Plongez dans le "IS" monde.   作:まーながるむ

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「霧雨の告解」


53.Confession dans la pluie

 織斑君が墜ちました。

 あの様子から四肢を失ったりはしていないでしょうが、背面に大きな火傷痕が残るでしょうね。

 ……世界で一番嬉しくないお揃いです。

 

「心配ですね……」

 

 既に私が訪れた病院にも連絡が入れてあります。

 動かしていい状況なのかも分からないため、彼女たちに来ていただくことになりました。

 まったく、昨日の今日で医者と再会するなんて笑えませんね。

 ……そういえば、あのお姉さんからは幸せになれと、苦境に負けるなと言われていましたね。

 自分の罪を突きつけられて、シャルから距離を置いて……その挙げ句、この結末です。

 全然、実践出来てません。ダメダメです。

 ……ここだけの話、私も連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)を使えば篠ノ之さんくらいの機動力は出せたんです。多分、討鬼の鋼杭(ドラクル・ペイン)なら福音のシールドエネルギーを大きく削り取ることもできたはずです。

 それをしなかったのは束さんとの取引があったから。

 ……今思えば、私は友人たちが怪我をすることよりもフランスが第三世代型ISを開発することをとったんですね。

 さすがヒトゴロシです。最低すぎます。

 

「アリサ……一夏が昏睡状態に入ったよ」

「しってます……」

 

 一番最初に海から戻ってきたのはシャルとセシぃでした。セシぃは精神力を使い果たしたのか部屋へと直行し、シャルは私を責めるような目で見ています。

 

「アリサ、どうして僕に戦わせなかったの?」

「それは……連携のとれない多人数作戦は危険ですから……」

「僕は誰にでも合わせられる……アリサもそのことは知ってるはずだよ? あの時、僕が下がらなければ一夏は墜ちなかったかもしれないんだよ!?」

「それは……ごめん、なさい」

 

 ……本当は慣れない連携が危険だなんて思ってなかったんです。

 私がシャルを守れないからというのも……建前です。

 本当は……私以外の人にシャルが合わせて動くのが嫌で……ただの、嫉妬だったんです。

 そんな、一時の感情で、私はなんてことを……

 

「そうだ……不破、お前のせいだ! お前のせいで一夏は……」

「っ! 篠ノ之、さん……」

 

 ラウラさんに肩を貸されて戻ってきた篠ノ之さん。織斑君を背負った鈴ちゃんは何も言わずに歩き去っていきました。

 篠ノ之さんはラウラさんを振り払って私に詰め寄ってきます。

 きっと、一番近くだったから……怒りも一番激しいのでしょう。

 

「お前がもっとしっかりしていれば……ラウラやシャルロットたちも参加させていればこんなことにはならなかったんじゃないのか!?」

「それは……」

「それに! なぜあの密漁船のことを前もって伝えなかった!? 衛星からの映像を見ていたのだろう!? あの船さえなければ作戦は成功に終わっていたのに!」

 

 戦闘中に放心した人に言われたくは……!

 ……やめましょう。ここで言い争っていても不毛です。

 

「箒、落ち着け。不破を責めるよりも一夏の近くにいた方がいい」

「ラウラっ! ……すまん……そうだな」

 

 ラウラさんが篠ノ之さんを宥めて先に部屋に行かせてくれました。

 私は……どこで間違えたのでしょうか……?

 私が予想したとおりに進めば問題は何も無かったはずなのに……

 

「……アリサ、今回のことは誰のせいでもない。私達は今まで一度も多人数での作戦を経験していないんだ。お前の判断は正しかった」

「……ですが、密漁船は……」

「それこそアリサのせいではないんだろ?」

「そんなこと、」

「アメリカの軍事衛星からの情報には銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の座標情報しかなかった……違うか?」

 

 ……それは。

 

「それに、お前は密漁船の位置を知らないと言っていたからな。違うとは言えないだろう?」

「…………」

「言い訳は無様だが弁解はすべきことだと思うんだがな」

「……同じことじゃないですか?」

「さぁな」

 

 ラウラさんがアメリカのドラマのように肩をすくめました。

 でも、私が責められることを我慢すれば皆楽ですよね……?

