Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
「ねえ、あの噂、マジなの?」
「マジマジ! 大マジだって!」
普段とは少し違う朝の教室は浮ついた空気が充満していました。
廊下まで聞こえてくるその話は桃色で甘ったるい匂いがしていて、まさしく色恋沙汰の話だとわかります。
まぁ、私にはそんなこと関係ないんですけどね。今はこの瞬間が長く続けばいいと、それだけを考えています。
だって、シャルと一緒に歩けるなんて想像してませんでしたから。
結局土曜日曜と連続でシャルは私たちの部屋に泊まり、鈴ちゃんは寝るとき以外は織斑君の部屋に通い妻状態です。今朝も起きてすぐに織斑君の部屋まで行きました。
ある種のトレードですね。
「なんか、噂が広まっているようですが……なんなんでしょうね?」
「さあ?」
二人して首を傾げます。
ちょっと聞いてみましょうか。
「おはようございます」
「きゃっ! ……てだいひょーか。びっくりしたぁ。あ、デュノア君もおはー」
「おはよう。それで、なんの話をしてたの?」
昨日、わざわざシャルと歩き回ったおかげか私とシャルに関しての噂はほとんど話されなくなりました。
仲がいいと思わせたわけです……実際にシャルが私をどう思っているかは分かりませんけどね。
織斑君とは会えなかったので今でもちょっと気まずいです。
シャルも気にしているので早いところ仲直り……まぁ、私は別に織斑君に対して怒っていたりするわけでもないんですけどね。
「まぁ、話しちゃってもいいよね?」
「デュノア君は今回関係ないからね。月末の学年別トーナメントあるでしょ? それで、優勝すると織斑君と付き合えるんだって!」
「あー……」
そういえば先月、篠ノ之さんがそんなことを織斑君に言ってきたって言ってましたね……でもなんでそれが学校中に……
あ、この前、楯無先輩とお風呂に入ったとき、つい口を滑らせましたね。
ということは噂も先輩が流したんでしょうね。多分、私達の噂をかき消すために……そうじゃないと噂になるタイミングが遅すぎますし。
なんだかんだで皆さんに助けられているんですね……あとでお礼を言いに行かないと。
「まぁ、一つ言いたいことがあります」
「なに? だいひょー」
「優勝したとしても織斑君のことですから買い物の荷物持ちだと勘違いされますよ?」
「あはは! まっさかー! ……え、まさか、だよね?」
そのまさかなんですよ……
ちらりと噂の始まりである篠ノ之さんをみると焦っているのが見て取れます。私と一夏だけの約束だろう!? なんて考えているんでしょうね。
少し、罪悪感を感じますが……もともと篠ノ之さんが優勝することはできないので気にしないことにしましょう。
打鉄が弱いとは言いませんが……結局は量産機ですからね。
まぁ、そういうことで真面目に授業を受けましょうかね。
「シャル、あとでね」
「うん」
シャルルとシャルロットを使い分けるのは面倒臭い、というより間違えたときのリスクが大きいので愛称で呼ぶことにしました。
もちろん、そんなことは建前ですけどね!
シャルはまた不破さんと呼び方が戻っちゃいましたけど、土曜の夜に名前を呼ばれた時は幸せすぎて怖くなったので……しばらくはこのままでいいですね。
いつか、シャルにも私と友達になって良かったと思ってほしいですね。えへへ
「さ、ホームルーム始めるぞ」
◇
「織斑君は……トイレですか」
男子用トイレは結構遠いのでちょうどいいですね。追いかけましょう。いい加減仲直りしなよ、という目でシャルが私を見てきますし。いえ、私としては喧嘩してるつもりはないんですけどね?
男子用トイレの近くには女子は近付きませんし、二人でコソコソ話すにはピッタリです。
私自身、別にトイレの中で話してもいいと思ってますしね。女子校の男子用トイレ以上に周囲を気にせず話せる環境も少ないと思うんですよ?
「えっと、右に向かったということは……」
ちょっと急いだ方がいいですね。結構遠いのでゆっくり話していると授業に間に合わなくなります。
まぁ、次は格闘技能ですし、教師は私に敵意を持っている口の悪いおデブさんなのでサボってもいいんですけどねぇ……まぁ、織斑君はそうもいかないでしょうし。
えーと、でも追いついたところで何を話しましょうかね……べ、別に昨日のことは何とも思ってないんだからね! なんてどうでしょう。鈴の真似か? なんて感じに盛り上がれるかもしれません。
……あ、追いつきましたね。
「織斑くむぅん!?
