Plongez dans le "IS" monde.   作:まーながるむ

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「おでこを抑える彼女のなんと可愛らしいことか」

一話の改稿に一時間……このペースで全話改稿したら100時間以上かかるようです(


2. Comment jolie la fille qui touche le propre front est!

「弧月!」

 

 母様(ママ)が仰向けに倒れ込むようにした後片手で逆立ちになり、真下からまっすぐ私の顎を突き上げるように蹴りを放ってくる。何度か見たこともあるので私は落ち着いて半歩下がって避けた。

 いきなりですが不破圓明流の修行中です。この特訓が始まってから既に3年も経つのですが未だに母様(ママ)に対して有効打が出ません。というか不破圓明流が出てくる原作を読んで、まだ見せてもらったことのない技を知っているだけに慎重になっちゃうんですよ。『投げる』『極める』『折る』を一連の動作として行う投げや関節技に加え、古武術に少ない蹴りや様々な状況に対応できる打撃技など、元々『人体を破壊すること』に秀でた古武術の中でも圓明流は特にその傾向が強い……というか不破圓明流は古武術というより暗殺術なんですけどね。下手にパンチを繰り出してもクロスカウンター気味に肘を叩き折られるし、逆関節を極めたまま一本背負いして折ったり……いえ、流石に私はそこまでされていませんけど。

 

「私と戦いながら考え事なんてダメよ」

 

 私の目の前を通り過ぎた母様(ママ)の踵がそのまま振り下ろされた。蹴りを避けられたときに対応できるように編み出された弧月の裏。その踵を右手で払い、母様が支えにしている右腕に脚払い……あれ、逆立ちしてるから脚払いでいいんですよね?

 

「あら、止められるとは思わなかったわ」

「いつまでも3年前の私とは思わないで!」

 

 言いながら片手の腕力だけで後ろに跳んだ母様(ママ)が起きあがるのに合わせて斧鉞(ふえつ)を放つ。斧鉞は前方宙返りしながら両足で一回ずつ相手の頭に踵落としをする感じの蹴り技ですね。当たって痛い方が(まさかり)らしいです。

 

「うーん、不思議ねぇ。集中はしてるのに他のこと考えてるなんて……アリサったらいつの間にそんなに器用になったのかしら?」

 

 本当に不思議そうにしながら母様(ママ)は私の踵を両方とも掴み、ぽいっと投げ捨てた。私には貴女の方が不思議です。

 私のは不思議でもないんですよ。どっかの錬金術師の思考方法を真似ているだけですから。最近やっと2分割出来るようになったばかりですけどね。だから今の私からしてみれば今晩の夕食を決めるために冷蔵庫の中身を思い出しながら受け身をとることも可能です。

 素早く起き上がって体勢を低くしたまま突進、そして拳打。

 

「ん、残念」

 

 油断したつもりは無かったけど、また母様(ママ)に一撃も入れないままに負けたらしい。残念ってのは母様(ママ)の価値が決まったときに必ず言われる言葉なんですよ。

 私の伸ばした右腕が母様(ママ)に絡め取られ、逆関節を極められたまま一本背負い。腕を折られてしまわないように自分から跳ぶ。……この技が怖いのはここからなんですよね。投げられる、というよりは叩きつけられるという表現がしっくりくるんですが……しかも頭から床に。それでいよいよ墜落するというところで頭を刈られ、その勢いで身体が回転して背中から落ちる。名前は雷親父(パパ)いかずち)でしたっけ。ジェットコースターの最前列で両手離しをするような感覚でしょうか。

 多分、殺すために使われていた頃は頭を刈らずにそこまま地面に叩きつけていたんでしょう。ほんと、古武術って野蛮。私が言えることじゃないですけどね。

 

「いったぁ……」

「集中は出来てたから、投げを失念してたわね?」

「うん、投げられるとは思ってなかった……」

 