 

「あの……ラウラさんは軍人さんなんですよね?」

「ああ」

 

 なら……

 

「人を殺したことは、ありますか?」

「無い……だが、いずれそういうこともあるだろう」

「そうですか……変なこと聞いちゃってごめんなさい」

「アリサ……お前、何を考えてる?」

 

 ヤですね。

 そんなに怖い顔しないでくださいよ。

 

「私の白狼の咆号(ウルフズロアー)は今でも銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に向けられています。仮に私が、最初から撃ち落としていれば、織斑君も……」

「だが、操縦者の命の保証はないんだろう?」

 

 私が殺すことを許容すれば、束さんのお願いは聞けなくなっちゃいますけど誰も怪我しませんでした。

 ……銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の操縦者を覗いて、です。

 あの場面で引き金を引くことが専用機持ちの義務だったのかもしれません。

 そういう意味では、確かに篠ノ之さんの言った通り全て私のせいです。

 

「人を殺すには覚悟がいる。私も覚悟はできているつもりだが実際にはどうだかな」

「あんな覚悟、もてない方がよっぽどいいです」

「ふっ、まるで本当に人を殺してきたかのような物言いだな」

「……そうですね」

 

 本当は……殺せと言われたら躊躇せずに実行できます。あの戦争で、私の感覚はとっくに麻痺しちゃってますから……

 それでもそうしたくない理由は……また、シャルとの距離が開いちゃうから……

 片や大企業の社長令嬢。

 片や千人以上を一方的に殺害した英雄(ヒトゴロシ)。

 真っ赤な道程(みち)を歩いてきた私が、キレイなままのシャルに近付いたら……シャルまで血(あか)く染まっちゃいます。

 そうやって、自分がシャルと釣り合わなくなっていくのが怖いから……だから、誰も殺したくないだけなんです。

 ……完全に自分本位の生き方なのに、お姉さんが言っていたような笑える生き方はできそうにありません。

 福音に意識を戻そうとした瞬間、ポツリポツリと雨粒が頬に落ちました。

 

 

「……降ってきたな」

「天気予報は晴れだったんですけどね」

「体が冷える前に戻ろう……アリサ?」

「いつ、福音が逃げ出すか分からないので、ここで警戒しています。白狼の咆号(ウルフズロアー)の射程外に逃がすわけにはいかないので」

「……すまん」

「これは、私が決めた私の役目です」

 

 私の仕事は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が逃げ出したら撃ち落とすこと。その際の生死は不問のようです。

 そして、それは逆に言えばそれ以外では私が作戦に関わることはできないということです。

 ……逃げ出してくれたら、言い訳ができるのに。

 ……逃げ出さないでくれれば殺さずにすむのに。

 相反する二つの希望がごちゃ混ぜになってます。

 降り出してすぐに激しさを増した雨に打たれながら、私はただただ白狼の咆号(ウルフズロアー)を福音に向けるだけです。

 ……このまま、逃がすことだけはしません。

 

 ◇

 

 作戦失敗から三十分。一夏はまだ起きない。

 アリサを除いた五人が一夏を見守ってる。

 

「……ラウラ。アリサはどうしてた?」

「まだ、白狼の咆号(ウルフズロアー)を福音に向けている。多分、ここに来る気はないだろう」

 

 やっぱり。

 あの子は自分の役目に忠実だから……普段は一夏とそれほど親しくしてないけど、アリサも心配してるはず。

 戻ってきたときアリサに声をかけなかったのは失敗したわ。一夏のことで頭がいっぱいになっちゃって……

 あの時、箒にアリサのせいだ、なんて言われてたけど……本当にそう思い込んだりしてないわよね?

