Plongez dans le "IS" monde.   作:まーながるむ

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「分かれ路」


6. La voie navigable qui a été forgée.

 そんなこんなで新しい友人一歩手前の女の子が少しだけ増え、私を恐れる人はもっと増えた第1週が終わり――

 

 月曜日の放課後。セシリアとの決戦の日がやってきた。

 

(まぁ、勝てるわけ、無いんですけどね)

 

 面白そうだと集まった観客は既に百人以上。その全ての視線が私とセシリアに向けられる。

 それは私にとって恥ずかしい、というより恐ろしいに近いものです。

 たかだか30人程度の教室でも縮こまってしまうのですから当たり前ですよね。

 ……この大一番で失敗したら私に向けられる周囲の目が大きく変わるでしょう。

 怖い新入生からただの生意気な新入生に。そしてそんな烙印が捺されてしまえば、その先の下り坂は楽に想像できます。

 現に私がフランスにいたときも……

 

「アリサさん? 震えていますわよ?」

「大丈夫、武者震い」

 

 なんて言っても大丈夫じゃないのは誰から見ても明らかでしょう。それが分かるくらい、自分が大勢の人間に見られることに恐怖しているのは分かっています。

 そもそもの原因は小さいものだったんですが……なんでこうなっちゃったんでしょうねぇ。

 近くでは織斑君が白式のフォーマットとフィッティング始めていました……この時点で私が勝とうと負けようとセシリアフラグの立ち方は変わってしまったわけですね。

 

「では、わたくしは向こう側のゲートへ行っていますわ」

「うん」

「……無理、しなくてもいいんですのよ? 私が巻き込んでしまったのですし」

 

 気遣わしそうに私の顔を覗き込むセシリア。彼女らしくない申し訳なさそうな表情です。

 

「多分、平気」

 

 根拠も自信もないですが、ここにきて退けるわけもないのでこう言うしかありません。

 セシリアも仕方なく向こうのゲートへと行ってくれましたし……あとは私がどうにかしなければいけない問題です。

 

「不破、時間だ。準備しろ」

「はい。カゲロウ、きて」

 

 お願い。

 狼を模した漆黒の装甲。決して攻撃的なフォルムではないのに、どこか獰猛さを感じさせるISを想像し……

 

 ◇

 

 セシリアは珍しく自分の行動に後悔していた。

 今まで自分が辿ってきた道筋に間違っていたことなどないと、自信を持って言える行動を選んでながら今まできたが、震える友人を見れば結果的に間違っていたことを認めざるを得ない。

 自分か彼女、どちらかがクラス代表に相応しいと本気で考えていた。それは今でも変わらない。

 しかし、その主張がアリサを衆人環視の中で戦わせることになるとは夢にも思わなかった。

 聞けば、この催しは半分彼女が決めたようなものだという。しかし、それは戦いで決める、という部分のみ。彼女自身、観客がいるとは思わなかったのだろう。

 軽く見積もっても観客は数百人。

 自分との関係性が確としていない群衆から見られることに酷く恐怖を覚えるアリサ。

 その理由を聞いたことはないが、たかだか30人程度のクラスメイトの中にいるだけで縮こまってしまう彼女のことだ。誰が見ているか分からない現状では、足が竦んで動かなくなるかもしれない。

 それに、過去にアリサがイギリスを訪ねてきた際、イギリスの研究者たちの視線に狂乱した彼女の姿をセシリアはよく覚えている。

 だから、歩いてきたアリサの異様な状態にも驚くことはなかった。

 

 ◇

 

「その格好は、なんのつもりですの?」

 

 予想通り、セシリアは優しく、厳しい。

 

『ごめん、セシリア……やっぱダメでした』

 

 あはは……ってここは笑うところです。

 百、二百、三百、沢山。その視線の予感に恐怖した私にはISをしっかりと展開することができませんでした。今、私の身体を覆っているのはカゲロウの装甲の内側のみ。観客席からは服にしか見えない戦闘に相応しくないもの。

 

「まぁいいですわ。せっかくの可憐な装いなのですから……わたくしとブルー・ティアーズが奏でる円舞曲(ワルツ)で踊るといいですわ」

 

 決して優しい言葉をくれないのがセシリアの厳しさ、派手な演出で観客の視線をブルー・ティアーズに釘付けにしようとするのが優しさです。

 

『頑張って、できるだけ避けます』

 