 分割思考使っても負けるんだからどうしようもない気がします。一応、朝峰家に伝わっていた嵐才流という古武術も使えるけど……あれは武器を使う相手を想定して作られたから、相手を選ばない圓明流とは相性が悪いんです。というかボクシングにも勝てちゃう圓明流ってどうすれば勝てるんでしょうね。

 

「さて、アリサ、どうすればよかったと思う?」

「……どうやってもママには勝てない」

「そんな当たり前のことでむくれないの。可愛い顔が台無しよ」

 

 組み手のあとは反省会。とはいっても反省することはたいてい決まっていますが。

 

「前にも言ったけどアリサは間合いを詰めようとしすぎなのよ。構えたいる方からみたら格好の的よ?」

「でも詰めないと攻撃出来ないし」

「……はぁ。どうしてこんな男らしい考え方する子に育っちゃったのかしら。10歳くらいまでは普通だったのに」

母様(ママ)との組み手を始めたからだよ!」

 

 ほんとは転生前の記憶が戻ったからだろうけど。あと突っ込むのは嵐才流の基本だから仕方ないんです。武器持った相手に間合いを離されたらジリ貧ですし。でも、母様(ママ)との組み手では使ったこと無いけど使ってみた方がいいのかな? 何より2つの流派を覚えてても混ぜて使えないんじゃ意味ないし……

 

「ママ、圓明流の弱点ってないかな?」

「人間対人間だったら圓明流は無敗だからねぇ……やっぱり弱点も圓明流ね」

 

 ですよねー。無空波(むくうは)とか龍破(りゅうは)みたいな奥義が使えない私じゃ母様(ママ)に勝つのは無理かなぁ。正式後継者は一昨年生まれた弟に任せよう。そもそも女じゃ圓明流の本気を出せないし。うーん、残念。不破圓明流オリジナルの神威(かむい)とかも使ってみたかったんだけど。

 

「アリサ、きっと生身のIS操縦者の中では最強だから、そう落ち込むこともないわよ」

「いや、最強になりたいってわけじゃなんだけどね」

 

 そんなことを言われても女の子としては微妙だ。朝峰 巡っていう男の部分も母様(ママ)に負けてるから素直に喜べないし。

 

「ママ、アリサ、入るよ?」

 

 その後も稽古を付けてもらっていたら親父(パパ)が入ってきた。

 ちなみに今私たちがいるのは家の隣に新築した道場。ヨーロピアンな住宅街の景観を気にして外見からは普通の家にしか見えないようになっています。まぁ、一度それが災いして組み手の音が子供を虐待している音だと思われ、警察を呼ばれましたがね。今では防音設備もついてます。

 

「アリサ、そろそろデュノア社に行く時間じゃないかな?」

「え!? もうそんな時間!? えっと、シャワー浴びて着替えて……あぁ今日なに着ていこう! ……ママ、一番可愛い服お願い!」

 

 選んでる時間がないから洋服選びは母様(ママ)に任せる。慌てていた私は両親の目がキラリと光ったのにも気づかなかった。

 

  ◇

 

「それで、そんな可愛らしい格好なのね。ふふ、ほんと可愛いわ」

 

 私の服装の理由を聞くなりヴァネッサさんは含み笑いをしながらそう言った。笑うなら笑えばいい! そりゃ笑うよ! 確かに私は一番可愛い服お願いって言ったけどさ……

 

 なんでゴスロリなんですか!?

 

「でも、10歳の誕生日に博士があげたっていう髪飾りとよく合っているわ」

 

 青い花の飾りは壊れることなく、未だに現役で髪留めの任についている。大事にしていますからね。それが服装にぴったりすぎて、もう恥ずかしいやら嬉しいやらでどうすればいいのか分からない。

 

「最初は誰かと思ったけど……こうして見ると自然で似合ってるわよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 周りにいるISの研究者の人達も不思議そうに私を見て、それから私の特徴的な髪の毛を見て誰か気付いたというようなリアクションをとる……やっぱり髪、染めようかなぁ。窓を挟んだ隣の部屋では親父(パパ)が私を同僚に自慢しているのが分かった。恥ずかしい。

 

