Plongez dans le "IS" monde.   作:まーながるむ

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「意味のない思いやり」


32. Considération inutile

「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うためふたり組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする』……ということだ。各自、相性を考えて相棒を探すように。くれぐれも男子の取り合いなんかはしないようにな?」

 

 にやりと獰猛に笑う織斑先生。その笑みにクラスの皆さんも緊張しますが……この人たちは良くも悪くも喉元過ぎればなので結局すぐに男子争奪戦になるんでしょうね……嘆かわしい。

 

「では、休み時間だ」

 

 ガラガラガラガラ……バタン

 

 ダダダダダダダッ!

 

「織斑君!」

「デュノア君!」

 

 って、いくらなんでも早すぎですよ!?

 というか織斑先生はまだ壁を挟んだ向こうにいますし!

 

「「私と組んで!」」

 

 クラスの七割が二人の席へ殺到します。

 織斑君の席は私の席の隣なので、巻き込まれないように早々と避難済み……私、ちっちゃいので気付かれないと怪我しちゃうんですよね。

 この前も同じような事件で潰されましたし……あの時も席が近い一松さんたちが引っ張ってくれなければ死んでいたかもしれません。

 押されて、転んで、踏みつけられて、カエルみたいに平べったくなって……がくがくぶるぶる、というやつです。

 

「まったく……二人は本当に競争率高いですねぇ」

 

 なんて、私も他人事のように見ていたのですが……

 

「だいひょー!」

「ふーわさんっ♪」

「だ、代表」

 

 一部の生徒は私に向けて肉食獣のような目を向けて……

 

「は、はい。なんですか?」

「「「私と組んで!」」」

 

 なぜか教室の角に逃げ込んでいた私も大人気みたいです。

 うーん、わざわざあまり仲良くない私と組む理由なんて……

 

「あの子たちはバカよ! 男子、特に織斑君と組んだら優勝できない!」

「それはつまり自分から織斑君と付き合えるチャンスを捨ててるようなものだよね」

「このクラスで一番強いのはなんと言っても不破さんなんだから!」

 

 し、強(したた)かですね……冷や汗が止まりません。

 というか、そんな理由で組んで欲しいなんて言われても嬉しくないですし……わ、私だってシャルと組みたいんですよ?

 でも、昨日のこともあって、顔をあわせにくくてですね……今日はつい避けちゃってます。

 当たり前ですが、昨日のことは私だけが気にしていることなんですけどね。

 私が普段通りを装いましたし、そもそもシャルには悪意がなかったみたいですから私が気にしていることになんて気が付けるわけがありません。

 でも、私が、本当に必要とされていないとして……私はどうすればいいんでしょう。

 なにをすればいいのか、見当もつきません。

 シャルが性別を隠し続けるならイグニッション・プランの件も無理に進める必要が無くなりますし……シャルにしてあげられることがなくなっちゃいます。

 もしかしたら……本当に私はシャルの人生に必要ないのかもしれません……

 

「代表?」

「はい?」

「顔色悪いけど保健室行く?」

「辛いなら私たち付き添うよ?」

 

 ……あ。

 はぁ、心配されてしまいました。

 気を引き締めないとですね。

 こめかみを強めに揉み解して……よし! 切り替えました!

 

「大丈夫ですよ。辛くなっても一人で行けますし」

「本当に?」

「ええ。それと、私はクラス代表なのでまだ誰とも組みませんよ。最後に余った方と戦います」

 

 一年生は偶数人ですから絶対に独りになってしまう人はいますからね。

 今のところ出来上がっているのは……篠ノ之さんとセシリア、一松さんと二木さん、三好さんと原田さん……あ、織斑君とシャルが組みましたね。織斑君が気を利かせてくれたようです。

 男子が選択肢から消えたことでまとまるのも早くなるでしょう。

 というか、皆さんすごい勢いでパートナーを探していますけど締め切りはまだ先なので焦ることもないんですけどね……なにより他のクラスの人と組んでもいいんですし。

 

「んぅ?」

「代表? やっぱり保健室?」

「いえ、ペアで戦闘ということは優勝者も二人になるわけで、そのペアのどちらが織斑君と付き合えるのかなーと思っただけです」

「えっと……じゃんけん?」

 

 ……平和的でいいと思います。

 

 ◇

 

「ペア、か」

 

 教官も面倒なことをしてくれる……出席簿が怖いため口には出せないが。

 いや、怖くはないぞ?

 ただの……そう、軍人としてのリスク管理だ!

 今、脳天を叩かれたことで将来の戦地で生死に拘わるような障害が生まれるかもしれないからな!