声をかけた瞬間、織斑君に口を抑えられ物陰に引きずり込まれました……ってえ!? なんですか!? 女生徒ばかりの環境だったから性欲とかたまってたんですか!? それでプライドを傷つけた私に復讐するついでに発散しようみたいな鬼畜思考なんですね!?
うぅ、初めてはシャルがよかったのに……でも、その代わり間違ってもシャルには手を出さないでくださいね? お願いです。
「あ、暴れんな! しっ! しー!」
「ふぇ?」
声を抑えながら曲がり角の向こうを指し示す織斑君。見てみろってことでしょうか?
◇
なんで不破さんがこんなところに来たのか分からないけど、とりあえず静かにしてもらうことには成功した。
やけに顔が紅くなってたけど、口抑えたから苦しかったのか?
なんにしても、土曜日のことは気にしてないみたいで良かった。そうじゃなかったら声なんかかけないだろうし。
よくよく考えてみれば、フランス内の事情に感情だけで口を挟むこと自体考え無しだったな。
「お願いです、教官。我がドイツで再びご指導を。ここではあなたの能力は半分も生かされません」
俺たちが見ているのはラウラ・ボーデヴィッヒと千冬姉の会話……というよりラウラが一方的に食いついているように見える。
「大体、この学園の生徒など……不破アリサを除いて、教官が教えるにたる人間ではありません」
なんで、ラウラが不破さんのことを認めてるんだ? 話しているところなんて見たことないけどな。
「なぜだ?」
「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしている」
あ、不破さんが言ってたことと同じようなことだ。ISは人を傷つける兵器だってことを理解しろって前に言ってたな。
「そのような程度の低いものたちに教官が時間を割かれることなど、」
「――そこまでにしておけよ、小娘」
「っ……!」
凄味のある千冬姉の声。さすがのラウラも、その声に含まれる覇気に竦んでしまったらしい。言葉は途切れたまま、続きが出てこない。
直接対峙していない俺だって驚いたんだから仕方ない。
「少し見ない間に偉くなったな。十五歳でもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る」
「わ、私は……」
「気取ってなんていないですよ? 私たちは選ばれたんです……あ、私はもう違いますけどね」
不破さん!?
いつの間に……っていうか千冬姉に逆らっちゃだめだって! 怪我するぞ!
……とか思いつつ隠れたままの俺ださいなー。
いやだってほら……千冬姉怒ると怖いんだから仕方ないだろ?
「選ばれた、だと? 不破、お前も何か勘違いを、」
「していませんよ? 私はともかく、ボーデヴィッヒさんもセシぃも鈴ちゃんも国の代表として選ばれ、技術の粋を集めた第三世代機(兵器)に乗っているんです。そんな彼女たちとISでの戦闘をスポーツ程度にしか考えていない一般生徒。その間には大きな差があると思いませんか?」
「は、だから自分たちは他の生徒より高みにいると言いたいのか」
「少なくとも私達は一般生徒よりも深くISの危険性を知っています。実際、意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションと勘違いしているんじゃないかというのは前々から思っていました。一度、学園で正しく教えるべきだとも」
「む……」
教育方法の問題点を指摘されたからか、もしくは同じことを感じているからか、千冬姉が口ごもる。
というか不破さんディベートとか強そうだな。一度でいいから俺も千冬姉を唸らせてみたい。
「まぁ、もちろん、彼女たちが織斑先生が教えるにたる人間かそうでないのかは分かりませんが、ボーデヴィッヒさんの言い分にも理はあると思いますよ?」
「認めよう……ただ、不破、お前が選ばれた人間だというのは思い上がりだ。特別な人間など、」
「何言ってるんですか? 選ばれているのは事実ですよ?」
「は?」
何言ってんのこの人、みたいな顔を不破さんと千冬姉が互いにする。違いは不破さんはちょっと悪戯っぽく笑ってるところか。
「ほら、選ばれてるじゃないですか? 代表候補生に」
不破さんは黒十字があしらわれたアンクレットを脚を上げて千冬姉ち見せつけた。
桃と白の横縞……じゃなくて、選ばれたってそういうことかよ!