「そうね、せっかくそんな格好なのだし……」

「ヴァネッサさん? ISスーツに着替えてきますよ?」

「え!? あ、ええ。でも今日はちょっと早めに終わるわよ」

「? 分かりました」

 

 早めに終わるときもわざわざ前もって言ったりしないのに、何で今日に限って言うんだろう? ……まぁ考えて分かる問題でもないし、早めに着替えちゃおうかな。少しでも長くIS使いたいし。

 若干、肌面積が広すぎるような気がするISスーツを着て私の専用機、オンブル・ループの待機形態であるアンクレットを装着する。専用機だけど機密だからデュノア社に保管されてる。普段はあまり使えないこともあって、ISの訓練は好きだ。

 

「では、ISを展開して下さい。目標タイムは1秒未満です」

「いくよ、カゲロウ!」

 

 カゲロウはオンブル・ループの和名。影の狼って意味だからそのままだね。オンブル・ループ! って言うより速いし、なにより雰囲気が出る気がして展開する時はこっちの名前を採用してる。

 この機体には偶然の産物によって生まれたある機能が搭載されている。もともとISは経験を蓄積することで操縦者に合わせて最適化するようになっているけど、カゲロウはなぜかそれに加えて自立進化をする。操縦者に合わせて使いやすくなることで結果的に強くなるのではなく、機体自身が強くなっている。形状こそ変化していないものの、内部は始めた展開したときから随分と変わっていた。たとえば、エネルギー総量が増えていたり、スラスターやエネルギーシールドの出力が上がっていたりだ。私の予想だけど原作で言われていたコアの自立進化が表層化したんじゃないかと思ってる。

 

「1.02秒、目標までだいぶ近づいてきましたね。まだ実稼働時間が50時間も経っていないとはた思えません。次はスラスターと右手武装のみの展開です。目標タイムは……」

 

 カゲロウの開発が遅れて最近までなかなか乗れませんでしたが、まぁ腐ってもA判定持ちですからね……原作で一夏がどれだけ白式に乗っていたかは分かりませんから、場合によっては遅い方かもしれません。彼、20時間くらいで1秒未満達成してませんか?

 あ、A判定といえば、シャルロットもそろそろISに乗るんじゃないでしょうか。IS学園に転校してくるまでに300から400時間稼働させてたって考えると、そろそろ乗り始めてないと相当ハードだと思います。機体のエネルギーの問題で1日に3時間以上乗るのは無理ですからね。毎日乗るならもっと短くなるし、体調悪いときにISを使うと変な風にISが最適化されちゃいますし。

 

「えー、では次は30メートル向こうの的全てを打ち落として下さい」

 

 考え事をしながらも訓練は続く。

 

「オペレーターさん、そういえばさっき小耳に挟んだんですけど……」

「はい、なんでしょうか?」

「新しくISの適正高い子見つかったって」

「あー、らしいですねー。今ラファール・リヴァイヴの改良が急ピッチで進められていますよ。家に帰れてるのはアリサさんの武装をラファール・リヴァイヴで転用できるようにするだけのドクター・フワくらいじゃないでしょうか」

「あー、なんかゴメンナサイ……今度、お菓子でよかったら作ってきますね」

「わ! ほんとですか? ならヘルシーだけどオイシーの期待してますね!」

 

 親が非常識だと娘が苦労するんです! まぁ、半分は女の子なのでお菓子作りも嫌いじゃないですが。それに、デュノア社の胃袋も掴んでいるみたいだし。

 

「えっと、今日の訓練はここまでですね……やけに早いですけど何か用事でもあるんですか?」

 

 ここのところは時間が許す限りISに乗っていた私にオペレーターさんが不思議そうに言いますが、私自身、今日の予定はISの訓練をするだけだったのでピンときません。

 

「え? 私はてっきり会社の事情だと思っていたんですけど……ママが電話したのかなぁ」

「今日はそういうのなさそうでしたけど……まぁ、彼女なら仕方ないですね」

 