 箒はアリサを逃げ道にしてるみたいだし……どうしろって言うのよ。

 

「アリサ、風邪引かないといいけど……」

 

 シャルロットだけは、窓辺からアリサの背中を見てる。普段のシャルロットなら迷わず傘を差し出しに行ってるけど……この子もこの子で思うところがあるのかしら。

 

「不破が密漁船のことを前もって誰かに言っていれば……」

「あれは、アリサのせいではない……と思う」

「ラウラ……? どこが……どこが不破のせいではないと言うんだ! やつは密漁船の存在の報告を怠った! そのことを誰かに言っていれば対処もされて、あの時、一夏も迷わず福音を攻撃できたはずだ!」

「違う。不破は密漁船、」

「はい、ストップ。怪我人の近くで騒がないてくれない? やるなら外出て」

 

 ここは病院じゃないけど怪我人はいるんだから。

 ……さっきからセシぃが一言も喋らないけどどうしたのかしら?

 

「……誰のせいかと聞かれれば、わたくしにも責任はありますわ。福音のエネルギー弾はわたくしでも対処できたのですから」

「お前まで不破を庇うのか?」

 

 さっき窘(たしな)めたのが良かったのか、箒は激高しなかったけどその怒りは肌で感じられる。

 でも、逆にどうして箒はアリサに責任を被せたがるの?

 

「あの密漁船は私たち全員が感知できる場所にいたわ。アリサが誰かに言っていればってことなら気付かなかった私たちにも責任あるわよ」

「しかし……そうだ。そもそも不破が福音を撃ち落としていれば……!」

 

 この、バカ……

 

「あいつが福音を撃ち落としていればこんなことにはならなかった! 一夏は怪我もしなかったし、私達が危険をおかす必要も、」

 

 ゴッ!

 

 ラウラが箒を殴り飛ばした。

 まぁ、ラウラがやってなかったら他の誰かがやってただろうけど……まぁ、その場合は拳じゃなくて平手打ちだっただろうから、ラウラのすぐそばに立っていたことに少し同情するわ。

 急な展開に部屋の中の時間が止まったような気がした。その様子を見ていた私達だけじゃなくて殴ったラウラ自身も自分の行動に驚いて困惑している。

 

「つぅ……貴様」

 

 部屋の中で動いているのはたった二人。

 低い声でラウラを威嚇しながら殴りかかろうとしている箒と……

 その間に滑り込んだシャルロット。

 

「ちょ、危な……!」

 

 既に殴りかかる段階に入っていた箒はシャルロットの乱入にも止まることができない……ううん、止まろうと考えてないかも。

 そして、箒が投げ飛ばされた。

 ……あれ?

 

「むぅ、アリサの真似は難しいね……」

 

 シャルロットが、投げたの?

 しかもアリサの真似ってことはぶっつけ本番?

 相変わらず、凄まじい子ね。

 ……フランスはISこそ第二世代だけど操縦者のレベルは他を凌ぐかも。

 

「箒、今言ったこと、一夏が起きてても言える?」

 

 うつ伏せに倒れた箒の背中にシャルロットが座る。右肩を極めながらだから箒もまず起きあがれないけど……えげつないわね。

 

「……言えるに決まっているだろう。一夏だって同じことを考えているはずだ!」

「ふーん……ねぇ、箒は知ってるかな? アリサの白狼の咆号(ウルフズロアー)の火力って競技規定違反どころか非人道的兵器に数えられる程なんだよ? ……あれの最高威力はISの装甲ごと操縦者を消し飛ばすだけの威力があるし、撃ち出す物に制約がないからね。それに、アリサは前にも学園で使ったらしいけど、その時の弾丸はただの金属の塊。それも磁性を弱めて威力を減らしたね」

 

 やっぱり……アリサが使ったところは一度しか見たことなかったけど、あの時も無人機とはいえ下半身部分を消滅させるほどの威力だったし、そうじゃないかなとは思ってたのよ。まさか、アレが制限された火力だとは思わなかったけど

 私が予感してたくらいだから千冬さんも気付いてたはず。

 それでも言わないってことは黙認してるんだろうから私もあえて言ったりしなかったけど……

 

「それが、どうした?」

「わからない? 白狼の咆号(あれ)はね、威力が制限されてても弾着の衝撃、火薬の爆発、光速によって生まれる衝撃波、その全てが超高威力で……殆どのISは一発でシールドエネルギーが大きく削られるんだよ」

