Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
――予測死傷者数、約四十五万六千人。内、民間人約十万人。
実測死傷者数、十一万二千九百六十三人。内、民間人二万五千四百六十二人。
死傷者軽減率、七割五分五厘。
以上がオーレリア戦争におけるオーレリア、レサス両国を含め得た人的損害である――
「私が、四人の内、三人を救った……そう捉えてもいいんでしょうか?」
エースパイロットのいないオーレリア戦争への介入は既に終わり、監察室の中に戻ってきました。
「ですが……死ななくていい敵兵(ひと)を殺したから、その人に殺されるはずだった人が助かっただけですよね」
四人を殺すのも、三人を殺して一人を生かすのも同じ殺人罪です。
おそらく、私が本来“いたはずだった”エースの代わりになったのでしょう。
あの戦争の中で私は超高速で飛び回る機械の鳥の群れの中をただ一人ISという異形で飛び、数百の戦闘機を撃墜しました。
最初の内はできる限り死人を出さないために尾翼を叩き割って戦線から離脱させるという方法をとりましたが、パラシュートを使った空兵たちの何人が助かったかはわかりません。
それに、殺さないようにしながら戦い続けるなんて言うのはやはり不可能で……一カ月が経過したあたりからはまともに戦ったので私一人で少なくとも二百人は殺しています……タサキさんに一時的に殺人を忌避する心を消してもらった上で。
だから、今でも人を殺した瞬間のことは思い出せますが実感が伴いません。例えるなら、自分のそっくりさんが参加している戦争を映画館で見ている感じでしょうか。現実感がないのです。
タサキさんには記憶を封印することもできると言われましたが……私が忘れてしまったら彼らがなぜ死ななければならなかったのかということを知る人がいなくなってしまいます。
(「私は、殺さなければいけない戦場に耐えかねて感情を封印してもらうのではなく、これ以上友軍を失わないために敵兵を殺すのです」)
私が、タサキさんに言った言葉。
私は諦めて殺し始めるのではない、そういう決意を以て……ある意味ではあの言葉を言った時点で人を殺してしまう覚悟はしたのです。戦場で躊躇しないためにあの場で数百人の命を奪うことを選択した……いえ数百人の命を奪ったと言えましょう。言ってしまえば後悔の先払いです。
だから、あの一連の戦争自体を忘れてしまうことは罪に対する罰を受けないようなものです。そんなことできるわけがないです。
一生、彼らの死を背負いましょう。
「ミハエルさん……私は、この選択に誇りを持っていいのですか?」
空に散った親と子ほども歳の離れた仲間を想う。
誰も来ないこの部屋は冷たく無機質ですが……今は私にとって一番優しい空間です。
ほとんど一睡もしないまま、涙を流さず泣き続けて一つの夜を越しました。
私は一つの世界の英雄(ひとごろし)になりました。
◇
「頭、いたい……です」
寝不足……ですね。
寝た記憶はありませんがどうやら眠っていたようです。空が白むまでは起きていた記憶があるのですが。
……えっと、今は八時!? いや、寝不足なんですから体の方ももっと休みましょうよ。なに体調に反して覚醒してるんですか。
ドンドンドンドン!
痛っ……誰ですか。
頭痛なんですからそんな激しくノックしないでくださいよ。朝から近所迷惑ですよ。
「不破ぁ! アンタ、こんなところに隠れてるんじゃないわよ! 出てきなさいってば! 聞こえてるんでしょ! 無視してんじゃないわよ!」
だから……声大きいですって。イタタタ……
聞き覚えがあるようなないような、そんな声ですけど誰でしょう。とりあえず静かにしてもらわないと頭が割れちゃいます。
「どちらさまで、」
「アンタ、よくも私をっ!」
扉を開けた先にいたのは……誰?
どこかで見たような、見なかったような……見なかったことにした可能性もありますが。
「アンタなんて!」
右手を私に向けて振るう……刹那、目に映ったのは金属的な輝き。
……ナイフ!?
「ふっ!」
「なっ! かはっ!?」
右手を掴み投げて床に叩きつけました。
一度、油断して死にかけたので今回は念入りに……関節でも抜いておきましょう。
グリュ……ゴキン!