 デュノア社でも母様(ママ)の名前は有名です。夫と娘の帰りが遅いと迎えに来て、受付の前で素人離れしたプレッシャーをかけてくる妻として。多分、ママのせいでここら辺に住むフランス人の多くは貞淑な日本人女性というのは幻想だと思ってると思います。なんかもう誰に謝ればいいのか分からない。

 

「あぁ、アリサさんこっちです」

 

 若干の躊躇いを覚えながらISスーツからゴスロリに着替えた私にヴァネッサさんが声をかけてきた。彼女が示す先には……なにやら高級感が漂う外車が。なんだろう、嫌な予感がします。

 

「いい機会なので社長が本邸で会おう、と」

「本邸で? というかこの服でですか!?」

「もう着替える時間もないですし、似合ってるから大丈夫よ」

 

 そういう問題じゃないと思うのですが! というかヴァネッサさんが黒幕だというのは分かってますよ! 会ったときに「せっかくそんな格好なのだし」とか言ってたの覚えてるんですから!

 

「まぁ、アリサさんがそこまで嫌がるなら、社長に断りの電話を入れますが……減給は免れないでしょうね。最悪の場合ドクター・フワも、」

「分かりました! いきます! 行くからその携帯電話をしまって下さい!」

 

 そういうの脅迫って言うんですよ!?

 

「そうですか。それと、今日はずっと晴れているみたいです」

「天気確認してただけですか!? というかそんなの空見れば分かるじゃないですか!」

 

 ヴァネッサさん、会った当初は良い人だと思っていましたが計算高い人でした。私にいろんな服を買ってくれたのも買収だったのかもしれません。そんなこんなで長い溜め息をつく私でした。

 

  ◇

 

「お初にお目にかかります、社長」

「君がドクター・フワの娘でオンブル・ループ操縦者のアリサか。可愛らしい格好をしているじゃないか」

 

 はっはっは、と豪快に笑うデュノア社の社長さん。あれ? なんだかシャルロットに男装を強制して送り出した人とは思えませんよ?

 

「それにしても13歳にしてはなかなか立派なものだ! やはりドクター・フワの教育がよかったのか。彼にはなにかアドバイスを貰いたいものだな」

「アドバイス、ですか?」

 

 社長にシャルロット以外の子供がいるっていうのは聞かないし、どういうことだろう。まさか初対面で、しかも話していいことと悪いことの判断もつかない年頃の子供にシャルロットのことを話すとも思えないし……。あ、もちろん私は判断付きますよ? さっきのは一般論です。

 

「ちょうど君と同い年の娘がいてな。どうコミュニケーションをとっていいのかが分からないんだ。君たち親子は3人揃って仲がいいと社内でも評判だから、その秘訣を教えてもらえないか?」

 

 話しちゃうんだ!

 まぁ、つまり……シャルロットを含めて円満な家庭を築きたい? じゃあシャルロットが父親の人形ってのは誤解!? あ、でも男装してた理由が分からないな。というか一応は隠し子のシャルロットの存在を私に言っちゃっていいのかなぁ?

 

「えっと、秘訣は良く分かりませんけど……娘さん、ですか? あ、いえ、やっぱり社長さんにもいろいろ有りますよね」

 

 こういう風に言っておけば、不味いことを言ってしまったって気付くんじゃないかな。

 そう思って社長さんを見ると、目を真ん丸にして私を見ていました。あれ?

 

「いやー、君には驚かされてばかりだな。まさか、私の気を悪くしないようにしながらも。しっかり注意をするとは。やはりISの操縦には知性が必要なんだろうな。私のシャルロットも、あぁ、君は気づいているようだが隠し子だよ。あの子もあれでなかなか深慮で……」

 

 うわ……地雷、じゃないけど似たようなもの踏んじゃったかも。顔全部で娘LOVEを表現している。というか本当にどういうことですか? 誰か説明して下さい。

 

「あなた、さっきから何の話をしているの?」

 