千冬姉どころかラウラまで狐につままれたような顔をしている。
そういえば、確かに不破さんは選ばれた人間が優れているとは言っていなかったな。そう思えるようなことは言っていたけど曖昧だったし……
「さて、授業が始まってしまうので教室戻りますね」
不破さんはラウラの手を掴み、ふわりと桃色の髪を翻して戻ってくる……不破さんがふわりと。
「また下らないこと考えていますね? 早く教室行かないと間に合いませんよ?」
むぅ。
とうとう不破さんまで俺が考えてることが分かるようになってきたらしい。
そういえば昔、考えてることが周囲の人に伝わっちゃうっていうドラマがあったよな……確か『サトル』? ……それじゃ読心術か。
◇
失敗しました。
関わるつもりは全く無かったんですけど、ボーデヴィッヒさんもISの危険性をしっかり感じている人だと言うことが分かったので嬉しくなっちゃったんですよ。
だから、つい援護射撃を……そしたらボーデヴィッヒさんに紅い顔で感謝している、なんて言われてしまいました。
クール系だと思っていたのですが可愛いところもありますね。少し、ドキッとしました。
もちろん、私は身も心もシャルのものなので揺れたりしませんよ? 多分、シャルはそういうのが一番嫌いだと思うので。
ほら、社長さんと本妻さん、それと亡くなったシャルのお母さんのこともありますしね。
「不破! なにをぼーっとしている! 少し格闘技能が優れているからと言って慢心してるんじゃないだろうな!?」
「
あなた程度の人なんて掃いて捨てるほどいますよ……篠ノ之さんでも片手で勝てるんじゃないでしょうか。
威厳を増そうと思って織斑先生の口調を真似ているつもりかもしれませんけど……やめましょう。言っても理解してもらえないでしょうし。
それにしても……この先生も飽きませんよねぇ。私のことなんて放っておけばいいのに。
最近、この人の授業というだけでやる気がガクッとなくなります。
「なんだその態度は……ようし、なら不破、この状況を解説し抜け出すための方法を言ってみろ」
示されたのは一枚の写真。
ISを扱う前段階としての格闘方法の講義のため写真も生身です。
詳しい描写は省きますが、基本的に外せないと言われている固め方の一つです。
「……甲が乙の肘を支点に右肩を完全に固めていますね。いわゆる極まっている状態でしょうか」
「ふむ、じゃあ不破が乙だとしてどう動く?」
ニヤニヤと笑いながら聞いてきます。腹立つ人ですね。
「どうした? 分からないか?」
当たり前じゃないですか。さっきも言った通り、基本的に抜け出せない固め方なんですから。
「……そうですね。先生、言葉では伝えにくいので実際にこの状況を再現してもらえませんか?」
「なに? とりあえず言葉で説明しろ。それで不明な点があれば実演してもらう」
この女は……私の説明で実現可能かどうかを判断して、無理だと判断した場合だけ実演するつもりですね。
単に無抵抗の私を痛めつけたいだけでしょう。
仕方ないから説明しましょう。やる気ないですよーということを示すためにボールペンを片手で回しながら、です。
なんでか分かりませんけど、この人だけは無理なんですよね。篠ノ之さんとも相性が悪いと思っていましたけど、それ以上でした。
「では、お聞き苦しいかもしれませんが……この状況、相手の脇腹にならギリギリ手が届くので、」
「なんだ? くすぐるとでも言うのか?」
まさか。
「親指で相手の脇腹を穿ちます」
「はっはっはっ! なかなか面白い冗談じゃないか! ただ分からないなら素直に分からないと言え」
「できないと思っていますか?」
指で回していたボールペンを開いた人差し指と中指に載せて、その真ん中に親指の先を当てて先生に見えるように動かします。
バキッ!
そして、目の前で折りました。
不破圓明流の一、指穿(しせん)という、鍛え抜いた親指の力で相手の体を穿ち、寝技などを決められた状態からも抜け出すための業です。
暗に、ボールペンじゃなくて人の腹だったらどうなると思いますか、ということを笑みで伝える。
……クラスの皆さんを驚かせてしまうかとも思いましたが、むしろ私なら納得、みたいな顔をされていました。慣れられてきているのでしょうか?
「ふん、どうせ最初からひびでも入っていたんだろう?」
「理解できませんでしたか? なら、今度は机で試しましょうか?」
他の先生方ならしませんが、この先生相手なら痛い目見せてもいいような気分になります。私の性格的にはあり得ないんですけどねぇ……!
ミシリ……
っと、本当に机に穴をあけてしまうところでした。
「……どちらにせよ、全員ができるというわけではないだろうが」
「そうですね。でもそれなら、この状態からは基本的に抜けられないと言われていますよ? そんな問題を出されたので、私ならどうするか、ということを聞かれたんだと思ったんですけど……まさか、答えられない問題を出した訳ではないですよねー?」
にやにや。
……そんな表情をしているのは私だけではなくて、この人の人望のなさというものが分かりますね。
「……座っていい」
実はいつもこんな感じなんですよね。周りからの評価では挑戦者が先生らしいです。
まぁ、いつものことなので、世は事も無し、というところでしょうか。