「うぐぅ……!」
「まぁ、叫ばない程度には訓練されていたようですね……てあれ? ただの指輪じゃないですか」
というか、制服? ……あぁ、戻ってきたんでした。ここは戦場じゃないんです。
つい、またスパイが私を暗殺しに来たんだと思ったんですが……まぁ、寝ぼけていたので仕方ありませんよね?
……ダメです。まともに頭が回っていません。
とりあえず腕をはめてあげましょう。ほいっと。
「っ!」
「あれ? 痛かったですか? なるべく痛くないようにしたはずなんですけどね」
「アンタ……先週はリカにボールペン突き刺して騒いでたくせに、私相手にはやけに冷静じゃない」
「色々ありましたから……それに、殺さない業なら使うことに躊躇はしません」
こちらの世界では三日間だったとしても向こうでは二カ月強だったわけですからね。それも生死をかけた戦場ともなれば人間だれでも変わりますよ。
あの戦争の前だったら、例え彼女が本当にナイフを持っていたとしても最低限の防御しかしなかったでしょうね……でも今はもう命を奪いに来る相手には容赦しません。勘違いでしたが。
「それであなた、私に…………あ、お弁当の人ですか」
「気付いてなかったっていうの? 私はあんたのせいでここを退学にさせられたって言うのに! だいたい事実を人に話してなにが悪いって言うのよ! 誰にでも事実を知る権利ってのはあるでしょ!?」
……あぁ、何となく事情は分かりました。
原田さんの言っていた交渉のためのネタってこの人だったんですね。
多分、あの迷惑な噂を流したのもこの人だったんでしょう。原田さんは多分、自分よりも私に対して害意を持っている人間がいることを教える代わりに退学を取り消してもらったのでしょう。
昨日の夜メールを確認したところ原田さんは無事お咎めなしになったようです。
「お門違いというかなんというか……それで私になにをしてほしいんですか? えっと……キャサリンさん?」
「ひっ!?」
はぁ……戦場での習慣が抜けませんね。つい、凄みを利かせてしまいます。
えっと、戦争前の私だったらこういうときは……ズルして楽して頂き、でしたっけ?
「な、なんで、」
「あなたの名前を知っているかですか? 簡単です。だって、私、元は代表候補生だったんですよ? 有事の際のスペアとしては扱われているのでそれなりの発言力もありますし、重要な立場でもあります。そんな私が目障りな人の名前を探させるなんてことできないわけがないじゃないですか。他にもいろいろ調べさせましたけど……大人しく、この学園から出ていってくれませんか? 天涯孤独の人生なんて歩みたくないでしょう? だいたいただの一般生徒が私に手を出しても大丈夫ってどうして思えたんでしょうね?」
「IS学園では国の干渉は、」
「国からの干渉は受けないってやつですか? あんなの建前に決まってるじゃないですか。少し考えれば分かると思いますけど……知ってますか? 頭って使わないと腐っていくんですよ」
「そ、そんな……離しなさいよ!」
あ、暴れないでくださいよ。
というかもう離しますけど。
「ぜ、絶対に許さない……知らないかもしれないけどウチはアメリカでもかなりの家なんだから!」
「それでしたら家に籠っていれば幸せなのではないでしょうか? それでは、ごきげんよう」
セシリアの真似をして優雅に挨拶をしたら顔を真っ赤にして走り去りました。
まぁ、怯えていましたし成功ですかね……というか私、こんなキャラではなかった気がします。
当然、彼女のことなんて名前しか知りません。ファミリーネームだってあやふやです。最初に肩の関節を抜いたことで動揺しているだろうと思って煽ってみればやっぱり罠にかかりましたね。
私としても噂でシャルロットを巻き込んだ以上、彼女のことは許せませんし。
一つでもシャルの評価に瑕がつけばせっかく大人しくなっている本妻さんがまたちょっかいを出してきちゃいます……と言っても私がIS学園に来た頃からは厳しい姑さんみたいな感じの怒り方をしているようですが。
そろそろ仲直りもしてもらえそうですね。
「……あとは私がどうにかしてシャルロットとの仲を取り持つだけですか。どうしましょう……ふぁ~」
ぁふぅ……とりあえず寝なおしましょうか。本当はもう監察室から出ないといけない時間なんですけど……眠っちゃえー。
「すぅ……」
◇
「アリサ? まだ戻ってきてないわよ。というかあの子電話にも出ないんだけど大丈夫なのかしら……というかデュノア、アリサに何の用なのよ?」
「月曜日に不破さんと話してみてって……まだ話せてなくて」
「あぁ! ……というかあれからまだ五日しか経ってないのねー。今週は結構長く感じたわ……課題とかもいつもより時間かかったし」
課題と時間が長く感じるのに関係あるかな?