 そう言いながら妙齢の女性、多分本妻さんが現れた。

 彼女から放たれるプレッシャーに社長さんはすごい汗かいてるけど……やっぱり本妻さん的にはシャルロットの話はされたくないんだろうな。だから社長さんも怯えてるんだろうし、仕方ない。

 

「そうですよ。あんまり私のことを褒められても照れてしまいますよ。私はただ2人に甘やかされて育ってきただけなのですから」

「そ、そうか。すまないな。君みたいな少女が見事にISを操るものだから、ついな」

「いえ、そんな」

 

 というか社長さん、私のこと見たことあったんですか……変な失敗見られてないよね。減速に失敗して転んだところとか。

 

「あら、アリサ・フワね。貴女のことは私も耳にしていますわ」

「そ、そうですか。変な話を聞いていなければいいのですが」

「貴女の作るケーキは大変美味とか……今度持ってきて下さらない?」

「そ、そうですね、機会があれば……」

 

 ふぅーーーーーー。

 心の中で安堵の溜め息をつく。多分、社長さんも同じだと思います。

 

「そ、それでは時間も遅いのでそろそろ失礼しますね」

「そ、そうか。今度は君の家族も一緒に招待させて貰うとしよう。玄関まで送ってくるよ」

 

 最後の言葉は本妻さんに向けてのもの。本妻さんの方もうまく誤魔化されたみたいで普通の反応なんじゃないかな?

 

「君の機転で助かったよ。なにか私に出来ることはないかね」

「いえ、ああいった雰囲気が苦手なだけなので、それに図々しく自分が褒められたことにしてしまいましたし……もし心苦しいというなら貸しにしておいて下さい」

 

 マンガで読んだようなことを言ってみたら社長さんはまた豪快に笑い始めた。あれ、なんか変なこと言ったかな? 漫画では格好良い人を見るような視線を向けられるはずなんだけど。

 

「ははは、私は本気になれば君の父親を辞めさせることも出来る立場の人間だぞ? その相手に貸しとは、なかなか強気じゃないか」

「あ! えっと、」

「いや、何も気にしなくていい。借りにしておこう。心苦しいことだしな」

 

 あー、もう。何で私ってこうかなぁ……大事なところで変なこと言っちゃうっていうか……今度から気をつけようっていつも思ってるけど、ついやっちゃうんですよねー。頭で判断するより先に口が動いているというか、口が考えて喋っているというか。

 玄関からでるとヴァネッサさんがいた。もしかしてずっと待っていたのかな。

 

「いえ、さっきまでオフィスに。それにしても大成功だったようですね。社長の笑い声、外まで聞こえましたよ」

「た、たまたまだよ? そんな大成功とか狙ったわけじゃないですし……」

 

 言い合いながら2人して車に乗り込む。社長さんは良い人だったし、嫌な予感どころかむしろ良い日だったみたい。あとは本妻さんをどうにかすればシャルロットも受け入れられるんじゃないかな……女尊男卑になりつつある今じゃ難しいかもしれないけど。

 なんとなく、そんなことを考えていたら、偶然1人で道を歩く小さな影を見つけたしまった。

 

「どうかしましたか?」

「いえ! 何でもないです」

 

 さっきの……まさか、シャルロットじゃないよね。

 でも、この先には本邸しかないし。じゃあ、今日がシャルロットが唯一本邸に呼ばれた日? てことは本妻さんを説得するのはもう間に合わない!?

 

「やっぱり忘れ物でもしてきたんじゃないですか?」

「……うん、そうかもしれない」

 

 これはきっとただの自己満足だと思う。無理をしないと手が届かないものを手に入れようとしているのは分かっている。でも、どうしても気になる。シャルロットと社長さんの間に何があるのか。今日、何が起こったのか。

 

「降りるね」

「えぇ、では次の信号で、」

「じゃあパパとママには適当に言っておいて」

「えっ!?」

 

 そう言い残して走る車から飛び降りた。うん、着地に失敗して転んだけど母様(ママ)の蹴りに慣れ始めた私には大した痛みじゃない。幸いゴスロリも破れていないし走りにくいけど問題ないだろう。シャルロットに追いつかないと。本邸の中にはさすがに入れない。

