Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
ちょっと、王道的なものを
ちゅん、ちゅんちゅん
「……知らない天井です」
いえ、本当はもう四日目ですし、そもそも寮の部屋のほとんどは同じ造りなので天井自体は一緒なんですけどね。
こんな感じで今日の朝は寮の医務室でおはようございますな私です。
理由ですか?
いえ、先月のように性懲りもなく傷を開かせては倒れていたわけではなくてですね……
その、シャルとの接触禁止が辛すぎて辛すぎて……軽度の拒食症のような症状がでちゃったんです。
それに気付かず、というより軽視して生活していたらとうとう倒れて今に至るというわけです。
……点滴には嫌な思い出しかないのですが仕方ありませんよね。
胃がものを受け付けない状態なんですし。
「でも、私がここまでシャルとの接触を必要としていると織斑先生も分かってくれるはずです! きっと、そろそろ禁止も解けるはずですよね」
「……残念ながらそれはないな。むしろ今以上に徹底する必要があるかもしれん」
恐る恐る声の方向を伺うと……
「織斑先生!? いつのまに……」
「今だ」
腕を組んで、全くこいつは、という顔をしている織斑先生が立っていました。
でも、今以上に厳しくするってどういうことですか!?
こんな、幼気な少女が好きな女の子を想って倒れてしまうほどなんですよ!?
「あー……一つ、確認だ」
「はい?」
「不破は本気でデュノアに恋をしているのか?」
探るような目つきで、でも恋という単語が恥ずかしかったのか若干紅い頬で織斑先生がそんなことを聞いてきました。
「いや、私はそういうことに偏見はないがな。周囲の目に悩んでいるのなら担任として相談にのらなければならないだろう?」
……織斑先生って、教師としての自覚はないんだと思ってました。
「ほ、本気なわけないじゃないですかー。女の子同士ですもん!」
「そうか、デュノアが男性だと思い込んで恋をして……ということだったら私にも責任があるかもしれないと考えてな」
「そ、それは、最初は格好いい男の子だと思いましたけどね!」
な、なんで担任に自分の恋愛について話さないといけないんですか!?
そ、それにシャルのことが本気で好きなのかは……まだ、私には分かりません。
必要とされない私が手助けできる子だったから……だから一目惚れをしたのかもしれませんし。だって、私の心を締め付けるのはシャルの満面の笑顔でも泣き顔でもなくて、周囲に気を遣おうとする時の笑顔なんです。
初めて逢った、あの時の表情を思い出すだけで、胸がキュゥっと苦しくなって、自分を損なってでもシャルを助けたいと思っちゃうんです。
もしかしたら、一目惚れも勘違いで……シャルという、私にとって助けるための存在を維持したいと思ってるだけという可能性も……十分あります。私は弱くて歪んでますから……
「あの、用件はそれだけですか……?」
「ああ、それだけだった……が、用事が増えたな」
「え……?」
なんだか織斑先生が怖い目をしています。
一体、どんな用事が増えたんでしょう?
というか、そんな真剣な顔をするほど重大な用事なら私を見舞っていないで、早く現場に向かうべきなのではないでしょうか?
「第一アリーナに行くぞ。特訓をつけてやる」
「……いや、私、病人ですよ? しかも傷もまだ完治してませんし……」
「知らん」
えー!?
誰ですか、こんな人に教師としての自覚があるとか思った人は!? 私です!
学校を休んで怪我の治療をしている生徒をアリーナでしごくだなんて鬼ですよ!?
というか、あなた授業どうしたんですか!? 今、織斑先生の授業の時間ですよね!?
「ああ、独り言だが……デュノアが毎日ここらへんを彷徨いているらしいな。しかも、途中にある部屋に紙を投げ込む悪戯をしているそうだ。これは叱らないといけないな」
「うぅ~~~! 分かりました! 行きます! もう! 生徒を脅すなんて教師としての自覚ないんですか!?」
「あったら授業をしている」
むぅ!
織斑先生、シャルが私を気遣って毎日手紙を投げ込んでくれているのを知っていたんですね!
誰かには知られているとは思ってましたけど、まさか織斑先生が知っていたなんて。
「あ、そういえば……シャルは元気ですか?」
「本人に聞けばいいんじゃないか?」
あー、もう!
ニヤニヤ笑って嫌な人ですね!
……接触禁止にされてから、あまり登校もしていないんです。分かるわけないじゃないですか。
もしかしたら、男だって偽っていたから虐められたりしてるかもしれないじゃないですか。
手紙も……シャルが私を気遣って本当のことを書いていないだけかもしれないじゃないですか……!