 今の私にはそうしてセシリアの引き立て役になることしかできませんから。

 もはや、浮き上がることもできない私に、ブルー・ティアーズがスターライトmkⅢを向け、放った。

 

「くぅっ……!」

 

 発射から命中までの0.4秒。ハイパーセンサーとISの性能だけに頼った――お世辞にも綺麗とは言えない機動でレーザーを避ける。

 余波が私の髪を煽りますがそんなことは気にしていられない。今の装甲では保って2発。最悪、1発でもシールドエネルギーが尽きるかもしれない。

 

「そこっ!」

「っ!」

 

 そんな有り様を見られてしまえば私を代表候補生として送り出したフランスの威信に関わる。

 織斑一夏を観察するだけの役目。そして第3世代機を開発できないだけでなく、代表候補生も送り出せない弱小国家と思われないためのパフォーマンス。

 シャルロットが転入し次第、代替わりになる予定だったとは言え外野はそんな事情を気にしないでしょう。フランスは人目が気になるという致命的な欠陥を持つ操縦者が候補生になってしまうような国と見なされてしまいます。

 

「これならどうです!?」

「はぁっ!」

 

 そうなれば後から転入してくるシャルロットも居辛くなるでしょうし、そんな操縦者を送ったデュノア社のIS開発許可が剥奪される可能性もあります。

 だから私の有用性と、そして候補生としての腕を見せつけなければいけません。

 見られるのではなく見せる。

 

(それを今できないんじゃ意味ないのに……!)

 

 避ければ避けるほどセシリアの射撃は激しくなっていきますが、それでもまだ逃げ場は残されています。

 

「ねぇ、さっきから黒い方避けてるだけじゃない?」

「フランスの代表候補生とか聞いたけど……大したこと無いね」

「フランスのって、あぁ調子のってる新入生のことじゃない?」

 

 ハイパーセンサーを通して聞こえてくる観客の無情な声。

 見られている。

 私の弱さが圧倒的な数の人間に。

 

「……他人の声を聞いてる余裕なんて無いはずですわよ」

「あっ!」

 

 先のことを考えないままに必死で避け続けた結果、ブルー・ティアーズの目の前に転がり込んでいました。

 

「チェックメイト、ですわ」

 

 ◇

 

「うーん、変ですねぇ」

「どうした、山田先生」

「いえ、不破さんですよ。彼女、試験の時はセシリアさんに負けず劣らずの機動を見せたんですよ?」

「にも拘わらず、大した反撃もせずに逃げるだけ……」

「しかも、不破さんはISをしっかりと展開できててはいないんですよ。あと、」

「あと?」

「彼女からは私と同じ戦闘狂(バトルマニア)の匂いがするんですよねー」

「そ……そうか」

 

 一度(ひとたび)、戦いになればそれ以外のことを考えられなくなるような、ね。

 

 ◇

 

 私の顔に突きつけられるレーザーライフル。この距離ならば確実に勝負が決まるでしょう。もう避けることも叶いませんから。

 黒光りする銃口の奥には暗闇が広がるだけ。その中から何も見つけることはできません。いつでも撃てとばかりに目を閉じました。

 案外、死というのも同じようなものかもしれないですね。

 

 ――何を遊んでるのかねぇ――

 

 聞き覚えがあるようなないような、自分とは全く違うはずなのに、自分のものだと分かる声。

 どうして、どうやって、いつから。

 そんな疑問を覚えつつ、語りかけてくる人物の名前を想う。

 

 ――朝峰、巡……?――

 

 思考の出所は分割されたもう一つの思考でしょうか。確彼の人格は私のものと統合されたと思っていましたが、一度はそのまま復帰されたのですから不思議ではないのかもしれません。

 

 ――なんだ、負けるのか――

 ――アドバイスにしても遅いですよ。もう避けられ無いじゃないですか――

 ――違うだろ? お前が持っていった俺の名残、ちゃんと使いこなせよ――

 

 (かれ)の名残……朝峰嵐才流。その教えの中で一番重要なのは、

 

『アリサさん、ごめんなさい。こうなってしまったのも全て私のせいですわね』

 

 目を開ければ未だそこにある銃口。例え今私が突然に動き出してもセシリアが撃つ方が早いでしょう。

 

「私の、勝ちですわ」

 

 生き汚くあれ。

 