 

  ◇

 

「間に合った……?」

 

 道と敷地を分ける鉄門の隣に座り込んでいる子供を見つけた。

 つい追いかけて来ちゃったけど、なんて話しかければいいんだろう。シャルロットと一緒に本邸の中に入ることができえば本妻さんも対面を気にして殴らないと思うけど。

 

「お姉さん、この家の人?」

 

 先手を取られてしまった。最悪なことに2つの意味で。しかもどうやら社長さんと本妻さんの娘だと思われてしまったようです。

 

「あ、私のことは気にしないで。ちょっと疲れちゃって休憩してるだけだから」

 

 シャルロットが立ち尽くしている私にそう言った。こんな時でもこの子は人に優しさを向けるんですか。頬を腫らし、今にも泣きそうに潤んだ目をしながら、それでも他人に気を遣うんですか? 一体なんのために……

 

「違うでしょう……」

「え……?」

「そんな顔で、そんなボロボロで、気にしないで下さい? あなたにはもっと別の言葉が許されているでしょう?」

 

 私が彼らの娘だと思っているのなら、なおさら私を罵るべきです。ある意味、勝手に産み落とされた彼女にはその権利がある。だって、今までそれさえも我慢してきたのだから……! というか、この辺りの住人は何をやっているんですか! 私の時は鬱陶しいくらいに虐待の心配をしてくる癖に!

 

「貴女がいなければ……」

「…………」

 

 シャルロットが立ち上がって私の腕を力一杯握り締めた。力一杯といっても結局は女の子の力です。振りほどこうと思えば簡単ですし、そもそも痛くありません。

 でも、ここまでで自制してしまう彼女の姿が心に痛い。

 

「この服、買って貰ったのよ」

「……!」

「この靴も髪留めも全部そう。私の髪の毛はあなたみたいに綺麗なブロンドではないけれど、彼らは綺麗だとも言ってくれるわ」

 

 嘘じゃないです。全部私と親父(パパ)母様(ママ)の間での話。でも、状況的には嘘を吐いているのかもしれません。そのおかげで、シャルロットも私を睨みつけてくれました。

 

「そう、あなたはそういう目で私を見ていいのよ」

「貴女に……貴女に何が分かるんですか! そんな幸せな生活をして、母親もいて、何不自由なく生きている貴女に! 一体、何が分かるんですか!?」

「…………」

「どうして私はこんなに苦しまないといけないんですか? 私は悪いことなんてしていないのに! ただ人と同じような生活を夢見ることも罪なんですか!? 幸せを夢見ながら、綺麗な洋服を我慢する虚しさなんて貴女は知らないでしょう!? 何で、そんな苦労も知らない貴女が幸せなんですかぁ……」

 

 開いている左手で私の胸を叩くシャルロット。鳩尾に入ったりしないか不安だけど、泣き叫びながら本心をぶちまける、飾らない彼女の姿を見て嬉しかったので我慢です。

 

「ぇ……?」

 

 そんな姿を見てしまったから、恐らくは多分きっとそうだと思います。だって、それ以外に私がシャルロットを抱きしめてドキドキしている理由がありませんから。

 

「あの、離してくだ、」

「却下です。あんまり暴れるとペナルティーも発生しますよ?」

 

 ギューッと抱き締めてます。朝峰巡だった頃も確かにシャルロット可愛いヤベェハァハァとは思っていましたが、こういう感情ではありませんでした。一時的な気の迷い? そうかもしれません。

 

「あの、ちょっと苦し」

「動きましたね? ペナルティーです」

「え!? 動いてませ、」

 

 チュ……

 

 でも、この気持ちは、

 朝峰巡()からライトノベルのキャラ(シャルロット)への憧れではなく、

 不破アリサ()から優しい女の子(シャルロット)へ向けた初恋なのでしょう。

 




ここからだんだん意識の主従が逆転、併合が始まります。
つまり『俺』が得た知識だけを保持した状態で『私』という人格が云々

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