「だから、それを撃っていれば!」

 

 シャルロットが言いたいのは、そういうことじゃない……つまり、

 

「一応、威力制限もされてるから確かに操縦者は死なない。でも制限の中だと銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を落とせるだけの威力は出ない。だからアリサは制限を無効化して、その上で正規の成形炸薬弾を装填してるわけだけど……これがまた威力の調整が難しくてね」

「はっきりと言え!」

「……白狼の咆号(ウルフズロアー)は本当の意味で必殺武器(リーサルウエポン)なんだよ。引き金を引いたらまず間違いなく福音の操縦者は死んじゃう。箒はアリサに人を殺せって言える? 一夏がそんなこと言うと思う?」

 

 まず間違いなく言わないでしょうね。むしろ、俺が死ぬ気で頑張るから絶対に撃つな、って言うわね。

 もちろん、私だって言えない。

 

「……それでも」

「ん?」

「アレを不破が撃ち落とせば、被害が広がることも抑えられるだろう……!」

 

 一人の犠牲で多くを救う……まぁ、それも一理あるわね。

 暴走したISが市街地に向かったら何が起きるか分からない。そもそも超高速飛行をしているだけでソニックウェーブとか起こして人体に影響を生み出すんだし。

 正論ではあるからシャルロットも何も言えなくなる。

 

「箒、あんたの言うことは確かに正しいわよ」

「鈴……」

「でも、アリサにヒトゴロシになんてなってほしくない。どんな事情があっても、それはダメよ」

 

 実行するのはアリサ一人だから、私達が一緒に背負うこともできない。

 アリサは溜め込むタイプだから、余計に……

 今度こそ部屋の中が静かになる。

 ったくもう! 一夏、こういう時はあんたの出番でしょ。いつも、なんとかしちゃうのに、どうして寝てるのよ……!

 

「邪魔するよー……あらら。うーん……事情は分かってるけど、とりあえず箒ちゃんのこと離してあげてくれないかな?」

「あ、はい」

 

 篠ノ之博士の登場で部屋の中が疑問符で埋め尽くされた。

 いや、一夏の知り合いみたいだしおかしくないんだけど……

 シャルロットも面食らって素直に離しちゃうし、当の箒は目を丸くしてる。

 

「んー説明がめんどくさいなぁ。とりあえず、あーちゃんが来る前にこれ見てよ」

 

 そう言って取り出されたのは一枚のディスク……ブルーレイ?

 映画なんて見る気分じゃないんだけど。

 

「それは、なんですの?」

 

 代表して質問を投げかけたセシリアに篠ノ之博士は淡々と答えた。

 

「んー? あーちゃんのISに残されてた戦闘記録。迫力満点の……ドキュメンタリーだよ」

 

 ……どういうこと?

 

 ◇

 

 寒いですね……夏とはいっても雨に濡れてしまえば暑さも関係ないですね。

 それに、雨が降り始めてからもう二時間です。

 寒いのは、なるべく長く白狼の咆号(ウルフズロアー)を構え続けるために、エネルギーシールドを始めとする耐寒機能などの機能を全て切っているからですね。

 別に、自罰行為とかではないです……織斑君は大丈夫でしょうか?

 ラウラさんのお陰で私だけが責任を感じなくてもいいと言うことは理解しましたが、納得できたわけではありません。

 私も、皆さんと同様に織斑君の様子を見るべきなのかもしれませんが、その間に福音が逃げ出したら目も当てられないですし……

 今頃、私は薄情だと思われているでしょうね。

 箒さんはもちろん、鈴ちゃんもシャルも怒ってましたし……私のせいだと思われているのでしょうか。

 ……心が痛いです。

 死んじゃいたくなるくらい、内臓全てが縮んでしまったと思うくらい、痛い、です。

 もう……泣いちゃいたいです。

 でも、それは、

 

「不破ぁ!!」

 

 赦されませんよね。

 私がどう思ってるかは関係なくて、篠ノ之さんからすれば私のせいなんですから。

 