 それが朝峰嵐才流の教えであり、同時に目指すもの。

 ……なんで私はこんな大事なことを忘れていたんでしょうかね。ISは兵器だと自分でも言っているじゃないですか。これは試合ではなく死合。

 

「ううん、これからです!」

 

 妖精の加護(フェアリーダンス)を半分、4対の内の左側だけを展開し、そのワイヤーをスターライトmkⅢに巻き付け引っ張る。そして同時にその銃口の動きとは反対方向に向けての回避行動。

 一か八かの賭け。

 それは果たして――

 

 「なっ!?」

 

 ――私を生かしました。

 余波でシールドエネルギーが残量の半分も削り取られたけどISは止まらず、私の意志に応えてくれています。

 これなら展開できる……!

 今までより速く。

 それだけを考えながら再びカゲロウを呼ぶ。

 

「アリサさん、乗り越えましたの?」

「セシリアの驚く顔が見たかったからかもしれませんよ?」

「……ふふ、そうでなければ面白くありませんわ」

 

 軽口を叩いている間に攻撃的なフォルムではないのに獰猛、そんな黒狼がフィールドに現れる。

 殴る蹴るに特化した意匠でもある武装、狼鋲(ヴリコネイル)。その四角錘を覆うようにして光学刃を展開させる。

 

「ふふふ、その展開速度……どうやら本当に乗り越えることができたようですわね」

「うん、まだ視線は怖いけど……死合中は気にしてられませんから」

 

 死ぬことはないとはいえIS(兵器)を使っている以上、形式上は殺し合いです。

 そのことを自覚すれば、あとは死なないための動きをするだけ。

 私が本調子になったと感じたセシリアが至近距離から一気に離脱、同時にレーザーが放たれたため追撃もできません。もう少し逃げるのが遅ければ勝てたんですけどね。

 

「そう甘くはないですかっ!」

 

 両腕に塩の都の大火(ウリエル・ジャッジメント)を展開して私とセシリアの間の地面に乱射。左腕の砲から着火した液体火薬を、右腕の砲からは榴弾を放ちます。

 液体火薬から噴出する炎で気体の温度を不均等にし、その温度差による屈折現象でセシリアのBT兵器の照準を狂わせる。さらに榴弾からまき散らされる金属片と、着弾の勢いでうまれた土煙をチャフ代わりにして威力を削る。

 これがセシリア(BT兵器)を相手にする時の定石(セットプレイ)

 

「相変わらず、せこい戦い方ですわね!」

 

 対するセシリアは無理にBT兵器を使用しないで、ブルー・ティアーズを囲むように漂うビットから誘導性を持たされたミサイルを放ってくる。

 辺りに撒き散らした炎に反応しないということは単純な熱感知ではなくISだけに反応するような構造なんでしょう。

 熱と煙は既に私も呑み込んでいるため妖精の加護(フェアリーダンス)は使えません。

 

「まぁ、こうすればいい話なんですけど、ね!」

 

 ハイパーセンサーで捉えたミサイルを榴弾砲で迎撃しつつ、瞬時加速(イグニッション・ブースト)でセシリアに接近する。

 BT兵器が使えない状況から逃れるために煙から抜け出そうとするセシリアの行動を予測し。私とほぼ同じタイミングで煙から空中に抜け出してきたセシリア。

 私がいることに驚いたのか、その一瞬のすきをついてセシリアを背後――私を未だ追いかけるミサイルに向けて投げ飛ばす。

 爆発の後もさらに追い掛けて渾身の力で殴りました。

 

「……セシリアもなかなかしぶといですねー」

「アリサさんが視線を克服したのです。ならば私が簡単に負けるわけにはいかないですわ」

 

 殴られた勢いをも利用して私から距離を取るセシリア。逃がさないように私も追いかけますが、足元に数条のレーザーが放たれる。

 別に構いません。

 装甲が展開できた今、あまり残っていないとはいえシールドエネルギーがすぐに空になるということはないですから。

 とうとうセシリアに追い付き、向けられているレーザーライフルの銃口を下に押しやる。

 

「そう簡単に動かされたりは……!」

 

 セシリアはそれに抗おうと銃身を持ちあげる。

 

 ――私の目論んだ通りに。

 

 彼女の生み出した力を殺さないように、むしろその勢いにのるようにして跳びあがる。そのまま空中で半回転し踵落とし――斧鉞(ふえつ)を放つ。

 

「な……ぐぅ!」

 