とりあえず不破さんはまだ監察室にいるのかな……行ってみようかな。
「監察室ってどこにあるの?」
「一〇〇号室、宿直室のとなりね」
「ありがとう。行ってみるよ」
「アリサを泣かしたら許さないわよ?」
なんだか、ホントに不破さんは大事にされてるんだね。鳳さんの雰囲気からもそれが分かる。彼女の何がそうさせるのか、今日、話すことが出来たら注意してみようかな。
宿直室の隣ってことはここからは結構近い……のかな?
うーん、まだ来てから一週間しか経ってないから普段自分が使うところしか分からないんだよね。いつもは一夏に案内してもらってるんだけど今回の件は触れないように頼んじゃったし。
一夏は噂を聞いてすぐに不破さんを問い詰めようとしてたみたいだけどやめてもらった。ちょうど鳳さん達と話した後で不破さんのことが分からなくなっていたから。
でもどうやって……
ドンッ
「おっと……大丈夫?」
ぼーっとして歩いてたから人とぶつかっちゃった。ぶつかった相手が持っていた荷物が辺りに散らばる。バッグにスーツケース……学期の途中だけど旅行にでも行くのかな。
僕のすぐ近くで座り込んでる子は……顔の造りからアメリカ系だと思う。
なんだか今にも泣き出しそうな顔をしていて心配になる。そんなに痛かったのかな?
なんて考えている場合じゃないとはっとして彼女が起き上がりやすいように手を差し出すたけど、パシンと払われた。
なんて失礼な人なんだって思ったけど……そういえば僕も不破さんに同じことをしちゃったんだよね。あの時の不破さんの顔はまだ心から彼女を恨んでいた僕でも罪悪感を感じるほど悲しそうだったな。このことも謝らないと。
「アンタ達のせいで!」
「?」
良く分からないけど……見覚えないし人違いか、それか間接的に僕が関わって何かが起きたんじゃないかな。そんなんで僕に文句を言われても困るんだけど……
なんて言えばいいんだろうと考えている間に女の子は走り去っちゃった。うーん、まぁ今度会った時に話を聞けばいいよね?
とりあえず一〇〇号室に行くには……あ、部屋番号をさかのぼればいいんじゃん。なんで気付かなかったんだろう。
えっと、ここが一〇三号室だから……
「ここだよね?」
プレートには間違いなく一〇〇の文字。
ちょっと緊張しながらノックをしたけど反応がない。気付いてないのかもしれない。
「不破さん? えっと、デュノアです。開けてくれませんか?」
………………
あれ、もしかして無視されてるのかな?
僕が酷い態度で彼女に臨んでいたから当たり前ではあるけど……でもノートだけでも返さないと。
「あれ……開いてる?」
無駄だと知りつつもドアノブを捻ったら当然のように扉が開いてしまった。
なんだか悪いことをしているような気分で……ううん、勝手になんだから実際に悪いことはしてるけど、とりあえず部屋に入ることはできた。
あとは不破さんと話すだけなんだけど……って、あぁ。
だから返事がなかったのか。
「すぅ……ん……すぅ……」
「寝ちゃってたんだ……ノート、置いておくね」
そっと、不破さんを起こさないように気を付けてノートを机の上に置いた。
それにしても眠っている不破さんは火曜日の様子を窺わせない程あどけなくて可愛らしいな。男の子として見られてる僕からしてみれば羨ましい。
前は不破さんが男装すればいいのに、なんて思ってたけどこんなに可愛いんじゃすぐに気付かれちゃうかも。
「んぅ……」
「あ、髪の気が邪魔なの?」
聞こえていないのは分かっているけどどうしても話しかけちゃう。頬の上に乗っている髪の毛をそっと持ってシーツの上に散らす……髪の気も綺麗でお人形みたい。
でも……
「寝相悪すぎないかな?」
大きめなパジャマの上着はお腹が丸見えになってしまうくらい肌蹴ていて、下は薄手のホットパンツだけ……なんでか分からないけど毛布も被ってない。
まだ涼しいのに風邪引いちゃうよ……やっぱり一夏を連れてこなくて良かったね。もし僕が寝てる間にこんな恰好を男の人に見られたら恥ずかしくて死んじゃうよ。
うーん、でも服を直したら流石に目を覚ましちゃうだろうし……毛布だけかけよう。
なんか、子供みたいな人だな。つい、世話したくなっちゃう。母性本能をくすぐられるって、こういうことを言うのかな?