 

「まぁ、確かに連携などを訓練するのにはちょうどいいか」

 

 二人、もしくはそれ以上での連携は失敗すれば自分達が痛い目を見る。

 敵からの反撃はもちろん、味方からの攻撃に当たり疑心暗鬼に陥るということもあるからだ。

 個人主義の側面が強いシュヴァルツェ・ハーゼでもそのために結成当初は穴だらけであった。

 訓練を繰り返すことでそのわだかまりも消えていったが……やはり、教官はいろいろと頭を使われているな。

 認識の甘い生徒たちを矯正するには確かに効果的だろう。ISの攻撃力は意識を変えさせる程度には強力だ。

 しかし、

 

「転入から一週間でパートナーを見つけろというのも酷な話だ」

 

 ただでさえこの学園の生徒には反吐がでる。

 組んでくれと言われても断りたくなるのに、こちらから頼むなどあり得ない。

 いくらかマシなのもいるが……当然そのようなものはとっくに誰かとペアになっている。

 不破も幾人かに囲まれているし、あの中の誰かと組むことになるのだろう……あの腕前ならば誰と組んだところで結果は同じだろうからな。

 まぁ、幸いにして一年生のの人数は偶数。

 私だけ余るということはないはずだから気にすることはない……いや、一人だけ余るとかわいそうな子見たいだからとかそういう話ではないぞ?

 例え強制された相手からいやな顔をされたとしても、昔から奇異の目で見られることには慣れているから問題もない。

 学年別トーナメントに対してもどうせなら戦い抜こうと、その程度の意識しか持っていない。

 

「六月が終わるまではこの空気か」

 

 しばらくは居心地の悪い思いをしそうだ。

 

 ◇

 

「箒さん、わたくしのパートナーになってくださいな」

「ああ、喜んで。しかし不破じゃなくていいのか?」

「不破さんは誰とも組みませんわ」

 

 なんだかんだ文句を言ってのクラス代表就任でしたが、ああ見えて責任感は……いえ、見たままに責任感が強い子なのですわ。

 きっと最終的に余ってしまった生徒と組むのでしょう。

 箒さんには内緒ですが、わたくしも篠ノ之さんが余りそうだったので声をかけたのですわ。

 どうせ、というのも失礼ですが、自分から誰かに声をかけられるほど積極性のある方ではないと思ったので。

 

「当然、わたくしが後衛を受け持ちますので箒さんは切り込み役をお願いしますわ」

「任せてくれ。そうだな……早速、今日の放課後から連携の訓練を始めよう」

「よろしくお願いしますわ」

「こちらこそ、声をかけてくれて感謝する」

 

 あら、自分のことは分かっておられるのですわね。

 とりあえず、わたくし達の目標は打倒アリサさん(ゆうしょう)ですわ!

 

 ◇

 

「一夏、さっきはありがとう。助かったよ」

「ん? ああ、まあな。俺にはこれくらいしかできないしさ」

 

 何が、と言わないのは不破さんに僕の男装のことについて関わらないと約束したからだろうね。

 こういうところで律儀なんだから。

 まぁ、だから不破さんも一夏に対して長く怒ったりしないんだろうけど。

 ……不破さんといえば、

 

「今日、調子悪いのかな?」

 

 最近は必ず挨拶をしてくれていたのに今日は何もない。

 ……ううん、挨拶はしてくれたけど会釈だけで会話もなかった。

 その後はずっと机に座って、休み時間になっても動かないし……さっき、ちらりと見た時はクラスの生徒たちに心配されていたけど具合が悪いのかな?

 それだったら今はそっとしておいた方がいいよね。

 ラウラさんもたまにチラチラ不破さんを見て……心配なら席まで行けばいいのに、と思ったけどそれは僕もだね。

 

「シャルル、どうした?」

「え!? あ、ううん、ただ不破さんが体調悪そうだから」

「ああ、なんか鈴の話では昨日の夜からあんな感じらしいぞ。考え事じゃないか?」

 

 考え事……それで思い当たるのは昨日のラウラさんの告白。

 もしかしたら、不破さんは板挟みになっているのかも。ラウラさんとドイツに行くことと、僕をフォローすることの間で。

 ……僕が不破さんを二年という長い時間拘束してしまったようなものだから、これからは不破さんがやりたいようにして欲しい。

 その結果、僕の立場が少し悪くなっても我慢する気だし、デュノア社の方も僕が代わりに頑張ろうと思ってる。

 だから、これ以上フランスのごたごたを不破さんが負担に思うことはないんだけど……それを僕が言ったら意固地になると思うから……どうすれば、不破さん自身の幸せを考えてもらえるんだろう。

 やっぱり、不破さんの助けがなくても僕がしっかりと立っていられるということを示さないと駄目だよね。

 そのうちの一つは……学年別トーナメントで見せることが出来ると思う。

 

「よし、善は急げだよね!」

 

 休み時間が終わらない内に話さないと。

 

「不破さん、ちょっといい?」

「え? あ、はい」

 

 んー、皆盛り上がってるし廊下でもいいかな?