 1発目の踵落としは肩に、2発目はあえて当てることをしないでセシリアの右腕を膝の裏で挟み込むようにして地面に倒します。

 すかさず馬乗りになってマウントポジションを奪う……ここでスラスターを上空に向けて吹かすことで、地面に向けての圧力を生むことが重要です。

 多彩な装備を用いるISでの戦闘においては珍しい肉弾戦、それは肉弾戦への対抗法があまり考えられていないということです。

 私のように殴る蹴るに特化した狼鋲(ヴリコネイル)なんていうものが存在しているISの方が異質なんです。

 セシリアのブルー・ティアーズのシールドエネルギーがどんどんと減っているのがハイパーセンサーを通して伝わってきます。

 

「まだ、負けませんわ!」

 

 しかし、勝利を確信して油断したその隙をつかれたのでしょうか。

 知覚するよりも早く視界の外からの衝撃に吹き飛ばされました。

 吹き飛びながらも衝撃を受けた方向を見やると2機のブルー・ティアーズが。

 うん、見事に忘れていました。

 

「あれ? 前戦った時はブルー・ティアーズ4機だけじゃなかったですか?」

「増やしたんですのよ」

「ふーん、まぁお互いそろそろ限界みたいだね」

 

 セシリアはブルー・ティアーズ――兵装の方を6機従え、私は討鬼の鋼杭(ドラクル・ペイン)を展開する。

 セシリアは待ち伏せ、私は特攻作戦というところでしょうか。

 

「結局、いつも最後はこうなりますのね」

「セシリアのブルー・ティアーズは毎回変わってますけど……前はミサイルなんて付いてなかったじゃないですか」

「あなたが毎回煙を起こして私のBT兵器をポンコツ(役立たず)にするからですわ」

 

 あー、つまり私に勝つためだけに付けた、と自惚れてもいいんでしょうか? そこまでライバル視されているとは思いませんでしたよ。

 

「むしろわたくしはアリサさんが使い勝手の悪いそれをいつまでも使っているのが疑問ですわ」

「なんで? これは決戦兵器という枠組みの中では完璧なものですよ?」

「……はぁ、もっといいものが作れるでしょうに」

 

 なんでため息つくんですか。失礼ですね。

 まぁ……そろそろ決着をつけましょう」

 私が構えるのと同時に、ブルー・ティアーズの砲口が私に向きます。

 嵐才流高速移動法・縮地。本来は体を落下させるように膝の力を抜き、相対的な体重を限りなくゼロに近づけた上で地面を蹴るという方法で移動距離と速度を伸ばす業。

 ISを使う場合PICで体重を消せるため、膝を曲げることによる力の分散がなくなりさらに効率はよくなります。

 そしてさらに瞬時加速(イグニッション・ブースト)。慣性を利用したISの最速直線運動。風になるというのはこういうことでしょう。

 セシリアの放ったレーザーは相対速度ではすでに光速を超えているので目にも映らず、ただ衝撃だけが身体に伝わる……あと何発受けられますかね。

 

「セシリア、覚悟して下さい!」

「わたくしに触れる前に撃ち落として差し上げますわ!」

 

 私がセシリアに杭の一撃を与えるのと、セシリアが私のシールドエネルギーを削りきるのと、どちらがより速いかで勝負が決まるということですね。

 

 そして訪れる衝突音、

 

 ◇

 

「いやー……まさかでしたよ」

「わたくしも信じられませんでしたわ。まさか、」

「「相打ちだなんて……」」

 

 ビーーーーーッ!!

 という若干ウザいとも感じる試合終了のサイレンが鳴ったとき、私とセシリアのISは共にシールドエネルギーが切れていました。そのため精密な判定作業がされたんですが……

 小数点第四位まで計算しても全く同じタイミングで、それ以下を求めるのも馬鹿らしいと相打ちということにしました。

 当然、私はクラス代表に興味はないので翌日の織斑君との対決は……

 

「わたくし、戦えませんわよ?」

「って、えー!? どういうことですか!?」

「どうもこうもアリサさんが最後にブルー・ティアーズを壊したからですわ!」

「私のだって……」

「あなたのは装甲だけでしょう?」

 

 まぁ、確かにセシリアが防御目的で私の目の前に飛び出させてきたブルー・ティアーズを3機破壊しましたが……セシリア、目が据わってますよ?

 ということで私が織斑君と戦うようです……なんでこんなことになったんでしょうか。


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