「……篠ノ之さん。まだ、言い足りませんか?」

 

 そんなに責められても、私がしてあげられることはないのに……

 どうして、私ばっかり。

 織斑君に怪我をさせる気もありませんでした。

 密漁船の存在を知っていたら、すぐに対応してました。

 束さんとの約束がなければ一番前で戦いました。

 私だって辛いのに……私は、自分の仕事をできる範囲でこなしていたのに……

 

「どうして、責められないといけないんですか……?」

「お前が……ヒトゴロシのくせに殺すことを拒否したから……」

「……え?」

 

 

 ヒトゴロシ?

 篠ノ之さんは何を……?

 私が、ヒトゴロシだと言いましたか?

 どうして……どうして、知ってるんですか?

 

「……否定しないということは、あの戦争の記録は真実なんだな?」

「きろ、く……?」

「姉さんが持ってきた。カゲロウに記録されていた映像を抽出したものをな」

 

 束さんにカゲロウを見せた時に見つけられた……?

 でも、なんで束さんはそれを見せちゃったんですか?……?

 私は、束さんの言うとおりにしたのに……なんで、裏切られてるんでしょう?

 私よりも親しい織斑君が大怪我をしたからですか?

 束さんが宇宙開発のために造り上げたISを戦争に使っていたからですか?

 もう、私が……いらないから、ですか?

 

「私だけじゃない。一夏の様子を見ていた全員、そのことを知った」

「シャルも……?」

「あぁ」

 

 ……あぁ。そっか。

 それなら、やっと、隠し事しないですむんですね……シャルにもセシぃにも鈴ちゃんにも……嘘をつかないで、正直に居られるんですね。

 でも……もう、友達ではいられません。

 私は千人以上を虐殺してて、皆はキレイですから。

 皆にとって、私は恐怖される対象になってしまいました。

 軍人のラウラさんは分かってくれますかね……分かってくれると、いいですね。

 

「あれは、真実です……私が生きるために必要でしたから……」

「……つまり、福音の操縦者を殺さないのは、危険な目に遭うのが不破ではなかったからということか?」

「違っ……」

 

 違う……?

 本当に?

 私が殺したくないのは、なんのためですか?

 あの時はタサキさんに嫌悪感を消してもらっていましたが、それは兵士だけの話。それに、兵士以外の人も何人か殺して……その時も何も感じませんでした。

 ……もう、嫌悪感を感じないほど慣れてしまっているのですから答えは決まっています。

 自分の……ためです。

 皆に嫌われたくなかったから……

 私が損するから……

 

「……既に皆知っているんだ。もう気にする意味がないだろう? なのに、どうして撃たない……?」

「それ、は……」

 

 もう、嫌われちゃったから……何も変わらない?

 むしろ、撃てば皆を助けたことになるんでしょうか?

 そうすれば、人を殺せる存在としての価値を認めてもらえますか?

 怖がられても、いざという時に必要としてもらえますか?

 それ、なら……

 

「いえ……それでも、撃てません……」

「何?」

「篠ノ之さんを疑うわけではありません。でも……まだ、他の誰とも話していません。私は、少しでも可能性があるなら、皆を信じたいです……皆が、私をどう思っているのかを……聞きたいです」

 

 セシぃは、私を傷つけないと言ってくれました。

 鈴ちゃんには人の感情を勝手に決めつけるな、と。

 ラウラさんはこんな私のために本気で怒ってくれました。

 そしてシャルは……私を嫌いになる人なんていないと。

 

「私は、今まで勝手な思い込みで空回りして、怒らせて、誤解させて、怖がらせて……IS学園で初めて、私のことを見てくれる友人ができたんです……」

 

 入学した当初は諦めていました。

 せめて、シャルをサポートできるくらいの立ち位置を保持していればそれでいいと。

 でも、セシぃがいて。

 一松さんたちに話しかけられて。

 鈴ちゃんがルームメイトになって。

 ラウラさん、篠ノ之さん、楯無先輩、クラスの皆さん……いつの間にか仲良くしてくれる人が増えました。

 そして、シャルとの誤解も解けました。

 

「ここで、福音の操縦者の命を奪ってしまったら、あの教室に戻れなくなりそうで……」

 

 既に千人も殺しているのに、と言われてしまえばそれまでですが……日常にまで、命の奪い合いを持ち込みたくはないんです。

 殺すのは……どうしようもなくなったときだけです。

 

「そうか……不破、すまなかった」

「……え?」

 

 どうしてこの流れで謝られるのでしょう……?