 

 ◇

 

「不破さん、ちょっといい?」

「え? あ、はい」

 

 そんな簡単なやりとりを交わした後、シャルについていった先は廊下を曲がったところにある隅っこの小さな空間でした。

 あたりを気にしてますし、大事な話なのでしょう。

 私にしてみれば周りに聞かれてもいいようなくだらない話だったら嬉しかったのに……

 普段ならシャルに話しかけられただけで嬉しくなってしまいますけど……今は、そんな気分になれません。

 

「やですね……」

 

 ……シャルと話すのが怖いんです。

 いつ、要らないって言われるのか分からなかったから……でも、その代わりに覚悟は……いえ、言われても泣かないでいられるだけの準備は出来ました。

 私にはシャルに捨てられる覚悟なんて一生持てませんよ。

 だって、再会した時には嫌われていて、だから一度は諦めたのにまた仲良くなれるかもって期待しちゃったんですから。

 シャルを苦しめた私にはそんな資格ないって分かってたのに……

 私だって、まだ子供ですから、遠くに綺麗なものを見つけてしまうと、そこに辿り着くまでの苦難なんて考えられなくなっちゃうんです。

 頑張ろうなんて、自分を誤魔化しちゃうんです。

 

「それで、どうしたんですか?」

 

 崖への第一歩を恐る恐る踏み出しました。

 気分はゴムなしバンジーです。

 

「えっとね? 不破さんが元気無いように見えたから」

 

 不破さん……名前で呼んでもらえない理由は、私が友達というより憧れの人という印象が強いから自然にそうなってしまうんだと昨日言っていました。

 ……私は友達とも思われていなかったんです。

 そんなことにも気付かないで、気付かないフリをして私は笑っていました。

 私から友達になってくださいとも言わないまま……

 だって、シャルがそう言わないのに、シャルに迷惑をかけ続けている私がどうしてそんなことを言えるんですか?

 言えるわけ、ないじゃないですか……!

 

「考え事をしていたら寝不足になっちゃっただけですよ。心配いらないです」

「そっか。考え事っていうと……昨日のラウラさんのこと?」

「え? いや、その、えと……」

 

 確かにあれが発端ですが……でも本当のことを言ったら、またシャルに気を使わせてしまいますよね……

 シャルが、私を要らないと言うなら、私がすべき事はシャルが私を切りやすいようにするだけです。

 それが、シャルを助けるって事になるんですから。

 だから、ここでは何も言わないのが正解のはずです。

 

「えっとね? ドイツに行きたいならいけばいいと思うよ。他にやりたいことがあるなら自由にしていいと思う」

「……っ」

 

 始まりました。

 脚が、震えます。

 他人に要らないと言われるだけでも辛いのに、よりによってその相手がシャル。

 心臓が冷たい手で直接握られているような、限界まで萎んでいるのにさらに萎もうとしているような……そんな感覚がします。

 心を蝕む幻痛には気付かないふりをして、笑顔を絶やさずに話の続きを促します。

 ちょっとでも辛そうな顔を見せてしまえばシャルの気持ちに余計なしこりを残してしまいますから。

 

「だから、不破さんの助けはもう僕には必要ない。フランスのデュノア社も僕が不破さんの代わりに頑張る。今までは何も知らなくて、だから何もできなかったけど、今なら全部を知る勇気も、覚悟もあるから心配しないで? だから、不破さんは僕達の枷なんかから自由になって、好きなことをして?」

「…………」

 

 一方的な断絶。

 言葉は綺麗ですが結局は要らないから捨てるというものです。

 フランスから出ていけと……言われてしまいました。

 

「不破さん?」

 

 答えない私にシャルが不安そうな顔をしました。

 そんな顔、しないでくださいよ。シャルは笑っているのが一番可愛いんですから。

 いま、シャルを安心させられるのは私の言葉だけ。

 はい。

 そう言って、私が彼らの前から消えると認めればいいんです。

 だから、今にも潰れそうな肺から空気を絞り出して、

 

「はぃ……ありがとうございました……」

 

 そう、応えました。

 

「そっか、よかった。僕達も会社の立て直しに頑張るから、不破さんも幸せにね。とは言っても卒業までは一緒だけどね」

「そ、そうですね……あはは」

 

 いられませんよ……辛すぎるじゃないですか。

 皆さんが頑張っているのに、もう、私はなにも手出しできないなんて……

 学年別トーナメントが終わったらシャルを女性として転入させて、私はどこかに転校しましょう。もう、ISに関わらなくていいようなところに。デュノア社に対しても不義理になってしまいますが……ここまで痛む心で、これまで通りの生活を続けるのは、さすがに無理です。

 

「じゃ、授業始まるから急がないとね。次は実技だから第二アリーナかな」

「そうですね。先に行っててください」

「うん、わかった」

 

 そうして、シャルが角を曲がった瞬間、限界でした。

 抑えていた震えが止まらなくなって、なにも考えられなくなって……終わってしまったことを受け入れようという努力もできなくて。

 ……誰も、来ないでくださいね。

 

「うぅ……ふぐぅ、しゃる……やですよぉ。う……うぇ」

 

 誰かに気付かれないように声を押し殺して、涙を止めようとするんですが、逆に量が増えるばかりで。

 嗚咽と一緒に悲しみを無理矢理に吐き出そうとしても、出てくるのは吐き気だけで……それならいっそ内臓を全部吐き出して死んでしまいたいです。

 

「いっしょに、いたいんです……ふぇ……私は、あなたのみ、みかたで……!」

 

 私を……捨てないでください……!


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