪姫の魔女のお婆さんより怖いものがあるなんて思いませんでした……うぅ