 勝手なことを言うなと、お前が殺せば全て解決するんだと、そう怒られるとばかり思っていたのですが……

 

「姉さんが私達に映像を見せたのは本当だ。だが、不破を貶めるためじゃない。お前が悩んでいたことも、ずっと自問自答していたことも、全て記録されていた……お前がやらなければ、誰かがやられていたんだろう? あの方法しかなかったんだろう?」

「それは……」

 

 殺さないように戦うのは時間がかかって、その間に味方が攻撃されてしまうから……

 中途半端だと言われて、味方だけは絶対に死なせないと決めたから……

 でも、私が殺した中には殺さなくてもよかった人もいたはずだということを考えてしまって……

 

「……私は卑怯者だな」

「篠ノ之、さん?」

「責任を、全て不破に被せようとしていた。私のせいで一夏がああなったなんて認められなかったから……」

 

 篠ノ之さんが福音との戦闘があった場所を睨みます。

 ……きっと、あの時の自分を睨んでいるのでしょう。

 握り締められた拳は鬱血して白くなって、震えています。

 

「私の、せいなんだ……競技ではなく実戦だというのに気を抜いてしまって。いや……そもそも力を得たことが嬉しくて浮き足立っていた。何でもできるように感じられて、勝ち以外の可能性を考えすらしなかった」

 

 だから、撤退の可能性を視野にしていた不破を馬鹿にしてすらいた、と自嘲の表情で言いました。

 どこか、すっきりしたような表情の篠ノ之さんに私は何も言えません。

 私だって、私情を挟んでいたんですから何かを言えるわけがありません。

 それでも、篠ノ之さんの次の一言だけは頭にきました。

 

「私は、もうISには乗らない。また、誰かを傷つけてしまうかと思うと怖くて乗れない。最初から、乗るべきではなかったんだ……」

「それは……いけません」

「不破……?」

 

 それじゃ、駄目なんです。

 

「篠ノ之さんは束さんの妹ですから、誰かに利用されないとも限りません。ISは自衛のために絶対必要なんです」

「でも! また、一夏が今回のようなことになったら、私には耐えられない……」

「だからこそでしょう! ……篠ノ之さんが危険な立ち位置だと気がついたら織斑君はきっとあなたを守ります。その時、なにもない篠ノ之さんは足手まといです」

 

 襲撃者が一人ならいいです。

 でも二人なら? もっと増えたら?

 

「篠ノ之さんが戦えなければ、織斑君は余計に危険な目に遭います……ただでさえ、織斑千冬の弟で唯一の男性操縦者という特殊な立場なのに……」

「不破は……視野が広いな」

「素がネガティブなので、最悪の事態を考えることは得意なんです。まぁ、それに……撃たなかった私が言えることではありませんが、専用機持ちはそういうワガママが許されるような立場でもないんですよ」

 

 持てる者の義務(ノブレス・オブリージュ)とでも言いますか。あらゆる場面において特権を持つ反面、しなければいけないこと、してはいけないことというものも多いんです。

 ……機密厳守のために学園を卒業したら同級生とと会うことすら制限されるかもしれないくらい、それは厳しいものです。

 

「明日のことは分かりません……ですが、今は戦う時です。それでも戦えないと言うなら――」

 

 努めて、無感情に篠ノ之さんの瞳を見つめます。いかにも本気、そういう雰囲気を感じ取ってもらわないといけませんから。

 

「私が紅椿を破壊してあげます。きっと将来は織斑君が死ぬ気で守ってくれるでしょうね?」

「だが……どうしろと言うんだ! 戦う意志を持ったところで今更じゃないか! たった一度のチャンスを逃した! 次は追いつく前に逃げられるかもしれない!」

「……逃げ出したときは、私の出番ですよ」

 