「……やっぱり学校行きたいです!」
「あぁ、ちなみにデュノアは普通に受け入れられている。不自然なほどにな。まったく、おせっかいなやつらだ」
「……それを先に言ってください」
織斑先生、私の反応を見て遊んでいる気がします。
まったく……こう見えて私は心配性なんですからね? 自慢じゃないですけど、ネガティブなことを考えるのは得意な方だと思ってます。
「不破、まだか?」
「え?」
「だから、早くアリーナに行くぞ?」
「…………はい」
◇
「……降参です」
「四十三分二十八秒……まぁ持った方だな。流石は主席入学者か」
「次席です。主席はセシぃですよ」
「聞けばあの山田先生に随分手を抜いたそうじゃないか。武器を使わずに落としかけられたと言っていたぞ」
そこまでじゃないと思うんですけどね。
シールドエネルギーを一番削ったといっても精々三割強という程度ではないでしょうか。
でも、織斑先生は強いですねぇ。流石は第一回モンド・グロッソの優勝者ですか。
んー……目立つのは嫌いなのですが、先生くらいの強さの人たちが出場するなら私も参加してみたいですね。
怪我と体調不良さえなければ本気で……はぁ、
「ああ、そういえば不破が休んでいる間に臨海学校の詳細が詰められたから後で職員室に来るように」
「行きません」
「……なに?」
に、睨んだってダメですよ!
わ、私泳げないんで臨海学校なんた楽しくもなんともないじゃないですか!
「なんで林間学校じゃないんですか!?」
「なんでと言われてもな……これまでずっと行き先は海だったのだから当然だろう」
「お、おぉ、泳げない子が可哀想じゃないですか」
「……ふむ。なら任せろ」
織斑先生!
私のために林間学校を提案してくれるんですね!
ああ、なんだかんだ言っても生徒のことを考えてくれるいい先生だったんですね!
「臨海学校について文句を言わなければデュノアとの接触禁止を解いてやろう」
「ホントですか!? ……っは!?」
「ふむ。満更でもなさそうだな。それに私との模擬戦でも傷は開かなかったんだ。もう塞がりかけているのだろう」
ニヤリと笑って織斑先生は去っていきました。
というか接触禁止は傷が開く原因ができるのをなくすためで、今回はどうも傷が開かないか確認するために模擬戦をして……
あれ、私、先生にハメられてます!?
ぅう……いいですけどね!
こうなったらスクール水着で出歩いて困らせてやります!
だ、伊達にロリ体型では……やめましょう。皆さんに冷やかされて私だけが凹む結果になるのが目に見えてます。
「でも……」
もう接触禁止も解けたんですし、学校をサボる理由もなくなりました。
いえ、実は体調が悪いとかではなく単純にシャルがいるのに接触禁止という状況が嫌だっただけなんですよ。
とりあえず後で学校に行ってみましょう。
途中から登校するのは恥ずかしいですし、放課後くらいに行けばいいですよね?
◇
「シャルロット、付き合わせてごめんな」
「あ、ううん。全然いいよ! というか、ほら、遅刻したのは僕達にも原因があるし」
遅刻の罰として学校の居残り掃除を千冬姉に命じられて途方に暮れていたが、たまたま通りかかったシャルロットが手伝ってくれたおかげで予想より随分早く終わりそうだ。
それにしても、不破さんの机重いなぁ……教科書だけじゃなくて辞書やら小説、ファッション雑誌が詰まってるから当たり前だけどな。
こんなに綺麗に詰め込むなら持って帰ればいいのに……そういえば登校するときも手ぶらで来てたな。
まぁ、体小さいし重いもの運ぶのも大変なのかもしれん。
「ん、んん~!」
「って、シャルロット。机は俺が運ぶよ」
だいたいその机は岸里さんのだ。彼女も教科書だけ置きっぱなしだから、不破さんの机の次に重いのは分かりきっている。
「へ、平気だよ。専用機持ちだし、体力は人並みに――」
いや、専用機持ちと体力は関係ないだろ。
「うわっ!?」
「あぶねっ! …言ってるそばから。怪我するから俺がやるよ」
「うん、ごめんね」
足を滑らせたシャルロットをとっさに抱きしめて支えたが……失敗したな。シャルロットも若干気まずそうにしてるし……
「って、すまん。離れる。一応、事故だ」
「一夏が女の子にそういうことしないって分かってるから大丈夫だよ……女の子には」
そうは言っても顔紅いぞ?
最後の方も声が小さくなってて聞き取れなかったし……恥ずかしいんだろうし茶々入れになるかもしれないからこれ以上は止めておこう。
◆
びっくりした……
まぁ、すぐに一夏は女の子に興味ないって分かったから安心したけど……でも、先月はお風呂場でアリサの裸を見て興奮してたみたいだし、やっぱり安心できないかも。
……アリサ、どうしてるかな。
接触禁止なんて言われてるけど、こっそり手紙交換はしてる。
アリサが休んでいる間に学園でどんなことがあったかとか、逆に僕が転校してくる前にどんなことがあったのか、なんてことを報告し合って、順調に仲良くなれているとは思う。
でも、こうやって関わりを持ってみて、初めてアリサって子が分かってきた気がする。
少なくとも本気で僕のことを助けようとしてくれていたことは分かる。未だにその理由がよく分からないけど……この前の不思議な夢を信じるなら、過去への代償行為なのかな。自分を省みないで僕を助けることで嫌な記憶から逃げようとしてるとか……
……それは少し寂しいけど、それでアリサが楽になるなら協力してあげたい。とはいっても、助けられるだけになっちゃうのもダメだと思うから……僕からしてあげられることはないかな?