「すぅ……シャルロット……」
「え?」
も、もしかして起きてたの?
僕、変なことしてないよね!? あ、髪の気触って少しうっとりしてたかも……しかも寝顔見てちょっと笑っちゃったし……
「ごめん、なさぃ……んぅ……すぅ」
寝てる……?
でもごめんなさいって?
カサ
一歩、足を踏み出すと何かを踏んでしまった感触がした。プリント? 何か書いてあるけど……
いけないと思いつつ、十ページくらいの紙の束を読んでいく。
「戦争の史料……? 戦闘機が主だから結構前のものかな」
地名は僕の知らないものだけどどこか小さな国の内戦なのかもしれない。
死傷者数や原因などが分かりやすくまとめられている。
「功労者……え? 不破、アリサ? この者をオーレリア戦争に多大な貢献を果たしたものとして勲章を授ける……どういうこと?」
読み進めていけば不破さんのおかげで予測よりも数カ月早く、最低限の死傷者数で戦争が終結したみたい。不破さんが何をしたかは書かれてないけど……不破さんは、戦争にも協力してるってことなの? まだ、僕達と同じ位の年なのに?
……って、印刷日が四月一日? エイプリルフール?
「なんだぁ……ただの悪戯か」
ゲームとかでの話なのかな? 戦争の顛末とかデータがすごく細かかったから実際の戦争のものかと思っちゃったよ。いくらISの操縦者でもまだ戦争に関わるような年齢じゃないもんね。
多分、不破さんはこれを誰かから渡されたんだろうな。きっとその時がすごく楽しくて……だから一カ月たった今も大切にとっておいてる。
不破さんも思い出を大事にする普通の女の子ってことなのかも。
「ん……んぅ? ……すぅ」
「あ、起こしちゃうかもしれないから行こうかな」
結局また話せなかったけど少し不破さんのことが分かった気がする。
◇
「ん……ん~~~~~~!」
あー……寝すぎましたね。窓の外から夕陽が見えます。
「って、私、寝すぎないように毛布を使わないで寝たはずなんですけど……?」
誰か来たんでしょうか?
でもセシぃでも鈴ちゃんでも寮の部屋で寝なさいって言いそうですし、織斑先生なら起きろチビっていうでしょうし……好きで小さく生まれたわけじゃないですよっ!
まぁ、とにかく監察室からもおさらばしましょう。私にとっては二カ月ぶりくらいに皆に会えるんですね……ちょっと緊張してきました。
とりあえず荷物をつめちゃって、と。
「……あれ? このノート。無くなってたやつですね」
原田さんが拾ったノート。そういえばあの後ずっと存在を忘れてたけど……誰かが届けてくれたんでしょう?
あれ、紙が置いてありますね……?
――Je suis désolé pour ne rendre pas le cahier à la fois. Charlotte Dunois――
ノートをすぐに返さなくてごめんね……?
フランス語……ってシャルロット・デュノア!?
え、じゃあなんですか? シャルロットがこの部屋に来ていたんですか!? え、じゃあ毛布をかけてくれたのも彼女ですか? なんで!?
「というか寝顔見られたんですかぁ!?」
うぅ……戦争の間も寝不足でお肌も荒れ気味だったんですよ?
ロマンスの神様きっと恨みます……
ACX中のことについてはまたあとで