 そうなったら、私の意志に関係なく撃ち落と(ころ)します。

 そのために私はここに立っているんですから。

 私の覚悟……というよりは諦観を感じ取った篠ノ之さんの瞳が揺れます。

 気にしないで下さいと言いたいですが今の私では説得力がないでしょうね。

 

「なんだ、心配して来てみれば……アリサも平気そうね」

「鈴ちゃん……?」

「アリサ、風邪引くわよ。ほれ」

 

 ぱさ、とバスタオルが頭にかけられました。

 ありがたいのは確かですけど……鈴ちゃんは気にしていないのでしょうか?

 人を殺すという禁忌(タブー)を選択肢に持っている私が……

 

「やー、驚いた。そりゃ、あんな地獄を体験してたなら勝てないはずだわー」

「……あの、鈴ちゃん?」

「はぁ……アリサ、正直ね、あのアリサは怖かった。戦闘機を爆発させても何も感じて無さそうだったから」

 

 でもね、と鈴ちゃんは続けます。

 

「私のアリサは優しいの。あれもアリサの一面だけど、私にとってアリサは泣き虫で甘えん坊でおせっかいなルームメイトよ」

「そんな無茶な……」

「それに……私達だって、いつか人を殺す時が来るかもしれない。今は抑止力で止まってるけど、いつ兵器になるか分からないんだから」

 

 アリサはその覚悟を持たせてくれた。

 ……鈴ちゃんはそう言いましたが、そんなの嘘です。

 そんな簡単に割り切れるわけがありません……

 

「ったくもう! アリサは頭で考えすぎよ! そりゃ頭でアリサは人を殺したって考えたら怖いわよ! でもアリサといる時にそんなこと考えてられないっての!」

「少し目を離せば怪我をしてそうで、いつもハラハラドキドキさせられていますもの」

「セシぃ……?」

 

 わ、私そんなにやんちゃだとは思わないんですけど……

 

「アリサ、お前は人と話すときにいちいちコイツは息が臭い○○さんだ、なんて考えるのか? それと同じことだ」

「ラウラさんまで……というか、そんな簡単な話じゃないと思います」

 

 ……臭い息が凶悪犯罪になりました。いや、息が臭いのとヒトゴロシを同列にするのはさすがに無理がありますよ。

 というかですね……

 

「そんな、冗談を言われても……気を遣わないで下さい……」

 

 本当は異端だと感じているはずです。

 それを誤魔化されても傷つくだけです……

 

「はぁ……まぁ、アリサなら仕方ないわね。最終手段よ」

「さ、最終手段……? そこはかとなく、」

 

 ぎゅ……

 

「アリサ……ゴメンね。気付いてあげられなくて。本当は、僕達に知られるのがずっと怖かったんだよね? 嫌われるんじゃないか、捨てられるんじゃないか……必要とされなくなるんじゃないかって」

「シャル……?」

 

 後ろから抱きしめられているので顔は見えません。

 でも、回された手の位置や暖かさ、なにより優しい声がシャルだと告げています。

 ……鈴ちゃん、ズルいですよ。

 ここで、シャルなんか連れてこられたら……

 

「アリサは嫌われるのが怖いんだよね? だから、嫌われても言い訳にできるように自分の汚点を人に受け入れさせないんだよね? 私なんて嫌われて当然……そう思えれば楽だから」

「そんな……ことは」

「あるよね? まぁ、さすがにアリサが千人も殺したなんてことは驚いたし、それができることはやっぱり怖いよ」

「っ……」

「でもね? 僕達はそれでも……ううん、なにがあってもアリサを嫌わない。捨てない。たくさん頼る」

 

 シャルの言葉はすっと心に入ってきます。

 でも……

 それでも……

 

「私は、ヒトゴロシですよ? 両手どころか体中が血に染まっています。もう、命令されれば躊躇なく人を殺せます。そんな人間を嫌わない人なんていませんよ……」

 