アリサには、もっと自分のことを考えられるようにしてほしい。
そうだ、今度は将来の夢とか聞いてみようかな。
「そういえば」
「うん? どうしたの?」
最後の机を運びながら声をかけてきた一夏に返事したけど……僕も机運ぼうかな。早く戻ってアリサに手紙書きたいし。
「先月だけど、なんでいきなり女子に戻ったんだ? 俺が提案したときはあんまり乗り気じゃなかったように見えたから」
「あ、えっと、その、それは……」
「あ、いや、答えにくいならそれでいいんだ。ちょっとした好奇心だから」
「ごめんね?」
理由ならいろいろある。
やっぱり男装は大変ってのもあったし、一夏と同じ部屋で気を遣わせてたからってのもある。
でも、一番の理由はあの夢のおかげでアリサの心の陰を知って、どうにかしなきゃって思ったから。
あんなに小さい体に、人の命まで背負わせたら潰れちゃいそうだから……火事のことは思い出させちゃいけない。
その間にアリサを知って、次は僕がアリサの手助けをできればいいな。
「あ、そうだ。シャルロット」
「うん?」
少し気まずくなった空気を変えるように一夏が話しかけてきた。
当然、僕も今までの空気を引きずりたくない。
「付き合ってくれ」
「うん、もちろんいいよ?」
女の子の僕を誘うんだから買い物とかだろうね。この前、他の女の子にも同じようなこと言ってたし。
◆
あちゃー。
あの後、いろいろと暇をつぶして、少し疲れたので寝ていたら放課後になってました。もしかしたら、もうシャルも部屋かもしれませんね。
でも、好きな人の部屋を訪ねるなんて恥ずかしくてできませんし……
なのでとりあえず学校に来てみました。
「あ、そうだ」
ん、織斑君の声ですね。
一緒にいるのは……シャルですね。二人が放課後の学校でなにしていたのか気になりますがちょうど良かったです。
少し、話しかけましょう。
でも、なんて話しかければ……
「シャルロット、付き合ってくれ」
「うん、もちろんいいよ?」
ぇ……?
二人はそんなに仲良かったんですか? ……で、でも、ついこの間まで同じ部屋で生活していたわけですし……
えと、あれ?
話しかけようと思った内容が全部吹き飛んでしまいました。
そ、そうだ。こういう時はおめでとう、ですよね!
「そ、そうです。喜ばしいことじゃないですか。ふふ、シャルの友人として。そう、ゆ、友人、として……」
あ、あれ?
なんで、私、二人から距離をとろうとしてるんですか?
それに、視界も滲んで……じ、自分の片思い相手の幸せに嬉し泣きなんて、私も良い人ですねっ……!
「そっか! じゃあ日曜日、街で買い物しよう!」
「うん、わかった」
……日曜日、早速デートなんですね。
私も、シャルと一緒に買い物とかしてみたかったですね……それで、オススメのスイーツでも食べて、二人で笑いながら寮に戻るんです。
帰ってからは二人で買ったものを見せ合ったり、次の予定を話したり……
「じゃあ、帰るか」
「っ!」
ど、どうしましょう。
廊下で泣いているところなんて見られるわけにはいきません……!
せっかく二人で楽しく帰り道なのに邪魔になってしまいます!
と、とりあえず隣の教室に……
「でも、うん、ちょっと楽しみかも」
「よかった、せっかく付き合ってもらうのにシャルに退屈させたくないからな」
扉の隙間から盗み見ると、二人は並んで帰っていて……二人の間に開いた距離が、逆に初々しさを感じさせます。
笑っている二人は、なんだか幸せそうで暖かくて……なのに、なんで私は寒さに震えているんでしょうね……?
「分かっていた……ことじゃないですか」
織斑君は唯一の男子生徒でシャルは優しい女の子。しかも二人は少しの間同居してて……私が休んでいた間に何かがあって仲が進展したのでしょう。
そして、私も女の子。
女の子が女の子に恋するなんて、やっぱり普通ではなくて……一緒になるのはすごい難しいって分かってました。
それでも、好きなのは止められなくて……私も大概ですね。
私ではシャルを幸せにできません。
私の想いが受け止めてもらえるものではないのを自覚した上で恋していたんですから……覚悟していないといけなかったんです。
なのに、夢見ることだけしかしようとしないで。
「でも、仲直りできて、接触禁止もとけて……これからやっとって、そう思ってたんですよ……?」
ちょっとずつでもいいから、シャルと仲良くなっていって……
もともと迷惑だと思ったので告白なんてするつもりはありませんでしたけど、それでも、シャルが私の気持ちに気付いてくれて。受け入れて、くれて……
そんな未来が欲しかったのに……
「こんなの……あんまりですよぉ」
シャル……ごめんなさい。
おめでとうは、私の涙が涸れてからでもいいですか……?