 なにより……私が私を嫌っているんですから。

 自分を好きになれない人は誰からも好かれないと、偉い人も言っています。

 

「アリサ……前にも言ったけどね? 僕達のこと心の底から信用してほしいな。僕達がアリサのことを大切に思う気持ち、信じられない? アリサは僕達の気持ちを裏切るの?」

 

 そんなことは……でも……怖い。

 今は優しくしてもらえてても未来は分かりません。

 いつ嫌われるか分からないなら……いっそ、このまま……

 

「アリサ、僕は嫌いな人を抱きしめたりしないよ?」

「…………でも、」

「アリサが不安になったら、いつでもこうするから……それに、アリサのお陰で助かった人たちもいたでしょ? 自分を許してあげられないかな?」

 

 ……綺麗事ですよ。

 誰がなんと言おうと私は人を殺したんです。その結果、人が助かっていようと……それは、変わりません。

 なのに……どうして皆、私に優しくするんですか?

 私がほしかったのは優しい言葉じゃなくて罰なのに……どうして、私も救われた気になんてなってるんですか……?

 

「……私を抱きしめたら、シャルまで汚れちゃいます」

「だったら、半分背負うよ。フランスのISが戦線配備されたんだから、もしかしたらアリサじゃなくて僕が戦争に行ってたかもしれない」

「そんな、それは詭弁で、」

「本気だから」

「……私は、一緒にいても、いいんですか?」

「うん。いて……?」

「……はいっ!」

 

 それだけ言ってもらえれば……もう十分ですよ。

 すぐに、とはいきませんけど……少しずつ、私のことを考えていこうと思います。

 ……この未来に対する不安が、罰なんでしょうか?

 もしそうなら、たくさんの人を殺したことを忘れないでいようと思います。償えるとは思っていません。でも、彼らを言い訳にしてしまっているなら……それは最悪なことですから。

 

「……だから、半分こはできません……これは私が背負うべきものです」

「何か言った?」

 

 無責任に誰かに預けるなんてことはできません。

 

「いえ、なにも……」

「あら、アリサさん泣いていますの?」

「……あ、雨ですっ!」

「最近はアリサさんもよく泣きますわね」

 

 だから泣いてませんってば!

 うふふ分かってますわみたいな顔しないで下さい!

 ……ホントに皆、私を元気づけるのが上手で困ります。

 

「……では、織斑君の弔い合戦といきましょうか」

「や、一夏は生きてるから」

 

 そうでした。

 

「ふぃ~~~……一件落着! かな?」

「束さん……?」

 

 場違いに明るい声に振り返ると、いやー働いた働いた、と言わんばかりに額を拭う束さんがいました。

 いや、本当にツッコミ甲斐のある人ですね。

 

「っは! あーちゃん!」

「……なんですか、その今気付いた! みたいな白々しい態度は」

「…………あーーちゃーーん!」

 

 束さんは私の言葉にも反応しないで、腕を広げたまま駆け寄ってきました。

 映画的に言うなら恋人との再会シーンでしょうか。

 ……まったく。

 私の悩みを解決するためとは言え、戦争のことを皆さんに明かしたことには怒ってたんですからね?

 それなのにそんな風に寄ってこられたら……

 

「怒りが蘇るじゃないですか……っふ!」

「あーちゃん! って、わぁぁぁ!? ……ぐぇ!」

 

 私からも抱きつく……と見せかけてのラリアットです。

 助けてもらったのには感謝してますけど少しは申し訳なさそうにしてはくださいっ!

 

「えへへ~。すっかり元通りだねっ!」

「……ふう」

 

 この人は、また満足そうに笑いますか。

 まったくもう!

 

「皆さん風邪引くので花月荘に入りますよ! ほら、早くして下さい! 臨海学校は今日で終わりではないんですから!」

「アリサ、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)はいいのか?」

「逃げませんよ。そうですよね、束さん?」

「そだねー。よーし! じゃあ、いっくんの部屋でどんちゃん会議だぁっ!」

「不許可です」

 

 一応、怪我人の部屋ですから……


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